《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その4) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編56)
批判といっても、古物商等が益税を貪り尽くしていることに対してではなく。インボイス推進派の方々が、「滅せよ免税事業者!」と唱えているのと同じ熱量を、なぜ古物商等にも向けないのか、という点に対しての批判でした。
ではあるのですが、消費税法のメインシステムについて検討する中で、益税ネコババという謂れのない濡れ衣を払拭できそうな筋道が思いついたので、整理をしてみます。
以下では、「古物商」が「消費者」から買い取りをした場合を念頭に置きながら記述します。
◯
とりあえず条文をあげておきます。が、今回は《制度趣旨》の探求がメインなので、条文イジりはやりません。
令 第四十九条(課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿等の記載事項等)
法第三十条第七項に規定する政令で定める場合は、次に掲げる場合とする。
一 課税仕入れが次に掲げる課税仕入れに該当する場合(法第三十条第七項に規定する帳簿に次に掲げる課税仕入れのいずれかに該当する旨及び当該課税仕入れの相手方の住所又は所在地(国税庁長官が指定する者に係るものを除く。)を記載している場合に限る。)
イ 他の者から受けた第七十条の九第二項第一号に掲げる課税資産の譲渡等に係る課税仕入れ
ロ 入場券その他の課税仕入れに係る書類のうち法第五十七条の四第二項各号(第二号を除く。)に掲げる事項が記載されているものが、当該課税仕入れに係る課税資産の譲渡等を受けた際に当該課税資産の譲渡等を行う適格請求書発行事業者により回収された課税仕入れ(イに掲げる課税仕入れを除く。)
ハ 課税仕入れに係る資産が次に掲げる資産のいずれかに該当する場合における当該課税仕入れ(当該資産が棚卸資産(消耗品を除く。)に該当する場合に限る。)
(1) 古物営業法(昭和二十四年法律第百八号)第二条第二項(定義)に規定する古物営業を営む同条第三項に規定する古物商である事業者が、他の者(適格請求書発行事業者を除く。ハにおいて同じ。)から買い受けた同条第一項に規定する古物(これに準ずるものとして財務省令で定めるものを含む。)
(2) 質屋営業法(昭和二十五年法律第百五十八号)第一条第一項(定義)に規定する質屋営業を営む同条第二項に規定する質屋である事業者が、同法第十八条第一項(流質物の取得及び処分)の規定により他の者から所有権を取得した質物
(3) 宅地建物取引業法(昭和二十七年法律第百七十六号)第二条第二号(用語の定義)に規定する宅地建物取引業を営む同条第三号に規定する宅地建物取引業者である事業者が、他の者から買い受けた同条第二号に規定する建物
(4) 再生資源卸売業その他不特定かつ多数の者から再生資源等(資源の有効な利用の促進に関する法律(平成三年法律第四十八号)第二条第四項(定義)に規定する再生資源及び同条第五項に規定する再生部品をいう。)に係る課税仕入れを行う事業を営む事業者が、他の者から買い受けた当該再生資源等
【メインシステム(国内取引)】
売手 買手 課税 控除
1 事業者‐事業者 ◯ ◯
2 消費者‐消費者 × ×
3 消費者‐事業者 × ×
4 事業者‐消費者 ◯ ×
消費税法は、1〜3を「課税=控除」としつつ、4のみ「課税>控除」とすることで、消費支出分の税負担が生じるように仕組んでいます。事業の世界から消費の世界に飛び出したタイミングで、税負担が生じることが確定することになっています。
今回問題となっているのが3で、
原則:消費者×‐事業者×
特例:消費者×‐事業者◯ (益税!)
と、消費者が課税されないのに、事業者が控除できることの根拠は何か、ということです。
◯
これを正当化する根拠として思いついたのが、「二重課税を排除するため」ではないかと。
すなわち、すでに一度消費者のもとで消費されたモノにつき、再度そのまま課税すると《過剰課税》となってしまう、そこで一旦消費されたという事実を反映すべきだと。
具体的にいうと、
A ⇒ B ⇒ C
33 110
・古物商Bが消費者Aから33で買う。
・古物商Bが消費者Cへ110で売る。
この場合に、原則どおり110に課税するだけだとすると(税額10)、Aのもとですでに消費課税ずみという事実が抜け落ちてしまい、課税しすぎになるのではないか、ということです。
では、一度消費課税ずみだとして、いくら控除すれば二重課税を排除できるでしょうか。
この点、Bが33で買い取りしている以上、Aのもとで全て消費しつくされたわけではないでしょう。ので、Aが買ったときに発生した課税額を、そのまま控除するのはやりすぎです。かといって、減価償却的な計算をやらせるのは、現実的ではないでしょう。
そこで、Bが、《消費の世界から事業の世界へ戻し、再度消費の世界へ移したこと》を評価して課税することが考えられます。そのままでは33の価値しかないものを、Bが付加価値を付与して110で売ったということで、差額の77が、Bが新たに生み出した価値だと評価すると。
「付加価値」という観点から説明していますが、これは結果として、仕入税額控除を肯定することと同じ結果となります。
◯
この説明、何ら隙のない完璧な理論というほどのものではなく。いくつか疑問が残ります。
・
そもそも現行の消費税法は、「付加価値」型では設計されていません。
「Bが付与した付加価値に課税」というのは、古物商等特例を正当化するのに説明しやすいからそのように表現している、というに留まり。「問答無用の譲渡課税」と「インボイスあるときだけ税額控除」という、売上課税ルールと仕入控除ルールが分断された現行法に寄せた表現になるよう、もう少し工夫が必要な気がします。
とはいえ、たとえば現行の消費税法を理解しやすくするために、「利益+人件費等=付加価値に課税している」と表現しても、近からず遠からずといった具合で。何が何でも排斥しなければならないほど、おかしな説明でもないのであって。
暫定的な説明としては、それなりにいい線いっているのではないかと思っています。
なお、免税事業者を益税ネコババ野郎呼ばわりするときに好んで用いられる「消費税をお預かりしている(売上)・お預けしている(仕入))」という物言いからは、およそ古物商等特例を正当化することは不可能でしょう。
Aにお預けしていないことが明らかである以上、控除できる根拠は何一つありませんので。
・
なぜ「棚卸資産」に限られているのか。
この点は、Bが自社で使ってしまうと、Aからの買い取りとCへの販売の差額をもって「付加価値」を測定する、という前提が崩れてしまうからではないかと。
もちろん、自社で使うことで、別のかたちで付加価値を生み出すことにはなるでしょう。が、そこで生み出された付加価値は、「110-33=77」のような明確な紐づけが想定できるものではありません。
ゆえに、「買う⇒売る」という紐づけが要求されている、と説明することが可能です。
・
公共交通機関特例などと異なり、「金額上限無し」となっているのはなぜか。
そこいらのインボイス解説書では、「インボイスいらない特例」として横並びで記述されているだけで。各特例ごとの制度趣旨を説明してくれることなんて、まあない。
ので、各特例ごとに要件が異なる根拠については、自力で考えなければなりません。
「交通機関特例」については、いちいちインボイスもらってらんねえという「必要性」と、どうせ登録してるに決まっているだろという「許容性」に基づいているものと思われます。が、高額なものまで全て不要とするのはインボイス制度を骨抜きにしてしまう。ので、金額上限を定めたと考えられます。
他方で、「古物商等特例」は、付加価値のないところに課税すべきでない、という実体レベルでの根拠に基づいていると思われます。単なる事務処理の煩雑さからの要請ではなく。
ゆえに、《過剰課税》を生み出さないためには金額上限を設けてはいけない、ということになるでしょう。
・
なぜ、業法上の「許可」を受けた者だけが、特例の適用を受けられるのでしょうか。
上記のとおり、業法上の許可を受けていようがいまいが、Bの付与した「付加価値」に違いはないはずです。また、税法学ではおなじみの「違法所得」まわりで議論されていることからしても、たとえ業法上違法な取引であっても、付加価値という「実体」に即して課税(控除肯定)すべきはずです。
が、このあたり「違法なプラスは『事実』をもって肯定するが、違法なマイナスは『法秩序』をもって否定する」という、アンバランスな解釈態度が支配的な税法学からすれば、なんの問題もないのでしょう。
また、件の教科書における「仕入税額控除は計算要素ではなく請求権だ!」とかいう物言いからすれば、無許可でも控除肯定すべきとなりそうなんですが。
残念ながら、「請求権だ!」という性質決定は、どうやら課税を拡大する方向にしか働かせる気がないっぽいんですよね。「法的権利である以上、それを主張するに相応しい資格を有していなければならない!」とか言いそう。
佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)
◯
以上、売手が「消費者」である場合を念頭において、古物商等特例の正当化根拠をどうにか捻り出してみました。
が、古物商等特例は、売手:消費者の場合だけに適用されるものではありません。では、売手:消費者以外の場合にも正当化できるものなのかどうか、次回検討してみたいと思います。
※注意書き
「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その6) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編58)
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