2024年08月23日

キャッシュレス決済と印紙税法 〜第17号文書(領収書)該当性について

 大変頭のよいであろう方々が、雁首揃えて、こんなしょうもない論点にリソース費やしているの、なかなかシュールだなあと思うのですが(以下、これを「資料」と呼びます)。

「コード決済を行った際に作成される領収書等の印紙税における取扱いについて」

 いろんな支払手段が増えているにもかかわらず、印紙税法は、いつまでたっても「金銭又は有価証券の受取」のみでやっていこうという時代錯誤感。

別表第一 課税物件表(第二条―第五条、第七条、第十二条関係)6 17号
 物件名:売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書
 定義:売上代金に係る金銭又は有価証券の受取書とは、資産を譲渡し若しくは使用させること()又は役務を提供することによる対価()として受け取る金銭又は有価証券の受取書をいい、次に掲げる受取書を含むものとする。


 電子取引の普及とともに、印紙税法まるごと、このまま自然消滅していくつもりなのでしょうか。


 以下、現行の取扱いを整理しておきます。
 なお、「金銭又は有価証券の受取」に該当するかどうかのみに限定し、
  ・営業者であること
  ・売上代金であること
  ・金額
  ・文書への記載
などの要件については、当然に満たすものとして記述します。

◯銀行振込

 通達によると、債権者が債務者に「口座に入金ありました」と通知する文書は、該当するとされています。

印紙税法基本通達 第17号文書
4(振込済みの通知書等)
 売買代金等が預貯金の口座振替又は口座振込みの方法により債権者の預貯金口座に振り込まれた場合に、当該振込みを受けた債権者が債務者に対して預貯金口座への入金があった旨を通知する「振込済みのお知らせ」等と称する文書は、第17号文書(金銭の受取書)に該当する。(平元間消3−15改正)


 が、民法では、例の債権法改正の際に、銀行振込も弁済にあたることを、わざわざ明記したところであり。

民法 第477条(預金又は貯金の口座に対する払込みによる弁済)
 債権者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってする弁済は、債権者がその預金又は貯金に係る債権の債務者に対してその払込みに係る金額の払戻しを請求する権利を取得した時に、その効力を生ずる。


 あるいは、労基法でも、賃金は現金払いが原則とされていて。
 銀行振込とするには労働者の同意(+通達によれば労使協定)が必要とされているところです。

労働基準法 第24条(賃金の支払)
1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

労働基準法施行規則 第七条の二
1 使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法によることができる。ただし、第三号に掲げる方法による場合には、当該労働者が第一号又は第二号に掲げる方法による賃金の支払を選択することができるようにするとともに、当該労働者に対し、第三号イからヘまでに掲げる要件に関する事項について説明した上で、当該労働者の同意を得なければならない。
一 当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み


 だというのに、印紙税法の通達ごときが、そんなあっさり「現金手渡し=銀行振込み」と同一扱いしてしまってよいのか、疑問があります。
 例によって、こういう場面で「借用概念論」がお役に立ってくれることはない。

雑損控除における「盗難」「横領」 〜立てよ!借用概念論!

(追記)
 『逐条解説』を確認したら、衝撃の理由付け(P.704)。

川ア令子「印紙税法基本通達逐条解説 令和元年版」(大蔵財務協会2019)

「預金は、金融機関等が預金者のために金銭を保管することの契約、すなわち寄託契約(消費寄託契約)の保管物となります。
 得意先から預金口座振替又は口座振込みの方法により預金口座に振り込まれた金銭は、預金者のための金銭の保管者(金融機関等)が預金者の金銭を受領するものであり、預金者が金銭を受領するのと同じことになります。」

 無茶言うぜ!(野暮なツッコミはいたしませんので、各自で味わって下さい)

◯クレジットカード

 質疑応答事例によれば、該当しないとされています。

クレジット販売の場合の領収書(質疑応答事例)

 クレジット販売は信用取引で、金銭の受領事実がないからだと。
 ただ、ちゃんと「クレジットカード利用」と記載しろと。

 この理由付けからすると、銀行振込も、まだ金銭を受領していないんだから、該当しないことになりそうなんですが。
 「口座に入金されればいつでも引き出せる」という実質論は分かるのですが。口座入金と現金受取を同じようなもの扱いするのは、私には「類推解釈」の世界線だと感じてしまいます。

 なお、「クレジットカード」といえば。
 下記記事でイジった、ヘンテコなクレジットカード理解が、衝撃的すぎて未だに忘れられない。

アクティブ・ラーニング租税法【実践編】(実税民5)

◯デビットカード

 質疑応答事例では、場合分けがされています。

デビットカード取引(即時決済型)に係る「口座引落確認書」及び「領収書(レシート)」(質疑応答事例)

1 即時決済型
ア 「引き落としました」と記載(口座引落確認書)
 債務者の口座から引き落とされたという事実だけで、それを債権者が受け取ったことまで記載されていないから、該当しない。

イ 「デビット取引」と記載
 即時決済型におけるデビット取引なので、該当する。

ウ アイ両方記載
 イが記載されているから、該当する。

2 信用取引型
 クレジットカードと同じなので、該当しない。

 どちらの型かを、その場で加盟店が判断できるのかどうか、私には分かりませんが。それぞれの型で扱いが異なるんだと。
 とすると、「デビット取引」と記載しただけでは、課税文書かどうかは判定できず。規約等をみて、いずれの型かを確認しなければなりません(マジかよ)。

 「印紙税の課否判定は、文書の記載のみによって行う」なんてのは、一つの用語が多義的になってしまった現代においては、もはや成り立ち得ない。

◯コード決済

 最初にあげた資料が、これに関するものです。
 質疑応答事例では、この資料を前提として場合分けを行っています。

コード決済サービスを利用して決済を行った者に交付する領収書(質疑応答事例)

 1 受領事実があるpay
 2 受領事実がないpay
 3 受領事実がある場合とない場合があるpay

 資料では、どうにかして「金銭の受取」に該当しないように、多種多様な法律構成が提案されています(受取書回避スキーム)。
 印紙課税を逃れるために法律構成をいじくるなんて、本末転倒な気もしますが。それだけ切実なものなのでしょう。
 「債権総論」の発展的学習という感じで、素人的には、これはこれで面白い。が、真面目に議論するに値するものなのかどうか。

中田裕康「債権総論 第四版」(岩波書店2020) Amazon

小塚荘一郎,森田果「支払決済法 第3版」(商事法務2018)

 で、資料にはあれこれ書かれているものの。質疑応答事例では、「印紙税法」の側からみた3パターンに集約されています。

 あとはもう、機械的に当てはめるだけ。
 1⇒該当する
 2⇒該当しない
 3⇒どっちかはっきりしない場合は該当するというのが、印紙税法世界の宿命(さだめ)

 123どれにあたるかなんて、規約等を見なければ分からないはず。というか、読んだところで我々素人には分からないと思う。
 のですが、決済会社が採用している法律構成に従って判断しろということのようで。

 サービス導入時に、決済会社から加盟店へ説明してくれているのでしょうか。


 という感じで。

 一方で、拡張運用されている銀行振込があり。他方で、明らかに該当しないとされているクレジットカードがあり。
 で、いかにクレジットカード側に寄せて法律構成できるかで勝負が決まる、みたいな状況になっています。

 ここでは、納税者である加盟店の「予測可能性」などというものは、もはや判断基準とはなりえない。し、「文書の記載のみから判定する」なんて印紙税法世界のユートピア、もはやどこにも存在しない。
posted by ウロ at 09:00| Comment(0) | 印紙税法

2020年06月01日

おかわり契約の成立と印紙税法(法人法がこちらをみている)

 井田良先生の論文集の紹介記事を印紙税法の記事で挟むという無礼。
 大変申し訳有りません。


 ただし今回は前の記事の目地埋め程度の内容。
 納税義務者論を「法人」に展開したらどうなるか、の確認作業です。

【印紙税法における納税義務者論】
続々・契約の成立と印紙税法(代理法がこちらをみている)

 最終話後の番外編のイメージでお読みいただければ。



 まずは通達の確認から。

印紙税法基本通達
第42条(作成者の意義)
 法に規定する「作成者」とは、次に掲げる区分に応じ、それぞれ次に掲げる者をいう。
(1) 法人、人格のない社団若しくは財団(以下この号において「法人等」という。)の役員(人格のない社団又は財団にあっては、代表者又は管理人をいう。)又は法人等若しくは人の従業者がその法人等又は人の業務又は財産に関し、役員又は従業者の名義で作成する課税文書 当該法人等又は人
(2) (1)以外の課税文書 当該課税文書に記載された作成名義人


【納税義務者ルール(通達)】
 A 原則は書面上の作成名義人
 B 法人の役員・従業者名義 ⇒法人

 Bルールにより、役員・従業者がその者の名義で作成しても法人自身が作成者になると。
 (各種団体等を含みますが、以下の検討は「法人」に限定します。また、従業者は従業員といいかえます。)

 契約書が権限の範囲内で作成された「通常事例」で考えるかぎりは、このルールでおかしくないでしょう。
 任意代理の場合に代理人課税となっていて、スタートからいきなり躓いたのとは大違い。


 さて、ここからが考えるのしんどいなあという領域。

 法人の場合、文書作成者となりうるのが、
  ・代表者
  ・その他の役員
  ・従業者
と分かれます。
 ただ、権限内/外で一元化できると思うので、特に区別することなく検討します。

 では、これらの人が権限外で契約書を作成したらどうなるか。

 任意代理の場合は、無権限の場合に本人課税はおかしいのでは、と書きました。
 これに対し、法人の場合はどうか。

 無権限とはいっても、法人との間には「雇用関係」なり「委任関係」があって、全くの無関係ではありません。
 このことからすると、法人課税となってもおかしくない。

 この点、参考になりそうなのが「重加算税」の裁判例・裁決例。
 そこでは、代表権のない者による行為であっても、「相応の地位・権限」がある場合は法人自身の行為と「同視」できる(から法人による仮装・隠蔽と評価できる)と判断されています。

 印紙税法上も同じように、行為者に相応の地位・権限がある場合に課税となるか。
 あるいは、役員・従業員でありさえすれば相応の地位・権限は不要か。
 逆に、契約締結にかかる具体的な権限まで必要かどうか。

 【法人が印紙税法上の納税義務者となるために必要な文書作成者の権限】
  A その法人の役員・従業員でありさえすればいい
  B 相応の地位・権限が必要
  C その契約を締結する具体的な権限が必要
 
 AとCは、いずれも結論は極端ながら基準としては明確です。
 これに対し、Bは間をとった見解の宿命として、そこでいう「相応の」をどう判断するかという、明確な答えのない問題とお付き合いしなければなりません。
 法には何の手がかりもないわけで、租税法規の「明確性」の観点からはおもいっきり問題があるでしょう。

 が、重加算税の課否などという際どい事案でも用いられている基準であることからすると、印紙税法(ごとき)に導入されてもおかしくない。


 このあたり、通達レベルでいうと「法人の役員・従業者が」「その法人の業務又は財産に関し」の読み方にかかってきます。

 「法人の業務」とあって「その者の法人における業務」となっていないことからすると、CはもちろんBも要求されていないように思えます。
 ただし、剥き出しのAまではいっておらず、「法人の業務に関する」という限定はしていると。
 とはいえ、除外されるのは、業務に関しない私的な行為などに限られるのでしょう。


 これはあくまで通達レベルでの話であって、このような解釈が印紙税法レベルで許されるかは当然検討すべきところです。

 が、残念ながら法には何らの手がかりもない。
 納税義務者論(法人法)を専門とする印紙税法学者の皆さんによる、下位規範の定立にかかっておりますので、その旨よろしくお願いいたします。
posted by ウロ at 00:00| Comment(0) | 印紙税法

2020年05月18日

二段の推定と契約の成立と印紙税法 〜印紙税法における実体法と手続法の交錯

 契約の成立と印紙税法の問題に「民事訴訟法」が参戦!

【契約の成立と印紙税法】
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法
続・契約の成立と印紙税法(法適用通則法がこちらをみている)
続々・契約の成立と印紙税法(代理法がこちらをみている)
さよなら契約の成立と印紙税法 (結局いつもひとり)
魔界の王子と契約の成立と印紙税法


 本当は、前回までで終わる気満々だったんです。
 というか、続き物系の記事はだいたい毎回そんな感じです。
 書いているうちに、勝手につながっていってしまうと。

【続き物系の記事】
税法・民法における行為規範と裁判規範(その1)
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その1)
武器としての所得拡大促進税制 〜労働者にとっての。

 今回の記事も、前回の記事で「文書の成立の真正」との絡みに何やら怪しい雰囲気を感じ取ってしまったので、掘り下げてみるという趣旨です。

【印紙税法のお相手遍歴】
 民法(意思表示理論)
 中学生男子
 キャッツ・アイ
 法の適用に関する通則法(法律行為の成立)
 借用概念
 民法(代理)
 剥き出しの白鳥
 アシュラマン
 民事訴訟法(文書の成立の真正)←New!

 ちなみに、このブログで「民事訴訟法」を題材にしたのは、新堂幸司先生の本の紹介くらい。
 独立のカテゴリがまだ存在しない。

※追記:できました。

【民事訴訟法】
新堂幸司『民事訴訟制度の役割』(有斐閣1993)
新堂幸司「新民事訴訟法 第6版」(弘文堂2019) 〜付・民事訴訟法と税理士

 どちらかというと実体法に偏っていて、手続法それ自体をネタにすることがほとんどないですね。
 「規範分類説」を召喚したこともありますが、これもその基本コンセプトを参照させていただいただけですし。

税法・民法における行為規範と裁判規範(その2)

 ちなみに、「刑事訴訟法」についても、下記記事でほんのり出てくるくらい。

団藤重光『法学の基礎』(有斐閣2007)

 今回も、あくまで印紙税法嬢のお相手として出てきてもらっただけ。

 かぐや姫と求婚男子の関係。

 なお、これまで文書か実体か、という議論をしてきたにもかかわらず、印紙税法を「実体法」と呼ぶのは紛らわしいことこのうえない。
 が、「手続法」に対するものとしての、なので、そういうものとしてご理解いただければ。


 まず前提として、民事訴訟法の教科書などで一般的に記述されている「二段の推定」まわりの知識を。

ア でてくる用語

・書証
 文書の意味内容を証拠資料とする証拠調べ
・処分証書 (契約書など)
 立証命題である意思表示その他の法律行為が記載されている文書
・報告証書 (領収書など))
 作成者の見聞、判断、感想等が記載されている文書
・文書の成立の真正
 文書が特定の作成者の意思に基づいて作成されたものであること
・形式的証拠力
 文書の記載内容が作成者の思想を表現していること
・実質的証拠力
 文書の意味内容が事実の証明に役立つ力

(ちなみに、この形式的証拠力と実質的証拠力という用語の使い方、対比しやすいように揃えているんでしょうが、どうにも気持ち悪い。
 というのも、前者は思想を表現している/していないという「有りか無しか」なのに対し、後者は「どの程度」役に立つか、という強弱があるものです。
 にもかかわらず、同じ「証拠力」という用語で揃えているのがとても気持ち悪い。)

イ 一般的な説明

民事訴訟法 第二百二十八条(文書の成立)
1 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。


・文書を書証として用いるためには、文書の成立の真正を証明しなければならない(1項)。
 ただ、それ自体を立証するのが難しいことから、推定規定(法定証拠法則)が設けられている(4項)。

・4項は、押印(以下、署名は略します)が名義人の「意思」に基づいてなされた場合にはたらくもの。
 これに加えて判例により、印影が名義人の印章であれば、意思に基づき押印されたと推定されることになっている。

・これら推定は経験則に基づくものなので、反証により推定を妨げることができる。 

【二段の推定】
 T 印影が名義人の印章
   ↓ 推定1
 U 押印は名義人の意思によって行われた
   ↓ 推定2
 V 文書作成は名義人の意思によって行われた

・文書の成立の真正と形式的証拠力は、通常は同じことを意味している。
 ただし、「習字目的」で作成された場合などは形式的証拠力を欠く。

・「処分証書」には意思表示が記載されているから、文書の真正が証明されたら「特段の事情」のないかぎり、意思表示の存在を認定できる。


 この一般的な説明、いかにももっともらしく書いてあるんですけど、いくつかモヤるポイントが。

 「習字目的」のくだり、いくつかの教科書に書かれていて、おそらくどこかに最初の元ネタがあるんだと思います。

【元ネタ系】
田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990)

 それはともかく、「習字目的」云々は、二段の推定のどこに位置づけられるのか。

 おそらく、上記Vの先にWが隠されていると思います。

《三段の推定》
 T 印影が名義人の印章
   ↓ 推定1 (判例)
 U 押印は名義人の意思によって行われた
   ↓ 推定2 (法228条4項)
 V 文書作成は名義人の意思によって行われた(成立の真正)
   ↓ 推定3 (隠れ)
 W 記載内容は名義人の思想を表現している(形式的証拠力)

 このV⇒Wの推定3を妨げるものとして、習字目的が入ります。
 文書の「作成」は名義人の意思によるものですが、その「内容」は名義人の思想を表したものではないと。

 どの本にも「二段」と書かれている一方で「習字目的」云々も書かれていて、その関係がよく理解できていませんでした。
 が、推定が「三段」あると理解すると、収まりがよくなります。

 「処分証書」で文書の真正が認められれば意思表示の存在が認定できる、というのも、Vの文書の真正から認定するのではなく、Wの形式的証拠力のほうから認定する、ということですね。

 通常はVとWの距離が近いからあえて明示していない、ということかもしれませんが、習字目的云々を書くなら、VとWをちゃんと分離しておいてほしい(2.5段くらいのイメージ?)。


 このように、Vの先にWが隠れているわけです。
 が、はっきりしないのが、文書を訴訟で書証(そしょうでしょしょう)として使ってよいか、という「証拠適格」のレベルでは、VまであればいいのかWまで必要なのか。
(刑事訴訟法的な意味での「証拠能力」の問題はないのでしょうが、民事訴訟法228条1項の条件を満たすか、という意味で「証拠適格」という言葉を使うことにします。)

 民事訴訟法228条1項の文言からすれば、Vまでで足りるはずです。
 で、成立の真正が認められれば証拠採用できて、あとの形式的証拠力・実質的証拠力の問題は実体審理で判断する、というのが簡明な処理だと思います。

 が、一般的な見解がどのように理解しているのかはよく分かりません。

 ・成立の真正  ←証拠適格
 ・形式的証拠力 ←?
 ・実質的証拠力 ←実体審理


 民事訴訟法内部での説明は一応こういうことになるのですが、「民法」(実体法)との関係はどうか。

 次のような事例で考えてみましょう。

【事例】
 Aは、起案の練習のつもりで「Bに甲土地を贈与する」旨の契約書を作成し、机の上に置いておいた(Aの押印あり)。これをみた同居人Bは、同書面に自分の署名押印をした。


 まず実体法レベルの問題として、表示主義重視の見解からすると、この事例で契約が成立するのかどうか。

 前回の記事では、「表示の一致」には二様の見方があると書きましたが、より精密にいうと三様に分けられます。

《表示の一致ありというには》
  @ 書面上の表示が一致していればいい
  A 「当事者が」その表示をしたことが必要
  B 当事者がその表示を「申込み」「承諾」とするつもりだったことが必要

 AとBが分岐するのは、事例のように、「表示」をしたこと自体は意思に基づいているものの、それをBに対する「申込み」とするつもりはなかった、という場合があるからです(なんとなく手形法における「交付欠缺」の論点(契約説☓発行説☓創造説)がチラつく)。

 これらを事例にあてはめると、
  @ ⇒契約成立
  A ⇒契約成立
  B ⇒契約不成立

となり、@とAは心裡留保なり虚偽表示の検討に入っていくことになります。

 表示主義重視の見解が、どれで理解しているのかはよく分かりません。
 が、「取引の安全を保護するため成立段階では内心に立ち入らない」という基本コンセプトからすれば、せいぜいAまでで、Bまで要求するのは「意思主義」に片足突っ込んでいる気がします。

 仮にBまで要求するにしても、後ろにその意思が「真意」だったかという判断が控えているわけで、意思の切り分けに繊細さが要求されます。

【意思ミルフィーユ構造論】
 @ 意思なし
 A 「表示」することの意思
 B その表示が「申込み」であることの意思
 C その申込みが「真意」であることの意思

 概念分類としてはこうやって単純に並べて書けばすむ話ですけど、事実認定として人間の内心をこんな精密に切り分けることできるんですかね。
 @とAの間に「動機」もあるわけですし。

 てっさ(ふぐ刺し)をうすーく切る職人の技術が求められる(ふぐスライサーでやるからいい、とか言わないで)。

 気のせいかもしれませんが、またあたらしい「意思ドグマ」が誕生しますか?

【テイルズ・オブ・イシドグマ(TAILS OF ISYDOGMA)】
加賀山茂「求められる改正民法の教え方」(信山社2019)
ドキッ!?ドグマだらけの民法改正


 さて、この軸足の定まらない民法を前提として、「二段の推定」に戻ってみましょう(上記のとおり実態は「三段」ですが、従前の用語にあわせて平文では「二段」ということにします)。

《三段の推定》(再掲)
 T 印影が名義人の印章
   ↓ 推定1 (判例)
 U 押印は名義人の意思によって行われた
   ↓ 推定2 (法228条4項)
 V 文書作成は名義人の意思によって行われた(成立の真正)
   ↓ 推定3 (隠れ)
 W 記載内容は名義人の思想を表現している(形式的証拠力)

《表示の一致とは》(再掲)
 @ 書面上の表示が一致していればいい
 A 「当事者が」その表示をしたことが必要
 B 当事者がその表示を「申込み」「承諾」とするつもりだったことが必要

 もちろん、二段の推定は、文書を訴訟で書証(そしょうでしょしょう)として利用できるか、にかかわるものなので、実体法とリンクしている必要はありません。
 が、「処分証書」の場合に、特段の事情のないかぎり意思表示の存在の認定までいけるとされているとおり、実体法と無関係ではありません。

 で、二段の推定の出口がVではなくWであることからすると、民事訴訟法の側では、表示の一致をBで理解していることになります。
 処分証書はWまでいったら意思表示の存在が認定できると言っているので。
 
 V≒A  :「作成」が意思に基づく
 W≒B  :「内容」が意思に基づく
 (全く同じかがはっきりしないので「≒」で結んでおきます。)

 それゆえ、仮に民法側でAで足りるとするならば、二段の推定もVまででいいってことになります。
 Wは、契約が成立した後の「効力要件」に対応すると。

《表示の一致がAの場合》
 T→U→V→ 契約の成立認定

《表示の一致がBの場合》
 T→U→V→W→ 契約の成立認定


 ここまでが前座で、満を持して印紙税法の登場(民事訴訟法≒若林、印紙税法≒春日)。

 はっきり明示されたものを見かけたことはないものの、印紙税の賦課決定処分の違法性が訴訟になった場合も、民事訴訟法228条の適用はあるってことですよね。
 国税通則法114条⇒行政事件訴訟法7条⇒民事訴訟法と戻っていくわけで。

国税通則法 第百十四条(行政事件訴訟法との関係)
 国税に関する法律に基づく処分に関する訴訟については、この節及び他の国税に関する法律に別段の定めがあるものを除き、行政事件訴訟法(昭和三十七年法律第百三十九号)その他の一般の行政事件訴訟に関する法律の定めるところによる。

行政事件訴訟法 第七条(この法律に定めがない事項)
 行政事件訴訟に関し、この法律に定めがない事項については、民事訴訟の例による。


(ちなみに、不服申立ての場合の「国税通則法⇒行政不服審査法」ルートだと民事訴訟法に到達しないように思うのですが、民事訴訟的な証拠ルールは特に規定されていない、という理解でいいんですか。)

 そうだとして、印紙税の訴訟において「二段の推定」はどう働くのか。


 当然のことながら、課税庁側が「課税文書」と主張する文書が証拠として提出されます。
 が、これは「書証」としてなんですかね。

 というのも、「文書」を証拠申出するからといって、かならず「書証」になるわけではないからです。

・書証
 文書の意味内容を証拠資料とする証拠調べ


 書証というのは文書の「意味内容」を証拠とするものです。
 印紙税法が文字通りのピュアピュア「文書課税」だとすると、主要事実は文書が存在していること及びそこに記載された文字そのものになります。

 そうすると、主要事実を証明するための「直接証拠」として文書を用いるという側面では「検証」にあたるのではないかと。

・検証
 事物の性質・形状・状況等を証拠資料とする証拠調べ


 もちろん、その文字の「実質的な意義」を解釈するためには、文字の「意味内容」も証拠とする必要がでてきます。

印紙税法基本通達
(課税文書に該当するかどうかの判断)第3条
1 文書が課税文書に該当するかどうかは、文書の全体を一つとして判断するのみでなく、その文書に記載されている個々の内容についても判断するものとし、また、単に文書の名称又は呼称及び形式的な記載文言によることなく、その記載文言の実質的な意義に基づいて判断するものとする。
2 前項における記載文言の実質的な意義の判断は、その文書に記載又は表示されている文言、符号を基として、その文言、符号等を用いることについての関係法律の規定、当事者間における了解、基本契約又は慣習等を加味し、総合的に行うものとする。


 そうだとすると、通常の契約関係訴訟とは「証拠構造」が異なることになります。

 まず「検証」によって判定対象たる文書そのものを認定する、というか判定対象を特定する方法としては、文書の検証以外の証拠方法は許されないことになるはずです。
 そして、「実質的な意義」を判定するのに必要なかぎりで「書証等」を実施すると。
 書証「等」というのは、実質的な意義を判定するためなら「人証」などもありうるからです。

【印紙税法訴訟における証拠構造】
 判定対象:   検証のみ
 実質的な意義: 検証、書証、人証、検証

 と、このように通常の契約関係訴訟と比べて書証の位置づけが後ろになります。
 実体法側の都合で証拠方法が制限される、ある種の「法定証拠主義」みたいなものですかね、ちょっと違いますが。


 なお全く関係ないですが、これ、刑事訴訟における「手続二分論」と発想が似ています。
 罪責認定手続と量刑手続を分離することで、合理的な判定ができるようになるという、あの。

 印紙税法でも、「判定対象を文書外の事情に求めてはならない」というルールを厳守するためには、判定対象の特定手続をそれ以外の手続から切り離すべき、といえるかもしれません。


 こう書いていて実はよく分かっていないのが、そもそも印紙税法における「主要事実」というのが、何を指すのかということ。

 上に書いたとおり、文書の存在と文字面が主要事実になるのは当然です。
 では「実質的な意義」といっているものは主要事実なのかどうか。

 文字面を解釈するための「間接事実」にすぎないのか。それとも規範的要件における「評価根拠事実/評価障害事実」のようなものなのか。

【実質的な意義の位置づけ】
・間接事実説
 文書そのもの 主要事実
 実質的な意義 間接事実

・主要事実説
 文書そのもの 主要事実
 実質的な意義 評価根拠事実/評価障害事実

 「印紙税法は文書課税」テーゼからすると、主要事実は文書の存在と文字面だけで、それ以外は間接事実となりそうですが、どうなんでしょう。


 書証の位置づけがこうだとして、では「二段の推定」は印紙税訴訟においてどのように機能するか。

 「表示さえあれば課税」という純粋かつ単純な文書課税テーゼを貫くなら、二段の推定を働かせるまでもなく「検証」だけで課否判定することもできるはずです。
 で、文字面だけでは判定できない場合に書証等に入ると。

 民事訴訟法上はVまでいけば文書を書証として使えることになります(ただし、証拠適格レベルでWまで必要か、という問題があるのは前述のとおり)。

 他方、印紙税法の課否判定において、契約の成立という実体が不要だというならTすら不要です。
 それゆえ、書証として証拠採用されたら、自動的に課否判定ができることになります(大は小を兼ねる)。
 T〜Vの判断は、民事訴訟法上、証拠採用するのに要求されているからやっているだけで、印紙税法上は無くてもよい。
 せいぜい「実質的な意義」を判断するのに必要かもね、程度の事情。

 訴訟法が実体法を追い越しちゃっているような。


 契約関係訴訟では、「処分証書」に形式的証拠力が認められれば意思表示の存在が認定できるとされていました。これはいわば「直列」の関係にあります。

 直列:
  二段の推定⇒意思表示の認定

 他方、印紙税の訴訟では、二段の推定は証拠採否の判断のために使われるだけで、印紙税法上の課否判定はまた別の系列に移ります。

 並列:
  ・二段の推定 ⇒終わり
  ・課否判定

 そもそも、「処分証書/報告証書」という分類自体が、契約関係訴訟が念頭におかれていて、他の訴訟類型のことは考慮されていないように思えます。
 ゆえに、二段の推定や処分証書といった概念が、印紙税の訴訟において特別な効力を発揮することは考えにくい。
 これは租税訴訟だから特別、なのではなく、これら概念の視野の狭さが原因です。


 以上は「文書無価値一元論」による説明です。

 他方で、私見の「文書・実体無価値二元論」によれば、要件ごとに扱いが異なることになります。

《文書・実体無価値二元論》
 1 課税事項:  文書
 2 文書作成目的:実体
 3 納税義務者: 実体
 4 課税標準:  文書

 1と4は上述した「一元論」による説明が基本的にあてはまります。
 文書の検証からはじまって、必要により書証や人証を行うと。

 他方、2と3はそのような限定はないと。
 たとえば、納税義務者とされている者が文書作成に関与したことが書面上から認定しようがないとしたら、当該文書は証拠として役にたちません。
 この場合は、文書以外の証拠を持ち出す必要があります。

【納税義務者論】
続々・契約の成立と印紙税法(代理法がこちらをみている)

 他方で、納税義務者の判定に文書を「書証」として利用する場合には、「二段の推定」との関係が正面から問題となります。

《三段の推定》 民事訴訟法レベル
 T 印影が名義人の印章
   ↓ 推定1 (判例)
 U 押印は名義人の意思によって行われた
   ↓ 推定2 (法228条4項)
 V 文書作成は名義人の意思によって行われた(成立の真正)
   ↓ 推定3 (隠れ)
 W 記載内容は名義人の思想を表現している(形式的証拠力)

《納税義務者該当性》 印紙税法レベル
 ア その文書の「作成」が意思に基づくか
 イ その文書の「内容」が意思に基づくか

 比べてみると、「V・ア」と「W・イ」がそれぞれ対応しています。

 ので、印紙税法でア説をとるなら、二段の推定でVまでいった段階で、同時に納税義務者該当性が認定できたことになります。
 証拠採否のレベルとしてはもちろん実体審理レベルでも、Wまで判断する必要はないということです。

 他方、イ説であればWまで行く必要があって、この場合は、通常の契約関係訴訟における処分証書と同じ扱いになります(Wまでいくのが証拠採否レベルなのか実体審理レベルなのか、という問題があるのは前述のとおり)。

 ア説というのは、「習字目的」で作成しても納税義務者となることを肯定する見解なわけで、さすがにやりすぎな気がしますが、どうでしょう。

 二段の推定と納税義務者論の親和性が高すぎる気がしますが、たまたまであってヤラセではないですからね。

【たまたま説】
ここがヘンだよ所得拡大促進税制 〜委任命令におけるゆらぎとひずみ

 他方「文書作成目的」のほうは、そもそもその中身自体がよく分からないということは、すでに検討したとおりです。

【文書作成目的について】
さよなら契約の成立と印紙税法 (結局いつもひとり)

 しいていえば、Wが内容的におおむね対応するでしょうか。
 少なくとも、Wの先の「真意」までは要求しないでしょうし。

 このように、「文書・実体無価値二元論」によると、印紙税法における二段の推定の役割は要件ごとに異なるという結果に。
 実体法レベルの違いが手続法にも反映されている、ということですね。

《印紙税法における文書の証拠構造》
 零 外形的な表示 ⇒ 課税事項、課税標準
   ↓
 T 印影が名義人の印章
   ↓ 推定1
 U 押印は名義人の意思によって行われた
   ↓ 推定2
 V 文書作成は名義人の意思によって行われた ⇒納税義務者(ア説)
   ↓ 推定3
 W 記載内容は名義人の思想を表現している ⇒納税義務者(イ説)、文書作成目的
   ↓
 X 記載内容は名義人の真意を表現している ←不要?


 前回までの記事は、いわば「実体印紙税法」の話でした。

 今回は、そこに「手続法的視点」を導入したらどうなるか、というお話です。

 ガチでやるなら『印紙税賦課決定処分取消請求訴訟における要件事実とその立証』というタイトルで本格展開すべきところ。もちろん、そんな力量はありません。

 ちなみに、そのタイトルは以下の書籍のもじり。

坂井芳雄「約束手形金請求訴訟における要件事実とその立証」(法曹会1963)

 これは実体法である手形法を、裁判にのっけた場合の主張・立証方法について論じた書籍。
 悲しいかな、手形法も印紙税法と同様に、「ペーパーレス化」の波に飲まれて消えゆく運命。

 実体法と手続法を一体として学ぶには、箱庭的なコンパクト味があってふさわしいと思うんですけども。

坂井芳雄「手形法小切手法の理解」(法曹会1998)
坂井芳雄「裁判手形法」(一粒社1988)

 さんざん印紙税法を論じていた連載記事が、なぜか「手形法レクイエム」で締め。
posted by ウロ at 09:53| Comment(0) | 印紙税法

2020年05月11日

魔界の王子と契約の成立と印紙税法 〜印紙税法総論・爆誕!

 前回記事で述べた、印紙税法が民法と勝手にくっつこうとしている箇所。

【契約の成立と印紙税法シリーズ】
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法
続・契約の成立と印紙税法(法適用通則法がこちらをみている)
続々・契約の成立と印紙税法(代理法がこちらをみている)
さよなら契約の成立と印紙税法 (結局いつもひとり)

 ここです。

(引用ここから)
事例1:《実体》なし
  ア 文書:代金1000万円の不動産売買契約書
  イ 文書:代金8000万円の不動産売買契約書

※そもそもこの事例、民法上、実体なしとして契約は「成立」しないのか、それとも、表示通りの契約が「成立」した上で「効力」が実体にあわせて調整されるのか、という問題があります。
 なんですが、これをやりだすと前々回に論じた「効力要件」問題が再燃してしまいます(要するに、同じようなことをいろんな角度から検討しているだけなので、混線する)。
 ので、ここでは契約不成立前提で話をすすめます。

事例2:《実体》代金5000万円の不動産売買契約
  ウ 文書:代金1000万円の不動産売買契約書
  エ 文書:代金8000万円の不動産売買契約書

※こちらも事例1同様、民法上、実体通りの金額で「成立」するのか、それとも、文書通りの金額で「成立」した上で「効力」が実体にあわせて調整されるのか、という問題があります。
 が、ここでは実体通りの金額で成立した前提で話をすすめます。

(引用ここまで)

 この記述の「※」のところ。

 例によって、話が拡散するのを防ぐため、ルートの分岐を塞いだわけです。
 が、この道筋をたどっていったらなんか繋がりそうな気がした、ので、おっかなびっくり進んでみます。


 前回記事では、事例1を「実体なし」と決め打ちしました。
 が、アにしてもイにしても、申込と承諾が一致したかのように見える契約書(物理)が存在しています。

 ということはですよ、「表示主義」重視の民法通説からすると、この場合も表示の一致ありで契約は「成立」している、てことで実体「あり」になる可能性があるんですよね。

 「可能性」と控えめなのは、表示の一致といっても、ただ表示が一致した契約書が存在してさえいればいいのか、それとも、そういう書面を作成したという行為は必要なのか、という問題があるからです。

《表示の一致とは》
 ア 書面上の表示が一致していればいい
 イ 当事者がその表示行為をしたことが必要

 と、理解が二様に分かれるわけです。

 通説的には、イであってアとかあり得ないから、というつもりなんでしょう。
 が、署名・押印から文書の真正な成立が推定されるという「事実認定」レベルの話まで考慮に入れると、アとイは事実上ほぼ重なり合う(ここは次回掘り下げます)。

民事訴訟法 第二百二十八条(文書の成立)
1 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。


 で、アだとしたら出会って秒で結婚、イでもいきなり同棲レベルかと。
 あの、「文書!文書!」しか言わないと思われたコミュ障印紙税法が、まさかのね。

【性格の超一致】
  民法:  書面上の表示が一致していれば契約成立
  印紙税法:書面に書いてあれば課税

 良いように喩えましたが(ただし人による)、我々納税者からしたら「悪魔合体」よ。
 契約書がある以上、実体なしとなる余地がほとんどないというのだから。


 事例2にしても、実体が5000万円だとしていますが、表示が1000万円や8000万円だってことは、5000万円は内心の意思にすぎないわけです。
 そうすると、表示通りの金額で契約は「成立」し、あとは「効力」の問題となると。

 とすると、こちらでも、

【前世でも一緒だったかも】 (※キモい)
  民法:  表示通りの金額で契約成立
  印紙税法:表示通りの金額で課税

となって、2人のズレが消失します。

ふたりはプリキュア(後日テコ入れで増員) 〜グループ法人税制のおさらい〜

 民法の実体的側面に対しては「生理的に無理」とか言っていた印紙税法が、表示的側面を見せた途端なびき出すと。

 露骨!
 アシュラマンだって、すべての顔を愛してほしいはずだぜ。


 ここまで、印紙税法を支配している「文書課税」に対抗する、実体陣営からの、protest・resistを繰り広げてきました。

 この陣取り合戦について、私自身の戦績評価は次のとおり。

 1 課税事項:  文書
 2 文書作成目的:実体(−)
 3 納税義務者: 実体(+)
 4 課税標準:  文書

 まずは、戦線を分断したこと自体が一つの戦績かと思います。
 印紙税法上のすべての要件を、文言のみで判断することはできないと。

 そして、2と3は実体陣営が奪還できたはず、との自己評価。
 3は文書課税の理不尽さを強めにアピールできたはずなので実体プラス、2はそこまで積極的な展開ができていない気がするので実体マイナスとなっています。

 1と4はどうにも突き崩せず。
 ここは、実体陣営の味方になるうる存在だと思っていた民法が、文書課税と馴れ合っていたのが敗因。


 以上、本連載でやろうとしたことは、「文書課税」一本でやってきた総論不在の印紙税法において、「印紙税法総論」を打ち立てることでした(壮大な誇大妄想)。
 なお、下記の記事が「印紙税法各論」に該当します。

【印紙税法各論】
森田宏樹『契約責任の帰責構造』(有斐閣2002) 〜印紙税法における「結果債務・手段債務論」の活用 
Janusの委任 〜成果報酬型委任と印紙税法

 そして私の夢は、印紙税法学者の皆さんが、文書無価値一元論と文書・実体無価値二元論の陣営に分かれて喧々諤々の議論を戦わせる、というものです。
 その議論の土俵も、課税事項論、文書作成目的論、納税義務者論、課税標準論、手続論などに細分化され、それぞれの分野の専門家が現れると。

 この、ペーパーレス時代にそぐわない妄想。
 産まれる前から死が約束されている。
posted by ウロ at 09:29| Comment(0) | 印紙税法

2020年05月04日

さよなら契約の成立と印紙税法 (結局いつもひとり)

 前回、印紙税法側にもう一回転ネジを回す、といいました。

 が、そこにまっすぐに向かう前に、いくつか露払いをします。

【印紙税法学・樹立の道程】
私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法
続・契約の成立と印紙税法(法適用通則法がこちらをみている)
続々・契約の成立と印紙税法(代理法がこちらをみている)


 一般的に、契約書という形式ではなく、受注書や請書など承諾事実を証明する目的で作成される文書も「課税文書」だとされています(以下、申込側の書類を「申込書」、承諾側の書類を「承諾書」ということにします)。
 通達21条は申込書すら課税文書になる(場合がある)としていますが、承諾書だけのパターンも課税されることがその前提にあります。
 
印紙税法基本通達
第21条(申込書等と表示された文書の取扱い)
1 契約は、申込みと当該申込みに対する承諾によって成立するのであるから、契約の申込みの事実を証明する目的で作成される単なる申込文書は契約書には該当しないが、申込書、注文書、依頼書等(次項において「申込書等」という。)と表示された文書であっても、相手方の申込みに対する承諾事実を証明する目的で作成されるものは、契約書に該当する。 
2 申込書等と表示された文書のうち、次に掲げるものは、原則として契約書に該当するものとする。
(1) 契約当事者の間の基本契約書、規約又は約款等に基づく申込みであることが記載されていて、一方の申込みにより自動的に契約が成立することとなっている場合における当該申込書等。ただし、契約の相手方当事者が別に請書等契約の成立を証明する文書を作成することが記載されているものを除く。 
(2) 見積書その他の契約の相手方当事者の作成した文書等に基づく申込みであることが記載されている当該申込書等。ただし、契約の相手方当事者が別に請書等契約の成立を証明する文書を作成することが記載されているものを除く。
(3) 契約当事者双方の署名又は押印があるもの 


 このように説かれる際、明示されていないものの、有効な申込と有効な承諾という《実体》があることが前提とされているはずです。

  ノーマル: 申込+申込書 ⇒ 承諾+承諾書
        申込     ⇒ 承諾+承諾書
        申込+申込書 ⇒ 承諾

 では、承諾書には特定の申込に対するものであることが記載されているものの、その申込みが架空のものだった場合はどうなるのか(実体としての申込がない以上、それに対応する実体としての承諾も存在しえない)。

  アブノーマル: なし ⇒ 承諾書

 「文書の記載だけから判定」ということからすれば、この場合も課税文書で問題ない、ということになるのでしょうか。

 もしこの結論が正しいのだとすると、やはり印紙税法では民法の成立要件それ自体は要求されていない、ということになります。
 書面上、契約の成立を証明する目的で作成されたことが読み取れさえすれば、そのもととなっている実体は必要ないと。

 どこかやりすぎ感はありますが、文書の記載のみで判定するというならば、それが自然な帰結となるはずです。


 この結論を回避したいというのであれば、印紙税法上も何らかの《実体》判断を導入する必要があります。
 そうだとして、その実体は民法直輸入でよいのか何らかの印紙税法的変容が必要なのか、検討を要します。

 以下では、記述がしやすい通常の「契約書」事例に即して検討してみます。

 事例1:《実体》なし
  ア 文書:代金1000万円の不動産売買契約書
  イ 文書:代金8000万円の不動産売買契約書

※そもそもこの事例、民法上、実体なしとして契約は「成立」しないのか、それとも、表示通りの契約が「成立」した上で「効力」が実体にあわせて調整されるのか、という問題があります。
 なんですが、これをやりだすと前々回に論じた「効力要件」問題が再燃してしまいます(要するに、同じようなことをいろんな角度から検討しているだけなので、混線する)。
 ので、ここでは契約不成立前提で話をすすめます。

 まず、実体なしの場合に、アイそれぞれの記載金額で課税されるかが問題となります。

 実体不要説であれば、当然のごとく記載金額どおり課税されます。

  実体不要説
   ア 1000万円
   イ 8000万円

 この場合に課税されるのはまずい、ということで何らかの実体を要求することにしようと。
 そうすれば、少なくとも実体なしのアイの課税は回避できます。

  実体必要説
   ア 不課税
   イ 不課税


 では、何らかの実体がありさえすればいいか。

 事例2:《実体》代金5000万円の不動産売買契約
  ウ 文書:代金1000万円の不動産売買契約書
  エ 文書:代金8000万円の不動産売買契約書

※こちらも事例1同様、民法上、実体通りの金額で「成立」するのか、それとも、文書通りの金額で「成立」した上で「効力」が実体にあわせて調整されるのか、という問題があります。
 が、ここでは実体通りの金額で成立した前提で話をすすめます。

 事例2では、実体はあるわけですが「金額」が実体と文書とで不一致となっています。
 この場合に、ウエの「課税標準」はそれぞれいくらとなるのか。

 金額にかかわらず申込みと承諾がありさえすればいいのであれば、記載金額どおりの「課税標準」になるのでしょう(金額不要説)。

  実体必要・金額不要説
   ウ 1000万円
   エ 8000万円

 他方で、金額も持ち込むとした場合はどうか(金額必要説)。

 この場合でも、実体と記載のどちらを重視するかでいくつかバリエーションがありえます。
 が、記載をベースとしつつ実体で上限をはめる、というのが最もありうるパターンでしょうか。

  実体必要・金額必要説
   ウ 1000万円
   エ 5000万円(実体が上限)

 わかりやすく「金額」で検討しましたが、このことは「数量」などでも同じことです。
(もっというと実体「贈与」で文言「売買」などもありえますが、切りがないのでやめておきます。)

○ 
 前回は納税義務者の判定をメインに検討し、実体判断を導入すべきだろうと書きました。
 さて、本丸である課否判定についても実体判断を導入することは可能でしょうか。

 法律上の手がかりとなりうるのは、通則5項の「契約の成立を証すべき文書」くらいでしょうか。

印紙税法
別表第一 課税物件表(第二条―第五条、第七条、第十一条、第十二条関係)
課税物件表の適用に関する通則
5 この表の第一号、第二号、第七号及び第十二号から第十五号までにおいて「契約書」とは、契約証書、協定書、約定書その他名称のいかんを問わず、契約(その予約を含む。以下同じ。)の成立若しくは更改又は契約の内容の変更若しくは補充の事実(以下「契約の成立等」という。)を証すべき文書をいい、念書、請書その他契約の当事者の一方のみが作成する文書又は契約の当事者の全部若しくは一部の署名を欠く文書で、当事者間の了解又は商慣習に基づき契約の成立等を証することとされているものを含むものとする。


 この「証すべき」の対象が、一定の「実体」があることに向けられているのか、それともそのような実体がなくても「記載」がありさえすればいいのか、どうにも読み取れない。
 それで、通達では「証明する目的で作成される文書」と言い換えたのでしょうが、それでも実体が必要なのかどうかがはっきりしない。

印紙税法基本通達
(契約書の意義)
第12条 法に規定する「契約書」とは、契約当事者の間において、契約(その予約を含む。)の成立、更改又は内容の変更若しくは補充の事実(以下「契約の成立等」という。)を証明する目的で作成される文書をいい、契約の消滅の事実を証明する目的で作成される文書は含まない。


《「契約の成立を証明する目的」とは?》
1 「成立」の実体の要否
 ア 申込と承諾の一致という実体があり、かつ、それを証明する目的が必要
 イ 申込と承諾の一致という実体があるかのようにみせる目的があればいい
2 「目的」の実体の要否
 ウ 実体としての目的が必要
 エ 目的のあることが書面上に表れていればいい

 「課否判定は記載文言による」としても、それは判定の資料は記載文言に限られ書かれざる要素を持ち込むべきではない、というにとどまります。
 そこから先、課税要件(証明の対象)が文書そのものなのか、それとも実体も要求されるのかは別の問題。

  判定資料: 文書のみ ←ここは争いなし
  判定対象: 文書 or 文書+実体 ←Fight!

 個人的には、成立は実体不要で目的は実体必要(イ+ウ)、つまり、成立を見せかける目的が現実にあることが必要だと思うのですが、最終的な結論は保留します。

印紙税法基本通達
(課税文書に該当するかどうかの判断)第3条
1 文書が課税文書に該当するかどうかは、文書の全体を一つとして判断するのみでなく、その文書に記載されている個々の内容についても判断するものとし、また、単に文書の名称又は呼称及び形式的な記載文言によることなく、その記載文言の実質的な意義に基づいて判断するものとする。
2 前項における記載文言の実質的な意義の判断は、その文書に記載又は表示されている文言、符号を基として、その文言、符号等を用いることについての関係法律の規定、当事者間における了解、基本契約又は慣習等を加味し、総合的に行うものとする。



 これとは別の例で、通達には「契約当事者以外」の者に提出する文書に関するルールがあります。

印紙税法基本通達
 第20条(契約当事者以外の者に提出する文書)
 契約当事者以外の者(例えば、監督官庁、融資銀行等当該契約に直接関与しない者をいい、消費貸借契約における保証人、不動産売買契約における仲介人等当該契約に参加する者を含まない。)に提出又は交付する文書であって、当該文書に提出若しくは交付先が記載されているもの又は文書の記載文言からみて当該契約当事者以外の者に提出若しくは交付することが明らかなものについては、課税文書に該当しないものとする。
(注) 消費貸借契約における保証人、不動産売買契約における仲介人等は、課税事項の契約当事者ではないから、当該契約の成立等を証すべき文書の作成者とはならない。


 これは要するに、

 実体:契約当事者以外の者に提出する予定で
 文書:そのことが明記されている

場合は課税しないと。

 なに勝手に免税しちゃってんの、てところですが、寄り添って法解釈レベルに落とし込んであげるなら、この場合には「契約の成立を証する目的で作成する文書=契約の成立を証すべき文書」に該当しない、ということなんでしょう。


 ここで特徴的、というか意外なのは、実体と文言を両方考慮すると書いてあるということ。

 実体:契約当事者以外の者に提出又は交付する文書であって、
 文言:当該文書に提出若しくは交付先が記載されているもの又は文書の記載文言からみて当該契約当事者以外の者に提出若しくは交付することが明らかなもの

 「であって」の後ろが文言判断になっていることからすれば、その前が実体判断なのだろうと推測できます(もしかしたら、そこまでの深読みは想定してないのかもしれませんが)。

 上述した通則5項や通達12条が、どっちつかずの煮え切らない表現なのとは対照的。

 ので、契約書に「銀行提出用」と明記したとしても、実体は契約当事者保管用ならば課税を回避することはできないことになります。
 実体を考慮して、まるっきり記載に反する結論を導いているのが驚きです。

 いつもの「文書!文書!実体無視!実体無視!」ばかり言っているお前はどこ行ったのよ。


 しかし、なぜ急にこの場面で、実体を持ち出したのかが謎。
 そしてこれが、この場面だけの話なのか、それとも印紙税法は実は全面的にこういう思想を隠し持っているということなのか。

 「銀行提出用」と書いてあったら、この文言をどれだけ実質的に理解しようが「銀行提出用」以外の何物でもないわけです。
 にもかかわらず、「実際に」銀行に提出するかどうかで判断をするのだと。


 ただ注意すべきなのが、これが「納税者不利」方向への実体導入だということ。
 文書課税だといって課税範囲を広げておきながら、不課税方向には突如として実体を持ち出してハードルをあげているわけです。
 
  課税方向:  記載さえあればいい
  不課税方向: 記載と実体がそろってなければ駄目

 これ、全く関係ないですが「二元的行為無価値論」と構造が似ている。
 犯罪が成立するには結果無価値と行為無価値両方が必要だといっておきながら、違法性を阻却する場面では結果無価値と行為無価値の両方が阻却されなければならないと主張している例のやつ。
 犯罪成立には両方必要だというなら、どちらかが欠ければ違法性が阻却されるとすべきはずなのに。

【二元的行為無価値論の帰結】
 犯罪成立:行為無価値+結果無価値 両方必要
 違法性: なし
     ⇒阻却される

 犯罪成立:行為無価値+結果無価値 両方必要
 違法性: 行為無価値のみ
     ⇒阻却されない(何故だ?)


 いずれにしても、「判断素材は記載文言」を標榜している通達3条とは、噛み合わないルール。20条にしても、課税要件該当性判断のひとつにかわりないのに。
 課税を広げるためなら原則ルールは捨て置け、なんてことだとしたら、あまりにも下劣な態度ではなかろうか。

印紙税法基本通達
(課税文書に該当するかどうかの判断)第3条
1 文書が課税文書に該当するかどうかは、文書の全体を一つとして判断するのみでなく、その文書に記載されている個々の内容についても判断するものとし、また、単に文書の名称又は呼称及び形式的な記載文言によることなく、その記載文言の実質的な意義に基づいて判断するものとする。
2 前項における記載文言の実質的な意義の判断は、その文書に記載又は表示されている文言、符号を基として、その文言、符号等を用いることについての関係法律の規定、当事者間における了解、基本契約又は慣習等を加味し、総合的に行うものとする。


 もしこれらをうまく噛み合わせようとするなら、課否判定を次の2つにわけることになるでしょうか。

  課税文書該当性:文言判断
  文書作成目的: 実体判断

 ここに前回検討した納税義務者判定を並べるなら、

  納税義務者:  実体判断

となると。文言判断の妥当領域をだいぶ突き崩せてきましたね。


 なお、ここでいう「契約当事者」には、文字通りの当事者にかぎらず保証人や仲介人も含まれると書かれています。

 その結果、
  監督官庁・銀行提出用 「契約の成立を証する目的」なし
  保証人・仲介人提出用 「契約の成立を証する目的」あり
という結論になります。

 が、私には、ここまで課税上の取り扱いを異ならせる実質的な根拠が見いだせません。
 率直にいえば、どちらの書面も「契約の成立を証する目的」はあるように思えますし。

 何か違いがあるとしたら、本来の契約当事者からの「距離感」くらいでしょうか。
 あるいは、目的が「直接的/間接的」のような、何のためか分からない違いで区別しようとしているのか。

 このことからも、「契約の成立を証する目的」という文言のポリシーの薄さが透けて見えます。
 

 さて、露払いが済んだところで(祓えてない?)本来書こうとしていたところに入ります。

 前回仄めかしずみのところですが、《納税義務者》かどうかの判定は、当該契約の「意思主体」かどうかによるべきだと書きました。
 文書作成に関与していない本人が課税されることの不当性を回避するためには、そのように解釈すべきだと。

 そうだとして、本人が契約締結そのものを委任していないものの、(実体の伴わない)契約書面を本人名義で作出することだけは承認していた場合はどうなるのか。

 【委任の範囲】
  契約締結 ×
  書面作成 ○

 ここでいう「意思主体」というのが、「契約の効果を引き受ける意思がある者」という意味だとすると、意思主体ではない、ということになります。
 が、本人課税が問題となった理由は本人が文書作成に関与していないからでした。そうすると、文書作成に本人が関与しているのであれば、課税されたとしてもおかしくはない。

 そこで印紙税法の納税義務者としては、「文書作成の意思がある者」というところまで、意思内容を希釈化できるかどうか(創造説が手形負担意思を抽象化したように)。

 実体判断を導入するにしても、民法直輸入ではなく印紙税法特有の変容が施されると。
 (先週時点では、この「意思主体」の点だけ追記するつもりだったんですが、前座が異常に膨らんだ。)


 以上、印紙税法に「法解釈論」を導入する(印紙税法学の樹立)というストレンジな試みなせいで、どうにも長くなりました。
 「印紙税は文書課税」という空虚な後ろ盾以外は、何の理論的なバックボーンもないというのが印紙税法の現状、というのがここまであれこれ検討してきての感想。

 民法みたく、いろんな主義やドグマでごちゃついているのはそれはそれで大変ですが、さすがに持ちネタが文書課税一本だけでやっていくのは厳しいでしょう。

【ドグマからドクマへ】
ドキッ!?ドグマだらけの民法改正

 「印紙税法は文書課税」などといった裸の理論一本では、どうにも解決できない問題が種々潜んでいるわけで。

【例外:裸ネタ一本で駆け抜けた作品】
鳩胸つるん 剥き出しの白鳥 (集英社2018-2019)


 印紙税法嬢は「私、文書課税だから」とお高く止まっているのですが、法や通達をみるかぎりどうも常に実体に支えてもらっていることが当たり前だと思っているフシがある。
 それゆえ、実体が欠ける場合について無防備。うまく作動しない。

 ということで、後ろ盾をつけてあげようと、こちらが頑張って民法や通則法とくっつけようとしてあげたのですが、全然馴染もうとしやがらねえ。
 うまく引き合わせができなかった、私の不徳の致すところ。

 ただ、今回の記事の中で、こちらが頼んでもいないのに勝手に民法とくっつきそうな箇所がありました。
 ということで、私の頭がついていくのなら、もう1回だけ掘り下げてみようと思います。
posted by ウロ at 00:00| Comment(0) | 印紙税法

2020年04月27日

続々・契約の成立と印紙税法(代理法がこちらをみている)

 前回、民法・通則法と印紙税法の絡みについて記事にしながら、あえて触れなかった箇所があります。

続・契約の成立と印紙税法(法適用通則法がこちらをみている)

 チラチラとこちらを見ていたのは気づいていたのですが、ややこしいことに巻き込まれたくないな、と思って見ないふりをしていました。

 でもまあ、ちょっと気になるなあということで考えてみたんですが、「やめときゃよかった」のやつでした。

【やめときゃよかったシリーズ】
「定期同額給与」のパンドラ(やめときゃよかった)

 そうはいっても、途中でやめるのは気持ち悪いので、できるところまで前進してみます。
 以下、本題。


 民法学では成立要件と効力要件の2つに分けている、と書きましたが、より細かく分けているものもあります。
 この手の概念分類が精密な四宮和夫先生の教科書だとこんな感じ。
 
  ・成立要件: 申込みと承諾の一致だけ
  ・効力要件: 意思表示の瑕疵とか
  ・効果帰属要件: 代理とか
  ・効果発生要件: 期限、条件とか

 要件満たす場合の結果はいずれも同じなんでしょうが、満たさない場合の救済ルールが違うのでこういう区別をしておこう、ということかなあと、たぶん(想像)。

四宮和夫、能見善久「民法総則 第9版」(弘文堂2018)


 前回までの記事では、「効力要件」が欠けたら印紙税法はどう評価されるか、ということを論じてきました。が、精密に議論するなら、「効果帰属要件」「効果発生要件」が欠けた場合も検討する必要があるのでしょう。
 ということで、今回は「効果帰属要件」が欠けた場合の印紙税法の課否判定を検討してみます(素材は「任意代理」に限定します)。


 「効力要件」の場合は、二当事者間の問題に留まっていました。
 他方「効果帰属要件」となると、本人、代理人、相手方と三者でてきます。

 そうすると、印紙税法上検討しなければならないのが、誰が印紙税を負担するのかという「納税義務者」の問題。
 そこでまず、印紙税法における「納税義務者」ルールを確認します。

印紙税法
第三条(納税義務者)
 別表第一の課税物件の欄に掲げる文書のうち、第五条の規定により印紙税を課さないものとされる文書以外の文書(以下「課税文書」という。)の作成者は、その作成した課税文書につき、印紙税を納める義務がある。

印紙税法基本通達
第42条(作成者の意義)
 法に規定する「作成者」とは、次に掲げる区分に応じ、それぞれ次に掲げる者をいう。
(1) 法人、人格のない社団若しくは財団(以下この号において「法人等」という。)の役員(人格のない社団又は財団にあっては、代表者又は管理人をいう。)又は法人等若しくは人の従業者がその法人等又は人の業務又は財産に関し、役員又は従業者の名義で作成する課税文書 当該法人等又は人
(2) (1)以外の課税文書 当該課税文書に記載された作成名義人

第43条(代理人が作成する課税文書の作成者)
1 委任に基づく代理人が、当該委任事務の処理に当たり、代理人名義で作成する課税文書については、当該文書に委任者の名義が表示されているものであっても、当該代理人を作成者とする。
2 代理人が作成する課税文書であっても、委任者名のみを表示する文書については、当該委任者を作成者とする。


 法には単に「作成者」とだけあって、これを通達が敷衍していると。
 整理すると次のとおり。

【納税義務者ルール(通達)】
 A 原則は書面上の作成名義人
 B 法人の役員・従業者名義 ⇒法人
 C 委任者+任意代理人名義 ⇒代理人
 D 委任者名義のみ ⇒委任者

  (以下、委任者と本人は互換的に用います)

 これはあくまで通達ルールですが、以下これをベースに話をすすめます(が、当然のようにイチャモンをつける)。


 なお、今回の論点とは関係ないですが、Cで代理人が納税義務者になるってことは、この場合に本人が印紙代を負担してしまうと、

  代理人: 租税公課(対象外)/売上高(課税売上)
  本人:  委託費(課税仕入)/現金

となるってことですかね。
 
 不動産売買契約で、買主が購入日〜年末までに対応する固定資産税相当額を負担する場合のアレと同じです。
 本来の納税義務者でない人が税金を負担した場合には、立替払いとはならないと。

消費税法基本通達
10−1−6(未経過固定資産税等の取扱い)
 固定資産税、自動車税等(以下10−1−6において「固定資産税等」という。)の課税の対象となる資産の譲渡に伴い、当該資産に対して課された固定資産税等について譲渡の時において未経過分がある場合で、その未経過分に相当する金額を当該資産の譲渡について収受する金額とは別に収受している場合であっても、当該未経過分に相当する金額は当該資産の譲渡の金額に含まれるのであるから留意する。


 法定代理ならともかく任意代理でこのルール、どうにも実態にそぐわない気がします。が、通達上はそうなっています。


 前提を確認したところで、《課否判定》(=課税物件該当性)と《納税義務者》とが絡み合ったややこしい話を以下進めます(前述の通り、任意代理に限定)。

 まずは普通の事例から(通常事例思考)。

【通常事例思考】
米倉明「プレップ民法(第5版)」(弘文堂2018)
内田勝一「借地借家法案内」(勁草書房2017)

1 有権代理

 事例1:
 代理人が本人から委任を受けて本人のために相手方から甲不動産を購入した。

・課否判定

 これは課税で問題なしと。

・納税義務者

  ア 名義:本人+代理人 →代理人 C
  イ 名義:本人のみ   →本人 D

 通達どおりあてはめると、こうなります。
 上述のとおりCルールに違和感があるものの、一応これが正しいものとしておきます(仄めかし)。

 問題はここから。

2 無権代理(まったくの無断で)

 事例2:
 代理人が本人から委任を受けずに本人のために相手方から甲不動産を購入した。
 (以下、無権代理人を含めた意味で「代理人」と指称します)

・課否判定

 そもそもこの場合に印紙税法上の「契約書」となるのかどうか。
 書面上はいかにも効果帰属要件が備わった契約書ができあがっているものの、民法上は本人に効果帰属しません。

 ここは、前回までで論じた「効力要件」のところを「効果帰属要件」に置き換えればいいんでしょう。
 特殊性があるとしたら、民法117条で代理人が履行責任を負うというのが、結論課税を導くのに味方になりそうってところでしょうか。

民法
第百十七条(無権代理人の責任)
1 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
2 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
一 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき。
二 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が過失によって知らなかったとき。ただし、他人の代理人として契約をした者が自己に代理権がないことを知っていたときは、この限りでない。
三 他人の代理人として契約をした者が行為能力の制限を受けていたとき。


【民法レベル】
 成立要件 代理人と相手方の意思表示が一致
 効力要件 意思表示に瑕疵なし
 効果帰属要件 本人に帰属しないが代理人に帰属(履行責任選択)

 無権代理なのに「意思表示が一致」というの、ものすごい違和感あるかもしれませんが、通説的な成立要件理解からするとこうなります。これは成立要件段階では抜け殻みたいな意思表示しか要求していないせいです。

 そして書面上は「甲代理人乙」と書いてある限り、印紙税法上「契約の成立を証明する目的」に欠けることはないと。

・納税義務者

 委任に基づくものではないので、CDは適用されません。
 原則に戻ってAが適用されると。

 ア 名義:本人+代理人 →本人? A
 イ 名義:本人のみ   →本人? A

 結論としては、どう考えても代理人課税とすべきでしょう。勝手に契約書作っているわけで。
 しかし「作成名義人」といった場合、通常は本人を指すものとして使われているはずです。にもかかわらず、代理人課税という結論を導くことができるか。

 ここでCルールが使えれば、妥当な結論を導くことができたはずです(ラッキーパンチ)。が、「委任に基づく」と書かれてしまっていて、ここでは使えません。

 「甲代理人乙」
  有権代理: Cルール⇒代理人
  無権代理: Aルール⇒本人?
 ←いずれも望ましい結論と逆。

 他方で、本人のほうはアイともに書面上に自分の名前が記載されており、一般的に「作成名義人」に該当することになります。
 が、文書作成に何も関与していない本人が、名義が記載されているというだけで納税義務者となってしまうのは、さすがにまずい。
 けども、Aルールには「文書に記載された」とだけあって、関与云々といった事情を考慮することになっていません。


 このように、「作成者=作成名義人」というAのルール、無権代理の場面になるとどこかおかしい。
 特に、イで、勝手に文書を作成しておきながら、書面上に一切現れていないことを理由に代理人を納税義務者とすることができないとしたら、極めて不合理。

 代理人課税という結論を導きたいのであれば、書面から読み取れる作成名義人である本人を納税義務者から外し、かつ文書の物理的な記入者である代理人を納税義務者に取り込む、というルールを創出する必要があります(事実説的な)。
 が、このようなルールは、「文書の記載から判断する」という印紙税法の基本コンセプトからは、かなり外れてしまいます。
 ので、それをやると今度は別のところに不都合が生じて(以下ループ)、ということになりそうです。

 単純に物理的な書面の作成者を納税義務者にすれば済む問題でもない。
 そうした場合、次はBの法人ルールをどうするか、などといった問題がでてきてしまいます。

 ということで、法人などの組織の場合、署名代行の場合などなど、あらゆる場面に通用するルールが求められている。

【パンドラの匣】
「定期同額給与」のパンドラ(やめときゃよかった)


 そもそも、通達のA〜Dの一連のルールが、いったいどのようなポリシーに基づいて導き出されたものなのかがよくわかりません。

 ACDをあわせてみると、書面上に現れた文書作成者を「作成者」としているように読めます(事実説に記載説をプラス)。

  A 「甲」      →甲が書面を作成したと読める →甲
  C 「甲代理人乙」  →代理人乙が書面を作成したと読める →乙
  D 「甲」(乙が作成)→本人甲が書面を作成したと読める →甲

 ところが、Bでは法人自身が作成者になるとしているので、これと同じ理屈では説明がつきません。

  B 「甲社代表取締役乙」 →が書面を作成したと読める →

 Bは結論自体は妥当だと思うものの、ACDセットとうまく噛み合わない。
 そこで、CをはずしてABDをセットにしてみると、こちらは意思説(+記載説)的な説明ができます。

  A 「甲」        →甲が書面の意思主体と読める   →甲
  B 「甲社代表取締役乙」 →甲社が書面の意思主体と読める  →甲
  D 「甲」(乙が作成)  →本人甲が書面の意思主体と読める →甲

 そして案の定、Cが仲間外れに。

  C 「甲代理人乙」  →本人が書面の意思主体と読める →


 日常系税務の世界では、たとえ筋の通らない通達であっても、こういう理屈っぽいことをゴチャゴチャ言わずに、おとなしく通達どおりに処理していく、というのもひとつの知恵ではあります。

みんな大好き!倒産防。 〜措置法解釈手習い

 が、こういう揺らぎがあるせいで、無権代理・表見代理のようなイレギュラーなケースがでてきたときには、どうあてはめたらいいかまるで参考になりません。

 ここで代理権の有無といった《実体》で判定するとしたら、「記載された作成名義人」ルールは全面的な組み直しが必要になります。
 またもし、課否判定に効果帰属要件を持ち込まないのだとすると、課否判定でスルーした効果帰属要件を納税義務者判定で持ち込むことになるが、そういうことでいいのかどうか。

 課否判定:  成立要件のみで判定
 納税義務者: 効果帰属要件を含めて判定?


 この最適解のみつからない「名義人・作成者」問題、刑法各論の「文書偽造罪」のところで論じられている問題と同根です。
 頭のいい刑法学者の皆さんがあれこれアイディアを出しているものの「帯に短し襷に長し」といった具合で、あらゆる場合に最適な結論を導き出せる、決定版といえるようなルールがいまだ開発されていないように思われます。

 このように刑法学者の皆さんがあれこれ頭を悩ませている問題にもかかわらず、「作成者=作成名義人」と無邪気にイコールで繋いじゃっている印紙税法基本通達の無神経さよ。
 そして、BとCとで真逆のルールを採用しているようにみえる無秩序・無軌道さ。

 Bは代表、Cは代理と、言葉遣いは違うものの、法的効果に違いがあるわけではない。
 のに、これが印紙税法上の納税義務者判定にどのような違いをもたらすというのか。

  B 代表:代表者の行為が法人に帰属する
  C 代理:代理人の行為が本人に帰属する


 書面作成におよそ関与していない本人が課税されないようにするには、やはり納税義務者判定に「効果帰属要件」を持ち込まざるをえないように思います。
 効果帰属要件について実体的な判断をした上で、ある場合は意思主体を納税義務者とする(意思説)、ない場合は物理的な書面作成者を納税義務者とすると(事実説)。

《効果帰属要件あり》 意思説
  A 「甲」(甲が作成)  →甲が書面の意思主体   →甲
  B 「甲社代表取締役乙」 →甲社が書面の意思主体  →甲
  C 「甲代理人乙」    →本人甲が書面の意思主体 →
  D 「甲」(乙が作成)  →本人甲が書面の意思主体 →甲

→Cは通達と異なり、意思説側によせる。
 これで印紙税を本人が負担しても立替にならない、などという実態にそぐわない結論は回避できます。

《効果帰属要件なし》 事実説
  B 「甲社代表取締役乙」 →乙が作成した →乙
  C 「甲代理人乙」    →乙が作成した →乙
  D 「甲」(乙が作成)  →乙が作成した →乙

 話の流れで、いきなり効果帰属要件の有り無しから分岐が始まっていますが、実際の判断過程は次のようになると思います。

 一 物理的な書面作成者を特定する
 二 文書から読み取れる意思主体を特定する
 三 一と二が同一人物であればその人が納税義務者
 四 一と二が別人物であれば効果帰属要件の有無で判定


 印紙税法は文書課税だから文書の記載で判断する、とかいって、課否判定のみならず納税義務者まで文書の記載だけで判断しようとしたのが混乱の原因。

 というか、通達の42条と43条とで、すでに混乱しているように読めます。
 Aは「文書に記載された」とあって記載ベース、Cは「委任に基づく」とあって権限ベースでの判定。
 Dは、Cを受けての規定であれば権限ベースでしょうが、「前項に規定する代理人」など明示されているわけでもない。
 Bは、「その法人の業務又は財産に関し」というのが権限内であることを前提としているのであれば権限ベースでしょうが、こちらもはっきり読み取れない。
 記載と実体が入り混じっているように読めますが、いったいどういうつもりなのか。

・相手方

 結論としての代理人課税が問題ないとして、相手方(売主)が課税されてもいいのかどうか。

 課税文書であるかぎり相手方課税は避けようがない。相手方のほうは意思主体でもあり物理的な文書作成者でもあるので。

 無効・取消・解除事由がある文書でも課税だというならば、効果不帰属な文書が課税でもおかしくないのでしょう。
 が、相手方に何の帰責性もない場合にも課税されるというのは、どことなく違和感があります。
 確かに、相手方の主観だけから見れば通常の有権代理の場合とかわりはないんですけども。

 まあこれによる相手方の損失は、民法117条の賠償責任に印紙負担相当額を含めればいいのでしょう。
 が、代理人無資力のリスクを相手方が負担することになってしまうと。

3 無権代理(権限踰越、民法110条に対応)

 事例3:
 代理人に甲不動産を1000万円までで買うことを委任したら5000万円で購入してきた。

・課否判定

 この事例では、民法110条の表見代理が認められる可能性があります。

民法
第百十条(権限外の行為の表見代理)
 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。


 そうすると、表見代理が認められるかどうかによって印紙税法の課否判定が左右されるか、ということが問題となります。
 この点も前回の記事で「効力要件」について論じたことを当てはめればいいんでしょう。

 結局のところ「証明する目的」の有無が勝負の分かれ目になりそうです。

・納税義務者

 事例2と違って、権限を超えているとはいえ1000万円までの委任はあります。
 この場合でも委任に基づかないとしてCDは排除されるかどうか。

 有権代理の場合と同じルールというのはおかしいとは思うものの、そもそものポリシーが不明なので、排除されるのかどうかも判断がつかない。
 しかも排除されたところでAに戻るだけなので、どっちにしても問題解決とはならない。

 ア 名義:本人+代理人 →本人? A
 イ 名義:本人のみ   →本人? A

 事例2では本人課税は明らかにまずかったわけです。
 他方、こちらで表見代理が成立する場合には、民法上本人にも一定の「帰責性」があると評価されている点で違いがあります。
 このことが、印紙税法上の納税義務者かどうかの判定に影響を及ぼすか。

 結論として影響を及ぼすのはおかしいとは思うものの、やはり作成名義人ルールをどうにかしないかぎり、本人課税を回避することは不可能です。


 2では効果帰属要件のあり/なしで分岐させて、無権代理は「なし」の事実説で判断すべきとしました。
 表見代理についても同じく「なし」のほうでいくのが望ましいと思います。
 一定の「帰責性」があるにしても、当該文書の意思主体でないのは無権代理と同じだからです。
 
 有権代理《帰属する》 :効果帰属要件ありルール
 無権代理《帰属しない》:効果帰属要件なしルール
 表見代理《帰属する》 :効果帰属要件なしルール

 そうすると、表見代理・無権代理・表見代理に共通するルールとして記述するのであれば、「効果帰属要件あり/なし」でわけるよりも「実際の意思主体がいる/いない」でわけたほうが正確かもしれません。

有権代理 ⇒本人課税
 書面作成者 代理人
 書面上の意思主体 本人
 実際の意思主体 本人

無権代理 ⇒代理人課税
 書面作成者 代理人
 書面上の意思主体 本人
 実際の意思主体 なし

表見代理 ⇒代理人課税
 書面作成者 代理人
 書面上の意思主体 本人
 実際の意思主体 なし

※無権代理・表見代理で実際の意思主体「なし」としているのは、本人はもちろん、代理人自身も自己に帰属させるつもりはないからです。
 が、ここでいう意思主体というのを何をもって判断するのか、という点はきちんとつめておく必要があると思います。ここではさしあたり「契約効果を自己に帰属させる意思」としておきます。

 で、実際の判断過程は次のとおり。

 一 物理的な書面作成者を特定する
 二 書面上の意思主体を特定する
 三 一と二が同一人物であればその人が納税義務者(本人契約)
 四 一と二が別人物の場合
   実際の意思主体がいればその人が納税義務者(有権代理)
   実際の意思主体がいなければ一の書面作成者が納税義務者(無権代理・表見代理)
 
 ちなみに、委任の範囲内である1000万円までの印紙税は負担すべき(一部連帯)なんてのは、さすがにないでしょう。


 なお、印紙税法のレベルでは、民法109条(代理権授与の表示)と民法112条(代理権消滅後)は2、3のヴァリエーションで考えればいいと思います(ここで脳が力尽きた)。

民法
第百九条(代理権授与の表示による表見代理等)
1 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。
2 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。

第百十二条(代理権消滅後の表見代理等)
1 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負う。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。
2 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。


・相手方

 2の場合に相手方課税となるのであれば、こちらでも課税となっておかしくないのでしょう。
 表見代理が認められるなら別にいいじゃん、て思うかもしれませんが、そのことが印紙税課税の結論の左右するのはやはり違和感がありますけども。 


 以上、《課否判定》については前回の記事で論点出尽くしていて、問題の本体は《納税義務者》のほうでした。

 そして、納税義務者については、書面の記載だけで判定するのではなく実体を入れて判定すべきだと。
 このような解釈手法について、次の通達との関係を整理しておく必要があるかもしれません。

印紙税法基本通達
(課税文書に該当するかどうかの判断)第3条
1 文書が課税文書に該当するかどうかは、文書の全体を一つとして判断するのみでなく、その文書に記載されている個々の内容についても判断するものとし、また、単に文書の名称又は呼称及び形式的な記載文言によることなく、その記載文言の実質的な意義に基づいて判断するものとする。
2 前項における記載文言の実質的な意義の判断は、その文書に記載又は表示されている文言、符号を基として、その文言、符号等を用いることについての関係法律の規定、当事者間における了解、基本契約又は慣習等を加味し、総合的に行うものとする。


 ここには「心はホットに頭はクールに」みたいな感じのことが書いてあって、ちょっとした紐解きが必要になります。
 これはまず、判定の対象は文書の記載だけであって書かれていないことを持ち込んではいけない、という考えが前提にあります。その上で、書かれているものについては、形式的に読むのではなく実質的に読みなさいと。

 ここには意外にもちゃんと「課税文書に該当するかどうかは」と書かれていて、適用場面が限定されています。
 なので、あくまでこれは《課否判定》だけの話。《納税義務者》の判定には及んでいません。

 ということで、納税義務者の解釈手法については、振り出しに戻って法の「作成者」という文言そのものの解釈からスタートをすると。

 素直な文言解釈をするならば、やはり物理的に文書を作った人が作成者となる、というのがまずは原則なんでしょう(事実説)。
 その上で、たとえば、代書屋さんに文書をつくってもらった本人、代理人に契約してもらった本人、代表者に業務執行してもらった法人、なども当該文書の意思主体となるものとして作成者の意味に含ませることができると(意思説)。

 通達のAルールがいう「当該課税文書に記載された作成名義人」が納税義務者となるのは、その人が、
  ・物理的な書面作成者と一致する場合(本人契約)
  ・実際の意思主体と一致する場合(有権代理)
に限られるのであって、無条件で納税義務者となるわけではない。

 というか、作成名義人であることそれだけで納税義務者とすべきではありません。
 無権代理・表見代理の場合のように、勝手に名義を使われた場合にまで印紙税課税となってしまいますので。


 全く関係のない話ですが、課否判定と納税義務者とに分け、前者は文書記載ルール、後者は実体ルールを適用する、そして実体ルールの中でも意思主体の存否で判定を分けるみたいな考え、手形法における前田庸先生のお考えに似ているなあと、ふと思いました。

前田庸『手形法・小切手法入門』(有斐閣 1983)

 前田先生のご見解も、まずは妥当な結論を考え、その上でそれら結論を導くことができる統一的な理論を構築する、という思考の流れでした。


 実は、ここまで論じた中に、印紙税法側にもう一回転ネジを回さないといけない箇所があるのですが、長くなりすぎたので一旦ここで締めます。
posted by ウロ at 10:36| Comment(0) | 印紙税法

2020年04月20日

続・契約の成立と印紙税法(法適用通則法がこちらをみている)

 以前、印紙税法をダシにして、民法をイジリたおしたことがあります。

 私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法

 そこでは、民法(学)が成立要件と効力要件を分けてくれたおかげで、印紙税法の「契約書」の範囲が拡大し課税範囲が広がった、ということを書きました(迷惑)。


 この成立要件と効力要件を分けるという考え、民法学上も異論がないわけではないです。

 私がその異論をみたのは我らが石田穣先生の体系書。
 が、石田先生が通説に異論を唱えているなんてどうせ異説だろ、ということで記事には反映しませんでした。

 石田穣『民法総則』(悠々社1992・信山社2014)

 なお、「どうせ異説だろ」というのは、決して石田先生をサゲているのではありません。
 むしろ私のサゲは、こういった、通説に対する適切な批判を取り入れることが出来ない、民法学に対して向けられています。

 ので、冒頭の記事では「キャッツ・アイ」まで持ち出して、分ける考えに対して揶揄感を仄めかしながら書いていました(弔い合戦)。


 で、あらためてこの記事を蒸し返そうと思ったのは、通則法の条文を読んで、あれ?と思ったからです。

法の適用に関する通則法
第七条(当事者による準拠法の選択)
  法律行為の成立及び効力は、当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法による。


 僕たちの「通則法」といえば、国税通則法ではなく法の適用に関する通則法。

 ここに「成立」って文言がでてきます。
 「効力」(=効果)と対比して書かれていることからもわかるとおり、通則法上は、民法学でいうところの「効力要件」もこの「成立」の中に含まれています。
 要件(成立)と効果(効力)の2つで分けているわけですね。

 なお「方式」が第10条で別に取り出されているのは、このように書かなければ「成立」の中に含まれてしまうところ、別の連結ルールを採用するため、です。

法の適用に関する通則法
第十条(法律行為の方式)
1 法律行為の方式は、当該法律行為の成立について適用すべき法(当該法律行為の後に前条の規定による変更がされた場合にあっては、その変更前の法)による。
2 前項の規定にかかわらず、行為地法に適合する方式は、有効とする。
3 法を異にする地に在る者に対してされた意思表示については、前項の規定の適用に当たっては、その通知を発した地を行為地とみなす。
4 法を異にする地に在る者の間で締結された契約の方式については、前二項の規定は、適用しない。この場合においては、第一項の規定にかかわらず、申込みの通知を発した地の法又は承諾の通知を発した地の法のいずれかに適合する契約の方式は、有効とする。
5 前三項の規定は、動産又は不動産に関する物権及びその他の登記をすべき権利を設定し又は処分する法律行為の方式については、適用しない。


【通則法の言葉遣い】
 成立: 要件(実質)
 方式: 要件(形式)
 効力: 効果

 ここでいう「方式」というのは、たとえば保証契約は書面でしなければならない、のようなものです。

民法
第四百四十六条(保証人の責任等)
1 保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う。
2 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない。
3 保証契約がその内容を記録した電磁的記録によってされたときは、その保証契約は、書面によってされたものとみなして、前項の規定を適用する。



 さて、そうなると、民法(学)と通則法とで「成立」の意味が違うということになるのでしょうか。

 今までだったら、成立要件/効力要件なんて講学上の概念分類にすぎない、といえていたのかもしれません。
 条文上の成立には効力要件も含むものなんだと。

 が、2017年民法改正によって、分ける考えベースの条文が作られてしまいました。

民法
第五百二十二条(契約の成立と方式)
1 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。


 この条文の読み方として、ここでいう申込みと承諾は効力要件を備えていることを前提にしている、と読み込むことができるのかもしれません。
 が、従前の一般的な見解を明文化したというならば、やはり効力要件は含まれていないと読まざるをえないんでしょう。  

 なお、2項で「方式」のことを書いていますが、これも通則法と同じく「成立」の中に「方式」が含まれていることを前提にしていると思います。

 もちろん、通則法は世界中の「法律行為の成立」を取り込まなければならない、他方で民法の「成立」は日本民法内部の問題にすぎない、ということで、必ずしもイコールである必要はありません。
 が、国内法同士で足並みが揃っていないの、いきなり出足から躓いている感じで、なんか嫌ですね。


 とはいえ、この論点、民法上は別にどっちであろうと結論はかわりません。
 「成立する/しない」といおうが、「効力が生じる/生じない」といおうが、民法上はどちらでも結論は同じなので(立証責任云々は訴訟法レベルのはなし)。

 実際、民法内部でも用語を正しく使い分けているか怪しいですし。

民法
第五百五十五条(売買)
 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。


 この555条を522条と見比べてもらえば分かるとおり、522条を売買に反映させたかのような言い回しになっています(できたのは555条のほうがはるか前ですが)。
 ところが、522条は「成立する」、555条は「効力を生ずる」となぜか違うことが書いてあります。

  522条: 申込み+承諾 → 成立する (成立要件?)
  555条: 売ります+買います →効力を生ずる (効力要件?)

 「当然の原則は書かない」という明治民法以来の伝統壊してやったぜ、とかドヤ顔しているのかもしれませんが、既存の規定との整合性にちゃんと配慮したのか、非常に疑わしい。

 「瑕疵担保責任」まわりの改正でも足並み揃わない感出しまくりなのは、下記記事で論じたところ。

ドキッ!?ドグマだらけの民法改正


 それはともかく、問題は印紙税法です。

 冒頭の記事で書いたとおり、印紙税法では「契約の成立」を証すべき文書を「契約書」(=課税文書)だとしています。
 そのため、ここでいう「成立」に効力要件が含まれるかどうかで、印紙税の課税範囲が変わってきます。

  効力要件含む   →課税範囲狭くなる
  効力要件含まない →課税範囲広くなる

 さあ!借用概念肯定論者の諸君、この「成立」につき、民法から借用するのか通則法から借用するのか、どちらからお借りてしてくるのか決め給え!(煽り)

 通則法の成立: 成立要件+効力要件
 民法の成立:  成立要件

【借用概念論について】 
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その11)

【ビアンカ・フローラ論争について(付デボラ)】
税法・民法における行為規範と裁判規範(その7)


 通則法の1条をみるかぎり、民法よりも通則法のほうがポジションは上だと思うんです。
 一般的には、準拠法を選ぶためだけの法律としか思われていない気がしますが。

法の適用に関する通則法
第一条(趣旨)
 この法律は、法の適用に関する通則について定めるものとする。


【鳩と蟻】
視野を広げるための、国際私法

 他方で、通達はいかにも民法学からお借りしてきたっぽい言い回し(そのせいで民法522条が通達を真似したみたいになっている)。

印紙税法基本通達
第14条(契約の意義)
 通則5に規定する「契約」とは、互いに対立する2個以上の意思表示の合致、すなわち一方の申込みと他方の承諾によって成立する法律行為をいう。



 効力要件を取り込むこととした場合に、問題となるのは以下の事由。
  ・無効原因
  ・取消原因
  ・解除原因

 これら原因がある場合に、課否判定はどうなるのか。

 公式では取消・解除しても還付しないということが書いてあります。

収入印紙の交換と印紙税の還付について(国税庁)

 が、なぜそうなのか理由までは書いていない。
 取消・解除というのは契約書作成後の事情だから、という素朴な理由からでしょうか。

 確かに、取消権・解除権の行使自体は契約書作成後ではあります。
 けども、取消原因自体は契約書作成時にすでにあるものです。
 解除原因のほうも、従前は契約後の事情に限られていましたが、原始的不能を債務不履行に取り込んだせいで、契約前の事情も含まれることになりました。

 取消原因・解除原因が契約書作成時にあっても、その時点では有効な契約が成立しているのであって、間違って印紙を貼ったことにはならない、ということでしょうか。

 そうだとして、無効原因がある場合はどうなのか。

 無効の場合、理屈上は、形成権行使をまたずにはじめから効力が生じていないわけです。
 それでも、取消・解除と同様の扱いとなるのか。

 無効の場合も課税するのであれば、やはり印紙税法の「成立」に効力要件は含まれないとするのが素直でしょう。
 錯誤みたいに無効→取消に変更されることもあるわけで、無効と取消とで扱いを変える合理性もないでしょうし。


 一応、筋道としては以下のとおり。

【通則法からお借りする1】 《完全遡及説》
ア 解除 →不課税
イ 取消 →不課税
ウ 無効 →不課税

 ⇒取消・解除されたらさかのぼって課税根拠を失う。

【通則法からお借りする2】 《原因時説》
ア 解除(後) →課税
  解除(前) →不課税
イ 取消(前) →不課税
ウ 無効(前) →不課税

 ⇒原因が契約書作成前か後かで判定する。

【通則法からお借りする3】 《作成時説・不遡及説》
ア 解除 →課税
イ 取消 →課税
ウ 無効 →不課税

 ⇒作成時に効力が生じていたかどうかで判定する。

【民法からお借りする】 効力要件はずし
ア 解除 →課税
イ 取消 →課税
ウ 無効 →課税

 どうしても無効の場合も課税したいというならば、民法からお借りすることになると。


 上記筋道は、お借りしてきたものがそのまま印紙税法側の結論に直結することを前提としています。
 借用概念だというならば、本来はそうでなければならない。

 が、どちらからお借りしてくるかにかかわらず、印紙税法の側で、契約の成立を「証明する目的」で作成されているかどうかで課否判定をする、ということも考えられます。

印紙税法
別表第一 課税物件表(第二条―第五条、第七条、第十一条、第十二条関係)
課税物件表の適用に関する通則
5 この表の第一号、第二号、第七号及び第十二号から第十五号までにおいて「契約書」とは、契約証書、協定書、約定書その他名称のいかんを問わず、契約(その予約を含む。以下同じ。)の成立若しくは更改又は契約の内容の変更若しくは補充の事実(以下「契約の成立等」という。)を証すべき文書をいい、念書、請書その他契約の当事者の一方のみが作成する文書又は契約の当事者の全部若しくは一部の署名を欠く文書で、当事者間の了解又は商慣習に基づき契約の成立等を証することとされているものを含むものとする。

印紙税法基本通達
第12条(契約書の意義)
 法に規定する「契約書」とは、契約当事者の間において、契約(その予約を含む。)の成立、更改又は内容の変更若しくは補充の事実(以下「契約の成立等」という。)を証明する目的で作成される文書をいい、契約の消滅の事実を証明する目的で作成される文書は含まない。


 ※ここで、法が「証すべき文書」と表現しているものを、通達が「証明する目的で作成される文書」と言い換えてしまっているのが気になります。
 確かに、前者はいまいち意味が取りにくい。としても、ここから後者のような読み方ができるのかどうか。
 といった疑問はありますが、さしあたり通達の解釈にのっかって話をすすめます。
 
 仮に効力要件を取り込んだとしても、印紙税法が問題とするのは効力要件の存否それ自体ではなく、それを「証明する目的」で書面を作成したかどうか、で判定をするんだと。しかも「目的」とはいいながら、当事者の主観により判断するのではなく、あくまでも文書の記載上から読み取れるかで判断すると。
 印紙税は文書課税云々という理屈からすれば、こちらの筋のほうが正しいとなるのでしょう。

 たとえば、「虚偽表示」ならば効力要件は満たさず契約は無効になります。
 が、書面上はあくまでもそれが有効であるかのように作成されるわけで、契約の成立を「証明する目的」はある(と書面から読み取れる)んだと。

 借用しておいてそりゃないぜ、て感じ。
 通達がいかにも民法からお借りしてきたみたいな言い回しをしているのは、完全なブラフかよ。

  通則法ルート: 成立かつ有効+それを証明する目的
  民法ルート : 成立    +それを証明する目的

 通則法ルートのほうが一見せまくなるようにみえます。
 が、契約書というのは、書面上は有効になるようにつくられるのであって、有効であることを「証明する目的」が読み取れない、などということは考えにくい。

 考えられるとしたら、殺人依頼の対価として不動産を譲渡する、みたいな書面だけみても無効であることが明らかな場合でしょうか。
 いくら内心で有効だと思っていたとしても、どうあってもこれが有効になることはないわけです。ので、有効を「証明する目的」にはなりえないと。
 「法の不知は許されない」のヴァリエーション。

 こういう極限の事例になってはじめて、どちらからお借りするかで結論がかわることになりそう。民法ルートならこんな事例でも当然課税でしょう。
 ただし、税法の世界では「違法所得も課税される」みたいな変則ルールもあるので、通則法ルートであっても、お構いなしに印紙税課税と判断されるのかもしれませんが。

 結局のところ、この「証明する目的」というのは、「契約の成立」に対する制御デバイスとして働くのではなく、むしろ拡張デバイスとして働いていることになります。

  通則法ルート:{成立かつ有効}を証明する目的が書面から読み取れるか
  民法ルート :{成立}    を証明する目的が書面から読み取れるか

 通則法ルートか民法ルートかなんて、真面目に論じるだけ無駄じゃねえか。

 さあ!決めるのは印紙税法、君自身よ!(ぶん投げ)


 念のため、私がわかる範囲ではありますが、時系列に従って並べておきますので、誰が誰からお借りしているのかご教授ください。

民法(1896年)
法例8条(1898年)
民法学(?)
印紙税法(1967年)
印紙税法基本通達(1969年)
通則法7条(2006年)
民法522条(2017年)

【つづき】
続々・契約の成立と印紙税法(代理法がこちらをみている)
posted by ウロ at 11:13| Comment(0) | 印紙税法

2018年11月05日

Janusの委任 〜成果報酬型委任と印紙税法

 以前のブログで印紙税法における請負/委任の扱いについて書きました。

森田宏樹『契約責任の帰責構造』(有斐閣2002) 〜印紙税法における「結果債務・手段債務論」の活用

 そのときは気にしてなかったんですが、2017年改正民法で、次のような規定が新設されてるんですよね。

(成果等に対する報酬)
第648条の2 委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払うことを約した場合において、その成果が引渡しを要するときは、報酬は、その成果の引渡しと同時に、支払わなければならない。
2 第634条の規定は、委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払うことを約した場合について準用する。

(注文者が受ける利益の割合に応じた報酬)
第634条 次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。
二 請負が仕事の完成前に解除されたとき。


 これは「成果報酬型委任」というもので、今までそういう類型の委任が実務上存在していたのを、明文化したものです(ので、新しい類型を創作したわけではないです)。

 つまり、成果を得られないと報酬がもらえないけども成果を得る義務まで負っているわけではない、という契約類型がある、ということです。

【A (従来型)委任】
 債務の負担内容 成果を得ることは義務ではない(手段債務)
 報酬の支払条件 成果が得られなくてももらえる

【B 成果報酬型委任】
 債務の負担内容 成果を得ることは義務ではない(手段債務)
 報酬の支払条件 成果が得られないともらえない

【C 請負】
 債務の負担内容 成果を得ることが義務である(結果債務)
 報酬の支払条件 成果が得られないともらえない


成果報酬型委任.png

 これ、並べてみて明らかな通り、AB(委任)とC(請負)との違いは、報酬の支払条件にはなくって債務の負担内容のほうにあるんですよね。

 印紙税の調査において、調査官はよく「仕事の完成と報酬の支払が対価関係にあれば請負だ」みたいなことを主張してくるんですが、それは論理的に成り立っていないということが条文上も明らかになったわけです。
 今まで大々的に論じていた「結果債務・手段債務論」に、条文上の味方が登場。

 対価関係がなければ請負でないことは明らかですが、その逆は成立しません。

 ○成立する :仕事の完成と報酬の支払が対価関係にない ⇒ 請負ではない
 ×成立しない:仕事の完成と報酬の支払が対価関係にある ⇒ 請負である


 対価関係があっても、それはAの委任でないことが分かっただけです。Bの成果報酬型委任なのかCの請負なのか、それをどう判断するかといえば、あくまでも契約上債務者が成果を渡す義務を負担しているかどうかによる、ということです。

 【成果がでなかったら】
  ・請負: 債務を履行していないと評価される
  ・委任: そのこと自体では債務を履行していないとは評価されない


 ので、委任の場合、きちんと頑張っていれば成果がでなくても責任追及されないし、逆に、成果はでたけど実現過程に問題があったら、場合によっては責任追及されることもありうると。


 以上、あまりイジると「じゃあ書けばいいんだろ」と、成果報酬型委任を印紙税法に取り込む改正がされても藪蛇なので、あまり騒がないようにします。

 ちなみに、税理士のための改正民法(改正民法×税理士)みたいな解説本、いくつか見かけるようになりましたけど、こういう本当に実務で頻出するような論点(足元系税務)に及ぼす影響について、きちんと論じた本がないように思います(個人の観測範囲)。
posted by ウロ at 11:19| Comment(0) | 印紙税法

2018年05月01日

私法の一般法とかいってふんぞり返っているわりに、隙だらけ。〜契約の成立と印紙税法

 前回の記事からゆるーく引き続いて、民法×印紙税法の話しをします(どちらが受け×攻めかは、以下を読んで各自お考えください)。

 ふと思ったのが、たとえば、AB間で、本当は売るつもりもないのに、Aはもう甲土地持ってないとかBが甲土地持ってるってことを見せかけるために、A所有の甲土地の売買契約書を作ったら、印紙税課税されるんだろうかと。

 これ、民法94条の「虚偽表示」の典型例なので、契約は「無効」なわけです。
 他方で、印紙税法とか同基本通達をみると、契約の「成立」を証明する目的で作成される文書が契約書(=課税文書)だといってます。
 さて、契約が「無効」な場合、契約は「成立」しているんでしょうか。

 普通の日本語的な感覚からすれば、無効なんだから成立してない、そんなの当たり前、てなりそうなところですが、残念ながら法律学って普通の人の素直な感覚が通用しなかったりします。

 この契約の「成立」と「無効」の関係について民法学上どういわれているかというと、外形的に意思表示が合致している場合に契約が「成立」するが、その意思表示の中身に問題がある場合に「無効」になる、というように、二段階に分けた整理がされています。
 そうやって、二段階に分けたほうが、契約の成否判断しやすいでしょ、ということらしく。

  成立要件: (成立/不成立)
   意思表示が外形的に合致しているかどうか
  効力要件: (有効/無効)
   意思表示の内容に問題がないかどうか

 ということで、虚偽表示の場合でも契約は「成立」してるから、印紙税法上の課税文書になる、という結論になるわけですね。

 じゃあってことで、中学生同士がふざけて自分が持ってもいない甲土地の売買契約書作ったらどうなんでしょうか。

 この場合、他人物売買でも有効だし(民法560条)、未成年者による契約も取り消しうるにすぎないわけです(民法5条)。
 また、未成年者には意思表示の受領能力がないと言われているんですが、条文上は「対抗することができない」(民法98条の2)となっていて、効力は生じているけどその効力を受領者に主張できない、というのが、この対抗できないの意味なはずです(でも、この条文あまり厳密に検討されてない気がします)。
 だとすると、契約は「成立」してるとして、課税文書になりそうです。

 でもこの場合は、「ふざけて」とあることからすると、契約の成立を「証明する目的で作成される文書」ではない、ということで課税文書にはならない、といえそうです。
 でもこれは、あくまで印紙税法の問題。

 だとすると、翻って、そもそもこの場合に契約が「成立」しているんだろうか、という疑問もでてきます。
 意思表示の合致を「外形的」に判断する、ていうのが曲者で、形式が整った契約書さえあれば「外形的」に合致、ということでいいのかと。「未成年者」「ふざけて」「他人物」といった事情は、およそ契約の「成立」には関わってこないんでしょうか。

 赤ちゃんが契約書に判子押しても(もちろん記名押印)、一応契約は成立して、あとは無効なり取消になるってことでいいのか。成立のためには、何がしかの行為をすることの認識程度は必要なのかどうか。

 通説的な発想からすると、契約の不成立が問題になるような事案ていうのがいまいちイメージできません。

 その話は置いておいて、じゃあ、17歳のゴリゴリの男子高生が、おじいちゃんから遺贈かなんかでもらった土地について、美人局みたいな女性に唆されて売買契約書をつくった場合はどうでしょう(本人は至って真剣とする)。

 この場合は、契約は成立してるし、至って真剣だし、てことで、さすがに課税文書にならざるをえないんでしょうか。

 念のためいっておくと、一旦課税文書となった後は、その契約が取り消されても解除されても、印紙税が還付されることはありません。厳しい。

 印紙税が還付されるのは、課税文書じゃないのに貼っちゃった、とか、課税文書だけど金額多く貼っちゃったとか、そういう場合です。

No.7130誤って納付した印紙税の還付

 「金額多く」というのは、たとえば、代金100万円の契約書なのに代金1000万円に対応する印紙貼っちゃった、という場合とかです。

 代金100万円のつもりだったのに買主が契約書に間違えて1000万円と書いちゃって、売主は承諾しちゃった、で1000万円に対応する印紙を貼っちゃった、という場合には、民法学上の理屈でいうと、契約は1000万円で成立した上で「錯誤」(民法95条)の問題になる、ので、錯誤の要件を満たしても満たして無くても、課税文書は1000万円で成立し還付はできない、ということになります。

  ・還付できる場合
   契約書の表示 100万円

  ・還付できない場合
   契約書の表示 1000万円
   内心の意思 売主:1000万円、買主:100万円(錯誤)

 契約の「成立/不成立」と「有効/無効」について、民法学のほうでは、要するに契約が駄目になるかどうかという意味では同じであって、ただ判断がしやすいから二段階に分けたにすぎないように思えます。

 確かに、「原則:表示主義」(外形)ベースで契約成立としつつ、「例外:意思主義」(内心)ベースで契約無効にする、という、(取引の安全保護寄りな)意思表示理論の構造から来てるのかもしれませんが、別にそれ、契約の成立の中の問題として全部やったっていいわけだし。

  成立要件:
   その1 意思表示が外形的に合致しているかどうか
   その2 意思表示の内容に問題がないかどうか

 「二段階手形行為論」(こちらの記事参照)のように、2つに分ける必然性ないし。「二段階手形行為論」だって、手形権利の「発生」と「移転」といったレベルが違うものを二段階にわけているんであって、「発生」と「発生」のように同じレベルのものを分けているわけではありません。

 ところが、印紙税法のほうでは、民法学が契約に関する障害事由をごっそり成立後の有効要件のほうに持っていってくれたおかげで、これ幸いと、自分ところの「課税/不課税」の区分を契約の「成立/不成立」に対応させちゃってるわけですよね。

 民法学的にはそんなつもりなかったはずなのに、印紙税法にいいように使われている感じ。

  成立要件:(軽い)
   意思表示が外形的に合致しているかだけみる
  効力要件:(重い)
   意思能力、行為能力(未成年、後見、保佐、補助)
   公序良俗、心裡留保、錯誤、詐欺、強迫
   無権代理、表見代理
   不法条件、不能条件
  などなどに該当しないかをみる

  不成立 〔課税しない〕
  --------- ←この間に印紙税法の課否ラインを差し込む。
  成立  〔課税する〕
  無効  〔課税する〕
  有効  〔課税する〕

 印紙税法的には、

『いや、本当は契約書の形式整った書面作っただけで課税したいところだけど、民法様に配慮して「契約の成立」とか「を証明する目的で作成される」で限定してあげたのよ。』

て感じかもしれませんが。ずるい。

  民法学:『ちょっ!障害事由重たいから一旦外形で見よ、外形で!』

とか言って一休みしてる間に、印紙税法がその隙間に課税スイッチ挟み込む、みたいな。
 プロの手口のような鮮やかさ。

 そんな場面、キャッツ・アイで観た気がします。トシ(民法に対応する)と瞳(印紙税法に対応する)のおなじみの感じで。

キャッツ・アイ 文庫版

 ところで、「契約の成立」については今まで民法に明文がありませんでした。当たり前のことは書かない、という例の方針で。
 それが今回の民法改正で明記されることになりました(改正民法522条)。

 ここまで「民法」といわずに「民法学」と記述してきたのは、条文に記載がなく、あくまで学説上の概念だったからです。

 今回の改正で明記はされましたが、成立/不成立をどのような事情をもって判断するか、ということは依然として問題にはすべきかと思います(通説的には解決済み、なんでしょうが)。

 他方で、印紙税法基本通達14条では、改正民法よりもずっと前から「契約の意義」て観点から定義づけがされていました。
 こちらのほうは、成立、更改、変更、補充に共通する用語として「契約」を括りだしているので、民法改正後も、まるっと削除されることはないと思いますが、言い回しの調整は入るかもしれませんね。

しかしまあ、今まで印紙税法の、しかも通達レベルでしか書かれてなかった「契約の成立」の意義について、本家民法で明記されてしまったわけです。
 民法的には『当然の前提を明文化しただけですけど、なにか問題でも?』て呑気な気持ちかもしれませんが、印紙税法側からすれば、棚ぼた感いっぱい。

 なお、改正民法522条の第2項が、なんか印紙税法ディスっている気がするのは、気のせいですかね。あるいは租税回避を煽っている。

 今までいいように使われてきたことの仕返しなのかもしれませんが、成立/不成立の中身がうすーいままなのだとしたら、無駄な抵抗な気がしますが。

【続編】
続・契約の成立と印紙税法(法適用通則法がこちらをみている)
続々・契約の成立と印紙税法(代理法がこちらをみている)
さよなら契約の成立と印紙税法 (結局いつもひとり)

○印紙税法

別表第一 課税物件表(第二条―第五条、第七条、第十一条、第十二条関係)
課税物件表の適用に関する通則
5 この表の第一号、第二号、第七号及び第十二号から第十五号までにおいて「契約書」とは、契約証書、協定書、約定書その他名称のいかんを問わず、契約(その予約を含む。以下同じ。)の成立若しくは更改又は契約の内容の変更若しくは補充の事実(以下「契約の成立等」という。)を証すべき文書をいい、念書、請書その他契約の当事者の一方のみが作成する文書又は契約の当事者の全部若しくは一部の署名を欠く文書で、当事者間の了解又は商慣習に基づき契約の成立等を証することとされているものを含むものとする。

○印紙税法基本通達

(契約書の意義)
第12条 法に規定する「契約書」とは、契約当事者の間において、契約(その予約を含む。)の成立、更改又は内容の変更若しくは補充の事実(以下「契約の成立等」という。)を証明する目的で作成される文書をいい、契約の消滅の事実を証明する目的で作成される文書は含まない。
 なお、課税事項のうちの一の重要な事項を証明する目的で作成される文書であっても、当該契約書に該当するのであるから留意する。
 おって、その重要な事項は別表第2に定める。 (昭59間消3−24改正)
(注) 文書中に契約の成立等に関する事項が記載されていて、契約の成立等を証明することができるとしても、例えば社債券のようにその文書の作成目的が契約に基づく権利を表彰することにあるものは、契約書に該当しない。

(契約の意義)
第14条 通則5に規定する「契約」とは、互いに対立する2個以上の意思表示の合致、すなわち一方の申込みと他方の承諾によって成立する法律行為をいう。

○民法

(未成年者の法律行為)
第5条 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。
2 前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。
3 第一項の規定にかかわらず、法定代理人が目的を定めて処分を許した財産は、その目的の範囲内において、未成年者が自由に処分することができる。目的を定めないで処分を許した財産を処分するときも、同様とする。
(虚偽表示)
第94条 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
(錯誤)
第95条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
(意思表示の受領能力)
第98条の2 意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に未成年者又は成年被後見人であったときは、その意思表示をもってその相手方に対抗することができない。ただし、その法定代理人がその意思表示を知った後は、この限りでない。
(他人の権利の売買における売主の義務)
第560条 他人の権利を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

○改正民法

(契約の成立と方式)
第522条 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。
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