2023年05月01日

大島 眞一「完全講義 民事裁判実務の基礎 上巻(第3版) 」(民事法研究会2019)

※どれを買えばいいのか分からない、でおなじみの。
 改題されるとのことで。「要件事実論」については2024年5月出版の「要件事実編」を買えばよいようです。

大島眞一「完全講義 民事裁判実務 要件事実編」(‎民事法研究会2024)
大島眞一「完全講義 民事裁判実務 基礎編」(‎民事法研究会2023)

 以下は改題前の書評。


 以前、あまりにも奇妙な「要件事実論の展開」を見せられたっきりでそのままにしてしまったので、理解を正常に戻すために本書を読むことにしました(リロード)。

【奇妙な要件事実論】
伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)

大島 眞一「完全講義 民事裁判実務の基礎 上巻(第3版) 」(民事法研究会2019)

 同著者で、似たような紛らわしい書名のものがあれこれありますが、「要件事実論」だけでよければ本書になるようです。


 「要件事実論」でどれか一冊、ということであれば本書がよさそうです。
 司法研修所(民裁教官室)の『公式』本の行間を、しっかり埋めてくれています。

 司法研修所「紛争類型別の要件事実」(法曹会2023)
 司法研修所「新問題研究 要件事実」(法曹会2023)

 かといって、『公式』べったりの記述ではなく。一応の前提としつつも、疑問があるところはきちんと指摘されれています。
 『公式』って、実務寄りかと思いきや、かなり理屈先行なところもあります。そのあたりを実務的な観点から調整している感じです。

 ボリュームたっぷりですが、それは説明が丁寧なせいなので、読んでいてそれほど負担には感じないです。
 

 「プロローグ(+イラスト)」に、上滑り気味な事例が載っているのですが、この事例が「要件事実論」本体に活かされていません。でてくるのは、第1部(基本構造・訴訟物)の中でちょろっと。
 本論である第2部(要件事実)の事例では、プロローグの妙ちきりんな人物は出てこず。普通に原告X・被告Y・第三者A・甲土地・乙土地といった、いつもどおりな事例となっています。

 ので、プロローグは削っていいと思います。
 仮に、古本で買ったら切り取られていたとしても、大して支障はない。おかげでお安く手に入るならば(商品状態:可)お得でしょう。目次・本文間の「夾雑物」が無くなってアクセスがスムースになりますし。

 ちなみに、この手法の成功例は下記書籍。舞台設定・登場人物を固定して、会社の発展にあわせて各項目を解説していくというもの。

大垣尚司「金融から学ぶ会社法入門」(勁草書房2017)

 対して本書は、最初の数ページを進んだところで、プロローグのことがすっかり忘れ去られてしまっている。
 真面目な裁判官がユーモアあふれる事例を思いついたということで、ウケ狙いで最初にねじ込んでみたものの、ふざけきれずに元の真面目に戻っていく様。と捉えると、最初の悪ノリ感がなし崩しで消えゆく本書の構成が、納得できます。

 あと現役法曹のポエムみたいなものがジャミング的に度々差し込まれてくるのですが、本文の要件事実論とは全く関係のない内容となっているので、これもなくていいと思います。
 個々の記述の中身がどうこう、というのでなく。「要件事実論」を集中して学習する際の妨げになる、ということです。
 《Coffee Break》するなら自分のタイミングでするのであって、他人にそのタイミングを指図される謂れはない。


 と、イチャモンをつけましたが、本文の内容自体はとてもよいものです。

 記述の仕方が、まず実体法上の要件を提示した上で、それを要件事実として請求原因・抗弁以下に分配していく、という基本的なお作法に則った所作になっています。

 また、評価と事実は区別すべき、要件事実の中に評価を混ぜ込んではいけないということも、具体例をまじえてしっかり書かれていました。

 例の「要件事実で構成する」が、いかに要件事実で構成されていないかが浮き彫りに。
 あやふやだった私の要件事実理解が、本書を教師+例の本を反面教師とすることで深まったので、そのかぎりでは収穫があったといえなくもない(アクティブ・ラーニング)。

アクティブ・ラーニング(カテゴリ)


 なお、本書の「訴訟物」の説明はあんまりしっくりきません。

 たとえば、賃貸借契約終了に基づく明渡請求権につき、終了原因ごとに訴訟物が別にならないことの理由として、次のような記述が書かれています(337頁)。

(2)終了原因との関係
 賃貸借契約の終了原因と訴訟物のとらえ方については考え方の分かれるところであり、賃貸借契約の終了原因ごとに訴訟物がすべて異なるとの見解(多元説)もある。
 しかし、賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権は、賃貸借契約に基づく賃借人の義務の1つであり、個々の終了原因ごとに賃借人の返還義務が発生するわけではない。
 したがって、1個の賃貸借契約に基づく目的物返還請求である限り、賃貸借契約の終了原因にかかわらず、訴訟物は常に1個であり、個々の終了原因は原告の攻撃防御方法にすぎないと考えられる(一元説)。
 以上より、賃貸借契約の終了に基づく不動産明渡請求権の訴訟物は、「賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権としての建物明渡請求権」となる。


 これ、私にはただ結論が書いてあるようにしか読めません。

 旧訴訟物理論を採用するならば、実体法の請求権ごとに訴訟物の個数が決まることになります。では、実体法の請求権がいくつか、ということが問題になるわけですが、この記述では終了原因が別でも請求権はひとつだ、と書かれています。
 が、そう解する根拠がない。終了原因ごとに賃借人の義務が別になる、と考えることも可能なわけで、なぜそう考えないのかの理由も書かれていません。

 訴訟法 訴訟物の個数は請求権ごと(旧訴訟物理論)
 実体法 請求権はいくつ?

 みんな大好き「三段論法」で表現すると次のとおり。

 ・訴訟物は請求権ごとに数える(旧訴訟物理論の採用)。
 ・終了原因ごとに請求権は分かれない。
 ・ゆえに訴訟物は終了原因に関わらず一つである。

 いかにも正しそう。ですが、これは次の三段論法と同じノリです。

 ・遠足におやつを持ってきてはいけない。
 ・バナナはおやつである。
 ・ゆえに遠足にバナナは持ってきてはいけない。

 バナナがおやつに包摂されることが論証されていないのに、先走って小前提に組み込んでしまっていることが問題なわけです。

 訴訟法レベルでは、実体法の請求権ごとに個数を数えることに決着したとして、実体法レベルでの請求権の個数は、実体法の解釈により導かなければなりません。
 が、実体法側からすれば、終了原因ごとに請求権が分かれるかなんてどうでもよいことでしょう。債務不履行と不法行為とで請求権が一つか二つかということは喧々諤々議論されているというのに、本論点に関しては華々しい議論が展開されることもなく。実体法レベルでは特に実益がないからでしょうかね。

 訴訟法の側で「実体法にあわせる」と言ってしまったせいで、急遽「請求権の個数」を数えなければならなくなったという、もっぱら訴訟法の都合にすぎません。そして、実体法で十分な議論がされていないのをいいことに、大した根拠も示さずに訴訟法の側で勝手に個数を決め打ちしてしまうという。

 新訴訟物理論が訴訟法レベルで正面から解決しようとした「紛争の一回的解決」のようなものを、「請求権は一つ」ということで、こっそり実体法レベルで解決ずみにしようとしているのではないでしょうか。

 このような振る舞い、私法の側で何の受け入れ準備もされていないのに、税法上の概念を「私法準拠」で解釈しようとする「借用概念」と通ずるものがあります。税法のことなど考えずに解釈された民法解釈論上の「住所」概念を、勝手に税法解釈に流用されても困ると思うのですが。

 要件事実の説明は、実体法の解釈から説き起こした丁寧な説明が展開されているのに対して、なぜか訴訟物の説明はいかにも『公式』準拠っぽい書きぶり。要件事実論が丁寧に展開されているからこそ、余計に目立つ。
 まあ、旧訴訟物理論を前提とする限り、訴訟物の個数云々に関する記述は、本体の要件事実論の理解には影響しないので、要件事実論の学習上はあまり気にしないでいいと思いますが。


 なお、私自身は『訴訟物』概念そのものの有用性を疑っています。そんな概念実定法上存在しないわけで。

 ここで詳述するつもりはありませんが、たとえば既判力の客観的範囲につき、条文上は「主文に包含するもの」とされているのであって「訴訟物に生ずる」などとはされていません。これをなぜ、わざわざ訴訟物に読み替える必要があるのか。

民事訴訟法 第百十四条 (既判力の範囲)
1 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。


 訴訟物概念が持ち出されるその他の箇所も個別の要件ごとに検討すべきものであって、訴訟物概念でむりやりひとつにまとめるものではない、というのが私見。
 とはいえ、今のところは「そう思う」レベルのものにすぎず、本格展開するほど煮詰まった考えではありません。

 こういうスタンス、「借用概念」「包括的所得概念」「権利確定主義」など、中二階的な説明理論を持ち出してなにかと統一的に説明しようとすることへの反感とも通ずるところがあるかもしれません。
posted by ウロ at 11:10| Comment(0) | 民事訴訟法

2020年06月22日

新堂幸司「新民事訴訟法 第6版」(弘文堂2019) 〜付・民事訴訟法と税理士

 横書きで1072頁というなかなかのボリューム。
 同書にかぎらず、民事訴訟法の教科書は年々分厚くなっていってますが、ついに1000頁超え。

 新堂幸司「新民事訴訟法 第6版」(弘文堂2019)

 税理士であっても「国税通則法114条⇒行政事件訴訟法7条⇒民事訴訟法」ルートがあるので、民事訴訟法についてもちゃんと勉強しておくべきところ。
 「訴訟」を視野に入れないにしても、事実認定や要件事実の「考え方」などは、調査対応レベルでも役立つわけで。

 下記記事を書いていて、あらためてちゃんと勉強しないとなあと。
 思ったので、読んでみることに。

二段の推定と契約の成立と印紙税法 〜印紙税法における実体法と手続法の交錯


 民事訴訟法におよそ興味がなかったわけではなく、たとえば次のような本は、面白いと思ってしばしば読んでいたり。
 他分野と比較して、相対的に疎かになっていただけです。

 井上治典・高橋宏志「エキサイティング民事訴訟法」 (有斐閣1993)
 新堂幸司「特別講義 民事訴訟法」(有斐閣1988)


 なお、そのうち「刑事訴訟法」の波もくると思います。
 が、今のところ懐古主義的に、団藤重光先生の体系書を読んだきりですが。

団藤重光『法学の基礎』(有斐閣2007)

 この、法分野の選り好み、私の場合は、その分野が好きとか得意とかそういうこちら側の特性ではなく、面白い書き手がいるかどうかにかかっています。

 「知的財産法」における田村善之先生の本や「独占禁止法」における白石忠志先生の本がそういう位置づけ。
 こういう書き手の方が一人いるだけで、その分野の明るさが全然違う。

田村善之「知財の理論」(有斐閣2019)
白石忠志「独禁法講義 第10版」(有斐閣2023)

白石忠志「技術と競争の法的構造」(有斐閣1994)

 例の税法入門書も、今となってはさんざんイジり倒しているところですが、私が税法の勉強を始める入口としてはとてもよかったはずなんです。

【しつこいイジり】
三木義一「よくわかる税法入門 第17版」(有斐閣2023)
平井宜雄「債権各論I上 契約総論」(弘文堂2008)
田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990)
税法・民法における行為規範と裁判規範(その1)
窪田充見「家族法 第4版」(有斐閣2019)
横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)
浅妻章如「ホームラン・ボールを拾って売ったら二回課税されるのか」(中央経済社2020)


 分厚い民事訴訟法の教科書群を目の当たりにして思うこと。

 誰が書いても同じになる「純手続」的な記述については、それこそ「基本書」として1冊出しておけばいいんじゃないんですかね。
 しかも、学者による条文引き写しな記述では無味乾燥で理解しにくいので、実際の運用を知っている実務家が記述すると。

 これによって、学者のほうは論点に集中して教科書を書けばいいことになります。
 そうすれば、教科書間の重複した記述を省くこともできますし。

 ただし、あくまでも「純」手続であるし、手続について一切書いてはいけないということでもないです。
 共有化できる部分はそちらにおまかせしたほうが便利でしょ、というだけで。

 法改正のたびに逐一改訂するのも減らせますし。
 改訂の口実が減るのは困るということですか。

法学研究書考 〜部門別損益分析論


 実際、今回の新堂先生の本も、全頁読むのではなく、純手続的な記述はどんどん飛ばしながら読みました。

 ちなみにこの、純手続的な記述を省いて書いた、といえるのが高橋宏志先生の重点講義。

 高橋宏志「重点講義民事訴訟法(上) 第2版補訂版」(有斐閣2013)
 高橋宏志「重点講義民事訴訟法(下) 第2版補訂版」(有斐閣2014)

 が、上860頁・下876頁となっており、これはこれで特殊例。


 肝心の本書の中身。

 本書のもっとも特徴的な点だと私が思うところ。

 論点の記述をする場合に、普通の本だといきなり判例・学説を並べるところから始まりがち。
 が、本書では、その論点で考慮すべき要素を広く拾い上げる、ということをしています。

 初学者にとっては特に、これを自力で拾い上げるのが難しいところです。
 それを頭出ししてくれているので、その後の判例・学説の比較する際も、どの見解が何をどれだけ重視しているのか、といった見取り図が作りやすくなります。

 「利益衡量」とかいいながら、自分の支持したい結論に不適合な利益を無視する、みたいなヤラセ感満載な論証が許されなくなります。
 明示されてしまっている以上、なぜそれを無視・軽視してよいのかの説明をしなければ、説得力がなくなります。

 あれこれ見解が出されているけども、結局は新堂先生が拾い上げた要素のどれを重視するかの違いにすぎない、ということが見えてきたり。 
 これもいわゆる「釈迦の手のひら」案件ですね。

【釈迦の手のひら論文】
井田良「犯罪論の現在と目的的行為論」(成文堂1996)


 なお、民事訴訟法の教科書で、個人的なオススメは以下の本でした。

谷口安平「口述 民事訴訟法」 (成文堂1987)
林屋礼二「新民事訴訟法概要 第2版」(有斐閣2004)

 「でした」なのは、谷口先生の本は平成8年改正前のままで絶版、林屋先生の本はオンデマンド入りで高額化。
 お気軽に入手できないものになってしまいました。

 今どきな教科書はさっぱりフォローしておりません(不勉強)。
 趣味の音楽鑑賞でも、昔の作曲者・指揮者しかフォローしないのと同じ傾向。
 
音楽と私

 一応、入門書でオススメは中野先生のもの。

中野貞一郎「民事裁判入門 第3版補訂版」(有斐閣2012)
中野貞一郎「民事執行・保全入門 補訂第2版」(有斐閣2022)

 こちらも中野先生がお亡くなりになってしまったので、今後の改訂がどうなるか(執行・保全は補訂版が出ました)。
posted by ウロ at 00:00| Comment(0) | 民事訴訟法

2017年08月14日

新堂幸司「民事訴訟制度の役割」(有斐閣1993)

民事訴訟法学者の新堂幸司先生の論文集の第一巻。

新堂幸司「民事訴訟制度の役割」(有斐閣1993)

細かい判例分析や込み入った論点について論じるものというよりは、「民事訴訟制度の目的」といった比較的大きめの題材を扱っている論文が収録されています。

教科書でいうと、初めのほうに書いている感じの。

なので、民訴からしばらく遠ざかっていた私でも、割りと読みやすかったです。

で、これら論文のエッセンスが体系書に結実していっているということを思うと、体系書と論文集を行ったり来たりしながら読めば、体系書だけではよくわからなかったことも、より深い理解を得られるんじゃないかと思ったり。

 新堂幸司「新民事訴訟法 第6版」(弘文堂2019)
 (まさかの第6版よ、皆さん!)

さすがにそこまでの余裕はないんですけども。

一応収録論文のタイトルだけあげておきます。有斐閣のページだと一部省略されちゃってて、売る気ねえなあと思ったので。

・民事訴訟法理論はだれのためにあるか
・民事訴訟制度の目的論の意義
・民事訴訟と紛争の解決
・民事訴訟の目的論からなにを学ぶか
・現代型訴訟とその役割
・「手続保障論」の生成と発展
・民事訴訟法序説

このうち、「民事訴訟の目的論からなにを学ぶか」は法学教室(有斐閣)の長期連載もので、これだけをまとめた本も(なぜか信山社から)でています。

新堂幸司 「民事訴訟の目的論からなにを学ぶか」(信山社2015)

これだけでも読む価値はあるんですが、やはり論文集の順番通りに読んでいったほうが、目的論に対する考えがまとまっていく過程が追えて面白いと思います。
posted by ウロ at 11:49| Comment(0) | 民事訴訟法