2024年08月08日

渕圭吾「租税法講義」(有斐閣2024)

 《オルタナティブ》って感じの。

渕圭吾「租税法講義」(有斐閣2024) Amazon

 ここでいう《オルタナティブ》とは、長谷部恭男先生の教科書が、芦部信喜先生に代表される(旧)標準的な教科書に対して《オルタナティブ》である、と言われるときのそれです。

長谷部恭男「憲法 第8版」(新世社2022) Amazon
芦部信喜「憲法 第八版」(岩波書店2023) Amazon

 第一次通読が終わりましたので、表面的な感想を。
 中身について何ごとかをいうのは、きちんと精読してからにいたします。本書に引用されている各種論文にも手を出さないといけないので、ずいぶん先になりそう(しっかり積んでいる)。

積読.jpg


 というか、専門家の書かれた書籍につき、ド素人が一読しただけで批判できるはずがないのが通常であって。
 本ブログでボロクソに批判しているアレとかソレとかが、あまりにもあまりにもなだけです。


 所得税法・法人税法を一通り勉強した人が読んだら、とても示唆的な記述に富んでいて「租税法は、面白い。」と感じられると思うのですが。ガチの租税法初学者が一人で読むには、難しい。
 渕先生のような、優れた教師の授業を受けながらでないと、意味が取りにくいと思います。

浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)

 どういうところが初学者向きでないかというと。


 基本的な制度の説明は佐藤英明先生の『スタンダード所得税法』、詳しい沿革は池本征男先生の『注解所得税法』に委ねていたり。あるいは、数値例少なめでひたすら言葉で説明していたり。

佐藤英明「スタンダード所得税法 第4版」(弘文堂2024)
注解所得税法研究会「注解 所得税法 六訂版」(大蔵財務協会2019)

 既存書を前提として「屋上屋を架さない」ことに誠実に取り組もうとすると、どうしてもそうならざるを得ない、ので仕方がないところ。類書において、月並みな記述がメインとなってしまっていることと比べたら、とても読み応えのある記述が多い。

 ではありますが、初学者からしたら、「だったら、先に『スタンダード所得税法』から読むわ。」となり。そして、2冊目の教科書までたどり着く人はほとんどいないかもしれない。

 逆に、一通り勉強している人にとっては、『スタンダード所得税法』の、クドい説明を煩わしいと感じる人もいるはずなので。そういう人にとっては、本書の記述が、ことごとく沁みわたる。


 また、「判決文」が長めに引用されていて。そのぶん、解説が薄め(もしくは無い)な箇所が結構。

 判例検索サボって原文読むのを怠りがちな人間にとっては、本書の中で判決読み(簡易モード)まで済ませられるのは、とてもありがたい。
 のですが、初学者からしたら、「判決文をもって解説に代えさせていただきます。」系の文章は、やっぱりしんどい。きちんと説明を加えてほしい、と感じるはずです。

【ハードモードな法学入門書の最高傑作】
田中英夫「実定法学入門 第3版」(東京大学出版会1974)


 という具合で、租税法初学者にとっての1冊目としては厳しいが、2冊目あるいは1.5冊目としては非常にオススメできる、という意味合いで、《オルタナティブ》と評した所以です。


 本書の中身に触れるつもりはありませんでしたが。いつかのために、イントロとして軽く言語化しておきます。

・P.466
 法人税法68条1項の趣旨に関する最高裁判決の説明に対して、「正しい説明とは言えない」とはっきり書かれています。
 二重課税っぽいものを雑に排除していく議論、私は懐疑的に思っていたところなので、非常に納得できるところ。

・P.467
 10行目「外国税額控除」は「所得税額控除」の誤記でしょうかね。

・P.467〜
 最高裁平成17年12月19日判決(りそな外税控除事件)と最高裁平成15年12月19日判決(一括支払システム)に関する調査官解説を素材に、「私人の予測可能性・法的安定性」を軸として解釈を広げていくやり口を「正しくない」と断じている箇所は読み応えたっぷり。

 私の見立てだと、これら判決の系列の先に、「私人の回避可能性」を根拠に過剰課税を許容した、最判令和5年11月6日(みずほCFC事件)があるのだと理解しています。

みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)

 なお、「一括支払システム」というものにつき、本書で何らの説明もないのが、「初学者に易しくない」という評価となる所以のひとつ(法学部で出てくるとしたら、債権法か金融法?)。

・P.484〜
 組織再編税制を「租税属性」の観点から説明されているところが、分かりやすい。

・P.489〜
 同族会社に関する法人税法/所得税法の規律を、法人/個人の課税ベースの確保の観点から整理されているのが、分かりやすい。


 本書の各所で、「通達」を素材とした議論が展開されているところがあります。

 本書に限らずですが、このような議論の展開に対して、私個人が常々思っていること。
 プロパーの租税法学者の書く教科書なのだから、変に実務に阿ることなく。通達を完全に無視した《裁判規範としての租税法》に純化したものを、どなたか書いてくれたらいいのに、と。

 この点に関して参考になるのが、相続税法における財産評価に関する、最高裁令和4年4月19日判決。

最高裁令和4年4月19日判決

 税理士の書いた財産評価の実務本だと、未だに本判決を「総則6項の適用を認めた」呼ばわりしているものがあります(名指しはしませんが、最近読んだ本でも思いっきりそう書いてありました)。

 が、本判決(と調査官解説)を読めば分かるとおり、本判決が鑑定評価額を採用したのは、相続税法22条のストレートな解釈適用によるものであって。総則6項の出番はどこにもありません。
 通達が出てくるのは、平等原則違反かどうかを判断する場面で、「課税庁はいつもそうやっている」ものとして、通達各則による評価が出てくるだけです。時価評価にあたって、通達がダイレクトに適用されるのではありません。

 要するに、財産評価基本通達は「裁判規範」としては機能しない、というのが、最高裁判決の立場だということです。

 令和2年の判決もそうですが、最高裁が通達を「裁判規範」から徹底的に締め出す態度だけは一貫していて。

解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決

 地裁・高裁(特に後者)が、通達にやたらと阿った判決を出すのとは大違い。
 最高裁における税法判例の中身については、しっくりこないものが多いのですが。このような、「行政向けの規範」と「司法向けの規範」を厳格に区別する態度は、全面的に支持したいところ。

 ということで、プロパーの租税法学者の皆さんも、通達頼みの課税当局&税理士に阿ることなく、徹底した「裁判規範としての租税法」を展開した教科書を執筆してほしいなと、願っております。

 なお、「裁判規範としての租税法」とはいっても、「行政向けの規範を混ぜ込まないで。」ということを言っているだけであり。下記書籍で展開されているような、「(課税)要件事実論」を中心とした議論とは、全く異なるものを想定しています。

伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)

 もし紛らわしいというなら、「司法規範としての租税法」と称しても構いません。


 という感じで、本書につき何ごとかを書こうとしても、例によって本書の中身から少しづつズレていくことになるんだろうな、という予感。
posted by ウロ at 20:10| Comment(0) | 租税法の教科書
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