2026年06月22日

通勤手当は「給与」か。 〜所得税法と消費税法の交錯

 答え:給与です(ただし所得税非課税、消費税課税仕入)、おしまい。
 ということが言いたいわけではなく。

 消費税法における通勤手当の扱いで、いまいち引っかかるところがあったので、整理しておこうかと。
 このあたりについては、すでに2つ記事を書いているので、そこでの整理を前提として、以下進めます。

なぜ給与は課税仕入れから除外されるのか? 〜消費税法の理論構造(種蒔き編60)
なぜ通勤手当は非課税所得なのか? 〜さよなら包括的所得概念論


 何が引っかかるかというと。

 まず、所得税法の側から。

所得税法 第二十八条(給与所得)
1 給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。

所得税法 第九条(非課税所得)
1 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
五 給与所得を有する者で通勤するもの(以下この号において「通勤者」という。)がその通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用(自動車その他の交通用具の駐車のための施設の利用のために支出する費用を含む。)に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当(これに類するものを含む。)のうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定めるもの

所得税法施行令 第二十条の二(非課税とされる通勤手当)
 法第九条第一項第五号(非課税所得)に規定する政令で定めるものは、次の各号に掲げる通勤手当(これに類するものを含む。)の区分に応じ当該各号に定める金額に相当する部分とする。
一 通勤のため交通機関又は有料の道路を利用し、かつ、その運賃又は料金(以下この条において「運賃等」という。)を負担することを常例とする者(第五号及び第六号に規定する者を除く。)が受ける通勤手当(これに類する手当を含む。以下この条において同じ。) その者の通勤に係る運賃、時間、距離等の事情に照らし最も経済的かつ合理的と認められる通常の通勤の経路及び方法による運賃等の額(一月当たりの金額が十五万円を超えるときは、一月当たり十五万円)


 「通勤手当は実費弁償だから課税されない」と説明されがちですが。
 現行法上はあくまでも「給与等」に含まれるとしたうえで、一定限度額の範囲で「非課税」として頂いている、という建付けになっています(以下、給与等の「等」は省略します)。

 そして、「非課税限度額」を超えたら当然に給与課税されることになっています。
 これは、「あくまでも通勤手当は給与に該当するが、非課税限度額までは課税しない」からであって。「一定額までは給与ではないが、超えた途端にいきなり給与になる」などということではないわけです。
 法28条1項にいう「給与」は、あくまでもその「性質」によって判定することになっています。もし、「一定額を超えたら給与とみなす」というのであれば、現行法とは逆に《みなし給与規定》が必要となるはずです。

 この、通勤手当が給与に含まれることの《理屈》。
 雇用契約における労務提供義務は「持参債務」であり、会社に来るまでは「家事」の領域。会社に来てからが「業務」の領域、ということになっています。ので、通勤手当は会社の業務に対する費用そのものではなく、従業員の家事費を給与とあわせて支給してあげただけだろうと。

 ただ、給与課税してしまうとシンプルに「可哀そう」なので、一定限度額までは非課税と扱ってくれているわけです。
 「本来的に業務費用」だというならば、わざわざ「非課税規定」を設ける必要もなく。仕事で使う「ボールペン」を従業員が買ってきた場合の扱いについて、所得税法に非課税規定が用意されていないのは、仕事で使うボールペン代は当然に給与ではないから、わざわざ非課税規定を設ける必要がないからです。

 また、「本来的に業務費用」だというならば、「非課税限度額」があるのもおかしいことになってしまいます。「静岡駅までは業務の領域だが、掛川駅以降は家事の領域」なんてことはありえないわけです(15万円ラインは大体です)。
 自宅から会社までの通勤費としての「性質」は、通勤途中で変わりようがありません。

 本来的に家事の領域に属するものを、親切で一定範囲課税しない扱いにして頂いている、というのが、現行所得税法の建付けに、適合的な理解かと思います。


 なお、課税されないという結論が同じなら、「給与じゃないから課税されない」なのか「給与だけど非課税」なのかで区別する必要ないのでは、と思われるかもしれません。

 が、たとえば「賃上げ税制」では、(給与課税されるかどうかではなく)給与に該当するかどうかで集計の対象となるかどうかが決まることになっています。

措置法 第四十二条の十二の五(給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)
4 この条において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
三 給与等 所得税法第二十八条第一項に規定する給与等をいう。


 それゆえ、この違いは常に意識しておく必要があります(ただし措通42の12の5-1の4)。


 さて、所得税法における通勤手当の扱いを念頭に、消費税法での通勤手当の扱いをみてみましょう。

消費税法 第二条(定義)
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
十二 課税仕入れ 事業者が、事業として他の者から資産を譲り受け、若しくは借り受け、又は役務の提供(所得税法第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等を対価とする役務の提供を除く。)を受けること(当該他の者が事業として当該資産を譲り渡し、若しくは貸し付け、又は当該役務の提供をしたとした場合に課税資産の譲渡等に該当することとなるもので、第七条第一項各号に掲げる資産の譲渡等に該当するもの及び第八条第一項その他の法律又は条約の規定により消費税が免除されるもの以外のものに限る。)をいう。


 課税仕入れから「給与」は除外すると。
 この「給与」については所得税法28条からお借りしており、上記の所得税法の建付けを前提とすると、通勤手当も課税仕入れからは除外されてしまうように読めます。

 ところが、通勤手当は(インボイスなしに)仕入税額控除できることとされています。
 この点に関する規定は次の通り。

消費税法 第三十条(仕入れに係る消費税額の控除)
7 第一項の規定は、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿及び請求書等(請求書等の交付を受けることが困難である場合、特定課税仕入れに係るものである場合その他の政令で定める場合における当該課税仕入れ等の税額については、帳簿)を保存しない場合には、当該保存がない課税仕入れ、特定課税仕入れ又は課税貨物に係る課税仕入れ等の税額については、適用しない。

消費税法施行令 第四十九条(課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿等の記載事項等)
1 法第三十条第七項に規定する政令で定める場合は、次に掲げる場合とする。
一 課税仕入れが次に掲げる課税仕入れに該当する場合(法第三十条第七項に規定する帳簿に次に掲げる課税仕入れのいずれかに該当する旨及び当該課税仕入れの相手方の住所又は所在地(国税庁長官が指定する者に係るものを除く。)を記載している場合に限る。)
ニ イからハまでに掲げるもののほか、請求書等(法第三十条第七項に規定する請求書等をいう。)の交付又は提供を受けることが困難な課税仕入れとして財務省令で定めるもの

消費税法施行規則 第十五条の四(請求書等の交付又は提供を受けることが困難な課税仕入れ)
 令第四十九条第一項第一号ニに規定する財務省令で定める課税仕入れは、次に掲げる課税仕入れとする。
三 事業者がその使用人等で通勤する者(以下この号において「通勤者」という。)に対して支給する所得税法(昭和四十年法律第三十三号)第九条第一項第五号(非課税所得)に規定する通勤手当のうち、通勤者につき通常必要であると認められる部分に係る課税仕入れ


 省令の書きぶりを見るかぎり、通勤手当は「課税仕入れ」に含まれていることを前提しているように読めます。決して課税仕入れでないものを課税仕入れと見なしているわけではなく。

 これがたとえば「消費者」からの仕入れであれば、「課税仕入れの定義には含めたうえで、インボイスがもらえないから控除できない。インボイスいらない特例があれば控除できる。」という建付けになっています。が、給与(通勤手当含む)の場合はそもそも課税仕入れから除外されてしまっています。
 それゆえ、何をどう頑張っても通勤手当は課税仕入れにはなりようがありません。

 このままでは所得税法と消費税法が矛盾していることになってしまいます。
  所得税法:通勤手当は給与に含まれる(が非課税規定により課税されない)
  消費税法:通勤手当は給与に含まれない(から課税仕入れに該当する)

 このパズル、解決することは可能かどうか。


 まず、消費税法2条1項12号の書きぶり。

 所得税法第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等を対価とする役務の提供を除く。

 ここでは「給与等を除く」ではなく、「給与等を対価とする役務の提供を除く」と、持って回った表現をしています。
 他方で、所得税法28条1項の書きぶり。

 給与等に係る所得

 この書きぶりの違いから、通勤手当は「給与に係る所得」ではあるが「給与を対価とする役務の提供」には該当しない、と説明することができれば、両法を整合させることができます。

 給与等に係る所得
  ・給与等を対価とする役務の提供 ⇒基本給など
  ・それ以外 ⇒通勤手当など

 もちろん、かなりのトリッキーな遣り口であり。所得税法と消費税法を整合的に説明するためだけの、無理やり過ぎる手口にすぎません。

 では、具体的にどう説明するか、というところで、どうにも説明の仕方が思いつきませんでした。
 本来であれば『給与(通勤手当は除く)は除く』と二重除外(いわゆるジョジョ)で規定すべきところを、どうにかして書きぶりの違いだけから同じ帰結を導くの、無茶な気がします。

 「消費税法の給与、所得税法からお借りしているけれども、所得税法とは違って通勤手当は含まない」などと、《反制定法的解釈》をカマさなければならないでしょうか。

「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)


 なお、上記フリマ記事からも分かることですが。

 消費税法、事業の世界と消費(事業以外)の世界にレイヤーを分けて、事業から消費に移行したところで税負担を発生させる、というのが《基本コンセプト》となっています。それゆえ、消費から事業に移行した場合には税をお戻しすることとしていると(条文に忠実に表現するなら「事業以外」と記述するのが正確ですが、イメージしやすいように「消費」といいかえます)。

 ところが、条文上は「適格請求書発行事業者以外の者」かどうかを古物商特例の適用要件としてしまっています。が、これでは事業の世界と消費の世界の切り分けとしては不適切です。
 個人の場合には、たとえインボイス登録していたとしても「事業者」として取引する場合もあれば「消費者」として取引する場合もある、ということに、まるで思いが至っていないわけです。

 また、本論点についても、所得税法にいう給与等の中には、純然たる労務提供の対価もあればフリンジ・ベネフィットもある、ということを無視して、給与等をまるごと課税仕入から除外してしまっているわけです。

 上記の《基本コンセプト》からすれば、事業と消費の領域の切り分けのところは制度の根幹であって。相当に神経を使わなければならないはずなのですが。
 消費税法、率直にいってあまりにもガサツ過ぎます。


 話を戻して。仮に、どうにか文言上の整合性は取れたとして。
 そもそも、通勤手当が仕入税額控除できる実質的な根拠は何なのでしょうか。

 下記質疑応答事例によると、あたかも通勤手当が(住居手当との対比で)「事業者の事業の遂行上直接必要」であるかのように読めます。

通勤手当、住居手当(質疑応答事例)

 が、これは前述した民法や所得税法の建付けと矛盾しています。これはあくまでも、住居手当の仕入税額控除を否定するためだけの理由づけと理解すべきでしょうか。

 また、よく誤解されがちですが、通勤手当にかかるインボイスは、「交通機関」からもらう必要があるのではなく、「従業員」からもらう必要があることになっています。が、従業員からはインボイスをもらうことはできないため、《インボイスいらない特例》によりインボイス不要とされているわけです(下記Q&Aはそのことを前提とした問い)。

問 108(通勤手当)

 わざわざ「公共交通機関特例」とは別口で特例が用意されているのは、インボイスをもらうべき相手がズレている(ことと業務費用かどうかが違う)からです。


 で、なぜ(インボイス無しでも)仕入税額控除してよいか、ですが。

 本来であれば、通勤費は従業員にとっての「消費」であって。従業員が通勤費にかかる消費税を最終負担するのが筋です。が、事業者が通勤手当として支給することで、消費の世界から事業の世界に再度引き戻した、ということができます。
 とすると、一度従業員が負担した消費税を、お戻ししてあげる必要がでてきます。

 この仕組み、「古物商特例」が消費者からの買取にインボイスなしで仕入税額控除できることと同じです。消費者から買取をしたことで消費の世界から事業の世界に戻ってきたので、消費税をお戻しすると。

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)

 消費税法では、所得税法の「非課税限度額」を超える/超えないにかかわらず仕入税額控除の対象としているのも(消基通11-6-5)、所得税が課税されているかどうかにかかわらず、消費したとして課税した分は、当然にお戻ししなければならないからです。
(これを所得税法側から表現すると、消費税法で仕入税額控除を取れたとしても、非課税限度額を超えた部分は消費税込の金額で給与課税されたまま、ということになります。)

 消費税法の仕組みが、《事業⇒消費》のところで税負担を発生させる(《消費⇒事業》のところで税還付する)となっていることから、通勤費についても消費税をお戻しする(仕入税額控除を認める)必要があることになります。
 他方で、「給与を対価とする役務の提供」についてはこのような必要はなく。下記記事で述べた通り「ある種の」リバースチャージ方式(売上も仕入もなかったものとする)として、はじめから課税関係を生じさせないこととしていると。

なぜ給与は課税仕入れから除外されるのか? 〜消費税法の理論構造(種蒔き編60)

 このような実質の違いが、対象外仕入となる給与と課税仕入となる通勤手当との分水嶺となるはずなのですが。残念ながら、このことを《文理解釈》として導くことが難解なわけです。


 以上、所得税法と消費税法、それぞれの建付けを正確に理解するのは難解であり。かつ、真面目に考えたところでそれほど益があるとも思えません。

 ということで、たとえ矛盾していようが、
  ・通勤手当は実費弁償だから課税されない
  ・通勤手当は給与じゃないから仕入税額控除できる
という程度の理解にとどめておいても、まあいいんじゃないですかね。
posted by ウロ at 11:45| Comment(0) | 消費税法
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