2024年07月15日

北村豊「見解の相違を解消するヒント」(中央経済社2022)

 あくまでも「非専門家」向けの裁決ご紹介もの、というコンセプトなのでしょうか。

北村豊「見解の相違を解消するヒント」(中央経済社2022) Amazon

 はしがきに「税務調査における見解の相違のほとんどは、事実認定の問題です。」とあって。
 私には乏しい経験しかないので、定量的な定見は全くもっていないのですが。本書でご紹介されている裁決についていえば、それらを全て「事実認定が問題となった事例」と括るには、いまいちしっくりこないものが混ざっている、というのが私の所感。


 一例だけあげてみます。中身の解説は省略しますので、各自原文をご確認ください。

令和2年7月7日裁決 裁決事例集NO.120
 
 本裁決につき、本書では、請求人の、その給与等に充てるためという「主観的な目的」を、「客観的なカネの流れ」を使って事実認定した事例、として紹介されています。主観そのものをダイレクトに立証するのは難しいので、客観的な事実をしっかり整えておこうね、と。

 が、私が邪推するかぎりでは、この事例は、措置法にいう「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」(以下「充て金」(あてきん)と略します)の意味そのものについて、納税者と課税庁とで見解がズレていたため、争いになった事例なのではないかと思いました。


 ここで、「法の解釈・適用」が問題となる場面の見取り図を整理しておきます。

 1 問題となる条文をもってくる
 2 条文から法律要件を仕立て上げる 《法解釈論》
  2.5 法律要件を裁判で使えるように要件事実化する 《要件事実論》
 3 法律要件に該当する事実があるかどうかを判定する 《事実認定論》
 4 認定事実を法律要件にあてはめる  (規範的要件)
 5 結論

 以下、補足です。

2 法解釈論
 「文言解釈」だけで足りるのであれば1=2となります。が、法的紛争が生じる場面というのは、往々にして、条文を文字通りに解釈しても結論が出せないがゆえ、のものです。
 そこで、当該事案において使えるよう、条文を「法律要件」として仕立て上げる必要があります。

フローチャートを作ろう(その2) 〜定義付け解釈

2.5 要件事実論
 2法解釈論と2.5要件事実論を分けているのは、法的問題が生じるのが、裁判の場面だけではないからです。裁判以外の場面においては、わざわざ要件事実化する必要はありません(将来裁判になったら、を考える際は必要ですが)。
 ので、要件事実論は「x.5」扱いとなります。

 というか、要件事実論を展開するには、その前提として、実体法レベルでの法解釈を施しておく必要があるのであって。実体法レベルの法解釈をすっ飛ばして、いきなり要件事実論を展開しようとするのは、ただの砂上の楼閣です。

 伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)


 なお、《立証責任の分配》というものを意識するならば、「充て金」該当性を、課税庁/納税者のいずれが立証するのかが問題となるはずです。が、「充て金」であることは、場面(前期/当期)によって納税者に有利となったり不利となったりする厄介な要件です(本件では「あたる」と納税者有利)。

 もし、課税要件事実の分配につき、「課税処分を根拠付ける事実は課税庁が立証責任を負担する」という見解を取った場合、「充て金」充当性については、事案によって、課税庁が「あたること」を立証すべきとされたり、「あたらないこと」を立証すべきとされたりと、変わってしまうことになります。

 そのため、本記事では立証責任の分配については触れないこととします。

4 あてはめ
 あてはめのところに(規範的要件)を記載した理由。

 たとえば、問題となっている要件が「成年」の場合には、3で「生まれた日」が認定できれば、そのまま結論を導き出すことができます。

 これに対し、「公序良俗」の場合、2.5で評価根拠事実と評価障害事実に分解し、3でそれぞれの事実が認定できたとしても。それら事実から、いきなり結論を導くことはできません。これら事実を「総合考慮」して結論を導き出す、というプロセスが必要となります。
 そこで、これを「あてはめ」の問題として位置づけておきました。


 このような見取り図を踏まえて。

 そもそも「充て金」といえるためにはどのような事実があればよいのでしょうか(2法解釈論)。

 たとえばですが。
 当事務所の顧問先で、経理の社員が1週間休むということで、当事務所の職員に経理代行しに行ってもらったとしましょう。顧客からは当事務所に委託料を支払ってもらい、職員には当事務所から特別手当を支払います。
 この場合、もらった委託料は、当事務所にとって「充て金」となるでしょうか。

 私の心の中に、「充てるつもり」という気持ちがありさえすればよいのか。
 本書の書きぶりからすると、法律要件レベルでは「主観的な目的」さえあればよく、「客観的なカネの流れ」はあくまでも間接事実として位置づけられているように読めます。そのような理解でよいのかどうか。

 また、もらった委託料と払った特別手当は「同額」である必要があるのでしょうか。仮に「同額」でなければならないとして、社保(本人負担・会社負担)や所得税・住民税はどのように考慮すればよいのでしょうか。額面が同額ならいいのかどうか。

 これら問題を解決するには、「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」を文言解釈するだけでは足りず。「法律要件」として仕立て上げる必要があります。
 そして、主観的事実なり客観的事実なりが、法律要件そのものなのか、それとも法律要件を立証するための間接事実に位置づけられるものなのかどうか、事実・証拠の構造を明らかにする必要があります。

 さらに、もしこの法律要件が《規範的要件》型の要件であるならば、どのように「あてはめ」を行うかも問題となってきます。

 と、このように、「充て金」にあたるかを判定するためには、いきなり事実認定に突撃することはできず。その前提として、解釈による解きほぐしが必要になるはずです。


 では、裁決自身がどういっているかというと。

 私が理解する限りですが。裁決も本書と同様、法解釈には触れずにいきなり事実認定⇒結論と展開しているように読めます。規範らしきものがどこにも書かれていない。

 これは、本件限りでは条文の「文言解釈」だけから結論が導けるので、わざわざ法律要件化するまでもない、と捉えればよいでしょうか。あるいは、裁判例もない状況で、審判所のほうで先走って規範化したくない、ということなのかどうか。

 「裁決自身も法解釈論展開してないんだから、素直に受け取ればいいじゃん。」と思われるかもしれません。
 が、我々実務家が、他人様の事案の裁決・判決をわざわざ読むのは、下世話な野次馬根性からなどでは決してなく。自分が関わる事案にどのような影響があるかを見極めるためです。

 本件についても、単に事実認定レベルの問題として捉えるのではなく。
 裁決が明示していないとはいえ、背後には、何かしらの規範を想定して結論を出しているはずで。本件で認定された事実から逆算してその規範を抽出し、自分がかかわる事案でも使えるようにしておく、というのが、実務家に必要な作業なのだと思います。

 本件における納税者も、やみくもに事実をあげたわけではなく。審判所が想定しているであろう規範を推測し、それに沿った事実を主張・立証していったものと思われます。
 仮に、審判所が「充て金かどうかはH会がどういうつもりで協力金を支払っていたかで判断する」という見解をとっていたとしたら。納税者があれこれあげている事実は、全く意味のないものだということになってしまうわけで。

 本裁決から何某かの学びを得るのだとしたら、「規範にそった事実を集めよう」ということになるでしょうか。


 なお、裁決から何某かを読み取るにあたっては、裁決に「書かれている」ことからだけでは足りず。何が「書かれていない」か、からも意味を取る(裏読み)必要があったりします。
 本裁決でいえば、規範についてはダンマリ、というところです。あるいは、当事者の主張として書かれている事実のうち、審判所の判断では認定されていないものとか。

 それゆえ、専門誌などで一部だけが引用されているものを読んでも、部分的な理解しかできず。正確に理解するためには、はやり原文(全文)を読む必要があるわけです。



 まあ、最初に書いた通り、本書の主目的が、非専門家向けに「とにかく事実が大事だよ」と啓蒙するものなのであれば。対象読者でもない外野が勝手なことを言っているだけ、の言いがかり系の記事と成り果てます。

 専門家があえて読むならば、「本当に事実だけの問題か?」という問題意識をもって読めば、アクティブ・ラーニングとして活用できるのではないでしょうか。

アクティブ・ラーニング(カテゴリ)

北村豊「争えば税務はもっとフェアになる」(中央経済社2020)
posted by ウロ at 10:08| Comment(0) | 租税法の教科書
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。