法と言語が関わるものということでいうと、私はハフト先生(法学者)の「レトリック論」くらいしか読んだことがなく。
フリチョフ・ハフト「レトリック流法律学習法」(木鐸社1993) Amazon
フリチョフ・ハフト「法律家のレトリック」(木鐸社1992) Amazon
フリチョフ・ハフト「レトリック流交渉術」(木鐸社1993) Amazon
最近のものを読んでみよう、ということで本書に手を出したのですが・・・。
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『◯◯学×△△学』のような学際領域を論じるにあたって大事なこと、他方分野に対する《リスペクト》があるかどうか、だと私は思っています。
かつてのローエコが、経済学者が法学上の議論はことごとく間違ったものだと主張して殴り込んできたのが始まりだと聞いたことがあるのですが(事実誤認?)。そういうことでは学問は発展しないのではないのか、と思うわけです。
今となっては、むしろ法学者側(の一部)が積極的にローエコを活用されていて、まあ良かったですね。
田中亘「企業法学の方法」(東京大学出版会2024) Amazon
このような観点から本書をみたときに、言語学者の法学に対する《リスペクト》の足りてなさを、そこかしこに感じてしまいます。
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何よりもまずは、リンク先の表紙画像をご覧ください。
橋内武・堀田秀吾「法と言語 改訂版」(くろしお出版2024) Amazon
背景で模様のようになっているのは、本書にでてくる法律用語を並べたものです。
この中に「意志能力」(原文ママ)という用語が、繰り返しでてきます(IMEが汚れるので、本当は入力したくない)。
【クロスレファランス】
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)
表紙からいきなりこうくるかと。これから中身を読むにあたって、不安でいっぱいになりました(ちなみに、中身はちゃんと「意思能力」になっていました(IME汚染戻し))。
無駄にこういうところに鼻が効く、自分が恨めしい。初版から訂正されていないということは、誰からも指摘してもらえなかったということでしょうし。
が、購入前に気付けなかったのは、痛恨の極み。
なお、改訂されても間違いがキープされたまま、という現象、時折観測されるところですが。
熊王征秀「消費税法講義録 第4版」(中央経済社2023)
著者、編者、編集者、同業者、講義で使う教科書として買わざるをえない学生、誰も真面目に読むことがないのでしょうか(ただし、本件に関しては、表紙模様の誤字に気づく私のほうが、逝かれているのかもしれない)。
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以下、中身について、私が《リスペクト》の足りなさを感じたものの一部を、ダイジェストでお送りいたします。
(なお、本記事では、「言語学」側の記述については一切触れません。私には、同記述をイジり散らかせるだけの知見がないからです。)
P.4
下級裁判所での判決に不服の場合はより上の裁判所に3回まで上訴し得る。これを三審制度という。
三審だから「3回」とでも思ったのでしょうか(もちろん「特別上告」のことなんて念頭にないでしょう)。
法律用語の定義なんだから、きちんと専門書からコピペでもすればいいでしょうに。
「法学者による定義のままでは難しいから、易しくしてあげよう」という親切心でもあったのかどうか。オリジナルの定義を作り上げて、華麗に失敗している。
ただ、プロパーの法学者でも「有期1年が4回更新されたら無期転換権が発生する」とか書いちゃう人もいらっしゃるので、よくあるタイプのミス、といえるでしょうか(算数の引っ掛け問題的な?)。
安枝英、,西村健一郎「労働法 第13版」(有斐閣2021)
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P.5
法学を学ぶ上では、@「六法」(有斐閣、三省堂、岩波書店)とA法学用語辞典とBリーガル・リサーチ・ハンドブックが不可欠なツールである。
これら3つでいいんですか?とか、何ゆえハンドブックなのか?というのはさておき。なんでこんな死体蹴りみたいなことを書くのでしょうか。
六法の刊行終了にあたって(岩波書店)
と思ったのですが、時系列から察するに、これは初版(2012)の文章を見直していないだけ、ということなのでしょう。まさか、「10年前の岩波六法でも構わんよ」ということではないでしょうし。
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いくつかの箇所で、実際の裁判例を素材としてあげているところがあります。
なのですが、どこの裁判所のいつの判決なのか、ということが明示されていません。
もし仮に、生成AIに「◯◯に関する判決はありますか?」とお尋ねして、AI様がでっち上げた《架空の》判決だったとしても、検証のしようがない。
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P.112
(偽証)法律により宜誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の刑に処する。
条文引用なんて、(正確性を期するため)コピペで済ます最たるものだと思うのですが。どういうわけか、条文にまで、ほんのりオリジナル要素をねじ込みたがる。
六法でもなく、e-Gov法令検索でもなく、法律素人の方の書いたアンチョコ本からでも引用したのでしょうか。
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P.120
法律用語ではこの「事実」は「実際にあったかどうかを問わず、『事件の内容となる事柄』をいう」
法律用語の定義だというのに、「法律に詳しいジャーナリスト」(本書にそう書いてある)の新書から引用しています。なぜ、刑法学者の書いた専門書から引用しないのか。
言語学者が、言語学上の定義を説明するのに、言語に詳しいジャーナリスト(言語評論家。「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)に出てきそうな肩書)の書いた新書から引用なんて、しないはずで。
もし仮に、税法上の専門用語について、(税理士よりも税務に詳しいと称する)節税ライターの方が書いた新書から引用なんてしようものなら、その信頼性はガタ落ちでしょうよ。
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P.121
(最判昭和31年7月20日、民集10巻8号p.1059)
他の箇所とは違って、きちんと裁判所名・判決日が明記されています。
が、本書では、刑法上の名誉毀損罪について論じているところです。のはずなのに、「民集」とあることからも分かるとおり、「民事事件」の判決を、何のお構いもなしに引用してしまっています(これ、ひとつだけではない)。
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以上のような問題箇所、私には、言語学者が法学の「専門性」というものを軽く見ているがゆえ、に噴出しているものではないかと感じられるわけです。
その他も色々あるのですが、あとは法学側のプロの方にきちんとお金を払って、全面にわたってチェックしてもらうべきものでしょう。
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言語学側の記述については、私には一切評価できませんが。このようなおぼつかない法学理解がベースとなって立論されているのだとしたら、不安ではあります。
言語学はあくまでも「言語」を対象とするものだから、おぼつかない法学理解のままでも、何らその価値が減ぜられるものではない、ということなのか(図式的に表現するならば、初期ローエコが「攻撃」だったのに対し、初期ローリン(と略してみます)は「無視」といえるでしょうか)。
そもそも、本書は誰向けに書かれているのか、を推測するに。
P.110
裁判官は、憲法に「裁判官の独立」が規定されていて、個々の裁判官の上下関係は、ちょうど、文系の大学教員のような緩やかな上下関係のようである。
知らん上下関係を知らん上下関係に喩えられても、「いや知らんがな」以外の感想をもてませんよね。
【卑近な喩え】
吉田利宏「実務家のための労働法令読みこなし術」(労務行政2013)
このような記述からすると、本書はあくまでも同業者(言語学者)向けに書かれたものであって。部外者が読むことを想定していないのかもしれません。
とすると、私があれこれ論難していることも、「対象外読者」によるイチャモンにすぎず、お門違いということになります。同業者向けに「法言語学ではこんなことやっているよ」とご紹介しているだけなんだから、外野がごちゃごちゃ突っ込むなや、と。
『場違いなこと、内輪のパーティーに闖入したマナー講師のごとし。』
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なお、「学際領域」というもの。法学内部でも問題になっていて。
お互いにリスペクトし合った、優秀な先生同士の対話により、優れた対談本が出来上がっている一方。
佐伯仁志・道垣内弘人「刑法と民法の対話」(有斐閣2001) Amazon
民法学者には「手続法的視点」が欠けているとディスっておきながら、ご自身には「税法的視点」が欠けてる書籍があったり。
小林秀之「破産から新民法がみえる」(日本評論社2018) Amazon
小林秀之「破産から新民法がみえる」(日本評論社2018)
やはり、自身の専門外の分野に対する謙虚さ、あるいはリスペクトというものが、必要なのだろうなと思わされます。
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「◯◯学を勉強したい」と思ったときに。
たまたま「△△学×◯◯学」のような、自分が知っている「△△学」と交錯している分野があるからといって、安易に飛びつくのは望ましくなく。
横着せずに、きちんと「◯◯学」プロパーの、定評のある書籍から読んでいくのが王道なのでしょう。
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