2024年09月16日

『租税法教科書における《帰属所得》の説明は、なぜしっくりこないのか?』

 こんな疑問抱いているの、私だけなんですかね。
 言わんとすることは分かるけども、どうにも腑に落ちない状態。

所得税法における「総論・各論問題」について

 いくつかの教科書を読んでいるうちに、どうも要因が分かった気がするので、以下整理してみます。
 ただし、あくまでも「帰属所得の説明が分かりにくい要因が分かった」であって。「帰属所得が分かった!」ではありません。

 なお本記事、もともとは、とある租税法教科書の書評記事の中で展開しようとしていたものでした。が、あまりにも当該教科書の内容からはかけ離れてしまったため、独立して記事化することにしました。
 当該教科書の書評記事は、中身がほとんど無くなってしまったので、しばらく寝かせることになりそうです。


 以下、箇条書きで。

・まず、おなじみサイモンズの定式として《所得=純資産の増加+消費》がご紹介される。

・右辺に《消費》とあるが、消費そのものに課税するという趣旨ではなく。資産の減少をもたらす消費を足し戻した状態の、純資産の増加に課税するものである。例えていうなら、生前贈与を相続財産に足し戻して課税するみたいなもの。
 なので、「消費型所得概念」を(も)採用しているのではなく。あくまでも、「取得型所得概念(純資産増加説)」の枠組みの中にとどまるものである。ひとつの税目で消費型と取得型を併用するなんて、さすがにご都合主義すぎるでしょうよ。

・ところが、《帰属所得》を論ずる段階になると、「帰属所得は消費だから本来課税すべきもの」と、消費であるという、ただそれだけの理由で課税してよいような書きぶりに変貌する。
 純資産増加説からすれば、資産の減少をもたらす消費(α)だけが課税すべきものであるのに、無限定にすべての消費(+β)に課税してよいかのような論述にすり替わる。

 純資産増加説: 所得=純資産の増加 +消費α
 帰属所得:   消費(α+β)なので課税すべき

・では、大多数の教科書が、ウブな学習者向けに《叙述トリック》をかましているのかというと、そういうことではなく。
 帰属所得においては「効用が生ずると同時にそれを消費している」というプロセスを経由しているにもかかわらず。前半を省略して、単に「消費している」としか記述しないせいで、すり替えているとの誤解が生じてしまっている。

 × 消費したから課税する。
 ◯ 効用が生じたから課税する。消費によるマイナスは足し戻す。

・そもそも、「消費」などという日常用語っぽいものだというのに、厳密な定義(あるいは内包と外延)を記述してくれていない。
 たとえば、帰属所得の例として「帰属家賃」は必ずでてくるが、「帰属地代」だとどうなるのか。消費税法上は「土地は消費されない。」とかいう理由で非課税扱いだが、所得税(法)の世界では、土地も「消費」できるということでよいのか。

・消費の直前に効用が生じているということで、《定式》上の説明はできるものの。
 外部からの収入という確固たる純資産の増加が生じるものと比較して、消費する直前にいきなり生ずるだけの効用が、課税に値するものなのかどうか、その論証が別途必要ではないか。
 「消費だから本来課税すべきだが、便宜的に課税していない」とか、「消費している以上、課税すべき効用が先行しているはず」というのは、ただの結論先取りであり。帰属所得における効用それ自体が課税に値するものかを、先に論じる必要があるはず。

・持ち家と賃貸を比較して、「持ち家が帰属所得の分だけ有利だから、帰属所得に課税すべき。」といったことが言われるが(厳密には「賃借」ですが慣用に合わせます)。両者の違いは「持っているかどうか」にあるのであって。その違いに即した形で課税するのが本来の姿ではないか。
 ただ、「人脈が太くておいしい思いをしている」みたいな場合にも課税するというのなら、やはり、帰属所得のような概念を作りだして課税するのが、一番の近道か。というか、そんな場合にも無理やり課税できるようにするための、極めて技巧的な概念ではないか、とも思う。

・賃貸との「公平」の観点から持ち家にも課税すべき、というが。そんな限局された場面での部分最適だけを実現したところで、帰属所得のコンセプトにはそぐわないはず。
 帰属所得に課税することの機能をあるがままに表現するならば、「持っている人を持っていない人に合わせる」というものであり。最終的には全員の「持っているモノ」が均等になるまで課税され続けることになる。資産を目減りさせないためには、「利用しない」ことが重要となる。
 この点で、「包括的所得概念からは、帰属所得に課税するのが当然。」などという言明、憲法の「財産権の保障」との関係で、かなり危うい主張ではないか(相続税との二重課税も視野に入ってくる)。

・《課税単位》を説明する箇所では、「独身/夫婦(片稼ぎ)/夫婦(共稼ぎ)」を素材として、夫婦の所得を合算するかしないかが論じられている。
 が、帰属所得が「所得」だというならば、「片稼ぎ」という概念は存在しえないのではないか。また、帰属所得は本来課税すべきだというならば、帰属所得の存在を無視して課税上の「公平」を論ずることはできないのではないか。


 以上、バラバラと述べたことから、次のような見立てをしました。

 すなわち、「帰属所得」なる概念は、「持っている人と持っていない人」の格差の是正を、所得課税の中で実現するために生み出された概念にすぎないのではないか。
 にもかかわらず、「帰属所得」がなにか自然界に実在しているものであるかのように説明していることから、私のような普通の人間には理解しにくくなっているのではないか。フィクションならフィクションだとして説明してくれないと、勘の悪い私のような人間が、すんなり理解できるはずもない。

【みんな大好きフィクション論】
来栖三郎「法とフィクション」(東京大学出版会1999)

 そしてまた、「帰属所得」が実存するかのように主張するのならば、全領域において常にそのとおり振る舞ってほしいわけです。が、実際には、論点ごとに帰属所得を持ち出したり引っ込めたり。ご都合主義って感じで一貫した記述となっていない。
 『私、見えないモノが見えるの。』という設定でいきたいのならば、すべての場面でそのとおりやってくれなければ。付き合わされるこちらが大変でしょうよ。

 「設定を設定として守る」という基本的なお作法が、周りの理解を得るためには重要、とまとめることができるでしょうか。


 なお、以上は、あくまでも《教科書》レベルの記述を素材とするものにとどまり。《学術論文》レベルにまで手を出せば、厳密な論証が展開されていることが分かるのでしょう。

 が、学者先生の教科書を《梯子読み》している時点で、税理士としてはかなりの傾奇者であり(旧司法試験でいう《基本書ヴェテ》みたいなポジション)。さらに学術論文まで読めというのは、さすがに及ばない。
posted by ウロ at 12:27| Comment(0) | 所得税法

2024年09月09日

所得税法における「総論・各論問題」について

 先日の記事では、「誰」という観点から、所得控除の規律を整理しました。

『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その1)
『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その2)

 今回は、「なぜ、このような整理をしたか」のバックボーンについてのご説明です。


 法学分野では、学術的な区分として、「総論/各論」という分け方がされることがあります。

 が、(私程度の人間でも読めるような)一般的な教科書レベルの記述を見ていると、総論として論じられているにもかかわらず、各論のごく一部しか念頭に置かれていないように思えるところがあります。
 たとえば、「刑法総論」において、特定の犯罪類型にしか当てはまらない議論をしているとか。

【総論各論問題】
井田良「講義刑法学・総論 第2版」(有斐閣2018)
井田良「講義刑法学・各論 第2版」(有斐閣2020)
関俊彦「商法総論総則」(有斐閣2006)

 「税法学」においても、その気があって。


 たとえば「消費税法」。

 総論では「消費者の消費に課税する」といっておきながら。各論では、なんの躊躇もなく「用途区分」「控除対象外消費税」という、消費者の消費以外に税負担が生じる制度について記述がされています。

 消費以外に税負担が生じることにつき、何かしらの《言い訳》が展開されるのかと思いきや。控除できないことを当然の前提として、「課のみ」で処理した事案(ムゲンエステート事件、エーディーワークス事件)を『脱税・節税スキーム』呼ばわりしていたりして。

〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 やたらと「益税絶許」を強調するくせに、「損税」に対してはダンマリ。
 「消費に課税」という、総論における最重要の制度理念が、各論では(損税方向のみ)ガン無視されてしまっているわけです。


 こういったノリ、「所得税法」についても同様で。

 「誰が所得控除を受けられるか」という問題は、総論でいう《課税単位》の問題に相当します。
 というのも、「納税者本人の所得をマイナスするのに、誰の事情まで取り込まれるか」を把握することは、現行所得税法が採用している課税単位の輪郭を理解することにつながるからです。

 ところが、総論での《課税単位》の記述は、「独身/夫婦(片稼ぎ)/夫婦(共稼ぎ)」を素材として、夫婦の所得を足すのか足さないのか、に関する《政策論(空中戦)》がメインとなっています。しかもそこでは、夫の所得と妻の所得は、それぞれ個人単位で確定ずみであることが前提となっています。
 で、現行所得税法に対する評価としては、基本は個人単位だけど家族単位を考慮している箇所もあるよ、と紹介されて終わってしまいます。

 では、各論における「所得控除」に関する記述はどうかというと。ほんのりとしか触れられていません。
 このような総論/各論の記述バランスでは、現行所得税法が実際に採用している課税単位につき、あるがままに理解することができないのではないでしょうか。

 貧弱な個別規定しか存在しない古の時代ならともかく。すでに充実した個別規定が存在するのであるから、総論から《デカい理論》を降ろしていくのではなく。
 個別規定から積み上げていって、現行制度を正確にトレースした理論を作っていくべきではないかと思います。


 なお、上記で「片稼ぎ/共稼ぎ」と記述しましたが。あくまでも、一般的な教科書の記述に倣っただけで。

 一般的な教科書において、「所得とはなんぞや」に関する箇所では、「包括的所得概念」採用⇒本来であれば帰属所得はすべて課税、という論述を展開しておきながら。課税単位に関する箇所では「片稼ぎ」という用語を用いるの、どう考えても矛盾しているでしょうよ。
 帰属所得も当然所得だというならば、「片稼ぎ」という夫婦は概念上存在しえないはずです。

 帰属所得実在論者ならば、帰属所得の存在を無視して、課税上「平等」だとか「不平等」だとかを論ずることはできません。無視できるというならば、その所得はもはや《包括的》ではあり得ない。
 また、《政策論(空中戦)》の中の記述でもあり。「収入」課税を前提とする現行所得税法の説明だ、という言い訳も通用しないでしょうし。

 結局のところ、「帰属所得は本来課税」論者の方々は、決して家事に価値を見出しているのではなく。
 単に課税ベースの拡大に都合がいいからそう言っているだけなんだろ、と罵られても文句はいえないのではないでしょうか。


 以上、「総論で言ったことを各論でも貫けよ」精神が原動力となっている、というお話しです。
 そして、そのバックボーンには、常に『前田手形法理論』があります。

前田庸「手形法・小切手法入門」(有斐閣 1983)

 かといって、私みたいなものが大理論を展開できるはずもなく。
 ということで、地道に現行法の規律を整理するだけのことはやっておこう、と思ったわけです。

 学者先生には、安易な「原則・例外モデル」に依存することなく。現行法の規律を、あるがままに説明できる理論を開発してくれることを、強く望みます。

さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
posted by ウロ at 09:00| Comment(0) | 所得税法

2024年08月26日

『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その2)

 前回は、所得控除のうち《支払系》以外のものを取り上げました。

『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その1)

 ということで、今回は《支払系》の所得控除です。

 《支払系》の条文では、頭に必ず「居住者が、各年において、」と入っています。これをまるっと省略してしまってもよいのですが、《支払系》においては誰が支払ったかが重要であるため、「各年において、」だけを削除することとします。


第七十三条(医療費控除)
 居住者が、自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族に係る医療費を支払つた場合


→医療費控除
 ・本人の医療費
 ・生計一配偶者の医療費
 ・生計一親族の医療費

 ここは今回の記事で唯一悩みのない箇所です。

 余談ですが。
 民法でいう親族の中には「配偶者」も含まれています。

民法 第七百二十五条(親族の範囲)
 次に掲げる者は、親族とする。
一 六親等内の血族
二 配偶者
三 三親等内の姻族


 医療費控除では、配偶者と親族とで要件同じなので、みんな大好き《借用概念論》からすれば「自己と生計を一にする親族」とひとつにまとめて記述してしまってもよいはずです。
 が、分かりやすさを優先したのか、配偶者とその他の親族という形で、なぜか配偶者を頭出ししています。

 親切心からなのだとしたら、『分かりやすさより厳密さ』を重視する税法の中では珍しい例かと。もしかしたら、この前のどこかの条文で「親族(配偶者は除く)」と定義づけされているだけかもしれませんが。
以下、本記事でも、親族と書くときは配偶者を除いて記述します。


第七十四条(社会保険料控除)
 居住者が、自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族の負担すべき社会保険料を支払つた場合又は給与から控除される場合


→社会保険料控除
 ・本人の負担すべき社会保険料
 ・生計一配偶者の負担すべき社会保険料
 ・生計一親族の負担すべき社会保険料

 ここでは他の《支払系》と違って、「給与から控除される場合」というものが付加されているのですが。

 たとえば、夫婦同じ会社に勤めていて、夫の給与から妻の給与も控除した場合、夫は2人分の控除を受けられるのでしょうか。
 もちろん、労基法の規律があるので、会社が勝手に控除できません。が、きちんと労使協定で定めたとか、あるいは夫が役員だというのであれば、控除はできますよね。
 「控除される」という言い回しに、「あくまでも法律で控除できると規定されているかぎりで」という意味を読み込むことになるのかどうか。


第七十五条(小規模企業共済等掛金控除)
 居住者が、小規模企業共済等掛金を支払つた場合


→小規模共済等掛金控除
 ・誰のでも????

 医療費控除、社保控除では「誰の」ということが明記されていました。ところが、ここでは条文上何らの限定がされていません。
 そうすると、赤の他人の小規模共済掛金を支払った場合でも、控除ができてしまうのでしょうか。

 この点は、所得税法だけを眺めていても答えは出てこなくって。「小規模企業共済法」をみる必要があるのだと思います。

 個別に引用はしませんが、同法上、共済に加入できるのは「小規模企業者」のみに限定されています。加入者が限定されている共済契約の性質上、他人が掛金を納付することは想定されていないのだと考えられます。
 仮に他人が負担してあげたとしても、それは一旦、加入者に贈与してから加入者が納付した、という形になるのだと。
 ということで、結論的には、本人が加入者である契約の掛金のみが所得控除の対象になる、ということになるのでしょう。

 この理屈、下記裁決があることを念頭に置きながら記述しています。ので、本心ではいまいちしっくりきていないところです。ですがまあ、実務的にはこの結論でいくことになるかと。

平15.1.28裁決、裁決事例集No.65 268頁

→小規模共済等掛金控除
 ・本人の小規模企業共済掛金


第七十六条(生命保険料控除) 「旧契約」は省略
1 居住者が、新生命保険契約等に係る保険料若しくは掛金を支払つた場合
2 居住者が、介護医療保険契約等に係る保険料又は掛金を支払つた場合
3 居住者が、新個人年金保険契約等に係る保険料若しくは掛金を支払つた場合


 →生命保険料控除
  ・誰のでも???

 ここまでのノリでこの部分だけみると、赤の他人の保険料でも控除できるように読めてしまいます。小規模共済とは違い、法律上加入者が特定されているわけでもないですし。

 が、この後ろで限定がかかっています。

5 第一項に規定する新生命保険契約等とは、
 これらの新契約又は新規約に基づく保険金等の受取人のすべてをその保険料若しくは掛金の払込みをする者又はその配偶者その他の親族とするもの
7 第二項に規定する介護医療保険契約等とは、
 これらの新契約に基づく保険金等の受取人のすべてをその保険料若しくは掛金の払込みをする者又はその配偶者その他の親族とするもの
8 第三項に規定する新個人年金保険契約等とは、
一 当該契約に基づく年金の受取人は、次号の保険料若しくは掛金の払込みをする者又はその配偶者が生存している場合にはこれらの者のいずれかとするものであること


 →生命保険料控除(一般、介護)
  ・受取人が本人
  ・受取人が配偶者
  ・受取人が親族

 →生命保険料控除(年金)
  ・受取人が本人
  ・受取人が配偶者

 保険契約者、被保険者が誰かについては問わず。受取人が支払者にとって本人・配偶者・親族(一般、介護)かどうかで判断することになっています。
 小規模共済のほうは、条文に明記されていないせいで、共済の性質から限定解釈せざるをえなかったのに対して。生命保険については、条文で契約の内容を限定するというかたちで規律されています。


第七十七条(地震保険料控除)
 居住者が、自己若しくは自己と生計を一にする配偶者その他の親族の有する家屋で常時その居住の用に供するもの又はこれらの者の有する第九条第一項第九号(非課税所得)に規定する資産を保険又は共済の目的とし、かつ、地震若しくは噴火又はこれらによる津波を直接又は間接の原因とする火災、損壊、埋没又は流失による損害()によりこれらの資産について生じた損失の額をてん補する保険金又は共済金が支払われる損害保険契約等に係る地震等損害部分の保険料又は掛金()を支払つた場合


第九条(非課税所得)
九 自己又はその配偶者その他の親族が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で政令で定めるものの譲渡による所得


 →地震保険料控除
 ・本人の所有する家屋+居住
 ・生計一配偶者の所有する家屋+居住
 ・生計一親族の所有する家屋+居住
 ・本人の生活用動産
 ・生計一配偶者の生活用動産
 ・生計一親族の生活用動産

 長くなるので、カッコ内を端折りました。
 家屋については所有と居住で縛りがかかっています。

 読み方がはっきりしないのが「その居住の用に供する」のところ。
 「その」とある以上、本人・生計一配偶者・生計一親族いずれかの居住が必要なのは分かります。が、これをたすき掛けで読むことで、「本人所有+生計一親族居住」というように、所有者と居住者がずれていてもよいのでしょうか。
 生計一の縛りがかかっていますし、単身赴任の場合なども想定すれば、結論的には適用対象に入れてもよいのでしょう。


第七十八条(寄附金控除)1項のみ引用
 居住者が、特定寄附金を支出した場合


→寄附金控除
 誰の名義でも???

 寄付金控除も、小規模共済と同じタイプの文言となっています。
 本人が支払ったものであれば、誰名義で寄付しても控除可能なのでしょうか。

 この点に関して、タックスアンサーに次のものがあります。

妻名義で寄附した場合
Q3 専業主婦である私の妻が、寄附を行い、寄附先から妻名義で寄附金の領収書を受領しました。妻は、収入がないため私の配偶者控除の適用対象となっていますが、妻名義で支払った寄附金について、私の確定申告において寄附金控除の適用を受けることができますか。

A3 寄附金控除は、納税義務者である居住者本人または非居住者本人が各年において、特定寄附金を支出した場合に適用をすることができます。そのため、本人以外が支払った寄附金については、寄附金控除を適用することができません。(所法78)


 これ、わざとすっとぼけた書き方をしていて。
 「妻名義で支払った」というのが、本人の財布から出したのか妻の財布から出したのか、わざと明記していません。で、勝手に妻の財布から出した前提に決め打ちした上で、本人は寄付金控除を受けられないという結論にもっていっています。
 では、本人の財布から出した場合はどうなのか、ですが、この点についてはあえて触れていない。

 これについては以下の裁決があります。

平成25年7月30日裁決

 裁決の結論は、妻名義であっても本人が支払ったなら控除OKと判断しています。上記タックスアンサーは、この裁決があることを知っていながら、わざとぼかした書き方をしているのかどうか。

 がしかし、このような裁決があるとはいえ、結論だけを鵜呑みにするわけにはいきません。
 というのも、控除を受けるには、自分が支払ったことを明らかにしなければならないですし(本証・反証いずれかはさておき)、また、小規模共済のように、寄附金の性質上、名義者だけが寄付したことになる、みたいなものがあるかもしれません(ふるさと納税あたりは、ちょっとその気がありそうです)。

 そもそも「支払った」というのが、いかなる事実から認定するのかがはっきりしません。上記では「財布」という比喩を使って説明しているものの、支払という行為をした人、お金を負担した人のいずれが「支払った」人に該当するというのでしょうか。

 この手の地に足のついた実体要件解釈がきちんと詰められることもなく。一足飛びに課税要件事実論なんて展開しちゃっている、というのが私の租税法学に対する見立て。

【課税要件事実論の展開】
伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
酒井克彦「クローズアップ課税要件事実論 第6版」(財経詳報社2023)

 ということで、わざわざ他人名義で寄付するなんてことはせず。素直に本人名義で寄付しておくのが無難でしょう。「所得が増えたから、あとから他人名義の寄付をもってきたんだろ。」みたいな邪推を受けても嫌でしょうし。

→寄附金控除
 誰の名義でも(?)

 ということで、?は数を減らしつつ、注意喚起用に括弧書きで一つだけ残しておきます。


 以上、前回の《支払系》以外とは違って、支払うこと自体は誰でもできてしまうところ。そこを各控除ごとにそれぞれのやり方で絞りをかけています。
 それが控除の趣旨に適合したものなのか、そこまで深く検討する余裕はないのですが。

 他の控除と混同することなく、正確にあてはめをしていきましょう、というのが、税理士としての立場からいうべきことかなあと。

所得税法における「総論・各論問題」について
posted by ウロ at 08:54| Comment(0) | 所得税法

2024年08月19日

『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その1)

 税理士がこれをイジるには、かなりの季節外れ感がありますが。

 誰が所得控除を受けられるかについては、暗記で済ませている方が多いでしょうか。あるいは、実務的には「まあドンマイ」って感じで、あまり厳密に処理していないか。

 私が同論点につき整理しておこうと思ったのは、季節外れの《年末調整・確定申告お役立ち記事》を書こうというつもりからではなく。
 それなりの意図があってのことですが。ひととおり整理が終わってから、可能であれば軽く触れるつもりです。

 ということで、以下では、ひたすら条文引用だけに終始します。
 なお、《支払系》の所得控除についてはややこしいところがあるため次回にまわし、今回は《支払系》以外を扱った前座記事となります。


 以下の条文引用は、「誰が」や「誰の」といった観点のみから切り取ります。要件全部を網羅したものではありませんのでご注意。


第七十二条(雑損控除)
 居住者又はその者と生計を一にする配偶者その他の親族で政令で定めるものの有する資産()について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合


→雑損控除
 ・本人が所有する資産
 ・本人と生計一の配偶者が所有する資産
 ・本人と生計一の親族が所有する資産

 本人を基準に、同人と生計一の配偶者か親族であればOKとなっています。
 ただし、所得要件として「総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額が48万円以下」である必要があります。
 他の控除と異なり、「同一生計配偶者」「扶養親族」という定義を使っていないのは、所得要件が「合計所得金額」ではないからです(なお、重複の場合の調整規定は省略)。


第七十九条(障害者控除)
1 居住者が障害者である場合
2 居住者の同一生計配偶者又は扶養親族が障害者である場合
3 居住者の同一生計配偶者又は扶養親族が特別障害者で、かつ、その居住者又はその居住者の配偶者若しくはその居住者と生計を一にするその他の親族のいずれかとの同居を常況としている者である場合


→障害者控除(障害者、特別障害者)
 ・本人が(特別)障害者
 ・同一生計配偶者が(特別)障害者
 ・扶養親族が(特別)障害者

 雑損控除と異なり、「同一生計配偶者」「扶養親族」という用語を使っているため、2条1項33号・34号の定義に従います。

  同一生計配偶者:生計一、青色事業専従者等除く、合計所得金額48万円以下
  扶養親族:親族+α、青色事業専従者等除く、合計所得金額48万円以下
       (「+α」という表現はご容赦ください。民法上の親族以外も含まれます)

 雑損控除の場合も同じく所得48万円以下なのに、こちらでは「合計所得金額」を使うことになっています(以降の所得控除も「合計所得金額」です)。

→障害者控除(同居特別障害者)
 ・同一生計配偶者が特別障害者で、本人or本人と生計一の親族と同居
 ・扶養親族が特別障害者で、本人or配偶者or本人と生計一の親族と同居

 たとえば、「本人・配偶者・親族3人とも生計一だが配偶者・親族が同居で本人別居」という場合に、配偶者が特別障害者であれば配偶者は「同居特別障害者」に該当しうる、ということです。本人と「生計一」の関係である必要はありますが、必ずしも本人と「同居」していなくてもよいことになります。
 また、「本人・親族の2人が生計一で配偶者とは生計別、なのに配偶者・親族が同居で本人別居」という場合に、親族が特別障害者であれば親族は「同居特別障害者」に該当しうる、ということになります(実際にそういう家庭があるかどうかは別として)。

 「生計一」「同居」が誰と誰との間に要求されるか、「所得要件」が誰に課されているか、という点に気をつけながら条文を読む必要があります。


第八十条(寡婦控除)
 居住者が寡婦である場合

第八十一条(ひとり親控除)
 居住者がひとり親である場合

第八十二条(勤労学生控除)
 居住者が勤労学生である場合


→寡婦控除、ひとり親控除、勤労学生控除
 このあたりは、2条の定義規定をそのままあてはめるだけです。中身は省略します。


第八十三条(配偶者控除)
 居住者が控除対象配偶者を有する場合


→配偶者控除
 これも2条の定義規定どおりです。

  控除対象配偶者:同一生計配偶者、本人の合計所得金額1000万円以下


第八十三条の二(配偶者特別控除)
 居住者が生計を一にする配偶者(第二条第一項第三十三号(定義)に規定する青色事業専従者等を除くものとし、合計所得金額が百三十三万円以下であるものに限る。)で控除対象配偶者に該当しないもの(合計所得金額が千万円以下である当該居住者の配偶者に限る。)を有する場合


→配偶者特別控除
 2条が出てきますが、ここでは「青色事業専従者等」の定義を使っているだけです。
 対象配偶者の要件をそのまま順番に並べると、
 ・本人と生計一
 ・青色事業専従者等以外 
 ・配偶者の合計所得金額133万円以下
 ・控除対象配偶者以外
 ・本人の合計所得金額1000万円以下
となります。

 よくある、配偶者控除と配偶者特別控除が一体となった控除額一覧表を見ると、配偶者控除と地続きのように思えます。が、配偶者特別控除の条文の規定ぶりはなかなかきちゃない。


第八十四条(扶養控除)
 居住者が控除対象扶養親族を有する場合


→扶養控除
 2条の定義規定どおりです。

 控除対象扶養親族: 扶養親族(居住者か非居住者かで範囲が異なる)


 以上、《支払系》以外ということで抽出しましたが、このうち雑損控除の配偶者・親族の絞り込みが、その他の所得控除と毛並みが異なっています。

 雑損控除の場合、災害などの《非日常系》で使われるものであることから、
  ・青色事業専従者等であってもよい。
  ・所得要件は繰越控除後の総所得金額等を使う。
と、適用範囲をほんのり広げることとしているのでしょう。

 雑損控除自体、非常時にしか使われないし、総所得金額等、合計所得金額といった所得の違いもあまり意識されないし、ということからすると、配偶者・親族の範囲をその他の所得控除と同じだと誤解している人が多いかもしれません。

 所得控除の中でも、雑損控除は《非日常系》、それ以外は《日常系》と捉えておくと、違いがあることが理解できるでしょうか。

『所得控除を受けられる奴は誰だ!』(その2)
posted by ウロ at 09:00| Comment(0) | 所得税法

2024年08月12日

雑損控除における「資産」について 〜或いは所得税法におけるヒトの活動領域

 今回は、雑損控除の対象となる「資産」について検討します。

雑損控除の要件整理 〜助走編
雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!

法七十二条
 資産(第六十二条第一項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)及び第七十条第三項(被災事業用資産の損失の金額)に規定する資産を除く。)


 全資産から一定の資産を除外する、という形で規定されています。

 結論だけ書き出すと次のとおりですが、これらは条文からどうやって抽出されるでしょうか。

【除外する資産】
 ・生活に通常必要でない資産
  射幸用動産
  娯楽用資産
  生活用動産(通常必要でない)
  生活用動産(通常必要、30万円超高級品)
 ・被災事業用資産
  棚卸資産(事業用)
  固定資産(事業用)
  繰延資産(事業用)
  山林


 まず、「生活に通常必要でない資産」について。

法第六十二条(生活に通常必要でない資産の災害による損失)
 生活に通常必要でない資産として政令で定めるもの

令第百七十八条(生活に通常必要でない資産の災害による損失額の計算等)
一 競走馬(その規模、収益の状況その他の事情に照らし事業と認められるものの用に供されるものを除く。)その他射こう的行為の手段となる動産
二 通常自己及び自己と生計を一にする親族が居住の用に供しない家屋で主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で所有するものその他主として趣味、娯楽、保養又は鑑賞の目的で所有する資産(前号又は次号に掲げる動産を除く。)
三 生活の用に供する動産で第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)の規定に該当しないもの

法第九条(非課税所得)
九 自己又はその配偶者その他の親族が生活の用に供する家具、じゆう器、衣服その他の資産で政令で定めるものの譲渡による所得

法第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)
 生活に通常必要な動産のうち、次に掲げるもの(一個又は一組の価額が三十万円を超えるものに限る。)以外のもの
一 貴石、半貴石、貴金属、真珠及びこれらの製品、べつこう製品、さんご製品、こはく製品、ぞうげ製品並びに七宝製品
二 書画、こつとう及び美術工芸品


 このうち、令178条3号については下記記事で整理ずみです。これに、同記事で省略した射幸用動産(1号)と娯楽用資産(2号)が加わります。

「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」

【生活に通常必要でない資産】
 ・射幸用動産 1号
 ・娯楽用資産 2号
 ・生活用動産(通常必要でない) 3号
 ・生活用動産(通常必要、30万円超高級品) 3号

 生活用動産が2つあるのは、令25条の柱書の「生活に通常必要な動産のうち」の部分を満たさないものと、通常必要ではあるが各号に該当+30万円超に当たるものの2種類があるからです。


 次に「被災事業用資産」について。

法第七十条(純損失の繰越控除)
3 棚卸資産又は第五十一条第一項若しくは第三項に規定する資産

法第二条(定義)
十六 棚卸資産 事業所得を生ずべき事業に係る商品、製品、半製品、仕掛品、原材料その他の資産(有価証券、第四十八条の二第一項(暗号資産の譲渡原価等の計算及びその評価の方法)に規定する暗号資産及び山林を除く。)で棚卸しをすべきものとして政令で定めるもの

令第三条(棚卸資産の範囲)
一 商品又は製品(副産物及び作業くずを含む。)
二 半製品
三 仕掛品(半成工事を含む。)
四 主要原材料
五 補助原材料
六 消耗品で貯蔵中のもの
七 前各号に掲げる資産に準ずるもの

法第五十一条(資産損失の必要経費算入)
1 不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産その他これに準ずる資産で政令で定めるもの
3 山林

令第百四十条(固定資産に準ずる資産の範囲)
 不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に係る繰延資産のうちまだ必要経費に算入されていない部分


 これをまとめると、次のとおりとなります。

【被災事業用資産】
 ・棚卸資産(事業用)
 ・固定資産(事業用)
 ・繰延資産(事業用)
 ・山林

 棚卸資産については、定義規定で「事業所得」のみに限定されています。が、通達では勝手に「事業用」に拡張しています。

通70−1(被災事業用資産に含まれるもの)
 法第70条第3項に規定する棚卸資産には、不動産所得又は山林所得を生ずべき事業に係る令第81条第1号《譲渡所得の基因とされない棚卸資産に準ずる資産》に掲げる資産が含まれるものとする。


 純損失の繰越控除の範囲が広がるという意味では納税者有利ですが、雑損控除を受けられなくなるという意味では納税者不利となります。
 こんな勝手な拡張が許されるのか疑問がありますが、さしあたりこの通達に従っておきます。


 さて、では「資産」から生活に通常必要でない資産と被災事業用資産を除外すると、何が残るでしょうか。

【雑損控除の対象資産】
 ・生活に通常必要な資産
 ・棚卸資産(業務用)
 ・固定資産(業務用)
 ・繰延資産(業務用)

 生活に通常必要な資産だけでなく「業務用」の資産というものが登場することになります(なお、法令上の言葉遣いからすると、業務の中に事業が含まれている書きぶりとなっていますが、ここでは排他的な用語として使っておきます)。


 所得税法は、人間の活動領域というものを次のように区分しているように思われます。

 生活系:生存/趣味
 仕事系:事業/業務

 このうち、生存と事業がそれぞれの典型で、それぞれに相応しい規律が施されています(ということにしておきます)。
 他方で、趣味は「贅沢は敵」とばかりに徹底的に課税が強化されている、業務は生存と事業の間にあるものとして中途半端な(ヌエ、キマイラ的な)取り扱いがされている、というのが所得税法の基本姿勢かと思います。

 災害による資産損失であっても、趣味のモノは譲渡所得内部での損益通算しか認めない、ということになっています。
 業務用については、どういうわけか生存側に寄せて雑損控除の対象としてくれています。所得税法は、業務レベルのお仕事は、日常の延長線上にある「なんちゃってお仕事」としてしか見ていないということでしょうか。
 副業・兼業推進の今の時代に適合している見方かは、怪しい気もしますが。

 ただ、通達では「必要経費」算入も選択できることとしています。業務のどっちつかずな位置づけからすればごもっともではありますが。
 だからといって、通達レベルで勝手に緩めてよいようなものとは思えませんけども。

72−1(事業以外の業務用資産の災害等による損失)
 不動産所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務(事業を除く。)の用に供され又はこれらの所得の基因となる資産(令第81条第1号《譲渡所得の基因とされない棚卸資産に準ずる資産》に規定する資産を含み、山林及び生活に通常必要でない資産を除く。)につき災害又は盗難若しくは横領(以下72−7までにおいて「災害等」という。)による損失が生じた場合において、居住者が当該損失の金額及び令第206条第1項各号《雑損控除の対象となる雑損失の範囲》に掲げる支出(資本的支出に該当するものを除く。)の額の全てを当該所得の金額の計算上必要経費に算入しているときは、これを認めるものとする。この場合において、当該損失の金額の必要経費算入については法第51条第4項《資産損失の必要経費算入》の規定に準じて取り扱うものとし、法第72条第1項の規定の適用はないものとする。
(注) この取扱いの適用を受けた資産につき、修繕その他原状回復のため支出した費用の額があるときは、51-3の適用がある。



 「事業用/業務用」の区分については、実務においてそれなりの議論の積み重ねがあるものと思われます。
 他方で、「生活に通常必要/必要でない」の区分については、いまだに例の訴訟が参照される程度で、いかなる事実からどのように判断すればよいのか、よくわかりません。

サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産

 たとえば、今まで建物を別荘として使っていたが、これから賃貸に出そう(自分では一切使わない)と準備しているときに災害で滅失した場合、どの段階まで進んでいれば業務用資産の滅失ということで「雑損控除」が使えるのでしょうか。
 どこまでの事実が積み上がっていれば、娯楽用資産から業務用資産に切り替わるのか、という問題です。

 例によって、学者先生は判例周りを議論するのが中心で。日常系税務のレベルにまで降りてきてくれることがない。課税要件事実論なんか展開する前に、実体法レベルでやるべきことがまだまだあるだろうと思うのですが。

伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)
posted by ウロ at 12:48| Comment(0) | 所得税法

2024年08月05日

雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!

 今回は、雑損控除の適用が受けられる「事由」について。

雑損控除の要件整理 〜助走編

法七十二条(雑損控除)
1 災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合


 このうち、「災害」については、法令から通達に至るまで異様に詳細な内容充填規定が整備されていますので、ここでは触れません。
 当記事で検討したいのが「盗難」と「横領」です。


 上記の通り「災害」のほうはやたらと詳しく規定されているのに、「盗難」「横領」については、何の定めもありません。ワンフレーズに収まっているというのに、一方は「有りすぎて困る」、もう一方は「無さすぎて困る」状態と極端すぎる。

 「刑法」っぽい物言いなので、みんな大好き《借用概念論》で一発解決できるはず。と思いきや、刑法には「横領」はあるものの「盗難」という言葉はでてきません。
 「横領」は刑法からお借りしてきている借用概念だが、「盗難」は税法独自の固有概念だとでもいうのでしょうか。

 この点、『図解 所得税』には、以下の定義が書かれていました(なお、書名に「法」がないのは、基本通達などと同様、敢えてなんですかね)。

 田仲正之「図解 所得税 令和5年版」(大蔵財務協会2023) Amazon

  盗難 自己の意思に反して財物を窃取又は強取されたことによる損失
  横領 自己の財物を占有する第三者によってその財物を不正に領得されたことによる損失


 なのですが、法令の条数なり通達の番号が書かれていません。

 『図解シリーズ』において、著者個人の見解が示されることなんて、まずないはずです。「はしがき」では、文中の意見は「個人的見解」などと断っていますけども。
 とすると、おそらくどなたか国税OBあたりの書いた文章に出てくる言い回しではないかと邪推されます。が、今のところ発見には至っていません。


 この定義を鵜呑みにするならば、刑法との対応関係は次のとおりとなります。

  盗難 = 窃盗(235)、強盗(236)
  横領 = 単純横領(252)、業務上横領(253)

 本当に、このような理解でよいのでしょうか。
 そこで以下、刑法の条文を眺めてみましょう(以下、条数のみで「刑法」は省略します)。

第二百三十五条(窃盗)
 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
第二百三十六条(強盗)
1 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。


 これら2つが「盗難」に該当するということのようです(なお、「2項犯罪」により雑損控除の対象となる資産損失が生じるか、という問題もありますが、この点は省略します)。

第二百三十五条の二(不動産侵奪)
 他人の不動産を侵奪した者は、十年以下の懲役に処する。


 「不動産」も雑損控除の対象資産となるはずですが、「侵奪」による損失は対象外となってしまうのでしょうか。

第二百四十二条(他人の占有等に係る自己の財物)
 自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。


 本条の理解に関連して、「占有説」と「本権説」の対立があって。所得税法72条にいう「有する資産」についても同様の議論がありうるはずですが。
 おそらく、所得税法の側では「有する=所有権」を想定しているものと思われますので、本記事でもその理解にしたがっておきます。

 それはさておき。所得税法72条では「盗難による」損失と書かれており。「盗難されたことによる」損失とは書かれていません。

所得税法法七十二条(雑損控除)
 居住者又はその者と生計を一にする配偶者その他の親族で政令で定めるものの有する資産()について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合


 何が言いたいかというと。
 たとえば、「AがBに盗まれた物をBから取り返したら、そのせいで後日、物が壊れてしまった」場合に、Aは「盗難による」損失があったとして、雑損控除の適用が受けられるのでしょうか。

「盗難による」
 ・盗難されたことによる(被害者側)
 ・盗難したことによる(加害者側)

 『図解』の定義では、「窃取又は強取されたことによる」と言い換えがされており。が、この例のAは、自分が窃取したことによって壊れたのであって、Bに窃取されたことによって壊れたのではありません。
 
 通常は、盗まれて戻ってこないことをもって「損失」と想定しているはずで。『図解』の言い換えもそのような理解を前提としているのでしょう。
 が、盗難されて壊れたとか、盗難して壊れた、という場合も当然ありうるわけで。そのような場合も、雑損控除の適用ありとしてよいのかどうか。

第二百四十三条(未遂罪)
 第二百三十五条から第二百三十六条まで、第二百三十八条から第二百四十条まで及び第二百四十一条第三項の罪の未遂は、罰する。


 「未遂」に終わったが、その過程でモノが壊れた場合はどうでしょうか。


 色々疑問を留保しつつ、ここで「横領」のほうへいきます。

第二百五十二条(横領)
1 自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
2 自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。

第二百五十三条(業務上横領)
 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。


 これらは当然に「横領」に該当すると。
 252条2項につき、「自分の物を横領したら壊れた」という場合に雑損控除の適用があるか、ということが、盗難の場合と同様に問題となります(こちらも『図解』の定義では除外されている)。

第二百四十七条(背任)
 他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。


 「横領と背任」という古典的な論点があって。
 どちらが成立するか微妙な事案もあるわけですが、「背任」の場合は対象外になるということでよいのでしょうか。

第二百五十四条(遺失物等横領)
 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。


 遺失物横領も「横領」である以上、雑損控除の適用があるはずです。ところが、『図解』の定義によると、「占有する第三者によって」とあるので、誰も占有していない場合は所得税法上の「横領」に該当しないことになります。
 刑法の文言に反して、勝手に範囲を狭めてもよいのでしょうか。《借用概念論》の支持者の方々はキレ散らかすところですよ、ここ。

 まあ、現実には「知らんうちに無くした」で終わってしまうから、雑損控除で遺失物横領が問題となることなんて、ほぼないのかもしれませんが。


 「盗難」と「横領」しか対象としていないことから、こぼれ落ちる犯罪類型があります。

第二百四十六条(詐欺)
1 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
第二百四十九条(恐喝)
1 人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。


 奪取罪(窃盗、強盗)と区別された騙取罪(詐欺、恐喝)の類型です。

 詐欺は窃盗と、恐喝は強盗と、それぞれ区別が問題となるわけです。が、騙取のほうは雑損控除の対象外なんだと。
 教科書的な説明では「財産移転が任意かどうか」で区別されると言われています。が、現実にはそんな簡単に区別できるものではないはずです。
 遥か彼方の記憶では、「木箱の中に魚が入っているのに、入っていないと嘘をついて木箱をもらったら窃盗?詐欺?」みたいな議論があった気がするのですが。当時は法定刑が同じだったので、通説的には、1項犯罪のかぎりではどっちでもいいんじゃん、みたいなノリだったような。

鈴木 左斗志「詐欺罪における「交付」について ー 「財産犯の保護法益論」に関する一考察」

 当然のことながら、当時は、まさか所得税法の中で、窃盗か詐欺かで扱いが異なるものがあるなんてこと、およそ知りもしませんでした。
 刑法学の側で、所得税法のことなんて意識して議論しているわけでもないのに、そこでの帰結をそのまま税法側にお借りしてくることの不合理性が、ここにあります。

第二百六十一条(器物損壊等)
 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。


 盗まれたのではなく壊された場合は、雑損控除の対象外です(ので、上記「取り返したら壊れた」事例も、場面が限定されることになります)。
 刑法学上は、壊されたら被害回復がでかいのになぜ法定刑が軽いのか、という議論があって。一般予防の観点から、禁圧する必要性が「領得罪」ほど高くないからだとかなんとか。

 たとえ刑法学上はそうだとしても。財産減を所得に反映させようという所得税法の観点からすれば、領得罪(のうち盗取罪と横領罪)か毀棄罪かで区別して扱う必要は全くないと思います。


 そもそも、刑法学上、どの犯罪類型が成立するかについては一大論点を形成しているのであって。

【財産犯類型の区別だけで一冊モノ】
高橋則夫ほか「財産犯バトルロイヤル」(日本評論社2017) Amazon

 たかだか所得税法ごときが、「盗難」と「横領」に限定して雑損控除を適用しようなんて、生意気にも程がある。

 その切り分けが「所得マイナス」にとって何か違いがあればよいのですが。特になんの根拠もないでしょう。
 「騙取(詐欺・恐喝)」の場合は、自分で任意に渡しているから救済する必要はないとでもいうのでしょうか。その物言いに従うにしても、「横領」だって自分が信じて渡した(のに裏切られた)わけで、騙取となにが違うのでしょうか。


 また、ここまで「実体法」レベルでの議論を想定して記述してきましたが。納税者が、自分の受けた被害が窃盗や横領によるものであって詐欺によるものではない、などと判断することができるのでしょうか。

 刑事裁判で罪名が確定するまで大人しく待ってろということなのか。が、検察官にしたって、公判が維持しやすい罪名を選択するのであって、頑張って、被害者が雑損控除を受けられる罪名を選んで起訴してくれるわけではないでしょう。

 例によって《借用概念論》が無力すぎる。刑法上の概念をそのままお借りしてくれば法的安定性・明確性・予測可能性が確保できるはずだったんじゃないんですか。


 以上、「大昔に勉強した『刑法各論』の知識で書いています。」レベルの記述にすぎません。
 ちょうど山口厚先生の『各論』が新しくなることですし、最近の議論をフォローしておきたいところです。

山口厚「刑法各論 第3版」(有斐閣2024) Amazon

 が、同書は「14年ぶりの大改訂!」とぶち上げていながら700頁→716頁の微増にとどまるようで。どこまで最新の議論をカバーしているのか、不安がないわけではない。

雑損控除における「資産」について 〜或いは所得税法におけるヒトの活動領域
posted by ウロ at 09:00| Comment(0) | 所得税法

2024年07月29日

雑損控除の要件整理 〜助走編

 所得控除グループの中で、突出して《非日常系》なせいで、あまり理解がされていない(自戒込)可哀想な「雑損控除」。

 「資産損失」絡みということで、事業所得など個別の所得類型における損失の扱いとの関係も気にしなければならないところですし。

 ということで、雑損控除の要件について、条文(所得税法72条)ベースで整理しておきます。以下、入口である要件の整理までで、控除額の計算には触れません。

◯誰の資産が対象か?(ヒト)

 居住者又はその者と生計を一にする配偶者その他の親族で政令で定めるもの

・居住者
・生計一配偶者(総所得金額等48万円以下)
・生計一親族(総所得金額等48万円以下)

 本人の資産だけでなく、配偶者・親族の資産も対象となります。
 所得要件はおなじみ「合計所得金額」ではなく「総所得金額等」となっています。
 「政令」には、所得要件とどの居住者につけるかのルールが書かれています。

◯どのような資産が対象か?(モノ)

 資産(第六十二条第一項(生活に通常必要でない資産の災害による損失)及び第七十条第三項(被災事業用資産の損失の金額)に規定する資産を除く。)

 「全ての資産から一定の資産を除外する」という書き方で対象資産を絞り込んでいます。
 対象資産を漏れなくカバーしたいということかもしれませんが、裏から規定するのは、理解を妨げる大きな要因。

 下記記事のとおり、国税庁が分かりやすさを重視して、条文を勝手にひっくり返して類型化する、という所作がしばしば観測されているところですが。

リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド法定調書合計表 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 雑損控除については、なぜか条文どおりの慎重な書きぶりとなっています。

No.1110 災害や盗難などで資産に損害を受けたとき(雑損控除)


 仕方がないので、除外資産を抽出すると次のとおり。

【除外する資産】
・生活に通常必要でない資産
・棚卸資産(事業用)
・固定資産(事業用)
・繰延資産(事業用)
・山林

 巷の《税務お役立ち記事》でも、タックスアンサーに右ならえで同様の書きぶりであるものがほとんど。が、中には勇気を出して『対象資産は「生活に通常必要な資産」です。』と記述しているものも見かけました。

 が、これではきちんとひっくり返せていません。
 これを理解するには、所得税法全体における「資産」の分類を把握しなければなりません。ので、この点については次回検討することとします。

◯どのような事由が対象か?(コト)

 災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合(その災害又は盗難若しくは横領に関連してその居住者が政令で定めるやむを得ない支出をした場合を含む。)

・災害
・盗難
・横領

 そして、これらによる損失額及び関連支出が対象になるとされています。


 以上、条文上の要件を軽く交通整理しただけのものとなります。

 このうち、政令や通達でびっちり詳細が詰められているものについては省略して。2点ほど理解しにくいところを次回以降で検討します。

雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!
雑損控除における「資産」について 〜或いは所得税法におけるヒトの活動領域
posted by ウロ at 09:46| Comment(0) | 所得税法

2024年04月01日

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(労務編)

 給与周りについては、税理士といえども労働法・社会保障法絡みの事柄も意識しておかなかければなりません。定額減税についても言わずもがな。

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(税務編)

 社労士側では「定額減税は税制だから詳しくは税理士へ」と言い、税理士側では税制の観点からのみしか対応しない、という不幸なミスマッチが起こりがち。

 以下、労務絡みで検討すべきと思われる点を記述しておきます。もちろん、税理士として外野の立場からの物言いにすぎませんので、各自、顧問の社労士先生までご確認ください。


 会社は給与計算の際に、当たり前のように所得税を給与から控除しています。仮に、従業員が「自分は確定申告しているから勝手に控除するな」と言ったとしても、控除しなければなりません。
 なぜなら、それが所得税法上の義務だからです(源泉徴収義務)。

  所得税法:給与支払う際に所得税を徴収して納付しろ。

所得税法第百八十三条(源泉徴収義務)
1 居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。


 他方で、労働基準法上、賃金から勝手に何かを控除することはできないのが原則です(全額払の原則)。が、法令に「別段の定め」があれば控除できることになっています。

  労働基準法:賃金は全額支払え。でも法令で別段の定めがあれば控除していいよ。
 
労働基準法第二十四条(賃金の支払)
1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。


 ここでいう「別段の定め」が所得税法の規定ということになります。この例外規定がなければ、給与支給者は、全額払いの原則に違反して源泉徴収するか、徴収義務に違反して全額賃金を払うか、どちらかを選択しなければならないところでした。

 今回の改正により、この別段の定めが「月次減税後の所得税を徴収しろ」に置き替えられることになります(年調の記述は省略)。そうすると、賃金から控除できるのは「月次減税後の所得税」に限られるということになります。
 したがって、「月次減税前の所得税」を控除することはできなくなります。


 では、労使協定(賃金控除協定)にて「定額減税前の所得税」を控除できると定めた場合、このような労使協定は有効なものとなるでしょうか。

 残念ながら、労働法学においても、租税法学と同様、学者先生の議論が集まるのは、判決が出たことのある論点まわりや欧米で論じられていることに限られていて。この手の地味な論点について触れられることは、まあないですよね。

「注釈労働基準法・労働契約法 第1巻」(有斐閣2023)

 古(いにしえ)の通達があるくらいで、ここでは参考にならない。何なの「事理明白なもの」って?

昭和27年9月20日基発675号
 購買代金、社宅、寮、その他の福利・厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なものについてのみ、賃金から控除できる。



 仕方がないので、畢竟独自の見解を開陳してみるに。

 『月次でやらずに年調でやる』なんてのは、『国民の皆様に早く減税効果を味あわせてあげよう』というお国の慈悲・下心(立法趣旨)からはおよそ許されない所業であって。この趣旨を没却するような労使協定は無効、と言われてもおかしくはないでしょう。

 念のため。私自身が月次減税を支持しているということではなく。みんな大好き《趣旨解釈》からすれば、このように解釈せざるをえないのでは、ということです。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

 もし、労働者代表に協定してもらえない、あるいは、そもそも協定できない事項だとすると、「月次減税前の所得税」を賃金から控除することは、労働基準法上の「全額払」違反に該当してしまうことになります。


 では仮に、労働者から「個別の同意」がもらえた場合はどうなのか。お国の政策に真っ向から反する同意は無効、ということになってしまうのかどうか。

 この点も、判決まわりの「真意」枠組みでの議論ばかりが目立っていて。(労働法秩序外の)「公序」の観点からの同意規制という論じられ方が目立たない。

 『労働者の同意があったとしても法律上の効力が認められないものがあるか。』という議論については、せいぜいが労働法・民法の「強行法規性」として論じられるくらいで。租税法にかぎらず他の法分野との関係について議論されたものって、あるのでしょうか。
 労基法に「法令に別段の定めがある場合」などといった規定がある以上、他法の規律が流れ込んできてしまうことは避けられないと思うのですが。


 といったように、労基法上の疑問もあるわけですが、では「労基署」が実際にどこまで本気で突っ込むかについては、肌感がないので私には全くわかりません。
 従業員が誰か一人でも密告したら、労基署も対応せざるをえないことになるでしょうか。

 たとえばですが、会社が資金繰り苦しいということで、「6月の給与から、従業員は一定額を会社に貸し付ける。会社は12月に無利息で返す。」みたいな労使協定を結んだとしたら、どう考えてもアウトですよね。これ、従業員にとって経済的なプラス・マイナスでいえば「月次減税やらないで年調でやる」というのと同じノリなはずです。

 もし、前者は駄目だが後者はいいと感じるとするならば、評価が分かれるポイントはどこにあるのでしょうか。


 当然のことながら、国税庁のQ&Aでは、税法以外の規律について触れられることはないです。
 「支払明細」「源泉徴収票」への反映のさせ方については書いてあるのに、「賃金台帳」については何も触れていないのも、前者が所得税法、後者が労働基準法と根拠法(令)の違いを露骨に意識したが故でしょうし。

 以前、インボイスに関して錚々たる官庁が雁首揃えて公表したQ&Aみたいなものを、厚生労働省と連名で発表してくれるのかどうか(期待薄)。

免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A
posted by ウロ at 09:56| Comment(0) | 所得税法

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(税務編)

 以前仄めかしたとおり、「定額減税」についてQ&Aベースのあーでもないこーでもないが溢れかえっており。きちんと条文(成立ずみ)を引用したものが目立たない。

みんな大好き!倒産防(その5) 〜令和6年度改正法律案

 インボイスの8割控除でデマの拡散に付き合わされたというのに、また同じことの繰り返し。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版


 タイトル記載の疑問、ちらほら見かけますが、節税ライターの方々の記事では、下記「国税庁Q&A」の記述をなぞるだけで終わりがち。

2−4 給与所得者における定額減税の適用選択権の有無

問 給与所得者が、主たる給与の支払者のもとで定額減税の適用を受けるか受けないかを、自分で選択することはできますか。
[A] 令和6年6月1日現在、給与の支払者のもとで勤務している人のうち、給与等の源泉徴収において源泉徴収税額表の甲欄が適用される居住者の人(その給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している居住者の人)については、一律に主たる給与の支払者のもとで定額減税の適用を受けることになり、自分で定額減税の適用を受けるか受けないかを選択することはできません。


 ここには「定額減税」としか書かれておらず。
 では「月次減税はしないで年調減税で精算する」という選択をすることは許されるか、という疑問に対して、これだけ読んでもどうしたって結論は出てきません。

 そこで、条文を確認する必要があります。


 年調減税を省いても、月次減税だけで相当なボリュームあるのですが、必要箇所に絞って引用。1年限りなので、ということで「措置法」に規定されており、珍しく措置法の本領発揮という感じ。

新租税特別措置法第四十一条の三の七(令和六年六月以後に支払われる給与等に係る特別控除の額の控除等)
1 令和六年六月一日において給与等(所得税法第百八十三条第一項に規定する給与等をいう。以下この条及び次条において同じ。)の支払者から主たる給与等(給与所得者の扶養控除等申告書(同法第百九十四条第八項に規定する給与所得者の扶養控除等申告書をいう。第三項第一号及び第二号並びに次条第二項第二号において同じ。)の提出の際に経由した給与等の支払者から支払を受ける給与等をいう。以下この項及び次項において同じ。)の支払を受ける者である居住者の同日以後最初に当該支払者から支払を受ける同年中の主たる給与等(同年分の所得税に係るものに限り、同法第百九十条の規定の適用を受けるものを除く。次項及び第五項において「第一回目控除適用給与等」という。)につき同法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額は、当該所得税の額に相当する金額(以下この項及び次項において「第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額」という。)から給与特別控除額を控除した金額に相当する金額とする。この場合において、当該給与特別控除額が当該第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額を超えるときは、当該控除をする金額は、当該第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額に相当する金額とする。

2 前項の場合において、給与特別控除額を第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額から控除してもなお控除しきれない金額(以下この項において「第一回目控除未済給与特別控除額」という。)があるときは、当該第一回目控除未済給与特別控除額を、前項の居住者が第一回目控除適用給与等の支払を受けた日後に当該第一回目控除適用給与等の支払者から支払を受ける令和六年中の主たる給与等(同年分の所得税に係るものに限り、所得税法第百九十条の規定の適用を受けるものを除く。以下この項において「第二回目以降控除適用給与等」という。)につき同法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額に相当する金額(以下この項において「第二回目以降控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額」という。)から順次控除(それぞれの第二回目以降控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額に相当する金額を限度とする。)をした金額に相当する金額をもつて、それぞれの第二回目以降控除適用給与等につき同節の規定により徴収すべき所得税の額とする。

3 前二項に規定する給与特別控除額は、三万円(次に掲げる者がある場合には、三万円にこれらの者一人につき三万円を加算した金額)とする。
 一 給与所得者の扶養控除等申告書に記載された源泉控除対象配偶者(所得税法第二条第一項第三十三号の四に規定する源泉控除対象配偶者をいい、居住者に限る。第四十一条の三の九第三項第一号において同じ。)で合計所得金額の見積額が四十八万円以下である者
 二 給与所得者の扶養控除等申告書に記載された控除対象扶養親族(所得税法第二条第一項第三十四号の二に規定する控除対象扶養親族をいい、居住者に限る。次条第二項第二号及び第四十一条の三の九第三項第二号において同じ。)
 三 第五項に規定する申告書に記載された同一生計配偶者(第一号に掲げる者を除く。)
 四 第五項に規定する申告書に記載された扶養親族(第二号に掲げる者を除く。)

4 第一項又は第二項の規定の適用がある場合における所得税法その他の所得税に関する法令の規定の適用については、第一項又は第二項の規定による控除をした後の金額に相当する金額は、それぞれ所得税法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額とみなす。


 このうち特に第4項の書きぶりが重要かと思います。
 すなわち、定額減税という独立の減税項目を追加するのではなく。給与源泉できる金額をダイレクトに減らすこととしています。
 こんなこと、わざわざ第4項を設けなくても、第1項の書きぶりからだけでもその趣旨は読み取れるようにも思えます。が、わざわざ「みなす」などという規定でダメ押しをしているわけです。

 同項にいう「所得税法第四編第二章第一節」には複数条文がありますが、メインとなるのは以下の規定かと。

所得税法第百八十三条(源泉徴収義務)
1 居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。


 同条にいう「所得税」が、上記の第4項によって「月次減税後の所得税」に置き替えられるということになります。


 この書きぶりを念頭において、事案に即して検討してみます。

 たとえば、月次減税を適用した場合としなかった場合とで、会社全体の徴収税額が次のとおりになったとします(一度で全額控除しきれたとする)。月次減税しない場合は、12月に年調減税で反映することになると。
         
        2024年 6月分 〜(略)〜 2024年12月分
月次減税する  70万円(▲30万円)     100万円
月次減税しない 100万円          70万円(▲30万円)
 
 どのタイミングで減税しようが、年間通した税額は同額となります(全員が月次・年調とも対象で人員変動なかったとして)。
 が、6月分の源泉税と12月分の源泉税とは別モノとして扱われます。なので、月次減税を適用しなかった場合、形式上は6月分は30万円の「納付しすぎ」、12月分は30万円の「納付不足」ということになります。

 これを税務署側で勝手に相殺してくれるわけではなく。もし充当してほしいなら、あらためて6月分で月次減税を適用した場合の税額を算出して、充当の届出をしなければならないはずです。


 『◯◯しなかったら税務署にバレますか?』的な挨拶文がありますが。月次減税に関しては「ダダ漏れ」だと思います。

 たとえば、5月分と6月分の源泉税納付書を比べてみて、「支給額・人員」が同程度だとして「納税額」も同程度だとしたら、『この会社、月次減税してないな。』とモロバレです。
 通常は、実地調査に入って資料を突き合わせることで指摘事項を上げていくのがメインかと思います。が、定額減税については、税務署の手元資料だけで容易に釣り上げることが可能となっています。
 源泉データから抽出しておいて、年末調整が終わったころに対象会社に一斉にお手紙(お尋ね)出すだけで、入れ食い状態。


 あとは税務署がそこまで本気でやるかどうかの話です。

 ただでさえクソ忙しいであろうに、今年限りの制度のためにそこまで本気をだすか?とも思えます。が、大綱発表直後から、特設サイト・リーフレット・Q&A・様式・動画・全国説明会などなどを次々と繰り出してくるなど、相当なリソースを投入しています。インボイス施行直後の確定申告時期などという地獄の中で、定額減税の準備もやらされているわけです。

 ここまでのことをやらされておきながら、我々納税者が真面目に月次減税しなかったとしたら、八つ当たり・逆恨みくらいされてもおかしくないでしょう。
 あるいは、コロナ禍で激減した調査実績をリカバリーするため、定額減税で取り戻そうとするかもしれません。調査経験積めていない新米調査官の実地教育にもちょうどよさそうですし。

 と、こんなものはあくまでも私の妄想にすぎませんが、「年末調整でやればいいんじゃない」などとお気軽に無責任なことは言いにくいわけです。


 もう一点論点があるのですが、記事を分けます。

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(労務編)
posted by ウロ at 09:55| Comment(0) | 所得税法

2024年03月18日

みんな大好き!倒産防(その9) 〜事例演習編

 倒産防、小規模共済、中退共の、それぞれの通達の書きぶりの違いを、事例演習を通して整理しておきます。

みんな大好き!倒産防(その8) 〜みんな違ってみんな好き

 以下では「法令・通達に記載のないものはおよそ否定される」という《ラディカル文言解釈+反対解釈》に基づいたあてはめをしていきます。
 もちろん、通達を文言解釈・反対解釈するなんてのは、法解釈のお作法を知らない阿呆のやることですが。あえてそれをやってみます。


 以下の事例では「個人が令和6年12月に掛金を納付する」という点のみ共通で、納付月数をずらしていきます。なお、現実世界の「前納上限」は無視して、あくまでも仮想例として検討します。

【事例1】
 2024年12月分(1ヶ月分)を納付した。
 12月分を必要経費算入・所得控除できるか?
(以下では「算入・控除」と略します)

  A 倒産防 必要経費に算入する
  B 小規模 所得控除する
  C 中退共 必要経費に算入する

 これは当たり前じゃん、と思うかもしれません。通達によるまでもなく、法律レベルで算入・控除できるものだろうと。

 確かに、法律の《文言解釈》によるかぎりはそのとおりです。が、そもそもこれらの掛金が算入・控除できる実質的な根拠がよく分からないわけです。どのような根拠かによって、前納した場合や収入の扱いをどうやって説明するかも変わってくるはずです。

 中退共については、一度納付したら、その後解約してももはや事業主の元に戻ってくることはないので、算入されるのはまだ分かります。
 他方で、退職金の積立である小規模共済や、納付40ヶ月で返戻率100%に達する倒産防が、なぜ全額算入・控除できるのかがよく分かりません。

 みんな大好き《包括的所得概念》に従えば、いずれも「純資産の減少」として統一的に説明できるはずです ので、支持者の方々は、ぜひご説明いただければと思います。

 といった問題があるわけですが、以下では当月分は当然に算入・控除できる前提で進めます。

【事例2】
 2024年12月分〜2025年11月分(1年分)を納付した。
 12月分のみを算入・控除できるか?


  A 倒産防 できない(?)
  B 小規模 できる
  C 中退共 できる

 倒産防通達には月割規定がないため、12月分のみ算入するということはできません。倒産防の場合は、納付した分全額算入する/全額算入しないのいずれかになると。

 のはずなんですが。「明細書」に12月分だけを記載したらどうなるでしょうか。
 倒産防通達の書きぶりからすれば一部算入は不可能なはずです。が、運営が出している明細書によると、「当年に支出した負担金等の額C」と「同上のうち必要経費に算入した額D」を別々に記入することになっています。

特定の基金に対する負担金等の必要経費算入に関する明細書(国税庁)

 そこで、上に1年分の金額、下に1ヶ月分の金額だけ記載すれば、12月分だけ算入することができそうです。これは、国税庁ですら、ここまで馬鹿正直に通達を文言解釈していないということなのでしょうか。

 ただ問題は、2025年に残りの11ヶ月分(2025年1月分〜11月分)を算入できるかです。
 この点は「当年」に支出していない以上、明細書に記載できる額がないので、算入できないとなるのでしょう。
 これ、月割規定がないと分かった上であえて二段に分けているとしたら、罠みたいなものでかなり性格が悪い。

【事例3】
 2024年12月分〜2025年11月分(1年分)を納付した。
 1年分全額を算入・控除できるか?


  A 倒産防 する
  B 小規模 差し支えない
  C 中退共 認める(継続適用)

 それぞれ言い回しが異なります。倒産防については「できる」ではなく「する」と書かれています。
 もし算入したくないのであれば、「明細書」を添付しないことによって形式要件を外すことになるでしょうか。が、支出年度である2024年に算入しなかったら、2025年には算入できなくなります。

 また、明細書を添付しないことによって算入しなかったとして、これに対応する「解約手当金」は当然に収入に算入しなくてよいことになるでしょうか。
 「収入金額/必要経費」の判定を、単純な《オセロ思考》によってよいのか、についてはすでに検討したところです。「明細書を添付しない」という形式要件を満たすかどうかによって、解約手当金の収入該当性という実質要件の帰結が左右される、なんてことがあるでしょうか。

【事例4】
 2024年12月分〜2026年11月分(2年分)を納付した。
 12月分を算入・控除できるか?


  A 倒産防 できない(?)
  B 小規模 できる
  C 中退共 できる

 【事例2】と同じ帰結になります。

 倒産防通達では、「前納1年以内」以外は掛金に該当しないと書かれているため、本事例では措置法上の掛金を支払っていないと扱われることになります。とすると、「当年に支出した負担金等の額C」が存在しないとして、明細書Dに12月分だけ記載するというテクニックが使えないことになりそうです。

【事例5】
 2024年12月分〜2026年11月分(2年分)を納付した。
 うち1年分を算入・控除できるか?


  A 倒産防 できない
  B 小規模 できない
  C 中退共 できない

 いずれも、通達の書きぶりからは、前納した掛金が「1年以内」のものでないかぎりは前納規定が適用されないと読めます。
 ただ、小規模共済、中退共は月割規定があることで充当年度が到来すれば算入・控除できるのに対し。倒産防は月割規定がないため、いつになっても算入できることにはならない、ということになります。


 以上、通達の文言解釈+反対解釈から導かれる帰結を、馬鹿正直に記述しただけのものとなります。

 それぞれの帰結が妥当なのか、特にAとBCで違いがあることはどのように説明ができるか、などよく分からないところが残ったままです。
posted by ウロ at 12:58| Comment(0) | 所得税法