2026年06月17日

「保育料は必要経費か」はどのように判断すればよいか?(続) 〜《規範の学》としての法学の有用性

 前回の記事、あたかも「規範」というものが役に立たないかのようなニュアンスとなってしまったかもしれません。

「保育料は必要経費か」はどのように判断すればよいか? 〜《規範の学》としての法学の有用性

 が、それは正確ではなく。
 ということで、今回は「規範」擁護のフォロー記事となります。


 今回も、刑法学上の議論を参照します。

 「因果関係」をめぐる議論の流れについて、とてつもなくカリカチュアすると次のような感じかと。

【因果関係論】
・かつての学説は、相当因果関係説内部での内ゲバ(折衷説対客観説)。
・判例は、学説ガン無視で危険の現実化で判断するようになった。
・いつの間にやら学説も、危険の現実化を判断するための下位基準の開発競争に興ずるようになった。

橋爪隆「刑法総論の悩みどころ」(有斐閣2020)

【なお主観説】
辰井聡子「因果関係論」(有斐閣2006)

 これに対する私の見立て。

【大きな規範から小さな規範へ】
・「相当因果関係」のような大きな規範では、複雑化した現代社会において、あらゆる「因果関係」を判定することはもはや不可能になってしまった。
・そこで、大きな規範としては「危険の現実化」のようなざっくりとした規範だけを掲げておく。
・実際の判定は、射程の狭い下位基準によってコントロールする。
・下位基準は、大きな規範から演繹的に導くのではなく。射程内の事例群を適切に差配できるかどうかで帰納的に導く。
・最後、結論のところだけ、危険が現実化している/していないと表現する。

 「規範」というものが全くの無用になったわけではなく。大きな規範では小回りがきかないので、小さな規範に重心が移った、と理解するのが適切かと思います。

 この2つのタイプの規範については、
 ・大きい規範/小さい規範
 ・上位規範/下位規範
 ・一般規範/個別規範
 ・一般命題/個別命題
 ・上位基準/下位基準
 ・大きいナラティブ/小さいナラティブ
 ・大きいモチーフ/小さいモチーフ
など、様々なネーミングが可能かと思いますが、文脈にあわせた使い分けになるでしょうか。

 ちなみに、白石忠志先生が最近出版された新書の「第4章 裁判所の判決を読む」でも、判決で示されている規範の中には、一般的な規範と個別的な規範がある、といった趣旨のことが書かれていました。

白石忠志「法律の読み方がわかる本」(筑摩書房2026)

白石忠志「技術と競争の法的構造」(有斐閣1994)


 さて、話を戻して。
 これを所得税法における「必要経費性」の文脈にもってくるとどうなるかというと。

・複雑化した現代社会では、《直接・関連・通常・客観》などといったレトリックを用いた「大きい規範」によって、仕事とプライベートの境目を切り分けることはもはや困難。
・そこで、上位規範レベルでは(危険の現実化的な)緩やかな命題だけを定立しておく。
・そして、射程内の事例群の必要経費性を適切に差配できる下位規範を開発する。

 このように構成することができます。

 で、まず「キャバクラが必要経費なら保育料も必要経費」式の《キャバクラテーゼ》は、全く異なるカテゴリに属する事例であるため、論証としては成り立ちえません。
 もし《キャバクラテーゼ》が論証として成立するというならば、「消しゴムが必要経費になるのに保育料が必要経費にならないのはおかしい」などという《消しゴムテーゼ》も成立することになってしまいます。

 しかしまあ、《消しゴム》なら変だと気づくのに、《キャバクラ》だと鵜呑みにしてしまう人が現れるのは、大変に興味深いところ。
 それだけ、《キャバクラ》というレトリックが、人心を惑わすのに極めて有効であり。かつ、まともな大人は、自説の根拠がどれだけ乏しかろうとも《キャバクラテーゼ》には決して手を染めてはいけない、ということかと思います。


 ということで、同じカテゴリに属する事例を掲げる必要があるとして、
  ア 子育て事例
  イ 介護事例 
  ウ 積ガンプラ事例 
  エ 究極カレー事例 
といった事例を提示しました。

 これらはいずれも『家事時間を業務時間に転換する支出』というカテゴリに属する事例群として、括ることができるものです。
 が、イはともかく、ウエが必要経費になってしまうのは妥当ではありません。

 また、「反対」のカテゴリに属するものとして、
  オ 新幹線事例 
  カ AI事例
といった事例を提示しました。
 これらはいずれも『業務時間を家事時間に転換する支出』というカテゴリに属するものとして括ることができるものです。

 そして、『家事⇒業務転換支出』を必要経費性を肯定するための下位規範として承認してしまうと、その反対である『業務⇒家事転換支出』の必要経費性を否定しなければならなくなってしまい、妥当ではありません。

 以上より、保育料が『家事時間を業務時間に転換する支出』というカテゴリに属することを理由に必要経費性を肯定するのは、妥当でないということになります(下位規範の開発失敗)。


 もちろん、保育料が、他に必要経費性を肯定するのが妥当なカテゴリに属していることを説明できれば、必要経費性を根拠づけることは可能です。

 が残念ながら、そのようなカテゴリ、私には思いつきませんでした。
 し、(私の観測するかぎり)肯定したい側の方々も《上位規範直結型》の論証ばかりで、下位規範の開発がなされていないように思います(下手すると、「直接性」を不要とすれば直ちに必要経費性が認められる的なノリのものも)。
posted by ウロ at 13:10| Comment(0) | 所得税法
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。