白石忠志「法律文章読本」(弘文堂2024)
今回は、この「事業者」概念まわりを主題として、交通整理をします。
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本ブログの『消費税法の理論構造』というサブタイトルをつけた、一連の記事。免税事業者、非課税売上、用途区分、インボイス及びその特例などのせいで、「消費者が消費税を負担する」という理想が歪められている、という消費税法の構造上の問題を検討するものとなっています。
それらの記事では、そういったサブシステムのせいで「益税」やら「損税」があちらこちらに発生している、ということの指摘までで。メインシステムについては、きちんと触れずにいました。
ということで、今回は、メインシステムの構造について、軽く整理するものとなります。
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消費税法が採用している《課税/控除》のメインシステムの構造は、次のとおりとなっています。
【課税】
1 事業者+国内+課税資産の譲渡
2 事業者+国内+特定課税仕入
3 保税地域+課税貨物の引き取り
【控除】
4 事業者+国内+課税仕入 (+インボイス+帳簿)
5 事業者+国内+特定課税仕入 (+帳簿)
6 事業者+保税地域+課税貨物の引き取り (+輸入インボイス+帳簿)
(※「輸入インボイス」というのは造語です)
このような座組みを採用することで、消費税法が理想の姿として描いているの、
売手 買手 課税 控除
・事業者 事業者 あり あり
・消費者 消費者 なし なし
・消費者 事業者 なし なし
・事業者 消費者 あり なし
という帰結になることです。
課税/控除のあり・なしがこのとおりに正しく作動することで、最終的に消費者が消費税を負担することが「予定」されています。消費者が事業者から購入するときだけ課税と控除がずれることとし、それ以外の場面では《課税=控除》とすることで、その目的を達せられるはずでした。
ところが、免税事業者、非課税売上、用途区分、インボイス及びその特例などにより、その理想がことごとく歪められています。
その点については、他の記事を読んでいただくとして。では、このメインシステム自体には問題がないのかというと。
一点だけ気になる箇所があります。
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以下の事例で検討してみます。
【事例1】
個人事業主Aは、個人Bに対し、自宅お片付けコンサルサービスを提供し、コンサル料110万円を受け取った(国内売上)。
ご機嫌となったAは、高級家具店で自宅用のおしゃれ家具99万円を購入し、自宅に搬入した(国内仕入)。
Aはいくら消費税を納税すべきでしょうか。
まず、サービス提供により対価を受けたことは、上記課税1に該当し、Aは10万円を納税しなければなりません。
他方で、おしゃれ家具の購入は自宅用のため、控除4に該当せず、9万円を控除することは出来ません。
よって、AはBからお預かりした10万円をそのまま消費税として納税しなければなりません。
では、次の事例はどうでしょうか。
【事例2】
個人事業主Cは、個人Dに対し、自宅お片付けコンサルサービスを提供し、コンサル料110万円を受け取った(国内売上)。
ご機嫌となったCは、海外の高級家具店から自宅用におしゃれ家具90万円を購入し、自宅に搬入した(輸入仕入)。
サービス提供が課税1に該当して10万円課税されることは、【事例1】と同じです。
また、おしゃれ家具を輸入したことは課税3に該当し、Aは輸入消費税9万円を納付します(関税等は無視)。
では、控除6により、輸入消費税につき税額控除を受けることは可能でしょうか。
「自宅用」なんだからできるわけないわボケ!と思われるかもしれません。が、《文言解釈》によるかぎり、これは可能と読むことができます。
というのも、課税3と控除6には「事業として」という要件がどこにもでてきません。
課税1・2、控除4・5にも書いてないと思われるかもしれません。が、こちらはそれぞれ「課税資産の譲渡」「特定課税仕入」「課税仕入」の定義の中に、「事業として」がビルトインされています。
それぞれの定義規定から「事業として」を抽出すると。
売手 買手
1 事業者・事業として 4 事業者・事業として
2 事業者・事業として 5 事業者・事業として
3 6 事業者
課税3・控除6からは「事業として」が出てこないことになります。
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その結果、課税3、控除6は次のとおり解釈されます。
まず課税3については、誰がどういうつもりであろうが、国内に持ち込んだら課税する。それゆえ、消費者が輸入する場合も、事業者がプライベートで輸入する場合も、等しく輸入消費税を納付しなければならないことになります。しかも、取引の存在すら前提とされていません。
こちらは、「国内消費」に課税しようとする消費税法の建前(仕向地主義)からすれば当然の帰結で。国内に入り込んだら課税転嫁がスタートする、いきなり消費されたらそこで転嫁が終了する、というだけの話です(問答無用の輸入課税)。
問題は控除6です。
「事業者が」で主体を限定するところまではよいのですが。「事業として」という要件が「課税貨物」「引き取る」の中に含まれていません。それゆえ、何かしら事業をやっていさえすれば、事業用だろうがプライベート用だろうが、輸入消費税を納付した以上は、それを控除できてしまうことになります。
これが、「事業者」の定義の中に「事業として」が含まれていると勘違いしたがゆえの立法の過誤なのか。よく分かりませんが、今のところ放置されたままとなっています。
【事例2】でも、Cは個人事業を営んでいる以上「事業者」に該当する、そしてプライベート目的での輸入でも「課税貨物の引き取り」に該当する、ゆえに税額控除可能、ということになります。
本当にこんなことでいいのか疑問ではあります。が、条文上はそうなっているということです。
だからといって、これを悪用しようとしても、例によって裁判所が《過小課税尻拭い判決》を出すこともありうるわけで。「自家消費」(課税側のルール)あたりの制度趣旨を《アクロバティック拡張解釈》して、税額控除を制限するかもしれない。
ということで、私自身が何かを推奨するつもりは全くありません。
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消費税法においては、「消費者に税負担をさせる」という目的を達するために、「事業」「事業者」という概念を利用して、事業の世界と消費の世界の切り分けをしています。厳密には、「消費」を正面から切り出すことなく、「事業」とそれ以外という区分となっていますが。
事業の世界からはみ出した時点で転嫁を終了させ、そこで税負担が生じるように仕組んでいるわけです。
それゆえ、所得税法をはじめ、他の法律が同じ「事業」「事業者」という用語を使っているからといって、同一に解釈する必然性はなく。消費税法の目的にそった解釈をすべきでしょう。
他法の概念理解を混入させてしまうと、「消費者に消費税を負担させる」という目的が阻害されかねないわけで。
当ブログが「借用概念論」を胡散臭い扱いしているのは、主としてそういう視角からです。
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今回指摘したことは、「事業」「事業者」の中身の問題ではなく。
消費税法が「事業者」につき絶対的主体概念を採用しているにもかかわらず。あたかもそれを忘れたかのような要件設定をしたせいで、輸入消費税の税額控除の可否をうまく制御できていないのではないか、ということでした。
・「問答無用の輸入課税」を実現するために、課税ルール(3)ではゆるゆるな用語設定をした。
・控除ルール(6)にもその用語をそのまま流用した。
・「事業者が」と主体を限定しておけば「自宅用」を除外できると勘違いした。
という図式になるでしょうか。
個人の場合は、同一主体が消費者でもあり事業者でもあり、ということがあり。その切り分けの設計が難しいであろうことはよく分かります(所得税法における資産損失まわりとかもそうです)。
が、輸入消費税に関しては、どうして「事業として」という限定を外したままとしているのか、謎です。
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ちなみに、上記4の「課税仕入れ」について。
こちらは定義上、「誰から仕入れるか」の限定が外されています。そのため、消費者から買っても、事業用であるかぎり「課税仕入れ」に該当することになります。
では、税額控除ができるのかというと。税額控除するには「要インボイス」とされているため、ガバガバな定義規定の穴はしっかり塞がれています。
他方で、古物商等特例で「インボイス保存いらない」とされた途端、ガバガバな定義が復活します。そのため、『非適格者からの課税仕入れなら税額控除できる』などという倒錯した帰結を導くことができることになります。
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)
インボイスが導入されたにもかかわらず、「課税仕入れ」の定義がガバガバなままなの。これら「インボイスいらない特例」をメインシステムに接合しやすくするため、ではないかと穿った見方をしてしまいます。
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編47)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編48)
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