2024年08月12日

雑損控除における「資産」について 〜或いは所得税法におけるヒトの活動領域

 今回は、雑損控除の対象となる「資産」について検討します。

雑損控除の要件整理 〜助走編
雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!

法七十二条
 資産(第六十二条第一項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)及び第七十条第三項(被災事業用資産の損失の金額)に規定する資産を除く。)


 全資産から一定の資産を除外する、という形で規定されています。

 結論だけ書き出すと次のとおりですが、これらは条文からどうやって抽出されるでしょうか。

【除外する資産】
 ・生活に通常必要でない資産
  射幸用動産
  娯楽用資産
  生活用動産(通常必要でない)
  生活用動産(通常必要、30万円超高級品)
 ・被災事業用資産
  棚卸資産(事業用)
  固定資産(事業用)
  繰延資産(事業用)
  山林


 まず、「生活に通常必要でない資産」について。

法第六十二条(生活に通常必要でない資産の災害による損失)
 生活に通常必要でない資産として政令で定めるもの

令第百七十八条(生活に通常必要でない資産の災害による損失額の計算等)
一 競走馬(その規模、収益の状況その他の事情に照らし事業と認められるものの用に供されるものを除く。)その他射こう的行為の手段となる動産
二 通常自己及び自己と生計を一にする親族が居住の用に供しない家屋で主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で所有するものその他主として趣味、娯楽、保養又は鑑賞の目的で所有する資産(前号又は次号に掲げる動産を除く。)
三 生活の用に供する動産で第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)の規定に該当しないもの

法第九条(非課税所得)
九 自己又はその配偶者その他の親族が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で政令で定めるものの譲渡による所得

法第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)
 生活に通常必要な動産のうち、次に掲げるもの(一個又は一組の価額が三十万円を超えるものに限る。)以外のもの
一 貴石、半貴石、貴金属、真珠及びこれらの製品、べつこう製品、さんご製品、こはく製品、ぞうげ製品並びに七宝製品
二 書画、こつとう及び美術工芸品


 このうち、令178条3号については下記記事で整理ずみです。これに、同記事で省略した射幸用動産(1号)と娯楽用資産(2号)が加わります。

「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」

【生活に通常必要でない資産】
 ・射幸用動産 1号
 ・娯楽用資産 2号
 ・生活用動産(通常必要でない) 3号
 ・生活用動産(通常必要、30万円超高級品) 3号

 生活用動産が2つあるのは、令25条の柱書の「生活に通常必要な動産のうち」の部分を満たさないものと、通常必要ではあるが各号に該当+30万円超に当たるものの2種類があるからです。


 次に「被災事業用資産」について。

法第七十条(純損失の繰越控除)
3 棚卸資産又は第五十一条第一項若しくは第三項に規定する資産

法第二条(定義)
十六 棚卸資産 事業所得を生ずべき事業に係る商品、製品、半製品、仕掛品、原材料その他の資産(有価証券、第四十八条の二第一項(暗号資産の譲渡原価等の計算及びその評価の方法)に規定する暗号資産及び山林を除く。)で棚卸しをすべきものとして政令で定めるもの

令第三条(棚卸資産の範囲)
一 商品又は製品(副産物及び作業くずを含む。)
二 半製品
三 仕掛品(半成工事を含む。)
四 主要原材料
五 補助原材料
六 消耗品で貯蔵中のもの
七 前各号に掲げる資産に準ずるもの

法第五十一条(資産損失の必要経費算入)
1 不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産その他これに準ずる資産で政令で定めるもの
3 山林

令第百四十条(固定資産に準ずる資産の範囲)
 不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に係る繰延資産のうちまだ必要経費に算入されていない部分


 これをまとめると、次のとおりとなります。

【被災事業用資産】
 ・棚卸資産(事業用)
 ・固定資産(事業用)
 ・繰延資産(事業用)
 ・山林

 棚卸資産については、定義規定で「事業所得」のみに限定されています。が、通達では勝手に「事業用」に拡張しています。

通70−1(被災事業用資産に含まれるもの)
 法第70条第3項に規定する棚卸資産には、不動産所得又は山林所得を生ずべき事業に係る令第81条第1号《譲渡所得の基因とされない棚卸資産に準ずる資産》に掲げる資産が含まれるものとする。


 純損失の繰越控除の範囲が広がるという意味では納税者有利ですが、雑損控除を受けられなくなるという意味では納税者不利となります。
 こんな勝手な拡張が許されるのか疑問がありますが、さしあたりこの通達に従っておきます。


 さて、では「資産」から生活に通常必要でない資産と被災事業用資産を除外すると、何が残るでしょうか。

【雑損控除の対象資産】
 ・生活に通常必要な資産
 ・棚卸資産(業務用)
 ・固定資産(業務用)
 ・繰延資産(業務用)

 生活に通常必要な資産だけでなく「業務用」の資産というものが登場することになります(なお、法令上の言葉遣いからすると、業務の中に事業が含まれている書きぶりとなっていますが、ここでは排他的な用語として使っておきます)。


 所得税法は、人間の活動領域というものを次のように区分しているように思われます。

 生活系:生存/趣味
 仕事系:事業/業務

 このうち、生存と事業がそれぞれの典型で、それぞれに相応しい規律が施されています(ということにしておきます)。
 他方で、趣味は「贅沢は敵」とばかりに徹底的に課税が強化されている、業務は生存と事業の間にあるものとして中途半端な(ヌエ、キマイラ的な)取り扱いがされている、というのが所得税法の基本姿勢かと思います。

 災害による資産損失であっても、趣味のモノは譲渡所得内部での損益通算しか認めない、ということになっています。
 業務用については、どういうわけか生存側に寄せて雑損控除の対象としてくれています。所得税法は、業務レベルのお仕事は、日常の延長線上にある「なんちゃってお仕事」としてしか見ていないということでしょうか。
 副業・兼業推進の今の時代に適合している見方かは、怪しい気もしますが。

 ただ、通達では「必要経費」算入も選択できることとしています。業務のどっちつかずな位置づけからすればごもっともではありますが。
 だからといって、通達レベルで勝手に緩めてよいようなものとは思えませんけども。

72−1(事業以外の業務用資産の災害等による損失)
 不動産所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務(事業を除く。)の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産(令第81条第1号《譲渡所得の基因とされない棚卸資産に準ずる資産》に規定する資産を含み、山林及び生活に通常必要でない資産を除く。)につき災害又は盗難若しくは横領(以下72−7までにおいて「災害等」という。)による損失が生じた場合において、居住者が当該損失の金額及び令第206条第1項各号《雑損控除の対象となる雑損失の範囲》に掲げる支出(資本的支出に該当するものを除く。)の額の全てを当該所得の金額の計算上必要経費に算入しているときは、これを認めるものとする。この場合において、当該損失の金額の必要経費算入については法第51条第4項《資産損失の必要経費算入》の規定に準じて取り扱うものとし、法第72条第1項の規定の適用はないものとする。
(注) この取扱いの適用を受けた資産につき、修繕その他原状回復のため支出した費用の額があるときは、51-3の適用がある。



 「事業用/業務用」の区分については、実務においてそれなりの議論の積み重ねがあるものと思われます。
 他方で、「生活に通常必要/必要でない」の区分については、いまだに例の訴訟が参照される程度で、いかなる事実からどのように判断すればよいのか、よくわかりません。

サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産

 たとえば、今まで建物を別荘として使っていたが、これから賃貸に出そう(自分では一切使わない)と準備しているときに災害で滅失した場合、どの段階まで進んでいれば業務用資産の滅失ということで「雑損控除」が使えるのでしょうか。
 どこまでの事実が積み上がっていれば、娯楽用資産から業務用資産に切り替わるのか、という問題です。

 例によって、学者先生は判例周りを議論するのが中心で。日常系税務のレベルにまで降りてきてくれることがない。課税要件事実論なんか展開する前に、実体法レベルでやるべきことがまだまだあるだろうと思うのですが。

伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
posted by ウロ at 12:48| Comment(0) | 所得税法
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。