たとえばこれ。
社宅に係る仕入税額控除(質疑応答事例)
この中の以下の記述。
1 自己において取得した社宅や従業員寮の取得費
従業員から使用料を徴収せず、無償で貸し付けることがその取得の時点で客観的に明らかな社宅や従業員寮は居住用賃貸建物に該当しない
3 社宅や従業員寮の維持費
従業員から使用料を徴収せず、無償で貸し付けている場合は、原則として課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するものに(略)該当します
◯
まずは、後者の「無償でも共通仕入」から検討します。
「無償でも共通仕入」というのは、以下の通達を根拠としているのでしょう。
消基通11−2−16(資産の譲渡等に該当しない取引のために要する課税仕入れの取扱い)
法第30条第2項第1号《個別対応方式による仕入税額控除》に規定する課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するもの(以下「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するもの」という。)とは、原則として課税資産の譲渡等と非課税資産の譲渡等に共通して要する課税仕入れ等をいうのであるが、例えば、株券の発行に当たって印刷業者へ支払う印刷費、証券会社へ支払う引受手数料等のように資産の譲渡等に該当しない取引に要する課税仕入れ等は、課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するものに該当するものとして取り扱う。
資産の譲渡等に該当しない取引のために要する課税仕入れの税額控除(質疑応答事例)
が、消費税法30条2項では、「共通仕入」の定義は次のようになっています。
【共通仕入】
課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要するもの
(その他の資産の譲渡等=課税資産の譲渡等以外の資産の譲渡等)
ここでいう「資産の譲渡等」の定義は、同法2条1項8号にあります。
第二条(定義)
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
八 資産の譲渡等 事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)をいう。
つまり、消費税法で「資産の譲渡等」というときは、(みなし規定でもないかぎり)有償取引を指していることになります。とすると、共通仕入に該当するためには、有償取引に対応するものである必要があります。
にもかかわらず、通達によって、無償取引に対応するものでも共通仕入として扱うことにしてしまっているわけです。
よくよく通達をみてみると、語尾が「該当するものとして取り扱う。」となっていて。「本当は違うけど、そういうことにしといてやるよ」という場面で出てくるやつですよね。
そもそも消費税法の書きぶりが、課のみ/非のみ/共通いずれにも「資産の譲渡等」に対応するものであることを要求してしまっています。そのせいで、無償取引に対応する課税仕入の行き場がない、という事態が生じてしまっているわけです。
このような不都合を、通達がカバーしてくれている、と理解すればよろしいのでしょうか。
◯
次に、前者の「無償なら居住用賃貸建物に該当しない」について。
消費税法における「居住用賃貸建物」の書きぶりは次のとおり。
第三十条(仕入れに係る消費税額の控除)
10 第一項の規定は、事業者が国内において行う別表第二第十三号に掲げる住宅の貸付けの用に供しないことが明らかな建物(その附属設備を含む。以下この項において同じ。)以外の建物(第十二条の四第一項に規定する高額特定資産又は同条第二項に規定する調整対象自己建設高額資産に該当するものに限る。第三十五条の二において「居住用賃貸建物」という。)に係る課税仕入れ等の税額については、適用しない。
別表第二
十三 住宅(人の居住の用に供する家屋又は家屋のうち人の居住の用に供する部分をいう。)の貸付け(当該貸付けに係る契約において人の居住の用に供することが明らかにされている場合(当該契約において当該貸付けに係る用途が明らかにされていない場合に当該貸付け等の状況からみて人の居住の用に供されていることが明らかな場合を含む。)に限るものとし、一時的に使用させる場合その他の政令で定める場合を除く。)
国税庁の見解によれは、ここでいう「住宅の貸付け」は有償の貸付け(賃貸借)に限定され、無償の貸付け(使用貸借)は含まれない、と解釈していることになります。
このような解釈、消費税法の文言に適合するものでしょうか。
・
「貸付け」に関する消費税法の規定は、次のとおり。
第二条(定義)
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
八 資産の譲渡等 事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供(代物弁済による資産の譲渡その他対価を得て行われる資産の譲渡若しくは貸付け又は役務の提供に類する行為として政令で定めるものを含む。)をいう。
2 この法律において「資産の貸付け」には、資産に係る権利の設定その他他の者に資産を使用させる一切の行為(当該行為のうち、電気通信利用役務の提供に該当するものを除く。)を含むものとする。
これをみると、「対価を得て行われる」は、貸付けに《外付け》されていることが分かります。
要するに、「貸付け」という用語自体には、有償に限定するという意味が含まれていないことになります。
とすると、居住用賃貸建物における「貸付け」も、《外付け》パーツのないむき出しの「貸付け」であるため、有償/無償いずれも含まれる、と解釈せざるをえないはずです。
よって、無償であっても、居住用として貸す以上は「居住用賃貸建物」に該当してしまうことになりそうです。
◯
「無償でも共通仕入」のほうは、紛いなりにも緩和通達があったわけです。他方で「無償でも居住用賃貸建物」については、なんの説明もなく、急に質疑応答事例で示されたものです(どこかに個別通達でもあるのでしょうか)。
・資産の譲渡等=有償に限定される →無償も含める!(通達)
・住宅の貸付け=有償に限定されない →無償は含めない!(??)
消費税法が採用している用語の使い分けを無視して、ご都合主義的に無償を含めるといったり含めないといったり、節操がなさすぎでしょうよ。
【事業/事業者】
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編46)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編47)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編48)
◯
もちろん、結論において、非課税売上が立たないのに問答無用で仕入税額控除を全額否定されるのは理不尽、というのはそのとおりです。そもそも私個人としては、用途区分を始めとする、「損税」を生み出す全ての制度が理不尽だと思っているところですし。
《税負担の累積防止》なる税務ミームについて 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)
が、条文上、有償/無償とか、実際に非課税売上が立つかどうかといった事情を考慮しない書きぶりになっているというのに、「無償なら居住用賃貸建物に該当しない」なんて条文ガン無視の見解を、しれっと混入してもいいのかよと思うわけです。
「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)
◯
頑張って国税庁見解を擁護するならば、次のような読み方ができるでしょうか。
すなわち、別表第二にいう「住宅の貸付け」は、それ単体で理解すべきではなく。6条1項にいう「資産の譲渡等のうち」と合わせて理解すべきだと。
第六条(非課税)
1 国内において行われる資産の譲渡等のうち、別表第二に掲げるものには、消費税を課さない。
この読み方に従うならば、居住用賃貸建物にいう「住宅の貸付け」には無償貸付けは含まない、と解釈することができます。
・資産の譲渡等のうち住宅の貸付け →無償は含めない!
この読み方、「いい線いっているね」と思われるかもしれません。
が、6条1項には「国内において行われる」とも書いてあります。これをそのまま30条10項に代入すると、
第一項の規定は、事業者が国内において行う国内において行われる資産の譲渡等のうち別表第二第十三号に掲げる住宅の貸付けの用に供しないことが明らかな建物
と、キモい規定になってしまいます。
よって、6条1項と合わせて読む、という解釈は取れません。
まあ、近時の条文起案能力の劣化っぷりからすると、他の条項との関係など深く考えることもなく、当然に有償のつもりで「住宅の貸付け」と記述した、ということなのでしょうかね。
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版
◯
文言上の無理を押し通して、「無償なら居住用賃貸建物に該当しない」という国税庁の見解を採用したとして。次のような事例ではどうなるでしょうか。
【事例】
・当課税期間終了間際に、転売目的で中古の居住用賃貸マンションを購入。
・売却は、次の課税期間の開始直後となる予定。
・そこで、売却まではフリーレントとする旨、借主全員に通知した。
国税庁見解及び下記通達を合わせるならば、この場合は居住用賃貸建物に該当しないということになるでしょうか(用途区分は共通仕入)。
消基通11−7−1(住宅の貸付けの用に供しないことが明らかな建物の範囲)
居住用賃貸建物は、住宅の貸付け(法別表第二第13号《住宅の貸付け》に掲げる住宅の貸付けをいう。以下この節において同じ。)の用に供しないことが明らかな建物(その附属設備を含む。以下この節において同じ。)以外の建物であることが要件となるが、「住宅の貸付けの用に供しないことが明らかな建物」とは、建物の構造及び設備の状況その他の状況により住宅の貸付けの用に供しないことが客観的に明らかなものをいい、例えば、次に掲げるようなものがこれに該当する。
(3) 棚卸資産として取得した建物であって、所有している間、住宅の貸付けの用に供しないことが明らかなもの
もちろん、居住用賃貸建物に該当する場合でも、次の課税期間に売却すれば税額調整を受けられます。が、キャッシュフローの観点からすれば、できるだけ早めに控除を取りたい、と考えることは十分ありうるわけです。
そこで、もらえない家賃との損得を考慮して、フリーレントを実施することも合理的な判断となり得ます。
質疑応答事例の社宅事案と比べて、どこか違和感はあります。が、「無償なら居住用賃貸建物に該当しない」という見解を採用してしまった以上、このような事例を排除することはできないことになります。
◯
今回は結論として「納税者有利」だからいいとして。趣旨解釈の名のもとに、条文をガン無視した解釈をカマしてくることに対して、我々はもっと警戒すべきではないでしょうか。
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
(PGM事件については、いずれ)
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