2024年08月23日

キャッシュレス決済と印紙税法 〜第17号文書(領収書)該当性について

 大変頭のよいであろう方々が、雁首揃えて、こんなしょうもない論点にリソース費やしているの、なかなかシュールだなあと思うのですが(以下、これを「資料」と呼びます)。

「コード決済を行った際に作成される領収書等の印紙税における取扱いについて」

 いろんな支払手段が増えているにもかかわらず、印紙税法は、いつまでたっても「金銭又は有価証券の受取」のみでやっていこうという時代錯誤感。

別表第一 課税物件表(第二条―第五条、第七条、第十二条関係)6 17号
 物件名:売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書
 定義:売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書とは、資産を譲渡し若しくは使用させること()又は役務を提供することによる対価()として受け取る金銭又は有価証券の受取書をいい、次に掲げる受取書を含むものとする。


 電子取引の普及とともに、印紙税法まるごと、このまま自然消滅していくつもりなのでしょうか。


 以下、現行の取扱いを整理しておきます。
 なお、「金銭又は有価証券の受取」に該当するかどうかのみに限定し、
  ・営業者であること
  ・売上代金であること
  ・金額
  ・文書への記載
などの要件については、当然に満たすものとして記述します。

◯銀行振込

 通達によると、債権者が債務者に「口座に入金ありました」と通知する文書は、該当するとされています。

印紙税法基本通達 第17号文書
4(振込済みの通知書等)
 売買代金等が預貯金の口座振替又は口座振込みの方法により債権者の預貯金口座に振り込まれた場合に、当該振込みを受けた債権者が債務者に対して預貯金口座への入金があった旨を通知する「振込済みのお知らせ」等と称する文書は、第17号文書(金銭の受取書)に該当する。(平元間消3−15改正)


 が、民法では、例の債権法改正の際に、銀行振込も弁済にあたることを、わざわざ明記したところであり。

民法 第477条(預金又は貯金の口座に対する払込みによる弁済)
 債権者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってする弁済は、債権者がその預金又は貯金に係る債権の債務者に対してその払込みに係る金額の払戻しを請求する権利を取得した時に、その効力を生ずる。


 あるいは、労基法でも、賃金は現金払いが原則とされていて。
 銀行振込とするには労働者の同意(+通達によれば労使協定)が必要とされているところです。

労働基準法 第24条(賃金の支払)
1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

労働基準法施行規則 第七条の二
1 使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法によることができる。ただし、第三号に掲げる方法による場合には、当該労働者が第一号又は第二号に掲げる方法による賃金の支払を選択することができるようにするとともに、当該労働者に対し、第三号イからヘまでに掲げる要件に関する事項について説明した上で、当該労働者の同意を得なければならない。
一 当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み


 だというのに、印紙税法の通達ごときが、そんなあっさり「現金手渡し=銀行振込み」と同一扱いしてしまってよいのか、疑問があります。
 例によって、こういう場面で「借用概念論」がお役に立ってくれることはない。

雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!

(追記)
 『逐条解説』を確認したら、衝撃の理由付け(P.704)。

川ア令子「印紙税法基本通達逐条解説 令和元年版」(大蔵財務協会2019)

「預金は、金融機関等が預金者のために金銭を保管することの契約、すなわち寄託契約(消費寄託契約)の保管物となります。
 得意先から預金口座振替又は口座振込みの方法により預金口座に振り込まれた金銭は、預金者のための金銭の保管者(金融機関等)が預金者の金銭を受領するものであり、預金者が金銭を受領するのと同じことになります。」

 無茶言うぜ!(野暮なツッコミはいたしませんので、各自で味わって下さい)

◯クレジットカード

 質疑応答事例によれば、該当しないとされています。

クレジット販売の場合の領収書(質疑応答事例)

 クレジット販売は信用取引で、金銭の受領事実がないからだと。
 ただ、ちゃんと「クレジットカード利用」と記載しろと。

 この理由付けからすると、銀行振込も、まだ金銭を受領していないんだから、該当しないことになりそうなんですが。
 「口座に入金されればいつでも引き出せる」という実質論は分かるのですが。口座入金と現金受取を同じようなもの扱いするのは、私には「類推解釈」の世界線だと感じてしまいます。

 なお、「クレジットカード」といえば。
 下記記事でイジった、ヘンテコなクレジットカード理解が、衝撃的すぎて未だに忘れられない。

アクティブ・ラーニング租税法【実践編】(実税民5)

◯デビットカード

 質疑応答事例では、場合分けがされています。

デビットカード取引(即時決済型)に係る「口座引落確認書」及び「領収書(レシート)」(質疑応答事例)

1 即時決済型
ア 「引き落としました」と記載(口座引落確認書)
 債務者の口座から引き落とされたという事実だけで、それを債権者が受け取ったことまで記載されていないから、該当しない。

イ 「デビット取引」と記載
 即時決済型におけるデビット取引なので、該当する。

ウ アイ両方記載
 イが記載されているから、該当する。

2 信用取引型
 クレジットカードと同じなので、該当しない。

 どちらの型かを、その場で加盟店が判断できるのかどうか、私には分かりませんが。それぞれの型で扱いが異なるんだと。
 とすると、「デビット取引」と記載しただけでは、課税文書かどうかは判定できず。規約等をみて、いずれの型かを確認しなければなりません(マジかよ)。

 「印紙税の課否判定は、文書の記載のみによって行う」なんてのは、一つの用語が多義的になってしまった現代においては、もはや成り立ち得ない。

◯コード決済

 最初にあげた資料が、これに関するものです。
 質疑応答事例では、この資料を前提として場合分けを行っています。

コード決済サービスを利用して決済を行った者に交付する領収書(質疑応答事例)

 1 受領事実があるpay
 2 受領事実がないpay
 3 受領事実がある場合とない場合があるpay

 資料では、どうにかして「金銭の受取」に該当しないように、多種多様な法律構成が提案されています(受取書回避スキーム)。
 印紙課税を逃れるために法律構成をいじくるなんて、本末転倒な気もしますが。それだけ切実なものなのでしょう。
 「債権総論」の発展的学習という感じで、素人的には、これはこれで面白い。が、真面目に議論するに値するものなのかどうか。

中田裕康「債権総論 第四版」(岩波書店2020) Amazon

小塚荘一郎,森田果「支払決済法 第3版」(商事法務2018)

 で、資料にはあれこれ書かれているものの。質疑応答事例では、「印紙税法」の側からみた3パターンに集約されています。

 あとはもう、機械的に当てはめるだけ。
 1⇒該当する
 2⇒該当しない
 3⇒どっちかはっきりしない場合は該当するというのが、印紙税法世界の宿命(さだめ)

 123どれにあたるかなんて、規約等を見なければ分からないはず。というか、読んだところで我々素人には分からないと思う。
 のですが、決済会社が採用している法律構成に従って判断しろということのようで。

 サービス導入時に、決済会社から加盟店へ説明してくれているのでしょうか。


 という感じで。

 一方で、拡張運用されている銀行振込があり。他方で、明らかに該当しないとされているクレジットカードがあり。
 で、いかにクレジットカード側に寄せて法律構成できるかで勝負が決まる、みたいな状況になっています。

 ここでは、納税者である加盟店の「予測可能性」などというものは、もはや判断基準とはなりえない。し、「文書の記載のみから判定する」なんて印紙税法世界のユートピア、もはやどこにも存在しない。
posted by ウロ at 09:00| Comment(0) | 印紙税法
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