消費税法基本通達 5−1−1(事業としての意義)
法第2条第1項第8号《資産の譲渡等の意義》に規定する「事業として」とは、対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供が反復、継続、独立して行われることをいう。
1 個人事業者が生活の用に供している資産を譲渡する場合の当該譲渡は、「事業として」には該当しない。
2 法人が行う資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供は、その全てが、「事業として」に該当する。
そしてまた、課税の対象、納税義務者、仕入税額控除がそれぞれの箇所で別々に説明されるだけで。それらが一体としてどのように機能しているかが説明されることもないです。
ということで、以下、自力で整理を試みます。
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編46)
◯
場合分けが拡散するのを防ぐため、次の通り、場面設定を限定します。
・事業者=適格請求書発行事業者とします。
・課税の対象(4条)と納税義務者(5条)は、区別せずに一体として記述します。
・「事業者」「事業として」が結論にどのような影響を及ぼすかを中心にみていきます。「国内において」「対価を得て行われる資産の譲渡」などといった他の要件は、当然に満たすものとします。
・特定仕入は「事業者向け電気通信利用役務の提供」を想定します。
・「保税地域からの外国貨物の引き取り」=輸入として記述します。
◯
まず「国内取引」について。
1 課税
・売手:事業者(家事用)でも「事業者が」には該当します。ですが「事業として」ではないので「資産の譲渡等」に該当せず、課税されません。
・適格請求書を発行しようがしまいが、売手:事業者が資産の譲渡等をした以上は課税されます(問答無用の譲渡課税)。
2 控除
・買手:事業者(家事用)でも「事業者が」に該当します。ですが「事業として」ではないので「課税仕入れ」に該当せず、控除できません。
・買手:事業者(事業用)であれば、誰から購入しても「課税仕入」に該当します。が、インボイスがなければ控除できません。
売上側はインボイスの有無にかかわらず課税されるのに、仕入側はインボイスがなければ控除できない、ということで「損税」の発生源となっています。
◯
次に「特定仕入れ」について。
1 課税
・売手には、インボイスを発行する権利も義務もありません。
・課税対象となるのは「仕入」であり、納税義務者となるのは「買手」です。
・「事業者向け」はサービスの内容で判定するので、買手が「消費者」の場合もありえます。
・売手/買手ともに「事業者」「事業として」でなければ「特定課税仕入」に該当しません。
2 控除
・買手:事業者(家事用)でも「事業者が」に該当します。ですが「事業として」ではないので「特定課税仕入」に該当せず、控除できません。
・国内取引と異なり、インボイス保存が要求されないの。そもそもインボイスが発行されないという形式論とあわせて、買手が、同一取引につき課税されるが控除されない(損税)などというのが、どう考えても不合理だからでしょう。
◯
次に「輸入」について。
1 課税
・保税地域からの引き取りである以上、「輸入許可書」は当然に発行されているもののはずです。
・主体の属性・目的にかかわらず、輸入したら当然に課税されます(問答無用の輸入課税)。
・「取引」であることは要求されていません。ので、主体は「売手」ではなく「輸入者」です。
2 控除
・「外国貨物の引き取り」の定義の中に「事業として」が含まれていません。そのため、事業者(家事用)が輸入した場合は税額控除が取れてしまう、というのが《文言解釈》の帰結です(最終的な結論は保留)。
・「取引」であることは要求されていません。ので、主体は「買手」ではなく「輸入者」となります。
・輸入者が納税して輸入者が控除する、ということで、元祖リバースチャージみたいなものです。
◯
これらの「課税/控除」の組み合わせにより、
売手 買手
・事業者‐事業者
・消費者‐消費者
・消費者‐事業者
は《課税=控除》とし、
売手 買手
・事業者‐消費者
のときだけ《課税あり/控除なし》となっていてくれれば、「消費に課税する」ための道筋が実現できるわけです。
が、上述したところだけでも、インボイスが保存されなかった場合の「損税」、事業者が家事用に輸入した場合の「益税」が発生しています。
さらに、各種サブシステムまで含めると、あちらこちらで益税・損税が発生しており。『インボイス導入したので益税撲滅できました、めでたしめでたし。』で終われません。
◯
そこいらの解説書の代表として、「税大講本」をあげておきます。
消費税法(令和6年度版)
P13
3 事業者が事業として行う取引
消費税は、国内において事業者が事業として行う取引を課税の対象としているから、事業者以外の者が行う取引は課税の対象にならない。
「事業者」とは、事業を行う個人(「個人事業者」という。)及び法人をいい、その個人事業者又は法人が居住者であるか非居住者であるかを問わない(消法2@三、四)。 なお、国・地方公共団体及び人格のない社団等も「事業者」に含まれる(消法3、60 @)。
「事業として」とは、対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供が反復、継続、独立して行われることをいい、事業に使用していた資産の売却など事業活動に付随して行われる取引もこれに含まれる(消法2@八、消令2B)。
(注)法人が行う取引は、その全てが「事業として」に該当するが、個人事業者は、事業者の立場と消費者の立場を兼ね備えており、そのうち「事業者として」の取引のみが課税の対象となる。
したがって、家庭で使用している冷蔵庫、テレビ等の生活用資産の売却などは、「事業として」行う取引に該当しない(不課税取引)。
『「事業として」とは』という書き出しのところですが。
「事業として」の定義を記述するのであれば、「対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供が〜」はいらないですよね。「事業として」の定義の中にこれを含めてしまうと、たとえば「資産の譲渡等」は次のように理解しなければならなくなります。
消費税法 2条1項
八 資産の譲渡等 事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(略)をいう。
⇒
対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供が反復、継続、独立して行われる対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(略)をいう。
とんでもなくキモい中身になってしまいます。
まあ、特に何も考えず、通達コピペしただけなのかもしれません。
が、上記のとおり、事業者が家事用で輸入した場合も輸入控除が取れてしまう、という過誤が生じているの、「事業者」という用語の中に「事業として」という要素が含まれていると勘違いしたがゆえ、ぽいですよね。
こういう勘違いをなくすためには、各用語のどこにどの要素が含まれているか、ということは正確に理解しておくべきです。
このような観点からすれば、「事業として」に含まれる要素は、
反復、継続、独立して
の部分だけになります。
なお、(注)にある『そのうち「事業者として」の取引のみが課税の対象となる。』というところも不正確。正確には「事業者として」ではなく、「事業として」でしょう。
消費税法上、個人事業者であるかぎり、常に「事業者として」しか取引を行うことはできませんので。
・
他の解説モノも似たりよったりで。
「条文読め」とか言っている下記書籍でも、同様の通達コピペから始まっていますし(P.28)。
熊王征秀「消費税法講義録 第4版」(中央経済社2023)
というか、「事業者」と「事業として」の使い分けなんか、まるで意識せずになんとなくシームレスで記述されて終わってしまうものばかり。ですし、これら概念が課税と控除のそれぞれの場面でどのように機能しているかを記述してくれることなんて、ありません。
頭の良い学者先生を初めとして、「課税要件事実論」なんてものに手を出す前に、実体法レベルの、地に足のついた議論を展開してくれることを望みます。
伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
◯
「事業」の中身が課税対象の箇所でしか解説されないせいで。初学者の人からすると「事業を広く解釈すると税負担が重くなってしまう!」などと勘違いしてしまいがちです。
が、消費税法の基本コンセプトは、「事業の世界からはみ出したところで税負担を発生させる」というものになっています。そのコンセプトに従い、課税と控除両方に事業概念を仕込んでいるので、課税側の事業が広がれば、控除側の事業も同じだけ広がります。
ので、事業概念を広く解しても、そのまま税負担が重くなる、などということにはなりません。むしろ、事業の世界が広がればその分消費の世界が狭まるので、事業概念が広いほうが望ましいかもしれない。
もちろん、事業概念以外の要件のせいで控除ができなくなることはあります。が、それは当該要件の問題であって。事業概念が広いことが直接の原因ではない。
法律上の各要件がどのように機能しているかをちゃんと記述しないから、学習者は、どこまでいっても表面的・断片的な理解しかできないままにおわってしまうのでしょう。
といった感じのことを、最近出版された田村善之先生の教科書の、各要件の「機能」面を重視した丁寧な解説を読みながら、ふと思いました。
田村善之,清水紀子「特許法講義」(弘文堂2024) Amazon
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編47)
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