『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その1)
ということで、今回は《支払系》の所得控除です。
《支払系》の条文では、頭に必ず「居住者が、各年において、」と入っています。これをまるっと省略してしまってもよいのですが、《支払系》においては誰が支払ったかが重要であるため、「各年において、」だけを削除することとします。
◯
第七十三条(医療費控除)
居住者が、自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族に係る医療費を支払つた場合
→医療費控除
・本人の医療費
・生計一配偶者の医療費
・生計一親族の医療費
ここは今回の記事で唯一悩みのない箇所です。
余談ですが。
民法でいう親族の中には「配偶者」も含まれています。
民法 第七百二十五条(親族の範囲)
次に掲げる者は、親族とする。
一 六親等内の血族
二 配偶者
三 三親等内の姻族
医療費控除では、配偶者と親族とで要件同じなので、みんな大好き《借用概念論》からすれば「自己と生計を一にする親族」とひとつにまとめて記述してしまってもよいはずです。
が、分かりやすさを優先したのか、配偶者とその他の親族という形で、なぜか配偶者を頭出ししています。
親切心からなのだとしたら、『分かりやすさより厳密さ』を重視する税法の中では珍しい例かと。もしかしたら、この前のどこかの条文で「親族(配偶者は除く)」と定義づけされているだけかもしれませんが。
以下、本記事でも、親族と書くときは配偶者を除いて記述します。
第七十四条(社会保険料控除)
居住者が、自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族の負担すべき社会保険料を支払つた場合又は給与から控除される場合
→社会保険料控除
・本人の負担すべき社会保険料
・生計一配偶者の負担すべき社会保険料
・生計一親族の負担すべき社会保険料
ここでは他の《支払系》と違って、「給与から控除される場合」というものが付加されているのですが。
たとえば、夫婦同じ会社に勤めていて、夫の給与から妻の給与も控除した場合、夫は2人分の控除を受けられるのでしょうか。
もちろん、労基法の規律があるので、会社が勝手に控除できません。が、きちんと労使協定で定めたとか、あるいは夫が役員だというのであれば、控除はできますよね。
「控除される」という言い回しに、「あくまでも法律で控除できると規定されているかぎりで」という意味を読み込むことになるのかどうか。
第七十五条(小規模企業共済等掛金控除)
居住者が、小規模企業共済等掛金を支払つた場合
→小規模共済等掛金控除
・誰のでも????
医療費控除、社保控除では「誰の」ということが明記されていました。ところが、ここでは条文上何らの限定がされていません。
そうすると、赤の他人の小規模共済掛金を支払った場合でも、控除ができてしまうのでしょうか。
この点は、所得税法だけを眺めていても答えは出てこなくって。「小規模企業共済法」をみる必要があるのだと思います。
個別に引用はしませんが、同法上、共済に加入できるのは「小規模企業者」のみに限定されています。加入者が限定されている共済契約の性質上、他人が掛金を納付することは想定されていないのだと考えられます。
仮に他人が負担してあげたとしても、それは一旦、加入者に贈与してから加入者が納付した、という形になるのだと。
ということで、結論的には、本人が加入者である契約の掛金のみが所得控除の対象になる、ということになるのでしょう。
この理屈、下記裁決があることを念頭に置きながら記述しています。ので、本心ではいまいちしっくりきていないところです。ですがまあ、実務的にはこの結論でいくことになるかと。
平15.1.28裁決、裁決事例集No.65 268頁
→小規模共済等掛金控除
・本人の小規模企業共済掛金
第七十六条(生命保険料控除) 「旧契約」は省略
1 居住者が、新生命保険契約等に係る保険料若しくは掛金を支払つた場合
2 居住者が、介護医療保険契約等に係る保険料又は掛金を支払つた場合
3 居住者が、新個人年金保険契約等に係る保険料若しくは掛金を支払つた場合
→生命保険料控除
・誰のでも???
ここまでのノリでこの部分だけみると、赤の他人の保険料でも控除できるように読めてしまいます。小規模共済とは違い、法律上加入者が特定されているわけでもないですし。
が、この後ろで限定がかかっています。
5 第一項に規定する新生命保険契約等とは、
これらの新契約又は新規約に基づく保険金等の受取人のすべてをその保険料若しくは掛金の払込みをする者又はその配偶者その他の親族とするもの
7 第二項に規定する介護医療保険契約等とは、
これらの新契約に基づく保険金等の受取人のすべてをその保険料若しくは掛金の払込みをする者又はその配偶者その他の親族とするもの
8 第三項に規定する新個人年金保険契約等とは、
一 当該契約に基づく年金の受取人は、次号の保険料若しくは掛金の払込みをする者又はその配偶者が生存している場合にはこれらの者のいずれかとするものであること
→生命保険料控除(一般、介護)
・受取人が本人
・受取人が配偶者
・受取人が親族
→生命保険料控除(年金)
・受取人が本人
・受取人が配偶者
保険契約者、被保険者が誰かについては問わず。受取人が支払者にとって本人・配偶者・親族(一般、介護)かどうかで判断することになっています。
小規模共済のほうは、条文に明記されていないせいで、共済の性質から限定解釈せざるをえなかったのに対して。生命保険については、条文で契約の内容を限定するというかたちで規律されています。
第七十七条(地震保険料控除)
居住者が、自己若しくは自己と生計を一にする配偶者その他の親族の有する家屋で常時その居住の用に供するもの又はこれらの者の有する第九条第一項第九号(非課税所得)に規定する資産を保険又は共済の目的とし、かつ、地震若しくは噴火又はこれらによる津波を直接又は間接の原因とする火災、損壊、埋没又は流失による損害()によりこれらの資産について生じた損失の額をてん補する保険金又は共済金が支払われる損害保険契約等に係る地震等損害部分の保険料又は掛金()を支払つた場合
第九条(非課税所得)
九 自己又はその配偶者その他の親族が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で政令で定めるものの譲渡による所得
→地震保険料控除
・本人の所有する家屋+居住
・生計一配偶者の所有する家屋+居住
・生計一親族の所有する家屋+居住
・本人の生活用動産
・生計一配偶者の生活用動産
・生計一親族の生活用動産
長くなるので、カッコ内を端折りました。
家屋については所有と居住で縛りがかかっています。
読み方がはっきりしないのが「その居住の用に供する」のところ。
「その」とある以上、本人・生計一配偶者・生計一親族いずれかの居住が必要なのは分かります。が、これをたすき掛けで読むことで、「本人所有+生計一親族居住」というように、所有者と居住者がずれていてもよいのでしょうか。
生計一の縛りがかかっていますし、単身赴任の場合なども想定すれば、結論的には適用対象に入れてもよいのでしょう。
第七十八条(寄附金控除)1項のみ引用
居住者が、特定寄附金を支出した場合
→寄附金控除
誰の名義でも???
寄付金控除も、小規模共済と同じタイプの文言となっています。
本人が支払ったものであれば、誰名義で寄付しても控除可能なのでしょうか。
この点に関して、タックスアンサーに次のものがあります。
妻名義で寄附した場合
Q3 専業主婦である私の妻が、寄附を行い、寄附先から妻名義で寄附金の領収書を受領しました。妻は、収入がないため私の配偶者控除の適用対象となっていますが、妻名義で支払った寄附金について、私の確定申告において寄附金控除の適用を受けることができますか。
A3 寄附金控除は、納税義務者である居住者本人または非居住者本人が各年において、特定寄附金を支出した場合に適用をすることができます。そのため、本人以外が支払った寄附金については、寄附金控除を適用することができません。(所法78)
これ、わざとすっとぼけた書き方をしていて。
「妻名義で支払った」というのが、本人の財布から出したのか妻の財布から出したのか、わざと明記していません。で、勝手に妻の財布から出した前提に決め打ちした上で、本人は寄付金控除を受けられないという結論にもっていっています。
では、本人の財布から出した場合はどうなのか、ですが、この点についてはあえて触れていない。
これについては以下の裁決があります。
平成25年7月30日裁決
裁決の結論は、妻名義であっても本人が支払ったなら控除OKと判断しています。上記タックスアンサーは、この裁決があることを知っていながら、わざとぼかした書き方をしているのかどうか。
がしかし、このような裁決があるとはいえ、結論だけを鵜呑みにするわけにはいきません。
というのも、控除を受けるには、自分が支払ったことを明らかにしなければならないですし(本証・反証いずれかはさておき)、また、小規模共済のように、寄附金の性質上、名義者だけが寄付したことになる、みたいなものがあるかもしれません(ふるさと納税あたりは、ちょっとその気がありそうです)。
そもそも「支払った」というのが、いかなる事実から認定するのかがはっきりしません。上記では「財布」という比喩を使って説明しているものの、支払という行為をした人、お金を負担した人のいずれが「支払った」人に該当するというのでしょうか。
この手の地に足のついた実体要件解釈がきちんと詰められることもなく。一足飛びに課税要件事実論なんて展開しちゃっている、というのが私の租税法学に対する見立て。
【課税要件事実論の展開】
伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
酒井克彦「クローズアップ課税要件事実論 第6版」(財経詳報社2023)
ということで、わざわざ他人名義で寄付するなんてことはせず。素直に本人名義で寄付しておくのが無難でしょう。「所得が増えたから、あとから他人名義の寄付をもってきたんだろ。」みたいな邪推を受けても嫌でしょうし。
→寄附金控除
誰の名義でも(?)
ということで、?は数を減らしつつ、注意喚起用に括弧書きで一つだけ残しておきます。
◯
以上、前回の《支払系》以外とは違って、支払うこと自体は誰でもできてしまうところ。そこを各控除ごとにそれぞれのやり方で絞りをかけています。
それが控除の趣旨に適合したものなのか、そこまで深く検討する余裕はないのですが。
他の控除と混同することなく、正確にあてはめをしていきましょう、というのが、税理士としての立場からいうべきことかなあと。
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