2021年07月19日

双方的要件は準拠実質法を駆逐する。 〜婚姻成立の準拠法

 前々回の書評記事からのスピンオフ第二弾。

多田望ほか「国際私法 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2021)
法適用通則法5条と35条における連動と非連動 〜法律学習フローチャート各論


 同書評記事において、配分的適用における双方的要件の例として「近親婚の禁止」をあげるのは相応しくないのでは、という疑問を提起しました。

法適用通則法 第二十四条(婚姻の成立及び方式)
1 婚姻の成立は、各当事者につき、その本国法による。

 
 たとえば、AB間が3親等だとして、
  Aの本国法 2親等以内禁止
  Bの本国法 3親等以内禁止
の場合にどうなるかというと。

 仮に近親婚の禁止が「一方的要件」だったとしても、BがBの本国法を満たさないから婚姻できない、と判断できます。
 わざわざ「Aが」Bの本国法を満たしていないことをいう必要はありません。
 親等数というものは通常、AからみようがBからみようが変わるわけではないからです。

  A→B:3親等 = B→A:3親等

 もし違いがでるとしたら、親等の数え方が向きによって違うとか、性別によって要求される親等が違うなどといった場合でしょう。すくなくとも本書記載の事例でみるかぎり、一方的要件と双方的要件との違いは出ません。

 甲国法の近親婚の禁止規定
  男→女 2親等以内禁止
  女→男 3親等以内禁止


 また、一方的要件と双方的要件の一覧をわざわざ図にしているのですが、ただ結論が書いてあるだけです。なぜそのような帰結になるのか、「国際私法独自に」というだけでその根拠が書かれていません。

 たとえば、同じ「婚姻待機期間」でも、日本民法では父子関係の重複予防とされていますが、他の国の民法も同じ趣旨とはかぎりません。女性に対する倫理的な理由かもしれない(もちろん、長期すぎれば公序則の発動はありうるでしょうが)。
 と、同じ制度でも実質法上の趣旨が異なる可能性があるのに、勝手に国際私法独自の立場から一方/双方を決め打ちすることなんてできるのでしょうか。通則法には、その判断基準となりうるようなものは皆無です。
 暗黙のうちに「日本民法」を前提として判断してしまっているように思えます。

 「婚姻」「離婚」といった単位法律関係レベルの問題であれば、特定の実質法の内容を考慮にいれずに国際私法独自に判断するのは可能でしょう。各国実質法がどういうつもりでそれら制度を設けているかということを詰めないでも、現象面だけを捉えて単位法律関係の範囲確定をすることは可能です(というよりも、立法政策上、各国実質法の中身如何に関わらず範囲確定できるような単位法律関係を設定する必要があるということです)。

 が、これと同じ所作を一方的要件/双方的要件の振り分けでできるとは思えません。

 一方/双方の判断をするのだとしたら、準拠実質法の中身を見なければ無理なのではないでしょうか。当該準拠実質法における制度趣旨が、本国外の配偶者にまで向けられているかどうかで判断するしかないのではないかと。
 もしそうだとすると、婚姻待機期間などが双方的要件に該当するかをあらかじめ決めることはできず、準拠実質法が決まってからはじめて判断できることになります。これは、通則法レベルの問題ではなく、準拠法選択が終わった後の「実質法の解釈」レベルの問題です。
 本書の一覧表も、準拠実質法が日本民法になった場合(と日本民法と同趣旨のもの)に限った一覧だとするならば、理解は可能です。

 抵触法学の役割というのは、各国実質法の趣旨を勝手に決め打ちすることではなく。
 実質法学の側に、各国抵触法から準拠法選択された場合に備えて、国際的視点を踏まえた解釈論を展開しておく必要があることを気づかせてあげることではないのでしょうか。


 そもそもの問題として、配分的適用といいながら双方的要件を要求するのは、「累積的適用」とどこが違うのでしょうか。本書をいくら読んでも疑問が残るだけです。

 この点、準拠実質法の趣旨により判断する見解によれば、次のような説明が可能です。

 たとえば「重婚禁止」の場合。
  Aの本国法 禁止あり
  Bの本国法 禁止なし

 Aの本国法の趣旨が、
  ア 自国民自身が重婚することを禁止する
だけでなく、
  イ 自国民が他国の重婚者と婚姻することも禁止する
という趣旨も含むと解釈できるかどうかによると。

 イが含まれるとしても、これは「Bが」Aの本国法の適用を受けているのでは決してありません。あくまでも、「Aが」重婚者と婚姻するのかを問うているということです(なお、Bが重婚しているかどうかの判定も通則法のお世話になるという、入れ子構造になります)。

 この点で、BにもAの本国法を適用する「累積的適用」とは違うことが説明できます。
 これと対比するならば、国際私法独自説というのは、Aの本国法の中身を見る前に、日本の通則法レベルで勝手にBに域外適用する見解だと言うことが分かります。

  累積的適用:
   Aの本国法(A・Bに適用)、Bの本国法(A・Bに適用)
  配分的適用(国際私法独自説):
   Aの本国法(A・Bに適用)、Bの本国法(A・Bに適用)
  配分的適用(準拠実質法説):
   Aの本国法(Aに適用)、Bの本国法(Bに適用)


 結論が同じになるんだったら国際私法独自説でも構わないじゃん、と言う人がいるかもしれません。
 上述した独自説による一方/双方の区別の仕方も、あくまでも本書の記述に従った説明にすぎず、ア・イのような説明を独自説から導くことも考えられます。

 が、独自説というのは、通則法が累積的適用/配分的適用を書き分けていることを無視し、かつ、各国の実質法の制度趣旨を日本の通則法の側で一律の内容に上書きするという点で、抵触法の解釈論としては禁じ手の見解ではないでしょうか。
 両説の結論が一致する場合があるにしても、通則法による一方的な決め付けが、当該準拠実質法の解釈と結果的に一致した場合に限られます。


 もちろん、あらゆる局面において、抵触法/実質法の役割分担を理念通りに分けられるとは限りません。時にはそこから外れる必要もありうるでしょう。

 ですが、少なくとも入門段階においては、この役割分担を徹底的に区別することからはじめるべきではないでしょうか。

 なお、国際私法独自説が、双方的要件と解釈することで実質法の適用領域を広げていることから、あたかも実質法を重視しているかのように思えるかもしれません。が、勝手に広げるのも狭めるのと同じく、実質法をあるがまま受け入れていないということに変わりはありません。

 特定の実質法を重視することはそれ以外の実質法を軽視することにつながるわけで、短絡的にどれか一つの準拠法を重視すればよいというものではありません。
 抵触法解釈における基本ラインは、実質法重視にも軽視にも偏ることなく、あるがまま受け入れるというものであるべきではないでしょうか。
posted by ウロ at 11:08| Comment(0) | 国際私法

2021年07月12日

法適用通則法5条と35条における連動と非連動 〜法律学習フローチャート各論

前回の書評記事からのスピンオフ。

多田望ほか「国際私法 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2021)


 「フローチャート」が本書の売りのひとつになっていて、たしかに個々の制度の判断過程はわかりやすくなっています。
 が、5条と35条を連結させたフローチャート(173頁)がどうもおかしい。

第五条(後見開始の審判等)
 裁判所は、成年被後見人、被保佐人又は被補助人となるべき者が日本に住所若しくは居所を有するとき又は日本の国籍を有するときは、日本法により、後見開始、保佐開始又は補助開始の審判(以下「後見開始の審判等」と総称する。)をすることができる。

第三十五条(後見等)
1 後見、保佐又は補助(以下「後見等」と総称する。)は、被後見人、被保佐人又は被補助人(次項において「被後見人等」と総称する。)の本国法による。
2 前項の規定にかかわらず、外国人が被後見人等である場合であって、次に掲げるときは、後見人、保佐人又は補助人の選任の審判その他の後見等に関する審判については、日本法による。
 一 当該外国人の本国法によればその者について後見等が開始する原因がある場合であって、日本における後見等の事務を行う者がないとき。
 二 日本において当該外国人について後見開始の審判等があったとき。


 両条が「連動している」ということで、5条のチャートの下に35条のチャートが矢印で繋がれています。
 その繋ぎ方なんですが、5条で日本で後見開始の審判を受けた場合にのみ、35条にいけるように表現されています。

 が、35条2項1号を見ればわかるとおり、日本で後見開始の審判を受けていない場合も35条2項は発動されます(以下、35条2項1号・2号を単に1号・2号といいます)。
 また、35条1項は、後見開始の審判とは直接関係なく後見等の準拠法を決めるものです。

 ので、日本で開始審判を受けた場合にしか35条に行けないように表現されているのは、端的にいって不正確。

 なぜこんな作りになっているのか邪推するに、先に5条のチャートと35条のチャートを別々に作った後に、そういえば両条連動しているんだっけ、と思い出して、繋げられそうなところに矢印をつけてみた、というものに見えます。
 実際に、どことどこが連動しているかを考えてからチャート化していない。

 が、「法律学習」の観点からフローチャートについて検討を重ねてきた我々には、このような作図姿勢に問題があることはわかるはずです。

【法律学習フローチャート】
法律解釈のフローチャート(助走編)
フローチャートで遊ぼう。 〜フローチャート総論

 「連動している」というのは、たとえば日本国籍なしで日本に住所があるならば、
   35条1項 後見の準拠法は外国法
   5条、35条2項2号 開始審判と後見に関する審判は日本法
と自動的に両条の結論が導かれるということです。
 そしてこのことが、チャート上で表現されていなければ両条のチャートをわざわざ連結させる意味がない。


 ということで自ら実践してみましょう(法律学習フローチャート各論)。

 まずは第1案

5条35条1.png


・大きく分けて3つのルートがあります。
 左が国内ルート、右が国外ルート、真ん中が国外ものをどうにか国内に取り込もうという通則法の下心が現れたルート。

・35条1項は通則法の他の条項と同じく準拠法選択のみを定めているのに対して、5条と35条2項は準拠法選択と裁判管轄をセットで定めている特殊な規定です(そのことを左端の見出しに記載しています)。
 そのため、35条は1項と2項とで分離させる必要があります。

・両条を通じて、選択肢は、
  国籍
  住所・居所
  国外法での開始原因あり・日本での後見人なし
の3つです。日本国籍があるかということと、日本で開始審判受けたかということは、両条通じてまとめられます。

・1号は右の国外ルート専用のもの、2号は真ん中のルート専用のものであって、他のルートとは混線しません。

 第1案は条文どおりの順番で並べましたが、次の第2案では、35条の1項と2項を入れ替えて審判ものを並べてみました。
 前回記載のとおり、事例解決という観点からすれば《条項順列思考》に縛られる必要はありません。

5条35条2.png


 さらに第3案では、通常の準拠法選択ルールである35条1項を一番前にもってきました。真ん中ルートのうろちょろ感がなくなって、すっきりしましたね。

5条35条3.png


 次の第4案では、思い切って35条1項をチャートから追い出してみました。

5条35条4.png

 5条と35条2項は審判に関する特殊ルール、35条1項は審判にかぎらない後見等の通常ルール、という観点からの区別です。

 審判チャートがシンプルになったことで、連動感がより分かりやすくなりました。

 他方で、35条1項は単純な準拠法選択ルールなので、もはやチャート化する必要はありません。審判チャートに組み込むために無理やりチャートの形にしていただけです。
 おかげさまで、日本法・外国法ではなく、条文通りの「本国法」という表現に戻すことができました。
 そして、審判ルールとの「連動しない感」も表現できています。

 個人的には、最後の形が両条のチャートのベストな気がします。
 とはいえ、本書のように間違った連動のさせ方をしないかぎり、自分にとってどれが一番しっくりくるかという観点から選べばいいことです。


 そもそもなんですが、本文の35条の説明(170頁)、条文とは異なる表現をしていてどうにも理解しにくい。

 本書に条文が生のまま掲載されていないことともあいまって、この本文とチャートだけ読んでいると、おそらく条文通りの正確な理解が得られない。

 私としては条文記載の要件をそのままに、チャート上で再編成しただけのつもりですが、本文の表現をみるかぎり、どうもこれとは違う理解が展開されているように読めます。

 「フローチャート学習法」においては、条文の構造を正確に理解した上で、それをそのまま過不足なくフローチャート上に表現する、という手順をきちんと守ることがいかに大事かが、よく理解できます。

【スピンオフ第2弾】
双方的要件は準拠実質法を駆逐する。 〜婚姻成立の準拠法
posted by ウロ at 09:35| Comment(0) | 国際私法

2021年07月05日

多田望ほか「国際私法 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2021)

※2024年に第2版がでるそうです。以下は初版(2021)の書評

 私個人は国際私法の入門書を読むような学習段階にあるわけではないのですが。

 図表やらフローチャートが豊富だったので、法学入門書ソムリエとしては嗜んでおく必要があるかと思いまして。

多田望ほか「国際私法 第2版 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2024)


 確かに、個々の単位法律関係ごとの解説については、逐一具体例と図表・チャートで説明してくれているので非常に理解しやすい。
 文章も、一読して意味が取りにくいようなところはあまり見当たらない。
 初学者が誤解しがちな箇所を指摘してくれたりも親切。

 通則法の内容、実質法とはかなり異なるので、どうしても馴染めないという人がいるかと思います。
 そういう人にとっては、本書はとてもありがたい存在になるはずです。
 
 ちなみに、これと同じノリなのが『簿記』。
 資産と費用が同じ左側とか、どうにもしっくりこない人がいるんじゃないかと(私もかつてそのクチでした)。


 が、「国際私法の」「入門書」としてこれでいいのか、と思わないでもない箇所が。
 以下、順不同で列挙していってみます。

※なお、税法とは違って、あくまでも国際私法ド素人である法学入門書嗜み屋の感想にすぎません(予防線)。


 帯に『なおかつコンパクト!』とか書いてあるのですが、通則法の条文が巻末付録とかで載っていない。
 ので、結局のところ重たい「小型六法」(形容矛盾)を別途持ち歩かなければならないです。

 「いまどきはそれくらいスマホで見ろよ」ということならまだいいのですが、「重たい小型六法も買えよ」だとしたらコンパクトの意味がない。


 いわゆる「狭義の国際私法」しかのっていません。のに、税込2,530円は強気の値段設定。

  「国際私法」(広義)
   ○ 国際私法(狭義)
   × 国際民事手続法
   × 国際取引法

 国際私法の本でどれか一冊だけ買うなら、といわれたら、お値段同等でカバー領域が広い他書をおすすめしてしまいますよね。

 神前禎「プレップ国際私法」(弘文堂2015)
 沢木敬郎ほか「国際私法入門 第8版」(有斐閣2018)
 神前禎ほか「国際私法 第4版」(有斐閣2019)
 松岡博「国際関係私法入門 第4版補訂」(有斐閣2021)

 本書をオススメするとしたら、どうしても他書では通則法の内容が理解できなかった人くらいになってしまいます。


 「国際民事手続法」の記述がないのですが、せめて『裁判管轄』の説明くらいはしたほうがよいのではないでしょうか。

 本書は、事例が豊富なのはいいのですが、どこの裁判所に提起しているのかが明記されていないので、どうも地に足がつかない感じがしてしまいます。
 そもそもの大前提として、日本の通則法が適用されるのはあくまでも日本の裁判所でだけ、ということも明記されていませんし。

 5条・6条の解説に限っては、行きがかり上裁判管轄の説明がされています。が、唐突感が否めません。
 これら条項の特殊性を理解するにも、通常の裁判管轄の説明はしておいたほうがよいはずです。


 事例における日本以外の国名が「オレンジ国」「レモン国」などといった、架空でありながら特定の国名になっています。
 ではあるのですが、各事例で同一の「オレンジ国」等を想定しているわけではありません。そのため、同じ国名が出てきたら、先の事例で作ったその国のイメージを逐一無かったことにする必要があります。
 だったら、甲国、乙国のような抽象名のほうがまだましです。

 また、A、Bといった当事者の絵がなぜか「猫」なんですが、こちらも各事例共通の同一人物をさしているわけではありません。

銀河鉄道の夜 [Blu-ray]
 ↑このような擬人化ですらなく、通常の猫姿です。

 どこの裁判所でやっているのか不明ということともあいまって、次から次へと出てくる事例がなかなか入ってこない。その都度、前の事例のイメージをリセットしなければならないので。

 特定の国名でやるならば、各国の法文化やらの舞台設定を統一したほうがよいのではないでしょうか。同じく、登場人物のキャラ設定も固定するとか。
 大垣尚司先生が会社法の教科書で実践されているのが、よい例です。

大垣尚司「金融から学ぶ会社法入門」(勁草書房2017)

 なお、佐藤英明先生の所得税法の教科書は、「大量の事例」と「大量の変な名前の当事者」の組み合わせ。

佐藤英明「スタンダード所得税法 第3版」(弘文堂2022)


 「サビニャー先生」という猫の人が、各所でやや発展的な問題に触れています。
 が、口調がなぜか「オネエ言葉」と「ですます調」のハイブリッド。

 どちらかに統一したほうがよいのでは。


 第2章で重国籍者・無国籍者、反致、公序などのいわゆる「総論」領域の事項が扱われています。
 が、1冊目の入門書ならば、これはうしろにまわすか各論に溶け込ませたほうがよいのでは。

 反致とか、「行き」のルールを十分に学ぶ前から「帰り」のルールを学ばせるとか、どう考えても変ですよね。まあ、転致とか間接反致に一切触れていないのは、潔くてよいと思いますが。

 入門書段階で、総論と各論を分ける必然性は全くないはずです。「範囲は狭いが値段が高い」というハンディキャップにもかかわらず、「指定教科書として採用されたい」という下心ゆえんのものでしょうか。

法学研究書考 〜部門別損益分析論


 「フローチャート」が本書の売りのひとつになっていて、たしかに個々の制度の判断過程はわかりやすくなっています。
 が、5条と35条を連結させたフローチャート(173頁)がどうもおかしい。

 自分でもフローチャートを作成してみたりしたのですが、長くなりすぎたので次回に別記事として検討します。

法適用通則法5条と35条における連動と非連動 〜法律学習フローチャート各論

○147頁
 「旅行中にアクセサリーをなくしてしまって、それを見つけた人ともともと持っていた人の間でどちらが所有者なのかで争いとなったとしたら、実際にそのアクセサリーが所在している国の法でどちらに所有権があるのかを決めることになります。」

 『論点飛びつき思考』の典型例。

 なくした人A、見つけた人Bとすると、この事例で最初に検討しなければならないことは、Aがアクセサリーの所有権を過去取得したか、と、Bが見つけたことによって所有権を取得したか、です。
 そしてこれらはそれぞれ、Aが取得したときの所在地法、Bが見つけたときの所在地法により決まります。

 現在の所在地法の出番があるのは、AなりBに所有権があるとされたあと、その所有権者が相手方に対しどのような物権的請求権を行使できるかを決める段階です。「先に1項の説明をしたい」という思いが先走ることで、本来先に検討すべき2項のあてはめが抜け落ちてしまっています。
 本書は、多数の事例が挙げられていることから《事例思考》を展開しているかのようにみえます。が、実際のところは、このような《条項順列思考》です。事例にあわせて条文をあてはめるのではなく、条文にあわせて事例をあてはめている。

 通則法13条の1項・2項がこの順番になっているのは、まず物権の得喪以外について述べてから、得喪は別ルールを適用する、という構成になっているからです。
 事例において検討すべき順番とは、何らの連関もありません。
 逐条解説(逐項解説?)でもあるまいし、事例をベースに通則法の解説をするというならば、1項→2項の順番で説明する必要はまったくないはずです。

 なお、誤解してはいけないのは、物権の準拠法につき、1項が「原則」で2項が「例外」なわけではありません。2項が得喪のルール、1項がそれ以外のルール、と、いわばそれぞれが原則ルールであって「原則・例外」の関係にはありません。

 そもそも、全体の章立てを通則法の単位法律関係ごとに分断していること自体、入門書として相応しいとは思えません。
 やはり指定教科書としての採用を狙ってのことでしょうか。豊富な図表・フローチャートから受ける見かけの印象とは違って、どうも入門書としての役割に振り切れていない印象を受けます。


 もしも《抵触法的思考》というものがあるのだとしたら、それを身につけるために最初の学習段階でやるべきことは、当該事例からもれなく法律関係を取り出し、それらすべてに(被りなく)通則法上の単位法律関係を貼り付けていくことです。
 問題となっている論点だけ準拠法を決めればいいのではありません。

 当事者間で争いがない箇所なんて気にしないでいいでしょ、というのかもしれません。
 が、それが許されるかどうかそれ自体も準拠法を選択しなければ判断できないことです。
 実質法レベルの同意と抵触法レベルの同意は別物です。

 そもそも、本書第1章の一番最初の事例(5頁)からして、「未成年者であることを理由に契約取り消しができるか」ということしか問題としていません。「契約」の準拠法選択がすっ飛ばされています。
 第1章は「行為能力」の章ではなく、準拠法選択の全体構造を説明する章であるにも関わらずです。

 また、「離婚」(51頁)の準拠法を検討するには、その前提として「婚姻」が成立しているか、その準拠法をみる必要があります。当事者間では離婚しか争われていないから婚姻の準拠法は検討しなくていい、なんてことにはなりません。

 こういった複数の単位法律関係の重畳構造に関する説明が、抜け落ちてしまっているんですよね。
 この手の、全体構造の記述がごっそり抜け落ちる所作、どうも「分担執筆あるある」ではないかと邪推をしています。「総論の総論」を担当する人が、誰もいなくなる。合成の誤謬的な。

 本書では、単位法律関係ごとに事例があるので、個々の制度の理解はしやすくなっています。
 が、その事例はあくまでもひとつの単位法律関係かぎりでしか使われていません。
 上述した物権の例なんか、同じ条数でも1項だけに触れて2項には触れないとか。

 標語的にいえば「1事例1単位法律関係」どまり。
 ひとつの事例に複数の単位法律関係が潜んでいて、これらをそれぞれ切り出さなければならない、という視点が身につかない。ひとつ取り出したらそれでお終い。
 この調子でどれだけ大量の事例を検討していっても、複合問題を解けるようにはならない。

 確かに、一定程度学習が進んだ段階でならば、論点飛びつきで時間を省略するのも有りです。
 が、学習の最初の段階では、争いがない箇所も含めてもれなく法律関係を切り出す、という作業を徹底すべきです。
 「当たり前のことは触れない」は入門書では禁じ手、というのが入門書ソムリエとしての見解。

【通常事例思考】
米倉明「プレップ民法(第5版)」(弘文堂2018)

 そしてそのためには、民法の構造(物権、債権、能力など)を理解し、その構造にしたがってどのように法律関係を切り出すかを訓練すべきです。
 ただし厄介なのは、そこでいう「民法」は日本民法にとどまらず、全世界の民法の最大公約数的な理解を要求されるということです。ついつい日本民法に引きつけて理解したくなる贔屓の引き倒しを、意識的に排除する強い公平心が求められる。
 と同時に、その切り出し単位はあくまでも「日本の」通則法が基準になるという、綱渡りのような・アンビバレントな判断を要求されます。日本語で書かれた日本の通則法の解釈なのに、日本の実質法的考慮が流れ込むのをせき止めなければなりません。
 通則法が「法律行為」「意思表示」なんて用語を使っているの、いかにも《誘っている》わけですが、これら誘惑に徹底的に抵抗しなければならない。

 こういった、抵触法特有の視点の獲得を目指すのが国際私法の入門書の役割だと、私は思うのですが。


 上述した「離婚」の例を書いていて思ったのですが、「時的視点」が欠けているというのも本書にしばしば見られる傾向です。
 制度解説の行きがかり上、条文に書いてあるかぎりでは解説されているのですが、そうでない箇所は触れられていないように見受けられます。

 「離婚」のところでいうと、前提となる婚姻の準拠法は婚姻時の、離婚の準拠法は離婚時の、といったように時点がズレます(正確には裁判離婚なら事実審の口頭弁論終結時とかですが)。
 のに、本書にはそのような記述がない(この説によらないにしても基準時の説明は必要でしょう)。

 国際私法を学習することの醍醐味は、地理的・人的・物的・時的・事項的・文化的にバラバラな法をあるがまま公平に受け入れようとする建前(理想)と、それらをどうにかして国内法に引きつけて一本化・単純化しようとする本音(下心)との相克に、どう折り合いをつけるかを学べるところにあるのだと、個人的には感じています。
 
 そういった観点からすると、本書の内容は足りていない。

○37頁
 配分的適用における双方的要件の例として、「近親婚の禁止」をあげるのは相応しくないのでは。

 たとえば、AB間が4親等だとして、
  Aの本国法 2親等以内禁止
  Bの本国法 3親等以内禁止
の場合にどうなるかというと。

 仮に近親婚の禁止が「一方的要件」だったとしても、BがBの本国法を満たさないから婚姻できない、と判断できます。
 わざわざ「Aが」Bの本国法を満たしていないことをいう必要はありません。
 親等数というものは通常、AからみようがBからみようが変わるわけではないからです。

 もし違いがでるとしたら、親等の数え方が向きによって違うとか、性別によって要求される親等が違うなどといった場合でしょう。すくなくとも本書記載の事例でみるかぎり、一方的要件と双方的要件との違いは出ません。

 以下、一方的要件/双方的要件についてあれこれ書いていたのですが、こちらも長くなりそうなので、次々回にまわします。

双方的要件は準拠実質法を駆逐する。 〜婚姻成立の準拠法

○178頁
 入門書とはいえ、これから国際私法を勉強しようという段階の人に向けて、わざわざ法人を「ロボット」に喩える必要がありますかね。

 そのせいで、一旦ロボットで考えてからそれを法人に置き換えるという、余計な思考移動を強いられます。
 《卑近な喩えが余計に理解を遠ざける》という、「入門書あるある」のひとつのように思います。


 といった感じで、本書はあくまでも通則法上の個々の制度の解説がメイン。
 そのかぎりではとてもわかり易いものに仕上がっているのは確かです。
 
 が、はしがきにある「国際私法についてワクワクする思いをみんなと一緒に共有したい」というのはどうかと思う。
 学問としての面白さを感じる箇所があるようには思えません。英語学習における、単語と文法をひたすら覚える段階に近いです(卑近な喩え)。
 それらを使いこなして会話をしたり長文を読み書きしたり、という段階には届いていない。いくら工夫を凝らした優れた学習書であっても、単語と文法だけを覚えてワクワクはしないでしょうよ(ただし、単語マニア、文法マニアの存在を否定するものではありません)。

 また、架空国家の架空猫ちゃん間の事例では、現実のひりつくような国際民事紛争を疑似体験するには程遠い。
 まるまる一章つかって「子の連れ去り」に関する制度の説明をしているのはよいのですが、架空国家の架空猫ちゃん間の事例で説明したのでは、ふざけているように思えてしまいます。


 この点、石黒一憲先生の教科書が、いきなり読んでもほとんど理解できないながら、知的好奇心を刺激されるのとは対照的。
 まるで理解できないものの、面白いことが書かれていることだけは感じ取れるという。そして、これを理解したいがために、まずは基礎からちゃんと勉強しようという気になる。

 石黒一憲「国際私法 第2版」(新世社2007)

 こういう面白い本を読めるようになるための素地づくり、として本書を位置づけるならば、とても優れた本だと思います。

 が、本書を読むことで考える力が身につく、というのだとしたら言い過ぎ。考える力を身につけられるようになる前段階の基礎体力づくり、というのが正しい評価だと思います。


 以上、国際私法ド素人の私にここまでのツッコミを書かせるというのは、ある意味で『考える力を養おう』『自分から学びを深めよう』という帯の宣伝目的に適っているかもしれない。
 あくまでも、私がいうところの「アクティブ・ラーニング」としてではありますが。

【アクティブ・ラーニング系】
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)
三木義一「よくわかる税法入門 第17版」(有斐閣2023)
小林秀之「破産から新民法がみえる」(日本評論社 2018)
アクティブ・ラーニング租税法【実践編】(実税民まとめ)


 あれこれ論難しているものの、これら難癖の淵源は、やはり「入門書」という自己規定と「価格設定」にあるように思えます。

 対比するのにちょうどいい感じなのが、以下の本。

法制執務・法令用語研究会「条文の読み方 第2版」(有斐閣2021)

 1,000円未満の価格設定ながら、法令用語のお作法が網羅されています。
 これを読んだところで、法令用語について「ワクワクするような思いをみんなと一緒に共有」できたりはしません。とても通読に耐えられる内容ではない。

 ではありますが、法令用語のお作法は、法解釈論を展開するにあたっては必須の知識です。必ず一度は頭に叩き込んでおかなければなりません。
 それがこのお値段でコンパクトにまとめられているので、「供え本」とするに相応しい。

供え本(法学体系書編)

 本書も、これと同価格帯で、条文と事例をひたすら列挙するだけのインデックスものであったならば、私もここまであれこれ言うこともなかったんじゃないですかね。
posted by ウロ at 09:40| Comment(0) | 国際私法

2019年06月17日

野村美明「新・ケースで学ぶ国際私法」(法律文化社2020)

※以下は、2014年刊の(第2版)の書評です。

 これまでこのブログでは、理想の教科書を求めてウロウロ彷徨ってきています。

 それは税法に限らず、法学分野において何か決定的な形のものがないだろうかと。

【理想の教科書を求める旅(一例)】
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
後藤巻則「契約法講義」(弘文堂2017)
井田良「講義刑法学・総論 第2版」(有斐閣2018)

 今回のこの本は、《形式》はかなり求めているものに近かったです。



 野村美明「新・ケースで学ぶ国際私法」(法律文化社2020)


 というのも、(広義の)国際私法ってざっくりいうと、

・抵触法 総論
・抵触法 各論(財産法、家族法)
・国際民事手続法

と分野が分かれています。
 で、これら分野を1冊でカバーしている本もあるのですが、それぞれ別々の章に分けられて検討されているのが一般的。

 が、この本では、各論の議論をベースにしつつ、その中に総論や手続法の問題を溶け込ませています。
 しかも、それらが具体的なケースに沿って解説されています。

 この形式なら、かなり理解がしやすいだろうなと、感じました。


 ただ、最初にわざわざ《形式》は、という留保をつけました。

 というのも、あくまで個人的な問題ですが、国際私法に関しては、(両極端ながら)石黒一憲先生や道垣内正人先生のような、極めて特徴的な本から入ってしまいました。

 石黒一憲「国際私法 第2版」(新世社2007)
 道垣内正人「ポイント国際私法 総論 第2版」(有斐閣2007)
 道垣内正人「ポイント国際私法 各論 第2版」(有斐閣2014)

 ので、この本のような、
  ・論点についての裁判例・学説を並べて優劣を論ずる
  ・それら説から事例へのあてはめをする
という、よくある普通の記述の仕方が、どうしても退屈に感じてしまいました。

 や、あくまで個人的な問題ですよ。


 あと、ここ最近「判例」というものに関する本をよく読んでいました。

判例の機能的考察(タイトル倒れ)

 そのせいか、この本が、地裁・家裁や高裁やらの判決まで、最高裁判決と区別することなく、無遠慮に「判例」と呼んでいることに対して、違和感がどうしても拭えない。
 しかも、長々と判決文を引用しているのに、「事実」の部分は一筆書き程度の要約したものしか書いていないのがほとんど。

 「学生は判例を一般化しがち」
 「判例は事実との関係で理解すべき」

なんて学生に対する苦言は、こういう(よくありがちな)教科書の記述を改めてからいうべきだと思うんですけど。
posted by ウロ at 09:25| Comment(0) | 国際私法

2019年03月25日

多層的請求権競合論と、メロンの美味しいところだけいただく感じの。

 前回、国際私法に関する記事を書いた中で、「請求権競合」についてちらっと触れました。

 視野を広げるための、国際私法

 頭の整理をしておきたいので、ちょっと書いておきます。

法の適用に関する通則法(e-Gov)


 「請求権競合」というのは、たとえば、ある事実関係について契約責任と不法行為責任が成立しうるときに、どちらも請求していいの、といった論点です(もちろん、この例だけに限りません)。

 民法上は、両責任が併存するか、契約責任が優先するか、両責任を統合させるか、といった見解が主張されています。
 また、民事訴訟法上は、訴訟物の個数の問題という形で争われています(新旧訴訟物理論)。

 ここにさらに、国際私法上の争いが追加されるということで、さらに議論が錯綜します。

 民法、民事訴訟法では、あくまで両責任とも「日本法」が適用されることを前提にしていたわけです。

 が、通則法によって、契約法が「甲国法」、不法行為法が「乙国法」と違う準拠法が指定されることもありうるわけで、両責任を請求してきた場合には通則法上どう処理するんだ、ということがさらに問題になります(以下、通則法上は「法律行為の成立及び効力」となっているものを契約と言い換えます)。


 道垣内正人先生の論点本だと、通則法上で別々のルールを定めているんだから、契約は通則法7条・8条、不法行為は同法17条等でそれぞれ準拠法決めておしまい、実質法レベルで議論することなんてないよ、はい解散、みたいな感じのことが書いてあります(あくまで個人の印象です)。



道垣内正人 ポイント国際私法 総論 第2版 有斐閣2007
道垣内正人 ポイント国際私法 各論 第2版 有斐閣2014


 極めてシンプルで分かりやすい見解ですけども、そういうことでいいのかなあと思うわけです。


 請求権競合に関する諸外国の実質法のルールなんて私にはわかりませんので、理論的にあり得る立場を列挙してみると、

 A 併存認める。どちらかが成立すれば請求認容。
 B 併存認める。どちらかが不成立なら請求棄却。
 C 契約責任を優先する。
 D 不法行為責任を優先する。
 E 両責任を統合する。

といったあたりが考えられるかと。

 で、たとえば、

  甲国契約法=A、乙国不法行為法=A

みたいに、それぞれの指定準拠法が同じ立場なら、表立った不整合は生じないですよね(ただし、E×Eの場合は、統合の仕方が同じなら、という極めて限定された場合だけ)。

 他方で、たとえば、

  甲国契約法=D(不法行為優先)、乙国不法行為法=C(契約優先)

みたいに、両国がお互いに「どうぞどうぞ」状態になったらどう判断するんでしょう。どちらでも責任追及ができなくなるのかどうか。

 また、その国の請求権競合ルールが実質法(実体法)上にはなく、「手続法」で調整がされている場合は、「手続法は持ち込まない」ってことで、請求権競合ルール無しと扱うのか。
 それとも、本来、実質法で定めるべきものを手続法に外出ししてるだけ、てことで、手続法から請求権競合ルールを切り出してその国の実質法と扱うのか。


 道垣内先生の見解というのは、こういった込み入った議論を全部飛ばせるように、という考慮もあるのかもしれません。
 通則法上で併存を認めていることにしちゃって、かつ、実質法からは請求権競合ルールをすべて排除すると。

 が、通則法の解釈で、これまでの民法上の議論を全部すっ飛ばしてしまうような、他領域に踏み込んだ立場まで導けるのか、不勉強な私にはわかりません。
 通則法上でだって、当事者が一つの事実関係に複数の法的観点を主張してきた場合に、準拠法を指定する前、あるいは指定した後に、何らかの形で統合をするという道もありうるわけであって。


 ちなみに、以下は全く根拠のない邪推。

 日本の実務だと、実質法上も併存、手続法上も併存、が当然であるかのように扱われているところです。
 が、片方の準拠法が外国法になりそうだと分かった途端、日本法のほうに寄せようと、統合しだすんじゃないかなあと。
 「隙きあらば日本法」の法則が発動して。


 以上、国際私法に関しては、民法や刑法にも増して素人感満載なので、そういうレベルのものとして扱ってください。

 この論点、もっと深掘りするには以下のような本などを読むべきなんでしょうけども、なんせ趣味の範囲なものですから。



四宮和夫 請求権競合論 (一粒社1978)
国友明彦 国際私法上の当事者利益による性質決定 (有斐閣2002)
posted by ウロ at 12:24| Comment(0) | 国際私法

2019年02月04日

視野を広げるための、国際私法

 民法とか刑法とかの勉強ばかりしているときに、気分転換にいいのが国際私法。
 真面目に勉強している人には失礼な話ですが。

 「国際私法」というのは、たとえば、日本人甲さんとA国人乙さんが結婚する場合にどこの国のルールに従うか、とか、前に道垣内正人先生の入門書を紹介したときにあげた国際特許紛争とか、そういうのを扱っている分野です(道垣内正人先生は国際私法が専門分野)。

道垣内正人「自分で考えるちょっと違った法学入門 第4版」(有斐閣2019)

 「法の適用に関する通則法」という、日本国内の法律の解釈論がメインどころなので、そういう意味では他の法分野と同じといえば同じです。

法の適用に関する通則法(e-Gov)

 が、そもそもどこの国の法律を適用するか、というレベルの話なので、考慮すべき要素が民法とか刑法とかの「実質法」とはだいぶ違ってくるわけです。
 国際私法上の公序とか国際私法上の利益衡量とか、あえて実質法上のそれとは違うことが明示された言葉がでてきますし。

 ので、法律の勉強でありながら、「実質法」とは違った発想が必要になってきます。
 し、各論点ごとに、実質法上の考慮とは混同してはだめ、と諌められることにもなっています(ある論者が他の論者にそういう批判しておきながら、他の論点では自分が混同した主張をしていたりとか、混線具合にクラクラしたりすることも)。

 あと、実質法の勉強をしているときも、たとえば、2017年の民法改正(債権関係)が

 「生命身体侵害の損害賠償請求権の消滅時効、債務不履行と不法行為で同じ期間に揃えてやったぜ、いえーい!」

とかイキっているのに対し、

 「それ、準拠法が不法行為は日本法、債務不履行は外国法とかになったら飛んじゃうよね」

とか、ちょっと違った視点で考えることができたり(さらに「請求権競合」の問題もありますが)。

 ちなみに、実質法と国際私法の関係について、道垣内正人先生の論点本(下の本の総論のほう)では、実質法を「蟻」、国際私法を「鳥」に喩えています。
 わざわざベージの下部に蟻、上部に鳥のイラストまで添えて。
 鳥がすげえ見下ろしている感じの。しかも蟻がやたら小さい。

 この喩え、実質法の学者の皆さんからは猛烈に怒られそうですが、どうなんでしょう。

 しかも、生き物に喩えたせいで、よくよく考えると蟻側がグロテスクなことに。
 虫とか苦手なので、わざわざ書きませんけど、準拠法決定の流れを書いておきますので、心に余裕のある方はちょっと想像してみてください(やめたほうがいい)。

【準拠法決定のプロセス】
 1 当該事案を通則法が定める「単位法律関係」に分解する
 2 それぞれの単位法律関係ごとに指定された「連結点」を確定する
 3 それぞれの連結点が指し示す「準拠法」を特定する
 4 それらをつなぎ合わせた適用結果が「公序」に反する場合は結論を調整する

道垣内正人「ポイント国際私法 総論 第2版」(有斐閣2007)
道垣内正人「ポイント国際私法 各論 第2版」(有斐閣2014)


 勉強の仕方として、今では、神前禎先生のわかりやすい「入門書」があるので、入りやすくなってます。
 第1部で通則法について、第2部で国際民事手続法について、で、第3部でそれら知識を具体的な仮想例にあてはめていく、という流れで、とても理解しやすい。

神前禎「プレップ国際私法」(弘文堂2015)

 ちなみに、この「プレップ」シリーズ、古い本含めて良書揃いです(当ブログは弘文堂の法学書に対して毀誉褒貶が激しい)。

プレップシリーズ(弘文堂)

【毀貶】
後藤巻則「契約法講義」(弘文堂2017)
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅

【誉褒】
【書評】横田 明美「カフェパウゼで法学を―対話で見つける〈学び方〉」(弘文堂2018)
戸松秀典『憲法』(弘文堂 2015)


 で、「教科書」や「演習書」についても良い本が出てきているので学習はしやすくなっています。
 たとえば、

神前禎ほか「国際私法 第4版 (有斐閣アルマ)」(有斐閣2019)
櫻田 嘉章ほか「演習国際私法 CASE30」(有斐閣2016)
中西 康ほか「国際私法 第3版 (LEGAL QUEST)」(有斐閣2022)


 が、ですよ、通則法成立以降、重厚な「体系書」というのが出ていない。
 なんか、大御所が出してくれないと中堅どころも出せない、みたいな呪いでも罹っているんじゃないかと思うくらい。

 極個人的には、石黒一憲先生の本がオススメなんですが、これを体系書といってよいのかどうか。
 形式面でいうと、確かに鬼のような注釈数ですが。



石黒一憲「国際私法 第2版」(新世社2007)

 が、ガチの体系書は、1989年法例改正よりも前に出版された、こういう本のことをいうわけだし。

石黒一憲「現代国際私法〈上〉」(東京大学出版会1986)

【請求権競合論について】
 多層的請求権競合論と、メロンの美味しいところだけいただく感じの。
posted by ウロ at 11:32| Comment(0) | 国際私法