「事前確定届出給与、支給日前に不支給決議すればお咎めなし」なる謎理論について
《民法会計》なる奇説について
税法で「成立」というと、国税通則法15条に定められている「納税義務の成立」が思い浮かぶかと思います。納税義務は、成立した後に確定させる《二段階構造》になっている、と説明されるところのやつです。
納税義務の成立と確定を「抽象的納税義務/具体的納税義務」と表現したの、田中二郎先生が初めてなのかどうか。寡聞にして存じ上げませんが、この用語法、あまりしっくりきていません。
田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990)
というのも、納税義務の成立後であれば、繰上保全差押えは可能になるし、納税の猶予の基準点にもなるわけです。「抽象的」というには、パワーがありすぎではないでしょうか。
法学において「抽象的/具体的」という用語は、日常用語とは異なった、かなり独特な使われ方をするものの。やはり「抽象的」というよりは、もっと中身のある感じの用語のほうが相応しいのではないでしょうか。
じゃあ何がいいのかと言われても思い浮かばないので、単なる問題意識の開陳のみしておきます(「確定」のほうも、言うほど確定してないじゃん、とかイチャモンの類でしょうか)。
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さて、本論。
『国税通則法』の教科書(『租税法』の教科書の中の国税通則法パートを含む)というものが、いくつかあるのですが。総じて内容が分かりにくい。
もちろん実務家は、それでも必要に応じて読まないといけないわけです。が、学習者にとっては迷惑この上ない。
その原因として私が強く思いあたるもの。
たとえばですけど、民法における『債権総論』の教科書が、(おおむね)条文順に記述しているにも関わらず。あるときは売買の話、あるときは不法行為の話と、あっちこっちに話が飛んでしまい。付いていくのに精一杯、て感じになりますよね。
前は『民法総則』、後ろは『債権各論』とそれぞれに美味しいところを持っていかれてしまっているという、『債権総論』の悲しい立ち位置ゆえではありますが。学習段階においては害悪でしかない。
これと同じ現象が、『国税通則法』でも起こっているのではないかと。
すなわち、『国税通則法』の教科書も、法人税法のことを記述していたかと思えば相続税法の話に飛んでいたり。あらゆる記述で、長距離の思考移動を要求されます。
そして、ほとんどの記述は、それなりに個別税法の学習が進んでいなければ理解できないものばかり(「税理士試験」の受験科目に国税通則法が含まれていないの、こういう理由もあるのかなと勝手に思っています)。
個別税法パートと国税通則法パートを別々の人が執筆している共著だと、さらに不味くて。
お互いにお見合いしてしまい、どちらからも深く論じられないがち。
《パンデクテンの悲劇》みたいなことが、国税通則法の教科書でも起こっているのではないでしょうか。
【対パンデクテン】
米倉明「プレップ民法(第5版)」(弘文堂2018)
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この点、佐藤英明先生の教科書はさすがって感じで。
所得税法にかかわる国税通則法の規律を、所得税法の解説に溶け込ませて論述しています。
佐藤英明「スタンダード所得税法 第3版」(弘文堂2022)
Appendix1(補論1) 所得税に関わる手続き
主として司法試験受験生向けのサービスなのかもしれません(出題範囲の絡み)。が、司法試験受験生以外でも、国税通則法を学習する必要がある方にとって、非常に有益な記述かと思います。
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残念ながら、現状、国税通則法の規律を個別税法に溶け込ませたものは、佐藤英明先生のようなイレギュラー以外は存在しないのであり(私個人の観測範囲)。自力でどうにかしなければなりません。
そこで今回、「消費税法」と国税通則法の「納税義務の成立」との関係について整理してみたのですが、長くなるので、次回にまわします。
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軽く頭出しだけしておくと。
国税通則法 第十五条(納税義務の成立及びその納付すべき税額の確定)
1 国税を納付する義務(源泉徴収等による国税については、これを徴収して国に納付する義務。以下「納税義務」という。)が成立する場合には、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税を除き、国税に関する法律の定める手続により、その国税についての納付すべき税額が確定されるものとする。
2 納税義務は、次の各号に掲げる国税(第一号から第十三号までにおいて、附帯税を除く。)については、当該各号に定める時(当該国税のうち政令で定めるものについては、政令で定める時)に成立する。
一 所得税(次号に掲げるものを除く。) 暦年の終了の時
二 源泉徴収による所得税 利子、配当、給与、報酬、料金その他源泉徴収をすべきものとされている所得の支払の時
三 法人税及び地方法人税 事業年度の終了の時
四 相続税 相続又は遺贈(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。)による財産の取得の時
五 贈与税 贈与(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を除く。)による財産の取得の時
七 消費税等 課税資産の譲渡等若しくは特定課税仕入れをした時又は課税物件の製造場(石油ガス税については石油ガスの充塡場とし、石油石炭税については原油、ガス状炭化水素又は石炭の採取場とする。)からの移出若しくは保税地域からの引取りの時
消費税の納税義務は、所得税・法人税のように課税期間の終了時ではなく、個々の取引ごとに成立するとされています。
「仕入税額控除」はどこにいったんだ、と思われるかもしれません。が、少なくとも、通則法上は『税額転嫁と仕入税額控除の両輪により駆動する仕組みの税』などという両輪駆動テーゼは採用しておらず。控除を無視した課税側のみで納税義務が成立すると考えていることが分かるかと思います。
【両輪駆動テーゼ】
《税負担の累積防止》なる税務ミームについて 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)
所得税・法人税のほうを、たとえば「給与をもらう毎に納税義務が成立する」と構成することも可能なはずです。が、そうはせず、所得税・法人税と消費税とであえて違った規律を採用しているということです。
で、この「個々の取引ごとに消費税の納税義務が成立する」ことにいかなる意味があるのか、ということを、次回整理したいと思います。
納税義務の成立とは何か(その2) 〜国税通則法と消費税法の交錯
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