法律文章の「書き方」本。
書き方本の中でも特に、「表現」特化型といえるでしょうか。
白石忠志「法律文章読本」(弘文堂2024) Amazon
白石忠志先生は競争法の専門家なのですが。
「競争法」に興味のない私ですら、白石先生の著書だけは、どうしても読みたくなってしまいます。
白石忠志「技術と競争の法的構造」(有斐閣1994)
デビッド・ガーバー「競争法ガイド」(東京大学出版会2021)
※教科書・体系書を記事化できていないのは、単なる能力不足。上記記事にしても、正面から向き合ってないですし。
今回も、あまたの積読本を押しのけて、さっそく読んでしまう羽目に。
ちなみに、同一タイミング・同一出版社で購入⇒積読された本。
菅野和夫,山川隆一「労働法 第13版」(弘文堂2024) Amazon
田村善之,清水紀子「特許法講義」(弘文堂2024) Amazon
「法律文章を書く人は全員必読ですよ。」とだけ紹介してもしょうもないので、以下感想を。
◯
いきなりイチャモンの類から。
・
タイトルの『読本』は、一見まぎらわしい。
もちろん、「入門書」という意味からすれば、間違った言葉を使っているわけではないです。が、「読み/書き」でいうところの「書き方」がメインの本なのに『読本』とはこれいかに、と一瞬脳内にノイズが走ってしまいました。
まあ、私が『文章読本』という言葉に馴染みがないだけの話でしょうけども。教養レベルが低いだけの問題。
・
例によって、「帯」をみてみると(イチャモン基本所作としての「帯イジり」)。
【帯イジり例】
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)
『言葉の基本から始める法学入門』と書いてありました。
が、本書は「書き方」のお作法がひたすら丁寧に解説されたものであって。これをもって『法学入門』というのは、違う気がします(本ブログのカテゴリも、本当はおかしい)。
団藤重光「法学の基礎」(有斐閣2007)
もし「これから法学を学んでみようかな」というガチの初学者勢が「送り仮名の付け方」みたいなものを読まされたら、速攻、入口から引き返してしまうのではないでしょうか。
扱われている素材も、独禁法など「大人の」法分野が結構あって。初学者には意味が取りにくいであろうところが、しばしば。
本書が効いてくるのは、ある程度法律文章を読んだことのある人が、自分でも「書いてみむとてする」などと思いたったタイミングだと思います。
単なるお作法の羅列にすぎないと思っていた本書の記述が、これから書こうとする全ての法律文章に活きてくるのが実感できるはずです。
『◯◯警察』という言い回しがありますが。
「法学入門」という用語に対しても、それに相応しい内容となっているか、取り締まる方がいらっしゃってもよろしいのではないでしょうか(他人任せ)。
・
目次で、括弧数字の下位レベルの項目が省かれているのは、読後のふりかえりに不便。この出版社だけかどうか分かりませんが、この手の目次、しばしば見られる。
◯
イチャモンはこれくらいにして。あとは本書を読みながら思ったことなど。
法律文章を書くにあたってのお作法として、追加したほうがよいと私が思ったもの。
『卑近な喩えをむやみに使わない。』
というものです。
どういうことかというと、下記の記事。
吉田利宏「実務家のための労働法令読みこなし術」(労務行政2013)
そこでは、「章名・節名をもって見出しに代えさせていただきます」系の見出しがない条文を、「ラーメンのスープ(大)」と「チャーハンについてくるスープ(小)」で喩えてはいるが意味分からんよ、というツッコミをしました。
別の記事だとこれも。
多田望ほか「国際私法 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2021)
法人を「ロボット」になぞらえるとか、事例を人間ではなく「猫ちゃん」に置き換えてしまうとかに対しても、イチャモンをつけました。
卑近な喩えなんてあげないで、それ自体の具体例をあげていけば理解してもらえるもののはずです。
面白い(と本人が思うところの)喩えが思いついちゃったら、どうしても披露したくなるのは、とてもよく分かります。畢竟独自の見解を唱えるときなどは、説得力を少しでも水増しするために、喩えを持ち出すこともあるでしょう。
が、既存の概念を正確に理解する場面においては、ひたすら具体例をあげていけばいいのであって。わざわざ卑近な喩えで人心を惑すべきではないでしょう。
もちろんこんなお作法、流派というか美意識の類でしょうから。本書のような「基本インフラ整備の書」に盛り込むようなものではないです。
ちなみに、本書をこのことを意識しながら読んでみましたが。具体例が豊富なのに対し、卑近な喩えは見当たりませんでした。さすが(偉そう)。
◯
「条文見出し」ついでに。
本書では、(公式見出し)と【非公式見出し】があること、【非公式見出し】を解釈に用いてはならない、とされています。
これ自体はそのとおりなのですが。では、(公式見出し)は解釈に用いてもよいのでしょうか。
本書では明言されていません。が、「用いてもよい説」が多数派でしょうか?
私自身は、(公式見出し)であっても解釈に用いるべきではないと思っていて。そのことを強く意識させられたのが、「8割控除」にまつわるお話し。
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版補遺
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版余滴
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版
8割控除の適用範囲として、税制改正大綱⇒条文見出し⇒旧Q&Aのラインでは「適格請求書発行事業者以外からの課税仕入」とされていました。が、この書きぶり、条文本体の規律の仕方とは全く異なるものです。
条文見出しを使って、どうにか条文本体と異なる帰結をゴリ押ししようとしたけども。最終的には、さすがに内容かけ離れすぎ、ということで、あきらめざるをえなくなった、というのが一連の経緯といえるでしょうか。
このような、条文見出しで条文本体を上塗りしようとする一群の輩を見るにつけ。「条文見出しを解釈に使うのは禁止!本体のみで勝負しろ!」とルール設定としておいたほうが、立案技術の健全な発展が見込まれるのではないかと思います。
もし、なにかの間違えで、裁判所に持ち込まれるようなことがあったとしたら。裁判所、条文見出しを使って《立案ミス尻拭い系の限定解釈》を繰り出してきやがりそうですし。
【過小課税尻拭い判決】
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
【過大課税尻拭い判決】
みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)
◯
本書でぜひスタンダードとして整備しておいて欲しかったのが、「借用元/借用先」のような「元/先」の使い分け。
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その11)
毎回どっちがどっちか分からなくなるので、用法を決め打ちしておいていただけると助かります。
◯
本書では、「普通の人が異なるイメージを持つ例」として、フリーランスが企業Aとの関係では「特定受託事業者」にあたるが、消費者Cらとの関係では「特定受託事業者」に該当しない、というものを挙げられています。普通の人は、場面ごとに人の属性が変わるのは馴染みがないだろうと(そうですかね?)。
フリーランス法に明るくないので、このような事業者該当性の判定の仕方が正しいのかどうか、分かりませんが。僕らの「消費税法」では、これとは明らかに異なる規律の仕方をしています。
消費税法 第二条(定義)
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
三 個人事業者 事業を行う個人をいう。
四 事業者 個人事業者及び法人をいう。
八 資産の譲渡等 事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)をいう。
第四条(課税の対象)
1 国内において事業者が行つた資産の譲渡等(特定資産の譲渡等に該当するものを除く。第三項において同じ。)及び特定仕入れ(事業として他の者から受けた特定資産の譲渡等をいう。以下この章において同じ。)には、この法律により、消費税を課する。
たとえば、個人事業をやっている人が、「自宅」を売却したらどうなるかというと。
・事業をやっている人なので「事業者」に該当する。
・「事業として」ではないので「資産の譲渡等」に該当しない。
・よって、消費税は課税されない。
となります。
これを「自宅の売却場面では「事業者」にあたらない」としてしまうと、資産の譲渡等の定義の中に「事業として」が組み込まれていることの説明ができなくなってしまいます。
自宅の売却だから「事業者」にはあたらない、のではなく。事業をやっている以上「事業者」であることからは逃れられない、が、「資産の譲渡等」にあたらないから課税されずにすむ、という建付けになっているということです。
課税されないという結論が変わらないんだったら、どっちでもいいじゃん、と思うかもしれません。が、消費税法の中には、「事業者」である、それだけの事実で規律が決定される条項があります。
自宅を売却しようが事務所を売却しようが、「事業者」である以上どちらでも同じ扱いになるとか(そのうち記事化します)。
なので、フリーランス法における「特定受託事業者」と同じノリで、消費税法における「事業者」も理解してしまうと、事故る可能性があります(前者を「相対的主体概念」、後者を「絶対的主体概念」とネーミングしておきます)。
これはどちらが主体概念として正しいか、ということではなく。
フリーランス法はあくまでも個別の業務委託ごとにフリーランスを保護すれば足りる、ということで相対的主体概念を採用した、他方で、消費税法は、事業をやっている、それだけで規律を及ぼしたいものがある、ということで、主体概念には余計な飾りを盛り込まなかった、ということなのでしょう。
フリーランス法における「特定受託事業者」についても、もし今後、個別の業務委託に結び付けずに「特定受託事業者」であること自体で規律を及ぼしたいとか、対消費者との関係でも規律を及ぼしたい、といった事情が生じた場合には、主体概念の調整が必要になるのでしょう。
フリーランス法における「特定受託事業者」が、相対的主体概念なのだとすると。厳密にいえば、委託者A社との関係で該当する「特定受託事業者」(対A)と、委託者Bとの関係で該当する「特定受託事業者」(対B)とは、別モノだということになるのでしょうか。
もちろん、今こんなこと考えてても何の実益もないと思います。が、消費税法におけるような事故を未然に防ぐためには、平素から正確な理解を心がけておくべきでしょう。
◯
以上、余計なことをあれこれ書きましたが。
最初に書いたとおり、法律文章を書く人は全員必読だと思います(俺は全て分かっている、という人は除く)。
各人が『ぼくのかんがえたさいきょうのお作法』を開陳するにしても、本書をベースラインとすれば生産的な議論ができるはずです。
法令について書いた文章を読んでいて、「これ、法曹が書いた文章でないな」とバレるの、これらお作法を踏まえて書いていないからというのが、要因のひとつだったりします。
ので、税理士にかぎらず「それらしい」法律文章を書きたい方は、ぜひ本書記載のお作法を身に着けていただくのがよろしいかと思います。
2024年04月15日
白石忠志「法律文章読本」(弘文堂2024)
posted by ウロ at 09:04| Comment(0)
| 法学入門書探訪
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