通勤手当の非課税限度額の改正について(令和7年11月)国税庁
通勤手当の非課税限度額の引上げについて(平成26年10月)国税庁
「急に改正がきたので」にしては、やたらと充実した『Q&A』が出来上がっていて。
インボイス・定額減税・103万円の壁など、納税者からのお問い合わせに散々リソースを消耗させられてきた運営が、先回りしてきた感があります。
最初に「このQ&Aは、令和7年11月に行われた、通勤手当の非課税限度額の引上げに関する一般的な質問を取りまとめたものです。」とか書いてありますけど。平成26年当時のいにしえの問い合わせを引っ張りだしてきたというよりは、(いい意味で)ヤラセ・捏造の類ではないかと邪推。
《通達行政》どころか《Q&A行政》が、今後も広がっていくのでしょう。
国税庁『Q&A』解釈方法論 序説
さらなる未来予想としては、YouTube動画がアップされていることからも分かるとおり、これまでの《テキスト行政》から《動画行政》に変わっていくことになるでしょうか。
【税務行政の歴史】
通達行政→Q&A行政→動画行政→?
で、『Q&A』の中身を見てみて。これまでの『Q&A』とは異なる新傾向の萌芽を感じられたので、言語化しておきます(なお、《税務お役立ち記事》のような『Q&A』をなぞる系の記事ではないです)。
○
まず前提として。
同じ『Q&A』であっても、納税者vs課税庁の「二者関係」であれば、「差し支えありません」系の回答が多くなりがち。のに対し、今回のように、納税者vs会社vs課税庁の「三者関係」となる場合には、納税者の利益を法令より後退させるわけにはいかない、ということで、必然的に「きちんとやってね」系の回答が多くなります。どんなに「非現実的」と罵られようが、退職者・死亡者に対する処理も「きちんとやってね」と言うしかない(以下、納税者=従業員として記述します)。
一般に「納税者有利なら遡っても構わんよ」などと言われるところですが。この手のことを言う人の中では、「源泉徴収義務者たる会社の事務負担が爆上がりする」といった不利益は眼中にないわけです。
「差し支えありません」が出てくるのは、せいぜい源泉徴収簿の記載方法など、納税者の利益/不利益に一切関わらない箇所ぐらいとなります(Q11)。
《Q&A行政》などと揶揄していますが。本Q&Aに関しては全体として、扱っている内容のおかげで法令に従った慎ましやかな回答におさまっています(インボイスQ&Aの暴れっぷりと対比せよ)。
○
ここまでは、従来の傾向を、そのまま本『Q&A』にあてはめただけです。
で、新傾向の萌芽を感じたのが「Q12」。
Q12
改正前の非課税限度額の範囲内で通勤手当を支給していましたが、今回の改正を踏まえ、令和7年4月1日に遡って改正後の非課税限度額との差額を通勤手当の追加支給として支払った場合、年末調整の際の精算は必要ですか。
A12
既に支払われた通勤手当と追加支給される通勤手当との合計額が改正後の非課税限度額内であれば、その全額が非課税となりますので、年末調整の際の精算など特段の手続は不要です。
これ、(おそらくわざと)ぼやかした書き方になっていますが、就業規則の通勤手当の規定が次のようになっているものを想定しているはずです(以下、就業規則がある会社を前提とします)。
『所得税の非課税限度額まで支給する』
で、このような書き方をしているのであれば、所得税が遡及して改正されたら通勤手当も遡及して追加支給する必要があるだろうと。
が、このような読み方が正しいのかどうか、労働法側で確定した見解があるわけではないと思われます。「労働条件は支給時ごとに確定し、法令の遡りの影響を受けない」という読み方もありえるわけで。
一応、表向きの書き方は、特定の見解を前提としているわけではなく、会社の判断で遡った場合であるかのように読めます。が、実際に追加支給すると判断する会社があるのだとしたら、「遡り説」に基づき追加支給せざるをえないと考えた場合が大半ではないでしょうか(Q6で明示的に改訂していることとの対比でも、そう邪推できる)。
いずれにしても、(税務側では非課税の範囲内ゆえ特段問題とならないが)労務側ではとても微妙なパターンにつき、あえて踏み込んで『Q&A』に掲載してきているわけです。
○
従前であれば、いくら饒舌な『Q&A』であっても、「税務」以外の領域に踏み込まないよう、かなり慎重な記述をしていたはずです(検証する気もありませんが、インボイスQ&Aは、あれだけ大量にあっても税以外の世界に飛び出していないはず)。
ところがこの問12は、「労務」側の領域に踏み込んでいるのではないかと思われます。
「壁」の問題もそうですが、社保・労務と税務とは、あらゆる場面で絡み合っているのが現実なのであって。行政組織の所轄の都合で別々に説明されることによって生じる《運営上の隙間》みたいなものが、あちこちに生じているところ。
こういった隙間を埋めてもらうためにも、各組織間で協力をして足並みを揃えておいてください。
【雁首揃えているが?】
消費税は〈偽装〉法人税? 〜消費税法の理論構造(種蒔き編3)
○
なお、就業規則の規定の仕方として現実に多いのは、上述の
『所得税の非課税限度額まで支給する』
よりは、たとえば、
『55km以上は31,600円支給する』
などと、直接、距離・金額を書き込んでいるもののほうになるでしょうか。
この書き方なら「遡らないので追加支給しない」という結論でよさそうに思えます。が、労働者寄りの読みとして「距離・金額が所得税どおりの数値としているということは、所得税にあわせるという趣旨だ。ゆえに追加支給せよ」などという解釈が出てきてもおかしくないです。
そうすると追加支給を避けたいのであれば、『改正入っても遡って追加支給しないよ』ときちんと明記しておくべきではないでしょうか。
平成26年をくぐり抜けてきた猛者ならば、すでにそのような規定を追記しているのではないかと思いますが、今回の(会社側の)悲劇を繰り返さないためには、就業規則の改訂を検討されたほうがよろしいかと。もちろん、「労働条件の不利益変更」ゆえ合理性審査が入ってきますが。
また、もともと非課税限度額を超えて支給している(ご親切な)会社は、今回の改正の影響をダイレクトに受けるわけですが。
じゃあってことで、「課税→非課税」の遡り修正を回避するために『今後は非課税限度額までしか支給しません』などと変更するのは、もっと合理性審査が厳しくなりそうなので、慎重に検討されたほうがよいかと。
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