2023年03月27日

虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 前回は「正当な理由」についてで、今回は「用途区分」について。

テンプレ判決 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)


 結論自体は「共通仕入」という既定路線どおりで、何の驚きもないのですが。
 問題は、その結論に至るまでの過程。


 まず、仕入税額控除の趣旨を「税負担の累積防止」だと説明していることに対して。

 すぐに思いつく反例が、不課税売上対応仕入でも「共通仕入」として一部控除ができるという点です。

不課税売上げにのみ要する課税仕入れの税額控除(国税庁)

 当たり前ですが、不課税売上の場合には「税負担の累積」は存在しないわけで。のに、一部控除ができるわけです。ので、仕入税額控除を「税負担の累積防止」だけで説明するのは無理がある。
 どうせ何かの受け売りなんでしょうけども、当該事案以外のところに目配せが効いていない状態になっています。

 そもそも、消費税法においては、売上課税ルールと仕入控除ルールとがセットになって機能するものです。なので、仕入控除ルールだけを取り分けて趣旨を語ることに意味はない(はずなんですが、インボイス制度導入によって、両ルールの分断がますます加速しているのが現実)。

 民法とか刑法のようなおなじみの分野では、こんな粗忽な判示は生まれないはずです。が、税法分野の・消費税法の・用途区分に関する論点なんて、初めて知ったという判事もいたでしょうから、まあそうなるよねと。
 消費税法を一通り勉強したことがあれば、迂闊にも「仕入税額控除は税負担の累積防止」と言い切ったりはしないはずで。あくまでも邪推ですが、調査官からレクチャー受けてそのまま採用しただけ、とでも言わないと、このような判示をしたことの理由が説明できないのではないでしょうか。
 薄味の法廷意見であるにもかかわらず、誰一人「個別意見」を付けないという点からしても、自分で何かを考えて判断したわけではないということが透けて見える。

 「税負担の累積防止」というマジックワードが独り歩きして、仕入税額控除をガンガン否認しまくる実務運用が広まらないか、不安がのこります。法廷意見が薄味なのは仕方ないとして、補足意見なりできちんと意味内容を充填しておくべきものだと思います(が、無理解な補足意見が独り歩きすることもあるので、何とも)。


 本件事案のかぎりで「税負担の累積防止」という趣旨を受け入れるとして。

 ではなぜ、消費者でもない居住用賃貸建物の貸主(以下単に「貸主」といいます。)が、最終的な税負担を負うことになるのか。本判決では、何ら実質的な根拠が示されていません。
 「累積していないから」というのは単なる形式論です。本来消費者が負担すべきとされている消費税を、なにゆえ事業者である貸主が負担すべきことになるのでしょうか。
 話はズレますが、「二重課税は許されない」という考えをとるからといって、そこから「二重課税でなければ課税してよい」という結論は出て来ないでしょう。課税してよいことの積極的な根拠が必要になるはずです。

 私自身も、一連の記事において、非のみ仕入が税額控除を否定されることにつき、「負担者が消費者から一段階繰り上がる」と説明しました。が、これはあくまでも非のみ仕入の「機能」を説明しただけであって。なぜ貸主が負担すべきかについては、その根拠は見当たらないということで、逐一疑問を呈してきました。

 判示の中に出てくるのは、共通仕入の税額控除額を課税売上割合か準ずる割合で決めることや帳簿・請求書がなければ税額控除できないことの理由づけとして、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」と言っているだけです。
 その手前にあるはずの、非のみ仕入が税額控除を否定されることの根拠については、何も触れられていません。

 1 課のみは控除できるが非のみは控除できない →???
 2 課のみでも帳簿、請求書がなければ控除できない →適正な徴税の実現
 3 共通する場合は割合でわりきる →課税の明確性の確保

 ここの根拠がはっきりしないままで、下記の「対応している/していない」なんて、本来なら判断しようがないはずなんですけども。


 なお、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」などというの、いかにもマジックワード然とした物言い。刑事訴訟法の試験問題を「人権保障と真実発見の調和」だけで乗り切ろうとするくらいの愚行。
 現実に課税仕入を行っていたことが明らかでも、調査時に請求書を提示しなければ税額控除できない(保存要件を満たさない)なんて制度、明確や適正よりも「課税のしやすさ」を極限まで優先した結果でしょうよ。

 さらにいえば、売上課税ルールが実質重視で課税されているというのに、仕入控除ルールが形式重視で制限されている部分だけをみて「適正」だとか「明確」だとかいうの、詭弁のように私には感じます。前述したとおり、どうもこの判決、消費税法全体を見ずに、仕入税額控除制度だけしかみないで判示をしているっぽいんですよね。

【こんな刑法理論は嫌だ】
 構成要件該当性:実質重視で判断。
 違法性阻却:形式重視で限定。
→どのような場合に違法性阻却されるかが明確だから「刑罰法規の明確性」に適っている!


 「用途区分」をどのように判断するか、についての本判決の記述は次の通り。

A 「課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。

B 2 前記事実関係等によれば、本件各課税仕入れは上告人が転売目的で本件各建物を購入したものであるが、本件各建物はその購入時から全部又は一部が住宅として賃貸されており、上告人は、転売までの間、その賃料を収受したというのである。そうすると、上告人の事業において、本件各課税仕入れは、課税資産の譲渡等である本件各建物の転売のみならず、その他の資産の譲渡等である本件各建物の住宅としての賃貸にも対応するものであるということができる。

C よって、本件各課税仕入れは、その上告人の事業における位置付けや上告人の意図等にかかわらず、共通対応課税仕入れに該当するというべきである。」


 ”ABC”は私が挿入しました。下線は原文どおりです。
 注意深い方ならこの記述の違和感にお気づきかと思います。AとBの間に論旨の《スキマ》があるという点です。

 税法に馴染みがないといまいち分かりにくいかもしれませんので、法学をお勉強されたことがある方になじみのある「刑法学」の議論でなぞらえてみます。「因果関係」についての近時の議論のところです。

 [刑法上の「因果関係」について、かつて複数の学説が争われていた。が、近時では、多くの学者がこぞって「危険の現実化」という抽象的な規範に乗っかった上で、どのような要素を拾ってどのように判断するかという「下位基準」の開発競争に明け暮れている。]

【下位基準開発競争】
橋爪隆「刑法総論の悩みどころ」(有斐閣2020)

 上記A→Bというのは、A「危険の現実化」という抽象的な規範を掲げた後、Bいきなり生の事実を列挙して「ゆえに因果関係がある」と言っているようなものです。Aでいう「対応」というのを、いったいどのように判断すべきなのかの「下位基準」が全く示されていません。

 「要件事実論」の道具立てでいうと、「規範的要件」である権利の濫用の判断について、あれやこれやの事実を列挙してからおもむろに、「だから権利を濫用している」と結論を出しているようなものです。
 いったいいかなる事実があれば「対応している/していない」といえるのかが、はっきり示されていません。

 最高裁が「下位基準」を示していないのは、上述したとおり、消費税法全体の中における仕入税額控除の位置づけがみえていないからなんでしょう。だから、「下位基準」を開陳することで他の事案にも使われてしまうことに対して、及び腰となっているのでしょう。

 Aにわざわざ下線を引いて「大事なこと言ってやった」感出してますけど、「対応」しているかどうかで判断するなんてこと、会計ソフトに「税区分」を入力したことがある人なら、誰でもわかっていることですよ。
 問題は、その「対応」をどう判断するかであって。

課税方式別税区分・税計算区分一覧(弥生会計)


 仕方がないので、Bのあてはめから逆算して、第一小法廷の考える「下位基準」が透けて見えるか確認してみましょう(以下、売上を省略して単に課税、非課税といいます。あと土地の存在を無視します。浮遊城?)。

 これについては、用途区分における「主要事実」は何なのか、という観点から分析するのがよさそうです。「対応」というのは抽象的な「要件事実」であって、それに該当する具体的な事実を「主要事実」だと位置づけるのがよいのではないかと。

 まず、「要件事実」レベルでは
  課税に対応 →課のみ仕入
  非課税に対応 →非のみ仕入
  両方に対応 →共通仕入
で、どちらとも証明できない場合も共通仕入、と整理できるでしょうか(「課税仕入」であることが大前提です)。

 「主要事実」のほうはどうかというと。
 Bで掲げられている事実をみてみると、次の通りとなっています。

  ・課税に対応する事実:転売目的で購入した。
  ・非課税に対応する事実:居住用で貸して賃料もらっている。

 や、ヘンですよね。
 というのも、課税側は、購入時の買主の主観をあげているのに対して、非課税側は購入以降の客観があげられています。
 主要事実は、転売目的/賃貸目的といった仕入時の「主観」なのか、それとも転売した/賃貸したという仕入後の「客観」なのか。それとも、節操なくごちゃ混ぜに考慮するのか。この判示からは読み取れません。


 用途区分の判断時期については、(「仕入税額控除は請求権」という空論によるまでもなく)「仕入時」に判定するのが原則となっています。
 この点、居住者無し状態で購入した場合を想定すると、建物を購入したという客観的な事実だけでは、居住用/事業用いずれかは決められないはずです。天然果実でもあるまいし、自動的に誰かが住み着いて勝手に家賃を払ってくるわけでもない(や、天然果実でもちゃんと育てる必要がありますね)。
 そうすると、納税者がどういうつもりで購入したのかという「主観」によって判断せざるをえないでしょう。

 Cでは、「上告人の事業における位置付けや上告人の意図等にかかわらず」などと、購入者の主観を排除するかのような書きぶりになっています。
 が、ここでいう「意図等にかかわらず」というのは、およそ意図を考慮しないということではなく。転売が主で賃貸が従といった意図の「重み」を考慮しないということを言いたいのでしょう。有るか無しかだけで判断すると。
 本当は貸したくないと思っていたとしても、実際に居住者がいる以上は賃貸の意図は否定できないと。心臓めがけてナイフを突き立てておいて、殺すつもりはありませんでした、という言い訳が通用しないのと同じ理屈でしょう。
 が、だからといって、客観的事実のみだけでダイレクトに「故意がある」とは判断できないはずです。あくまでも、それら客観的事実から「殺すつもりがあった」という主観的事実を認定する必要があります(責任帰属に主観的事実は不要という立場ならば別ですが)。

 意図の重みについては、「課税売上割合」なり「準ずる割合」で考慮するのが消費税法の建付けなんだと(ただし、「準ずる割合」なんてそんな使い勝手の良い制度でもないのに、重みを考慮しないことの正当化根拠に使われることに対しては、実務家的に違和感が残ります)。

 本判決、「対応する/しない」についての判断と、対応する場合に「重み」をつけるかどうかということを、区別せずにごちゃ混ぜに書こうとするから、分かりにくくなっているのでしょう。ただ、前者だけを取り出して記述しようとすると、何ら実質的な根拠が示されていないことが可視化されてしまうので、紛らせて書くというのが大人の知恵なのかもしれません(もちろん、最高裁判決でやることではない)。


 これらのことからすると、用途区分における主要事実は、事業者の仕入時の「意図・目的」とすべきではないでしょうか。ただし、その意図・目的は有るか無しかだけであって、重みは考慮しないんだと。
 購入後に転売した/賃貸したという事後の事実は、あくまでも仕入時にどのような目的だったかを推認するための「間接事実」として位置づけるべきではないでしょうか。

 ただしこれは、私が思う、本判決のAとBのスキマを整合的に埋めるためにはこのように理解すべきでは、という限りのものです。かなりの大きさのスキマであって、このような読み方が唯一の正解だとはとても思っていません。

 本判決から直接読み取れる「下位基準」としては、「意図に重みをつけない」という点だけです。肝心の「対応」をどのように判断するかについては、依然として《判例》がない状態だと言っていいと思います。
 民事法領域では司法研修所を巣窟とした精緻な要件事実論が展開されているくせに、税法領域ではかなりお寒い状況、という一例。

伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)


 主観/客観をこのように位置づけるとして、次のような仮想例ではどうでしょうか。

  ア 居住用賃貸目的で購入したが、当該地域は《居住禁止区域》だった。
  イ 事業用賃貸目的で購入したが、当該地域は《事業禁止区域》だった。

 いかにも仮想例って感じですが。
 アは、居住用で貸せない以上非課税対応となり得ないのか、それとも本人が居住用賃貸目的である以上、非課税対応となるのか。イはこれの逆です。

 「違法所得」についても課税されるということから敷衍すると、法の規律は無視して本人の目的で判断すべきといえそうです。ではありますが、少なくとも、主観と客観を無節操に列挙している第一小法廷の判示からは、何らのヒントも見いだせない。


 ただし、主観と客観の位置付けをこのように理解することと、「居住用賃貸建物」の仕入税額控除を全面否定した令和2年改正との整合性は微妙です。

消費税法改正のお知らせ(令和2年4月)(国税庁)

 ここでいう「居住用賃貸建物」に該当するかどうかについては、建物の構造など客観重視での判断となっています。しかも、購入時に「居住用以外」であることが明らかなもの以外は「居住用」扱いされることになっています。

消費税法基本通達 第7節 居住用賃貸建物(国税庁)

 上述したとおり、「対応」関係を客観だけで判断するのは無理があるのであって。こちらは用途区分が出てくる前の、あくまでも「居住用賃貸建物」向けの過剰な規制だと理解すべきではないでしょうか。
 実際、「居住用以外」であることが明らかなもの以外はすべて「居住用」扱いと勾配を設けているのは、客観重視で判定するとどちらかが不明な場合が大量発生してしまう、ということに対する手当なのでしょうし。
 不明な場合は課税拡大側へ、というかなり悪辣な制度。真偽不明という「立証」レベルで解決すべき問題を、「実体法」レベルで封じてしまうという手口。ますます、貸主が税負担を負わされることの根拠が分からなくなってきます。


 以上、当記事では本判決のことをあえて「判例」とは呼んでいません。その理由は上述したとおり、射程範囲が広がることを過度に恐れた、あまりにも虚弱な内容の判決だからです。令和2年改正のおかげで実際に使われれる場面は極限まで減っているでしょうし。
 後続の判決に何某かの影響があるとしたら、「意図の重みをダイレクトに考慮しない」という点ぐらいでしょうか。その余の箇所はあまりにも薄味すぎて、どうにも使いでがない。

 あとは、上記Cの「意図等にかかわらず」や令和2年改正の客観重視を過大解釈して、「用途区分は主観無視でいく」みたいな課税庁の見解や下級審判決が出ないことを祈るのみです。
 ということで、担当調査官におかれましては、この薄味な判決をきちんとフォローした解説を希望いたします。が、下手するとこの判決、『民集』に載らない可能性もありますよね。
posted by ウロ at 11:44| Comment(0) | 消費税法

2023年03月20日

虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 例の判決ら。初見で所感を述べましたが、通読しても印象は変わらず。

テンプレ判決 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 大は小を兼ねるということで、以下、ADW事件判決を念頭において記述します。


 順番は前後しますが「正当な理由」のほうから。

 こちらについては裁判官の胸先三寸でどうとでも判断できてしまいますので、《法解釈論》として指摘するべき点は何もありません。
 が、最高裁のくせに、自分のところの判決をずいぶん軽く見ているんだなあという印象を受けました。

 第一小法廷が、「正当な理由」があるとは認められない理由としてあげているものは、次の通り。

1 共通扱いとするのが文理等に照らして「自然」
2 税務当局は共通に見解転換ずみだし、そもそも課のみと言ったのは公式見解じゃねえし
3 事業者の目的に着目して課のみとした裁判例等が「あったともうかがわれない」

 しかしながら、実務家としては、たとえこれらの事情があったとしても、最高裁の判決があるまでは、確定した見解として扱うことはできません。
 というのも、

 1に対して。
 単なる「自然」程度では、最高裁がそのような解釈をとるかは不確実。どう考えてもそうとしか読めない、というレベルまで行ってくれないと、文理を頼りにすることはできない。とりたい結論に応じて文理を重視したり実質を重視したり、まるで安定性がないのが現実なので。

 2に対して。
 税務当局の見解なんか、当然あてにならない。「裁判所は税務当局の見解を鵜呑みにしちゃいがちだぞ」という自白なのかもしれませんが、それを正面から宣言したらだめでしょうよ。

 3に対して。
 下級審の裁判例等にしても、当然あてにならない。最高裁判決が出るまでは、そういう参考判決がある、程度の認識です。
 なお、本論とは関係ありませんが、「あったともうかがわれない」って言い回し、何なんですかね。無いなら「無い」と言い切ればいいじゃないですか。なぜに「うかがい」止まりなのか。

 と、本判決が出るまでのこの論点に関する実務家の認識は、「最高裁は、お馴染みの《課税当局阿り型》なら共通と判断するだろうけど、《納税者寄り添い気分》を発揮して課のみと判断するかもしれない」という感じであったはずです。調査段階では確実に否認されるとして、その後、どこまで争うかを納税者に決めてもらう、という方針だったものと思われます。
 税理士なり弁護士が「課税当局は共通扱いだし、課のみと判断した下級審判決は無いし。」ということを理由に「課のみで突っ走ってもどうせ負けるよ。」などというアドバイスをしていたとしたら、とても適切な判断だったとは思えません。

 今回の最高裁の結論は、お馴染みの課税当局の主張を丸呑みした判決となったわけですが、あくまでも結果論にすぎません。税法に造詣の深い判事が属する小法廷にかかっていたとしたら、違った判断が出ていた可能性だってあったわけです。

 というのに、最高裁の理由付けによると、自分のところの判決が出されていない段階でも、共通扱いとすることが絶対正義・唯一の正解であったかのような物言いになっています。上記1〜3の事情が揃っていれば、もはや共通前提で行動すべきであり、課のみで処理するのは《反税行為》として評価する、ということですか。

 「まだ最高裁がある!」なんていうのはただの夢物語なんだと、最高裁自身が認めてしまってるわけですが、それでいいのか第一小法廷。


 なお、私個人としては《解釈の幅》という概念を導入することで、ファーストペンギンは救済すべきだと考えています。

【解釈の幅】
税法・民法における行為規範と裁判規範(その7)

 このような考え、(私には珍しく)最高裁様の「権威」を尊重するものであって、自尊心がくすぐられるもののはずなんですけども。
 残念ながら、上記のような自虐的な判断をしている最高裁が採用することは、およそ望めないでしょうね。


 ちなみに、争いの型としては、本件のように、初めから訴訟前提で「課のみ」で申告・納税から入る場合のほかに、安全をとって「共通」で申告・納税してから更正の請求というルートもありえます。
 本件で後者をとらなかった事情は分かりません。が、例の「仕入税額控除は請求権だ!」という空論の人からしたら、前者のルートであっても加算税を課すべきではない、と主張するのが自然でしょう。
 が、件の教科書では、本件を脱税から始まる一連の「スキーム」の一つとして紹介してしまっています。請求権構成というものが、ここでは何の役にも立っていない。

〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)


 ここで区切って、次回は「用途区分」について。

虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
posted by ウロ at 10:37| Comment(0) | 消費税法

2023年03月13日

オフィシャル村八分 〜消費税法の理論構造(種蒔き編22)

 前回は、話の流れの都合上、インボイス後から記述しました。が、今回は時系列に沿って記述し直しておきます。

無限課税変 〜消費税法の理論構造(種蒔き編21)

【事例17】(インボイス前)
 E(課税事業者):
  Dに44000で売った。
 D(課税事業者):
  Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
 A(免税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


・納税額
 E 4000
 D 2000(6000-4000)
 A 0
 B 2000(10000-8000)
 計 8000

 【事例17】では、課税事業者が
  ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
  イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
  エ 免税事業者から買ったら(A→B) △8000
消費税が発生することになっています。

 インボイス推進派の皆さんは、エだけをみて「A(免税事業者)が8000を着服している!」とAを泥棒扱いしていたわけです。で、そのままの勢いでインボイス制度が出来上がってしまいました。

 が、イがあるおかげで、実際の税収ロスは2000だけです。また、不足分2000を一体誰が着服しているかは、上記各取引における「適正価格」というものが分からなければ、犯人を突き止めることは不可能なはずです。

 にもかかわらず、「Aが消費税8000を受け取っているにもかかわらず納税していない」という表層的な現象だけを捉えて、Aが8000を着服していることにされてしまったわけです。


 これがインボイス後、国の税収が10000に回復したかというと、まさかのオーバーキル!

【事例16】(インボイス後)
 E(非適格・課税事業者):
  Dに44000で売った。
 D(非適格・課税事業者):
  Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
 A(非適格・免税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(適格・課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


・納税額
 E 4000
 D 6000(6000-0)
 A 0
 B 10000(10000-0)
 計 20000

 【事例16】では、課税事業者が
  ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
  イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
  ウ 非適格である課税事業者に売ったら(E→D) 4000
消費税が発生することになっています。

 「益税絶許!」としてエを撲滅するところまではいいとして。イはそのままキープ、さらにウを爆誕させることにより、税回収率200%の遙か高みへ到達することに。


 インボイス導入の目的は「消費者の負担した消費税が全て国に流れてくるようにしよう」というものだったはずです。が、実際に出来上がった制度の機能をみると、それ以上の税までもを巻き上げています(ネコババ容認税制からカツアゲ税制へ)。

 インボイス推進派の皆さんは、お役所のプロパガンダにノセられて、
   国家財政+課税事業者+消費者 VS 免税事業者
という対立構造だと思って、推進活動を行っていたのかもしれません。
 が、インボイス後は思いっきり過大課税が生じることとなったわけで、「国家VS民間」という形で対抗すべきだったのではないでしょうか。


 ではあるのですが、非常にたちが悪いのが「登録しさえすればイウは無くなる」という制度設計になっているところです。そのせいで「イウという余計な税を発生させているのは登録しない事業者が原因だ!」と、非適格事業者を悪者に仕立て上げることが可能となっています。

 いわば、インボイス制度の中に、適格者・消費者が非適格者を排除しようとする誘因が組み込まれているということです。要するに《オフィシャル村八分》

 おそらくですが、インボイス制度がこのような理不尽な制度であることを裁判所で主張したとしても、裁判所的には「登録するかは任意だし、登録しさえすれば余計な税負担は生じないんだから」とかいうことで、特に問題視はしないよう思います。
 インボイス制度なんていう、お国の税制の根幹に関わるものについて、裁判所が納税者阿り系の判決を出すことは、とても期待できない。


 そもそもですが、【事例17】で誰が益税を着服しているかが特定できないのと同様、【事例16】で誰が損税を蒙っているのかも、特定できなかったりします。
 そのため、インボイス制度がどれだけ理不尽な制度だとしても、誰も自分の損害を主張することはできないのではないでしょうか。もちろん、訴え提起自体は誰でもできるわけですが、原告適格なり損害論なりで主張が撥ねられるのでは、ということです。

 もしもですが、日本版インボイス制度を設計した人が、誰にも訴えようがないことを見越しつつ、あえて過大課税となるように設計したのだとしたら、悪魔的な発想の持ち主だと思います(《立案の悪魔》)。
posted by ウロ at 09:59| Comment(0) | 消費税法

2023年03月07日

テンプレ判決 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 2023年3月6日に出た最高裁判決、備忘のためアップしておきます。

091826_hanrei ムゲンエステート事件.pdf
091825_hanrei ADW事件判決.pdf

 第一小法廷み溢れる何のサプライズもない、どノーマル判決文です。
 ので、私自身が中身についてどうこういうつもりはありません。

 ただ、共通扱いされるの「認識してしかるべき」とかいうところ。
 第一小法廷の判事の皆さんだって、用途区分なんて初めて知ったという人がいるだろうに。「俺なら認識できてたね」とか後知恵でいうの、ズルいよなあとは感じます。

 また、共通扱いされることが不合理でない理由として「準ずる割合」の存在をあげていますが。
 現行法では、購入時における居住用賃貸建物の仕入税額控除が丸ごと否定され、調整期間内に転売できなければその後に控除される機会は一切無くなることになりました。この場合、当然「準ずる割合」が機能する場面は出てきません。

 居住用賃貸建物に対する現行法の規律のやり過ぎ感、今後問題になるのではないでしょうか(ただし、仕入税額控除は「請求権」だとする例の空論は、残念ながら役に立たないと思われます)。

虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
posted by ウロ at 12:27| Comment(0) | 消費税法

2023年03月06日

無限課税変 〜消費税法の理論構造(種蒔き編21)

 前回、以下の3つを区別する視点を提示しました。

予定は予定 〜消費税法の理論構造(種蒔き編20)

《消費税法に書かれていること》
1 どのような場合に税が発生するか →事業で資産を譲渡したら
2 誰が納税する義務があるか →譲渡した事業者
3 誰が税負担をするか →???

 この視点を意識しながらインボイス制度を記述してみると、かなり異常な制度ではないかと思わされます。
 Dの上流にEを配置した事例で検討してみます。

【事例16】(インボイス後)
 E(非適格・課税事業者):
  Dに44000で売った。
 D(非適格・課税事業者):
  Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
 A(非適格・免税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(適格・課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Eは課税事業者なので4000を消費税として納税します。
 Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。Eが非適格なので仕入税額控除はできません。
 Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
 Bは課税事業者なので10000(10000-0)を消費税として納税します。Bが非適格なので仕入税額控除はできません。

 結果、消費者の負担した消費税10000に加えて4000+6000が国に流れてくることとなります。
 非適格である課税事業者や免税事業者が流通過程に闖入することで、なぜか消費者の負担した消費税以上の金額が発生することになります。


 では、この事例でどのような場合に税が発生しているといえるでしょうか(1)。
 誰が納税するか(2)、誰が税負担するか(3)といった視点を除外して、どのような場合に税が発生するかだけを見てみると、つぎのように整理することができます。

 課税事業者が
  ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
  イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
  ウ 非適格である課税事業者に売ったら(E→D) 4000
消費税が発生する。

 言うまでもないことですが、アが本来消費税法が課税しようとした(とお国の側が自称している)税です。問題はイウといった税までもが発生してしまっていることです。
 アについては消費者に転嫁することが「予定されている」と言えたとして、残りのイウは誰がどのように負担することが「予定されている」ものなのでしょうか。いわゆる《転嫁対策》にしても、アが事業者間で綺麗に流れるようにするところまでは正当なものだとして、イウについてまで適切な税転嫁というものが想定できるのでしょうか。


 念のため、同様の事例でインボイス「前」だとどうなるか、検討しておきましょう。

【事例17】(インボイス前)
 E(課税事業者):
  Dに44000で売った。
 D(課税事業者):
  Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
 A(免税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Eは課税事業者なので4000を消費税として納税します。
 Dは課税事業者なので2000(6000-4000)を消費税として納税します。
 Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
 Bは課税事業者なので2000(10000-8000)を消費税として納税します。Bが非適格なので仕入税額控除はできません。

 結果、8000(2000+2000+4000)が国に流れてくることとなります。

 どのような場合に税が発生しているか(1)を整理すると、次の通りとなります。

 課税事業者が
  ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
  イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
  エ 免税事業者から買ったら(A→B) △8000
消費税が発生する。

 インボイス後のウに対応するものがなく、エのマイナスが登場します。

 インボイス推進派の皆さんは、エだけに着目して「益税絶許!」と叫んでいたわけです。が、インボイス前でもイがあることにより、国の「税収ロス」は△8000ではなく△2000で済んでいたことになります。


 「消費税回収率」というのをどうやって測定するのかよく分かりませんが、【事例16】のような結果が積み重なれば、下手すると100%を超えることになるのではないでしょうか。単純にいえば、【事例16】で全額回収できた場合の回収率は200%ですよ。

 そんな心配するまでもなく、非適格の(課税・免税)事業者なんてもの、速やかに殲滅されるということですか。

オフィシャル村八分 〜消費税法の理論構造(種蒔き編22)
posted by ウロ at 09:33| Comment(0) | 消費税法

2023年02月27日

予定は予定 〜消費税法の理論構造(種蒔き編20)

 そもそもですが、消費者だけが消費税を負担している、などというのは極めて非現実的な想定です。

錬金術型消費課税 〜消費税法の理論構造(種蒔き編19)

 前回までの事例では単純化のために、たとえばBであれば、本体100000に消費税10000をそっと乗っけて消費者に販売していることとしました。
 が、もしかしたらBは本当は税抜110000(税込121000)で売りたかったが、消費者に値下げを要請されて税込110000で売らざるをえなかったのかもしれません。そして、これによって生じた損失を最終的に誰が負担させられるかはABDの力関係によって決まってきます。

 【事例13】は、さらなる追い打ちとして、免税事業者の購入活動に対する税負担(6000)を誰が負担するかが問題となっていたわけです。


 消費税における税転嫁についての標準的な説明として、たとえば以下のようなものがあります。

消費税の転嫁対策について(財務省)
『消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することが予定されている税です。』

 どういうわけか分からないのですが、ここで「予定されている」という表現がでてきます。

 消費税法上、消費者が税負担をすることが書かれているならば「規定されている」と表現するところです。が、実際にはどこにもそのような規定はないので、そのように記述することができません。

 では、「予定されている」とは、法的にどういう意味なのでしょうか。
 ごくごく単純な事例で検討してみます。

【事例14】(インボイス前)
 B(課税事業者):
  消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 消費税法が規定しているのは、「Bが事業で資産を譲渡したら対価の×10/110をBが納付する義務がある」というだけです(以下、税率10%の地方税込みで表現します)。

《消費税法に書かれていること》
・どのような場合に税が発生するか →事業で資産を譲渡したら
・誰が納税する義務があるか →譲渡した事業者が
・誰が税負担をするか →???

 誰が税負担をするかについて、消費税法は沈黙しています。
 素直に理解すれば、納付義務者である譲渡者が負担するもののように思えます。が、「間接税だから」という何ら法的根拠のない理屈を持ち出して、どうしても消費者が負担していると言いたいみたい。

 では、他の税目だとどうかといえば、分かりやすそうな「贈与事例」で検討してみましょう。

【事例15】
 B(贈与者):
  Cに11000贈与した。 
 C(受贈者):
  Bから11000受贈した。


 この場合、もらった側のCが贈与税を納税するわけですが、では当然にCが税負担しているかといえば、必ずしもそうとはかぎりません。
 贈与税納税後の手取額から逆算して、いくらかを乗っけて贈与額を決めているかもしれません。この場合は、経済的には贈与者たるBが贈与税を負担しているといえるはずです。

《相続税法に書かれていること》
・どのような場合に税が発生するか →贈与で財産を取得したら
・誰が納税する義務があるか →財産を取得した個人
・誰が税負担をするか →???

 このように、少なくとも当事者の意思に基づく行為において、誰が最終的な税負担をするかについて、税法の側で決定することは不可能ではないかと思います。
 税法が決められることは、誰が納税するかまでであって、その先誰が税負担をするかは当事者の力関係次第となるのでしょう。


 ちなみに、《税目タイトル》だけでいうと、
 ・贈与税 贈与に課税する
 ・消費税 消費に課税する
もののように思えます。が、納税義務者は
 ・贈与税 受贈者が納税(贈与者でなく)
 ・消費税 販売者が納税(消費者でなく)
と、税目タイトルとは違う人が納税することになっています。
 そして、誰が税負担するかは当事者の力関係次第で決まります。

 このことがおかしい、ということを言いたいわけでなく。税目タイトルだけからは、何事か意味のあることを導くことはできない、ということです。消費税と名乗っているんだから、当然に消費者が負担することになっているんだろう、などと思うのは、ただの気のせいです。
 そして上述のとおり、何に課税されているか、誰が納税するか、誰が税負担するか、はそれぞれ別問題として区別する必要があるということです。


 以上、「予定されている」などとお澄まし顔でのたまわっているものの、せいぜいが「消費者に転嫁してほしいな」という願望の表明にすぎないのでしょう。しかもその願望は、何ら法の裏付けもない、誰かが勝手に抱いているものにすぎません。

 お国の政策として「転嫁対策」が実施されたものの、あくまでも事業者間取引どまりです。最後、小売業者から消費者への転嫁についてはどんな対策が取られたというのでしょうか。
 もしかしてですが、ひたすら「予定されている」と唱え続けることで、消費者も自分たちが負担しなければならないと信じ込んでくれるはず、という作戦でしょうか。
 
 しかしまあ、法律に規定されてもいない、誰かの勝手な願望に基づいて法制度を運用しようとする所作、私にはホラーだと感じるのですが。

無限課税変 〜消費税法の理論構造(種蒔き編21)
posted by ウロ at 10:45| Comment(0) | 消費税法

2023年02月20日

錬金術型消費課税 〜消費税法の理論構造(種蒔き編19)

 前回、損税・二重課税については、「非適格である課税事業者」を題材とする事例(【事例7】【事例8】)で検討をしました。

益税・損税・二重課税1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編17)
益税・損税・二重課税2 〜消費税法の理論構造(種蒔き編18)

 が、「免税事業者」のパターンでも、損税・二重課税が生じることになります。


 前回からの続きということで、【事例9】からスタートさせます。
 前回は単純化のため省略した、Aの上流に位置するDを登場させます。
 以下、価格は税込で表示します。

【事例9】(インボイス前)
 D(課税事業者):
  Aに66000で売った。
 A(課税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。
 Aは課税事業者なので2000(8000-6000)を消費税として納税します。
 Bは課税事業者なので2000(10000-8000)を消費税として納税します。

 結果、消費者の負担した消費税10000(6000+2000+2000)が国に流れてくることとなります。

 では、免税事業者が間に挟まるとどうなるか。

【事例10】(インボイス前)
 D(課税事業者):
  Aに66000で売った。
 A(免税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。
 Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
 Bは課税事業者なので2000(10000-8000)を消費税として納税します。

 結果、消費者の負担した消費税10000のうち、8000(6000+2000)しか国に流れてこないこととなります。
 この現象が不当だとして、インボイス制度が導入されることとなったわけです。


 では、インボイス後はどうなるか。

【事例11】(インボイス後)
 D(適格・課税事業者):
  Aに66000で売った。
 A(適格・課税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(適格・課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。
 Aは課税事業者なので2000(8000-6000)を消費税として納税します。
 Bは課税事業者なので2000(10000-8000)を消費税として納税します。

 結果、消費者の負担した消費税10000(6000+2000+2000)が国に流れてくることとなります。
 全員が適格・課税事業者であるかぎりは、【事例9】と結論は変わりません。

 では、免税事業者が間に挟まるとどうなるか。

【事例12】(インボイス後)
 D(適格・課税事業者):
  Aに66000で売った。
 A(非適格・免税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(適格・課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。
 Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
 Bは課税事業者なので10000(10000-0)を消費税として納税します。Bが非適格なので仕入税額控除はできません。

 結果、消費者の負担した消費税10000に加えて6000が国に流れてくることとなります。
 免税事業者が間に挟まることで、なぜか消費者の負担した消費税以上の金額が課税されることになります。


 では、Bが自社の利益を確保するためにAに値下げを要請してきた場合はどうなるでしょうか。

【事例13】(インボイス後)
 D(適格・課税事業者):
  Aに66000で売った。
 A(非適格・免税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに80000で売った。
 B(適格・課税事業者):
  Aから80000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。仮にAが値下げを要請してきたとしても、自社の利益を確保する必要があるため、応じるわけにはいきません。
 Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
 Bは課税事業者なので10000(10000-0)を消費税として納税します。Bが非適格なので仕入税額控除はできません。

 結果、消費者の負担した消費税10000に加えて6000が国に流れてくることとなります。
 国の利益は【事例12】と同じですが、大きく異なるのがABDの利益状況です。

【事例10】
 D 60000(66000-6000)
 A 22000(88000-66000)
 B 20000(110000-88000-2000)
 消費税 8000(6000+2000)

 Aの2000が不当な「益税」だとして、インボイスを導入することで国に流れてくるようにしたわけです。

【事例12】
 D 60000(66000-6000)
 A 22000(88000-66000)
 B 12000(110000-88000-10000)
 消費税 16000(6000+10000)

 ところが、【事例12】にそのままインボイスを導入すると、Aの利益はそのままでBが大損し、なぜか国が不当な利益を得る結果となりました。

【事例13】
 D 60000(66000-6000)
 A 14000(80000-66000)
 B 20000(110000-80000-10000)
 消費税 16000(6000+10000)

 そこでBが値下げを要請すると、Bは【事例10】と同じ利益状況まで回復することができました。が、今度はAが壊滅的なダメージを受けることに。


 一体これらの事例で何が起こっているのかというと。
 国が不当に利得している6000につき、ABDのうちの誰がババを引くか押し付けあっている、ということです。益税とされた2000まではいいとして、さらに6000を誰かが負担しなければならなくなっています。

 事業者である以上、自社の利益の最大化を図るのは当然のことであって。BなりDの行動は、そう批判できるものでもない。
 消費者の負担した消費税以上の金額を徴収しておきながら、よくもまあ「あとは当事者間でよく話し合ってね。」なんて言えたものですよね。まずはその不当に利得した6000を民間に返しなさいよ、と思います。

 インボイス前の免税事業者の益税をあれだけ悪し様に罵っておきながら、インボイス後は自分がのうのうと益税(=納税者側からみた損税)を貪るという、悪魔の所業。


 このように、消費者の負担した消費税以上の金額が課税されることについて、インボイス推進派の方々はどのように説明していただけるのでしょうか。

 消費者が負担した消費税がきちんと国に流れていくように、という趣旨でインボイスを導入しておきながら。実際には、消費者の購入活動のみならず、免税事業者や非適格である課税事業者の購入活動にまで税負担が発生する結果となっています。

 免税事業者を事業取引から徹底的に排除し尽くすまでの過渡期なんだから、まあどんまい、とでもいうつもりでしょうか。


 私には、「憲法論」のレベルで問題視すべきもののように思うのですが。
 残念ながら、この手のお国の政策の根幹にかかわる事項に関して、裁判所が国民に対するウケ狙いで積極的な判断をすることは望めない、というのが現状かと思います。

 組織再編税制における適格要件については「趣旨解釈」とやらで限定解釈をかましたわけですが。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

 だとしたら、ここでも消費者の負担以上の税負担が生じていることに対して「消費税法の趣旨に反する」とかいって限定解釈できるはずでしょう。が、お国が不当にネコババしているのは間違いないものの、ABDのうち一体誰の財産権がどれだけ侵害されているのか、特定できなかったりします。この、誰も訴えようがない、という状態を逆手にとってあえてこのような座組みを仕組んでいたのだとしたら、とても恐ろしい。

予定は予定 〜消費税法の理論構造(種蒔き編20)
posted by ウロ at 08:25| Comment(0) | 消費税法

2023年02月13日

益税・損税・二重課税2 〜消費税法の理論構造(種蒔き編18)

 前回はインボイス前後の「益税」の中身について検討しました。

益税・損税・二重課税1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編17)

 今回は「損税」の話。インボイス制度最大の問題点です。

 ゼロサムゲームまでなら受け入れざるをえないとして。それ以上の侵食がなされているのではないかということです。

【事例7】(インボイス後)
 A(非適格・課税事業者):
  Bに88000で売った。
 B(適格・課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Aは、課税事業者のため8000を消費税として納税します。非適格であっても、課税事業者であるかぎりは問答無用で課税されます。
 Bは、消費者からもらった10000を消費税として納税します。Aが非適格なので控除はできません。
 結果、消費者の負担した消費税10000に加えて、なぜか8000も国に流れてくることとなります。

 現代の《錬金術型税制》ですね。

 Bの利益状況は【事例5】同様です。そのため、次の通り【事例6】と同様の値下げ要求をすることになるのが現実的でしょう。

【事例8】(インボイス後)
 A(非適格・課税事業者):
  本来は88000で売りたかったが、Bから値引きを要請されて80000で売ることになった。
 B(適格・課税事業者):
  Aから80000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Aは、課税事業者のため7272(80000×10/110)を消費税として納付します。消費税はもらっていない、という言い訳は通用しません。
 Bは、消費者からもらった10000を消費税として納税します。Aが非適格なので控除はできません。
 結果、消費者の負担した消費税10000に加えて、なぜか7272も国に流れてくることとなります。

 【事例7】と【事例8】との大きな違いは、AB間の利益状況です。

【事例7】
 A 80000(88000-8000)
 B 12000(110000-10000-88000)
 消費税 18000(10000+8000)

【事例8】
 A 72728(80000-7272)
 B 20000(110000-10000-80000)
 消費税 17272(10000+7272)

 トータル110000は同じですが、【事例8】ではAへの分配がごっそり減っています。
 数値例の都合上、Aのほうが数字が大きくなっていますが、比率で考えてみてください。

 益税と同様、損税も誰が損をするかはABCの力関係次第で決まるということです。それにしても、【事例8】のAはかなり利益を削られることになっています。

 このような帰結となるAがかわいそう、というのは当然あります。
 が、問題はやはり、消費者の負担した消費税以上の金額を消費税として課税できることに対して、これを正当化できる根拠が何もない点にあると思います。
 どうにか説明ができるのか検討はしてみたものの、どうにも思いつきません。

 「益税を滅ぼすにあたっての副作用にすぎないのであって、巻き込まれたくなければ素直に登録しろ」とでもいうことでしょうか。が、【事例7】ではインボイス登録をしないBではなく、Aが損失を被ることになってしまっています。このような《他罰的》な制度に正当性があるのかどうか。

 「だったら非適格者と取引しなければいい」ということかもしれません。が、その点についても完全自由ではなく、独禁法・下請法などによる規制がかけられています。


 さて、消費者の負担した消費税が増幅される現象、「二重課税」ではないのかと思うわけです。
 一方では課税しておきながら、他方では控除させないなんて、二重課税以外の何ものでもないはずです。

 二重課税というと、
 ・同一主体、同一物に対して複数税目が課税される(年金に関する所得税と相続税など)
 ・同一主体、同一物に対して複数国家が課税する(国際的二重課税)
といった場面が、主として問題とされています。

 が、インボイスが生み出した「損税」についても、消費者の負担した消費税以上のものに課税しているわけで、「二重課税」のカテゴリーに含めてもいいはずです。
 のはずなんですが、別主体に同一税目が課税されるパターンだからなのか、二重課税として騒がれることはありません。もっぱら、事務負担しんどいとか小規模事業者かわいそう、といった方面からの批判ばかりが目立ちます。
 上述した「年金に関する所得税と相続税」のような極めてテクニカルな論点と比べても、ド正面からの二重課税だと私には感じるのですが、どうにも温度差がありすぎるのは不思議。
 「贈与したら贈与者と受贈者、ともに贈与税が課税される」なんてことになったら、大騒ぎになるはずなんですけども。


 「インボイス制度が消費税の本来の姿」みたいな物言いをする人が税理士の中にもいるのですが、なぜ益税だけをみて損税をみないでいられるのか。

 消費者の負担した消費税が免税事業者のもとで消失することが許せないのならば、同様に、消費税の負担した消費税以上の税額に増幅されることも許さないでほしい。
 しかも、益税の場面でABCいずれが着服しているかは力関係によって変わりうるのに対し、損税の場面で国が不必要に税収を得ていることは、動きようのない事実です。

 私の見立てでは、現実のインボイス制度は
 ・売上側:課税売上を上げれば問答無用で課税される(売上税)
 ・仕入側:課税仕入をしてもインボイスがなければ控除しない
と、課税ベース拡大に都合のよいように制度を接ぎ木しただけの、原理も何もない制度、と評価しています。

 法人税法のように、あれやこれやの例外規定がありつつも《益金−損金=課税所得》という定式に揺るぎがないのとは、比べようもない節操の無さ。
 もし真面目に、消費に課税するつもりがあるのであれば、消費者の負担した消費税以上の課税負担が生じることなど、認めるはずないわけで。
 一体何に担税力を見出して課税していると説明するつもりなのか。

 《偽装売上税》あるいは《なんちゃって付加価値税》というのが、実際のインボイス制度に対する正しい評価なのではないでしょうか。
posted by ウロ at 09:26| Comment(0) | 消費税法

2023年02月06日

益税・損税・二重課税1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編17)

 sin(サイン)、cos(コサイン)、tan(タンジェント)

て感じで声出ししてもらえれば幸いです。

 消費税法に関する一連の記事。都度都度考えながら作成しているので、揺れがあるような気がします。
 ということで、あらためて問題点を整理しておきます。

空想消費税法 vs 条文消費税法 〜消費税法の理論構造(種蒔き編16)


 まず、「益税」と言われているものについて。

【事例1】(インボイス前)
 A(免税事業者):
  Bに対して、本体80000に消費税名目で8000をのせて売った。
 B(課税事業者);
  消費者に対して、本体100000に消費税名目で10000をのせて売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Aは、免税事業者のため消費税を納付しません(以下、法人税は考慮外とします)。
 Bは、10000から8000を控除した2000を消費税として納付します。
 結果、消費者が負担したはずの消費税10000のうち8000が国に流れてこないことになります。

 この、Aが8000を納付しないことをもって、「益税」「Aは消費税を着服している」などとして批判の対象とされていたわけです。
 このかぎりでは、至極ごもっともな主張のように思えます。

 では、次のような事例ではどうでしょうか。

【事例2】(インボイス前)
 A(免税事業者):
  本来は税込88000で売りたかったが、Bがどうしても80000しか出せないというので、消費税額相当分を値引きして売った。
 B(課税事業者):
  消費者に対して、本体100000に消費税名目で10000をのせて売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Aは、免税事業者のため消費税を納付しません。
 Bは、10000から7272(80000×10/110)を控除した2728を消費税として納付します。
 結果、消費者が負担したはずの消費税10000のうち7272が国に流れてこないことになります。

 さて、この事例では一体誰が消費税を着服しているのでしょうか。
 【事例1】との比較でいうならば、Bが着服しているといえるのではないでしょうか。

 では、Aが「課税事業者」だったらどうなるでしょうか。
 まずは通常の事例から。

【事例3】(インボイス前)
 A(課税事業者):
  Bに対して、本体80000に消費税名目で8000をのせて売った。
 B(課税事業者):
  消費者に対して、本体100000に消費税名目で10000をのせて売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Aは8000を消費税として納税します。
 Bは10000から8000を控除した2000を消費税として納税します。
 結果、国には10000(8000+2000)が消費税として流れてくることになります。

 では、次の事例はどうでしょうか。 

【事例4】(インボイス前)
 A(課税事業者):
  本来は本体80000に消費税8000をのせて売りたかったが、Bがどうしても80000しか出せないというので、消費税分値引きして売った。
 B(課税事業者):
  消費者に対して、本体100000に消費税名目で10000をのせて売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Aは課税事業者のため、Bから消費税をもらったつもりはないのに、消費税相当額7272(80000×10/110)を納税しなければなりません。Aが消費税としてもらった(つもりか)どうかとは関わりなく、課税事業者が課税売上をあげた以上は問答無用で課税されることになります。
 Bは、10000から7272を控除した2728を消費税として納税します。

 結果、国には、消費者が負担した10000(7272+2728)が流れてくることになります。

 【事例3】と【事例4】の違いは、AとBとの利益状況が異なるという点にあります。他方で、国にとっては消費税10000を満額回収できているため、いずれでも構わないことになります。


 【事例1】と【事例2】との対比からいえることは、「益税」とはいっても当然に免税事業者だけが「益」を得ているとは限らないということです。
 消費者の負担した消費税10000が満額国に流れてこないのだとして。それを誰が着服しているかは、もっぱらABCの力関係によって変わってくるものです。

 また、【事例3】と【事例4】からすると、同じことは課税事業者同士であっても起こるということです。課税事業者間の取引だからといって、綺麗に消費税が転嫁されていくとは限りません。

 これらのことからすると、益税が不当だとして批判すべきなのは、【事例1】のAと【事例2】のBであって、【事例2】のAは何ら非難に値しないのではないでしょうか。

 さらにいえば、【事例1】のAにしても、Aの認識としては、88000が適正な本体価格であり免税事業者だから別途消費税はもらっていない、と考えていたかもしれません。消費税名目で8000をのせたというのも、Bの要請に従ってそのように表示させられただけかもしれません。

 仮にこれらの場面を規制したいのだとしても、
 ・免税事業者が消費税名目で請求する(あるいは請求させる)ことを禁止する
 ・免税事業者が消費税名目で請求したら(させたら)課税する(加算税的なものとして)
というルールを導入しておけば十分なはずです。

 ところが、実際には「インボイス制度」を導入するという遣り口によって、益税を滅することとなりました。


 ということで、インボイス後の帰結について、まずは通常の事例から。

【事例5】(インボイス後)
 A(非適格・免税事業者):
  Bに88000で売った。
 B(適格・課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Aは、免税事業者のため消費税を納付しません。
 Bは、消費者からもらった10000を消費税として納税します。Aが非適格なので控除はできません。
 結果、消費者の負担した消費税10000が、正しく国に流れてくることとなります。

 インボイス前はAが着服していた8000について、インボイス後はBに控除させないというかたちで国に流れてくることとしたわけです。
 国に10000流れてくることそれ自体はいいとして。その手段として、Aに8000を吐き出させるのではなく、Bの控除を否定するというかたちで実現するのが正当なのかどうか。

 なお、以下の事例も含めて、事例の中にBが「適格事業者」であることを記載していますが、B自身が「適格事業者」であることは全く何の影響もありません。

 次は値引き事例です。

【事例6】(インボイス後)
 A(非適格・免税事業者):
  本来は88000で売りたかったが、Bから値引きを要請されて80000で売ることになった。
 B(適格・課税事業者):
  Aから80000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Aは、免税事業者のため消費税を納付しません。
 Bは、消費者からもらった10000を消費税として納税します。Aが非適格なので控除はできません。
 結果、消費者の負担した消費税10000が、正しく国に流れてくることとなります。

 Bとしては自社の利益を確保しなければならないため、Aに消費税相当額の値下げを要求することになります。
 お国のほうでは「当事者でよく話し合って決めてね」などと言っていますが、現実的には【事例6】のように値下げとなるのがほとんどではないでしょうか。


 【事例5】と【事例6】とを比べると、いずれも消費者の負担した消費税10000を、国が満額回収できていることになっています。このかぎりではいかにも正当な制度のように思えます。

 が、国が税収を確保したことのしわ寄せとして、ABが完全なゼロサムゲームに突入させられることになっています。国が負担しなくなった部分につき、AとBとのいずれが負担するかの争いが始まったということです。
 さらにいえば、消費者をも巻き込んだ三つ巴ということになるでしょう。

 長くなったので、次回「損税」の話から続けます。
posted by ウロ at 10:10| Comment(0) | 消費税法

2023年01月30日

空想消費税法 vs 条文消費税法 〜消費税法の理論構造(種蒔き編16)

 現実の消費税法をどこまでガン無視すれば、『インボイスさえあれば「消費者向け/事業者向け」を区別できる』(以下《向けテーゼ》といいます。)ようになるか、少し考えてみます。

偽装リバースチャージとしてのインボイス制度 〜消費税法の理論構造(種蒔き編15)

 念のため。あくまでも、どうすれば《向けテーゼ》をインボイス制度に組み込むことができるか、というただの思考実験にすぎません。立法論として本気で提唱しているわけではありません。


 インボイス制度を《事業取引参加許可証》のようなものとして設計してみたらどうでしょうか。
 単に、売上側がインボイスを発行できるようにするためだけの、ショボい制度ではなく。

 この制度のもとにおける消費税法の基本構造は、次の通りとなります。

A 売上側は、あいかわらず「問答無用の譲渡課税」のまま。
B 「非適格者」からの仕入は仕入税額控除できない。
C 仕入側が「非適格者」の場合も仕入税額控除できない。

 というように、仕入側が適格事業者であることも、仕入税額控除の要件として要求することとします(ここでいう「非適格者」というのは、インボイス非登録の事業者と消費者を含む造語です)。

 「消費者向け/事業者向け」はどこにいったのかというと、「仕入側が適格事業者かどうかで仕入税額控除の適否が決まる」というところです。

 ・仕入側が適格者(事業者向け) →仕入税額控除できる
 ・仕入側が非適格者(消費者向け) →仕入税額控除できない
 
 サービスの性質で区別するのではなく、仕入側が適格事業者かどうかで区別するんだと。こういう扱いにしてはじめて、《向けテーゼ》が機能することになるはずです。

 現実の制度では、売上側がインボイス登録しないと仕入側が損する、という《他罰的》な制度となっています。に対して、本制度では仕入側が登録しなければ仕入側自身が損する制度として機能させることにできます。

 リバースチャージについては、『課税したいが国外事業者から徴収するのしんどい。』という、執行実務上のご都合から出てくるものだと思うので、一旦脇におきます。
 

 結果、仕入税額控除ができるのは、「適格者→適格者」のパターンのみとなります。

   売上側  仕入側
 ア 適格者 →適格者  ○
 イ 適格者 →非適格者 ×
 ウ 非適格者→適格者  ×
 エ 非適格者→非適格者 ×

 現実の制度と大きくズレるのはイかと思います。売上側がインボイスを発行しても仕入側が非適格者なら仕入税額控除できないことになるので。
 非適格者は事業取引に参加する資格がない者として扱われるので、仕入税額控除の適用を受けることはできないとすることになります。

 なお「免税事業者」については、上記ルールのもとでは、仕入側が非適格者であれば仕入税額控除が全面否定となります。そのため、売上側の問答無用課税を9条で免除しておくだけで足り、仕入側は30条に免税事業者用の除外規定を設ける必要はないこととなります。
 仕入税額控除の上記ルール(適→適のみ控除可)を普通に適用すれば、免税事業者は勝手に排除されるということです。


 「リバースチャージ」については、
  ・売上側が適格者なら自分で納税させよう。
  ・仕入側が非適格者なのに納税義務を転換するのはかわいそう。
ということで、「ウ 非適格者→適格者」の場合に採用の余地があります。

 現実の制度では、サービスの性質から「消費者向け/事業者向け」を区別した上で、消費者向けは「登録者/非登録者」で扱いを変える、事業者向けはリバースチャージを適用する、と二段階で判断することになっています。に対して、ここでは、「適格者/非適格者」の組み合わせのみから判断することとしています。

 上記ルールでは、ウは仕入税額控除ができないこととしましたが、リバースチャージを採用するならば仕入税額控除もできることとしなければならないでしょう。現実の制度でも、「特定課税仕入」はインボイスの有無にかかわらず控除できることとなっているところですし。
 要するに、インボイスがあろうがなかろうが、徴収するなら控除もさせるべきということです。「控除なき課税」(損税)を積極的に産み出していくインボイスとは、コンセプトが全く異なります。


 以上、妄想を全面展開してみました。

 もちろんこんなもの、現実の消費税法の規律からはどうしようもなくかけ離れているわけです。が、インボイスを「消費者向け/事業者向け」を区別するものとして機能させるためには、これくらいぶっ飛ばないと無理なはずです。
 実際に、例の教科書が、ここまでのド妄想を抱きながら《向けテーゼ》を主張をされたとは思えません。が、その真意は、野良税理士にはとても想像の及ばない領域です。

 妄想とはいいつつも、今回のインボイス制度より先の、課税当局側の将来構想の中には、これほどまでに課税ベースが肥大化した姿があってもおかしくない、とは思っています。
 売上側で納税する消費税を仕入側が控除できなくても構わない、という制度を許容してしまった時点で、売上側は課税対象を広げつつ仕入側は控除対象を狭める、という方向に進めることに対する歯止めはなくなりました。
 インボイス前の制度は、あくまでも小規模事業者を保護するかぎりでの不一致(益税)を許容していたに過ぎません。ところが、インボイス後は、根拠不明の損税が正面から導入されてしまいました。

【なぜなのか?】
 ・仕入控除ルールの中の売上側と仕入側
  →一致していなければならない(控除できるのは納税したものだけ)
 ・売上課税ルールと仕入控除ルール
  →不一致でも構わない(控除できなくても課税してよい)
 

 ここは意地でも、それぞれのルールはいずれも一致していなければならない、という原則は維持しておくべきでした。
 こういった原理論的な主張は、本来学者先生の役割なはずなんですけど。例の教科書をはじめとして、そのあたりに対して、あまりに無頓着ではないかというのが私の所感。

 「益税滅ぶべし」「諸外国に倣うべし」というプロパガンダに惑わされて、大事なものを失ってしまったように思えて仕方がない。

益税・損税・二重課税1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編17)
posted by ウロ at 10:09| Comment(0) | 消費税法