2024年11月04日

《税負担の累積防止》なる税務ミームについて 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)

 ジュリスト掲載の藤谷論文を読んでみて。
 私自身が、本判決のどこに引っかかっているのか分かった気がしたので、以下整理してみます。

藤谷武史「課税仕入れの用途区分の判定方法 エー・ディー・ワークス事件 最一小判令和5・3・6」ジュリスト2024年10月号(1602号)

 なお、あくまでも「藤谷論文の鋭い分析眼にアテられて」というだけであって。藤谷論文に直接書かれていることからは、だいぶ離れたものとなります(私の問題関心が盛大にズレている)。


 以下、「税区分」については、文脈にあわせて以下の略語を用います。

【課税仕入れ】
 ・課税売上対応  ⇒課のみ仕入、課のみ、課対
 ・非課税売上対応 ⇒非のみ仕入、非のみ、非対
 ・共通して対応  ⇒共通仕入、共通、共通対応

 また、数値例として、以下の事例におけるBの課税負担を念頭において検討します(AB取引、BC取引は「対応関係あり」とします)。

 A 課税事業者
 ↓ 88(課税)
 B 課税事業者
 ↓ 110(課税) or100(非課税)
 C 消費者

 非課税売上は「居住用賃貸」を想定します(Bは家主)。
 そして、不正確ながら、取引が課税となる場合は「BはCから消費税をお預かりした/BはAに消費税をお預けした。」と表現することにします。

【課のみ事例】の帰結
 売上課税 10 お預かりしたので課税される
 仕入控除 8 お預けしたので控除する
 税抜損益 20(=100-80)

【非のみ事例】の帰結
 売上課税 0 お預かりしていないので課税されない
 仕入控除 0 お預けしたのに控除できない
 税抜損益 12(=100-88)


 まずは、本判決を引用しながら、私なりの意訳を足していきます(理由第2 1)。

最高裁令和5年3月6日判決

 消費税法は、生産、流通等の各段階で二重、三重に税が課されて税負担が累積することを防止し、経済に対する中立性を確保するため(税制改革法10条2項)、課税期間中に行った課税仕入れに係る消費税額を当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から控除するものとしている(消費税法30条1項1号)。


・仕入税額控除制度の趣旨は「税負担の累積防止」にある(制度趣旨)。

もっとも、同法は、所定の場合において当該課税期間中に行った課税仕入れにつき用途区分が明らかにされていないときは、課税仕入れに係る消費税額に、課税売上割合、すなわち、課税期間中の所定の売上げの総額に占める課税資産の譲渡等に係る売上げの割合を乗じて計算する方法により控除対象仕入税額を計算するものとし(同条2項2号)、また、帳簿及び請求書等の保存がない場合には原則として当該課税仕入れに係る消費税額の控除を認めないものとする(同条7項)など、課税の明確性の確保や適正な徴税の実現といった他の目的との調和を図るため、税負担の累積が生じても課税仕入れに係る消費税額の全部又は一部が控除されない場合があることを予定しているものということができる。


・用途区分が明らかでない場合は「課税売上割合」で控除額を計算する(割り切り)。
・帳簿・請求書等の保存がない場合は控除できない(唐突!!)。
・法律上、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」のために、累積防止が犠牲になることも予定されている(過剰課税の容認)。

【過剰課税容認系判決】
みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)
最高裁令和6年7月18日・第一小法廷判決(外国子会社合算税制) 雑感

 そして、個別対応方式により控除対象仕入税額を計算する場合において、税負担の累積が生ずる課税資産の譲渡等と累積が生じないその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れにつき一律に課税売上割合を用いることは、課税の明確性の確保の観点から一般に合理的といえるのであり、課税売上割合を用いることが当該事業者の事業の状況に照らして合理的といえない場合には、課税売上割合に準ずる割合を適切に用いることにより個別に是正を図ることが予定されていると解されることにも鑑みれば、課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れは、当該事業に関する事情等を問うことなく、共通対応課税仕入れに該当すると解するのが消費税法の趣旨に沿うものというべきである。


・課税売上割合による割り切りは、「課税の明確性の確保」の観点から一般に合理的(必要性)。
・合理的といえない場合は「準ずる割合」を適切に用いればよい(許容性)。
・法が「課税売上割合/準ずる割合」という座組みを採用しているのは、双方に対応する場合は個別事情を考慮しないですべて共通対応に入れ込むという趣旨(趣旨解釈)。

このように解することは、課税仕入れを課税資産の譲渡等「にのみ」要するもの(課税対応課税仕入れ)、その他の資産の譲渡等「にのみ」要するもの(非課税対応課税仕入れ)及び両者「に共通して」要するもの(共通対応課税仕入れ)に区分する同条2項1号の文理に照らしても自然であるということができる。


・条文の書きぶりからも、「課100%/非100%」以外は個別事情を考慮しないですべて「共通」に入れ込む、と読むのが自然(文理解釈自然派)。

 そうすると、課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。


 よって、ちょっとでも「その他」要素が混ざり込んだら共通仕入と扱う。


 これだけの道具立てで「対応関係」のあてはめをしていることの無茶っぷりについては、以前の記事で、少し検討したところをご参照いただくとして。

虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 今回イジりたいのはそこではありません。
 問題としたいのは、「非対は控除不可」となることについての根拠が、何も示されていないという点です(上記記事でも触れていますが、少し角度を変えます)。


 判決理由では、仕入税額控除の制度趣旨から論述をスタートさせています。
 が、消費税が『税額転嫁と仕入税額控除の両輪により駆動する仕組みの税』だというならば、売上課税の規律と切り離して、仕入税額控除単体の制度趣旨を論ずるのはおかしいのではないでしょうか。

【両輪駆動テーゼ】
免税事業者Requiem(第3曲) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編29)

 そこで、まずは【課のみ事例】を想定しながら、順序立てて仕入税額控除の制度趣旨を説明してみます。

【課のみ事例】
1 消費税法の目的
  消費者の消費に課税したい。
2 課税売上
  Cの消費に直接課税できないから、Bの譲渡に課税する(10)。
3 仕入税額控除
  Bが10を納税するのに加えて、8も払いっぱなしとなるのは過剰課税となってしまう。
  そこで、納税額から8を控除する。

 この場合、10と8という自然数が2つ出てくることから、仕入税額控除の趣旨として《税負担の累積防止》というレトリックがすんなり当てはまるように感じられます。

 では、これが【非のみ事例】だとどうなるでしょうか。

【非のみ事例】
1 消費税法の目的
  消費者の消費に課税したい。
2 非課税売上
  居住用の家賃に消費税を課税するのはCが可哀想。そこで、非課税とする。
3 仕入税額控除
  Bは消費者ではないのに、8が払いっぱなしとなるのは過剰課税となる。
  そこで、納税額から8を控除する(!?)。

 インボイス導入の錦の御旗として、「消費税は、消費者に税転嫁が予定されている間接税である。ゆえに、益税ネコババ野郎は撲滅すべき!」(ネコババテーゼ)ということが盛んに掲げられていました。この御旗を前提とするならば、(逆に)消費者の消費以外のところで税負担が生ずるのはおかしいことになります。

【ネコババテーゼ】
 表面 事業者が、消費者からお預かりした消費税を納付しないのはネコババ
 裏面 お国が、事業者がお預けした消費税を還付しないのはネコババ

 よって、消費税法の目的をストレートに実現しようとするかぎり、【非のみ事例】でも、Bは8を控除できるとすべきことになるはずです。

 ところが、現行法は「非対は控除不可」とされています。「消費者の消費に課税する」(消費課税テーゼ)という消費税法の本来の目的からは、およそ導出できない制度となっているわけです。
 にもかかわらず、仕入税額控除の制度趣旨を《税負担の累積防止》と説明することで、本来の目的にそぐわないという点をスルーして、「非対は控除不可」が当然であるかのように勘違いさせることに成功しています。

【税負担の累積テーゼ】
 課対 累積しているから控除する
 非対 累積していないから控除しない

(※もし、脳内で「残酷な天使のテーゼ」のリズムでリフレインしてしまったら、申し訳ありません。)


 もちろん、現行法が「用途区分」制度を採用している以上、現行法における仕入税額控除の説明として《税負担の累積防止》と表現することが、間違いということではありません。

 が、それは結果としてそうなっているというだけで。
 消費税法の目的が「消費者の消費に課税する」だというならば、「なぜ消費者ではないBに税負担を生じさせるのか」について、その実質的な理由付けが必要ではないでしょうか。
 《消費課税テーゼ》からすれば、【課のみ事例】で、Bが18(10+8)支払うことが過剰課税なのは当然として。【非のみ事例】で8支払うことだって、Bが消費者ではない以上、過剰課税にかわりはありません。


 Bの損益に着目するならば、【課のみ事例】でも【非のみ事例】でも全く同じ状況にあることが分かります。

【課のみ事例】
 控除可  20(100-80)
 控除不可 12(100-88)

【非のみ事例】
 控除可  20(100-80)
 控除不可 12(100-88)

 だというのに、【課のみ事例】では、10と8という自然数が2つ出てくるおかげで「累積している」といえるのに対し。【非のみ事例】では0と8というように、自然数が1つしか出てこないせいで「累積していない」ことになってしまいます。

 これら事例を分かつ理由は、ただ単に「累積」というレトリックが当てはまるかどうかだけであって。Bの損益状況を無視したもので、なんら実質的な根拠に基づくものではありません。

 【課のみ事例】 累積していて過剰課税   ⇒ゆえに控除する
 【非のみ事例】 累積していないが過剰課税 ⇒なのに控除しない

 いずれも「消費者の消費」以外に課税が生じているというのに、【税負担の累積テーゼ】を間にかますだけで、結論を真逆に持っていくことができてしまっている。


 だというのに、以下の記述もそうですが、【税負担の累積テーゼ】は正しいという前提で、議論が進められてしまっています。

調査官解説(法曹時報76巻5号)P.1444
(注12) 課税仕入れが課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双力に対応する場合、課税資産の譲渡等については税負担の累積が生ずる一方、その他の資産の譲渡等については税負担の累積が生じないから、当該課税仕入れが課税対応課税仕入れに区分されて仕入税額全額が控除されるとすれば累積は完全に排除される(税負担の累積が生じていない部分も控除されるので、排除としてはむしろ過剰となる。) のに対し、共通対応課税仕人れに区分されると、仕入税額に課税売上割合を乗じた額のみが控除されるため、税負担の累積が完全には排除されない場合があり得ることになる。

藤谷論文 P.152
 法は、事業として行われる財や役務の譲渡(課税資産の譲渡等)に課税する一方で、仕入れに含まれる消費税額を、事業者が負担する消費税額から控除することにより多段階課税に伴う税負担の累積を排除する、付加価値税の仕組みを採用する。しかし、事業者が仕入れた財や役務の全てを課税資産の譲渡等に用いるとは限らない。事業者が国外または事業外で譲渡等を行う場合は「不課税取引」(法4条1項参照)となるし、「非課税取引」(法6条1項・別表第二)に該当する場合にも消費税は課されない。本件で言えば、マンション底地の譲渡や住宅の貸付けは非課税取引である。となると、前段階で消費税が課された仕入れであっても、「課税資産の譲渡等」以外の取引に用いられた部分については、税負担の累積が生じないので仕入税額控除の対象とすべきではない、というのが現行法の考え方である。


 しかしながら、消費者でないBに税負担が生じることの根拠が不明なままでは、その先、用途区分をどのように判定するのかの方法も、明確にできないのではないでしょうか。
 実際のところ、本判決が「対応関係」について述べているのは、「双方対応している場合は、それ以上個別事情を考慮しない」というだけで。肝心の「対応」をどうやって判定するのかが明示されていません。


 本判決が「趣旨解釈」を採用していると評価されることがありますが。

 それはあくまでも、消費税法の本来の目的を無視して、仕入税額控除を《税負担の累積防止》と決め打ちしたところからスタートしているのであり。ではなぜ、「累積している場合にしか控除しないのか」については触れるところではありません。

 それゆえ、「対応関係」をどのように判定するかについても、消費税法の本来の目的に即した、踏み込んだ判断ができないままでいるのではないでしょうか。


 では、本判決がかかげている「課税の明確性の確保」は理由付けとして使えるかというと。

 これは「非対は控除不可」という結論が決まったあとに、どうやって「課対/非対/共通」を区分するか、という段階で出てくるものです。【税負担の累積テーゼ】が正しいことを前提に、「課のみ/非のみ」と言い切れないものはすべて「共通」に割り振る、という割り切りを正当化するため、「課税の明確性の確保」を持ち出しているにすぎません。

 もし「非対は控除すべき」ということであれば、そもそも用途区分という制度が設けられていること自体がおかしいということになります。


 また、「適正な徴税の実現」のほうは、何ら脈絡なくでてきた「帳簿及び請求書等」保存要件を正当化するための理由付けにすぎません。

 累積防止が犠牲になる一例としてねじ込まれたものであって。「非対は控除不可」とするのが適正かを論じている場面で、控除不可が適正であることを前提とした理由付けを用いることはできません。

 ゆえに、これらマジックワードは、【税負担の累積テーゼ】を根拠付ける理由としては使えません。


 なお、本判決が、累積の《排除》とはいわずに、累積の《防止》という表現に留めている理由。

 「非対は控除不可」が根拠薄弱ゆえ、用途区分の判定段階において「課税の明確性の確保」をなんとしても優先させたくて、排除⇒防止と表現を弱めたのではないか、という邪推が働きます(レトリック流判例批評)。それでも不安なのか、「帳簿及び請求書等」保存要件なんていう、無関係の制度まで持ち出したりしていますし。

 累積の排除(強め) > 明確性
 累積の防止(弱め) < 明確性+帳簿・請求書等保存要件

フリチョフ・ハフト「レトリック流法律学習法」(木鐸社1993) Amazon
フリチョフ・ハフト「法律家のレトリック」(木鐸社1992) Amazon
フリチョフ・ハフト「レトリック流交渉術」(木鐸社1993) Amazon

 例によって、『仕入税額控除は権利だ!』とかいう件の教科書の主張(権利テーゼ)は、ここでも何の役にも立っていない。

 【権利テーゼの正規ルート】
   累積の排除+控除は権利 > 明確性+帳簿・請求書等保存要件

佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)

 ただ単に、用途区分は取得時に固定される、という「時点」の話に使われているだけ。しかも、納税者不利な帰結にもっていっている。

〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)


 以上述べたことは、インボイス推進派の方々が強調されていた《ネコババテーゼ》が正しいとして制度全体を理解するならばこうなるはず、ということにすぎません。

  消費税は消費者の消費に課税する ⇒ならば、非対も控除すべきはず

 《ネコババテーゼ》からすれば、仕入税額控除の趣旨は「消費者の消費以外の税負担を排除する」となるはずで。なぜ、仕入税額控除の趣旨を説明する段階になると、消費税法の目的をすっかり忘れてしまって、「累積している場合だけ控除する」と思考が歪んでしまうのか。

【ネコババテーゼの正規ルート】(課のみ事例、非のみ事例とも共通)
1 消費税法の目的
  消費者の消費に課税する。
3 仕入税額控除
  Bが消費者ではないのに、8を払いっぱなしになるのは過剰課税になってしまう。
  そこで、納税額から8を控除する。

 《ネコババテーゼ》の正規ルートは、売上が課税か非課税かどうかにかかわらず、Bが事業者であるかぎり、払った消費税は控除できることになるはずです。


 他方で、消費税法が採用している各制度をあるがままに理解し、現実にどのように機能しているかを分析するならば、「用途区分」制度も矛盾なく説明することができます。現行制度をみないまま、《ネコババテーゼ》のような空論を先にぶち上げてしまうから、場当たり的な説明をせざるを得ないはめに陥るだけの話です。

 この点については、一連の連載記事のあちこちで触れていますが、本記事を踏まえて、いつか整理するかもしれません(モチベ低め)。


 なお、タイトルにある「税務ミーム」というの。

 《税負担の累積防止》と唱えるだけで、本来論ずるべき「なぜ消費者でないBに税負担を発生させるのか」を、どういうわけか、本論点を議論しようとする全ての人がスキップして先に進んでしまう様子を指して、そのように表現したものです(誤用という批判は甘んじて受け入れます。「ぜーむみーむ」といいたかっただけなので)。


 やたらと「テーゼ」を乱発しているのは、もちろんおちょくり目的です。適宜これを「ドグマ」に言い換えてもらっても、大丈夫です。

ドキッ!?ドグマだらけの民法改正
自分のドグマは自分で見えない。 〜「原始的不能のドグマ」再訪
posted by ウロ at 10:22| Comment(0) | 判例イジり
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