2026年06月24日

『僕らは給与所得に該当するかどうかを《雰囲気》で決めている。』

 《雰囲気》という表現が不穏当だというならば、《社会通念》と言い換えてもよいです。


 前回の記事では、『会社と役員の契約関係は「委任」である』という契約カテゴリをゴリ押しすると、所得税法上どうなるか、というお話しを展開しました(私法従属アプローチ)。

役員に対する通勤手当は「給与」か。 〜所得税法と民法の交錯

 結果、役員の通勤手当には非課税限度額が適用されないなど、現行の課税実務の扱いとは異なる帰結となってしまいました。

 もちろん、こんなものを裁判で争ったところで「100%納税者敗訴」となるに決まっています。とはいえ、裁判所がどんな「理屈」で現行の扱いを正当化するのかは興味があるところ。
 ので、どなたかお暇な役員の方は、非課税限度額を超えた額を給与所得に含めて確定申告したうえで更正の請求をする、というルートで最後まで暴れまわってください。

 前回の記事の裏テーマとして。
 借用概念論では散々と「私法と同じに解せば法的安定性が確保できる」などと私法従属のメリットをアピールするくせに、それ以外の場面では私法従属にあまり興味を持たないという、《論点縦割り思考》を暗に揶揄する記事でもありました。
 「会社・役員間の契約関係は委任」という私法のルールを、なぜガン無視するのかよと。

 そう解さざるをえない事情があるわけですが、その前に「撒き餌」を。


 まず、給与所得該当性に関する、お馴染み最高裁の規範。

最高裁昭和56年4月24日判決(弁護士顧問料事件)
「すなわち、事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかか重視されなければならない。」

 そして、司法改革に巻き込まれて翻弄されまくった、「司法修習生」に対する支給について。

  ア 給費制 →給与所得
  イ 貸与制 →対象外
  ウ 給付制 →雑所得

 最高裁と司法修習生の法的関係、どう捉えるかは議論の余地があるとはいえ。少なくとも、アイウで支給制度が変わるごとに何かが変わったなどということはないはずです。
 のに、特にア・ウの「むかし給与所得、いま雑所得」に変遷したところなど、まるで意味不明です。

 アの給費、上記最高裁(司法)の規範をどう当てはめれば「給与所得」になるのか。
 司法修習生が、最高裁(行政)の「言いなり」にならざるをえないのが現実だとして、そのことをもって指揮命令や空間的・時間的拘束があるとはいえるものの。言い成りが労務の提供に該当し、その対価として給費をもらっている、などという関係にはないでしょう。
 上記規範は、事業所得との区別をするときにしか使えない、射程の極めて狭い規範なんでしょうか。

 仮にそのような対価関係があるのだとして。
 ではなぜ今は「雑所得」になってしまったのか、ということの説明が不能です。正しくは「雑所得」だったので修正してほしかったのだが、残念ながら貸与制が挟まっているうちに時効にかかってしまいました、とでもいうことか(あるいは信義則的な考慮)。

 司法修習生を引き合いに出してしまって申し訳ないとは思いつつ。「給与所得に該当するかどうかを雰囲気で決めている」の代表例として、あまりにも適切すぎたので、ここに挙げさせていただきました。


 で、本論の会社役員。

 会社法上、はっきりと「委任」だと書いてあるわけです。

会社法 第三百三十条(株式会社と役員等との関係)
 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。


 にもかかわらず、当然のように役員報酬は「給与所得」として扱われています。会社役員についても、最高裁の規範からどうやって給与所得にもっていけるのかが不明です。

 では、なぜ従業員給与と同じ給与所得扱いされているのか。これは所得分類において「役員報酬」の置き場がないからだと思われます。
 もちろん、どの所得分類にも当てはまらなければ「雑所得」として扱われます(バスケット・カテゴリー)。ここでいう「置き場がない」というのは、どこにも当てはまらないという意味ではなく。役員報酬に「ちょうどいい」カテゴリがない、という意味です。

 そもそも会社役員といっても、「雇われ社長」のような従属性ありまくりの人から、「ワンマン社長」のような独立性ありまくりの人までいるわけです。これを一律にどこか特定の所得分類に押し込めるの、無理があるはずです。

 のに、課税実務では、一律に給与所得扱いされているところ。で、特に異論もなさそうです。
 これはなぜか。控除面については「給与所得控除」が適切だと考えられているからなのでしょう。必要経費控除はふさわしくないんだと。

 ここから分かる、所得分類の判定について重要視されていること。
 上記最高裁判決のごとく、指揮命令云々ということではなく。結局のところ、「どのような控除がふさわしいか」という点なのではないでしょうか。弁護士顧問料事件判決も、要するに「給与所得控除使うの許さん。」ということでしょうし。
 各種の《規範レトリック》は単なる後付け。

 司法修習生の受ける給付が給与所得から雑所得に鞍替えしたのも。決して何か性質の変化があったというわけではなく。
 「なんか給与所得控除受けられるのおかしくね?」程度の、(偉い人の)お気持ちの変化があったからではないかと(もちろん、こんなものは単なる邪推ですけど、それぐらいの暴論でなければ給与所得から雑所得への鞍替えを、説明することはできそうもない)。

 ちなみに、雑所得であっても必要経費控除ができることにはなっていますが、現実には引けるものがない、というのが最高裁(行政)及び最高裁(司法)の見解(厳密には、上告不受理なので明示はされていませんが、司法側が行政側と違う見解を出すことは期待できない)。


 先日の「必要経費性」について論じた記事では、「上位規範」によって必要経費性の判定をコントロールするのを諦めて、事例群ごとの「下位規範」によりコントロールすべきでは、ということを論じました。

「保育料は必要経費か」はどのように判断すればよいか? 〜《規範の学》としての法学の有用性
「保育料は必要経費か」はどのように判断すればよいか?(続) 〜《規範の学》としての法学の有用性

 「給与所得」該当性についても同じで。
 最高裁の定立したようなリジッドな規範では、給与所得とすべき場合を網羅しきれないわけです。

  ア 使用者の指揮命令下にある、古典的な労働者
  イ 会社役員、執行役員(委任型)、管理監督者、高プロ適用の労働者など
  ウ 指揮命令下にあるというのに、労務の提供をしているわけではない司法修習生(旧)
  エ ・・・

 上位規範としてはこれら事例群を包含した緩い規範だけを定立しておいて。あとは事例群ごとの下位規範を定立する、という遣り口でいくのが適切ではないか。
 というのが私の問題意識です。
posted by ウロ at 10:56| Comment(0) | 所得税法
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