言わんとすることは分かるけども、どうにも腑に落ちない状態。
所得税法における「総論・各論問題」について
いくつかの教科書を読んでいるうちに、どうも要因が分かった気がするので、以下整理してみます。
ただし、あくまでも「帰属所得の説明が分かりにくい要因が分かった」であって。「帰属所得が分かった!」ではありません。
なお本記事、もともとは、とある租税法教科書の書評記事の中で展開しようとしていたものでした。が、あまりにも当該教科書の内容からはかけ離れてしまったため、独立して記事化することにしました。
当該教科書の書評記事は、中身がほとんど無くなってしまったので、しばらく寝かせることになりそうです。
◯
以下、箇条書きで。
・まず、おなじみサイモンズの定式として《所得=純資産の増加+消費》がご紹介される。
・右辺に《消費》とあるが、消費そのものに課税するという趣旨ではなく。資産の減少をもたらす消費を足し戻した状態の、純資産の増加に課税するものである。例えていうなら、生前贈与を相続財産に足し戻して課税するみたいなもの。
なので、「消費型所得概念」を(も)採用しているのではなく。あくまでも、「取得型所得概念(純資産増加説)」の枠組みの中にとどまるものである。ひとつの税目で消費型と取得型を併用するなんて、さすがにご都合主義すぎるでしょうよ。
・ところが、《帰属所得》を論ずる段階になると、「帰属所得は消費だから本来課税すべきもの」と、消費であるという、ただそれだけの理由で課税してよいような書きぶりに変貌する。
純資産増加説からすれば、資産の減少をもたらす消費(α)だけが課税すべきものであるのに、無限定にすべての消費(+β)に課税してよいかのような論述にすり替わる。
純資産増加説: 所得=純資産の増加 +消費α
帰属所得: 消費(α+β)なので課税すべき
・では、大多数の教科書が、ウブな学習者向けに《叙述トリック》をかましているのかというと、そういうことではなく。
帰属所得においては「効用が生ずると同時にそれを消費している」というプロセスを経由しているにもかかわらず。前半を省略して、単に「消費している」としか記述しないせいで、すり替えているとの誤解が生じてしまっている。
× 消費したから課税する。
◯ 効用が生じたから課税する。消費によるマイナスは足し戻す。
・そもそも、「消費」などという日常用語っぽいものだというのに、厳密な定義(あるいは内包と外延)を記述してくれていない。
たとえば、帰属所得の例として「帰属家賃」は必ずでてくるが、「帰属地代」だとどうなるのか。消費税法上は「土地は消費されない。」とかいう理由で非課税扱いだが、所得税(法)の世界では、土地も「消費」できるということでよいのか。
・消費の直前に効用が生じているということで、《定式》上の説明はできるものの。
外部からの収入という確固たる純資産の増加が生じるものと比較して、消費する直前にいきなり生ずるだけの効用が、課税に値するものなのかどうか、その論証が別途必要ではないか。
「消費だから本来課税すべきだが、便宜的に課税していない」とか、「消費している以上、課税すべき効用が先行しているはず」というのは、ただの結論先取りであり。帰属所得における効用それ自体が課税に値するものかを、先に論じる必要があるはず。
・持ち家と賃貸を比較して、「持ち家が帰属所得の分だけ有利だから、帰属所得に課税すべき。」といったことが言われるが(厳密には「賃借」ですが慣用に合わせます)。両者の違いは「持っているかどうか」にあるのであって。その違いに即した形で課税するのが本来の姿ではないか。
ただ、「人脈が太くておいしい思いをしている」みたいな場合にも課税するというのなら、やはり、帰属所得のような概念を作りだして課税するのが、一番の近道か。というか、そんな場合にも無理やり課税できるようにするための、極めて技巧的な概念ではないか、とも思う。
・賃貸との「公平」の観点から持ち家にも課税すべき、というが。そんな限局された場面での部分最適だけを実現したところで、帰属所得のコンセプトにはそぐわないはず。
帰属所得に課税することの機能をあるがままに表現するならば、「持っている人を持っていない人に合わせる」というものであり。最終的には全員の「持っているモノ」が均等になるまで課税され続けることになる。資産を目減りさせないためには、「利用しない」ことが重要となる。
この点で、「包括的所得概念からは、帰属所得に課税するのが当然。」などという言明、憲法の「財産権の保障」との関係で、かなり危うい主張ではないか(相続税との二重課税も視野に入ってくる)。
・《課税単位》を説明する箇所では、「独身/夫婦(片稼ぎ)/夫婦(共稼ぎ)」を素材として、夫婦の所得を合算するかしないかが論じられている。
が、帰属所得が「所得」だというならば、「片稼ぎ」という概念は存在しえないのではないか。また、帰属所得は本来課税すべきだというならば、帰属所得の存在を無視して課税上の「公平」を論ずることはできないのではないか。
◯
以上、バラバラと述べたことから、次のような見立てをしました。
すなわち、「帰属所得」なる概念は、「持っている人と持っていない人」の格差の是正を、所得課税の中で実現するために生み出された概念にすぎないのではないか。
にもかかわらず、「帰属所得」がなにか自然界に実在しているものであるかのように説明していることから、私のような普通の人間には理解しにくくなっているのではないか。フィクションならフィクションだとして説明してくれないと、勘の悪い私のような人間が、すんなり理解できるはずもない。
【みんな大好きフィクション論】
来栖三郎「法とフィクション」(東京大学出版会1999)
そしてまた、「帰属所得」が実存するかのように主張するのならば、全領域において常にそのとおり振る舞ってほしいわけです。が、実際には、論点ごとに帰属所得を持ち出したり引っ込めたり。ご都合主義って感じで一貫した記述となっていない。
『私、見えないモノが見えるの。』という設定でいきたいのならば、すべての場面でそのとおりやってくれなければ。付き合わされるこちらが大変でしょうよ。
「設定を設定として守る」という基本的なお作法が、周りの理解を得るためには重要、とまとめることができるでしょうか。
◯
なお、以上は、あくまでも《教科書》レベルの記述を素材とするものにとどまり。《学術論文》レベルにまで手を出せば、厳密な論証が展開されていることが分かるのでしょう。
が、学者先生の教科書を《梯子読み》している時点で、税理士としてはかなりの傾奇者であり(旧司法試験でいう《基本書ヴェテ》みたいなポジション)。さらに学術論文まで読めというのは、さすがに及ばない。
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