最高裁令和6年5月7日・第三小法廷判決 速感
《通達みてえな判決》 〜「判例」としての最高裁令和6年5月7日判決
規範がない。あんなの飾りです。 〜最高裁令和6年5月7日判決の法的構造
法廷意見をHACKしよう!! 〜最高裁令和6年5月7日判決の多数意見vs補足意見
【ひとりでは解けないパズル】
・多数意見は《照らす式》にしたがっており、《総合較量》を明示していない。
・だというのに、大法廷判決の「趣旨に徴して明らか」とか、大法廷判決に従ったふりをしている。
・補足意見も、多数意見は大法廷判決の「総合較量に基づいて」いるとか、うそぶいている。
・補足意見では、多数意見の《総合較量》の中身を明らかにしないまま、独自の考慮要素を勝手に追加している。
・しかも、「事情の変化」のほうは、多数意見も「念頭に置いた」とか、勝手に多数意見を代弁している。
小法廷ごときでは、どんなに古いものであっても大法廷判決を勝手に「判例変更」することはできないはず。なんですが、大法廷判決が要求している《総合較量》を明示していない以上、大法廷判決に素直に従っているとはいいがたい。
そこで、本判決を、大法廷判決に反していないものと理解しつつ、多数意見/補足意見の座組みの気持ち悪さを解きほぐせる筋道がないものかどうか。
以下では、この点にチャレンジしてみます。
最高裁令和6年5月7日第三小法廷判決
法人税法127条1項の規定による青色申告の承認の取消処分については、その処分により制限を受ける権利利益の内容、性質等に照らし、その相手方に事前に防御の機会が与えられなかったからといって、憲法31条の法意に反するものとはいえない。このことは、最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁の趣旨に徴して明らかである。本件処分に所論の違憲はなく、論旨は、採用することができない。
渡辺補足意見
多数意見が言及する平成4年大法廷判決は、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である旨判示している。多数意見は、このような枠組みの下での総合較量に基づいており、特定の考慮要素のみに基づくものではないが、私において特に明確にしておきたい2点を補足することとする。
最高裁平成4年7月1日大法廷判決(成田新法事件)
A 憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。
B しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。
C 本法三条一項に基づく工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、前記のとおり当該工作物の三態様における使用であり、右命令により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全という国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からその確保が極めて強く要請されているものであって、高度かつ緊急の必要性を有するものであることなどを総合較量すれば、右命令をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与える旨の規定がなくても、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものということはできない。また、本法三条一項一、二号の規定する要件が不明確なものであるといえないことは、前記のとおりである。
◯
ここで取っ掛かりになりそうなのが、補足意見でかかげられている追加要素の中身。
まず、「審査請求手続が充実している」という点について。
「何の根拠もなしに適当なこと吹かしてやがんな、こいつ」というのは別として。この理由付けは、本件で問題となった「青色申告の承認の取消処分」だけでなく、国税不服審判所の審査請求手続を経由する全ての処分に使いまわしができるものです。
また、もうひとつの「事情の変化」云々についても。
こちらについては、国税絡みの処分どころか、行政手続法で適用除外とされている全ての処分に、そのまま使いまわしすることができます。
なんか、やたらと射程の広い追加要素を開陳しているわけです。
本件事案: 青色申告の承認の取消処分
拡張パック1:審判所の審査請求を経由する全ての処分
拡張パック2:行政手続法で適用除外されている全ての処分
・
《総合較量》なんだから、まあそんなことも考慮するんだろうな、と一瞬思ったのですが。
あらためて大法廷判決を読んでみると、大法廷判決はそんなこと言っていない。
大法廷判決の掲げている考慮要素は次のとおりです。
【大法廷判決の考慮要素】
・行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度
・行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等
大法廷判決では、あくまでも、当該行政処分のプラスとマイナスを比較することとしています。で、実際にCでそれら要素を較量しています。
ところが、上記追加要素は、当該行政処分だけに関わるものではない、薄ぼんやりした要素であり。これらのうちのどれにもあたらない。「等」に含まれているなんていうのだとしたら、牽強付会すぎる。
・
なぜ、これら追加要素をかかげるのが、多数意見ではなく補足意見なのか。
その理由は、大法廷判決が掲げていない考慮要素を、小法廷判決ごときが勝手に追加することはできないからでしょう。
一人の判事が勝手に追加しただけであって、多数意見はあくまでも大法廷判決様の枠内で判断したのですよと。
では、大法廷判決が掲げていない考慮要素を、しかもむやみやたらと射程の広い考慮要素を、補足意見とはいえわざわざ追加することとしたのか。
これは、下級審の裁判官に対して、一定の《メッセージ》を送っているものと思われます。
・
その《メッセージ》の中身ですが、以下のようなものではないでしょうか。すなわち、「事前手続きがないのは違憲!」だとか大騒ぎする納税者がやってきた場合に、
・事前手続が必要かどうかは全部最高裁で判断するから、お前らごときが大法廷きどりで《総合較量》なんかせんでよい。《照らす式》で軽くあしらってよし。
・国税絡みの処分なら「審査請求手続充実してる」って言っとけ。
・それ以外の処分も「事情の変化」云々を使ってどうぞ。
という感じかと。
納税者にとっても、下級審レベルの憲法解釈でモタモタするくらいなら、最高裁で一気にかたをつけてくれたほうが、効率的なのかもしれません。「憲法解釈すんのに三審制が必要か」というのは、議論としてあるわけだし。
もちろん、補足意見には、多数意見のような「判例」としての効力はないはずです。が、実務家、特に下級審の裁判官に対しては、補足意見とはいえ絶大な感染力があります(テックジャパン事件・櫻井補足意見が起こした乱痴気騒ぎを想起せよ)。
しかも、古の大法廷判決の多数意見なんかより、直近の小法廷判決の補足意見のほうが強力だというのが、悲しいかな現実。
◯
ということで、多数意見/補足意見の座組みの気持ち悪さの正体。
多数意見はいかにも大法廷判決に従った風を装っているのに対して。補足意見は下級審に向けて大法廷判決に従うなと暗にメッセージを送っているあたり。
この、上にはヘコヘコ、下にはいばり散らす感じの「二枚舌」仕草を、多数意見と補足意見とが手をとりあってやっている感じが、気持ち悪いのかなあと。
【最高裁・面従腹背システム】
大法廷判決
↑ 総合較量やってまっせ! (面従)
本判決/多数意見 《照らす式》
本判決/補足意見 《追加要素》
↓ お前らは総合較量すんな! (腹背)
下級審
【税法に潜む二枚舌】
ヤバイ同居 〜続・家なき子特例の平成30年改正
「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」
「譲渡−インボイス=???」 〜消費税法の理論構造(種蒔き編7)
現行法の枠組みの中で、憲法訴訟を効果的にまわしていくための知恵として、合理的な遣り口なのかもしれません。が、外野からすれば、どうしたって「キマイラ感」が強くて気持ち悪い。
【税法に潜むキマイラ】
「合計所得金額」に退職所得は含まれるし含まれない。〜令和4年度税制改正大綱を素材に
例による×読替規定の鬼コンボ(その1) 〜地方税法の「合計所得金額」
例による×読替規定の鬼コンボ(その2) 〜地方税法の「合計所得金額」
・
前回は、「補足意見が多数意見をHACKしているのでは」という見立てをしました。が、そうではなく。多数意見と補足意見が握り合って、大法廷判決をHACKしているのではないかというのが、今回の見立て。
大法廷判決をかいくぐって、下級審に指揮命令をするための遣り口なんじゃないかと。
まあ、我々納税者は、裁判所内部のタテの関係なんか、知ったこっちゃないわけで。本判決(の補足意見)に臆することなく、他の行政処分でも「事前手続必要チャレンジ」をかましていったらよろしいのではないでしょうか(櫻井補足意見に対するビビリ散らしの教訓)。
どれかしらは、大法廷判決流の《総合較量》をしてくれるかもよ(ただし、違憲判断が出るとまでは言っていない)。
・
多数意見・補足意見がこんなことをやっているというのに。宇賀反対意見は、高裁判決を仮想敵に仕立て上げて叩きまくっているだけ。
同級生にはハブられているので、近所の低学年の子たちを集めて、無双している感じのアレ。
大法廷判決には何らの論証も無しに立ち向かっているくせに。多数意見+補足意見の「面従腹背」にはダンマリ。どう考えても逆だと思うのですが。
大法廷判決 ←論証なしに反逆
本判決(多数意見・補足意見) ←ダンマリ
高裁判決 ←ボロクソ
古の大法廷判決に逆らうのは怖くないが、身近な同僚を批判するのは、躊躇いがあるとでもいうのか。正面から、多数意見+補足意見を批判尽くして欲しかったところです。
まあ、早々に合議からハブられていて、反対意見執筆にあたって多数意見・補足意見を事前に見せてもらえなかった、というイジメが発生していたというのならば、致し方ない。というか、そう思わないと不自然なくらい、多数意見・補足意見が反対意見内に出てこない。宇賀反対意見が叩き潰さなければならないのは、仮想の高裁判決ではなく、眼の前の多数意見・補足意見だというのに。
ということで、宇賀反対意見に対するむやみな言いがかりは保留しておきます。
◯
以上、こんなものは、私なりの「レトリック流」判決読みこなし術(または激しい妄想)であり。一般に通用するものとは思えません。
【あくまで参考】
フリチョフ・ハフト「レトリック流法律学習法」(木鐸社1993) Amazon
フリチョフ・ハフト「法律家のレトリック」(木鐸社1992) Amazon
フリチョフ・ハフト「レトリック流交渉術」(木鐸社1993) Amazon
が、本判決における多数意見/補足意見の座組みのキモさを整合的に説明するには、こういったアクロバティックな読み方によらないと、無理ですよね。
・
いずれにしても、あらためて、「最高裁判例」というものについて、勉強しなおしが必要だなと感じました。
池田眞朗ほか「判例学習のAtoZ」(有斐閣2010)Amazon
藤田宙靖「最高裁回想録 学者判事の七年半」(有斐閣2012)Amazon
藤田宙靖「裁判と法律学 「最高裁回想録」補遺」(有斐閣2016)Amazon
奥田昌道「紛争解決と規範創造」(有斐閣2009)Amazon
とはいえ、上記の藤田先生にしても奥田先生にしても、(自分は学者出身だけど)「一般法理を提示するよりも、当該事案の適切な解決を志向していた」とお書きになっていた記憶(違っていたら失礼)。本判決における「事案ガン無視」の姿勢とは、様相がまるで異なるように思います。
「最高裁は常に当該事案の適切な解決を第一とすべし」と考えること自体が、むしろ学者チックなドグマなのかもしれません。「射程を広げたければ広くいう、狭めたければ狭くいう」というのが、いいかどうかは別として、より実務家仕草として相応しいのでしょう。
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