2024年04月01日

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(労務編)

 給与周りについては、税理士といえども労働法・社会保障法絡みの事柄も意識しておかなかければなりません。定額減税についても言わずもがな。

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(税務編)

 社労士側では「定額減税は税制だから詳しくは税理士へ」と言い、税理士側では税制の観点からのみしか対応しない、という不幸なミスマッチが起こりがち。

 以下、労務絡みで検討すべきと思われる点を記述しておきます。もちろん、税理士として外野の立場からの物言いにすぎませんので、各自、顧問の社労士先生までご確認ください。


 会社は給与計算の際に、当たり前のように所得税を給与から控除しています。仮に、従業員が「自分は確定申告しているから勝手に控除するな」と言ったとしても、控除しなければなりません。
 なぜなら、それが所得税法上の義務だからです(源泉徴収義務)。

  所得税法:給与支払う際に所得税を徴収して納付しろ。

所得税法第百八十三条(源泉徴収義務)
1 居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。


 他方で、労働基準法上、賃金から勝手に何かを控除することはできないのが原則です(全額払の原則)。が、法令に「別段の定め」があれば控除できることになっています。

  労働基準法:賃金は全額支払え。でも法令で別段の定めがあれば控除していいよ。
 
労働基準法第二十四条(賃金の支払)
1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。


 ここでいう「別段の定め」が所得税法の規定ということになります。この例外規定がなければ、給与支給者は、全額払いの原則に違反して源泉徴収するか、徴収義務に違反して全額賃金を払うか、どちらかを選択しなければならないところでした。

 今回の改正により、この別段の定めが「月次減税後の所得税を徴収しろ」に置き替えられることになります(年調の記述は省略)。そうすると、賃金から控除できるのは「月次減税後の所得税」に限られるということになります。
 したがって、「月次減税前の所得税」を控除することはできなくなります。


 では、労使協定(賃金控除協定)にて「定額減税前の所得税」を控除できると定めた場合、このような労使協定は有効なものとなるでしょうか。

 残念ながら、労働法学においても、租税法学と同様、学者先生の議論が集まるのは、判決が出たことのある論点まわりや欧米で論じられていることに限られていて。この手の地味な論点について触れられることは、まあないですよね。

「注釈労働基準法・労働契約法 第1巻」(有斐閣2023)

 古(いにしえ)の通達があるくらいで、ここでは参考にならない。何なの「事理明白なもの」って?

昭和27年9月20日基発675号
 購買代金、社宅、寮、その他の福利・厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なものについてのみ、賃金から控除できる。



 仕方がないので、畢竟独自の見解を開陳してみるに。

 『月次でやらずに年調でやる』なんてのは、『国民の皆様に早く減税効果を味あわせてあげよう』というお国の慈悲・下心(立法趣旨)からはおよそ許されない所業であって。この趣旨を没却するような労使協定は無効、と言われてもおかしくはないでしょう。

 念のため。私自身が月次減税を支持しているということではなく。みんな大好き《趣旨解釈》からすれば、このように解釈せざるをえないのでは、ということです。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

 もし、労働者代表に協定してもらえない、あるいは、そもそも協定できない事項だとすると、「月次減税前の所得税」を賃金から控除することは、労働基準法上の「全額払」違反に該当してしまうことになります。


 では仮に、労働者から「個別の同意」がもらえた場合はどうなのか。お国の政策に真っ向から反する同意は無効、ということになってしまうのかどうか。

 この点も、判決まわりの「真意」枠組みでの議論ばかりが目立っていて。(労働法秩序外の)「公序」の観点からの同意規制という論じられ方が目立たない。

 『労働者の同意があったとしても法律上の効力が認められないものがあるか。』という議論については、せいぜいが労働法・民法の「強行法規性」として論じられるくらいで。租税法にかぎらず他の法分野との関係について議論されたものって、あるのでしょうか。
 労基法に「法令に別段の定めがある場合」などといった規定がある以上、他法の規律が流れ込んできてしまうことは避けられないと思うのですが。


 といったように、労基法上の疑問もあるわけですが、では「労基署」が実際にどこまで本気で突っ込むかについては、肌感がないので私には全くわかりません。
 従業員が誰か一人でも密告したら、労基署も対応せざるをえないことになるでしょうか。

 たとえばですが、会社が資金繰り苦しいということで、「6月の給与から、従業員は一定額を会社に貸し付ける。会社は12月に無利息で返す。」みたいな労使協定を結んだとしたら、どう考えてもアウトですよね。これ、従業員にとって経済的なプラス・マイナスでいえば「月次減税やらないで年調でやる」というのと同じノリなはずです。

 もし、前者は駄目だが後者はいいと感じるとするならば、評価が分かれるポイントはどこにあるのでしょうか。


 当然のことながら、国税庁のQ&Aでは、税法以外の規律について触れられることはないです。
 「支払明細」「源泉徴収票」への反映のさせ方については書いてあるのに、「賃金台帳」については何も触れていないのも、前者が所得税法、後者が労働基準法と根拠法(令)の違いを露骨に意識したが故でしょうし。

 以前、インボイスに関して錚々たる官庁が雁首揃えて公表したQ&Aみたいなものを、厚生労働省と連名で発表してくれるのかどうか(期待薄)。

免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A
posted by ウロ at 09:56| Comment(0) | 所得税法

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(税務編)

 以前仄めかしたとおり、「定額減税」についてQ&Aベースのあーでもないこーでもないが溢れかえっており。きちんと条文(成立ずみ)を引用したものが目立たない。

みんな大好き!倒産防(その5) 〜令和6年度改正法律案

 インボイスの8割控除でデマの拡散に付き合わされたというのに、また同じことの繰り返し。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版


 タイトル記載の疑問、ちらほら見かけますが、節税ライターの方々の記事では、下記「国税庁Q&A」の記述をなぞるだけで終わりがち。

2−4 給与所得者における定額減税の適用選択権の有無

問 給与所得者が、主たる給与の支払者のもとで定額減税の適用を受けるか受けないかを、自分で選択することはできますか。
[A] 令和6年6月1日現在、給与の支払者のもとで勤務している人のうち、給与等の源泉徴収において源泉徴収税額表の甲欄が適用される居住者の人(その給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している居住者の人)については、一律に主たる給与の支払者のもとで定額減税の適用を受けることになり、自分で定額減税の適用を受けるか受けないかを選択することはできません。


 ここには「定額減税」としか書かれておらず。
 では「月次減税はしないで年調減税で精算する」という選択をすることは許されるか、という疑問に対して、これだけ読んでもどうしたって結論は出てきません。

 そこで、条文を確認する必要があります。


 年調減税を省いても、月次減税だけで相当なボリュームあるのですが、必要箇所に絞って引用。1年限りなので、ということで「措置法」に規定されており、珍しく措置法の本領発揮という感じ。

新租税特別措置法第四十一条の三の七(令和六年六月以後に支払われる給与等に係る特別控除の額の控除等)
1 令和六年六月一日において給与等(所得税法第百八十三条第一項に規定する給与等をいう。以下この条及び次条において同じ。)の支払者から主たる給与等(給与所得者の扶養控除等申告書(同法第百九十四条第八項に規定する給与所得者の扶養控除等申告書をいう。第三項第一号及び第二号並びに次条第二項第二号において同じ。)の提出の際に経由した給与等の支払者から支払を受ける給与等をいう。以下この項及び次項において同じ。)の支払を受ける者である居住者の同日以後最初に当該支払者から支払を受ける同年中の主たる給与等(同年分の所得税に係るものに限り、同法第百九十条の規定の適用を受けるものを除く。次項及び第五項において「第一回目控除適用給与等」という。)につき同法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額は、当該所得税の額に相当する金額(以下この項及び次項において「第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額」という。)から給与特別控除額を控除した金額に相当する金額とする。この場合において、当該給与特別控除額が当該第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額を超えるときは、当該控除をする金額は、当該第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額に相当する金額とする。

2 前項の場合において、給与特別控除額を第一回目控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額から控除してもなお控除しきれない金額(以下この項において「第一回目控除未済給与特別控除額」という。)があるときは、当該第一回目控除未済給与特別控除額を、前項の居住者が第一回目控除適用給与等の支払を受けた日後に当該第一回目控除適用給与等の支払者から支払を受ける令和六年中の主たる給与等(同年分の所得税に係るものに限り、所得税法第百九十条の規定の適用を受けるものを除く。以下この項において「第二回目以降控除適用給与等」という。)につき同法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額に相当する金額(以下この項において「第二回目以降控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額」という。)から順次控除(それぞれの第二回目以降控除適用給与等に係る控除前源泉徴収税額に相当する金額を限度とする。)をした金額に相当する金額をもつて、それぞれの第二回目以降控除適用給与等につき同節の規定により徴収すべき所得税の額とする。

3 前二項に規定する給与特別控除額は、三万円(次に掲げる者がある場合には、三万円にこれらの者一人につき三万円を加算した金額)とする。
 一 給与所得者の扶養控除等申告書に記載された源泉控除対象配偶者(所得税法第二条第一項第三十三号の四に規定する源泉控除対象配偶者をいい、居住者に限る。第四十一条の三の九第三項第一号において同じ。)で合計所得金額の見積額が四十八万円以下である者
 二 給与所得者の扶養控除等申告書に記載された控除対象扶養親族(所得税法第二条第一項第三十四号の二に規定する控除対象扶養親族をいい、居住者に限る。次条第二項第二号及び第四十一条の三の九第三項第二号において同じ。)
 三 第五項に規定する申告書に記載された同一生計配偶者(第一号に掲げる者を除く。)
 四 第五項に規定する申告書に記載された扶養親族(第二号に掲げる者を除く。)

4 第一項又は第二項の規定の適用がある場合における所得税法その他の所得税に関する法令の規定の適用については、第一項又は第二項の規定による控除をした後の金額に相当する金額は、それぞれ所得税法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額とみなす。


 このうち特に第4項の書きぶりが重要かと思います。
 すなわち、定額減税という独立の減税項目を追加するのではなく。給与源泉できる金額をダイレクトに減らすこととしています。
 こんなこと、わざわざ第4項を設けなくても、第1項の書きぶりからだけでもその趣旨は読み取れるようにも思えます。が、わざわざ「みなす」などという規定でダメ押しをしているわけです。

 同項にいう「所得税法第四編第二章第一節」には複数条文がありますが、メインとなるのは以下の規定かと。

所得税法第百八十三条(源泉徴収義務)
1 居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。


 同条にいう「所得税」が、上記の第4項によって「月次減税後の所得税」に置き替えられるということになります。


 この書きぶりを念頭において、事案に即して検討してみます。

 たとえば、月次減税を適用した場合としなかった場合とで、会社全体の徴収税額が次のとおりになったとします(一度で全額控除しきれたとする)。月次減税しない場合は、12月に年調減税で反映することになると。
         
        2024年 6月分 〜(略)〜 2024年12月分
月次減税する  70万円(▲30万円)     100万円
月次減税しない 100万円          70万円(▲30万円)
 
 どのタイミングで減税しようが、年間通した税額は同額となります(全員が月次・年調とも対象で人員変動なかったとして)。
 が、6月分の源泉税と12月分の源泉税とは別モノとして扱われます。なので、月次減税を適用しなかった場合、形式上は6月分は30万円の「納付しすぎ」、12月分は30万円の「納付不足」ということになります。

 これを税務署側で勝手に相殺してくれるわけではなく。もし充当してほしいなら、あらためて6月分で月次減税を適用した場合の税額を算出して、充当の届出をしなければならないはずです。


 『◯◯しなかったら税務署にバレますか?』的な挨拶文がありますが。月次減税に関しては「ダダ漏れ」だと思います。

 たとえば、5月分と6月分の源泉税納付書を比べてみて、「支給額・人員」が同程度だとして「納税額」も同程度だとしたら、『この会社、月次減税してないな。』とモロバレです。
 通常は、実地調査に入って資料を突き合わせることで指摘事項を上げていくのがメインかと思います。が、定額減税については、税務署の手元資料だけで容易に釣り上げることが可能となっています。
 源泉データから抽出しておいて、年末調整が終わったころに対象会社に一斉にお手紙(お尋ね)出すだけで、入れ食い状態。


 あとは税務署がそこまで本気でやるかどうかの話です。

 ただでさえクソ忙しいであろうに、今年限りの制度のためにそこまで本気をだすか?とも思えます。が、大綱発表直後から、特設サイト・リーフレット・Q&A・様式・動画・全国説明会などなどを次々と繰り出してくるなど、相当なリソースを投入しています。インボイス施行直後の確定申告時期などという地獄の中で、定額減税の準備もやらされているわけです。

 ここまでのことをやらされておきながら、我々納税者が真面目に月次減税しなかったとしたら、八つ当たり・逆恨みくらいされてもおかしくないでしょう。
 あるいは、コロナ禍で激減した調査実績をリカバリーするため、定額減税で取り戻そうとするかもしれません。調査経験積めていない新米調査官の実地教育にもちょうどよさそうですし。

 と、こんなものはあくまでも私の妄想にすぎませんが、「年末調整でやればいいんじゃない」などとお気軽に無責任なことは言いにくいわけです。


 もう一点論点があるのですが、記事を分けます。

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(労務編)
posted by ウロ at 09:55| Comment(0) | 所得税法

2024年03月18日

みんな大好き!倒産防(その9) 〜事例演習編

 倒産防、小規模共済、中退共の、それぞれの通達の書きぶりの違いを、事例演習を通して整理しておきます。

みんな大好き!倒産防(その8) 〜みんな違ってみんな好き

 以下では「法令・通達に記載のないものはおよそ否定される」という《ラディカル文言解釈+反対解釈》に基づいたあてはめをしていきます。
 もちろん、通達を文言解釈・反対解釈するなんてのは、法解釈のお作法を知らない阿呆のやることですが。あえてそれをやってみます。


 以下の事例では「個人が令和6年12月に掛金を納付する」という点のみ共通で、納付月数をずらしていきます。なお、現実世界の「前納上限」は無視して、あくまでも仮想例として検討します。

【事例1】
 2024年12月分(1ヶ月分)を納付した。
 12月分を必要経費算入・所得控除できるか?
(以下では「算入・控除」と略します)

  A 倒産防 必要経費に算入する
  B 小規模 所得控除する
  C 中退共 必要経費に算入する

 これは当たり前じゃん、と思うかもしれません。通達によるまでもなく、法律レベルで算入・控除できるものだろうと。

 確かに、法律の《文言解釈》によるかぎりはそのとおりです。が、そもそもこれらの掛金が算入・控除できる実質的な根拠がよく分からないわけです。どのような根拠かによって、前納した場合や収入の扱いをどうやって説明するかも変わってくるはずです。

 中退共については、一度納付したら、その後解約してももはや事業主の元に戻ってくることはないので、算入されるのはまだ分かります。
 他方で、退職金の積立である小規模共済や、納付40ヶ月で返戻率100%に達する倒産防が、なぜ全額算入・控除できるのかがよく分かりません。

 みんな大好き《包括的所得概念》に従えば、いずれも「純資産の減少」として統一的に説明できるはずです ので、支持者の方々は、ぜひご説明いただければと思います。

 といった問題があるわけですが、以下では当月分は当然に算入・控除できる前提で進めます。

【事例2】
 2024年12月分〜2025年11月分(1年分)を納付した。
 12月分のみを算入・控除できるか?


  A 倒産防 できない(?)
  B 小規模 できる
  C 中退共 できる

 倒産防通達には月割規定がないため、12月分のみ算入するということはできません。倒産防の場合は、納付した分全額算入する/全額算入しないのいずれかになると。

 のはずなんですが。「明細書」に12月分だけを記載したらどうなるでしょうか。
 倒産防通達の書きぶりからすれば一部算入は不可能なはずです。が、運営が出している明細書によると、「当年に支出した負担金等の額C」と「同上のうち必要経費に算入した額D」を別々に記入することになっています。

特定の基金に対する負担金等の必要経費算入に関する明細書(国税庁)

 そこで、上に1年分の金額、下に1ヶ月分の金額だけ記載すれば、12月分だけ算入することができそうです。これは、国税庁ですら、ここまで馬鹿正直に通達を文言解釈していないということなのでしょうか。

 ただ問題は、2025年に残りの11ヶ月分(2025年1月分〜11月分)を算入できるかです。
 この点は「当年」に支出していない以上、明細書に記載できる額がないので、算入できないとなるのでしょう。
 これ、月割規定がないと分かった上であえて二段に分けているとしたら、罠みたいなものでかなり性格が悪い。

【事例3】
 2024年12月分〜2025年11月分(1年分)を納付した。
 1年分全額を算入・控除できるか?


  A 倒産防 する
  B 小規模 差し支えない
  C 中退共 認める(継続適用)

 それぞれ言い回しが異なります。倒産防については「できる」ではなく「する」と書かれています。
 もし算入したくないのであれば、「明細書」を添付しないことによって形式要件を外すことになるでしょうか。が、支出年度である2024年に算入しなかったら、2025年には算入できなくなります。

 また、明細書を添付しないことによって算入しなかったとして、これに対応する「解約手当金」は当然に収入に算入しなくてよいことになるでしょうか。
 「収入金額/必要経費」の判定を、単純な《オセロ思考》によってよいのか、についてはすでに検討したところです。「明細書を添付しない」という形式要件を満たすかどうかによって、解約手当金の収入該当性という実質要件の帰結が左右される、なんてことがあるでしょうか。

【事例4】
 2024年12月分〜2026年11月分(2年分)を納付した。
 12月分を算入・控除できるか?


  A 倒産防 できない(?)
  B 小規模 できる
  C 中退共 できる

 【事例2】と同じ帰結になります。

 倒産防通達では、「前納1年以内」以外は掛金に該当しないと書かれているため、本事例では措置法上の掛金を支払っていないと扱われることになります。とすると、「当年に支出した負担金等の額C」が存在しないとして、明細書Dに12月分だけ記載するというテクニックが使えないことになりそうです。

【事例5】
 2024年12月分〜2026年11月分(2年分)を納付した。
 うち1年分を算入・控除できるか?


  A 倒産防 できない
  B 小規模 できない
  C 中退共 できない

 いずれも、通達の書きぶりからは、前納した掛金が「1年以内」のものでないかぎりは前納規定が適用されないと読めます。
 ただ、小規模共済、中退共は月割規定があることで充当年度が到来すれば算入・控除できるのに対し。倒産防は月割規定がないため、いつになっても算入できることにはならない、ということになります。


 以上、通達の文言解釈+反対解釈から導かれる帰結を、馬鹿正直に記述しただけのものとなります。

 それぞれの帰結が妥当なのか、特にAとBCで違いがあることはどのように説明ができるか、などよく分からないところが残ったままです。
posted by ウロ at 12:58| Comment(0) | 所得税法

2024年03月11日

みんな大好き!倒産防(その8) 〜みんな違ってみんな好き

 前回までの記事で、倒産防、小規模共済、中退共とで、通達の座組みが異なることを記述しました。

みんな大好き!倒産防(その6) 〜小規模共済もお好きでしょ
みんな大好き!倒産防(その7) 〜中退共もお好きでしょ

 整理すると次のとおり(比較のため、個人で揃えます)。
 
A 倒産防
 措置法 掛金を支出した場合、必要経費に算入する。
 通達1 損金算入できるのは、現実に支払ったら。
 通達2 
 通達3 1年以内を除いて「掛金」に該当しない。

B 小規模共済
 所法  掛金を支払った場合、所得から控除する。
 通達1 損金算入できるのは、現実に支払ったら。
 通達2 前納は到来分のみ控除できる。
 通達3 1年以内であれば支払った金額としても差し支えない。

C 中退共
 所令  掛金を支出した場合、必要経費に算入する。
 通達1 現実に支払ったら。確定申告期限までに支払ったら未払計上でもよい。
 通達2 前納は到来分のみ必要経費に算入できる。
 通達3 1年以内であればこれを認める(短期前払費用の特例)。

 (以下、2023年12月に、2023年12月分〜2024年11月分を前納したという事例を想定しながら記述します。)


 前納1年ルールについて以前検討したときは、A倒産防通達が、法律で認められている経費算入を制限しているのか、それとも法律を超えて経費算入を拡張しているのかが分からない、ということを述べました。

 この点につき、B小規模共済通達・C中退共通達の書きぶりと比べると、次のことがいえそうです。

 すなわち、BCとも、通達2によって、法律上はあくまでも充当分だけを控除・算入できると解釈しています。そのうえで、通達3により1年分の控除・算入も認めてあげる、となっています。
 他方で、Aでは通達2に相当するものがなく。通達3で、措置法上の掛金が「前納1年以内」なんだと解釈している、という書きぶりとなっています。

 つまり、法律で認められていないものを通達で広げているのではなく。措置法の「掛金」そのものが「前納1年以内」だと解釈していることになっています。
 この解釈が正しいかどうかは別として。A通達3は、その書きぶりからして緩和通達でも制限通達でもなく。ただの「解釈通達」だと自認しているものといえます。

 ・法令レベルのルール
   A 倒産防 1年以内(措置法+A通達3による解釈)
   B 小規模共済 充当分のみ(所得税法+B通達2による解釈)
   C 中退共 充当分のみ(所得税法施行令+C通達2による解釈)

 ・通達による拡張ルール
   A 倒産防 なし
   B 小規模共済 1年以内(B通達3による拡張)
   C 中退共 1年以内(C通達3による拡張)


 以上の交通整理を前提とすると、たとえば「2年分前納」した場合の取り扱い、それぞれの結論は次のとおりとなります(現実の「前納上限」はさしあたり無視します)。

A 倒産防
 1年超は掛金に該当しないので、全額必要経費算入できない。
B 小規模共済
 B通達2により、充当分のみ所得控除できる。
C 中退共
 C通達2により、充当分のみ必要経費算入できる。

 BCは、通達2があることにより、充当分だけ控除・算入できることになります。他方で、Aでは、1年超はそもそも掛金に該当しないとされてしまっており、通達2に対応するものがないので、全額損金算入が否定されるということになります。

 このような違いが妥当かどうかは議論の余地がありますが、通達を丸呑みするならば、このような結論となるはずです。


 倒産防通達がこのようなものだとして。今回の改正で追加される「2年制限ルール」と現行の倒産防通達との関係も気になるところ。
 次のような事例ではどうなるでしょうか。

【事例】
 解約から1年11ヶ月後に1年分前納した。前納した1年分のうち11ヶ月分は必要経費算入できるか。

 改正法では、2年経過までに「支出する」と書いてあるので、解約〜支出までが2年空いているかどうかによって判定されることになると思われます。
 この事例では、納付月の1ヶ月分を除く11ヶ月分は、解約から2年経過後に毎月充当されていくものです。とすると、充当された各時点で「支出した」ことになり、それぞれの月ごとに必要経費算入できるでしょうか。

 この点、倒産防にはBC通達2に相当するものがありません。そのため、現実に支出した前納時にすべて「支出した」ことになります。
 結果、1年分全額が2年以内に支払ったものとなるため、必要経費算入できないとなるかと思われます。

【改正後の構造】
 措置法1 掛金を支出した場合、必要経費に算入する。
   通達1 損金算入できるのは、現実に支払ったら。
   通達2 無し。
   通達3 1年以内を除いて「掛金」に該当しない。
 措置法2 解約後2年以内の支出は必要経費に算入しない。

 現実に支払っているし(通達1)、前納1年以内なので(通達3)、措置法1により必要経費に算入できるかと思いきや。通達2がないせいで2年以内に1年分すべてを支出していることになるため、必要経費に算入できない(措置法2)ということになります。


 以上は、あくまでも現行のABC通達のそれぞれの書き分けを前提として、経路依存的に辿っていったらどういう帰結になるか、を検討したものにすぎません。
 これらの書き分けが本当に正当性のあるものなのかについては、何らの評価も入れていません。

 例によって、この手の地に足のついた議論を頭のいい学者先生が展開してくれることは望めません。
 だからといって、場末の税理士が畢竟独自の見解を唱えたところで虚無でしょう。なので、我々野良税理士は、適度な落とし所を探りつつ、有りモノでどうにか遣り繰りしていくしかないのが現状です。

 しかしまあ、法解釈の権限も責務も有する裁判所が「通達の文言解釈」なんかやり出すのは、どう考えても職務放棄(だった)でしょうよ。

解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決
posted by ウロ at 10:07| Comment(0) | 所得税法

2024年03月04日

みんな大好き!倒産防(その7) 〜中退共もお好きでしょ

 前回は所得控除である「小規模共済」と比較しました。

みんな大好き!倒産防(その6) 〜小規模共済もお好きでしょ

 今回は、同じ必要経費グループである「中退共」と比較します。


 まずは、前座(失礼)としての所得税法。

・所得税法 第二十七条(事業所得)
1 事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。
2 事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。

・所得税法 第三十七条(必要経費)
1 その年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。


 法律レベルでは、中退共専用の規定があるわけではなく。
 政令に、それ用の規定がでてきます。

・所得税法施行令 第六十四条(確定給付企業年金規約等に基づく掛金等の取扱い)
1 事業を営む個人又は法人が支出した次の各号に掲げる掛金、保険料、事業主掛金又は信託金等は、当該各号に規定する被共済者、加入者、受益者等、企業型年金加入者、個人型年金加入者又は信託の受益者等に対する給与所得に係る収入金額に含まれないものとする。
一 独立行政法人勤労者退職金共済機構又は第七十四条第五項(特定退職金共済団体の承認)に規定する特定退職金共済団体が行う退職金共済に関する制度に基づいてその被共済者のために支出した掛金(第七十六条第一項第二号ロからヘまで(退職金共済制度等に基づく一時金で退職手当等とみなさないもの)に掲げる掛金を除くものとし、中小企業退職金共済法(昭和三十四年法律第百六十号)第五十三条(従前の積立事業についての取扱い)の規定により独立行政法人勤労者退職金共済機構に納付した金額を含む。)
2 事業を営む個人が、前項各号に掲げる掛金、保険料、事業主掛金又は信託金等を支出した場合には、その支出した金額(略)は、その支出した日の属する年分の当該事業に係る事業所得の金額の計算上、必要経費に算入する。


 規定が納められている場所からも分かるとおり、これは「給与所得」に関する規定です。コピペ元間違えたわけではなく。2項までお読みください。
 1項の「掛金は給与所得の収入金額としない」というのがメインです。2項はオマケみたいな扱いです。

 倒産防が、措置法様によって特別に必要経費扱いして頂いている感丸出しなのに対して。
 中退共の場合、もともと必要経費であるものを政令で確認しただけなのか(確認規定)、それとも、必要経費でないものを政令によって特別に必要経費扱いして頂いているのか(創設規定)。この規定の位置づけや書きぶりだけでは、読み取ることが困難です。

 それはともかく、政令によって中退共掛金は必要経費に算入することになっています。
 では、通達にはどのような規定があるかというと。
 
・所得税基本通達 法第37条((必要経費))関係〔その他の共通費用〕
37−29(退職金共済掛金等の必要経費算入の時期)
 令第64条第1項第1号から第6号まで《確定給付企業年金規約等に基づく掛金等の取扱い》に掲げる掛金、保険料、事業主掛金又は信託金等(以下この項において「掛金等」という。)は、翌年分以後の掛金等を前納した場合を除き、現実に支払(中小企業退職金共済法第2条第5項に規定する特定業種退職金共済契約に係る掛金については、共済手帳への退職金共済証紙の貼付けを含む。)をした日の属する年分の必要経費に算入する。ただし、その年中において支払期限の到来した掛金等を未払金として計上している場合において、その年分の確定申告期限までに当該掛金等の支払をしたときは、当該支払期限の到来した日の属する年分の必要経費に算入することができる。
(注) これらの掛金等について現実に支払をするまで必要経費に算入しないこととするのは、これらの掛金等を所定の期日までに支払わない場合には、その契約が解除され、未払掛金等の支払を要しないこととなるからである。

37−30(前納掛金等の必要経費算入)
 37−29の掛金等を前納した場合において、当該前納した掛金等のうちに翌年以後の期間分の掛金等があるときは、その前納した期間の属するそれぞれの年分の必要経費に算入する金額は、次の算式により計算した金額とする。
(算式)
 前納した掛金等の総額(前年により割引された場合には、その割引後の金額)×(前納した掛金等に係るその年中に到来する支払期日の回数)÷(前納した掛金等に係る支払期日の総回数)


 37-29は、小規模共済通達の74・75-1の(1)に対応するものです。
  ・現実に支払ったときに必要経費算入
  ・前納した場合は除く
  ・納期到来分は、確定申告期限までに支払えば未払計上でも算入してよい
となっています。
 未払の扱いが、小規模共済、倒産防にはない特有の規定です。同時に、法人とも異なる、個人特有の規定でもあります。

 37-30が、小規模共済通達の74・75-1の(2)に対応するものです。
 こちらは小規模共済と同様で、納付期限が到来したものだけ必要経費になるとしています。


 さて、前納1年はどうなっているかというと。

37−30の2(短期の前払費用)
 前払費用(一定の契約に基づき継続的に役務の提供を受けるために支出した費用のうちその年12月31日においてまだ提供を受けていない役務に対応するものをいう。以下この項において同じ。)の額はその年分の必要経費に算入されないのであるが、その者が、前払費用の額でその支払った日から1年以内に提供を受ける役務に係るものを支払った場合において、その支払った額に相当する金額を継続してその支払った日の属する年分の必要経費に算入しているときは、これを認める。


 明記はされていないのですが、置き場所からするとこれを使えということなのでしょう。節税ライターの皆さんが大好きな「短期前払費用の特例」が、こんなところに出てきました。

 中退共専用の規定は用意されておらず。中退共が「一定の契約」云々にあたるのかどうかよく分かりません。運営のサイトでも、前納の税務上の扱いについては何も触れていないですし。

9-2-1.掛金は税法上どのように取り扱われますか?(独立行政法人勤労者退職金共済機構)

 が、一応これが使えると捉えておきます。


 前回の小規模共済は「所得控除」であったことから、倒産防とは違う規律であったとしても、それなりに理屈づけることはできそうな感じではありました。他方で、中退共は倒産防と同じ必要経費グループだというのに、通達の書きぶりが異なるわけです。
 単に書きぶりが異なるだけならまだいいのですが、前納1年を算入するには、倒産防は無条件なのに、中退共は「短期前払費用の特例」の条件に従い継続性などが要求されることになっています。

 このような違いを説明するとしたら、倒産防と中退共とで同じ必要経費扱いとされるものの、そもそもの算入できる根拠が異なる、というしかないような気がします。
 が、通達ではそれぞれの場所にそれぞれのルールが書いてあるだけで、その根拠を何も語ってはくれません。し、頭のいい学者先生がこのような地に足のついた議論を展開してくれることなど、期待してはいけないのでしょう。

みんな大好き!倒産防(その8) 〜みんな違ってみんな好き
posted by ウロ at 12:07| Comment(0) | 所得税法

2024年02月26日

みんな大好き!倒産防(その6) 〜小規模共済もお好きでしょ

 これまでの記事では、法人税法における「益金/損金」を念頭において検討してきました。

みんな大好き!倒産防(その5) 〜令和6年度改正法律案

 「個人」の場合は、これが所得税法における事業所得の「収入金額/必要経費」に置き換わるわけですが、論ずべきことは法人と同じはずです。

 一応、条文と通達を貼り付けておきます。

・所得税法 第二十七条(事業所得)
1 事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。
2 事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。

・所得税法 第三十七条(必要経費)
1 その年分の事業所得の金額(略)の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。

・租税特別措置法 第二十八条(特定の基金に対する負担金等の必要経費算入の特例)
1 個人が、各年において、長期間にわたつて使用され、又は運用される基金に係る負担金又は掛金で次に掲げるものを支出した場合には、その支出した金額は、その支出した日の属する年分の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入する。
二 独立行政法人中小企業基盤整備機構が行う中小企業倒産防止共済法(昭和五十二年法律第八十四号)の規定による中小企業倒産防止共済事業に係る基金に充てるための同法第二条第二項に規定する共済契約に係る掛金
2 前項の規定は、確定申告書に同項に規定する金額の必要経費に関する明細書の添付がない場合には、適用しない。ただし、当該添付がない確定申告書の提出があつた場合においても、その添付がなかつたことにつき税務署長がやむを得ない事情があると認める場合において、当該明細書の提出があつたときは、この限りでない。

・改正法案
第二十八条第二項中「前項」を「第一項」に改め、同項を同条第三項とし、同条第一項の次に次の一項を加える。
 2 前項(第二号に係る部分に限る。)の規定は、個人の締結していた同号に規定する共済契約につき解除があつた後同号に規定する共済契約を締結した当該個人がその解除の日から同日以後二年を経過する日までの間に当該共済契約について支出する同号に掲げる掛金については、適用しない。

・改正後措置法 第二十八条
1 個人が、各年において、長期間にわたつて使用され、又は運用される基金に係る負担金又は掛金で次に掲げるものを支出した場合には、その支出した金額は、その支出した日の属する年分の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入する。
二 独立行政法人中小企業基盤整備機構が行う中小企業倒産防止共済法(昭和五十二年法律第八十四号)の規定による中小企業倒産防止共済事業に係る基金に充てるための同法第二条第二項に規定する共済契約に係る掛金
 2 前項(第二号に係る部分に限る。)の規定は、個人の締結していた同号に規定する共済契約につき解除があつた後同号に規定する共済契約を締結した当該個人がその解除の日から同日以後二年を経過する日までの間に当該共済契約について支出する同号に掲げる掛金については、適用しない。
3 第一項の規定は、確定申告書に同項に規定する金額の必要経費に関する明細書の添付がない場合には、適用しない。ただし、当該添付がない確定申告書の提出があつた場合においても、その添付がなかつたことにつき税務署長がやむを得ない事情があると認める場合において、当該明細書の提出があつたときは、この限りでない。

・租税特別措置法に係る所得税の取扱いについて (措置法通達(所得税関係))
第28条((特定の基金に対する負担金等の必要経費算入の特例))関係
28−2(負担金等の必要経費算入時期)
 措置法第28条に規定する負担金又は掛金(以下この項において「負担金等」という。)の必要経費算入時期は、個人が当該負担金等を現実に支払った日(財務大臣の指定前に支払ったものについては、その指定のあった日)の属する年分となることに留意する。
28−3(中小企業倒産防止共済事業の前払掛金)
 中小企業倒産防止共済法(昭和52年法律第84号)の規定により共済契約を締結した者が独立行政法人中小企業基盤整備機構に前納した共済契約に係る掛金は、前納の期間が1年以内であるものを除き、措置法第28条第1項第2号に掲げる掛金に該当しない。


 構造は法人と全く同じで。
 通達で前納1年に制限しちゃっていいのかということと、解約手当金は必要経費の裏返しだからといって当然のごとく事業所得の収入金額として扱っていいのか、ということが、やはり問題となるわけです。

 この点については、すでに法人について論じたところを参照してもらうとして。

 ちなみに、現行の2項にいう「明細書」、今ではオフィシャルなものが出てますが。どういうわけか最近まで決まった書式がありませんでした。

特定の基金に対する負担金等の必要経費算入に関する明細書


 法人と同じなのに、わざわざ個人のほうまで持ち出した理由。所得税における節税ライターの皆さんの鉄板ネタ、「小規模企業共済」との対比をするためです。

 法人 倒産防(益金/損金)
 個人 倒産防(収入金額/必要経費)
 個人 小規模共済(一時所得/所得控除)

 「解約手当金」の扱いについては省略して、以下「掛金」のほうだけ検討します。
 まず、御本尊である「所得控除」の規定から。

・所得税法 第七十五条(小規模企業共済等掛金控除)
1 居住者が、各年において、小規模企業共済等掛金を支払つた場合には、その支払つた金額を、その者のその年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額から控除する。
2 前項に規定する小規模企業共済等掛金とは、次に掲げる掛金をいう。
一 小規模企業共済法(昭和四十年法律第百二号)第二条第二項(定義)に規定する共済契約(政令で定めるものを除く。)に基づく掛金


 倒産防と異なり、措置法様に所得マイナスしていただくのではなく。所得税法の中に規定されています。

 節税商品としての節操のない使われ方からすれば、倒産防と同じくこちらにも「2年制限」が入ってもおかしくなさそうです、が、その場合は措置法ではなく所得税法本体に改正を入れなければならないことになります。
 まあ、措置法より所得税法のほうが改正しにくい、なんてのは雰囲気だけでしょうから。改正しようと思えばいつでもできてしまうはずです。


 では、「前納」についてはどう定められているかというと。
 倒産防と同じく、通達で規定されています。

・所得税法基本通達 法第74条《社会保険料控除》及び第75条《小規模企業共済等掛金控除》関係
74・75-1(その年に支払った社会保険料又は小規模企業共済等掛金)
 法第74条第1項又は第75条第1項に規定する「支払った金額」については、次による。
(1) 納付期日が到来した社会保険料又は小規模企業共済等掛金(以下74・75-3までにおいてこれらを「社会保険料等」という。)であっても、現実に支払っていないものは含まれない。
(2) 前納した社会保険料等については、次の算式により計算した金額はその年において支払った金額とする。
 (算式)
 前納した社会保険料等の総額(前納により割引された場合には、その割引後の金額)×(前納した社会保険料等に係るその年中に到来する納付期日の回数)÷(前納した社会保険料等に係る納付期日の総回数)

(注) 前納した社会保険料等とは、各納付期日が到来するごとに社会保険料等に充当するものとしてあらかじめ納付した金額で、まだ充当されない残額があるうちに年金等の給付事由が生じたなどにより社会保険料等の納付を要しないこととなった場合に当該残額に相当する金額が返還されることとなっているものをいう。

74・75-2(前納した社会保険料等の特例)
 前納した社会保険料等のうちその前納の期間が1年以内のもの及び法令に一定期間の社会保険料等を前納することができる旨の規定がある場合における当該規定に基づき前納したものについては、その前納をした者がその前納した社会保険料等の全額をその支払った年の社会保険料等として確定申告書又は給与所得者の保険料控除申告書に記載した場合には、74・75-1の(2)にかかわらず、その全額をその年において支払った社会保険料等の金額として差し支えない。
 なお、この前納した社会保険料等の特例(以下この項において「特例」という。)を適用せずに確定申告書を提出した場合には、その後において更正の請求をするときにおいても、この特例を適用することはできないことに留意する。


 倒産防には対応するものがない、前納した場合の按分算式が、75-1(2)(以下「74・」は省略)に規定されています。要するに、前納した場合は納付期日がきて充当されてはじめて「支払った」ことになるのだと。
 「社会保険料」と「小規模共済等」とが抱き合わせ感まる出しで規定されていて。全く同じ扱いでいいのか、という疑問もあるものの、さしあたり正しいものとしておきます。

 で、75-1を踏まえたうえで、75-2の『特例』によって、前納1年までなら所得控除しても「差し支えない。」こととしています。
 同じく「前納1年にかぎる」というのに、なぜ倒産防とは言い回しを変えてきているのか。何かしらの意図があるのかどうか。

  倒産防   「1年以内」以外は掛金に該当しない。
  小規模共済 「1年以内」なら所得控除に入れても差し支えない。


 所得税法72条以下の一連の「所得控除」を見ていただければ分かるとおり、ここには種々雑多な政策的考慮が煮染められた控除項目が陳列されています。
 「益金/損金」「収入金額/必要経費」のような、プラス/マイナスの対概念が想定しがたいところ。

   益金⇔損金
   収入金額⇔必要経費
   ????⇔所得控除

 倒産防の場合は、費用性が(ほぼ)ないにもかかわらず、政策的な考慮から「損金・必要経費」扱いされているわけです。これと比べても、小規模共済の「所得控除」なんて、より強烈な政策的な考慮が働いているのでしょう。
 確かに、所得税法/措置法という置き場所だけから対比すれば、措置法に規定されている倒産防のほうが政策的考慮が強そうにも思えます。が、退職金の積立にすぎない小規模共済掛金全額を、所得からそのまま控除してくれるなんて、倒産防以上の政策的考慮が働いているといえるのではないでしょうか。


 倒産防でははっきりしませんでしたが、小規模共済については充当されて所得控除できるという解釈が示されています。
 と言ったすぐそばから、前納1年までOKだと勝手に広げてしまっています。通達自身はこれを『特例』だと自称していて、マッチポンプも甚だしい。

 倒産防の場合は、措置法で損金算入できるとしたこと自体が、法人税法に対する特例という位置づけだったわけです。
 他方で、小規模共済においては、通達で所得税法を狭めて解釈した上で、通達で特別に緩和してあげる、という遣り口となっています。自らのスペシャル感を出したいがために、法律を貶めるきたねえ手口ですね。

 そして、法律を勝手に拡張しちゃっただけだから、後から「更正の請求」されても認めてあげられないよと。
 これは通常の「当初申告要件」が、当初の適法な申告から適法な申告には直せない(適法申告⇒適法申告)というのとは違っていて。「充当した分」から「前納1年分」に直すのは適法申告から違法申告に直すことだから、当然法律上認めてあげることはできません、ということを言っているわけです。
 当初申告なら違法なものも認めるが、更正段階では違法なものは認められない、という謎の中途半端な潔癖ぶりが発揮されています。

 納税者有利だから誰も何も文句を言わないものの。《合法性の原則》からすれば、めちゃくちゃな実務運用と評価されるところでしょう。


 翻って。

 倒産防についても、以上の小規模共済の通達を横流しすれば、「充当されたら必要経費に該当、前納1年は通達が勝手に拡張」といえるところです。
 が、措置法通達と所得税通達とで書きぶりが異なっているわけで。単純にパラレルな理解をしてしまってよいものなのかどうか。

 そもそもの話、通達にどう書いてあるかは参考にすぎず。法律上の「損金」「必要経費」「所得控除」それぞれの解釈から導き出すのが本筋なのでしょう。
 が、例によって心の余裕ないので、ここでは以上の整理整頓までにとどめておきます。

みんな大好き!倒産防(その7) 〜中退共もお好きでしょ
posted by ウロ at 11:11| Comment(0) | 所得税法

2023年06月05日

信託型ストックオプション雑感

※若干加筆しました。

 一部界隈にて大騒ぎの。現時点での雑感を。

 外野の税理士からすると、税務上の論点というかぎりでは、おなじみ課税庁との「見解の相違」の一過程ぐらいの感覚。ではありますが、いきなり徴収処分から入る源泉徴収の問題でもあり、法人・個人両方に跨っていることでもあり、今後対応される方の心労は、なかなかハードなものでしょう。

 「スタートアップを潰す気か!」的な憤りを国税庁に向けて述べられている方もいらっしゃって。これから後始末に追われることを考えたら、それぐらい強い感情が生じるのも分かります。当時のCFOあたりが推進したのかどうか分かりませんが、今頃社内で針のむしろかもしれません。


 以下、信託SO(と略します)が有償SOに該当して譲渡所得課税のみなのか、または給与所得に該当してしまうのか、に関する直接的な見解は一切示しません。

 というのも、この手のスキーム、おおまかには下記Q&AのP5のポンチ絵のとおりなんでしょうが、それぞれの契約にはかなりテクニカルな条項が含まれていると思われます。そしてそこが本スキームを有償SOと扱うための肝なのではないかと推測されます。
 仮に、我々ド素人が、付け焼き刃の知識で同じようにスキーム組んだとしても、同じ扱いにはならないはずです。

 ので、これら条項が公開されないかぎりは、その適否を判断することはできません(し、公開されたところで判断できるとは限らない)。下手すると、発行企業にもチラ見せしただけで、実際の契約書は利用企業側で保管していないかもしれない。サマリーだけ保管とか。
 ノウハウを転用されないためには、必要な手段ではあります。

 また、セーフハーバーとしての「行使価額」ルールについても触れません。
 こちらは、信託SO⇒適格SO誘導のためのバーターであってそこに「理」はない、と感じられるので。私の立場からは、ここに語るべき何かはないと思います(もちろん、発行企業にとっては重要な論点です)。


 前口上はこれくらいで、まずは運営側の公式見解から。

ストックオプションに対する課税(Q&A)(情報)


 信託SOだけでなく、無償/非適格、有償/非適格、適格といった他のSOにも触れているのは、丁寧というのか、あるいは、信託SOを狙い撃ちしたわけでなく、あくまでもSOの課税関係をあらためて整理しただけですよ、というアリバイ作りのためなのか。
 国税庁が出すにしては、珍しいタイプのQ&Aだな、と感じました。大体が、前提をすっ飛ばして「それしか」書いていないことがよくあるので。


 肝心の、信託SOが給与所得となることについては、問3(P4〜)に記載があるのですが、その理由付けが薄味すぎる。

(注3)税制非適格ストックオプション(信託型)については、
・ 信託が役職員にストックオプションを付与していること、信託が有償でストックオプションを取得していることなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たらず、「給与として課税されない」との見解がありますが、
・ 実質的には、会社が役職員にストックオプションを付与していること、役職員に金銭等の負担がないことなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たり、「給与として課税される」こととなります。


 「会社が役職員にストックオプションを付与していること」「役職員に金銭等の負担がないこと」が理由付けのように書かれていますが、これも結論を言っているだけです。
 問題はそのような評価ができる「実質的」な根拠であり、それを条文解釈としてどのように導くことができるか、が重要です。その大事な部分がごっそり抜け落ちている。

 信託SOでは「法人課税信託」をかますことで、「発行会社⇔信託」と「信託⇔役職員」を法形式上分断した上で、信託が有償取得しているわけです。のに、この法形式を無視して、「発行会社から役職員が」「労務提供の対価として」ストックオプションを取得した、といえるのはどういう理屈なのか。ここの説明がされていません。

 まあ、課税庁側からすれば、信託SOといっても様々バリエーションがありうるので、理由付けもそれぞれ違う、ということなのかもしれません。が、「信託SOは全て給与課税する(していた)」とぶち上げてしまった以上、全ての信託SOに対する理由付けが必要でしょう。

 行き過ぎた『信託なら、何でも出来る』勢に対して課税庁側が警戒的なのは当然として。信託の法形式を乗り越えるロジックが何なのか、いかにも説明不足。

 まあ、さすがに課税庁内部でこの程度の論証で「給与所得でGO!」とはならなかったはずで。今後の裁判に備えてあまりベラベラ喋らないようにしたのでしょうか。課税庁が裁判で理由付けを挿げ替えるのは、良し悪しは別として、まあありがちなことです。
 「あのときはこう言ってたじゃないか」というツッコミを回避しようとしているのかどうか。


 そもそも「法人課税信託」というものが、受益者が現れる前に先走って、受託者に法人税を課税するものとなっています。そうだとして、後に受益者が現れた段階で何らかの「調整」を行うこともありえたはずですが、そうすることはなく。受託者に法人税が課税されっぱなしで終了となっています。

 本スキームはこの点を逆手に取って、わざと法人税を課税されにいくことで、その後の受託者⇒受益者間の移転に課税関係が生じないようにしているものと思われます。受益者が「個人」であれば本来必要となる、所得分類についての性質決定をすっ飛ばすことができることになっています(上述したとおり、この結論にもっていくために、極めて精密な条項が設定されていると推測されます)。

 事後的な調整規定がない以上は形式的には手が出せないのであって、どのようにここを乗り越えるのか。


 ここまでは課税庁側への雑感。以下はスキーム屋さんと利用企業側に対する雑感。


 最大の謎が、公式ルートの「事前照会」をしていたのかどうか、です。

事前照会に対する文書回答手続

 窓口の職員何万人に聞いたところで、それは野良税理士がブログでゴチャゴチャ言っているのとかわりはありません。あくまでも公式ルートでの見解でないかぎり、それを国税庁の見解とは言いません。

 今回、国税庁が「もともと給与所得のつもりでしたけど」と言っているということは、誰も公式での照会はされていなかったんでしょうか。
 確かに、論点によってはやぶ蛇になるからあえて聞かずに所轄レベルでごにょごにょする、という大人の知恵もありうるでしょう。が、本件は実際に大騒ぎになっているとおり、そんな小手先のテクニックで済む問題ではない。

 本件がどうかは分かりませんが、文書回答されてしまうとノウハウが他所に公開されてしまう、という懸念から照会しないということもありうるので、そういう事情があったのかどうか。公開されたくないから特許出願しない、というのと同じ理屈です。


 当然のことながら、国税庁の判断は司法判断ではありません(建前上)。が、国税庁がSAFEといえば事実上誰も争えなくなりますし、OUTといわれれば素直に訴訟ルートへ進めばいいだけです。
 スキーム屋さんのほうでも、在野の専門家に確認ずみだということであれば、訴訟準備も万全だったはずです。

 特に、源泉徴収の場合、自分から納付しておいていきなり返還訴訟(給付訴訟)をかます、というダイレクトアタックが可能です。事前照会だとなかなか書面回答くれない、ということがあったとしても、こちらのルートなら強制的に巻き込みが可能です。

 この点についてもやはり、裁判でノウハウがダダ漏れになるのを忌避した、ということなんでしょうかね。また、企業にとっても係争中となると敬遠したくなるので、それによって本スキームが売れなくなるのを避けたかったのかどうか。


 税務紛争は複数の層からなっています。

  A 税務署、国税局、国税庁 (行政)
  B 国税不服審判所 (行政)
  C 裁判所 (司法)

 A層もそれぞれ分解してもよいのですが、とりあえずひとまとめで。
 現時点ではA層で見解が出ただけであって、その先BCがあります。Aで給与扱いされるなんて、今までの課税庁のノリからすればサプライズでも何でもない。
 事前照会もしていない、単に在野の専門家がOK出しただけの状態なのは当事者ならば分かっていたはずで。Aの見解が出ただけで大騒ぎする理由が分かりません。「訴訟へGO!」のための通過儀礼くらいの気持ちではなかったのか。


 会計上もあれやこれや問題が生じるのかもしれません。が、「Aでは給与扱いされる可能性大だが、BCで逆転できるはず」という税務紛争のプロセスを織り込んだ評価がなされていなかったのか。単に「勝てる!(と専門家が言っている)」という部分だけしか織り込まなかったということなんでしょうか(完全専門外なので、適当なことを言っています)。

 「課税リスク」といっても、ABCのどのレベルで生じるかによって、その中身は異なるはずです。
 スキーム屋さんも、売り込む際に「どうせ課税庁は給与といってくるけども、」という前置きをしておかなかったんですかね。課税庁レベルでも言い負かせる、という自信があったのか。


 「司法判断」がどうなるか、ということですが、これは正直どちらもありうると思っています。

 今回の紛争構造、単純化して図式的に言えば、

  形式重視(発行企業)×実質重視(課税庁)

となっています。
 巷では「最近の裁判所の傾向は「文理解釈」が重視されている」などと評されることがあります。ので、今回もいけるんじゃないかと。

 が、私の見立てでは、その時々の裁判体によって、あるいは事案によって、形式重視/実質重視が一定していないように感じます。そこには、租税法解釈に対する司法としての一貫したポリシーがあるわけでは無く。

 TPR事件判決のように、条文上存在しない適格要件を組織再編税制の趣旨(と言われているもの)から勝手に付け加えたり(上告不受理)。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

 あるいは、りそな外税控除事件判決のように「制度濫用法理」で適用制限をしたり(記事なし)。
 ホステス報酬源泉徴収事件では、「期間」を文理解釈しつつ、それだけでは不安なのか趣旨まで持ち出したり。

フローチャートを作ろう(その2) 〜定義付け解釈

 通達の文理解釈なんて馬鹿なことをやってないで、ちゃんと裁判所として法解釈しなさい、とまともな判断をしている判決がある一方で。

解釈の解釈の介錯 〜最高裁令和2年3月24日判決

 課税庁におもねりまくった激弱判決があったり。

虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 「納税者の予測可能性」云々を言ったところで、裁判所の解釈ポリシーが一貫していないんじゃ絵に描いた餅じゃん、というのが、これまでの本ブログでの問題意識。
 「近時の裁判所は文理を重視してくれるから大丈夫」などとは私にはとても言えない。否認規定がない場面であっても、制度趣旨からファントム要件を追加したり、制度濫用といったりしているわけで。


 給与課税する理屈としては、税法レベルでの例外則の発動と、信託法レベルで信託を無効とすることが考えられます。

 税法レベルでの例外則というのは、法人課税信託を逆手に取った使いっぷりを「制度の濫用」と評価することです。「租税法律主義の下で濫用法理なんて使えるの!?」と思うかもしれませんが、すでに前科があるのでありえないことではないです。

 他方で、信託法レベルでは、本件スキームにおける信託を無効と解釈することが考えられます。
 すなわち、本スキームにおける信託契約では、必然的に受託者が委託者である発行企業の言いなりになるよう設定せざるをえません。たとえば、どの役職員にどれだけ分配するかは受託者側で判断することはできず、もっぱら発行企業側の独断で決定することになるはずです。
 この点をとらえて、受託者の権限が弱すぎる/委託者の権限が強すぎる信託は無効だという主張することが考えられます(受動信託・名義信託)。税法学において「私法上の法律構成による否認論」と呼ばれているもののお仲間になるでしょうか。
 スキーム屋さんの中には、これを避けるために、受託者の権限を弱める/委託者の権限を強める条項を本契約とは別の紙で設定することを考える人がいるかもしれません(これは単なる邪推です)。

 もしかすると、これらの点について一般論として本格展開するわけにもいかない、ということで、上記Q&Aでは完全沈黙しているのでしょうか。
 これら理屈の性質上、個々の事案ごとに判断せざるをえません。ので、訴訟において立ち向かってきた納税者に対してのみ、個々の事案ごとに相応しい理論構成をして各個撃破していく、というのが国税庁の方針なのかもしれません。

 と、給与課税とするための道具立てはいくつか用意されているのであって。「租税法律主義」「文理解釈」などというお題目だけで一点突破できると思っているとしたら、あまりにも純情すぎて羨ましい。私自身も、租税法の教科書の序章とか第一章を読んでいるあたりでは、そんな気持ちでしたよ。


 以上、信託型ストックオプションというハイカラな素材を扱っておきながら、自分の語れる範囲に無理やり持ってくるという悪い例(牽強付会)。

◯ 2023/7/10加筆
 7月にQ&Aが改訂されまして。

 ストックオプションに対する課税(Q&A)令和5年7月最終改訂

 「問12」で信託SOが適格SOとして認められるための要件が列挙されています。
 が、「税制適格の信託SO」なんて独自の旨味はないわけで。これは信託SOを発行ずみの企業が適格SOに逃げるための遣り口を指南してあげているということなんでしょう。

 これ、ノーマルの適格SOの要件をそのまま信託型に横流ししたような書きぶりになっており。信託かましているのに、ノーマル適格SOのアナロジーでそのままはめ込んでもいいのか、疑問が無くはないです。
 まあ、国税庁がオフィシャルで認めてくれている以上、これは正しいものとして進めてもいいんでしょう。

 ちなみに、

@ 信託型ストックオプションに係る信託契約において、原則として、信託の受託者が自身の判断で、そのストックオプションの行使又は第三者への譲渡をすることができないとされていること。

と、ノーマルの適格SOにない要件が付け加わっているのは、「受託者言いなり信託」なら信託かましていることを無視してもいい、という理解が前提となっているんでしょうかね(名義信託の問題)。
 例によって結論しか書いていないので、そのあたりはよくわかりません。
posted by ウロ at 10:20| Comment(0) | 所得税法

2023年01月23日

必要経費 vs 家事費・家事関連費

 消費税法の連作記事、もう少し続くのですが、こちらは時期もの(風物詩)なので先出ししておきます。

 巷に溢れる「生活費を必要経費に突っ込もう」的な話。非税理士によるお役立ち記事にしばしば見られるのですが、なかなか危ういことまで書いてあったりします。

 本ブログでは、家事費・家事関連費の規律について、例によって条文の確認だけしておきます。


 まず、所得税法から。

法第四十五条(家事関連費等の必要経費不算入等)
1 居住者が支出し又は納付する次に掲げるものの額は、その者の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上、必要経費に算入しない。
一 家事上の経費及びこれに関連する経費で政令で定めるもの


 法レベルでは、次のものが必要経費不算入とされています。

【必要経費にできないもの】
 ○家事上の経費(家事費)
 ○これに関連する経費で政令で定めるもの(家事関連費)

 次に、法にいう「政令で定めるもの」の中身。

令第九十六条(家事関連費)
 法第四十五条第一項第一号(必要経費とされない家事関連費)に規定する政令で定める経費は、次に掲げる経費以外の経費とする。
一 家事上の経費に関連する経費の主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合における当該部分に相当する経費
二 前号に掲げるもののほか、青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている居住者に係る家事上の経費に関連する経費のうち、取引の記録等に基づいて、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務の遂行上直接必要であつたことが明らかにされる部分の金額に相当する経費


 「不算入となる経費は○○以外の経費」という否定語重ねがけがしんどいですが、その内容は次の通りとなります。

【必要経費にならないとされないもの】
 1号
  @主たる部分が業務の遂行上必要で、
  A必要である部分を明らかに区分できる場合の必要部分
 2号(青色申告)
  @業務の遂行上直接必要で、
  A必要であったことが明らかにされる部分の必要部分

 「ならないとされないもの」などという、もってまわった表現をしたのは、法45条→令96条のラインは、(必要経費ではない)家事関連費に当たるかどうかしか書かれていないからです。
 家事関連費に当たらないからといって、当然に必要経費にあたるのではなく。別途、法37条によって判断する必要があります。

  家事関連費である=必要経費でない
  家事関連費でない≠必要経費である

法第三十七条(必要経費)
1 その年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は雑所得の金額(事業所得の金額及び雑所得の金額のうち山林の伐採又は譲渡に係るもの並びに雑所得の金額のうち第三十五条第三項(公的年金等の定義)に規定する公的年金等に係るものを除く。)の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。



 話を戻して令96条の規律。

 2号が青色申告専用の緩和規定なので、1号は事実上白色申告のみに適用されるということになります。

 1号と2号の大きな違いは、1号で要求されている「主たる部分」というものが、2号では要求されていないことです。
 その他にも、1号では「区分」が要求されている、2号では「直接」が要求されている、といった違いがあるのですが、このあたりについてはきちんと解説されているものを見かけたことがありません(私個人の観測範囲)。
 以下で触れる通達の規律も含めて「青色/白色で結局同じようなもの」と大雑把にまとめられてしまうことがほとんど。わざわざ1号2号で異なった表現をしている以上、違った意味を持たされていると思うのですが、どうなんでしょうか。

 このような疑問はあるものの、さしあたり「主たる部分」以外は同じ意味だとすると、令96条の規律は、

ア 白色の場合は「主たる部分」が必要でなければ、明らかに区分できる場合でもだめ。
イ 白色/青色いずれでも、単に業務の遂行上必要なだけではだめで、明らかに区分できる/明らかにされることが要求されている。

ということになります。

 イは、まあそうだよねという感じですが、アの「主たるルール」の根拠が不明ですよね。
 1ヶ月のうち1週間だけ電話を仕事に使ったことが明らか、という場合でも「主たる部分」が業務用でないから全額家事関連費扱い、というのはやり過ぎでしょう。


 ということで、通達の出番となります。

通45−1(主たる部分等の判定等)
 令第96条第1号《家事関連費》に規定する「主たる部分」又は同条第2号に規定する「業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分」は、業務の内容、経費の内容、家族及び使用人の構成、店舗併用の家屋その他の資産の利用状況等を総合勘案して判定する。

通45−2(業務の遂行上必要な部分)
 令第96条第1号に規定する「主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要」であるかどうかは、その支出する金額のうち当該業務の遂行上必要な部分が50%を超えるかどうかにより判定するものとする。ただし、当該必要な部分の金額が50%以下であっても、その必要である部分を明らかに区分することができる場合には、当該必要である部分に相当する金額を必要経費に算入して差し支えない。


 通45-1は判定要素を列挙しているだけだからまあいいとして。
 問題は通45-2。1号を次の通り読み替えています。

 A 必要な部分が50%超なら、「主たる部分」だと扱ってしまおう。
 B 必要な部分が50%以下でも、その部分を明らかに区分できるなら必要経費に算入してもいい。

 Aのほうは、通45-1のように種々の要素を総合勘案するのはしんどいから数値で割り切ってしまおう、ということで、これはいかにも通達らしい合理的な遣り口かと思います。

 に対してB。

 1号に該当して家事関連費にあたらないからといって、当然に必要経費になるわけではない、ということは前述したとおりです。なので、1号の読み替えだけすませて必要経費算入OKという結論までいくのは、厳密には正しくない。
 が、業務の遂行上必要かを判断する中で、家事関連費でないことと同時に必要経費であることも判断しているはずです。ので、この点はそこまで問題にはならないかと(逆に言うと、必要経費と切り分けて家事費・家事関連費などという概念を設ける意味があるのか、ということでもあります)。

 より問題なのは、令が要求している「@主たる部分」という要件を不要なものにしてしまっているところです。
 もちろん、結論的には通達の読み替えのほうが妥当だと思います。だからといって、通達レベルで無邪気に「反制定令解釈」をカマしてもいいわけではない。

 まあ、実務上は「ちゃんと区分できているんだから、必要部分が主たる部分じゃなくても文句を言われる筋合いはない」と主張することになるでしょうが。


 「A区分要件」のほうは通達によってもそのまま維持されています。

 とすると、たとえば業務割合が少なくとも70%はあるというところまで分かっていたとしても、家事部分と「明らかに区分」できなければ1号の要件は満たせない、というのが素直な文言解釈ということになります。もしかしたら75%かもしれないし80%かもしれない、では「明らかに区分」できていないと。
 私には、こちらも「主要な部分」を要求するのと同様に妥当でないと感じるのですが。

 1号では文言解釈上無理だとして。
 2号のほうは「区分」が要求されていないということで、70%までは明らかになっているから2号の要件は満たせる、と解釈することはできるでしょうか。1号と2号の言い回しの違いはここに生きてくるんだと。

「少なくとも70%は必要である」
 →1号 不要な部分と区分できていない
 →2号 70%必要であることは明らか

 そもそもですが、「明らか」とか「区分」などというのは立証レベルに位置づけるべきものであって(間接事実?)、実体要件(主要事実)として要求すべきものではないように思えます。
 実体要件としては、必要経費の要件として「業務の遂行上必要」だけ要求しておけばよいのではないでしょうか(37条に解釈いれてます)。区分できていないというのは、業務の遂行上必要といえないことの一判断要素なんだと。

 このあたり、本当は「立証責任の分配」に気をつけて記述する必要があるところです。が、そもそもの条文の組み立てが、
 ・必要経費の規定とは別に、必要経費とされない家事費、家事関連費の規定も設けている。
 ・家事関連費を否定語の重ねがけで記述する。
と、あまり上手くない規律の仕方になっています。

 この手の、表/裏、肯定/否定などがちゃんと整理されていない条文に出くわすと、要件事実論、バグを起こしがち。そのため、ここの条文をベースにして立証責任の分配について何事かを語るのが難しい。ので、この点については脇においておきます。

 もし、必要経費について《要件事実論的思考》を展開したいのならば、単純に37条と45条(+令96条)を並べるだけでは足りず。その構造を正確に理解した上で組み換えをする必要があるのだと思います。

「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」
サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)


 いずれしても、「A区分要件」は条文上正面から要求されているところであり、通達も捻じ曲げてくれていないので、実体要件として扱わざるをえません。そして、2号(青色)の場合も区分しなきゃいけないみたいな言い方をされるのが一般的です。

 ということで、実務家としてのアドバイスは、「ちゃんと区分しておきましょう」という、かなり後退したみっともないものにとどまります。
posted by ウロ at 10:27| Comment(0) | 所得税法

2022年03月28日

長崎年金二重課税訴訟の要件事実(と称するところのもの)

 全く全然、続ける気はなかったのですが、あまりにも酷かったので。気力を振り絞って整理しておきます。

伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)

 同書には、いわゆる長崎年金二重課税訴訟の要件事実だとかいって、次のような記述が出てきます(同書43頁)。

【長崎年金二重課税訴訟】
 最高裁平成22年7月6日判決(最高裁のサイト)

(引用ここから)
訴訟物
 本件更正処分の違法性

請求原因
(行政処分の存在)
@ 処分行政庁による,Xの平成14年分の所得につき,年金払保障特約付生命保険契約に基づき支払われた第1回目の年金支給額を雑所得と認定して行った所得税に係る更正処分が存在する。
(違法性の主張)
A 本件更正処分は違法である。

〔争点:本件生命保険契約に基づき支払われる年金受給権は,相税3条1項により,相続により取得したものとみなされて,相続税の課税財産に含められているところ,旧所税9条1項15号は,相続税により取得するものを非課税所得としているから,本件年金受給権に基づき取得した本件第1回目の年金支給額を雑所得として認定判断してなした本件更正処分には,法条の解釈を誤った違法があるといえるか否か。〕

抗弁(更正処分の適法性に関する評価根拠事実)
1 本件年金受給権は,本件生命保険契約によれば,亡Aを契約者兼被保険者とし,Xを保険金受取人とする有期定期金債権であり,相税3条1項1号所定の相続財産に該当する。
2 Xは,本件生命保険契約に基づいて,本件年金受給権という基本権とは異なり,保険事故が発生した日から10年間毎年の応当日に発生する,年金受給に係る支分権に基づき,保険会社から現金を受領した。

〔主張の趣旨:当該定期金は,相続税の課税対象たる年金受給権(基本権)とは異なる,別個の定期金請求権(支分権)に基づくものであるから,所得税の課税対象となる。〕

再抗弁(更正処分の適法性に関する評価障害事実)
3 本件生命保険契約によれば,本件支分権が行使されることにより,生命保険金に係る基本的権利である本件年金受給権は徐々に消滅していく関係にある。
4 本件支分権たる有期定期金の価額は,相税及び財産評価基本通達によれば,その残存期間に受けるべき給付金の総額に,その期間に応じた一定の割合を乗じて計算した金額とされているところ,この割合は,将来支給を受ける各年金の課税時期における現価を複利の方法によって計算し,その合計額が支給を受けるべき年金の総額のうちに占める割合を求め,端数整理をしたものとされている。

〔主張の趣旨:相続法による年金受給権の評価は,将来にわたって受け取る各年金の当該取得時における経済的な利益を現在価値に引き直したものであるから,これに対して相続税を課税したうえで,さらに個々の定期金に所得税を課税することは,実質的に,同一の資産に対して相続税と所得税を二重に課税するもので,所税9条1項15号の規定に違反するものである。〕
(引用ここまで)


 (抗弁・再抗弁の数字を1〜4に変えてあります。)

所得税法 第九条(非課税所得)
1 次に掲げる所得については、所得税を課さない。
十七 相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法(昭和二十五年法律第七十三号)の規定により相続、遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)



 前回の記事をご覧いただくとおわかりになるかと思いますが、以前と全く同じ愚挙をおかしています。

 2で「基本権と異なり」などと書かれていますが、基本権と支分権が異なるかどうかはもっぱら裁判所による「評価」の問題です。これを要件事実の中に混ぜ込むことなど、およそ許されるものではありません。

 (およそありえない想定ですが)仮に、納税者が「2は認める」などと認否したとしても、裁判所が2の《評価部分》に拘束されることはありません。当事者の認否の対象となるのは「事実」であって「評価」ではないからです。

 そもそも、本件最高裁の立場からすれば、2の《事実部分》がすべて認定できたとしても、更正処分が是認されることにはなりません。端的にいえば「主張自体失当」。

 「評価的要件」の場合、プラスっぽい事情を評価根拠事実として課税庁に、マイナスっぽい事情を評価障害事実として納税者に、なんとなく割り振れば、なんか要件事実の分配をしたかのように見せかけることができてしまいます。
 が、このようなものは、学部生が聞きかじりの要件事実論の真似事をしてみたレベルの話。実体法の勉強があやふやな段階で、要件事実論に手を出そうとするとやりがちな間違い。

 上記の抗弁・再抗弁(1〜4)で分配されているのは要件事実などではなく、単にA説(二重課税否定説)の理由付けとB説(二重課税肯定説)の理由付けが並んでいるだけです。当事者の主張責任・立証責任の対象となる事実として純化されていません。
 確かに、「当該見解の根拠はその主張者が主張すべきである」という言い方をするならば、主張責任・立証責任《風》な表現は可能です。が、すくなくともそれは要件事実論とは別の何かです。


 「税法」領域で要件事実論を展開しているせいで理解しにくくなっているのかもしれません。そこで、次のような「民法」領域での例をあげれば、上記引用にかかる記述のビザール感が理解できるでしょうか。

 たとえば、2017年改正前民法で、「動機の錯誤」が民法95条の錯誤に該当するかが争われていた状況を前提とします。
 原告が、動機レベルの思い違いも錯誤にあたるから契約は無効だとして代金返還請求をしてきたとしましょう。これに対して、被告が、動機は意思表示の要素とならないから錯誤にあたらないと反論したとします。

 この場合に、次のような要件事実の分配をしたらどうでしょうか(本論と関わりない要件は省略します)。

  請求原因
   1 動機は表示されているから意思表示に含まれ要素の錯誤となる。
  抗弁
   2 動機は意思表示の内容でないから要素の錯誤とならない。

 「阿呆ですか」と突っ込まれますよね。
 ひとつのブロックダイアグラムの中で、A説、B説が同居するなんてことはおよそありえません。A説に基づくブロックダイアグラム、B説に基づくブロックダイアグラムがそれぞれ別々に存在するものです。

 もちろん、裁判所がA説・B説いずれを採用するかは、中間判決を出してくれるなり心証開示でもしてくれない限りは、事前にわかるものではありません。ので、どちらの説がでてもよいような主張・立証活動をすることになります。
 が、だからといって、A説に基づく請求原因の後ろにB説に基づく抗弁を連結させる、などということはしません。

 法解釈論レベルの争いを請求原因⇒抗弁として直列させるなどという愚挙、要件事実論というものをまるで理解していないということを如実に表しています。

 これは予備校のテキストによくある、次のような《論点学説陳列》にすぎません。

 A説(肯定説)
  理由:動機は表示されることで要素になる。
 B説(否定説)
  理由:動機は意思表示の内容に含まれない。

 別の例もあげておきます。
 たとえば、未成年者側が、未成年を理由とする契約取消しに基づき代金返還請求をしたとしましょう。これに対して相手方が、未成年であることを黙っていたことが「詐術」にあたるとして反論したとしましょう。

 抗弁
  1 未成年であることを黙っていたから「詐術」にあたる。
 再抗弁
  2 単なる沈黙は「詐術」にあたらない。

 これも、A説×B説の法解釈論レベルの争いであって、要件事実の問題ではありません。


 と、民法領域でカマしたら阿呆呼ばわりされるようなことが、税法領域だと公刊物において幅を利かせることができてしまっているわけです。
 これ、「税法」の要件事実論だから誰からも突っ込まれずに流されているんでしょう。けども、同じことを「民法」で展開したら、しばらく要件事実論出入り禁止になるレベルではないでしょうか。

 要件事実論というのは、単に事実っぽい何かを原告被告に割り付けるようなものではなく。
 その大前提として、実体法上の要件が何であるかを見極めた上で、評価と事実、主要事実と間接事実、事実と証拠、それぞれを混同することなく、主張責任・立証責任の対象となる主要事実を取り出す必要があります。
 要件事実の分配なんてのは、そこまでしっかりやった上で最後に原告被告のどっちに振るかの問題にすぎません。実体法上の要件を取りこぼしたり、実体法にない要件を勝手に付け加えたり、などといった所作に比べれば、そこまで致命的な問題とはなりません(念のため、重要でないということではなく比較の問題です)。

伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)

 ちなみに、本件最高裁の結論は「原判決破棄+控訴棄却」となっていて、控訴審の結論をひっくり返しつつも事実審に差戻しをしていません。これができるのは、事実関係が原審までですべて出揃っていて、新たな事実認定を必要としなかったからです。
 このことからすれば、本件の論点が事実レベルの問題ではなく、もっぱら法解釈レベルの問題だったということは、容易に推測できたはずなんですけども。


 本書の出版社、どちらかといえば「税務本」が多く、「税法」のしかも「要件事実論」を扱った本などというのは、同社の蓄積が及ばないジャンルなのでしょうか。

【税法本と税務本】
西村美智子 中島礼子「組織再編税制で誤りやすいケース35」(中央経済社2020)

 が、同出版社でも、次のようなとても優れた判決分析本も出版されていたりします。

 高橋貴美子 税務判例に強くなる本 (中央経済社2016)
 高橋貴美子 税務頭を鍛える本 (中央経済社2018)
 
 このことからすると、品質についてはもっぱら著者依存となっており、「出版社買い」はあまりおすすめできない、ということになりますかね。


 さて、結構なお値段のする本書ですが、私としては、ただ2箇所の要件事実の分配(と自称するところのもの)を見ただけで、これ以上読みすすめる気力が撃滅してしまったため、残念ながら終了。

 もう少し「アクティブ・ラーニング」が展開できそうですが、この記事を仕上げるだけでも相当しんどかったため、これ以上は進めなそうです。
posted by ウロ at 10:37| Comment(0) | 所得税法

2022年02月28日

リーガルマインド住宅ローン控除(その4) 〜転勤と死別と姻族と住宅借入金等特別控除

 今回は蛇足。ですが、全くの空想というわけでもない。

リーガルマインド住宅ローン控除(その1) 〜転勤と住宅借入金等特別控除
リーガルマインド住宅ローン控除(その2) 〜転勤と離婚と住宅借入金等特別控除
リーガルマインド住宅ローン控除(その3) 〜転勤と死別と住宅借入金等特別控除

 次のような事例はどうなるでしょうか。

【検討事例】
1 取得年
  本人:単身赴任、帰郷予定あり
  配偶者:本人に同行
  配偶者の父母:入居・継続居住
2 翌年
  配偶者:死亡
  配偶者の父母:継続居住

法第1項
ア 「居住の用に供した場合」 (入居要件)
 個人が、家屋を平成十一年一月一日から令和三年十二月三十一日までの間にその者の居住の用に供した場合(これらの家屋をその取得の日から六月以内にその者の居住の用に供した場合に限る。)

イ 「引き続き居住の用に供している場合」 (継続居住要件)
 当該居住の用に供した日(「居住日」)の属する年(「居住年」)以後十年間の各年(当該居住日以後その年の十二月三十一日まで引き続きその居住の用に供している年に限る。「適用年」)


通達41-1(居住の用に供した場合) 1
・「その者の居住の用に供した場合」とは、第1項に規定する居住用家屋(「居住用家屋」)で建築後使用されたことのないものの取得(「新築等」)をした者が、現にその居住の用に供した場合をいうのであるが、
・その者が、転勤、転地療養その他のやむを得ない事情により、配偶者、扶養親族その他その者と生計を一にする親族と日常の起居を共にしていない場合において、
・その取得の日から6月以内にその家屋をこれらの親族がその居住の用に供したときで、当該やむを得ない事情が解消した後はその者が共にその家屋に居住することとなると認められるときは、
・これに該当するものとする。

通達41-2(引き続き居住の用に供している場合)
「引き続きその居住の用に供している」とは、新築等をした者が現に引き続きその居住の用に供していることをいうのであるが、これに該当するかどうかの判定に当たっては、次による。
(1)
・その者が、転勤、転地療養その他のやむを得ない事情により、配偶者、扶養親族その他その者と生計を一にする親族と日常の起居を共にしないこととなった場合において、
・その家屋をこれらの親族が引き続きその居住の用に供しており、当該やむを得ない事情が解消した後はその者が共にその家屋に居住することとなると認められるときは、
・その者がその家屋を引き続き居住の用に供しているものとする。



 まず、通達41-1,41-2により、配偶者の父母が本人にとって生計一の扶養親族に該当すれば、取得年は適用を受けられます。

 では、配偶者死亡後はどうなるでしょうか。

 民法728条によれば、本人と(元)配偶者の父母との姻族関係は当然には終了せず、本人の意思表示により終了させられるとあります。

民法 第七百二十八条(離婚等による姻族関係の終了)
1 姻族関係は、離婚によって終了する。
2 夫婦の一方が死亡した場合において、生存配偶者が姻族関係を終了させる意思を表示したときも、前項と同様とする。


 とすると、この意思表示をせず、かつ、ちゃんと面倒を見てあげているかぎり(生計一)、適用を継続できるということになります。

 この枠組を前提とすると、必ずしも円満でない場合の各当事者の思惑としては、

  本人:自分が帰郷してから終了の意思表示すれば継続して適用を受けられるのか。
  配偶者の父母:本人帰郷前の年末ぎりぎりにでも転居すれば今後適用を受けられなくなるのか。

という感じになるでしょうか。

 極めて不健全な想定ではありますが、現行の制度をあるがままに受け入れるかぎり、そういう結論になります。

 悲しいけどこれ現実なのよね。
posted by ウロ at 10:44| Comment(0) | 所得税法