今回も前回と同じく、『相当する額』がパンチラインとなっております。
消費税、売上から見るか?仕入から見るか?(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編53)
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まずはお馴染み法30条1項からスタート。リバースチャージと輸入取引はまるごと省略しました。
法第三十条(仕入れに係る消費税額の控除)
1 事業者が、国内において行う課税仕入れについては、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める日の属する課税期間の第四十五条第一項第二号に掲げる消費税額(以下この章において「課税標準額に対する消費税額」という。)から、当該課税期間中に国内において行つた課税仕入れに係る消費税額(当該課税仕入れに係る適格請求書(第五十七条の四第一項に規定する適格請求書をいう。)の記載事項を基礎として計算した金額その他の政令で定めるところにより計算した金額をいう。)を控除する。
令第四十六条(課税仕入れに係る消費税額の計算)
1 法第三十条第一項に規定する政令で定めるところにより計算した金額は、次の各号に掲げる課税仕入れの区分に応じ当該各号に定める金額の合計額に百分の七十八を乗じて算出した金額とする。
一 適格請求書(法第五十七条の四第一項に規定する適格請求書をいう。以下同じ。)の交付を受けた課税仕入れ 当該適格請求書に記載されている同項第五号に掲げる消費税額等のうち当該課税仕入れに係る部分の金額
法第五十七条の四(適格請求書発行事業者の義務)
1
五 消費税額等(課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税額及び当該消費税額を課税標準として課されるべき地方消費税額に相当する額の合計額として前号に掲げる税率の異なるごとに区分して合計した金額ごとに政令で定める方法により計算した金額をいう。)
仕入控除ルールの原則である「請求書積上げ計算」においても、積み上げるのは『相当する額』だということになります。
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また、帳簿に記載するのも『相当する額』となっております。
法第三十条(仕入れに係る消費税額の控除)
8 前項に規定する帳簿とは、次に掲げる帳簿をいう。
一 課税仕入れ等の税額が課税仕入れに係るものである場合には、次に掲げる事項が記載されているもの
ニ 課税仕入れに係る支払対価の額(当該課税仕入れの対価として支払い、又は支払うべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、当該課税仕入れに係る資産を譲り渡し、若しくは貸し付け、又は当該課税仕入れに係る役務を提供する事業者に課されるべき消費税額及び当該消費税額を課税標準として課されるべき地方消費税額に相当する額がある場合には、当該相当する額を含む。)
ちなみに、リバースチャージ(2号)に関しては消費税額に関する記載は(当然ながら)無し、輸入取引(3号)については(相当する額ではなく)消費税そのものを記載することとなっています。
法第三十条(仕入れに係る消費税額の控除)
8 前項に規定する帳簿とは、次に掲げる帳簿をいう。
三 課税仕入れ等の税額が第一項に規定する保税地域からの引取りに係る課税貨物に係るものである場合には、次に掲げる事項が記載されているもの
ハ課税貨物の引取りに係る消費税額及び地方消費税額又はその合計額
輸入取引に関しては、保税地域からの引取時にダイレクトにお国に消費税を納税済みのため、控除できるのも、帳簿に記載するのも、消費税そのものとなるということです。
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では、売上課税ルールと同じように、確定申告時に(控除)消費税が顕現することになるのでしょうか。
法第四十五条(課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れについての確定申告)
1 事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)は、課税期間ごとに、当該課税期間の末日の翌日から二月以内に、次に掲げる事項を記載した申告書を税務署長に提出しなければならない。
三 前章の規定によりその課税期間において前号に掲げる消費税額から控除をされるべき次に掲げる消費税額の合計額
イ 第三十二条第一項第一号に規定する仕入れに係る消費税額
法第三十二条(仕入れに係る対価の返還等を受けた場合の仕入れに係る消費税額の控除の特例)
1
一 当該事業者の当該課税期間における第三十条第一項の規定により控除される課税仕入れ等の税額の合計額(以下この章において「仕入れに係る消費税額」という。) (略)
法45条1項3号イが、「対価の返還」を受けた場合のルールである法32条1項1号からお借りしているのは、単に「仕入れに係る消費税額」の定義規定がそこにあるからであって、深い意味はないです。
で、これらの書きぶりからすると、(控除)消費税については、どこかの時点で消費税そのものになる、ということはなく。『相当する額』から「控除される税額」になって税額計算に反映される、という建付けになっているように思われます。
いずれにしても、買手が支払っているのは売買代金に含まれた『相当する額』であって。消費税そのものを支払っているわけではないことになります。
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念のため、例外としての「割戻し計算」については、次のとおり。
第四十六条(課税仕入れに係る消費税額の計算)
3 その課税期間に係る法第四十五条第一項第二号に掲げる税率の異なるごとに区分した課税標準額に対する消費税額の計算につき、同条第五項の規定の適用を受けない事業者は、第一項の規定にかかわらず、前項の規定の適用を受ける場合を除き、当該課税期間中に国内において行つた課税仕入れのうち第一項各号に掲げるものに係る課税仕入れに係る支払対価の額を税率の異なるごとに区分して合計した金額に、課税資産の譲渡等に係る部分については百十分の七・八を乗じて算出した金額を、法第三十条第一項に規定する課税仕入れに係る消費税額とすることができる。
対価の額からダイレクトに控除する額を抽出するのであり。もはや、対価の額から『相当する額』を一旦取り分けるということすらしていません。
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このように、売上課税ルールと仕入控除ルールとは、ダイレクトに連結されておらず。むしろ『相当する額』という概念を間にかますことで、あえて連動しないように仕組んでいるようにみえます。
ではなぜ消費税法は、「消費税そのものを納税する/消費税そのものを控除する」という建付け(以下「そのものテーゼ」といいます。)を採用せずに、『相当する額』という概念を導入することとしたのでしょうか。
立案担当者の《主観的》なつもりはさておき。実際の機能から邪推するに、「そのものルール」を採用してしまうと、
・買手が消費税を支払ったら、売手は必ず納税すべき。
を根拠付けることができるものの、それと同時に、
・売手が消費税を納税したら、(消費者以外の)買手は必ず控除できるようにすべき。
という主張がでてきてしまうことになります。
ところが、現行法では、
・売手が課税事業者でも未登録なら、買手は控除できない。
・売手が適格事業者でも、適式なインボイスがなければ買手は控除できない。
・売手が適格事業者でも、買手にとって非課税対応なら買手は控除できない。
・売手が適格事業者でも、居住用賃貸建物なら買手は控除できない。
などなど、売手が課税されるにもかかわらず、買手が控除できない場面が、そこかしこにあります。
このような制度になっているにもかかわらず、「そのものテーゼ」を採用してしまうと、「売手が課税されるのに、買手が控除できない」ことの問題が表面化してしまいます。そうすると、売上課税ルールと仕入控除ルールは、分断された別世界のものとして位置づけておかなければなりません。
そのために採用されたのが『相当する額』という概念なのではないか、と私は思うわけです。消費税そのものではなく『相当する額』にすぎないことから、売上課税ルール内での扱いと仕入控除ルール内での扱いを異ならせても、問題がないかのように見せかけることが可能となります。
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このように、消費税法は売上課税ルールと仕入控除ルールを分断する《二元的構成》を採用しているにもかかわらず。インボイス導入を正当化する際は「免税事業者の益税撲滅」ばかりが盛んに喧伝されていました。
「益税」という意味では全く同じであるはずの「古物商特例」などは、ほぼ変わらずに残されているというのに。同じ熱量で攻撃する人が、まるでいない。
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)
なぜここまで扱いが違うのか、原因ははっきりしていて。
要するに「ネコババ」というレトリックが馴染むかどうか、という点のみにあります。
カイム・ペレルマン「法律家の論理−新しいレトリック−」(木鐸社1986) Amazon
・私が本体代金のほかに消費税を払ったのに、免税事業者はお国にそれを納めていない。
⇒益税ネコババ野郎!許せない!
・私が古物商に中古品を売ったが、古物商は消費税を控除しているらしい。
⇒ちょっとよくわかんないや
「もらったものを納めない」のはネコババといえるとして、「払っていないのに減らす」をネコババというのは、いまいちしっくりこないですよね。
このように、本来ならば「益税」が生じているかどうかで議論すべきところを、「ネコババ」と感じるかどうかに論点ずらしをしたことで、古物商特例にまで攻撃が及ばずに済んだわけです。
誰かがはじめからそういう効果を狙って「ネコババ」と言い出した、などとは思いません。が、結果としてそうなっている、というお話です。
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免税事業者を《ネコババ》呼ばわりされる方々の消費税イメージ。おそらく次のようなものだったのでしょう。
【ネコババ思考からアプローチする消費税】(インボイス前)
1 消費者は、本体代金10,000円とは別に「消費税」と書かれた封筒に1,000円を入れて事業者にお預けする。この封筒は、事業者がお国にそのまま献上するよう、信じて託したものである。
2 ただし例外として、事業者は、自分が受け取った区分記載請求書記載の消費税を支払うときだけ、封筒内の1,000円を使うことができる。
3 課税期間終了時に封筒内に残っていた残額は、そのままお国に納めなければならない。のに、納付しないで自分のポッケに入れてしまうのは「ネコババ」だ!
いかにもそれらしい喩え。
【卑近な喩え】
吉田利宏「実務家のための労働法令読みこなし術」(労務行政2013)
が、このイメージどおりの事例ならば、免税事業者が消費税と表示して消費者から代金を受け取った時点で、「詐欺罪」の構成要件に該当してしまうのではないでしょうか。
受け取った時点では納税するつもりだった、というパターンは免税事業者の場合には通常ありえないですし(例外は設立年度)。他方で、もし消費者が、当該事業者が免税事業者であることを知っていたとしたら、納税しないことに「同意」があることになり、何ら犯罪は成立しません。
そうだとすると、横領系を意味する「ネコババ」というレトリックは、免税事業者には馴染まないことになるはずです(益税詐欺野郎?)。
本事例において、「封緘物」の占有が委託者・受託者どちらにあるかを論じて、3の行為を「窃盗罪」or「横領罪」と結論づけてしまった方は、出題者の誤導にまんまと引っかかってしまったというわけです(不可罰的事後行為)。
【法における比喩の利用は、用法用量を守って】
松浦好治「法と比喩」(弘文堂1992) Amazon
なお、「封筒」イメージが、免税事業者の悪辣さを印象づけることにしか機能しておらず。輸出免税、還付、控除対象外消費税などなど、他の現象を記述できないことは、もはや説明するまでもないでしょう。
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以上、現行法が現実に果たしている機能から《客観的》な立案者意思を邪推する、ということを試みました。
が、皆様方はこんな横着をせず。きちんと立法資料にあたって、《主観的》な立案者意思から解釈をスタートされることをお勧めいたします。
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