『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(税務編)
社労士側では「定額減税は税制だから詳しくは税理士へ」と言い、税理士側では税制の観点からのみしか対応しない、という不幸なミスマッチが起こりがち。
以下、労務絡みで検討すべきと思われる点を記述しておきます。もちろん、税理士として外野の立場からの物言いにすぎませんので、各自、顧問の社労士先生までご確認ください。
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会社は給与計算の際に、当たり前のように所得税を給与から控除しています。仮に、従業員が「自分は確定申告しているから勝手に控除するな」と言ったとしても、控除しなければなりません。
なぜなら、それが所得税法上の義務だからです(源泉徴収義務)。
所得税法:給与支払う際に所得税を徴収して納付しろ。
所得税法第百八十三条(源泉徴収義務)
1 居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。
他方で、労働基準法上、賃金から勝手に何かを控除することはできないのが原則です(全額払の原則)。が、法令に「別段の定め」があれば控除できることになっています。
労働基準法:賃金は全額支払え。でも法令で別段の定めがあれば控除していいよ。
労働基準法第二十四条(賃金の支払)
1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
ここでいう「別段の定め」が所得税法の規定ということになります。この例外規定がなければ、給与支給者は、全額払いの原則に違反して源泉徴収するか、徴収義務に違反して全額賃金を払うか、どちらかを選択しなければならないところでした。
今回の改正により、この別段の定めが「月次減税後の所得税を徴収しろ」に置き替えられることになります(年調の記述は省略)。そうすると、賃金から控除できるのは「月次減税後の所得税」に限られるということになります。
したがって、「月次減税前の所得税」を控除することはできなくなります。
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では、労使協定(賃金控除協定)にて「定額減税前の所得税」を控除できると定めた場合、このような労使協定は有効なものとなるでしょうか。
残念ながら、労働法学においても、租税法学と同様、学者先生の議論が集まるのは、判決が出たことのある論点まわりや欧米で論じられていることに限られていて。この手の地味な論点について触れられることは、まあないですよね。
「注釈労働基準法・労働契約法 第1巻」(有斐閣2023)
古(いにしえ)の通達があるくらいで、ここでは参考にならない。何なの「事理明白なもの」って?
昭和27年9月20日基発675号
購買代金、社宅、寮、その他の福利・厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なものについてのみ、賃金から控除できる。
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仕方がないので、畢竟独自の見解を開陳してみるに。
『月次でやらずに年調でやる』なんてのは、『国民の皆様に早く減税効果を味あわせてあげよう』というお国の慈悲・下心(立法趣旨)からはおよそ許されない所業であって。この趣旨を没却するような労使協定は無効、と言われてもおかしくはないでしょう。
念のため。私自身が月次減税を支持しているということではなく。みんな大好き《趣旨解釈》からすれば、このように解釈せざるをえないのでは、ということです。
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
もし、労働者代表に協定してもらえない、あるいは、そもそも協定できない事項だとすると、「月次減税前の所得税」を賃金から控除することは、労働基準法上の「全額払」違反に該当してしまうことになります。
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では仮に、労働者から「個別の同意」がもらえた場合はどうなのか。お国の政策に真っ向から反する同意は無効、ということになってしまうのかどうか。
この点も、判決まわりの「真意」枠組みでの議論ばかりが目立っていて。(労働法秩序外の)「公序」の観点からの同意規制という論じられ方が目立たない。
『労働者の同意があったとしても法律上の効力が認められないものがあるか。』という議論については、せいぜいが労働法・民法の「強行法規性」として論じられるくらいで。租税法にかぎらず他の法分野との関係について議論されたものって、あるのでしょうか。
労基法に「法令に別段の定めがある場合」などといった規定がある以上、他法の規律が流れ込んできてしまうことは避けられないと思うのですが。
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といったように、労基法上の疑問もあるわけですが、では「労基署」が実際にどこまで本気で突っ込むかについては、肌感がないので私には全くわかりません。
従業員が誰か一人でも密告したら、労基署も対応せざるをえないことになるでしょうか。
たとえばですが、会社が資金繰り苦しいということで、「6月の給与から、従業員は一定額を会社に貸し付ける。会社は12月に無利息で返す。」みたいな労使協定を結んだとしたら、どう考えてもアウトですよね。これ、従業員にとって経済的なプラス・マイナスでいえば「月次減税やらないで年調でやる」というのと同じノリなはずです。
もし、前者は駄目だが後者はいいと感じるとするならば、評価が分かれるポイントはどこにあるのでしょうか。
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当然のことながら、国税庁のQ&Aでは、税法以外の規律について触れられることはないです。
「支払明細」「源泉徴収票」への反映のさせ方については書いてあるのに、「賃金台帳」については何も触れていないのも、前者が所得税法、後者が労働基準法と根拠法(令)の違いを露骨に意識したが故でしょうし。
以前、インボイスに関して錚々たる官庁が雁首揃えて公表したQ&Aみたいなものを、厚生労働省と連名で発表してくれるのかどうか(期待薄)。
免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A
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