2021年07月26日

宍戸常寿・石川博康編「法学入門」(有斐閣2021)

 『法学入門』なるタイトルの書籍、きちんと対象読者を限定すべきだよなあ、とつくづく思う。



宍戸常寿・石川博康編「法学入門」(有斐閣2021)


 たとえば、森田果先生の入門書は、法の「機能」面を記述することを徹底していて、前提知識のない高校生でも読めるような内容になっています。

森田果「法学を学ぶのはなぜ?」(有斐閣2020)

 今回紹介の本書はというと。
 全体として、情報陳列系・単語列挙型といった趣きで、「自分で考える」要素が弱め。少ないページでできるだけ多くの知識を盛り込もうとしているせいで、個々の記述の膨らみが薄い。

【自分で考える系】
道垣内正人「自分で考えるちょっと違った法学入門 第4版」(有斐閣2019)

 「法解釈論」を展開しているのも、解釈手法をご紹介するための例としてあげられている「公園で野球をすることを禁じる。」のところくらい。現行の実定法に即した解釈論というものがほぼ見受けられない。

 確かに「法解釈」については、下記のような優れた《入門書》があるので、そちらで勉強したほうが望ましいと思います。



山下純司ほか「法解釈入門 第2版」(有斐閣2020)


 本書の構成は次のとおり。

  第1章 法とは何か
  第2章 法の基本──憲法・民法・刑法・手続法
  第3章 法と社会──領域からみる
  第4章 法とは何か,再び

 第1章は全体の導入だからまあいいとして、第2章がきつい。

 次々と法律用語がでてくるのですが、中には用語の定義・内容が書かれていないものがあったり。
 こういう所作、入門書では禁忌だと私は思うのですが。ガチの初学者にとっては、かなりのストレスではないかと。

 「手続法」の記述なんて、手続図や書式例もなしに延々と専門用語が書き連ねられていて、初学者が理解するには無理がある。これをもって具体的なイメージがつかめるとか、どうして思えるのでしょうか。

 「民法」の記述も、第3章の記述と被らないようにするためでしょうか、「契約法+α」といった内容となっていて、民法全体の概観というには断片的。

 かといって、学習が進んだ段階の人が読んで益する内容か、といえばそうでもなく。個別法ごとの入門書・基本書を超えるような、何か違った視点を得られる記述が書かれているわけでもありません。
 扱う事項を減らさないままページ数だけを圧縮しようとすると、そうならざるをえないのでしょう。『法学入門』の悪い癖。


 本書でおすすめできる箇所をあげるとしたら、第3章。

 ライフサイクル、人々の暮らし、組織、市場、公益実現、情報、グローバル社会といった切り口から、横断的に各種法領域を整理されています。たとえば、地方自治体(憲法・行政法)や株式会社(会社法)などを「組織」という観点から並べて記述するとか。
 第3章に関しては、初学者以外の人が読んでも資するものがあると思います。

 が、なぜこのような切り口を選択したのか、とか、ほかにどのような切り口があるのか、といったことが説明されていません(分担執筆あるある)。なので、ただただ受動的に、整理済みのものを受け取るだけになりがち。
 この切り口の結果だけをみて、自分で新たな切り口を考え出せるのだとしたら、その人はもはやこの本の対象読者からは大きくハズレているでしょうし。


 第4章は「史」の話。

 本書のような入門書の中で「史」をどこに配置するか、といえば最後の最後とすべきことには同意です。
 下記入門書で「史」が第2章に配置されていたのは、違和感がありましたし。
 
南野森「ブリッジブック法学入門(第2版)」(信山社2013)

 が、そもそも入門書で「史」にふれるか、ということ自体を問題とすべきです。
 仮に、本書第3章までをしっかり読みこんだとして、第4章の内容を理解できるかといえば、たぶん無理。
 
 第4章の記述それ自体は、単純な図式化に警戒的だったりして、とても配慮がなされた内容になっていると思います。が、それが「初学者」に向かっているか、といわれればそうは思えない。
 現時の個別法に関する知識が不十分な段階で、それを経時的に広げようというのは無茶でしょうよ。

 入門段階で「史」を学習するのならば、論点を大幅に絞り込んで、過去と現在がどうつながっているかを深く論じたほうが、初学者の興味を唆ると思う。

 大学のカリキュラム的に、とにかく法学入門に「史」(を浅く広くしたもの)を混入させなければならない、拠ん所ない事情でもあるのでしょうか。


 ということで、あえてこの本を、法学の学習プロセスの中に組み込みたいということであれば、次のような手順をおすすめしておきます。

1 まず第1章(20頁程度)だけを読む。
(本書から離れる)
2 各個別法ごとの入門書を読む。
3 各個別法ごとの基本書を読む。
(本書に戻る)
4 第3章を読んで、3の知識に「横串」を通す。
(本書から離れる)
5 各個別法の学習に戻って、「横串」を通せるところがないか自分で探してみる。
(本書に戻る)
6 ふと「史」が気になったら、第4章を読んで経時的に知識を広げてみる。

 初学者がいきなり通読するには、なかなかしんどい。
 なお、第2章については、どの学習段階においても読むべきタイミングが思いつきません。


 『法学入門』的な書籍、現状私が望む役割は次の3つ。

1 入門書(文字通りの)
 前提知識なしでも読み通せる。その後の学習のスターターの役割。
 個別法の入門書が自力で読めるようになれればいいのであって、情報陳列は不要。

 「スターター」ということでいうと、下記のような書籍も優れた入門書となりえます。



新堂幸司編 社会人のための法学入門 (有斐閣1993)
落合誠一編 論文から見る現代社会と法 (有斐閣1995)
柏木昇編  日本の企業と法 (有斐閣1996)

 これから大学院に入る他学部出身・社会人向けの講座を書籍化したもののようで、内容は高度め。ので、いきなり読んでもほとんど理解できないはずです。
 ですが、何やら法学って面白そう、を感じるには最適な素材ではないかと。

2 中門書(横串本)
 各個別法の学習を深める視点の提供。
 各個別法ごとの散らばった法知識を一定の視点から整理する役割。

3 出門書
 大家の集大成もの。
 味読すべきものであって、役割とかそういう俗っぽいものとは別次元。

団藤重光「法学の基礎」(有斐閣2007)

 「商品表示」という観点からすれば、本来は1のみが入門書の名に値するのでしょう。が、少なくとも単なる制度の概説ものが入門書と名乗らないかぎりは、あえて異論を唱えるつもりはありません。
 ただ、123のいずれであるのかは、事前に明記しておいてほしいです。むやみやたらと対象読者を広げることなく。
 もちろん、1冊の本の中で役割が分かれていることもあるでしょうが。
posted by ウロ at 10:33| Comment(0) | 法学入門書探訪

2021年01月11日

森田果「法学を学ぶのはなぜ?」(有斐閣2020)

 むしろなぜ、このような法学入門書が今まで出版されてこなかったのか。



森田果「法学を学ぶのはなぜ?」(有斐閣2020)

 なにが「むしろ」なのかといえば、法の「機能」に絞った記述がなされた法学入門書というのが、なぜ今までに出版されていなかったのか、ということです。
 大家の総決算系は別として、ほとんどの法学入門書が「知識陳列系」でした。

【総決算系】



団藤重光「法学の基礎 第2版」(有斐閣2007)
三ケ月章「法学入門」(弘文堂1982)
星野英一「法学入門」(有斐閣2010)
田中成明「法学入門 新版」(有斐閣2016)
五十嵐清「法学入門 第4版 新装版」(日本評論社2017)


 全くの前提知識や社会経験がない人を法学に誘おうと思ったら、本書のように徹底して法の機能面を重視した記述することになるはずなのですが。
 知識の陳列は、入門したあとの個別の実定法ごとにやればいいわけで。

 やはり「法学入門」という名前で出版されている大部分の書籍が、法学部以外の学部で実施されている『法学』という名前の講義用のテキストだから、なんですかね。


 今までですと、オススメの法学入門書を尋ねられても、それぞれの勉強目的を確認してからでないとお答えしづらいところでした。
 これからは、とりあえずこれを読め、ということにします。

 総決算系のように「分からない箇所があったら一通り勉強してから再読しましょう」といった注意をすることなく、「前から順番に理解しながら読んでいきなさい」ということができますし。

 なお、森田果先生といえば、下記記事でも「機能」重視の書籍を紹介していますね。

小塚荘一郎,森田果『支払決済法 第3版』(商事法務2018)


 ところで、異様に《胴ロング男子》な表紙イラストはどういう意図なのか。
 アマゾン書影だとしっかり帯で隠されていますが、帯をめくっていただくと、頭1個分身長の低い隣の女子と腰の位置が同じで、すごい違和感を味わえますよ。

 まさか、そういう仕掛け本ですか。

 道垣内正人先生の入門書でもそうでしたが、惹きのある個性的なイラストを載せるノルマでも、あるんですか。

道垣内正人「自分で考えるちょっと違った法学入門 第4版」(有斐閣2019)

 まったくの無関係ですが、下記のようなガチの美麗なイラストを表紙にしている法学書もある中で、わざわざ上記のような特色のあるイラストを採用する理由を、ぜひ知りたい。



 大島義則「行政法ガール2」(法律文化社2020)

 これがおしりたんていさんみたいに、イケメンかつおしり顔であることに物語上意味がある、のであれば分かります。
 「なんでおしり顔なんだよ!」などとイチャモンをつけるような野暮なことはいたしません。



 トロル「おしりたんてい」(ポプラ社2012)

 が、本書では、胴ロング男子がその胴ロングを活かした法解釈を展開する、などといった物語(Tails of Legal Long-Torso)では決してないわけで。
posted by ウロ at 10:49| Comment(0) | 法学入門書探訪

2021年01月04日

南野森「法学の世界」(日本評論社2019)

 法学入門の、ひとつの望ましい形。



 南野森編「新版 法学の世界」(日本評論社2019)

 各科目10頁程度で、各法領域を専攻する研究者が当該法領域の面白い(と各執筆者が考える)ところを語る、というもの。
 概説的な情報の陳列は少なめで、ポイントを絞った記述がメイン。

 こういうコンセプトこそが、文字通りの『入門』と呼ぶにふさわしい。
 のに、タイトルに「入門」を入れていないのは、既存の、情報陳列系の『法学入門』とは一緒にされたくない、ということですかね。タイトル汚染されてしまっているということで。


 人によって面白いと感じる科目は違うと思うので、通読はせずに気になるところから拾い読み、でいいと思います。
 で、面白そうな科目があれば、当該科目を履修選択するなりして深く学んでみるとか。

 あるいは、すでに選択してしまった、とか必須科目だが面白さが分からない、といった科目を読んでみたり。


 ただし、法学が厄介なのは、教える人によって面白い/つまらないが大きく可変すること。
 なので、誰から教わるか(誰の本を読むか)が極めて重要。

 科目の特性、というものもあるのでしょうが、どちらかというと、専ら、教えてくれる人に依存しているように感じます。
 この本読んで「○○法、面白そうだな。」と思っても、自分の大学の授業はそれほどでもなかったり、とかはいくらでもありうる。

 本書には「学習ガイド・文献案内」もあるので、一応のルートは示してくれています。
 が、総じてレベルが高めなので、段階的学習にはなりにくい。

 旧版と新版で執筆者をごっそり入れ替えているのは、同じ科目でも執筆者が変わればそれが刺さる人も変わってくる、というのもあるんでしょうね(ただし、全とっかえではない)。
 


 南野森編「法学の世界」(日本評論社2013)


 このようなコンセプトからすると、どう考えても「一見さんお断り」感を出しすぎな科目があるのはどう捉えればいいのか。

 これは「一見さんお断り」な感じを逆に面白いと感じる人を選び出す儀式(Initiation)でしょうか。
 うっかり軽い気持ちで科目選択してしまうのを予め防いでくれていると。
 科目選択におけるミスマッチ、どちら側にとっても不幸ですからね。

 そういうゲートとして機能させる、ということであれば、それもある意味で「入門」と呼んでもよいのかもしれません。
 むしろ「門」というのはそういうものですか。


 個人的には、「刑事訴訟法」(緑大輔先生執筆)のところが気になりました。
 
 たまたま、鴨良弼先生の『刑事訴訟における技術と倫理』を読んだばかりだったのですが、唐突に同書が引用されていました。



 鴨良弼「刑事訴訟における技術と倫理」(日本評論社1964)

 同書(所収の論文)は、刑事訴訟に倫理や信義則を導入して訴訟当事者の関係を規律しようというものです。

 出版は56年前。
 当然のことながら、鴨先生ご自身の問題意識は、当時の問題を解決しようということにあるのでしょう。

 この考えを現代にもってきたらどうなんだろう、とかいうことを妄想していたら、いきなり紹介がされていたのでびっくり。
 まさか入門書に鴨先生の著書が出てくるとは思わないじゃないですか。

 というか、教科書や体系書にだって、こういう基礎理論系の議論はほとんど出てこない気がしますし。

 刑事訴訟法は、緑先生ご自身の入門書があるので、次に読むべき本が明確ですね。



緑大輔「刑事訴訟法入門 第2版」(日本評論社2017)


 「刑法」(和田俊憲先生執筆)では、刑法学における想像・妄想の重要性が説かれています。

 おっしゃるとおりで、読み物としても、過去の裁判例の分析ばかりが展開されたものよりも、限界事例(あるいは限界はみ出た事例)についてあれこれ検討したもののほうが、面白いと感じるはずです。

 それが実務で役に立つかといわれれば、「直近では」役に立たない、というだけでしょう。

 和田先生も、ご自身の入門書がありますね。



和田俊憲「どこでも刑法 #総論」(有斐閣2019)
辰井聡子 和田俊憲「刑法ガイドマップ(総論)」(信山社2019)


 「労働法」(大内伸哉先生執筆)では、これからの労働構造の変革を見据えると(旧来の)労働法の展望は明るくないよ、といった趣旨のことがぶっちゃけられています。

 各科目への勧誘とすべきはずの入門書でそれ書いちゃいますか、と思わなくもないですが、変に良いところだけを強調するよりも、現実を教えてくれるのは誠実なのかもしれません。


 「国際私法」(横溝大先生執筆)では、石黒一憲先生と道垣内正人先生の著書を対比させながら読め、ということが書いてあるのですが、もう少し対比させるための補助線を書いておいてほしいところ。

 私自身もまさにそういう入り方をしたのですが、ほとんど前進できていないわけで。

野村美明『新・ケースで学ぶ国際私法』(法律文化社2020)


 ちなみに「租税法」(神山弘行先生執筆)は比較的堅実。
 具体例や数字が全然出てこないので、特色らしい特色を感じにくいかもしれません。

 なお、私自身の考えは「数字」の中にこそ税法の面白さが詰まっている、というのが持論。

三木義一「よくわかる税法入門 第17版」(有斐閣2023)
posted by ウロ at 13:52| Comment(0) | 法学入門書探訪

2020年11月09日

太田勝造「AI時代の法学入門 学際的アプローチ」(弘文堂2020)

 ※以下は、タイトルに釣られて買ったことと私の理解力のなさを自白する文章で構成されています(予め予防線)。



太田勝造「AI時代の法学入門 学際的アプローチ」(弘文堂2020)

 タイトルに「AI」が入り込んでいるものの、テーマを「AIと法」に絞っているわけではありません。

 用法としては、「縄文時代」とか「ダルビッシュ世代」などと同じ意味合い。
 あくまでもその時代を代表するもののひとつをあげているだけ。
 土器だけがあの時代の文化的特徴ではないし、あの世代がみなダルビッシュ投手のような選手ではないし。
 
 散開感という意味では、一昔前の『現代法学入門』などといったお堅めの本と同じ風。
 『現代』の部分を今様の流行りワードに入れ替えてみた、といった感じの。

 が、法学入門で「税込2,860円」という価格設定はお高め。
 もちろん、これだけ高度な内容からすればこれでも安いくらいだ、という自己評価はあるかとは思います。
 ですが、そもそも高度な内容であること自体、法学にほんのり興味をもった人が読めるものではない。

 昨今のリモート学習環境ならば、指定教科書として買わざるを得ないであろうことを見越してなのか、そうなのか(先輩お下がり市場及び図書館コピー文化の壊滅的状況を想起せよ)。

法学研究書考 〜部門別損益分析論


 本書は、従来の法学を「条文と判例の丸暗記」とサゲて、他分野の成果を取り込むべきだというところから始まります。
 これ、かつての《法と経済学》が流行りだしたころのノリを彷彿とさせる(以下、従来の法学を「従来型」といいます)。

 そのノリというのは、従来型を不合理だとサゲた上で、経済学内の道具立てで説明できない法制度は間違い!という勢いだったかと。
 私自身は最初からリアルタイムで体験したわけではないですが、出始めの頃を述懐した文章などを読むと、そういう印象を受けました。

 で、そのうち両分野を内在的に理解できる頭のいい人が現れてくると、そのような一方的な主張が緩和されてきて、従来型を活かしつつうまく取り入れられるようになると。
 結果、今となっては会社法などいくつかの分野で経済学の道具立てが取り入れられつつも、未だ、従来型の根幹の部分がごっそり入れ変わったわけではない。

 また、サブタイトルにある『学際的』という旗振り用語で私が思い出すのは、かつての「システム論」「システム理論」を法学に取り入れようという試み。
 個人的には、とてもおもしろそうだと思ったんですが、今どうなっているんですかね。



T.エックホフ、 N.K.ズンドビー 「法システム―法理論へのアプローチ」(ミネルヴァ書房1997)

 という感じで、他分野の成果を取り入れよう、という試みは過去何度も繰り返されているものの、従来型の枠組みが大幅に影響を受けることはなかった、というのが私の見立て。

 「法政策学」なんて、いまだに平井宜雄先生の教科書にとってかわるような教科書が出てきませんし。



平井宜雄「法政策学 法制度設計の理論と技法」(有斐閣1995)

 もちろん、個別論文のレベルでは展開されているのかもしれません。が、「教科書」レベルでどれくらい出てくるか、というのが一つの目安ではあろうかと思います。
 まさに、会社法だと教科書レベルでも「法と経済学」のアプローチが結構な割合で展開されているわけで。


 本書でも、あれこれ他分野のご紹介がされているのですが、現状の法実務の運用にどのように関わってくるのかがあまり見えてこない。

 すでにできあがっている建物を目の前にしながら「これよりも他にこんなに素晴らしい『建材』があるんですよ!」と、次々と建材の性能だけのセールストークを聞かされている感じ。 
 どんなに既存の建材よりも優れていたとしても、それを従来の建物に組み込むには一部修繕だけですむのか、それとも全面的な建替えが必要なのかといった、従来の建物との関係を説明してもらえないと、実際にそれを採用するかの判断ができないですよね。

 もちろん、それが専門業者の集まる建材見本市での話ならばそれで全く問題はないでしょう。
 が、一般消費者向けのフェアでそんな売り方してたらどうなるのさ、という話です。

 突飛な例え話をもって、私が何を問題視しているかといえば、タイトルに『法学入門』と冠していること。
 従来型の入口に擬態して、全く違う方向に連れて行こうとしている。

 この手の本は、あくまでも『アナザー』であって、法学入門者がいきなり読むものではない、というのが私の見立て。
 FFのXをやらずにいきなりX-2からやらせるかよ、という話。



ファイナルファンタジーX/X-2 HD Remaster

 今ならセットで買えるので安心。


 従来型を「海外の法制度・法学者の議論の紹介どまり」とディスりながら、本書でも同じようなノリで他分野のご紹介が展開されている(と私は感じました)。
 法学の内か外かの違いはあれど、《ご紹介感》が強いのは共通。

 また、従来型を「条文と判例の丸暗記」だと批判するものの、それ以上に詳しく説明しないまま「学際的」のほうのご紹介へ進んでしまいます。
 『守破離』でいうところの、いきなり『離』からはじめるやつ。
 あるいは、具象画から始めずにいきなり抽象画を描き出すみたいな。

 が、従来型に問題があるのならば、一旦はそれを内在的に理解するというプロセスが必要でしょう。
 でないと、従来型の何が問題で、そして「学際的」の何が優れているのかも理解できない。

 従来型がどんなにイケてないにしても、みんながそれに倣って長いこと実務運用をしてきたわけです。
 そのような積み重ねによる実績があること、それ自体に法的安定性という価値があるわけで。

 「王様は裸だー!」と暴露したとして、そもそも裸でいることが問題である、という共通理解が存在していなければ、その暴露は成り立ちません。
 さすがに裸だと喩えとして適切でないとすれば、「王様はお焦げ好きだー!」でもいいです。
 お焦げをどれだけ食べると体に悪いのか、そして王様はどれだけお焦げを食べているのか、といった前提事実が分からなければ、それがどれだけ問題なのか明らかになりません。

 もし仮に問題があるということで王様を失脚させたとして、そのあとの統治をどうするのか、ということも問題になります。
 お焦げ好きでもさしあたり統治がうまくいっているのならば、わざわざ現状をひっくり返す必要もないだろうと。
 
 「自然権」なるものの実在を証明できなくても、そのほうがみんなが納得できるというならば、そういう説明も残しておく、という戦略的判断もあるわけだし(王様の喩えが突飛なので、法学っぽい話に戻しました)。

【インセンティブ論×自然権論】
田村善之「知財の理論」(有斐閣2019)

 過去これまでの「学際的アプローチ」によるチャレンジが、法学の根幹を突き崩すところまでいっていないのは、既存の価値を捨ててまで取って代わるだけのメリットがみえていないからではないのか。


 従来型の法学入門をディスっているものの、この浅く広くの紹介の仕方、憲法・民法・刑法〜といった感じで代表的な法分野を概観していく概説書とあまり変わらないじゃん。

 今どきは、ポイントを絞って初学者に興味を持たれるような構成にしている法学入門もあるわけです。
 のに、わざわざ従来型の法学入門の構成に倣うという謎の所作。

 やはり共著は避けたほうが無難、という知見がまたしても積み重なっていく。


 以上、ここまでの論難は、あくまでもタイトルに「法学入門」を入れ込んだことに対するものです。
 中身はそのままで、アナザー、オルタナティブであることがわかるタイトルになっていてくれれば、我々《入門書警察》が出動することはありませんでした。

 専門書が売れない昨今だからこそ、売らんがな系のタイトルや宣伝文句には厳しい目を向けざるをえない。

【宣伝文句問題】
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
高木

 他方で、団藤重光先生のようにタイトルロンダリングしておいてくれれば、入門書警察的にはセーフ。

団藤重光『法学の基礎』(有斐閣2007)


 皆様が本書のタイトルをみて期待したことをそのまま実現したいならば、小塚壮一郎先生の新書を読むことをオススメしておきます。



小塚荘一郎「AIの時代と法 (岩波新書) 」(岩波書店2019)
posted by ウロ at 09:40| Comment(0) | 法学入門書探訪

2020年03月23日

南野森「ブリッジブック法学入門(第3版)」(信山社2022)

※以下は第2版(2013)の書評です。

 この本、「“一風変わった”法学入門」と自称されていて、確かにそうなっていました。



南野森「ブリッジブック法学入門(第3版)」(信山社2022)
 
 編者は憲法学者の南野森先生。
 以前、トロペール先生の翻訳書を記事にしたことがあります。

ミシェル・トロペール(南野森訳)「リアリズムの法解釈理論」(勁草書房2013)


 目次をあげると次の通り。

T 法学の基礎
第1章 法と法学
第2章 法と法学の歴史
第3章 法律と法体系
第4章 裁判制度とその役割
第5章 判例の読み方

U 法学の展開
第6章 違憲審査制と国法秩序
第7章 保証人とその保護
第8章 会社とその利害関係者
第9章 民事訴訟における主張共通の原則
第10章 刑罰権の濫用防止と厳罰化
第11章 刑事訴訟の存在意義
第12章 社会保障法による医療の保障
第13章 著作権保護と表現の自由

 前半が一応、一般的な法学入門で触れられる基礎知識の部分になっています。
 通常の授業でも使えるように、ということでのアリバイ的な記述に思えなくもない(邪推)。

 ただし、南野先生執筆の第1章は、上記のトロペール先生の考えがバックグラウンドにあってとても読み応えあるので、とりあえずこの章だけでも目を通しておくといいと思います。

 で、後半が「論文」と言われているとおり、かなり突っ込んだ内容になっています。

 法学に興味をもってもらう、という趣旨では、こういう構成いいと思いました。
 が、前半で得た基礎知識だけで後半が読みこなせるか、というと難しい。

 学習過程を三段階に分けることってよくあると思いますが、「二段階目」が抜けているイメージ。

【三部構成】
安田拓人ほか「ひとりで学ぶ刑法」(有斐閣2015)

 ので、後半読んでみて難しそうなら他の本に移って、しばらくしてから戻ってくる、という読み方がいいかもしれません。


 こういうコンセプトの本読んでみて、思い出したのが下記の本。



落合 誠一編 論文から見る現代社会と法(有斐閣1995)

 論文執筆者が自分の書いた論文の解説を通して、各法分野の説明をするというもの。
 社会人から入学した大学院生向けの導入講義を書籍化したもののようです。

 この講義用の論文ではなく、もともとどこかの学術誌に発表したガチの論文を題材にしているので、内容は濃い。のですが、法学部以外の出身者を対象としていて法学の知識は前提としていないので、入門書として読んでもよさそう。
 ただ、それなりの社会人経験もあるということは前提でしょうから、まっさらな学生さんがいきなり読むのは、それはそれで大変かも。


 さて、話は戻って、この本を入門書として捉えたときに気になるのが、「法制史」にふれた第2章。

 たとえば、「インスティテュシオン(法学提要)体系」とか「パンデクテン(学説彙纂)体系」とかって単語が書いてあるのに、その意味がどこにも書いていない。
 法制史の記述って、紙幅が限られているとどうしても単語の羅列になりがちではありますが、まあ不親切。

 限られた紙幅で法制史を記述するならば、たとえば、
・この本の他の章を法制史の観点から経時的にみることで立体的に展開する
とか、
・仮想通貨みたいな今どきの論点を法制史の観点から分析してみることで法制史の勉強にどんな意味があるのか理解する
とか、ポイントを絞って記述したほうがいいと思うんですけども。

 ちなみに、上記2つの単語について、たまたま平行して読んでいた篠塚昭次先生の入門書では、「オープンリール式」と「カセットテープ式」などと喩えられていました。
 さすがに時代を感じさせる喩えで、今となっては理解できるのはオールドオーディオマニアくらいでしょう(当時も?。 
 ですが、初学者(当時の)に理解してもらおうという親切心、読んでいて安心するわけです。



 篠塚 昭次 民法 よみかたとしくみ(有斐閣1992)

 なお、「法学入門」の法制史の記述で私が一番よかったと感じたのが、三ケ月章先生のもの。

 

 三ケ月 章 法学入門(弘文堂1982)

 過去の西欧から明治の日本法に到達するまでの、流れるような記述が素敵。
posted by ウロ at 11:51| Comment(0) | 法学入門書探訪

2019年11月11日

伊藤正己「近代法の常識」(有信堂1992)



 伊藤 正己 近代法の常識(有信堂1992)

 極めてオーソドックスな法学入門書。

 目次を書き出してみると、

1 法と常識
2 法学という学問
3 法とは何か
4 法と道徳
5 法と強制
6 成文法
7 慣習法
8 判例法
9 学説と条理
10 市民法と社会法
11 権利と義務
12 権利の主体と客体
13 むすび

といった感じ。

 法の基礎理論として扱われる領域が一通り網羅されています。

 基礎理論ものは、どうしても記述が抽象的になりがちなところ、具体例多めなので初学者でも理解しやすいと思います。

 伊藤正己先生といえば、以下の本が有名ですかね。



 伊藤 正己 憲法 (弘文堂1995)
 伊藤 正己 裁判官と学者の間(有斐閣2001)

 特に後者は名著だと思いますが、オンデマンド版で買うかアマゾンマケプレのクレプラで買うか、お気軽に買えないのが残念。

 憲法の体系書のほうは、伊藤先生が最高裁判事になって忙しくなったので、ということで、戸松秀典先生が一部執筆に加わっているとのこと。

戸松秀典『憲法』(弘文堂 2015)
posted by ウロ at 09:18| Comment(0) | 法学入門書探訪

2019年04月01日

団藤重光「法学の基礎」(有斐閣2007)



団藤重光「法学の基礎 第2版」(有斐閣2007)

 ふと思い立って、団藤重光先生の『新刑事訴訟法綱要』を読んでみました。



団藤重光「新刑事訴訟法綱要 七訂版」(創文社1967)

 平野龍一先生に徹底的に批判し尽くされた後の学説状況しか知らなかったので、今まで手が出ずにいたところ。



平野龍一「刑事訴訟法(法律学全集)」(有斐閣1958)

 読んだ印象としては、そこまで糾問的でも職権主義的でもないかなあと。
 「基礎理論」から出発して法解釈論が始まるので、人権保障の観点からは不徹底だって評価になるんでしょうけども。

 1967年で改訂止まってしまっていますが、このあとに最高裁判事に就任されているので(1974-1983)、もしその後改訂されていれば、また違った様相になっていたかもしれない。残念。


 しかし、こういう名著が再版もされずに埋もれてしまうの、極めて大きな損失だと思うんですけど。
 著者も出版社もお亡くなりになってしまって、もう復刊は見込めないんですかね。

 刑法のほうは1990年が最終版ですが、同じ出版社だし、こちらも同じ運命を辿るのでしょうか。



団藤重光「刑法綱要総論」(創文社1990)
団藤重光「刑法綱要各論」(創文社1990)

【追記】
講談社からオンデマンド版が出版されることに(刑訴法はなさそう)。
そこまで禁止的な値段設定ではなさそうです。

創文社オンデマンド叢書


 一方の平野先生の体系書は、1958年出版の初版のまま最近まで再刷されてて、今でもオンデマンド版が出ていたりと、随分優遇されているのと比べても、不遇な気が。

 我妻栄先生の『民法案内』シリーズにおける勁草書房さんのごとく、あるいは、蟻川恒正先生の『憲法的思惟』における岩波書店さんのごとく、どこか別の出版社で出さないのかどうか。



我妻栄「民法案内1」(勁草書房2013)
蟻川恒正「憲法的思惟」(岩波書店2016)


 で、何事か中身について書こうと思ったんですが、そのためには、アンチテーゼとしての平野先生の体系書も読まないとだし、また、最高裁判事を退任した後のミッシングピースを埋めるためには、団藤先生の『法学の基礎』あたりを読まないとだし。

 ということで、『法学の基礎』を読んでみることにしました。

 前にも書いたとおり、この本は初学者がいきなり手を出す本ではなく、法学の勉強が進むごとに、自分の実力を推し量る用に読むものです。

大屋雄裕「裁判の原点:社会を動かす法学入門」(河出書房新社2018)

 文章自体は決して固くはないのですが、書かれていることを十二分に理解するためには、個別法についての理解が先に必要になります。
 私も過去何度か読んでますが、個別法の勉強を進めてから戻ってくると、そのたびに何かしら発見があったり。

 今回読んでてふと思ったのが、こんなこと(直接そういうことが書いてあるわけではないですし、むしろ逆)。

 「自然法」思想について、私自身はどちらかというと積極的な評価をしていないのですが、

【こちらは自然権ですが】
ホッブズ『リヴァイアサン』 〜彼の設定厨。
戸松秀典『憲法』(弘文堂2015)

 たとえば「禁酒法」のように「お酒くらい自由に飲ませてよ」といった程度の自由を抑圧するような法律は、いくら正式な手続によって成立したとしても実効性をもちえない、という意味あいでなら、理解できるなあと。

 「人間の本性に基づく」とか「人が人たるがゆえに」といった高尚な表現をされるとピンと来ないのですが、こういう卑近な例なら理解しやすい(いわゆる日常系自然法)。
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2018年12月17日

道垣内正人「自分で考えるちょっと違った法学入門 第4版」(有斐閣2019)

※以下の記事は、第3版(2007)に対する書評です。
 第4版は実物まだ読んでいませんが、どうやら問題11と12が削除されたようです。
 わたしがイジった章がピンポイントで(たまたまでしょう)。



道垣内正人「自分で考えるちょっと違った法学入門 第4版」(有斐閣2019)

 まるで続く気はしませんが、「法学入門」系の本を「法律書マニアクス」からカテゴリ分けしていくことにしました。

法学入門書探訪


 前半(問題1〜6)は「自分で考える ちょっと違った」のタイトルどおりの面白めな内容。

 たとえば、問題1では、2人(または3人)でどうやってケーキを分けたらいいか、といった問題から紛争解決の仕方を学ぶといったテーマを扱っています。

 こういった問題なら、法に関する前提知識なしでも自分なりの見解は持てるはずなので、ちゃんと「自分で考える」ことができると思います。

 で、いろいろな解決方法をあげながら、実定法上参考になりそうな制度を紹介していくので、自分の見解と対比しながら、法制度に関する知識も見についていくと。


 他方で、後半(問題7〜12)は、まあ普通、というか初学者には難しいと思います。

 たとえば、問題11では、日本の会社がアメリカの会社からアメリカの裁判所で技術侵害の訴訟を提起される、といった問題を扱っています。

 この問題から、国際私法や国際民事手続法の仕組みを学んでいくんですが、こういうの、初学者がこれ読んでどれくらい理解できるものなんですかね。
 理解するにしても、どうしても受け身にならざるをえず、「自分で考える」にも「ちょっと違った」にもならない気がするんですけど。

 ちなみに、問題12では弁護士の増員とか報酬制度の問題を扱っています。
 
 当時、弁護士にも競争原理を!と強く主張されていて、この本もどちらかというと積極的な論調で書かれているんですが、今現在の、司法改革曲がり角感強めな現状を踏まえて、ちゃんと答え合わせをしておいてほしいところです(冒頭に書いたとおり、第4版で項目まるごと削除する、というサイレント回答がなされています)。

 といったところで、前半はおすすめ/後半は流れで、といった感じ。


 この本の前半と後半を対比しながら読んでみて、理想の「法学入門」の暫定版はこんな感じ。


 扱うテーマ・事例は、社会人経験のない学生さんでも自分なりの見解を示せるようなものが望ましい。
 見解を示すのに、一定の法的知識を必要とするようなものは相応しくない。


 その事例の法的結論は、本の中に書いてある法制度のみで判断できるものが望ましい。
 判断過程に、実は体系全体の知識が必要だったり、そこまでいかないでも書かれざる前提が含まれていたりするのは相応しくない。

 優先順位はかなり下がりますが、「法学入門」についてもなるべく読んでいきたい所存。


 しかし、この表紙の絵の人、狂気を感じる。

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 見開きにデカデカと「六法全書」て書いてある本みて、「?? ??」とか。
 これ、何してるんですか怖い。

 まさかですけど、本の表表紙・裏表紙側を開いて読んでるんじゃないですよね。
posted by ウロ at 10:16| Comment(0) | 法学入門書探訪

2018年12月10日

大屋雄裕「裁判の原点:社会を動かす法学入門」(河出書房新社2018)

 「法学入門」ないしそれに類するタイトルの本、ものすごい量出版されていて、なんかまとめ記事書きたいなあと思っているんですが、消化量が圧倒的に少なすぎて道半ば。

 ざっくり範疇(ざっくりはんちゅう)としてはこんな感じだと思うんです。

1 法学部以外の学部の「法学」という講義で使うテキスト
2 大家が自分の法学観をまとめたもの
3 著者が工夫を凝らして法学の魅力を伝えるもの


 もちろんこれに尽きる、ということではないですけども、私の限られた観測範囲で、ということで。

○2の例




団藤重光 法学の基礎 第2版 有斐閣2007
星野英一 法学入門 有斐閣2010
田中成明 法学入門 新版 有斐閣2016
五十嵐清 法学入門 第4版 新装版 日本評論社2017
三ケ月章 法学入門 弘文堂1982
グスタフ・ラートブルフ 法学入門 東京大学出版会1964

○3の例




木庭顕 誰のために法は生まれた  朝日出版社2018
道垣内弘人 プレップ法学を学ぶ前に 第2版 弘文堂2017
道垣内正人 自分で考えるちょっと違った法学入門 第4版 有斐閣2019
末弘嚴太郎 新装版 法学入門 日本評論社2018
山下純司、島田聡一郎、宍戸常寿 法解釈入門 補訂版 有斐閣2018

(1の例はあげません)


 1は、どうしても浅く広くとなるので、無味乾燥な記述になってしまいます。
 が、それは役割上、まあしょうがない。

 ただ、こういう本だけ読んで「法学はつまらない」と誤解してほしくないなあと。

 じゃあってことで、「法学入門」と書いてあるからといってうっかり2のグループに手を出してしまうと、余計こじらせてしまう。

 たとえば、団藤重光先生の「法学の基礎」、昔は「法学入門」と名乗っていた時代がありました。
 で、そのころに「法学出門」と言われた、なんて自虐がはしがきに書いてあったり。

 この本、私も何度か読み返してますけど、これは一定程度勉強が進んだ人が、節目節目でマイルストーン的に読むと効いてくるものであって、初学者がお気軽に読めるものではないです。


 ということで、初学者が文字通りの「法学入門」として読むべきものが、3のグループに属する本です。

 今回読んだのは、大屋雄裕のこの本。



大屋雄裕 裁判の原点:社会を動かす法学入門 河出書房新社2018

 大屋先生ご自身は法哲学を専攻されている先生ですが、この本は、あくまでも日本の裁判所で法がどのように実現されているか、を記述した本になっています。

 扱っている裁判例は憲法判例。
 現に通用している法規範を記述する、という意味では、以前紹介した戸松秀典先生の体系書と、コンセプトが近いんじゃないかと感じました。

戸松秀典『憲法』(弘文堂 2015)

 で、この本読んでてふと思い出したのが、長谷部恭男先生の『法とは何か』という本。
 (河出書房新社て、法学系の書籍ほとんど出してない出版社ですが、なぜかたまたま同じ出版社。)



長谷部恭男 増補新版 法とは何か 河出書房新社2015

 長谷部先生は憲法学者ですが、この本では、現代日本の憲法判例とは関係なく、過去の思想家の思想から、「あるべき法」を見出そうというコンセプトの本になっています。

 ので、お二人のそれぞれの専攻からすると、なんかねじれが生じているような。

  法哲学者: 現代の憲法判例から、現実に法がどうあるかを論ずる。
  憲法学者: 過去の思想家の思想から、法はどうあるべきかを論ずる。

 長谷部先生のほうは「法思想史入門」を謳っているので、勝手に「法学入門」的な期待をするのは、こちらのお門違いなんでしょう。
 実際、内容お優しくないですし。


 大屋先生の本に戻って、この本、「裁判は正義の実現手段ではない」とか「正義とは正しさではない」とか、やや煽り気味の章タイトルがついています。

 が、『ぼくのかんがえたさいきょうのけんぽう』なノリが苦手な私からすると、とても共感のできる内容でした。
 特定の人の、正義と信じるところのものが保護されるわけではないと。

 また、憲法判例の記述がメインではありますが、「三権分立」の意味合いについてもしっかり記述されています。
 ので、法学者の書く書物が、往々にして司法権を重視しがちなのに対し、立法権についても目配りがされています(行政権は弱め?)。


 ということで、単に制度の羅列だったり高い法の理念を謳った本ではなく、現に法がどのような機能を果たしているか、をメインで論じている本なので、理解がしやすいと思います。
posted by ウロ at 11:58| Comment(0) | 法学入門書探訪

2018年09月25日

横田明美「カフェパウゼで法学を―対話で見つける〈学び方〉」(弘文堂2018)

 大学での勉強の仕方がわかる本。



 ビジネス書・実用書などにでてくる学習法・勉強法を、大学生活で出くわすイベントで使える形に仕上げてくれてるので、学生さんにとってお役に立つはずです。

 著者の横田明美先生(ぱうぜ先生)が行政法の先生なので「法学」が題材になってますが、少なくとも文系分野であれば、応用はしやすいと思います(理系はどうなんでしょう?)。

 この手の本にしてはちょっとだけお高めな気がしますが(税込2000円は下回るという勝手なイメージ)、入学直前から進路を決めるまでをカバーしてて、内容も充実してるので、そういう意味ではコスパはいいと思います。
 脚注や参考文献も豊富ですし。

 読み方としては、いきなり全体を読んでもいいんでしょうが、講義を受ける、教授にメールを送る、レポートを書く、試験を受ける、ディベートをする、ゼミに入る、卒論を書く、といったイベントにエンカウントする前に、その都度読んでいく、でもいいと思います。
 こうやって書いたとおり、個々のイベントごとに対処法が書いてあって、とても実践的です。

(勝手な推測ですけど、値段が障壁となって、1年生のうちはこういった副読本を買わず、2年生、3年生と、自己流では解決できない難易度の高いイベントがでてくるようになってから徐々に買い出す、という傾向があるのではないかと邪推。)

 クロスリファレンスもしっかりしてて事項索引もあるので、細切れで読んでも、あれどこに書いてあったっけ、てことが少なくてすみます。

 あと、初学者向けだからといって、安易に本文を「ですます調」にしなかったのはいいなと思いました。
 中身のわかりやすさで勝負してる感じ。

 こういう本は、大学で真面目に勉強したい人だけでなく、遊びの時間を増やしたい、という人こそ読んだほうがいいんじゃないですかね。
 というのも、この本に書かれた学習法使って勉強すれば、かなり無駄な時間をショートカットできるはずなので。

 私自身は真面目な学生さんでしたが、当時この本があれば、充実した大学生活がおくれたのではないかと妄想(こちらとあわせて「過去改竄」ネタがシリーズ化できそう)。


 以下は、気になったところを順不同でいくつか。

1 三色ボールペン法

 教科書を読みやすくする工夫として、色分けするの賛成です。

 あえて補足するとすれば、最初はどこに何色を引くか迷うと思うので、とりあえず1週目は「鉛筆」(あとで消しやすいやつ)でそれっぽいところに線を引いておいて、2周目から色付けしていく、というのが私個人のおすすめ。


「なぜ判例が生まれたかといえば、多くの場合は原告(民事訴訟・行政訴訟)や被告人(刑事訴訟)が頑張ったから、である。」

という記述があるんですが、なぜか民事・行政は訴えた側、刑事は訴えられた側になっている、という形式面はさておき、被告や検察官、そして裁判官だって判例形成に寄与しているはず。

 たとえば、民事でいうと、原告が契約に基づき代金請求してきたことに対し、被告が「公序良俗」違反(民法90条)を主張することで代金請求を拒む、そして裁判官がそれについて判断する、という流れがあって「公序良俗」の中身が充実していくわけですよね。
 ここでは、どちらかというと被告の側が判例形成に寄与しているわけです。

 あるいは、刑事でも、皆さんご存知「電気窃盗」なんて、窃盗罪(現行刑法だと235条に対応)にいう「所有物」は有体物のことだという当時の通念にもかかわらず、電力会社が被害を訴え、検事が公訴提起し、裁判所(大審院)が有罪としたことで、管理可能なものは窃盗罪の対象物だという判例ができあがったわけですよね(しかも、その後、245条の規定ができて立法にも影響を及ぼしている)。

 「多くの場合は」ということかもしれませんが、原告・被告人起点のケースであっても、相手方が真剣に争うことによって規範力高めな(?)判例が出来上がるんじゃないかと思うわけです。
 なので、わざわざ一方当事者だけをあげるのはなんか不自然だなと。

 このところ、井上治典先生の著書を読み返したりしてたせいか、そんなふうに感じました。




 ぱうぜ先生のセリフで「そこで、じゃーん。特別なシートをご用意しました。」と言って、フローシートの説明をしてくれるところがあります。

 じゃーんて、なんか初めてでてきたみたいに言ってるけど、あれ、数ページ前にすでにフローシートでてきたじゃん、と思って読み返してみると、時系列逆にして先取りで書いてますよ的なことがちゃんと書いてありました。
 いやあ、対話式ならなるべく時系列どおり書いてほしいところ。

 や、私の読み方が不注意なだけか。


 イメージしやすくするためでしょうが、インプット・アウトプットの仕方を「ケーキ作り」にたとえて記述しているところがあります。

 こういう喩えって、皆さんどれくらい理解しやすくなるものなんでしょう。

 私の場合は、クッキーやシュークリームを作ったことはあっても、ケーキを作ったことはないので、それなりに頭を置き換えしないと、想像がしにくかったです。
 というか、ケーキ作りをしたことがある人って、どれくらいいるものなんでしょう。今どき必修ですか。

 これ、インプット・アウトプットの仕方を学ぶと同時にケーキづくりも学ぼうぜ、という「二毛作」狙いなら、なるほどさすが、て感じですけど。


 「喩え」つながりでいうと、ジェネラリストとスペシャリストの使い分けを、「ロールプレイングゲーム」でたとえているところがあるんですが、これもどこまで理解してもらえるものなのか。

 ぱうぜ先生はドラクエとFFの特に4〜6あたりが好きとあって、私も同意見なんですが、ぱうぜ先生の喩えはどちらかというとドラクエ寄りで書かれています。

 私はといえば、どちらかというとFF寄りなので、ここの記述を理解するのに、ドラクエの転職システム⇒FFのジョブシステムへの頭の置き換えが必要でした。
 しかも、同じジョブシステムでも作品によって内容が違ってたりするので、何作目と置き換えるかも悩みどころです。FF12なんて、ゾディアックジョブシステムとかいって、同じ作品のリメイク(?)で、ジョブシステムかなりいじってきましたからね(最近のリメイクでもまたいじってる)。

 そして、その上で、FFのジョブシステム⇒ジェネラリスト・スペシャリストへの置き換えをする必要がでてきます。

 ドラクエ⇔FFであれば、まだ転職システムとジョブシステムといった比較的近いシステムだからいいですけど、メガテン(女神転生)好きにとっては仲魔システムと置き換えなきゃいけないわけで、結構大変なはず。

 なお、「法律書マニアクス」というカテゴリは、「真・女神転生3 NOCTURNE マニアクス」に由来しています。



 いっそのこと、RPGの喩えを出すときは、転職システムの原点、ドラクエ3で固定してしまう、ということでよいのではないでしょうか(提案)。

 という感じで、そもそもゲームやったことない人からしたら、私がここで書いたこともなんのこっちゃ、てなると思うんですよね。


 カフェ設定があるのだから、挿絵のコーヒーカップとかをもう少しこだわってほしかった(どうでもいいツッコミ)。


 『対話で学ぶ行政法』(有斐閣2013)をおすすめしてて、私も前々から読みたいと思ってるんですが、出版社で長らく品切れなので、再販するようせっついてほしい。

 なお、Amazonだと、品切本・絶版本でお馴染み「マケプレのクレプラ」(=マーケットプレイスのクレイジープライス。他の例としてこちら)なので、リンク貼りません。


 以上、しょうもないツッコミもしましたが、文系学生さんが有意義な大学生活を送るためには必読だと思います。

〔ここまで判明している当ブログの源流〕
・ もしもシリーズ(もしもアントニオ猪木がコンビニの店員だったら等)
・ 破産から民法がみえる
・ 真・女神転生3 NOCTURNE マニアクス

【追記】
 とか書いてたら、2の点につきぱうぜ先生御本人からご回答をいただいてしまいました。




 どうやって判例ができるのか、ということではなく、裁判やってくの大変だよ、というご趣旨のようでした。

 確かに、行政訴訟や刑事訴訟では、組織的対応ができて権限もある行政や検察を相手に裁判をしなければならない、原告(行政訴訟)や被告人(刑事訴訟)の負担は大きいですよね。

 ただ、民事の場合は、たとえば、一消費者が大企業を訴えることもあれば、大企業が一消費者を訴える、ということもあるので、必ずしも原告弱い⇔被告強いの関係になるとは限らないのではないかなあと。

 そのへんは当然わかった上で圧縮して書いている、ということで、私がブログでお気軽に感想書いているのとはおよそ比べ物にならないほどの苦労があるんですね。
 まあ、折り畳まれた行間を展開できたのはちょっとよかったかも。
posted by ウロ at 11:11| Comment(0) | 法学入門書探訪