定期同額給与(手取り同額型)と定額減税(その1)
【源泉税等の額】
ア 当該定期給与について所得税法第二条第一項第四十五号(定義)に規定する源泉徴収をされる所得税の額
イ 当該定期給与について地方税法第一条第一項第九号(用語)に規定する特別徴収をされる同項第四号に規定する地方税の額
ウ 健康保険法第百六十七条第一項(保険料の源泉控除)その他の法令の規定により当該定期給与の額から控除される社会保険料(所得税法第七十四条第二項(社会保険料控除)に規定する社会保険料をいう。)の額
エ その他これらに類するものの額
の合計額
一般に役員報酬が変動するのは、(当たり前ですが)自社で意図的に金額を改定したときのみです。ところが、「手取り同額型」を採用した場合には、それに加えて上記金額が変動した場合にも、それにあわせて額面を変更しなければなりません。
《額面変動するのは》
手取り額を改定したとき
に加えて、
ア 所得税
・税額表の税額が変更になったとき
・年末調整で徴収・還付があったとき
・定額減税が適用されたとき
イ 住民税
・6月と7月以降
・定額減税が適用されたとき
ウ 社保
・標準報酬が改定されたとき(定時、随時)
・保険料率が変更されたとき
にも額面が変動することになります。
頻繁に額面が変動するため、なかなか面倒です。
市販の給与計算ソフトで、手取り額を設定しておけば、これらを反映して額面を自動計算してくれるものってありますかね?
◯
気になるのが、額面の変動にあわせて、社保の「随時改定」をしなければならないのかどうか、です。
「手取り額を改定したとき」が月変対象なのは分かるのですが。それ以外の事由で額面が変動した場合も、固定的賃金の変動があったとして、逐一月変判定しなければならないのでしょうか。
公式見解はないと思うので、個別に年金事務所へ問い合わせが必要な事項でしょうね。
余談ですが、役員が当たり前のように社保の「被保険者」として扱われていて。社会保障法の教科書類でも、ろくな論証もされていない、ということは以前触れました。
黒田有志弥ほか「社会保障法(有斐閣ストゥディア)」(有斐閣2019)
◯
また、年末調整の対象者に「手取り同額」を採用すると、大変なことになりそうです。
年末調整時の手取り同額の計算の仕方、次のようになるかと思います(畳の上の水練)。
【手取り同額と年末調整】
1 一旦11月と同額を12月の役員報酬として、年末調整の徴収・還付額を試算してみる。
2 試算した徴収・還付額を反映して、役員報酬を調整する。
3 調整した役員報酬をもとに、再度年末調整を試算する。
(以降、収束するまで繰り返し)
通常月であれば、単純な一次方程式で算出できますが、年末調整の場合も、どうにかして計算式が組めるのでしょうか。
・
じゃあってことで、徴収・還付を「翌年1月」にまわせば、繰り返し計算回避できるじゃん、と思われるかもしれません。
が、このやりかたは、条文上アウトです。
所法 第百九十条(年末調整)
1 給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者で、第一号に規定するその年中に支払うべきことが確定した給与等の金額が二千万円以下であるものに対し、その提出の際に経由した給与等の支払者がその年最後に給与等の支払をする場合(その居住者がその後その年十二月三十一日までの間に当該支払者以外の者に当該申告書を提出すると見込まれる場合を除く。)において、同号に掲げる所得税の額の合計額がその年最後に給与等の支払をする時の現況により計算した第二号に掲げる税額に比し過不足があるときは、その超過額は、その年最後に給与等の支払をする際徴収すべき所得税に充当し、その不足額は、その年最後に給与等の支払をする際徴収してその徴収の日の属する月の翌月十日までに国に納付しなければならない。
通常の場合であれば、年調精算を1月にまわしても、源泉税の月ズレの問題にとどまります。特に他の社員含めて「還付」が多い場合がほとんどでしょうから、事実上あまり問題視されることはない。
が、「手取り同額」の場合には、「額面同額」の場合とは異なり、
所法190条どおりに徴収・還付しない
⇒法令69条に規定された「源泉税等の額」と違う金額で計算していることになる
⇒「同額」でないことになるから、法法34条により損金不算入
と、法人税法の側にまで影響が及んでしまいます。
それでも、1月精算チャレンジをかましますか、という話です。「額面同額型」と同じように、一番低いところまでは損金算入できるのかも、よくわかりませんし。
なお、「年末調整の対象者なのに、年末調整やらない」という遣り口でも、法律どおりの徴収・還付額ではなくなるため、同様の帰結となります。
◯
ここに「定額減税」が絡むと、さらに錯綜します。
まず、通常月の月次減税。たぶんですけど、次のような手順で計算するんですよね。
【通常月】
1 一旦、いつもどおり役員報酬と所得税を算出する。
2 月次減税を適用する。
3 月次減税を反映して役員報酬・所得税を調整する。
(以下、繰り返し)
こちらも、どうにか計算式が組めるのでしょうか。
・
年調減税については、さらに悲惨です。
もはや手順は書きません。が、対象者がそれぞれ、
年末調整 給与収入2000万円以下
年調減税 合計所得金額1805万円以下
となっており。
額面が動くことで、計算するたびに対象/対象外が動いてしまい、《無限ループ》に陥ることにはならないでしょうか(もちろん私は未検証)。
◯
ちなみに、「従業員」の年末調整を1月精算にまわした場合、労基法24条(全額払)違反になります。還付の場合は12月が、徴収の場合は1月が、それぞれ法より多く徴収することになりますので。
とはいえ、こんなもの、今まで問題視されてこなかったはずです。
ところが「定額減税」については、厚労省が通達まで出して、「月次でやらんと労基法24条(全額払)違反」だと言い出しました。
それはまあそのとおりなんですが、なぜ「定額減税」の場合だけそんな通達出したのか、という疑問はあるかと思います。
国税庁の定額減税に対する取り組みなども見ていてそうですが、「定額減税」に対しては、お国をあげて異例の体制をとっているように感じます(財務省、総務省、厚労省にまたがる)。
ので、実務家が、インボイスとかと同じノリで「そんな細かいことまでチェックするわけないじゃん」と言っているの、「定額減税」については危うい、というのが私の実感。
『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(税務編)
『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(労務編)
◯
と、面倒なことになっているため、「役員の場合は労基法関係ねえから、定額減税無視してもいいんじゃね。」と思われるかもしれません。
それはそれで各自の税務判断なのでしょうが。「手取り同額型」を適用している場合には、法人税法上の定期同額の要件を満たさなくなってしまう、という点は理解しておくべきでしょう。
◯
以上のとおり、「手取り同額」は、大変しんどいやつであって。
・年末調整対象外
・定額減税対象外
・住民税を特別徴収しない
・社保対象外
と変動要素が少なければ、余計な悩みは少なくて済みます。が、変動要素がたくさんあるからこそ、「手取り同額」にしたいという要望なのでしょうし。
外部の役員に要求されてしかたなく、なら分かります。が、わざわざ自分から採用するようなものではないと思うのですが、どうなんでしょうか。
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