三木義一「よくわかる税法入門 第19版」(有斐閣2025)
家族手当の支給条件を「税法準拠」としている場合、年末時点で要件満たさなくなったら1年分返す、ということが何の問題意識もなくさらっと記述されていて。
労働法上何かしら問題が生じないだろうか、という予感がするのですが、よく分かっていないので、そのあたりの交通整理をしておきます。
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本論の前に、前提として。議論の土台を限定しておきます。
・「家族手当」と呼びますが、記述が散らかるので「配偶者」のみを念頭におきます。
・虚偽申請による「不正受給」の事案は除外します。あくまでも、受給時点では条件を満たしていた場合を想定します。
・配偶者の収入は「給与」のみとします。また、通勤手当のような「非課税だが社保報酬」はないものとします。
・本人所得は1000万円以下であることを前提に、配偶者の収入・所得のみを動かします。
・令和7年改正が反映された後の状態で考えます(合計所得金額58万円=給与収入123万円)。
なお、労働契約においては、「就業規則に書きさえすればよい」「労働者の同意をもらいさえすればよい」というような《契約の自由》に対しては、大幅な制約がかかっているところです。
そこで、バックグラウンドではこのことを念頭におきつつ、記述をしていきます。
【まずは一周だけしました(当然一周だけでは終われない)】
森田修「「民法と労働法」講義」(有斐閣2025) Amazon
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ということで、本論。
就業規則への記載の仕方として、次の2パターンを想定します。
1 「健康保険法上の被扶養者」
2 「所得税法上の控除対象配偶者」
まず1「健康保険法上の被扶養者」と記載している場合から(ノーマルの130万円前提で)。
【事例1ア】
1月時点で、基本給11万円・期間2年の雇用契約あり。
健保の場合、過去の収入を参考としつつ、先1年の収入の見込みで判定することとされています(ただし、法令ではなく通達による。2026年4月1日より運用変更予定)。
現実に、協会けんぽ・健保組合がどのように判断するかは別として、このルールどおりにあてはめをするならば、将来1年で130万円を超える見込みであることから、1月時点で被扶養者ではないことになります。
よって、1月から家族手当の支給を受けることはできません。
【事例1イ】
アにおいて、12月に労働条件の変更がされ、基本給10万円となった。
この場合は、将来見込みが120万円となり、12月から被扶養者になれるため(アと同様、ルールどおりにあてはめをした場合)、家族手当も12月から支給されることになります。
このように、健保の場合は《先1年要件》となっているため、特に問題は生じなさそうです。
○
問題となるのが、2「所得税法上の控除対象配偶者」と記載している場合です。
【事例2ア】
1月時点で、基本給11万円・期間2年の雇用契約あり。
所得税法では、将来1年ではなく、あくまでも年間の実績により判定します。
そうすると1月時点ではまだ123万円を超えていないので、控除対象配偶者であるといってよさそうです。
それゆえ、1月から家族手当の受給を受けることができると。
なお、「よさそう」などとふんわりした言い回しをしているのは。
所得税法上は、「12/31の現況」によるとされていて。とすると、厳密にいえば、1月時点では控除対象配偶者であるともないとも判断できない、ということになってしまいます。
所得税法 第八十五条(扶養親族等の判定の時期等)
3 第七十九条から前条までの場合において、その者が居住者の老人控除対象配偶者若しくはその他の控除対象配偶者若しくはその他の同一生計配偶者若しくは第八十三条の二第一項(配偶者特別控除)に規定する生計を一にする配偶者又は特定扶養親族、老人扶養親族若しくはその他の控除対象扶養親族若しくはその他の扶養親族に該当するかどうかの判定は、その年十二月三十一日の現況による。ただし、その判定に係る者がその当時既に死亡している場合は、当該死亡の時の現況による。
が、それでは年末になるまで家族手当を支給できないこととなって実態とそぐわない、ので、支給月時点の所得で判定する、とさしあたり理解しておきます。
【事例2イ】
アにおいて、12月まで勤務したので年収132万円となった。
さてこの場合に、遡って1年分返還しなければならないのかと。
就業規則に「所得税法上の控除対象配偶者」とだけ記載されている場合に、『超えたら遡って返還する』という意味が読み取れるのか。
年末の賞与として支給するならともかく。毎月の給与として支給する以上、その月ごとに判定するのではないか。
【事例3ウ】
イで、就業規則に「年の途中で該当しなくなったら当該年分の家族手当を返還せよ」と明記されていた場合はどうか。
書きさえすればよいのか、という話しです。
事後的な事情によって「賃金」を返還しなければならないような規定が、労基法・労契法上有効と扱われるのかどうか。
では、次の事例はどうでしょうか。
【事例2エ】
アにおいて、年末時点で123万円超える見込みだったので申請していなかったが、12月時点で123万円超えなかったため、申請をした。
この場合、支給されるのは12月だけか、遡って1年分支給されるのか。
【事例2オ】
エにおいて、就業規則に「申請月から支給開始する。」と明記していた場合はどうか。
この場合に、遡らないこと自体はよいとして。同時に、ウのように「超えたら返還する」と明記されていた場合、労働者にとって一方的に不利益な内容となっていて、問題はないのか。
・超えたら ⇒遡って当年分返還する。
・超えなかった ⇒遡らず申請時から支給する。
・
さらなる問題が、令和7年のごとく年中に改正が入った場合です。
【事例2カ】
2025年1月時点で、基本給10万円・期間2年の雇用契約あり。この時点では年収見込み120万円となるため申請しなかった。
改正法が施行された12月時点ではじめて、控除対象配偶者に該当することになります。
この場合でも、あくまで「12/31の現況」で判定するとして、1月に遡って支給する必要があるのかどうか。
また、次のパターンも問題になりえます。
【事例2キ】
アで家族手当の支給を受けていたが、6月で本人が退職した。風の噂で、7月以降に配偶者が稼ぎまくっていると聞いた。
この場合、年末時点では控除対象配偶者に該当しなくなっているわけですが、本人退職後でも返還を求めることになるのか。
【事例2ク】
キで、退職時の「誓約書」に、『年末までに超過したら返還する』と明記した場合はどうか。
退職後に(在籍時の)就業規則ルールが及ぶか確実でない、ということで、「誓約書」に明記したパターンです。
これも、書きさえすればいいのか、という問題となります。
・
これらの事例群からすると、どうも「遡らない」ほうがよさそう、と思われるかもしれません。
が、次の事例はどうか。
【事例2ケ】
1月時点で、基本給123万円・期間2年の雇用契約あり。
いきなり極端ですが。
この場合も、1月だけの実際の収入は123万円に収まっています。
だからといって、1月の収入で判定して1月だけ家族手当を支給する、というのもおかしな話しです。とすると、「源泉控除対象配偶者」のごとく、扶養控除等申告書提出時の年間見込みで判断する、とすればよいでしょうか(所基通194・195-3)。
ただし、「源泉控除対象配偶者」をそのまま使ってしまうと160万円までいけてしまうので、書き方に工夫が必要となります。
・
ここまでは「収入(所得)要件」を問題としてきましたが、では次の場合はどうでしょうか。
【事例2コ】
11月まで家族手当の支給を受けていたが、12月に離婚した。
【事例2サ】
11月まで家族手当の支給を受けていなかったが、12月に結婚した。
この場合も「12/31の現況」で判定して、遡り処理する必要があるのでしょうか。
こちらも、ケに書いたとおり「扶養控除等申告書提出時の現況」で判定すれば運用が安定するはずですが、果たして。
・
なお、上記の事例群で、遡り処理をした場合の後始末として。
所得税は「年末調整」で調整してしまうのかもしれませんが、「社保報酬」は遡って修正する必要があるのかどうか。
実際どうするのでしょうか。
○
以上、【事例2】をみるかぎり、「所得税法上の控除対象配偶者」をそのまま採用するのは、かなり無理があるように思えます。
だというのに、「所得税法上の控除対象配偶者」を採用している会社が現実にあるとしたら、実際にどうやって運用しているのか、謎。
「健康保険法上の被扶養者」を採用すれば、該当性判断を(事実上)他の機関に丸投げ出来てしまうわけで。圧倒的に楽だと思うのですが。
・被扶養者: 協会けんぽ、健保組合が事前に判断してくれる。
・控除対象配偶者: 税務署が後からイチャモンつけてくる(扶養是正)。
収入要件の差額も、123万円/130万円まで縮まったことですし。あえて、税法準拠とする理由はない気がします(ただし、通勤手当等の扱いに注意)。
もちろん、お国は家族手当を廃止させたがっているところであり(余計なお世話)。制度を維持するか自体、検討すべきことなのでしょう。
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