2025年01月20日

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その4) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編56)

 インボイスなんて、もはや関心の彼方かとは思いますが。
 そもそも消費税法の条文イジりなんて、世間一般の需要からは全く無価値の所作であって。お構いなしに、引き続き無価値な文章を作成していきます。


 《古物商等特例》に関して、いくつか記事を書いてきました。

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)
交付特例と保存特例の一体的理解(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編50)
交付特例と保存特例の一体的理解(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編51)


 そこでは、主として「古物商」を念頭において記述をしてきました。
 が、「再生資源」については、国税庁告示の書きぶりが微妙に異なります。のに、面倒くさがって記述を省略してきました。

 ので、今回、その違いを確認しておきます。


R6国税庁告示第10号 2項2号 (住所いらない特例)
ア 古物営業、質屋営業、宅地建物取引業
 これらの業務に関する帳簿等へ相手方の氏名及び住所を記載することとされているもの以外のものに限り
イ 再生資源卸売業
 事業者以外の者から受けるものに限る


消費税法施行令第49条第1項第1号に規定する国税庁長官が指定する者を定める件の一部を改正する件(いい加減、溶け込ませたらどうなのか。)

 古物等は「業務帳簿」に記載が必要かという、それぞれの業法の規律に従っています。他方で、再生資源は「事業者」かどうかという売手の属性によっています。

 このことを「保存特例」とあわせて整理すると以下の通りとなります。
 なお「氏名特例」は、古物等においては「住所特例」と抱き合わせになっているので、区別せずに「住所・氏名特例」として扱います。

 まずは古物等から。

古物.png

× インボイスの保存が必要で、帳簿に氏名の記載が必要(原則)
◯ インボイスの保存は不要で、帳簿に住所・氏名の記載も不要
△ インボイスの保存は不要だが、帳簿に住所・氏名の記載は必要

 「個人」と「個人事業主」とで分けたのは、保存特例では、売手が「適格者」であるかぎり「消費者として」売却した場合でも適用不可とされているからです。個人の「適格者」からの課税仕入は、家事用資産だろうが事業用資産だろうが、特例は適用できません。
 ので、「消費者として」と「事業者として」を区別する必要はないのですが、いずれであっても適用不可ということをあえて表すため、分けておきました。

 他方で、個人事業主以外の個人は「消費者」としての属性しか有していないことになるため、適格者にはなりえず「‐」としました。

 「保存特例」が適用できないとしても、事業用資産ならインボイスを交付してもらえば税額控除を受けられます(買手の支払明細書でも可)。これが家事用資産だとインボイスの交付が受けられず、税額控除はできません。

 全体として、なんとも不思議な規律になっています。
 が、家事用資産なのに税額控除できるほうがイカれてるのであって。益税の範囲をどうにかして狭めようとした結果、消費者としての個人事業主だけは特例の適用を除外しておいた、ということなのかもしれません。


 住所・氏名については、完全に各業法に丸投げ。
 業務帳簿に書く義務あるならいるけど、義務ないならいらないよと。消費税法側で追加で必要なのは、会計帳簿に「特例受けるよ」と追記するだけ。

 で、告示レベルでは「業務帳簿に書くなら会計帳簿にも書いてね」とあるのに。運用上はさらに後退して、「業務帳簿の記載をもって会計帳簿の記載に代えてもいいよ」と、めちゃくちゃ弱腰。


 では、再生資源はどうかというと。

再生資源.png

× インボイスの保存が必要で、帳簿に氏名の記載が必要(原則)
◯ インボイスの保存は不要で、帳簿に住所・氏名の記載も不要
△ インボイスの保存は不要だが、帳簿に住所・氏名の記載は必要

 こちらも、保存特例については「適格者/非適格者」で区別する点は同じです。
 違いは、住所・氏名特例のほうです。

 表で「?」としたところ。告示にいう「事業者以外の者」はどのように読めばいいかが問題となります。

 個人事業主が「消費者として」家事用資産を売却した場合であれば、住所・氏名を省略できるのか。それとも、令49条1項1号ハでいう「他の者(適格請求書発行事業者を除く。)」と同様の読み方で、個人事業をやっている以上、家事用資産を売却しても「事業者」に該当してしまい、特例の適用不可となるのかどうか。

 この点、消費税法2条1項列挙の定義規定を組み合わせて解釈するかぎり、後者の結論になるものと思われます。
 すなわち、「事業として」という限定は「事業者」というヒトの定義の中にはビルトインされておらず。「課税資産の譲渡等」というコトの定義のほうに含まれています。ので、事業をやっている個人は、いかなる場面でも消費税法上は「事業者」でしかありえない、ということになります。

 個人事業主が
  家事用資産を売却 ⇒事業者が、プライベートで資産を売却した。
  事業用資産を売却 ⇒事業者が、事業として資産を売却した。

消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編46)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編47)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編48)


 このあたりの読み方、消費税法は売手側のルールと買手側のルールをそれぞれ分断して規定している、ということが頭に入っていないと理解しにくいところです。
 買手側からみて「課税仕入れ」に該当する場合であっても、売手である事業者が家事用資産を売却したのであれば「課税資産の譲渡等」には該当しないというように、「課税資産の譲渡等」と「課税仕入れ」は裏表の関係にありません。
 「課税資産の譲渡」該当性は売手からみて判断、「課税仕入れ」該当性は買手からみて判断、とそれぞれ別々に判定する必要があります。

 もちろん、このズレを利用して消費者のところで税負担が生じるように仕向けているわけで。ズレていることそれ自体に、消費税法の妙味があります。

 『両輪駆動』とかなんとか宣って、売上課税ルールと仕入控除ルールとを整理しないまま頭に突っ込んでいると、消費税法の正確な理解から遠ざかるという一例。
 一旦、それぞれのルールを正確に理解した上で、それらをあわせたときに、消費者にきちんと負担させているか、消費者以外のところで負担が生じていないかなどを検証する、というのが消費税法の正しい学習方法だと、私は思っています。

 のに、件の教科書をはじめとして、スローガンでは『両輪駆動』云々を謳っておきながら、実際の制度説明は分断させたままの記述で終わっている、という残念な仕上がりのものばかり。

【参考:連動と非連動】
法適用通則法5条と35条における連動と非連動 〜法律学習フローチャート各論


 ちなみに、本ブログにおいては、《通達の文言解釈》なんて間抜けな所作を開陳した高裁判決を、散々馬鹿にしてきました。

解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決
解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決

 「お前も告示を文言解釈してんじゃん!人を呪わば穴二つ!」と思われる方がいるかもしれません。
 が、本告示は省令様から正式に委任を受けたものです。ので、法令の一部を形成しているのであって。法令解釈のお作法どおりの解釈が可能なものとなっています。

 そのへんの野良告示とは血統が違う。


 話は戻って。

 非事業者と事業者とで、いずれも「プライベート」で売却したものなのに、事業者だけは住所・氏名が要求されるという根拠はどこにあるのでしょうか。
 形式論としては、「事業として」という限定がビルトインされていない「事業者」という用語を裸のまま使ってしまったから、ではありますが。では、実質的な根拠はどこにあるのか、よくわかりません。

 まあ、保存特例は「非適格者」であるかぎり適用されるのだから、せめて住所・氏名くらいは記載しておきなさいよ、とは思いますが。


 以上、◯△×とか表を使って、保存特例と住所・氏名特例を整理してみたわけですが。

 これだけ見れば「ふーんそうなんだ」ぐらいの感想かもしれません。が、「適格者×、非適格者◯△」となっている時点で、《益税撲滅システム》としてのインボイス制度が破綻しているのであって。特例としてはファンキーが過ぎる。

 氏名・住所が省略できるとかできないとか、もはや真面目に分析するだけ空虚すぎる。
 愚直に条文解釈したところで、「Q&A」によって灰燼に帰してしまうだけですし。

「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その5) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編57)
posted by ウロ at 09:36| Comment(0) | 消費税法
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