「公売特例」については、下記記事で、《媒介者交付特例》のキモさの引き立て役として取り上げました。
《媒介者交付特例》がキモいのだが(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編31)
インボイス絡みの特例の中では、損税も益税も生じない、ずいぶんとまともな制度だなあと。
ではこの公売特例と、「8割控除」(という条文設計に失敗した特例)との関係はどうなっているでしょうか。
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版
公売特例は「公売」のみに適用されるものではありませんが、以下では「公売」を念頭において記述します。
【登場人物】
A 滞納者
B 執行機関(媒介者)
C 買受人
◯
まず、公売特例は「売手側」の交付特例、8割控除は「買手側」の保存特例という位置づけであることを理解する必要があります。
交付特例と保存特例の一体的理解(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編50)
交付特例と保存特例の一体的理解(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編51)
ので、適用範囲がバッティングしてどちらかが優先適用される、という関係にはありません。
【少額特例と8割控除】
少額特例と電気通信利用役務の提供 〜消費税法の理論構造(種蒔き編49)
・
で、公売特例の要件についてですが。
公売特例は、媒介者交付特例と異なり、滞納者が執行機関に適格者であることを「通知」する必要はありません。が、実体要件としてAが「適格者」であることは要求されています。
消費税法施行令 第七十条の十二(媒介者等による適格請求書等の交付の特例)
5 事業者(適格請求書発行事業者に限る。)が、国税徴収法(昭和三十四年法律第百四十七号)第二条第十二号(定義)に規定する強制換価手続により執行機関(同条第十三号に規定する執行機関をいう。以下この条において同じ。)を介して国内において課税資産の譲渡等を行う場合には、当該執行機関は、当該課税資産の譲渡等を受ける他の者に対し法第五十七条の四第一項(第一号に係る部分に限る。)の規定により記載すべき事項に代えて当該執行機関の名称及びこの項の規定の適用を受ける旨を記載した当該課税資産の譲渡等に係る適格請求書又は適格請求書に記載すべき事項に係る電磁的記録を当該事業者に代わつて交付し、又は提供することができる。この場合において、当該執行機関は、財務省令で定めるところにより、当該適格請求書の写し又は当該電磁的記録を保存しなければならない。
そのため、執行機関は、買受人にインボイスを交付するにあたり、滞納者が「適格者」かどうかを調査しなければなりません。
で、滞納者が適格者であることが確認できたら、執行機関は買受人にインボイスを交付します。このインボイスには「執行機関の名称+公売特例を適用する旨」を記載するだけでよく、「滞納者の氏名・住所、インボイス番号」を記載する必要はありません。
この「公売インボイス」は、正規のインボイスとして扱われるため、滞納者が適格者の場合には、「8割控除」の出番はないということになります。
・
では、滞納者が「非適格者」の場合はどうかというと。執行機関はインボイスを交付しないこととなります。
この場面において、買受人が「8割控除」の適用を受けられるか、というかたちで「8割控除」の適否を検討する必要が出てくるわけです。
8割控除の条文については、下記記事を参照いただくとして。
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版
8割控除の要件のうち、公売の場面で問題となるのが、滞納者に「区分記載請求書」を発行してもらえるかどうか、です。
公売特例の条文の書きぶりからすると、滞納者は「執行機関を介して」課税資産の譲渡を行っているという建付けとなっているため、滞納者が区分記載請求書を発行してもよいことになりそうです。
が、「できる」のはいいとして、その先、滞納者には「区分記載請求書」を発行する義務があるのでしょうか。
適格者にはインボイスを交付する義務が課せられているのに対し(法57条の4)。非適格者には「区分記載請求書」を発行する義務は課せられていません。
したがって、買受人が運良く滞納者から「区分記載請求書」を発行してもらえた場合には「8割控除」が適用できるのに対し。発行してもらえない場合には、買受人はそれ以上どうすることもできないため、適用を受けられない、という帰結になります。
・
金額的にも相当でかくなると思うのですが。「売手側」の公売特例はあるのに、「買手側」の公売特例はないわけです。
このあたりは、通常の取引と異なり。滞納者が「非適格者」だというならば、そのことを織り込んで「入札価格」を調整すればいいだけだろ、ということで正当化できるでしょうか。
そうだとして、運良く区分記載請求書をもらえたら「8割控除」を受けられる、というのも不公平な気もしますが。
また、これまでの記事でさんざん述べてきたところですが。
「課税事業者である非適格者」というカテゴリが存在することによる「損税」につき、公売の場面でも何らの手当もされていません。特に、公売においては対象物件にかかる消費税が優先で掻っ攫われてしまうのであって。お国の側では取りっぱぐれが生じない。
インボイス施行後の消費税法が、
・課税側は、課税事業者/免税事業者・消費者
で区分しているにもかかわらず、
・控除側は、適格者(課税事業者)/非適格者(課税事業者・免税事業者・消費者)
で区分していることのミスマッチによる損税が、ここでも生じてしまっているわけです。
◯
ちなみに、「通常の取引」の場面でも、売手は「区分記載請求書」を発行する義務があるか、という点は問題となりえます。
もちろん、普通は任意に発行してくれるものでしょうし、また、契約上の義務として明記しておけば請求可能でしょう。そうじゃない場合にどうなるか、というお話しです。
たとえば、民法486条に「契約当事者は相手方の損害軽減に協力しなければならない」という契約規範をプラスすることで、「区分記載請求書交付義務」を導出することができるでしょうか。
まあ、税率が複数にならないかぎり、普通に領収書を書いてくれれば、区分記載請求書の記載事項を満たせるはずですけども。
民法 第四百八十六条(受取証書の交付請求等)
1 弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができる。
2 弁済をする者は、前項の受取証書の交付に代えて、その内容を記録した電磁的記録の提供を請求することができる。ただし、弁済を受領する者に不相当な負担を課するものであるときは、この限りでない。
キャッシュレス決済と印紙税法 〜第17号文書(領収書)該当性について
◯
以上、消費税法から直接導くことができる結論を記載しただけで。運用レベルでどのように扱われるかは考慮外です。
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