利子所得等 →一時所得(利子所得等以外) →雑所得(一時所得以外)
確かに、法35条の書きぶりだけをみると、そのような理解に至ってしまうのも分かります。
法第三十五条(雑所得)
1 雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。
が、法34条のほうを読んでみると、そのような理解は不正確ではないか、と感じるわけです。
法第三十四条(一時所得)
1 一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。
1つ目の「以外」は(利子所得等以外)を意味するとして。2つ目の「以外」は何なんだよと。しかも、その後ろに「有しない」とさらに否定形が出てくるし。
ということで、今回はこのあたりの違和感を言語化してみます。
◯
法34条に規定されている、一時所得該当性の要件を抽出すると、次の通りとなります。
要件1
利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得
要件2
営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外(の所得)
要件3
一時の所得
要件4
ア 労務その他の役務の対価としての性質を有しないもの
イ 資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの
このような、消極要件だらけの一時所得につき、「課税要件事実論」を展開されている方々からはどのような理解がなされるのか、非常に興味のあるところ。
伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
ですが、今回はこの点については触れず、あくまでも実体要件レベルで論じます。
・
まず、要件1それ自体は、まあ当然だと。ただ、別途、要件4が要求されていることにつき、説明が必要ではないかと思います。
ア「労務」の対価なのであれば、それは「給与所得」に該当するのではないか(なので要件4は不要では)、と疑問に思う方がいるかもしれません。
これは、「労務」の対価としての性質をもっていたとしても、必ずしも「給与所得」になるとはかぎらず。雑所得にもなりうるという前提があるということです(これが「役務」となると「給与所得/事業所得/雑所得」と広がります)。
イ「資産の譲渡」のほうも同様で、「譲渡所得」「事業所得」のほかに、「雑所得」にもあたりうるという前提があるということです。
役務の対価(としての性質を有するもの) :給与所得/事業所得/雑所得
資産の譲渡の対価(としての性質を有するもの):譲渡所得/事業所得/雑所得
それゆえ、要件1とは別に要件4を要求し、「雑所得」になるものを除外しているということです。
ちなみに、要件1と4がこのような関係だとすると。
たとえば「資産の譲渡の対価」にあたることが明らかな場合、まず要件1で譲渡所得or事業所得に該当するかを判定し、それから要件4の判定をする、などという迂路を経由する必要はなく。端的に要件4イに該当することがいえれば、「一時所得でない」と結論づけることができます。
・
要件2では、営利かつ継続的行為である場合に、一時所得から除外されることとされています。
A 営利+継続的行為 →除外(雑所得へ)
B 営利+単発的行為
C 非営利+継続的行為
D 非営利+単発的行為
除外されるAは、要件1「のうち」とされていることから、必然的に「雑所得」に該当することになります。
条文上、「継続的行為」とされているとおり、ここで除外されるのは所得が発生する原因となる「行為」が継続的かどうかで判定するということです。
所得それ自体が継続/単発かは、要件3として別に要求されています。
・
要件3が、唯一の「積極要件」となっています。
要件2のBCDにあたる行為によるものであっても、得られる所得が「一時」でなければ、一時所得にはならないということです。
◯
以上を踏まえて。
要件1で利子所得等にあたる所得を除外し、要件3で積極的に「一時の所得」にあたるものを一時所得で受け止める、というかぎりでは、
利子所得等 →一時所得(利子所得等以外) →雑所得(一時所得以外)
という序列であることに違和感はありません(雑所得がバスケット)。
ところが、要件2と4は、「雑所得に該当しないものを一時所得とする」という書きぶりであり、むしろ、以下のようなポジションとなっているように読めるわけです(一時所得がバスケット)。
利子所得等 →雑所得(利子所得等以外) →一時所得(雑所得以外)
この2つを整合させるために、一時所得/雑所得を直列一本に並べるのではなく、積極要件(要件2、4)を満たす雑所得Tと、すべての所得類型該当性が否定された末の雑所得Uを分岐させてみたらどうでしょうか。
利子所得等 →雑所得T(利子所得等以外)
→一時所得(利子所得等以外) →雑所得U(一時所得等以外)
要件1: 一時所得/雑所得共通の要件
→他の所得にあたらなければ、一時所得or雑所得の判定をスタートさせる
要件2、4: 雑所得に振り分けるための要件
→これらに該当したら、雑所得Tとなる。
要件3: 一時所得固有の要件
→これに該当したら一時所得、該当しなかったら雑所得U
常に一時の所得かどうか(要件3)を判定しなければ、雑所得該当性に進めないというのではなく。雑所得の判定が先にくるパターンもありうる、ということです。
これは、あくまでも思考プロセスの問題にすぎません。
が、「否定してばかりの」法34条がすんなり理解できない人は、同条が(一時所得の消極要件を定めていると同時に)雑所得の積極要件を定めていると捉えると、理解しやすくなるのではないでしょうか。
【利子所得等以外の所得】
・雑所得T
営利を目的とする継続的行為から生じた所得(=業務に係る所得)
労務その他の役務の対価としての性質を有する所得
資産の譲渡の対価としての性質を有する所得
・一時所得
一時の所得
・雑所得U
公的年金等に係る所得
その他いずれにも該当しない所得
法35条の書きぶりだと、一番最後の「いずれにも該当しない所得」だけが雑所得であるかのように誤解してしまいます。が、法34条の規律をあわせて考えると、上記のような編成になっていることが理解できるかと思います。
なお、「公的年金等」は、要件124は満たすが3を満たさない、ということで雑所得Uに流れてくることになるはずです。
本来であれば、「年金所得」という独立のカテゴリーがあってもおかしくないのですが、おそらく所得分類を増やしたくない、という理由で、雑所得に押し込められているのでしょう。
◯
完全なる邪推ですが。
「包括的所得概念」を採用したことの宣言的効果を狙って、どうしても、法35条のように「他の所得類型のどれにも該当しなくても、必ず課税するぞ」という表現にしたかったのではないか、と思われます。
法34条の要件2,4が果たすべき機能を素直に表現するならば、「雑所得以外の所得」と書くべきところです。が、これだと「包括的所得概念」宣言規定たる法35条との間で無限ループが生じてしまいます。
それゆえ、要件2、4のように、正面から「雑所得」という用語を使わない書き方をせざるを得なかったのではないかと。
もちろん、このような理解、実際の沿革とは異なるでしょう。
が、現行法における一時所得/雑所得の関係につき、条文の書きぶりと実際の中身を整合的に説明しようと思ったら、このような説明をするしかないんじゃないですかね。
そもそも、一時所得に課税していることも、現行法が「包括的所得概念」を採用していることを正当化する根拠となるのであって。
無理に雑所得だけを最後尾に配置する必要はなく。一時所得・雑所得とが相まって、他の所得からこぼれ落ちる所得を拾い上げている、と理解すればいいと思います。
・
ということで、「一時所得がキモい」と感じたのは、法35条の雑所得を最終的なバスケットカテゴリーとして記述しようとしたしわ寄せで、法34条を不自然な書き方にせざるをえなかった、ということかと思います。
一時所得は被害者であるにもかかわらず、「キモい」呼ばわりしてしまい、申し訳ありませんでした。
◯
ちなみに、「一時所得にとっては消極要件なのに雑所得にとっては積極要件」など、税法世界においては、積極/消極といった表裏、あるいは納税者にとっての有利/不利は、状況によってひっくり返ることがしばしばあります。
にも関わらず、「課税要件事実論」を展開されている方々は、こういったことにまるで無頓着。ただ単に「民事要件事実論」を横流しすればすむ、と思っているようなフシがあるように、私には感じられるところです。
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