2025年04月28日

なぜ通勤手当は非課税所得なのか? 〜さよなら包括的所得概念論

 先日の記事で、「なぜ給与は課税仕入れから除外されるのか?」を検討しました。と同時に、そのバックグランドでは、所得税法における「通勤手当」のポジションについても考えていました。

なぜ給与は課税仕入れから除外されるのか? 〜消費税法の理論構造(種蒔き編60)

 「特定支出控除」について軽く触れたのがその《匂わせ》だったわけですが、今回は正面から検討してみます。
 以下、通勤手当の中身として「公共交通機関」のみを想定します。ので、条文摘示も「公共交通機関」にかかわる箇所のみ抜粋します。


 まず条文から。

法 第九条(非課税所得)
1 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
五 給与所得を有する者で通勤するもの(以下この号において「通勤者」という。)がその通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当(これに類するものを含む。)のうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定めるもの

令 第二十条の二(非課税とされる通勤手当)
 法第九条第一項第五号(非課税所得)に規定する政令で定めるものは、次の各号に掲げる通勤手当(これに類するものを含む。)の区分に応じ当該各号に定める金額に相当する部分とする。
一 通勤のため交通機関又は有料の道路を利用し、かつ、その運賃又は料金(以下この条において「運賃等」という。)を負担することを常例とする者(第四号に規定する者を除く。)が受ける通勤手当(これに類する手当を含む。以下この条において同じ。) その者の通勤に係る運賃、時間、距離等の事情に照らし最も経済的かつ合理的と認められる通常の通勤の経路及び方法による運賃等の額(一月当たりの金額が十五万円を超えるときは、一月当たり十五万円) 


 ご存知、一定の限度額内で「非課税所得」とされています(以下、この範囲内のものを「通勤手当T」といい、超える部分を「通勤手当U」とします)。

  通勤手当T →非課税
  通勤手当U →課税

 が、これは給与所得者にとっての「入口」にすぎません。では「出口」はどうなっているでしょうか。

法 第二十八条(給与所得)
1 給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。
2 給与所得の金額は、その年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とする。


 給与所得は、原則として必要経費の実額控除はせず、「給与所得控除」によって所得マイナスを反映させます。では、この中に「通勤手当」は含まれているのでしょうか。

 もし、非課税通勤手当まで含まれていることにしてしまうと、二重に所得マイナスされていることになってしまいます。

  ・通勤手当T  ←非課税
  ・給与所得控除 ←概算控除

 とすると、給与所得控除には、少なくとも「非課税通勤手当」は含まれないと説明するべきことになるはずです。

  給与所得控除
   非課税通勤手当 ←含まれない
   課税通勤手当  ←?

 では、「課税通勤手当」は給与所得控除に含まれると言ってしまってよいでしょうか。
 このことがわかるのが「特定支出控除」の規定です。

法 第五十七条の二(給与所得者の特定支出の控除の特例)
1 居住者が、各年において特定支出をした場合において、その年中の特定支出の額の合計額が第二十八条第二項(給与所得)に規定する給与所得控除額の二分の一に相当する金額を超えるときは、その年分の同項に規定する給与所得の金額は、同項及び同条第四項の規定にかかわらず、同条第二項の残額からその超える部分の金額を控除した金額とする。
2 前項に規定する特定支出とは、居住者の次に掲げる支出(その支出につきその者に係る第二十八条第一項に規定する給与等の支払をする者(以下この項において「給与等の支払者」という。)により補填される部分があり、かつ、その補填される部分につき所得税が課されない場合における当該補填される部分(略)がある場合における当該支給される部分を除く。)をいう。
一 その者の通勤のために必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のための支出で、その通勤の経路及び方法がその者の通勤に係る運賃、時間、距離その他の事情に照らして最も経済的かつ合理的であることにつき財務省令で定めるところにより給与等の支払者により証明がされたもののうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定める支出

令 第百六十七条の三(給与所得者の特定支出の範囲)
1 法第五十七条の二第二項第一号(給与所得者の特定支出の控除の特例)に規定する政令で定める支出は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める金額に相当する支出(航空機の利用に係るものを除く。)とする。
一 交通機関を利用する場合(第三号に掲げる場合に該当する場合を除く。)
 その年中の運賃及び料金(特別車両料金その他の客室の特別の設備の利用についての料金として財務省令で定めるもの(以下この号において「特別車両料金等」という。)を除く。)の額の合計額(当該合計額が法第五十七条の二第二項第一号の証明がされた経路及び方法による一月当たりの定期乗車券又は定期乗船券の価額(特別車両料金等に係る部分を除く。)の合計額を超えるときは、当該合計額)


 1/2となっているのは、給与所得控除には、必要経費の控除部分とそれ以外の控除部分が含まれている、という趣旨かと思います(それぞれ半分づつという割り切り)。
 で、課税通勤手当の実額を反映してよいことになっているのは、給与所得控除(の必要経費控除部分)には課税通勤手当が含まれている、ということを前提にしているということができます。

  給与所得控除(必要経費控除部分)
   非課税通勤手当 ←含まれない
   課税通勤手当  ←含む


 このように、所得税法は、通勤手当の入口と出口について、
  ・一定限度までは「非課税所得/控除なし」の組み合わせ(ゼロゼロ)
  ・それを超えると「課税所得/控除あり」の組み合わせ(プラスマイナスゼロ)
で対応していることが分かります。いずれにしても、所得が発生しないようにしていると。

 所得税法的には、会社まで出社するのにお金がかかるのは労働者個人の事情にすぎず。「家事費」「家事関連費」の領域として扱われるのが本来の筋になるはずのところ。
 が、諸々の事情を考慮して、筋をまげて所得が発生しないようにしている、というのが、現行の所得税法のスタンスとなっています。


 このことからすると、通勤手当Tにも課税するというのは、所得税法の本来の筋に戻すだけであって。少なくとも理論的には間違った見解ではないことになります。

 が、現行のスタンスを《ベースライン》とするならば、通勤手当Tに課税する場合には、それに見合うだけ給与所得控除を増額しないと割に合わない、ということになります。

 ・通勤手当   ←課税する
 ・給与所得控除 ←控除額増やす
 ・特定支出控除 ←現行のままでも対応可

 さすがに、給与所得者全員に「特定支出控除」の申告をさせるわけにはいかないはずで。まさか「通勤費控除」を新設し、年末調整で反映させようとでもいうのでしょうか(地獄)。


 で、このあたりの話が「消費税法」とどのように繋がってくるかというと。

【事例】
 A(会社)
 ↓ 通勤手当 110
 B(労働者)
 ↓ 通勤費 110
 C(交通機関)

 現行では、「通常必要」の範囲内であるかぎり、限度額を超えてもインボイス無しに仕入税額控除できることになっています。

消令 第四十九条(課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿等の記載事項等)
1 法第三十条第七項に規定する政令で定める場合は、次に掲げる場合とする。
 一 課税仕入れが次に掲げる課税仕入れに該当する場合(法第三十条第七項に規定する帳簿に次に掲げる課税仕入れのいずれかに該当する旨及び当該課税仕入れの相手方の住所又は所在地(国税庁長官が指定する者に係るものを除く。)を記載している場合に限る。)
  ニ イからハまでに掲げるもののほか、請求書等(法第三十条第七項に規定する請求書等をいう。)の交付又は提供を受けることが困難な課税仕入れとして財務省令で定めるもの

消規 第十五条の四(請求書等の交付又は提供を受けることが困難な課税仕入れ)
 令第四十九条第一項第一号ニに規定する財務省令で定める課税仕入れは、次に掲げる課税仕入れとする。
三 事業者がその使用人等で通勤する者(以下この号において「通勤者」という。)に対して支給する所得税法(昭和四十年法律第三十三号)第九条第一項第五号(非課税所得)に規定する通勤手当のうち、通勤者につき通常必要であると認められる部分に係る課税仕入れ

消基通 11−6−5(通常必要であると認められる通勤手当)
 規則第15条の4第3号《請求書等の交付を受けることが困難な課税仕入れ》に規定する「通勤者につき通常必要であると認められる部分」とは、事業者が通勤者に支給する通勤手当が、当該通勤者がその通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用に充てるものとした場合に、その通勤に通常必要であると認められるものをいう。
 したがって、所法令第20条の2各号《非課税とされる通勤手当》に定める金額を超えているかどうかにかかわらないことに留意する。


 結果、Cが10納付し、Aが10控除することになります。Bの立場はいわばパススルーみたいな扱いとなります。

 では、通勤手当を全額課税とした場合はどうなるでしょうか。
 この場合も、《公共交通機関特例》があるおかげで、Cが10納付し、Aが10控除するという結論に変わりはありません。


 つまり消費税法上も、本来の筋からいえば「消費」にすぎないはずの労働者の通勤費を、事業者の事業経費に取り込んで扱っているということです。
 「消費者の消費に課税」という建前からは筋が通りませんが、結論的には妥当なので、誰も文句を言う人はいないでしょう。

 そうすると、通勤手当を全額課税とした場合の問題は、労働者が通勤費110を支払ったのに「給与所得控除」によるかぎり概算分しか控除してもらえないという点に集約されます。
 概算分が多いのか少ないのか、検証のしようはないのですが。少なくとも非課税所得→課税所得に変更しようとする場面で、給与所得控除のほうは据え置きだというならば、その不均衡が際立ってしまうでしょう。

 本来は家事費なんだからしょうがないだろというのか、特定支出控除を活用すればいいだろというのか。
 所得税法・消費税法がいずれも本来の筋から外れているにも関わらず、いまさら「通勤費は家事費」などという建前を強弁するのは筋が悪い。ですし、特定支出控除を活用せよというのも非現実的。

 やはり、「通勤費控除」の創設か(こんなことをするくらいなら、非課税所得のままでいいじゃん、ということで振り出しに戻ります)。


 しかしまあ、「通勤手当に課税する」なんて、《包括的所得概念》からすれば別におかしなことではないわけですよね。
 にも関わらず、我々一般人の《課税され意識》(=それなら課税されても仕方ないかと渋々ながらも受け入れられる意識)には全く馴染まない。

 租税法学者の皆様におかれましては、いい加減《包括的所得概念》のような「さしあたり課税」理論ではなく、我々一般人にも納得感のある所得概念を開発していただくよう、よろしくお願い申し上げます。

『租税法教科書における《帰属所得》の説明は、なぜしっくりこないのか?』
posted by ウロ at 08:28| Comment(0) | 消費税法
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