2025年04月21日

なぜ給与は課税仕入れから除外されるのか? 〜消費税法の理論構造(種蒔き編60)

 先日の「判例解説」の解説記事。

「判例解説」の解説という禁忌(新・判例解説Watch 租税法 No.169(TKCローライブラリー))

 論点ずらし(給与等⇒事業者)に終始していて、当該判決の解説になっていない、ということを指摘いたしました。
 論点ずらしがされている結果。当然のことながら、なぜ課税仕入れから「給与等」が除外されることになっているのか、その実質的な理由が触れられることもありませんでした。

 そこで、本記事ではこの点について検討してみます。


 まずは条文から(以下では「定義規定」といいます)。

消費税法 第二条(定義)
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
十二 課税仕入れ 事業者が、事業として他の者から資産を譲り受け、若しくは借り受け、又は役務の提供(所得税法第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等を対価とする役務の提供を除く。)を受けること(当該他の者が事業として当該資産を譲り渡し、若しくは貸し付け、又は当該役務の提供をしたとした場合に課税資産の譲渡等に該当することとなるもので、第七条第一項各号に掲げる資産の譲渡等に該当するもの及び第八条第一項その他の法律又は条約の規定により消費税が免除されるもの以外のものに限る。)をいう。


 この、ひとつめ括弧の実質的な根拠が何か、ということです。

 以下では、次の【事例1】を想定しながら記述していきます。
 サービスの中身としては、何かしらのコンサルティングを想定していただくとよいと思います(消費者向けということで、「お片付けコンサル」などはどうでしょう)。

【事例1】
 A(給与所得者)
 ↓ 労務の提供 50
 B(会社・課税事業者)
 ↓ 役務の提供 110
 C(消費者)


 よくみられる理由付けとして、Aは「事業者」にも「事業として」にも該当しないから、というものがあります。

 が、定義規定では、ふたつめの括弧で「仕入先の事業性は気にしなくていいからね」とされています。そのうえで、あえて「給与等」だけを除外しています。
 消費者が宅建業者に自宅を売却した場合、売手側は「事業者」にも「事業として」にも該当しないわけですが、それでも買手側にとっては「課税仕入れ」となるわけです(その先に「宅建特例」が繋がる)。

 それゆえ、事業性がないことを理由とするのは、この条文の書きぶりと整合しません。


 また、これもよくある理由付けで、「給与は会社が稼ぎ出した付加価値を分配するものだから」というものがあります。

 が、そもそもの話、消費税法は「消費者の消費に課税する」というのを建前としているはずです。にも関わらず、都合のよいときだけ「事業者の付加価値に課税する」などと使い分けるのは、ご都合主義すぎるでしょう。

 また、これは単なる看板の付け替えの問題だけでなく。もはや現行の消費税法を「付加価値税」として説明するの、無理があります。

さよなら付加価値税 〜消費税法の理論構造(種蒔き編6)


 この点を脇において《付加価値テーゼ》に乗っかって説明するとしても。

 大昔ならともかく、今どきこのような付加価値理解を無邪気に唱えてしまうの、私にはすんなり受け入れられません。

 というのも、この理由付けの前提には「労働者は、会社の歯車として労務を提供するだけ」という《歯車テーゼ》があると思われるからです。
 労働者が一生懸命働いたとて、生み出した付加価値は全て会社に帰属するのであり。その一部を会社から分配していただくだけだと。
 はじめから労働者個人に帰属する付加価値は存在しない、ということが前提とされているわけです。

 とてつもなく穿った見方かと思われるかもしれません。が、「フリーランス」が付加価値の外側にあることと対比するならば、労働者の位置づけは《歯車テーゼ》で説明せざるをえないでしょう。


 しかし、今どきの労働者にこのような《歯車テーゼ》を単純にあてはめてもよいのでしょうか。

 あのアナクロニズムの権化である「所得税法」ですら、「特定支出控除」なるものを認めているところであり(所得税法57条の2)。

No.1415 給与所得者の特定支出控除(国税庁)

 労働者の産み出した付加価値は当然に会社に帰属するといってしまってよいのか、非常に疑問があるわけです(労働基準法でも、管理監督者から始まり、裁量労働制や高プロ制度のようなものが出てきているところ)。

 《付加価値テーゼ》による説明、現代において説得力は弱まっている、と私は思います。


 では、「消費者の消費に課税する」から説明することは可能でしょうか。

 次の事例で、給与等を課税仕入れから除外した場合としなかった場合とを比較してみましょう。

【事例1】(除外する)
 A(給与所得者)
 ↓ 労務の提供 50 (控除できない)
 B(会社・課税事業者)
 ↓ 役務の提供 110
 C(消費者)

【事例2】(除外しない)
 A(給与所得者)
 ↓ 労務の提供 55 (控除できる)
 B(会社・課税事業者)
 ↓ 役務の提供 110
 C(消費者)

 両事例とも、とにかく10がお国に納付されればよいのであり。その過程で誰がいくら納付することになろうが構わないはずです。

 事例1ではBが10納付することになります。
 他方で、事例2ではどうか。Bが5納付し、Aが5納付すればよいわけです。


 問題は、Aに申告義務+納付義務(以下「納税義務」で代表させます)を課せるかという話です。インボイスによって「免税事業者」を炙り出したように、給与所得者も正規の転嫁チェーンに組み込むのかどうか。
 現行法の構造でも、消費税法上の「事業」を給与にまで拡張すれば対応可能でしょう。すでに所得税法の「雑所得」にまで消費税法上の事業概念を拡張しているのであって。「給与所得」にまで拡げるのも解釈の範囲内でしょう。

 所得税 消費税
 事業  事業
 雑   事業
 給与  事業

 が、現状の課税システムのもとにおいて、給与所得者にまで納付義務を課すのはさすがに非現実的、という判断になるのではないでしょうか。

 「現状の」という言い回しをしているのは。
 たとえば、全ての取引は官製ポータルを経由しなければならず、消費税はそこで自動的に徴収・還付されるようなディストピア的な取引世界が実現すれば、給与所得者も転嫁チェーンに組み込んでも問題ないはずです。
 この建付けであれば、国税通則法が想定する「課税資産の譲渡等」ごとに納税義務が成立する、という仕組みにも整合しますし。

納税義務の成立とは何か(その1) 〜国税通則法と消費税法の交錯
納税義務の成立とは何か(その2) 〜国税通則法と消費税法の交錯

 ということで、現時点での現実的な対応としては、給与は課税仕入れから除外することで、すべてBから納付させる、という構成になるのでしょう。課税仕入れから除外しておけば、何かの間違いで《益税ネコババ野郎》が出現することも、根本から断つことができますし。

《免税事業者は消費税をネコババしている》思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編24)

 一応「リバースチャージ方式」でもいけるかと考えてみましたが、「用途区分」によって控除対象外消費税が生じてしまうのがネックです。
 もしくは、Bに所得税の年末調整に加えて消費税の年末調整もさせる、みたいな構想もありえますが、「寝言は寝てからいえ!」と怒られそう。


 ただ、給与を課税仕入れから除外する場合の問題点。

【事例3】
 D(会社・課税事業者)
 ↓ 役務の提供 22 
 A(給与所得者)
 ↓ 労務の提供 50 (控除できない)
 B(会社・課税事業者)
 ↓ 役務の提供 110
 C(消費者)

 たとえば、Aが自己研鑽として、自腹でDのセミナーを受講したとしましょう。
 この場合、Dは2をお国に納付することになるわけですが、Aは自腹であるかぎりこれを控除することができません。
 消費者の消費100に対して、税額が12生じてしまっていることになります(お国が《損税ネコババ野郎》となる)。

 この事態は、Aを「消費者」と同じポジションにおいているという、「免税事業者」が免税事業者のまま転嫁チェーンに闖入した場合と同じ問題が生じているということです(ただし、どの段階で控除不可となるかは異なる)。
 消費税法のスタンスは、歯車にすぎない給与所得者が、労務の提供のために自腹で自己研鑽なんてするはずがない、という決めつけのもとに、課税仕入れから除外してしまっているわけです(このことは、所得税法が「微妙なものはすべて家事費扱い」として、ことごとく必要経費から除外していることと同じスタンスともいえるでしょうか)。

 この問題に対する解決法としては、BがAに支払った給与のうちの一部(10%ではなく1%とか)をBの控除税額とみなすということが考えられます。が、まあ実現されることはないでしょう。


 以上のことから、「なぜ給与は課税仕入れから除外されるのか?」に対する解答として。
 事業性だとか付加価値だとかいった「性質論」から導くのではなく。給与所得者に納税義務を負担させられない(し、税務署側でも捌ききれない)という「現実論」から正当化するのが、筋がよさそうに思えます。

 それゆえ、どういったものが給与に該当するかについても、「やたらめったら納税義務者を増やさない」という観点から検討すればよいことであって。
 現行法が所得税法の規律に完全に乗っかってしまっているのも、ひとつの筋だといえるわけです。ほとんどの給与所得者は「年末調整」のおかげで申告不要とされているのであって。消費税の申告だけはさせようなんて、まあ無茶ですよね。

 最終的に、消費者の消費分の税額がお国に流れてきてくれさえすればよく。その過程で誰がいくら負担することになろうが知ったこっちゃない、という消費税法の「柔軟な」仕組みがあるからこそ、このような選択も許容されると。

 この問題に対し「消費税法上の事業者は所得税法のそれとは違う!」みたいに素っ頓狂なことをいうのだとしたら、的外れも甚だしいわけです。


 なお、「インボイスが導入されたんだから、給与かどうかを判定する意味はなくなった」みたいな、これまた粗忽なご意見を開陳される方もいらっしゃいます。

 が、次のような事例を想定するならば、給与該当性の判定が不要になったなどと、とても言えるものではないことがおわかりになるかと思います。

【事例4】
 A(開業税理士・課税事業者)
 ↓ 役務の提供 110
 B(開業税理士・課税事業者)

 個人の確定申告の時期に、A税理士が「応援」と称してB税理士が顧客から受託した申告業務を手伝ったとしましょう。
 ABとも「事業」という認識のもと、AがBにインボイスを発行した場合に、当然にBは仕入税額控除を取れるでしょうか。

 ここで、顧客から受託したのがBである以上、AはBの「指揮監督」に従って役務の提供をしなければならないのだとすれば、Aの役務の提供は「給与」認定される可能性があります(《付加価値テーゼ》から説明するなら、Aは勝手に独自の付加価値を付与してよいかどうかという問題)。

 事業者がインボイスを発行したからといって、それが当然に「課税仕入れ」になるわけではなく。それとは別に役務の提供が「給与」に該当するかどうかを検討しなければなりません。

 1 給与✕ インボイス◯ ⇒控除可
 2 給与✕ インボイス✕ ⇒控除不可
 3 給与◯ インボイス◯ ⇒控除不可
 4 給与◯ インボイス✕ ⇒控除不可

 なお、A税理士がインボイス登録していなかったとして。8割控除・5割控除が適用できるか否かも、「給与」に該当するかどうかで決せられることになります。
 消費者が自宅を売った場合は、事業者である買手にとっては当然に「課税仕入れ」に該当し、あとは《インボイスいらない特例》が発動されるかどうかが問題になるのに対して。「給与」の場合は、そもそも「課税仕入れ」に該当しないので、《インボイスいらない特例》の適用を検討する余地がない、というところに違いが出てきます。


 このように、現行の消費税法は、仕入税額控除については「形式/実質」どちらも備えていなければならないことになっているのであり。売上側が「実質一元論」により問答無用で課税されるのとは全く異なる規律によっています(このことは、《両輪駆動テーゼ》批判として、本ブログで散々論じてきたところです)。

 似たような問題として、海外事業者が「電気通信利用役務の提供」につき、インボイスを発行してきたからといって当然に「消費者向け」と扱ってよいのではなく。サービスの中身が「事業者向け」ならば、むしろこちらでリバースチャージをしなければならない、というのと同じ話です。

佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)

 私個人としては、インボイスが発行された以上、買手側は税額控除してしまってよく、あとはインボイス発行者とお国とで後始末してもらう、というようにしてもらいたいところですが。まあ無理でしょうね。
 「リファンド方式」が新設されたとて、免税店が最後まで関わらなきゃいけない、みたいな話。

輸出物品販売場制度のリファンド方式への見直し(国税庁)


 以上、実務的には「給与は対象外仕入」といって軽く流せばいいことを。あれこれこねくり回してみただけのお話です。

なぜ通勤手当は非課税所得なのか? 〜さよなら包括的所得概念論
posted by ウロ at 09:38| Comment(0) | 消費税法
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。