2026年06月23日

役員に対する通勤手当は「給与」か。 〜所得税法と民法の交錯

 前回の記事を書きながら、バックグラウンドで嫌な感じがしていました。

通勤手当は「給与」か。 〜所得税法と消費税法の交錯

 従業員はさておき、「役員」にとって通勤手当は給与なのだろうかと。
 これの何が「嫌な感じ」なのか、以下、敷衍します。


 役員給与(役員報酬)、《法人税法》の世界では損金算入制限ルールによりガチガチに固められているところです。

 他方で、《所得税法》の世界では、ざっくりと従業員給与と同じ「給与所得」の括りで扱われてしまっています(ただし、学資金や社宅などのフリンジ・ベネフィット周りで異なる扱いがされている)。

 前回記事では、労務提供義務は「持参債務」だから、通勤手当は給与に含まれるが非課税となる、と説明しました。他方で、消費税法では通勤手当も給与のはずなのに課税仕入れとして扱われており。そのことの文理上の説明が困難だと記述しました。


 さて、ここで疑問に思ったこと。
 役員に支給する通勤手当は、従業員に対するそれと同じ扱いなのだろうかと(語感はおかしいものの、役員に対するものも「通勤手当(通勤費)」と呼称します)。

 というのも、「雇用契約」における労務提供義務が持参債務であることについては、明確に言われているのに対し。「委任契約」における事務処理義務が持参債務かどうかは、明示的に示されていないように思われます(「取りこぼしなく、網羅的に地の足をついた議論をする」ということをサボりがちなのが、《法学》という学問の特徴。特定の論点に偏りがち)。

 考えてみるに。
 雇用契約は「とにかく会社まで来い。そこから指揮監督のもと労務提供してもらう。」というコンセプトなのに対して。委任契約の場合は、善管注意義務に従いつつ、最大限のパフォーマンスを発揮することが求められているのであり、必ずしも履行場所を特定する必然性はありません。
 それゆえ、会社に行くことが当然に「委任の本旨」に組み込まれている、ということはできないでしょう。

民法 第六百四十四条(受任者の注意義務)
 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。


 とすると、雇用契約における労務提供義務が持参債務だからといって、委任契約でも同様に事務処理義務が持参債務だと決定することはできないように思われます。
(なお、本記事でいう《持参債務/非持参債務》というのは、「債務の本質論」みたいなものを展開しているのではなく。履行場所まで行くことは債務者・債権者いずれの「費用負担」とするのがデフォルトか、を表す記号として用いています。ちなみに、「取立債務」を使わないのはなんとなくの違和感からです。)


 委任に関する事務処理費用についての規定としては、民法650条があります。

民法 第六百五十条(受任者による費用等の償還請求等)
1 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる。
2 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、自己に代わってその弁済をすることを請求することができる。この場合において、その債務が弁済期にないときは、委任者に対し、相当の担保を供させることができる。
3 受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することができる。


 この規定だけでははっきりしないものの。
 委任事務を処理する上で会社まで行く必要があるのであれば、役員は同条に基づき会社に通勤費を請求できるのは確かです。ここから、事務処理義務のデフォルトは「非持参債務」であって、役員にとっての通勤費は、役員賞与ではなく「実費弁償」に該当すると捉えることができそうです。


 では、事務処理義務が「持参債務ではない」と法性決定できたとして、税法上はどういう違いがあるでしょうか。

・所得税が課税されるか(所得税法)
  持参債務 給与だが非課税(非課税限度額あり) △
  非持参債務 給与じゃないから対象外 ◯

・課税仕入か(消費税法)
  持参債務 給与だけどなぜか課税仕入 ◯
  非持参債務 給与じゃないから当然に課税仕入 ◯

・賃上げ税制(租税特別措置法)
  持参債務 役員だから対象外 ×
  非持参債務 役員だから対象外 ×

 結論の違いは、所得税の「非課税限度額」があるかどうかのところだけです。
 役員の通勤費が「実費弁償」なのであれば、非課税限度額を超えた遠隔地から会社にかよった場合でも、全額所得から除外されることになるはずです(もちろん何の必要もないのに会社にいく、などという場合は別)。

 文理解釈としても、所得税法9条1項5号には「通勤」と書いてあるのであり。役員が会社に行くことは「通勤」ではないことから、同規定は適用されない、と解することができます(当記事で「通勤」と記述しているのは、あくまでも便宜的)。

 一般的な通念とは異なるものの。雇用契約/委任契約の違いに着目するならば、このような理解に思い至るのではないでしょうか。

 もちろん、こんなものは畢竟独自の珍説であり。役員報酬が(委任契約に基づくものでありながら)所得税法の世界で「給与所得」扱いされてしまった時点で、雇用契約/委任契約の違いを軸とする立論は成り立ちえない、と言われてしまえばそれまでの話です。


 まあ、税法についてはこの程度の違いしかない、といって差し支えないかと思います。
 問題は社保の報酬に該当するかどうかです。

 もし、通勤手当が社保の報酬に該当する理由が、「持参債務」であることを根拠としているのであれば、役員に対する通勤手当は報酬から除外しなければならないことになります。

 なのですが、社保の報酬該当性については、所得税法における所得該当性の比じゃないくらい、見通しの悪いルールにより運用されているように思えます(税理士から見て、ですが)。
 ので、ここではあくまでも問題提起にとどめ、これ以上は何も触れないこととします(おそらく社保も、従業員給与と同じ報酬扱いされた時点で、終わっている)。
posted by ウロ at 09:34| Comment(0) | 所得税法
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