最高裁令和6年5月7日・第三小法廷判決 速感
判例の機能的考察(タイトル倒れ)
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本判決の判例としての「射程」について。
本判決が、本件で問題となった処分に限った判断なのであれば、本判決の射程は極めて狭いものであったはずです。が、本判決の多数意見、渡辺補足意見(漢字は失礼します)、そして驚いたことに宇賀反対意見でさえも、本件処分の個別事情に一切触れていません。
個別事情を考慮に入れて判決する際にでてくる『原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。』がありません。同一タイミングで同小法廷に係属していた、全く別の「青色申告の承認の取消処分」についての判決だよ、と言われても、おそらく誰も気が付かないくらい。
(余談ですが、ムゲンエステート・ADW事件判決は、「正当の理由」についての判断があるかどうかで見分ける。)
テンプレ判決 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
ゆえに、本判決は、法令レベルにおいて《青色申告の承認の取消処分をするのに事前手続は不要》という判断をした判例だと読むことになるでしょう。当該事案のかぎりで事前手続不要としたのではなく。
もちろん、今後「とてもかわいそう」な事案が出てきたときに、個別事案ごとの適用レベルで、事前手続必要だと判断することまで制約されるわけではないはずです。
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違憲の反対意見を出した宇賀判事ですら、個別事情をガン無視しているというのがなかなかの驚きで。あれこれ書いてあるものの、本件処分に関する個別事情は、見事なまでに一切でてきません。うっかり書いてしまいそうなものですが、徹底して個別事情に対する言及が排除されている。
「学理」的な理由から違憲と判断したまでで。個別事案における救済の必要性はおよそ検討するまでもない、という見解なのでしょうか。
本ブログでは、「何とも触れづらい...。」という最高裁とは全く別の思惑から、本件事案の中身については、あえて一切触れないこととしているのですが。
本論ではゴリゴリに対立している、多数意見+渡辺補足意見vs宇賀反対意見だというのに。「個別事情は無視無視!」という点だけは、綺麗に統制がとれていて(文字通りの『裁判官全員一致の意見』)。
我々外野の人間は、「最高裁判事からみるとそういう評価がされる事案なんだなー。」という限度で理解しておけばよいでしょうか。
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本論点に関する先行判例としては、30年ほど前の平成初期の判例が出たきりの状況でした。ので、「確かに事前手続いらないというのが先行判例だけども、30年前の古い判決だから今はどうなるか分からんよ。」などと言えていたところでした。
ところが、本判決の登場により、令和の最新判例として「事前手続重視しない系の判例」が更新されてしまいました。
本件上告人としてはやむにやまれぬ事情にて、最高裁に至るまで真面目に争ったのでしょう。が、結果としては、最高裁による判例更新にまんまと利用されただけで終わってしまったと。
ならば、「判例更新にご協力どうもね〜」ということで、多少なりとも個別事情に触れてあげるとかしてあげてもいいのに。利用するだけ利用しておきながら、個別事情ガン無視という、冷酷無比な仕打ち。
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平成初期の判例がそのまま更新されてしまったので、さらにあと何年かは、このままのスタンスでいくことになるのでしょう。
今後、「青色申告の承認の取消処分」に限らず、本判決を笠に着た不意打ち気味な運用が強化されていくとしたら、嫌な感じ。あまりに酷ければ、裁判所が、本判決の射程は及ばないと「事例判断」してくれるでしょうか。
が、下級審レベルだと、本判決の射程を過大に読み取って、
・「青色申告の承認の取消処分」以外の処分についても事前手続不要。
・「とてもかわいそう」な事案でも、個別救済は一切しない。
などという判断になりそうで怖い。
もちろん、(優秀な)裁判官が最高裁判例の「射程」というものを理解できていない、などというのではなく。本判決が事前手続を不要とした根拠を書いてくれていないせいで、ある種の「萎縮効果」が生じてしまうのでは、という読みです。
最高裁様が「その処分により制限を受ける権利利益の内容、性質等」の中身をきちんと書いてくれていれば、その中身と異なるタイプの処分には射程が及ばない、と解することもできたはずです。が、中身が不明である以上、保守的(判例を限定しない方向)に判断せざるをえないでしょう。
また、個別事情の考慮を徹底して排除している、という本判決の姿勢からは、個別事案ごとの例外を一切認めない立場だと読んでしまうのも、無理もないところです。
『事案によっては必要かもしれないが、本件では不要。』などと留保をつけていてくれれば、そこを広げることができたはずです。が、本判決には個別事情が入り込む一分の隙もない完全防御形態のため、事前手続必要という結論にもっていくためには、本判決に正面から逆らっていかなければならないことになります(判例違反)。
そこまでの重荷を下級審の裁判官に負わせるのは現実的でなく。救済してもらうには、最高裁までいって「事例判決」を出してもらうしかないでしょうか。
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『判例』などというと、いかにも高尚なもののように思われるかもしれません。が、本判決がやっていることは、国税庁が「通達」として下位機関宛に出しているものと、機能的には変わりません。
もちろん、最高裁自身が、自己の保有している法令審査権を「付随的審査権」と自己規定しているので、個別事件と全く無関係な判断をすることはできません。し、憲法上の制約から、別事件の下級審の裁判官に対して、ダイレクトに自己の見解を押し付けることもできません(裁判官の独立)。
そこで、命令を出したい論点を含む上告がまんまとやってきたら、ここぞとばかりに「一般法理」を振りかざした判決を出すことで、『通達みてえな判決』を発出することが可能になります。
そして、上記のとおり、下級審の裁判官は、最高裁判決に過度に広汎に従わざるをえないと。《司法裁判権の皮を被った司法行政権》とでもいえばよいでしょうか。
ところで、税理士にとって判決文というと、「読むのしんどそう」と拒絶感が出てしまうものかもしれません。が、本判決のような判例にかぎっては、「通達みてえなやつ」だと思えば、「お馴染みのあれ」って感じで自然に読みこなせるようになるのではないでしょうか。
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ちなみに、判決と通達の対応関係はこんな感じになるでしょうか。
法理判決 ⇒ 法令解釈通達
事例判決 ⇒ 文書回答事例
権力分立を《完全分離型》でしか理解していないと、司法権と行政権とが全く別の役割を果たすべきもののように思ってしまいがち。ですが、ルールの設計(立法)と運用(行政・司法)という観点からすれば、行政・司法は同じ役割を担っているのであり。遣り口が違うだけで「法の適正な実現を目指す」という建前は同じはずです。
税法上の処分に対する不服申立手続についても、ことさらに行政/司法とで分断して理解するのではなく。「国税庁(国税局・税務署)⇒審判所⇒下級審⇒最高裁」と直列で捉えておいたほうが、実態に即するものと思います。
行政のやらかしを、行政がチェックするか司法がチェックするかの違いに過ぎず。「行政救済法」という学問領域が成り立っているのも、一つの救済体系として捉えられるからですよね(なので、それぞれの根拠法単位で縦割りで記述してあるだけの教科書を読むのはつまらない)。
なお、渡辺補足意見が『専門性を有する第三者的機関ともいい得る国税不服審判所』なんて、画素の粗い表現をしているの。《完全分離型》が念頭に置かれているせいで、審判所がうまく位置づけられていないからでは、と邪推しています。
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まあ、行政・司法でグダグダしている間に、宇賀先生が退官して、立法作業に加わることで逆襲してくれることをほんのり期待しておきます。
とはいえ、在任中に出された反対意見を順番に実現していくだけでも、相当な作業になりそうですが。
規範がない。あんなの飾りです。 〜最高裁令和6年5月7日判決の法的構造
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