2021年04月19日

フローチャートで遊ぼう。 〜フローチャート総論

 先週の記事から地続きで、「フローチャート」遊びをしてみます。

法律解釈のフローチャート(助走編)

 フローチャート化、やろうと思えばこんなものでもできてしまいます。

《季節のフローチャート》(何か料理名のような)
季節のフローチャート.png


 だからといって、季節をチャート化する意味があるかといえば、まあないですよね。

季節!.png

 これでいい。
 季節ごとの仕切りがないのは、移りゆく季節に境目などないのだから(ポエム調)。
 どうしてもめぐるめく季節感を表したければ、これをグルっとドーナツ状にしたらいい(しません)。


 ダメ押しで、こんなものも作ってみました。

《コーヒーフローチャート》
コーヒーフローチャート.png

 これはマトリクスで足りますよね。

コーヒーマトリクス.png

 私が思うに、フローチャートには「動的/静的」といった区別があるのではないかと。
 一番重要なのは、チャートの中に「時間の流れ」が存在するかどうか。

 もちろん、季節のフローチャートも「移りゆく季節の流れを描写しているのだ」というつもりかもしれません。
 が、これは現時点の季節が何かを判定するためのものであって、チャートの中に時間は流れていません。

 コーヒーフローチャートに関しても、通常は「時間の流れ」を考える必要はないでしょう。

 もしかしたら「俺はミルクと砂糖を入れる順番に拘る!」という方がいらっしゃるかもしれません(砂糖はかき混ぜるが、ミルクはかき混ぜないとか)。
 そこで、拘りコーヒーフローチャートを作ってみました。

《拘りコーヒーフローチャート》
拘りコーヒーフローチャート.png

 が、これもマトリクスでカバー可能です(「入れる・入れる」のマスを二つに分ける)。
拘りコーヒーマトリクス.png



 遊びすぎなので、一応民法を題材にしたものもあげておきます。

《委任/請負のフローチャート》
委任請負のフローチャート.png


 これもマトリクスのほうが一覧性がある。

成果報酬型委任.png


 というか、フローチャートにしてしまうと、C請負とB成果報酬型委任とで「成果なしでは報酬がもらえないという点では共通」という関係が隠れてしまうのが問題です。
 フローチャートだと、請負が「成果なしで報酬をもらえない」ことが「成果を得ることが義務である」の中に埋もれてしまいます。チャートの形としても、請負と成果報酬型委任が離れてしまっており、何らかの共通性があることなど思いつきにくくなっています。


 と、フローチャート化が向いているのは、チャートの中に「時間の流れ」を入れ込めるものであって、それ以外のものは他の手法にしたほうが望ましいことが多い、ということだと思います。
 そして、チャート化すると個々の要素がリニア式に表現されることになるので、ものによっては、全体像が見渡しにくい・個々の要素の位置づけや関係が分かりにくい、などといったデメリットが生じることにもなります。

 「なんか辿るのめんどくせえ」と感じるフローチャートは、だいたいこの類の、時間の流れに沿っていないものだと思ってもらっていいんじゃないですかね。

 しかしまあ、こんなふざけたチャート作ってないで、早く自分なりの法解釈フローチャートを作るべきなんでしょう(コーヒーの色付けにこだわらなかっただけ、まだセーフ)。
 一応言い訳としては、法解釈フローチャートを「各論」とした、フローチャート「総論」を展開したつもりではあります。
posted by ウロ at 10:47| Comment(0) | 基礎法学

2021年04月12日

法律解釈のフローチャート(助走編)

 前々回の記事で予告したとおり、「法律解釈のフローチャート」について触れます。

金井高志「民法でみる法律学習法 第2版」(日本評論社2021)
ロジカルシンキングによる試験問題おイジり学習法

 これ自体はよく整理されてはいるのですが、ここでまとめられているのは、法解釈のうちの「形式論」(条文操作)の部分です。
 自分が取りたいと思った結論が決まった後に、条文で正当化する段階のもの。そこにいたるまでの「あーでもないこーでもない」の部分はここには図視されていない。
 初学者がこのフローチャートに従って法解釈を試みようとしても、ハンドルは付いているけどアクセルが付いていない的な、「なにかが足りない」感じがすると思います。

 もちろん、本文のほうには「実質論」に相応するものが書かれています。
 が、それがこのフローチャートの中に反映されていない。
 たとえば、「適用されることが不都合か」「no→文理解釈/yes→縮小解釈」とあるのはいいとして、この「no/yes」をどうやって選択するのかが、大問題なわけです。
 これを立法趣旨から判断する、のだとしたらその立法趣旨はどうやって見出すのか、というようにダウンサイズの余地がまだ残っています。

 確かに「実質論」「利益衡量・価値判断」を図視化するの、なかなか難しい作業に思えます。図視化できるほどの確かなものがあるかも怪しいですし。
 ここの図視化に成功していたならば、私も「カタルシス」を感じられたのかもしれません。

 ちなみに、「不都合」という消極語に「no/yes」を掛け合わせるの、一瞬判断に詰まるので、意味合いが変わらないかぎり、私はなるべく積極語に置き換えるようにしています(「no/yes」の順番なのは、このチャートに準拠しているため)。
 ロジックだけで考えるならば、「マイナスにマイナスを掛ければプラス」というのはそのとおりですが、理解しやすさ・説得しやすさという視点からすれば、やはりプラスを軸にして考えるのが望ましいでしょう。
 

 このチャートにつきこれ以上の踏み込みをするのであれば、「法解釈方法論」を正面から題材とする必要がでてきます。
 が、そんな準備は全然足りていません。

 ので、さしあたり「ロジカルシンキング」の観点から気になるところだけふんわり記述するにとどめ、それ以上のことは他日を期することとします。

・「文理解釈」などの解釈手法がフローチャートの終着点になっています。
 が、解釈手法というのは、条文から命題を導く際に使われる手段であって、帰結ではなく作用です。アウトプットとしてでてくるのは命題であり、解釈手法ではありません。

 別に間違っているわけではありませんが、「命題を導くための『手法』を最終帰結とするフローチャート」という形式がどうにも違和感ありです。実際の法解釈の思考プロセスに即したチャートになっておらず、解釈手法を選び出すためのチャートになってしまっているので。
 実際の思考プロセスにあわせるならば、たとえば「条文→《文理解釈》→命題→《縮小解釈》→命題」というようなラインになるはずです。

 もしかすると、これは「フローチャート」ではなく「系統図」「分類図」なんですかね。矢印に沿って思考を進めるものではなく、各解釈手法を分類したものなんだと(本書の「ネコ目」の系統図と同じ系統)。

・「文理解釈」の次に「縮小解釈」を検討することになっています。
 が、たとえば「民法95条(改正前)の錯誤とは『意思と表示が不一致で当事者がそのことを知らないこと』をいう。」といった解釈(決まった用語があるか定かでないので「定義付け解釈」と呼んでおきます)がこの間に行われることもあるはずです。
 この解釈は、文言通りでもなければ縮小も拡張もしていませんので、列挙されているどの解釈手法にもあてはまりません。

 もちろん、文理解釈からいきなり縮小解釈に入る場合もあるでしょう。が、それができるのは、文理解釈の時点で縮小解釈できるだけの内包が定まっているからです。
 定義付け解釈を経なければ縮小も拡大もしようがない、という場合もあります。

 このチャートでは、文理解釈さえすれば必ず事案のあてはめができるかのように書かれています。が、文理解釈だけでは事案にあてはめられない場合もあります。
 定まった名前がないことからも分かるとおり、この解釈手法の存在が意識されることはあまりないのかもしれません。が、チャート化することの効用って、こういうプロセスの「抜け」に気づけるところにあるのではないかと。

 もちろん分類の仕方として、定義付け解釈を文理解釈に含めてしまうか、あるいはそれ以降の解釈に含めてしまうか、いずれも可能だとは思います。が、思考プロセスを明確化したいのであれば、定義付け解釈は独立した解釈手法として取りわけておいたほうがよいのではないでしょうか。
 たとえば、通説的な錯誤の定義を一旦受け入れてからそれを動機の錯誤に拡大する、という思考プロセスのほうが、いきなり動機の錯誤を錯誤の定義に含めるよりはクリアだと思います(ちなみに改正後も、1項2号の定義付け解釈をした上でそれ以外に拡大・類推できないか、を検討する余地はあるでしょう)。

 『国民の予測可能性を確保すべきだから文理解釈が原則だ』というようなスローガンが唱えられることがあります。
 もし、この主張を額面通りに受け取ってよいのであれば、定義付け解釈を文理解釈に組み込むべきではない、ということになるでしょう。国民一般にとって、法律専門家の行う定義付け解釈なんて予測可能性ないですよね。
 これを「予測できる」なんていうのは、あまりにも擬制が過ぎます。

・縮小系の解釈と拡大系の解釈とは、方向としては全く逆になるはずです。のに、このチャートではそのような方向にそった矢印の流れになっていません。
 これが、人の目に触れないプログラムなどであれば、手順さえあっていればチャートの「形」にこだわる必要はないでしょう(手直しすることを考えると、必ずしもそうではありませんけども)。
 が、法解釈の思考プロセスを図視するという目的であれば、矢印の向きや各項目の置き場所など、チャートの「形」にもできるかぎり意味をもたせるのが望ましいはずです。

 決して「内容」が間違っているということではありません。が、チャート化で自分の理解を深めたい、あるいは受け手を説得したいというのならば、限りなく人間の思考プロセスに準じた形にすべきでしょう。
 チャート化で思考プロセスをリニアに並べる、という時点でかなりの単純化を実施しているわけで、それ以上のロスはなるべく減らすようにすべきです。

 エクセルのデータをグラフ化するのに、「棒グラフ」で表現すべきところを「円グラフ」を選択してしまった的な違和感(いわゆる「グラフ・リテラシー」の問題)。データは同じだから間違っているわけではないが、受け手に伝えるべきことが伝わらない。

 ロジカルシンキングに対しては、「ロジック切り取りで実際の思考にそぐわない」という批判がされがちですが、それは仕上げとしての「イメージ化」が不十分なことによるものだと思います。
 ロジックむき出しではなく、人が見られるようにお化粧をする必要があるということです。

・チャートの一番最後が「総合類推解釈」で終わることになっています。
 が、類推でもカバーできない場合というのがこの先になければおかしい。
 その場合は「反制定法的解釈」を施すか、それも無理なら「立法論」に委ねる、となってやっと終われるはずです。
 私にはこのチャート、入ったら最後『出口のない迷路』のような恐怖を、そこはかとなく感じます。もし類推ができなかったときのことを想像すると、震える。一番上の「開始」を踏んだらお終いよ。
 給食を食べ終わるまで教室から出られない的な、恐ろしい想い出。

 本文では「立法論」については触れているわけで、これを省いているのは、やはり解釈手法の「分類図」だからだ、と考えると合点はいきます。当たり前ですが、立法論は解釈手法には含まれませんので。
 うっかり迷い込むこともない。

 ちなみに、純粋な『概念法学』の立場からすると、この出口のないチャートは正しい。
 「法の無欠缺性」を徹底すると、いかなる事案でも必ず何某かの解釈が導かれることになるので。
 ただし、あくまでも「出口がない」という点に関してです。純粋な『概念法学』からすると、縮小系・拡大系の解釈は許されないはずですので。

・拡大系の解釈の検討順が、拡大解釈、勿論解釈、類推解釈の並びになっています。
 拡大解釈が言葉の意味内で広げる、類推解釈が似ているものに広げる、で地続きなのはわかります(ので、両解釈間の境界が争いになる)。
 が、勿論解釈は、「占有訴権があるなら当然本権にもあるはず」「財産が保護されるなら当然生命身体も保護されるはず」など、かなりの飛び道具的な解釈手法で、すくなくとも拡大解釈と類推解釈の間に収まるようなやつではありません。
 上記の「矢印の向き」と同じ話で、解釈手法の並び方に違和感があるわけです。

 そもそも、全体の形が「勝ち抜き方式」みたくなっているのがしっくりこない。
 必ず文理解釈からスタートするのはいいとして、そこからすべての解釈手法を順番に検討していく「形」で表現されています。
 もちろん、よく内容を吟味すればそうではないことは分かります。が、思考の形と一致していないせいで、内容をしっかり吟味しないといけないのだとしたら、せっかくのチャート化の効用が十分に発揮されていないことになります。
 
 「天下一武道会」はトーナメント方式のはずなのに、なぜか悟空だけ出場者全員に勝たないと決勝まで進めない的な違和感なんですよね。
 その喩えよくわからん、て感じだと思いますけど、まさしくそういうよくわからん気持ちになってしまったのだから、仕方ない。

・「個別類推解釈」と「総合類推解釈」をチャート上分けておく必要はあるでしょうか。
 類推解釈の中にそのような思考パターンがあるのはそのとおりではあります。が、わざわざチャート上で分岐させるほど、区別しておく必要性があるのかと。
 分岐させるにしても、複数規定の重ねがけで「縮小解釈」することも考えられるからこっちも分岐させろ、みたいな要求が出てきたらどうするのか。

 そもそも、もう一つの条文はこのフローチャート上をどうやって流れてきたのか。
 たとえば、民法110条の文理解釈からスタートさせて、同条だけでは行き詰まったからということでおもむろに112条がでてくるのか、それとも両条ともに別々のフローチャート上を走らせておいて、行き詰まったところで合流する、という流れになるのか。
 総合する場合の思考の流れがチャート上から読み取れない。

・必ず「条文」からスタートすることになっていますが、「慣習」や「条理」を素材として解釈する場合はどこに位置づけられるでしょうか。
 「慣習」については、民法92条・法適用通則法3条経由で制定法に組み込まれる、という理解が可能かもしれません。が、その組み込まれた「慣習(法)」を「文言解釈」するというわけにはいきません。
 条文スタートのチャートにそのまま組み込むのは難しそうなので、変形ヴァージョンを別途作成する必要がありそうです。

・では、「判例(法)」はどこに組み込むことができるでしょうか。
 判例をどう理解するかにもよるでしょう。が、いずれか特定の立場に立ったとして、このチャートにうまくはまる箇所がないように思えます。
 法解釈の思考プロセスを表したものならば、どこかしらに収まるポジションがあるはずなんですが。やはりこれも解釈手法の分類図ゆえの制約といえるでしょうか。

・実質論と形式論を行ったり来たり、とか、法解釈論と事実認定論を行ったり来たり、みたいなところまで反映させるのを望むのは、さすがに無理がありますよね。

 以上、縷縷述べたことは、このチャートが「解釈手法の系統図・分類図」であるならば、まったくの的外れ・ただの言いがかりな指摘です。
 ですが、これを素材として法解釈の思考プロセスに沿った形に修正していく、という「アクティブ・ラーニング」に活用するのはアリかと思います。

課題
 このチャートは「法解釈の思考プロセスをフローチャート化しなさい」という課題に対して学生が作成してきたものです。これを添削者の視点から、実際の思考プロセスに沿った形に修正しなさい。


【アクティブ・ラーニング】
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)
三木義一「よくわかる税法入門 第14版」(有斐閣2020)
アクティブ・ラーニング租税法【実践編】(実税民まとめ)
 
 本書の第9章について述べたところと同じですが、すでに出来上がったチャートになっているところに、ご紹介感があるように思えます。
 本文の記述をベースにしてゼロからチャートを作り上げていく、といった形にすれば、ロジカルシンキングを実践的に身につけることができるのに、と思いました。


 上記検討に従い、自分でもフローチャートを作成してみたいところですが、発表できるのはしばらく先になりそうです。
posted by ウロ at 11:30| Comment(0) | 基礎法学

2021年04月05日

ロジカルシンキングによる試験問題おイジり学習法

 前回の予告どおり、「ロジカルシンキング」+「民法学習」という観点からの、本試験問題の活用法について、思いついたことを。

金井高志「民法でみる法律学習法 第2版」(日本評論社2021)


 たとえば次のような活用方法が考えられます。

1 「MECE」でモレ・カブリがないかチェックしつつ、事例のパラメータをあちこちイジる。
 ・目的物を不動産/動産/債権に変える
 ・目的物を特定物/種類物に変える
 ・取引の順番を変える
 ・当事者の主観(善意/悪意)・帰責性を変える
 ・対抗要件を入れ替える
 ・無効/取消/解除原因などの阻害要因を付加(権利行使前/後)
 など。

2 これらケースの帰結を「マトリクス手法」で整理する。
 ・必ず債権関係/物権関係の両面を検討する
 ・問題文で問われていない当事者間の法律関係も検討する
 ・関連判決のあるなしをチェック。
 
 このように、当該試験問題を起点としながらあらゆるパターンを網羅的に検討することで、

 ・事例処理のチャート、見取図を漏れなく作れるようになる。
 ・論点に飛びつく前に、通常事例の処理過程を理解することができる。
 (教科書ですら論点に飛びつきがちで、通常事例の処理手順の記述が手薄なのが分かると思います)
 ・債権/物権、契約/契約外の機能の違いが理解できる。
 ・なぜ本問では目的物が不動産に設定されているのか、など出題の意図が見えてくる。
 (動産にすると論点が消えるとか)
 ・学説がどのレベルで対立しているかが分かる。
 ・答案に書くべき/書くべきでない/書ければ書く、の論点の重みを理解することができる。
 ・どのパターンに判例が有る/無いが整理できる(判例の射程の理解)。
 ・有る判例を無い事案へ適用した場合の推測ができる。

などの効用が得られます。

【参考:判決から判決へつなぐだけの記述】
内田勝一「借地借家法案内」(勁草書房2017)

 思考が軌道に乗るまでは、やたらと沢山の模擬試験問題を模範答案一直線で解くよりも、本試験レベルの問題をあれこれこねくり回すほうが、得られるものが多いはずです。


 もちろん、試験直前までには「試験時間内に最短距離で答案を書く」技術も身につけておくべきです。

 が、普段の学習段階から必要論点を拾うだけの勉強をしていても、穴だらけの歪な知識が身につくだけに終わってしまいます。
 思考が慣れるまでは、通常事例の処理から順番に積み重ねていく過程をこなしておいたほうがよいです。そうしておくことで、本番でも、思考過程に抜けのない・地に足のついた論証ができるようになるはずです。

【通常事例思考】
米倉明「プレップ民法(第5版)」(弘文堂2018)

 「ルビンの壺」を壺と認識するためには、壺部分が壺であることを理解するだけでなく、背景部分を背景として理解することも必要でしょう。
 そうすることで、ふとした拍子に認識が反転してしまうことを防げるはずです。

ルビンの壺 - Wikipedia

 あるいは、最短ルートを見出すためには、ルートを見つける技術だけでなく、ルートではない箇所を潰せる技術もあったほうがよい、などと喩えられますかね。


 試験問題ではなく「判例イジり」への適用例ですが、下記記事が実践例の一つです。

税務訴訟におけるゴリ押しVS誉めごろし 〜税務トロイの木馬(Tax Trojan horse)

 基本事例からスタートして、少しずつパラメータをずらす。
 徹底的にやるならば、個人/法人の場合分けもいれたほうがいいです。


 前回紹介の書籍にはこういった、ロジカルシンキングを「学習の過程に活かす」という部分が手薄だと感じました。
 あくまでも、民法もロジカルシンキングも「初学者向け」ということで、学習段階をかなり手前に設定しているのかもしれませんけども。

 さて、次週は「法律解釈のフローチャート」に対する違和感について、です。
posted by ウロ at 09:23| Comment(0) | 基礎法学

2019年06月03日

判例の機能的考察(タイトル倒れ)

 松澤伸先生の著書を読んで、そして記事を書いて、さて実務へ戻ろう、と思ったんです。
 私も実務家なわけですし、そもそも刑法学に深入りする必要はないはずで。

松澤伸「機能主義刑法学の理論―デンマーク刑法学の思想」(信山社2001)

 が、そもそも「判例」ってなんだろうか、という思いが、急にぶり返してきてしまいまして。
 通り一遍の説明きいても、わかったようなわからないような。


 ということで、以下のような本を読んでみよう、ということになりました。
 でもまあ、税理士としても、当然税務判例を使う必要があるわけで、これはセーフでしょう。




中野次雄ほか 判例とその読み方 (有斐閣2009)
池田眞朗ほか 判例学習のAtoZ (有斐閣2010)
藤田宙靖 最高裁回想録 学者判事の七年半 (有斐閣2012)
藤田宙靖 裁判と法律学 「最高裁回想録」補遺 (有斐閣2016)
奥田昌道 紛争解決と規範創造 最高裁判所で学んだこと,感じたこと (有斐閣2009)


 まだまだ、道半ばなので、現状思ったことなどをメモ。
 念のため、上記本に書いてあることでは決してなくって、むしろ書かれていることに対して疑問に思ったことがメイン。


 「学生は判例を一般化しがち」みたいな記述をしばしばみかけるが、それどう考えても教える側の問題。
 「判例は○○説をとっている」とか、平気で教科書に書くじゃん。
 しかも、最高裁と地裁、高裁を並列的に書いたりしてるものもあるし。
 判決・判例・裁判例とか、明確なポリシーに基づいて言葉の使い分けをしているのか、怪しいのもあるし。


 実定法上「判例」というのは、あくまでも、上告理由(刑事訴訟法405条)、上告受理事由(民事訴訟法318条)としてでてくるにすぎない。
 抽象的な「判例」なる概念が存在するわけではない。

 そうすると、実定法上の記述としては、
  ・判決Aがでた時点では、それが判例であるかどうかは確定しない
  ・後の判決Bで、上告理由・上告受理事由として認められてはじめて、
   判決Aが判例だったことに確定する
という言い方が、正確な表現になりそう。
 そうはいっても、実務家としては、判決Aが出た時点でその射程範囲を検討する必要に迫られる。

 実定法上、判例がそういうものなのだとしたら、一般に出回っている『判例集』といったタイトルの書籍は、不正確な表現。
 後の判決で判例扱いされたものだけが正式な判例であって、まだどの判決にも引用されていないものは、「判例になりうるもの」という言い方をしたほうがいいのでは。

 もちろん、判決Aが出た時点でそれが「判例」であることは確定しており、判決Bはそれを確認しただけ、という見方できる。
 が、そうはいっても、どの判決にも引用されていない時点では、判例としての内実は不十分なものであって、判決B、C、D〜と関連する判決が積み重なっていくことで、密度が詰まっていくものではないかと。


 判例に対する一般的な見方としては、
 ・日本は、英米のような「判例法主義」ではなく独仏のような「制定法主義」である
 ・判例は「法源」ではない
 ・判例には「事実上の」拘束力はあるが「法的な」拘束力はない
というところ。

 が、上記のとおり、実定法上、上告・上告受理制度の中に判例違反が組み込まれている。
 のだから、ナントカ主義のような抽象的な物言いではなく、実定法上の制度に沿った説明をすべきではないのか。


 判決を結論命題と理由付け命題に区別し、判例となるのは結論命題だけで、理由付け命題は判例ではないという見解がある。
 しかし、最高裁判決の中には、理由付け命題も判例として扱っているものがある。

 そうすると、この区分は最高裁の実態とは一致していない。
 少なくとも、最高裁自身が、判決を出す際に、ここまでは結論命題だから判例、ここからは理由付け命題だから判例じゃない、などと明言したことはない。

 ただし、「最高裁」といっても、あくまでもその時々の裁判体が、これは判例として使う、これは事案が違う、などと個別に判断していった結果の集積にすぎない。
 ので、最高裁が判例をどのように捉えているかを一般論として抽出するのは、永遠に不可能かもしれない。

 実務家としては、結論命題とか理由付け命題とかにかかわらず、最高裁判決の記述すべてが判例になりうるものだ、と把握しておいた上で、
 ア 記述が抽象的な場合
   射程範囲は広い
   ただし、相応しくない事案が増えるに従って、規範が精緻化していく余地あり。
 イ 記述が具体的な場合
   射程範囲は狭い
   ピッタリの事案にはその規範を使わざるをえない
   それ以外の事案には、事案が似てるといって使うか、事案が違うといって使わないか
   どちらもありうる
と捉えておけばいいのでは。

 イメージとしては、
  ア 攻撃力は低いが射程が広い装備・魔法・スキル
と 
  イ 攻撃力は高いが射程が短い装備・魔法・スキル
をそれぞれ思い入れのあるゲームで思い浮かべてもらえれば、いいと思う。

 より精緻に分析するのであれば、
  ・攻撃力
  ・射程範囲
だけでなく、 
  ・重量
  ・サイズ
  ・連射速度
  ・弾速
  ・装填数
  ・再装填速度
なども数値化してみよう(GUNでの比喩例)。


 以上、さしあたり思ったことを整理してみました。
 が、これ以上すすんでも、おそらくドツボに嵌りかけて、どこかで途中下車すると思う。

【税務によせた判例理論の検討】
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その12)

【参考条文】
憲法 第七十六条
3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

刑事訴訟法 第四百五条
 高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。
二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。

民事訴訟法 第三百十八条(上告受理の申立て)
1 上告をすべき裁判所が最高裁判所である場合には、最高裁判所は、原判決に最高裁判所の判例(これがない場合にあっては、大審院又は上告裁判所若しくは控訴裁判所である高等裁判所の判例)と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件について、申立てにより、決定で、上告審として事件を受理することができる。

裁判所法 第四条(上級審の裁判の拘束力)
 上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。
posted by ウロ at 12:07| Comment(0) | 基礎法学

2019年03月11日

田中成明ほか『法思想史』(有斐閣1997)

 最近、ブログ記事が法学書イジりばかりなので、どうにか軌道修正しようと、税務寄りな法学書である『租税法概説 第3版』を頑張って読むことにしました。



  中里実他 『租税法概説 第3版』 有斐閣2018

 ところが、いつの間にか『法思想史』を読んでいる自分がいました。



  田中 成明他 『法思想史』 (有斐閣Sシリーズ)  有斐閣1997

中里実ほか『租税法概説 第3版』(有斐閣2018

 読む順は前後しましたが、ブログ記事は『租税法概説』のほうを先に書いたのでセーフ(何が?)。

 ということで、今回は『法思想史』のほうを以下書きました。


 この本、入門書風な感じですが、初学者がいきなり読んで理解できるようなものではないです。
 はしがきにも書いてあるとおり、これは入門書ではなく「概説書」ですね。

 「概説書」というのは、明確なカテゴリー分けがあるわけではないですが、

  ・対象領域を万遍なく扱っている
  ・個々の記述は簡潔

といったあたりが特徴です。

 ので、初学者に配慮したような記述ではなく、一通り勉強が進んだ人が、知識の整理をするのに使う用なんだと思います。
 あるいは、大学の講義のガイドとして使うとか。

 紛らわしいのが、最初に書いた『租税法概説』みたく、タイトルに「概説」とあるのにここでいう「概説書」よりは踏み込んだ記述になっている本もあったりすること。
 じゃあ、その本は初学者がいきなり読んで理解できるようになっているかというと、こちらはこちらで、税法特有の事情からやっぱり理解が難しい記述が多いです(という感じのことを、先日の記事にも書きました)。


 ちなみに、この「有斐閣Sシリーズ」とかいうの、本の「そで」に「豊富な図表・具体例の採用、重要ポイントなどが一目で分かるような表示など、読みやすさとわかりやすさに徹したシリーズです。」とか書いてあります。

 有斐閣Sシリーズ

 他の本は知りませんが、少なくともこの本に関しては、図表も具体例も重要ポイントがひと目で分かるような表示も、特にないです。

 ところどころ思想家の写真・肖像画・レリーフ(?)などが載っているくらい。

 「へー、ソクラテスおじさんって、こんな顔してこんなこと言っちゃうんだあ」

てなるか!(これはノリツッコミですか?)


 そんなこんなで、以下、私の思うこの本の使い方。

 民法とか刑法とか憲法とか、個別法の勉強しているときに、歴史の記述が出てきたりします。
 で、そういうところで得たばらばらの知識を時系列で整理し直すのに、この本を頭から読むといいです。
 「アウトラインプロセッサ」的に、時系列に沿って知識を並べ直していく感じ。

【アウトラインプロセッサもの】


Tak. 「アウトライナー実践入門」 技術評論社2016

 で、興味のある箇所がでてきたら、この本から離れて、それが詳しく書かれた本にあたると。
 少なくとも、この本を一生懸命読んでも、何ごとか新しいことを理解するのは難しい気がします。


 この本は「法思想」の歴史の本なので、余裕があれば「世界史」の年表とかも並行してみていくと、より理解が進むかも。

 しかしまあ、「法思想史」で括ったときに、見事なまでに「西洋」法思想史になるのね。
 それ以外の世界が全く出てこない。

 世界史年表のほかに「世界地図」とか「地球儀」とかもあれば、と一瞬思ったんですが、欧(と米)だけあれば足りるので、そこまでは必要ないなあと。

posted by ウロ at 11:58| Comment(0) | 基礎法学

2018年12月31日

ホッブズ『リヴァイアサン』 〜彼の設定厨。

 原因はよく分かりませんが、「ホッブズは設定厨。」という心の声が聞こえた気がしたので、ホッブズ『リヴァイアサン』を読んでみました。

 急激に寒くなって、調子悪いんですかね。





 これを要約する能力は私にはないので、気になった記述を2つだけ。
 私が読んだのは、中公クラシックス版です。

T 108頁
「第一原因は、第二原因が、それによって前者を助けるところの、第二原因の本質的な従属によって、第二原因に何かを注ぎ込むとはかぎらない」とはいったいいかなる意味であるか。これがスアレスの最初の著書『神の関与、運動、助力について』の第六章の表題の翻訳である。自分が狂気であるか、さもなくば他人を狂気にしようとの意図を持たないかぎり、全巻このような内容を持つ書物を書くことがありえようか。


 ここ読んでて、思わず吹いた。
 人を揶揄するのに、こういう表現があるのかと、大変勉強になりました。

T 211頁
 したがって、もしも自然が人間を平等につくったとすれば、その平等は認めるべきである。またもしも自然が人間を不平等につくったとしても、人間は平等であると考える人々は、平等の条件によらないかぎり平和状態に入ろうとはしないから、人間の平等は認めなければならない。


 「自然権によれば人間は平等だ!」みたいな、論証しようのない言い方はしないで、「平等にしといたほうがうまくいくっしょ」という考え方、とても馴染みます。
posted by ウロ at 17:36| Comment(0) | 基礎法学

2018年10月12日

「法律学小辞典」の『小』は「小スキピオ」の『小』



法律学小辞典 第5版 有斐閣 2016
ポケット六法 令和2年版 有斐閣 2019

 前回の記事で「ポケット六法」の総合事項索引に触れたので、「法律学小辞典」のほうも書いておきます。

 「ポケット六法」は総合事項索引を倒さないと本体に攻撃が通らない 〜事項索引 de 勉強法

 この本、辞典なんで、当然のことながら本体自体が五十音順に項目並んでいるんですが、巻末に「総合索引」もついていて、収録項目+αの検索語が並んでいます。

 「ポケット六法」の索引は(当たり前ですが)条文ベースの用語がメインでしたが、こちらでは判例とか学説上の概念なども含まれているので、より広く勉強ができるようになっています。

 ただ、必然的に学習範囲が拡散するので、まずは「ポケット六法」の条文ベースの用語固めを中心にやっていくのがいいんでしょう。

 そこで分からない用語を「法律学小辞典」で調べて、参照用語もみつつ、それでもよくわからなければそれぞれの教科書に戻っていくと。


 ただ、六法⇔辞典をウロウロする、なんていう勉強方法は、最短距離で資格試験に合格したい、といった人にとってはかなりの遠回りです。
 そういった具体的な目的がある場合は、それ用の勉強をしたほうがいいと思います。

 ので、こういう勉強方法は、私のように「趣味で法学を勉強している者だ」といった、ちょっとアレ(orレア)な方々にオススメする方法です。勉強によって得られる結果よりも、勉強する過程自体を楽しむ系の。
 ここでつけた基礎体力によって、一度読んでいまいち理解できなかった本が、がぜん理解できるようになったりとか、そういう過程を嗜める方用の。

 私的には、資格試験を目指すにしても、こういう基礎体力つける系の勉強も決して無駄にはならないとは思うんですけど、如何せん時間が限られていますからね。


 ちなみに、この本のタイトルが「小辞典」となっているのは、おそらく、かつて「新法律学辞典」 (有斐閣 1989)というのがあって、それに対する「小」てことなんじゃないんですかね、たぶん。

 ところが、「新法律学辞典」のほうは絶えて久しく、といった趣で、改訂版がでそうな雰囲気はさっぱり。

 小辞典のほうだけが、定期的に改訂されていくさまよ。

 この「新」ていうのも、新横浜駅的なアレだと思いますけど。
posted by ウロ at 10:17| Comment(0) | 基礎法学

2018年10月09日

「ポケット六法」は総合事項索引を倒さないと本体に攻撃が通らない 〜事項索引 de 勉強法

 教科書とかに「事項索引」ありますよね。

 以前は、カバーのそでで隠しちゃってたんですが、あるとき、これ勉強に使えるんじゃない、と思って活用法をあれこれ考えてみました(ちなみに、前のそでは目次の手前まで隠してます)。

【事項索引活用例】

 ・その用語が重要か/重要でないかを判断して、重要なものを拾い上げる訓練

 ・単語の定義を書き出す訓練

 ・単語同士をつなげて体系をつくる訓練

などなど。

 これやることで、教科書に書いてある知識を自分なりに立体的に組み立てることができるようになってくるはず。
 逆に、この組み立てができてないうちは、まだ使える知識に仕上がってないということになるかと。

 ので、事項索引自体が充実しているのはもちろん、本文での定義付けがしっかり書かれている、とか、体系が見えるようになっている、といったことが、教科書を選ぶ際に重要な要素になってきます。


 教科書ではないんですが、事項索引の中で最強な事項索引だと思うのが、「ポケット六法」(有斐閣)とかについてる『総合事項索引』。



 ポケット六法 令和2年版 有斐閣 2019

 従来はオマケ感覚でしか見てなかったんです。
 が、この勉強法思いついてから、これすごいお役立ちアイテムなんじゃないかと。

 教科書の場合は、基本的にその対象の単行法だけの用語なわけです。
 範囲が限定されているし目次だってあるから、組み立ては比較的容易。

 他方で「ポケット六法」の場合は、「総合」とあるとおり、収録法令の用語が分野別に分けられることなく並んでいるので、そこから自分で拾い上げるのはなかなかのハードモード。

 あの、2000ピースのジグソーパズルを何十種類も混ぜ込んだ上で、そこから組み立てていく、みたいなノリ。
 でもそのおかげで、複数の法律間の関係性とかその分野の全体像とかが見えてきたり。

 これより収録法令が多い上位機種となってくると、さすがに学習レベルを超えてしまうと思うので、お勉強としては「ポケット六法」くらいがちょうどいい気がします。

【追記】
 続編ぽいの書きました。

「法律学小辞典」の『小』は「小スキピオ」の『小』
posted by ウロ at 09:37| Comment(0) | 基礎法学