2022年09月12日

適用除外☆Gradation 〜育児介護休業法編

 結果、適用が受けられない場合であっても、法律上は書きぶりが違うものがあるよ、というお話し。タイトルからは何のことやら分からないと思いますが。

 この手の話、条文の読み方的な本にも、個別の法律の解説書にも書かれていないことが多く、隙間に落ち込むタイプのもの。なので、例によって本ブログの格好のネタとなります。

 今回は「育児介護休業法」を素材とします。


 たとえば「短時間勤務制度」の対象者について、お役所作成の手引には次のように記述されています。

育児・介護休業法のあらまし(令和4年3月作成) 

107頁
15 事業主が講ずべき措置(所定労働時間の短縮等)
 \−5 所定労働時間の短縮措置(短時間勤務制度)
○ 短時間勤務制度の対象となる労働者は、次のすべてに該当する労働者です。
 @ 1日の所定労働時間が6時間以下でないこと
 A 日々雇用される者でないこと
 B 短時間勤務制度が適用される期間に現に育児休業(産後パパ育休含む)をしていないこと
  ※産後パパ育休に関しては、令和4年10月1日適用。
 C 労使協定により適用除外とされた以下の労働者でないこと
  ア その事業主に継続して雇用された期間が1年に満たない労働者
  イ 1週間の所定労働日数が2日以下の労働者
  ウ 業務の性質又は業務の実施体制に照らして、短時間勤務制度を講ずることが困難と認められる業務に従事する労働者(指針第2の9の(3))


 「条文裏返し」っぷりが気になるものの、今回は触れません。

【条文裏返し問題】
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 ここで触れたい問題は、@からCまでが並列に記述されてしまっていることについてです。

 条文上は、次のような構造になっています。

・日々雇用される者(A)
 育介法上の「労働者」から除かれている(法2条1号)。
・短時間勤務制度が適用される期間に現に育児休業をしていない者(B)
 「育児休業をしていないもの」に該当しない(法23条1項本文)。
・1日の所定労働時間が6時間以下の者(@)
 短時間勤務制度の「労働者」から除かれている(法23条1項本文)。
・労使協定により適用除外とされた労働者(C)
 労使協定により措置を講じないものとして定めることができる(法23条1項但書)。

 また、本体である「育児休業」の対象者についての、お役所の手引の記述は次のとおりです。

15頁
U−1 育児休業制度
 U−1−1 育児休業の対象となる労働者
○ この法律の「育児休業」をすることができるのは、原則として1歳に満たない子を養育する男女労働者です。
○ 日々雇い入れられる者は除かれます。
○ 期間を定めて雇用される者は、申出時点において、次のいずれにも該当すれば育児休業をすることができます。
 @ 同一の事業主に引き続き1年以上雇用されていること
 A 子が1歳6か月に達する日までに、労働契約(更新される場合には、更新後の契約)の期間が満了することが明らかでないこと
○ 労使協定で定められた一定の労働者も育児休業をすることはできません。
<令和4年4月1日変更点>
 期間を定めて雇用される者の@の要件が撤廃されます。
○ 期間を定めて雇用される者は、申出時点において、子が1歳6か月に達する日までに、労働契約(更新される場合には、更新後の契約)の期間が満了することが明らかでない場合は、育児休業をすることができます。


 こちらも条文構造を整理すると次のとおり(2022年4月改正施行後を前提とします)。

・日々雇用される者
 そもそも育介法上の「労働者」から除かれている(法2条1号)。
・子が1歳6か月に達する日までに労働契約の期間が満了することが明らかな者(A)
 申出をすることができる者から除かれている(法5条1項)。
・労使協定で定められた一定の労働者
 労使協定に定めることで申出を拒むことができる(法6条1項、2項)。

 このように、どうやって適用から外れるのかについて、条文上はそれぞれ書き分けがされています。
 特に、労使協定による定めについて、育児休業では「拒むことができる」、短時間勤務制度では「措置を講じない」という違いがあります。
 法6条2項には、会社が拒否したら育児休業できないなんてことがわざわざ明記されています。その前の同条1項但書だけでも足りると思うんですけども。短時間勤務制度のほうには、当然のことながらそんな規定はありません。


 結果、適用されないならいちいち区別する必要ないじゃん、と思うかもしれません。
 が、私の意識にあるのは下記記事に関することです。

いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論

 この記事では、健康保険法上の育児休業の定義が育介法からの借りものだ、ということを述べました。
 そうすると、社保免除などの適用が受けられるかどうかは、育介法上の「育児休業」に該当するかどうかに従うことになります。
 会社が育介法をはみ出して独自の育休制度を設けたとしても、当該休業は社保免除等の適用対象とはなりません。

 たとえば、「子が1歳6か月に達する日までに労働契約の期間が満了することが明らかな者」を休業させた場合、育介法上の育児休業には該当しないので、社保免除など健保法上の優遇を受けることはできない、ということになります。

 では、労使協定で入社1年未満の者の申出を拒むことができると定めていながら、その者からの申出を拒まずに休業を与えた場合はどうなるでしょうか。
 法6条2項に「拒否したら休業できない」と書いてあることからすると、「拒否しなければ休業できる」と反対解釈することができるはずです。もしかするとこの規定、この反対解釈を導けるようにするために設けたものなのでしょうか。
 このように解釈できるのならば、拒まずに休業させた場合も育介法上の育児休業に該当することになるので、健保法上の優遇を受けられることになります。

 なお、人によって拒んだり拒まなかったり、といった運用をするならば、それはそれで別の問題になるとは思いますが。


 というように、どうやって除外されるかによって効果に違いが生じるのならば、社内の規程・労使協定についても、これら条文構造を正確に再現しておくのが望ましいと思います。
 ところが、お役所のものを始めとした一般的な規程例・労使協定例では、きちんと意識されていないものが多い印象。たとえば、短時間勤務制度に関して、条文とは異なり「申出を拒むことができる」という書き方になっているなど。

 もちろん、企業が独自の規定を設けることそれ自体は構わないことです。が、それが意識的にそうしているのではなく、単にお役所の標準書式をコピペしているだけだということであれば問題だと思います。
 というか、なぜお役所の標準書式の段階で、わざわざ条文構造と異なる文言に改変することにしたのか、謎ではあります。

○育児介護休業法

第二条(定義)
 この法律(第一号に掲げる用語にあっては、第九条の三並びに第六十一条第三十三項及び第三十六項を除く。)において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 育児休業 労働者(日々雇用される者を除く。以下この条、次章から第八章まで、第二十一条から第二十四条まで、第二十五条第一項、第二十五条の二第一項及び第三項、第二十六条、第二十八条、第二十九条並びに第十一章において同じ。)が、次章に定めるところにより、その子(民法(明治二十九年法律第八十九号)第八百十七条の二第一項の規定により労働者が当該労働者との間における同項に規定する特別養子縁組の成立について家庭裁判所に請求した者(当該請求に係る家事審判事件が裁判所に係属している場合に限る。)であって、当該労働者が現に監護するもの、児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第二十七条第一項第三号の規定により同法第六条の四第二号に規定する養子縁組里親である労働者に委託されている児童及びその他これらに準ずる者として厚生労働省令で定める者に、厚生労働省令で定めるところにより委託されている者を含む。第四号及び第六十一条第三項(同条第六項において準用する場合を含む。)を除き、以下同じ。)を養育するためにする休業をいう。

第五条(育児休業の申出)
1 労働者は、その養育する一歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、その養育する子が一歳六か月に達する日までに、その労働契約(労働契約が更新される場合にあっては、更新後のもの。第三項及び第十一条第一項において同じ。)が満了することが明らかでない者に限り、当該申出をすることができる。

第六条(育児休業申出があった場合における事業主の義務等)
1 事業主は、労働者からの育児休業申出があったときは、当該育児休業申出を拒むことができない。ただし、当該事業主と当該労働者が雇用される事業所の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、その事業所の労働者の過半数で組織する労働組合がないときはその労働者の過半数を代表する者との書面による協定で、次に掲げる労働者のうち育児休業をすることができないものとして定められた労働者に該当する労働者からの育児休業申出があった場合は、この限りでない。
一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者
二 前号に掲げるもののほか、育児休業をすることができないこととすることについて合理的な理由があると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの
2 前項ただし書の場合において、事業主にその育児休業申出を拒まれた労働者は、前条第一項、第三項及び第四項の規定にかかわらず、育児休業をすることができない。

第二十三条(所定労働時間の短縮措置等)
1 事業主は、その雇用する労働者のうち、その三歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないもの(一日の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるものを除く。)に関して、厚生労働省令で定めるところにより、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮することにより当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下この条及び第二十四条第一項第三号において「育児のための所定労働時間の短縮措置」という。)を講じなければならない。ただし、当該事業主と当該労働者が雇用される事業所の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、その事業所の労働者の過半数で組織する労働組合がないときはその労働者の過半数を代表する者との書面による協定で、次に掲げる労働者のうち育児のための所定労働時間の短縮措置を講じないものとして定められた労働者に該当する労働者については、この限りでない。
一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者
二 前号に掲げるもののほか、育児のための所定労働時間の短縮措置を講じないこととすることについて合理的な理由があると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの
三 前二号に掲げるもののほか、業務の性質又は業務の実施体制に照らして、育児のための所定労働時間の短縮措置を講ずることが困難と認められる業務に従事する労働者

○育児介護休業法施行規則

第七十二条(法第二十三条第一項本文の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるもの)
 法第二十三条第一項本文の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるものは、一日の所定労働時間が六時間以下の労働者とする。
第七十三条(法第二十三条第一項第二号の厚生労働省令で定めるもの)
 法第二十三条第一項第二号の厚生労働省令で定めるものは、一週間の所定労働日数が二日以下の労働者とする。
posted by ウロ at 11:08| Comment(0) | 労働法

2022年09月05日

年休権は《更新》されない?(その2)

 前回、「年休権は更新されない」という定説に対する疑問を呈しました。

年休権は《更新》されない?(その1)

 が、巷の解説モノでは、未だに昭和24年の通達の引き写しレベルの説明しかされていないのがほとんど。
 そのうち裁判所に持ち込まれて、よくあるテンプレを漫然と流用していた会社にとってあまりよろしくない結論が出ることになったらどうするのか。


 現行の規定を一旦脇において《制度論》として考えた場合、年休権は賃金請求権などとは違った特殊な権利だということで、「更新なしで期間経過により当然消滅」という設計とすることもありうるでしょう(除斥期間構成)。
 というか、これまで援用すら要せずに当然消滅扱いでもつつがなくやり過ごせてきたのは、除斥期間的な理解のほうが時効構成よりも年休権の性質にマッチするものだったからではないでしょうか。

 が、出発点として、労働基準法115条の「その他の請求権」に該当すると解釈してしまった以上、時効構成とセットになっている民法上のルールも、当然排除とするわけにはいかないはずです。

 もしかすると、昭和24年通達は、解釈レベルで民法の更新(中断)ルールの適用を排除するための、実務における知恵だったと評価できるかもしれません(労働者側からみれば悪知恵)。
 そして、新設された「年次有給休暇管理簿」についても、その記載事項が「(取得)日数」どまりになっているのは、使用者側が「承認」回避をするための逃げ道を作ってくれていたのかもしれない。

 だというのに、漫然と「残日数」や「繰越日数」が記載されたテンプレを利用するのは、いかがなものか(もちろん労働者にとっては攻めどころ)。

 ということを踏まえて、「承認避け」目的で「管理簿」にそれら項目を記載しなかったとして、労働者側から残日数の確認申請があった場合はどう対応すべきか。
 素直に回答すれば、そのまま「承認」になりそうです。じゃあってことで回答拒否したとしたら、権利行使を妨害したとして時効援用権の「濫用」と評価されるかもしれません。

 どっちにしろ、確認されたら詰みそう。


 このように、現状の実務運用がいつひっくり返されてもおかしくない不安定な状態にあるというならば、《立法論》として除斥期間化することも検討すべきでしょう。

 が、労働者不利益が可視化・固定化されるだけの改正、実現の望みは薄そうです。結論自体は、現状の実務運用と変わるわけではないのですが。


 ただ《解釈論》レベルでも、抜け道がないわけではありません。

 というのも、更新規定は労基法に直接書き込まれているのではなく、労基法115条をハブとして民法から流れ込む形になっています。
 そこで、民法の更新規定を「任意規定」と解釈し、就業規則などで更新を排除する旨明記すれば、更新されない年休権の出来上がり、ということになります。

 が、民法だからといってすべて任意規定というわけでもなく、また、労基法に取り込まれることで強行規定化するという解釈も成り立ちうるので、すんなり排除できるとは限りません。

 とはいえ、今の運用を解釈論の範囲内で正当化しようとするならば、このルートに乗っかるしかないんじゃないですかね。
 ではあるのですが、残日数が明確に分かっているにもかかわらず、それでも「時効」で消滅するというの、やはり違和感が残ります。やはり、当然消滅の特殊な権利として正面から法改正してもらうのが望ましい。


 余談ですが、「不利益」繋がりでいうと、年休の「一斉付与」ということで、基準日を設けて本来の付与日から前倒しで付与することが行われています。

 前倒しであるかぎり労働者に不利益にならない、ということで許容されているところです。が、今回問題にした時効消滅という観点からすると、早く付与してもらえればいいというものでもない。
 付与期間が前倒しされれば、その分時効の起算日も前倒しとなります。時効という側面からみれば労働者にとって不利益になっているということです。

 個々の労働者にとって、早く付与してもらえるのがいいのか、遅くまで使えるのがいいのか、人それぞれであって一律に有利不利と割り切れるものではない。ので、早く付与してあげたんだから早く消滅しても問題ない、と評価できるとはかぎらない。
 法律の規定より労働者を不利益に扱ってはいけない、というのであれば、たとえば付与日を前倒ししたとしても、消滅時効の起算日は法定の付与日から2年とするのが筋でしょう。

 せっかく一斉付与を採用したというのに、個別評価なんてしていられない、というのであれば、繰越期間を一律後倒しにすることになるでしょうか。
 そこまでしないとしても、使用者には法定の付与義務以上に、労働者の権利行使を促進する施策を実施することが要求されることになるはずです。
posted by ウロ at 11:47| Comment(0) | 労働法

2022年08月29日

年休権は《更新》されない?(その1)

 年休権は、労働基準法115条の「その他の請求権」に該当し付与日から「2年」で時効消滅する、というのが定説となっています。

労働基準法 第百十五条(時効)
 この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。


 他方、民法152条では、債務者(使用者)の「承認」があった場合には、時効期間がリスタートすることになっています。

民法 第百五十二条(承認による時効の更新)
1 時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。


【時効の更新について】
時効の中断・停止から時効の完成猶予・更新へ

 実務上は、当たり前のように2年で当然消滅と扱っているわけですが、「承認」が生ずる余地がないのかどうか。

※なお、そもそも労働者に対して時効の「援用」の意思表示なんてしてないじゃん、という問題もありますが、援用の法的性質なども絡むので、さしあたり考慮外としておきます。

民法 第百四十五条(時効の援用)
 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。



 この点につき、通達(S24.9.21基収第3000号)では、勤怠簿・年次有給休暇取得簿に「取得日数」が書かれているだけでは、「残日数」に対する「承認」に該当しないとされています。

 が、これは昭和24年(!)の通達です。

 時代を超えて、平成30年の施行規則改正により「年次有給休暇管理簿」の作成・保存が義務付けられました。
 このことが結論に影響するかどうか。

労働基準法施行規則 第二十四条の七
 使用者は、法第三十九条第五項から第七項までの規定により有給休暇を与えたときは、時季、日数及び基準日(第一基準日及び第二基準日を含む。)を労働者ごとに明らかにした書類(第五十五条の二及び第五十六条第三項において「年次有給休暇管理簿」という。)を作成し、当該有給休暇を与えた期間中及び当該期間の満了後五年間保存しなければならない。

※ただし、当分の間「5年間」→「3年間」とされている(施行規則72条)。


 ここでいう「日数」は、「法第三十九条第五項から第七項までの規定により」与えたときとあることからすると「取得日数」のことを指しているのでしょう。
 そうすると、未だ上記通達の射程内にあるようにも思えます。

 が、年休権の「権利性」というのものが、当時とは比べ物にはならないほど強化されています。労働者としての権利としても当然ですが、計画年休や、使用者側の付与義務としても規定されることになりました。
 のに、昭和24年とおなじノリで年休権をカジュアルに扱ってもよいのかどうか。


 確かに、施行規則どおり「取得日数」だけしか書かなければ、「残日数」まで承認したとは評価しがたいのかもしれない。ですが、少なくとも「法定日数−取得日数」は残っていることは明らかなわけで、残日数が明記されていないからといって、日数が特定できないということでもないです。
 通常の金銭債権のように、『本日1万円返済しました』という書面だけでは残債務があといくらあるのか分からない、というのとは事情が異なります。

 また仮に、施行規則の要求を超えて「残日数」までしっかり記載していた場合には、通達の射程は直接及ばないわけで、この場合は「承認」と評価されてもおかしくはないです。


 また、よくあるテンプレだと「前年度繰越日数」を記載する欄があります。
 「前年度以前」となっていないことからすると、2年で当然消滅することを前提としているのでしょう。が、この欄に日数を記入してしまうと、前年度分も「承認」していることになってしまうのではないでしょうか(残日数に合算していれば同じでしょうが)。

 もしこれが「承認」にあたるとすると、無限ループに陥っていつまでも年休権が消滅しない事態になるような気がします。
 ちょっと考えてみましょう。

 以下、丸数字は年度、数字は日数で、一切取得しなかったとします(あくまで仮想例)。

  ア @管理簿:付与10 残10
  イ A管理簿:繰越10(@) 付与10 残20

 そして、第3年度に繰り越す際に10(@)は消滅する、というのが一般的な扱いです。

  ウ B管理簿:繰越10(A) 付与10 残20

(※ちなみに、繰越欄に記載しないことをもって時効の「援用」だというのであれば(別途何かしらの通知は必要?)、その裏返しで繰越欄に記載することは「承認」ということになるのではないでしょうか。)

 が、もしA管理簿に@の繰越分も記載していることが「承認」にあたるとすると、10(@)はまだ消滅していないことになります。
 そうすると、第3年度の管理簿は次のように記載しなければなりません。

 エ B管理簿:繰越20(@+A) 付与10 残30

 これが第4年度以降も続くので、リセットボタンを連打されていることになり、いつまでも時効が進行しないことになります。

 では、承認により消滅していないにもかかわらず、従前の理解に従って@の繰越分を記載しなかった場合はどうか。

 ウ B管理簿:繰越10(A) 付与10 残20

 この場合、イをもって10(@)の承認は終わっているので、時効期間の進行が再スタートすることになります。
 この承認が終わるのがいつの時点かですが、
 ・イの当初作成時(10(A)の付与時) +1年
 ・イの期間満了時 +2年
 ・イの期間満了後3年の保存期間経過時 +5年
のいずれかとなるでしょうか。

 いずれだとしても、従前の理解による
 ・アの当初作成時(10(@)の付与時)
よりは後にずれることになります。


 一旦ここで区切って、次週に続けます。

年休権は《更新》されない?(その2)
posted by ウロ at 09:57| Comment(0) | 労働法

2022年08月15日

松尾剛行「AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務」(弘文堂2019)



松尾剛行「AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務」(弘文堂2019)

 タイトルに「AI・HRテック」とか入っているので、今どきのミーハーなAIモノかと思いきや、そうではなく。
 むしろ、安直にシステムを導入することに対しては警戒的だったりします。


 税務の領域だと、ほとんどの「クラウド」「DX」喧伝本は、新しいものを導入しさえすればうまくいく、と光の部分を強調したものばかりです。確かに、税務の限りではうまくいくことのほうが大部分なのかもしれません。

 が、労務の観点からすると、その際にヒト(労働者)がどうなるのか、という問題が避けて通れません。

・新しいシステムについていけない人に対する教育はどこまでやるべきなのか。
・今まで残業代をあてにしていた人に対する補償は必要なのか。
・新しいシステムを導入したことで仕事がなくなった人を配置転換・雇止め・整理解雇してよいのかどうか。

などなど。
 「人件費減って生産性上がったぜ、やったね!」と、数字だけでは済まない問題が、労務の世界には存在します。

 本書を読みさえすればそれらがすべて解決できる、などといった万能薬が記述されているわけではありません。が、問題解決にあたっての指針には充分なりうるかと思います。


 また本書では、従前の労働法学上の論点を『情報』という観点から再検討されています。「労働情報法」「情報労働法」の基本書、と位置づけてもよいかもしれません。

 もちろん、あらゆる論点を網羅しているわけではありません。が、本書を読めば〈視点〉の獲得ができますので、各自の基本書・体系書に戻っていただいて、自分なりに再検討してみるとよいと思います。
posted by ウロ at 11:35| Comment(0) | 労働法

2022年03月21日

リーガルマインド事業場外労働のみなし労働時間制

 制度自体は皆さんご存知、ということで特に論点らしい論点もないのでしょうが。

 労働基準法の条文を読む練習ということで。


労働基準法 第三十八条の二(事業場外労働)
1 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
2 前項ただし書の場合において、当該業務に関し、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、その協定で定める時間を同項ただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする。
3 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。


○1項本文

【事例1】
 ・所定労働時間7時間 /法定労働時間8時間

 労働時間を算定し難いときは、
  全部外勤:外勤 →7時間とみなす
  一部外勤:外勤+内勤 →あわせて7時間とみなす

 「全部又は一部」とあることから、全部外勤の場合に外勤7時間とみなすだけでなく、一部外勤の場合に外勤+内勤で7時間とみなすことになります。

○1項但書

【事例2】
 ・所定労働時間7時間 /法定労働時間8時間 /通常必要時間8時間(外勤)

 所定労働時間を超えることが必要なときは、
  外勤 →8時間(通常必要時間)とみなす

 この場合、みなされるのは「当該業務」(=外勤)だけで、内勤は対象になっていません。1項本文のように外勤+内勤あわせてみなされるわけではありません。

 それゆえ、内勤については別途、「実労働時間」を把握する必要があります。

  全部外勤:外勤8時間(みなし労働時間)
  一部外勤:外勤8時間(みなし労働時間)+内勤○時間(実労働時間)

○2項、3項

 「当該業務」(=外勤)とあるので、協定で定めることができるのは外勤のみとなります。
 そして「前項の協定」とあるので、届出書に記載するのも「外勤」のみです。

 1項但書とは別に2項の労使協定があるのは、通常必要時間を決め打ちすることで安定的な運用ができるようにしよう、ということなのでしょう。労働者側の同意もあるならば正統性・妥当性も担保できるでしょうと。

 届出書の提出範囲については、施行規則に規定があります。

労働基準法施行規則 第二十四条の二
1 法第三十八条の二第一項の規定は、法第四章の労働時間に関する規定の適用に係る労働時間の算定について適用する。
2 法第三十八条の二第二項の協定(労働協約による場合を除き、労使委員会の決議及び労働時間等設定改善委員会の決議を含む。)には、有効期間の定めをするものとする。
3 法第三十八条の二第三項の規定による届出は、様式第十二号により、所轄労働基準監督署長にしなければならない。ただし、同条第二項の協定で定める時間が法第三十二条又は第四十条に規定する労働時間以下である場合には、当該協定を届け出ることを要しない。
4 使用者は、法第三十八条の二第二項の協定の内容を法第三十六条第一項の規定による届出(労使委員会の決議の届出及び労働時間等設定改善委員会の決議の届出を除く。)に付記して所轄労働基準監督署長に届け出ることによつて、前項の届出に代えることができる。


○規3項

 法定労働時間(法32条)を超えなければ提出不要とありますが、「協定で定める時間」とあることから外勤のみで判定することになります。

【事例3】
 ・外勤協定時間9時間 →提出必要
 ・外勤協定時間8時間+内勤時間2時間 →提出不要

 もちろん、あわせて法定外の時間外労働が生じれば、別途36協定の締結・提出が必要となります。


 このように、1項本文とそれ以降のみなしの対象がずれていることから、次のような疑問が生じます。

 たとえば、内勤時間に合わせて外勤時間を調整するような運用をしている場合はどうなるのでしょうか。内勤がなければ1日中外勤だが、内勤があればその分外勤を減らすといったような場合です。
 もちろん、外勤時間の把握はできない前提なので、あくまでも目安としての時間です。

 これが所定労働時間内に収まっていれば、内訳がどうであろうと所定労働時間とみなされるだけですみます。

【事例4】
 所定労働時間内に収まる
 ・外勤7時間
 ・内勤1時間+外勤6時間
 ・内勤4時間+外勤3時間
 →いずれも7時間とみなす(外勤の時間は目安であって実労働時間ではない)

 では、所定労働時間を超える運用をしている場合はどうでしょうか。

【事例5】
 ・外勤8時間
 ・内勤1時間+外勤7時間
 ・内勤4時間+外勤4時間

 常に超えるなら、その所定労働時間なんなの、というのはさておき。
 内勤時間に応じて、みなされる外勤の通常必要時間も可変するということになるでしょうか。

 また、労使協定をするならば、内勤時間に応じた外勤時間の書き分けが必要ということでしょうか。そして、書き分けた協定書のうち、外勤のみで法定労働時間を超える部分だけを提出するんだと。

 以上はあくまで条文を読んだ限りで思いついた疑問にすぎません。
 実務的にはつつがなく運用がなされているところなのでしょう。
posted by ウロ at 12:15| Comment(0) | 労働法

2022年03月14日

水町勇一郎「集団の再生」(有斐閣2005)

 一体いつ・どこで・なぜ購入したのか、自分でもまるで記憶のない書籍というものが、いくつかありまして。



水町勇一郎「集団の再生 アメリカ労働法制の歴史と理論」(有斐閣2005)

 本書についても、おそらく労働法について特に関心があったわけでもない時期に購入しているはずです。
 教科書・体系書ならともかく、よくもまあ研究書にまで手を出していたなあと。

 しかも、サブタイトルを見る限り、私の好みでない「おける論文」ぽいですし。
 
法学研究書考 〜部門別損益分析論

 なお、「おける論文」それ自体が悪いということではなく。
 私のようなド素人が読みものとして嗜むには「つまんない」というだけの話です。

 おそらくメインタイトルだけをみて「なんか格好良さそう」という印象だけで購入したのではないでしょうか。

 残念ながら、現時点では「まともな」値段では購入できなくなっています。
 やはり感じ入るものがあったら、「出版即購入積読」仕草をとっておくべきなのでしょう。
 
【クレイジープライス集】
金子宏・中里実「租税法と民法」(有斐閣2018)

 本来であれば、「感じ入る」なんてスピリチュアルな理由ではなく、ちゃんと中身を確認してから購入したいところ。
 が、ゴリゴリの研究書が一般的なリアル書店に入荷されることなんておよそなく、ネット上でも試し読みができるものはほとんどない。

 http://yuhikaku.co.jp/books/detail/4641143536

 ということでやはり、出版社のサイトの数少ない情報から「感じ取る」しかない。


 さて、ここまで前置きを書いておきながら、中身の評価は例によって致しません。
 偉そうに評価できるほどのモノが、私には備わっていませんので。

 ただ一言だけ。

 標準的な書籍では、「アメリカ労働法は解雇自由!」みたいな一面的な理解がされがち。
 ですが、歴史を辿っていくと、「自由」一辺倒ではなく、そのときどきの政治・経済状況により「集団」の側からの挑戦を受け続けてきた、ということが、本書を読むと分かります。

 「おける論文」とともに「史モノ」も苦手は私ですが、本書は特に苦痛なく読めました。
 水町先生の歴史の書き方が非常にうまい、ということかもしれません(偉そうに)。

 日本法への示唆が薄いのはいつものことですが、ここは他著を読め、ということでしょうか。
 最近になって体系書を出版されたところですし。



 水町勇一郎「詳解 労働法 第2版」(東京大学出版会2021)

 そして教科書でも、歴史の記述がしっかりされていますし。



 水町勇一郎「労働法 第9版」(有斐閣2022)
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2022年03月07日

リーガルマインド年次有給休暇 〜原則付与と比例付与

 年次有給休暇の原則付与と比例付与の対象者の切り分けについて。

 結論自体は各種手引、リーフレットなどで自明でしょうが、それが条文上どのように規律されているか、確認をしてみます。


 まずは条文から。原則付与/例外付与の切り分けに関する箇所だけ抜粋します。
 施行規則24条の3で規定されている時間・日数は【 】で組み込んでおきます。

 オリジナルはこちらでご確認ください。

労働基準法(e-Gov)
労働基準法施行規則(e-Gov)

労働基準法 第三十九条(年次有給休暇)
1 使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。
2 (略)
3 次に掲げる労働者(一週間の所定労働時間が【30時間】以上の者を除く。)の有給休暇の日数については、前二項の規定にかかわらず、これらの規定による有給休暇の日数を基準とし、通常の労働者の一週間の所定労働日数【5.2日】(第一号において「通常の労働者の週所定労働日数」という。)と当該労働者の一週間の所定労働日数又は一週間当たりの平均所定労働日数との比率を考慮して厚生労働省令Bで定める日数とする。
一 一週間の所定労働日数が【4日】以下の労働者
二 週以外の期間によつて所定労働日数が定められている労働者については、一年間の所定労働日数が【216日】以下の労働者
(以下略)



 よくある《労務お役立ちブログ》だと、次のような感じでまとめられています。

1 通常の労働者(週5.2日) 原則付与
2 週30時間未満で週4日以下 比例付与
3 週30時間未満で年216日以下 比例付与

 如何にも条文どおりを装っていますが、出来損ない。
 時間/週、日数/週、日数/年が無秩序に列挙されているだけで全く整理がされていない。

 非専門家向けに分かりやすく、といっても漏れや被りがあるのでは使いものにならない、ということを以前、年末調整の対象者や源泉徴収票の提出範囲に関して論じました。

リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド法定調書合計表 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 ここでも同じ事態が生じているのではないか、と思うわけです。
 ということで、条文構造を順に追ってみましょう。

【お約束事項】
・「時間」「日数」は、いずれも「所定労働時間」「所定労働日数」のことです。
・3項の1号・2号は、単に「1号」「2号」といいます。


 まず1項・2項では、比例付与云々にかかわらず、一旦、全労働者を原則付与の対象に入れています。

 次に3項で、比例付与の対象者を列挙し、それら労働者は1項・2項とは異なる年休日数が付与されることが規定されています。
 ただし、3項はあくまでも「付与日数」に関する例外規定なので、1項・2項で全労働者に要求されている「継続勤務」や「8割以上出勤」は、比例付与の対象者にも要求されたままとなります。

 さらに3項では、「週30時間以上の労働者」が比例付与の対象者から除外されています。比例付与の対象者から除外されることで、1項・2項の原則付与に戻るということです。

 このように、条文構造上は原則としての1項・2項があり、3項で日数が比例付与になる例外を定めています。よくある解説モノで書かれているように、フルタイム用の年休制度とパートタイム用の年金制度が別々に存在しているわけではないということです。


 これらを踏まえた上で、時間/週、日数/週、日数/年の違いを意識して整理をすると、次のようになります。
年休比例付与1.png

・分かりやすさを重視して「通常の労働者(週5.2日)」を盛り込んでみましたが、これは1号の裏返しである「週4日超」に包含されるため、この列は削除してもよいです。

・条文裏返しを慎重に行うために「週4日超」と表現していますが、これは要するに「週5日以上」のことです。
 ではありますが、1時間でも8時間でも1日は1日とカウントするので、「4日超」のほうがしっくりくるかもしれません。

・週4日であっても週30時間以上であれば原則付与の対象となります(たとえば、8時間×4日=32時間)。
 また、1日あたりの所定労働時間が短くても週5日であれば原則付与の対象となります(たとえば、4時間×5日=20時間)。
 その結果、1号で比例付与の対象となるのは、「週30時間未満・不特定」かつ「週4日以下」の場合となります。

・単に「週30時間未満」ではなく「週30時間未満・不特定」と書いているのは、次のような考慮からです。
 すなわち、「日数/週」「日数/月」「日数/年」などと所定労働日数の定めがされている場合であっても、必ずしも「時間/週」まで特定されているとは限りません。のに、もし「週30時間以上」の裏返しを「週30時間未満」と記述してしまうと、「時間/週」が特定されていない場合にあてはめが不能になってしまいます。
 条文上も、「週30時間以上」を比例付与から除外しているのであって「週30時間未満」を残しているのではありません。
 以上のことを正確に表現するため、週時間が「不特定」な場合も明示することにしました。

 なお、「時間/週」が不特定でも、たとえば「時間/年」が特定されていればこれを52週で割ることで週あたりの時間を算出する、という考えもありうるかもしれません。
 が、1号・2号が「日数/週」「日数/年」それぞれに別ルールを適用していることからすると、「時間/年」を割って「時間/週」に均してしまうのは正しくないように思えます。

・週以外の期間で日数が定められている場合は、「日数/年」で判定します。
 他方で、週による日数の定めがあるかぎりは表Aで判定します。同じ労働者につき「日数/週」と「日数/年」を併用して判定することはありえません。
 規則3項の表では「日数/週」と「日数/年」が横並びで記述されてしまっていますが、本来は別々の表にしたほうが望ましいです。

・3項は、条文構造上、「週4日以下の労働者」(1号)・「週以外の期間で日数が定められている労働者」(2号)から「週30時間以上の者」を除外しています。
 上述のとおり、「日数/週」「日数/月」「日数/年」といった所定労働日数の定めがあるからといって、「時間/週」まで特定できるとは限りません。とすると、「週30時間以上の者」を除いて残った労働者には、「週30日未満の労働者」だけでなく「週時間不特定の労働者」もいるはずです。
 特に、2号の場合には「時間/週」が特定できるような定めは現実的には考えにくいように思われます。


 上記の表は、1号(A)と2号(B)とでそれぞれ分けたものです。
 そうではなく、「週30時間以上ならば所定労働日数を問わず原則付与」という3項本文の除外規定を頭にもってくるならば、次のようになるでしょうか。

年休比例付与2.png

 「週30時間以上」の場合は原則付与一択なので、もはや表にする必要がないです。
 bの見出しに「週時間不特定」を入れている理由は上述のとおりです。

 前の表とどちらでもよいのですが、3項の条文構造と馴染むのは前の表のほうです。
 ですが個人的には、週30時間以上なら問答無用で原則付与であることが分かりやすく表現されており、かつ表1つですませられるこちらのほうが好みです。


 以上を、《労務お役立ちブログ》風に横並びで整理するならば、次のようになります。

1 週30時間以上(日数は問わない) 原則付与
2 週5日以上(時間は問わない) 原則付与
3 年216日超(日数/週設定ない場合) 原則付与

4 週30時間未満・不特定で週4日以下 比例付与
5 週30時間未満・不特定で年216日以下(日数/週設定ない場合) 比例付与

 やはり表形式のほうが理解しやすいですね。


 なお、最初に書いた【お約束事項】のとおり、本記事では言葉を省略してしまっていますが、原則付与/比例付与の判定につかう時間・日数は、いずれも「所定」労働時間・日数です。

 仮に、年休発生日を少なくするために、予想される実労働時間・日数を下回る「所定」労働時間・日数を意図的に設定した場合(法定内・所定外労働時間が恒常的に発生する)、どのように評価されるでしょうか。
 所定外労働分の賃金(割増なし)が別途発生するものの、当初の賃金設定で調整はできるでしょうし。

 「労働契約書には週4日と書いてあるが本当の意思は週5日だ」などと、書かれざる当事者の意思を認定するといった手法で穴埋めされることになるのかどうか。
posted by ウロ at 11:05| Comment(0) | 労働法

2022年01月24日

土田道夫「労働契約法 第2版」(有斐閣2016)

 改訂チキンレースに打ち克つことができました。



 土田道夫「労働契約法 第2版」(有斐閣2016)

 「改訂チキンレース」とは、積読本に対し、通読が先か改訂版の出版が先かを競うものです。

 私がなぜ本書を購入していたのか記憶はないのですが、おそらく厚めの体系書フェチとしての嗅覚が作動したのでしょう。で、購入したものの、差し迫った必要があったわけではなかったため、まあ積みますよね。
 が、結構お高いですし、未開のまま改訂版がでるのは悲しいということで、どうにか通読しました(理解できているかどうかは別問題)。


 タイトルが「労働契約法」となっていますが、実定法としての『労働契約法』の解説だけに限定しているのではなく。

 『労働契約法』の解説だけで986頁も書くのは、さすがに難しいでしょう。下記書籍はまさしく『労働契約法』だけの解説本ですが、「詳説」を名乗ってはいても本文298頁どまりです(残りは資料編)。



 荒木尚志ほか「詳説 労働契約法 第2版」(弘文堂2014)


 類書と比べた本書の特徴は、労働法全体を『契約法』の観点から詳細に記述している点にあります。

 労働法規は、民事法/行政法/刑事法と複数の顔があります。のに、類書だとそのことについての一般的な説明はあるものの、個別の記述においてはこの違いが意識されていることはあまりないです。

 対して、本書は契約法(民事法)の観点に視点を絞った記述をしています。記述の仕方として《労使間の合意により労働契約が成立し、それが労働条件に反映される》という枠組みが徹底されているので、読み進めていくうちに、自然とそのような思考スタイルで考えられるようになってきます。

 通常この手の鈍器系体系書は必要箇所だけ辞書的につまみ食いしがち。ですが、本書は頭から通読することで、より効用が得られるように思います。


 このような思考スタイルが身につくと、労働基準法などの労働法規の位置づけもよく理解できます。

 普通に労働法の勉強をしていると、法律から直接、あらゆる労働条件が発生するかのように錯覚しがち。
 ですが、たとえば1日何時間働けばよいかについては、前提として労働契約において労働時間の定めが存在している必要があります。労働基準法は、あくまでも約定の労働時間が法定労働時間を超過している場合にかぎり発動されるものです。労使間の約定がないのに、勝手に労働時間を創出するものではありません。
 もしかしたら将来的に、「一定時間以上働ける権利」みたいなものが創設されることがあるかもしれませんが(ある種のパラダイムシフトが必要でしょう)。

 以前、労働契約の「解約ルール」について検討した際も、ベースは労働契約における当事者の合意にあって、それを民法・労基法・労契法がどのように制約しているか、という観点から論じました。

零れ落ちるもの(その1) 〜NO 雇用契約 NO 労働契約

 やはり労働法の勉強をスタートするにあたっては、いきなり労働基準法などの労働法規から手を付けるのではなく、民法の契約法まわりから始めて、契約法の基礎理論を身につけるべきではないかと思います(近時の「同一労働同一賃金」などの衡平志向な風潮からすると、より遡って憲法から、とすべきかもしれませんが)。


 そもそもの話として、実定法としての『労働契約法』をわざわざ労働基準法とは別建てで制定したのも、労働法の領域において「合意原則」を名実ともに原則として復権させつつ、労使間の真意に基づく合意形成を促進するためではなかったかと思います。

 が、その成果はご存知の通り。労働基準法/労働契約法のバランスが、実態としての「強行法/合意」のバランスに比例しているといっても過言ではない。
 本来は、契約(法)が本体で、強行法規が外付けパーツという位置づけのはずです(主として、労働者にとっての利益保護パーツ)。だというのに、ガンダム試作3号機(デンドロビウム)におけるステイメン(労働契約)とオーキス(強行法規)のようなバランス感になってしまっているのが現状でしょうか。ステイメンがなければオーキスは機能しないのに、あたかもオーキスが本体のように見えてしまう。

デンドロビウム(RX-78GP03)
(どれがステイメンでしょうか?)

 また、あとから入れられた「有期雇用法制」のようなごちゃついた規定、合意重視の建前からすれば似つかわしくないもののはずです。合意促進が本来の『労働契約法』の役割であるならば、法があれこれ細かい小言をいうのは望ましくない。良くも悪くも、労働契約法16条(解雇)くらいの緩やかさが絶妙なさじ加減かと。
 労働契約法の位置づけが、もともとの理念とは異なり、行政法/刑事法としてまで規制する必要のない規定を突っ込んでおくための、いわば労働基準法の別働隊ポジションになってしまっているのではないでしょうか。


 本書に話を戻して。

 契約法に視点を絞るといっても、行政法規をガン無視しているわけではなく。
 たとえば「労働安全衛生法」は本拠は行政法・刑事法に属しているわけですが、その規律内容が「安全配慮義務」などの民事法上の道具立てによって、どのように労働契約の内容に取り込まれることになるか、という観点から記述されることになります。
 また、「労働協約」に関する規律も、本拠は集団法(労働組合法)ですが、労働契約の内容に影響するということでこちらも詳しく論じられています。

 といったように、視点が絞られているにもかかわらず、カバーしている範囲は相当広い。

 また、判例・裁判例の紹介が豊富なので、本書を読むだけでも、裁判所の判断がどういう傾向にあるかが一定程度把握できます。
 ちなみに、本書で明記されているわけではないので意図的かどうかが分かりませんが、最高裁→判例、下級審→裁判例と、きちんと言葉の使い分けをしているように思います。

フローチャートを作ろう(その6) 〜判例法


 類書と比べて、「国際的側面」についての記述も豊富(第13章 国際的労働契約法)。この手の領域は実務先行で理論が手薄になりがちなので、より発展していってほしいところ。

 また、一番最後に「要件事実」についても一通り触れられています(888頁〜)。
 この箇所を読むことで、本書で得た実体法の理解を、要件事実論の観点から立体的に理解できるようになります。そういう意味で、長大な本書の復習として利用することもできます。


 以上、本書を「読む」ことは強くおすすめできるものの、「買う」ことまでおすすめできるかといえば微妙。本書出版の2016年以降も、法改正・新判例のラッシュが続いているわけで、もはや最新の情報とは言い難い。

 今から定価で購入したとして、改訂チキンレースに勝てる自信のある方はぜひどうぞ。

 あえて、お安くなった「初版」を買うことで、改訂チキンレースに乗っからないのもありかもしれません。余裕かまして第3版まで待機しておくと。
 初版は2008年に出版されているので、実定法としての『労働契約法』は反映されています。というか、制定直後に紛らわしいタイトルで出版されていたわけです。



 土田道夫「労働契約法」(有斐閣2008)

 ただ、初版ではその後の「有期雇用法制」の改正が反映されていません。


 また、「労働法の体系書でどれか一冊」と言われたときも、第一候補にはなりえません。

 カバー範囲が広いといってもフルカバーではないわけです。
 本書がカバーしていない範囲だけを対象とした「労働行政法」「労働刑事法」という体系書があればいいのでしょうが、まあないですよね。

 一応、下記シリーズのような「お役所系」労働法規解説書があるにはあります。同シリーズ内に『労働契約法』が含まれていないのは、まさしく「民事不介入」であることの証左といえるでしょうか。



厚生労働省労働基準局「令和3年版 労働基準法 上巻 (労働法コンメンタールNo.3)」(労務行政2022)
厚生労働省労働基準局「令和3年版 労働基準法 下巻 (労働法コンメンタールNo.3)」(労務行政2022)

 が、あくまでも実務用の逐条解説であって、理論的体系書ではない。近時の「行政法総論」や「刑法総論」の知見がふんだんに取り込まれている、などということは無く、個別の労働法規の解説がメイン。

 ということで、一冊だけ買うのであれば、普通にフルカバーした『労働法』の体系書にしておくのが無難。



 菅野和夫「労働法 第12版」(弘文堂2019)
 荒木尚志「労働法 第5版」(有斐閣2022)
 水町勇一郎「詳解 労働法 第2版」(東京大学出版会2021)


 なお、同著者には「概説」名の教科書もあります。




土田道夫「労働法概説 第4版」(弘文堂2019)

 こちらは労働法全体をカバーしているものの、512頁の薄い本です。決して分かりにくい本ではないのですが、記述の厚い本書を読んでからこちらの『概説』を読むと、どうにも窮屈な印象。

 一般論としてですが、薄い本で理解できない箇所があったら、同書の同じ箇所を何度も読むよりも、一度は記述が厚めな本に目を通すべきなのでしょう。
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2021年10月25日

零れ落ちるもの(その5) 〜内定解約ルール

 前回までは、入社後の解約を前提としていました。

零れ落ちるもの(その1) 〜NO 雇用契約 NO 労働契約
零れ落ちるもの(その2) 〜有期雇用契約と改正民法の経過措置
零れ落ちるもの(その3) 〜有期雇用解約ルール
零れ落ちるもの(その4) 〜無期雇用解約ルール

 そのまま時間軸を入社前に遡らせると、内定取消・内定辞退の問題となります(時間をずらすことで論点をつなげる技)。

 労働法の教科書では、「採用内定」は入口の問題、「労働契約の終了」は出口の問題と、別々の問題として論じられることがほとんどかと思います。が、採用内定を「解約権留保付労働契約」と理解するならば、内定取消・内定辞退も「労働契約の終了」のうちのひとつになるはずです。一般的な用語に倣って内定取消・内定辞退と書きましたが、法的にはいずれも「労働契約の解約」です。
 同種の問題なわけで、比較しながら論ずる必要があるはずです。

(なお、本来であれば「解約」と「解除」も厳密に使い分ける必要があるのでしょう。が、民法自体、言葉の使い分けが厳密ではないので、ここでもあまり拘らないことにします。)

 そこで、今回は前回までの《応用編》として、採用内定における解約ルールについて検討してみます(無期雇用での採用を前提とします)。


 その1・その2では、改正民法の「経過措置」について触れました。これが内定の場面だとどうなるか。

 この点、一般的な見解によれば、内定通知時に労働契約が成立しているとされています。とすると、2020年4月1日入社であっても、それ以前に内定通知がされている場合(当たり前)は、旧法が適用されることになります。

 早く労働契約を成立させてあげることが内定者保護に資する、というのが従前の価値判断だったのでしょう。が、改正が挟まる場合には、必ずしも早ければいいわけではありません。税法の如く、改正されるたびに税負担が重くなるのとはわけが違う。

 その4で述べたように、旧法の解釈論を展開することにより労働者を保護することが必要な場面というのが、今後は出てくるのではないでしょうか。改正解説本の類では呑気にも、改正により労働者保護は解決済み、めでたしめでたしという感じで済まされてしまっていますけども。

 まだ何も終わっちゃいない。旧法適用者と新法適用者との分断が、これから始まります。


 一般的な見解がいうところの「解約権」というものが、どこから湧き出してきたものかがはっきりしません。民法上のどれかを想定しての法律構成なのでしょうか。
 さしあたっては、内定合意に基づく約定の解約権(内定解約権)と理解しておきます。

 もしそうだとすると、内定だからといって必ず解約権が留保されているのではないということになります。あくまでも当該合意に解約権が留保されていると認定できるかぎりだということです。
 そしてこの約定の解約権、入社日までの期限付きという位置づけと解するべきだと思います。内定から入社までに限って許容される暫定的な権利なのであって、入社後は民法の規律に従うべきでしょう。


 内定解約権とは別に、民法上の解約権(627条、628条)は発生するのでしょうか。労働契約が成立している以上、排除される理由はないはずです。
 ので、わざわざ約定の解約権に関する合意を認定しなくてもよさそう。どうせ規律は同じになるでしょうし。

 ただ、内定期間中なのに報酬期間云々というのは変なので、627条の2項3項は排除してもよさそうです。
 また、2週間の「予告期間」は必要かどうか。まだ勤務が始まってもいないのに、あえて予告期間を設ける必要はなさそうです。何らかの損害が生じるならば損害賠償でカバーすればよいでしょうし。 


 約定の解約権には、内定者の「辞退権」も含まれているのでしょうか。どうも含まれていない前提で論じているように思います。

 もしそうだとすると、内定者は627条・628条により解約することになるでしょうか。


 さて、これが労働基準法・労働契約法ではどういう規律になるでしょうか。

全 労働基準法19条〜21条(解雇制限)(解雇の予告)

 労働契約成立後の解約(=解雇)である以上、これらが適用されるはずです。
 ただ、14日以内の試用期間は30日の解雇予告or解雇予告手当がいらないことになっています。とすれば、それよりも前の内定期間中も予告不要とすべきでしょう。そして、それとの見合いで、内定者からの解約も予告不要とすべきだと思います。

 実際のところ、賃金支払義務・労務提供義務が発生するわけでもないのに、2週間おあずけ食らわす意味が、労働者・使用者どちらにとっても存在しないと思います。

全 労働基準法89条3号(作成及び届出の義務)

 内定者に「就業規則」が適用されるかの問題となります。
 内定取消にあたっては就業規則記載の「解雇事由」に限定されるのか。それとも、内定期間用のルール(準就業規則?)が別途必要になるのかどうか。

 民法627条の理由なし解約が制限されるのは当然として、民法628条の「やむを得ない事由」解約も、就業規則・準就業規則に列挙された事由に限定されることになるでしょうか。

全 労働契約法16条(解雇)

 考慮要素は入社後とは相当違うでしょうが、解雇権濫用法理自体は内定期間中でも適用されることになるでしょう。

オ 労働基準法15条2項(労働条件の明示)

 たとえば、「入社前研修はないと説明されたのに実施されることになった」といった場合はここに該当するでしょうか。


 このように、内定取消・辞退の問題も、あくまでも通常の解約ルールの延長・地続きで検討すべきものでしょう。

 のに、労働法の書籍だと《論点飛びつき》な記述が飛び交っていて、まるで地に足がついていない。
 内定通知で労働契約が成立するという立場を採用した以上は、解約ルールも入社後と同じものをスライドさせた上で、どの部分が変容を受けるか、という手順で検討すべきです。

 とはいえ、そもそも入社後の解約ルール自体も、民法の規律を踏まえた上でどの箇所が労働基準法・労働契約法により変容を受けるか、という手順を踏んだ検討がなされていない、というのはその1〜4で検討したとおり。

 ので、本記事もほとんどが問題の指摘で終わってしまっているところです。
posted by ウロ at 10:10| Comment(0) | 労働法

2021年10月18日

零れ落ちるもの(その4) 〜無期雇用解約ルール

 では、今回は「無期雇用」の解約ルールについて。

零れ落ちるもの(その1) 〜NO 雇用契約 NO 労働契約
零れ落ちるもの(その2) 〜有期雇用契約と改正民法の経過措置
零れ落ちるもの(その3) 〜有期雇用解約ルール

 まずは民法のルールから。

ア 原則 ⇒できない
イ 報酬期間なし ⇒いつでも・予告期間2週間
ウ 報酬期間6ヶ月未満 ⇒いつでも・予告期間2週間(労働者)
             次期・予告期間当期の前半(使用者)
エ 報酬期間6ヶ月以上 ⇒いつでも・予告期間2週間(労働者)
             次期?・予告期間3ヶ月(使用者)
オ やむを得ない事由 ⇒直ちに・損害賠償


 これを原則といってよいかは微妙ですが、「期限なしと決めた以上は解約できない」というものを契約の拘束力の大原則として置いておきます。もちろん、すぐにひっくり返されるわけですが(マッチポンプ)。

イ 民法627条1項
 2項の反対解釈から、1項は「期間によって報酬を定めない場合」の規律ということになります。これはどのような内容の雇用契約でしょうか。「成果物の引き渡しごとに報酬を支払う」だと請負(or成果報酬型委任)になりそうですし(ただし下記「期間」理解参照)。

Janusの委任 〜成果報酬型委任と印紙税法

 この点、労働基準法27条には「出来高払制・請負制」の労働契約についての定めがあります。このようなタイプの労働契約が該当することになるのでしょうか。

ウ・エ 627条2項・3項
 改正により、労働者側はイと同じく「いつでも・予告期間2週間」になりました。ここは旧法/新法いずれが適用されるかでかなり扱いが変わる点ではないかと思います。
 たとえば、給与が毎月末締めの会社で、1/16に解約申入れをした場合、旧法だと2/28、新法だと1/30の満了をもって解約となります。つまり、1ヶ月もずれることになります(ただし下記「期間」理解参照)。

エ 627条3項
 予告期間3ヶ月のほうですが、ここの読み方がはっきりしません。3ヶ月は2項但書に代入されるだけで本文の「次期以降」は残るのかどうか。

《例》報酬期間2021年1/1〜12/31の1年で、12/1に解約申入れ。

 ・残る説
  2022年12/31満了で解約(次期解約に間に合っていないので次々期満了時に解約)
 ・残らない説
  2021年3/1満了で解約(次期解約に間に合わない場合は申入から3ヶ月後)

 従前は、労働者にも3ヶ月ルールが適用されたことから、残る説だとまずいという問題意識があったのかもしれません。が、改正後は使用者側だけのルールになったので、議論のポイントが変わるかもしれません。とはいえ、旧法適用の契約もまだまだ残るわけで、議論の必要性が消えたことにはなりません。

 ただ、「期間によって報酬を定めた場合」自体の解釈も別れています。たとえば「年俸制」というのが報酬期間1年なのか、それとも労働基準法が適用されるかぎり毎月支払わなければならないのだから(24条2項)、報酬期間1ヶ月ということになるのか。
 菅野和夫先生の体系書に「年俸制は報酬期間1年」と書いてあるからといって、鵜呑みにしていいわけではない。



菅野和夫「労働法 第12版」(弘文堂2019)

 実際のところ、年俸制を謳っていながらも「年俸制、12で割ったら月給制」「月給制、12で掛けたら年俸制」といった感じの、「なんちゃって年俸制」も少なくないのではないでしょうか。
 こういう場合ならば、支払サイクルで考えるのがよいかもしれません。

 さらに詰めて考えると、「期間」と書いてある以上、期間以外の要素で給与が変動する場合は「期間によって報酬を定めた場合」に該当しない、と考えることもできそうです。たとえば、欠勤したら日割りで基本給が削られるとしたら、それは勤務日数で報酬が定まっているのであって期間によってではない、とか。

 このような「期間」理解、おなじみ「ホステス報酬源泉徴収事件」の最高裁判決にも沿うものです。

フローチャートを作ろう(その6) 〜判例法

 このような理解が正しいとすると、ウエの出番はほどんどなく、ほぼイで処理されるということになります。ウエが適用されるとしたら「管理監督者」などの場合になるでしょうか。

 と、解釈上不明瞭な箇所がいくつもあるというのに、それらを放置したまま小手先の労働者保護方向の改正だけを施し、「民法の根本的な発想を転換してやったぜ」などとドヤ顔しているのだとしたら、始末に負えない。
 旧法が長期で残ることを考慮に入れるならば、上記のような「期間」理解をして、ウエの適用場面を狭める方向で考えることもできたはずです。のに、そのような理解を示すこともなく、小手先の改正を実施したことによってかえって、「旧法が適用される労働者の皆さんは会社辞めるまでウエの古い方のルールで我慢してね」と切り捨てられたということになります。
 立法事実として、管理監督者などの限られた労働者のためだけの改正だったとは思えないのであって、普通の労働者にもウエが適用される前提での改正だったはずです。

 このような改正所作を見る限り、真に労働者保護を志向していたのではなく、とにかく民法典に人の属性をねじ込みたかっただけなのではないかと邪推してしまいます。

オ 民法628条
 規定上ははっきりしませんが、無期雇用にも適用されると解されています。


 これら民法の規律が、労働基準法・労働契約法でどのように修正されているか。

イウエ 労働基準法24条(賃金の支払)
 毎月払いを「報酬期間1ヶ月」と理解するならば、イとエは想定しがたく、ほとんどがウになるのでしょう。
 他方で、上記の「期間」理解によるならば、ウエがほとんどなくてイがメインとなります。

全 労働基準法19条〜21条(解雇制限)(解雇の予告)
 使用者からの解雇につき「解雇時期・事由」や「予告期間」に制限が加えられています。

 問題は、予告期間につき、民法の「当期の前半」(ウ)「3ヶ月」(エ)と労働基準法の「30日」のいずれが適用されるのかです。この点は、どちらかといえば労働基準法適用説が優勢でしょうか。
 ただし、上記の「期間」理解によればウエがほとんどなくなるので、あまり悩まずにすみます。

 また、19条・20条それぞれの1項但書にある除外事由と、民法でいう「やむを得ない事由」とが、内容的に連関するのかどうかも気になりますが、さしあたり指摘だけしておきます。

全 労働基準法89条3号(作成及び届出の義務)
 就業規則記載の解雇事由を「限定列挙」と解するならば、この規律も解雇事由の制約として働くことになります。

全 労働契約法16条(解雇)
 オのやむを得ない事由とは考慮要素がかなり重複しそうです。
 イ〜オのいずれの解雇権を行使するとしても、結局のところ「解雇権濫用法理」の枠組みで判断されることになるでしょうか。

オ 労働基準法15条(労働条件の明示)
 「明示された労働条件が事実と違う」場合に労働者が即時に解約できる、というのはオの上書きと位置づけることができるでしょうか。


 以上、無期雇用における民法と労働基準法・労働契約法の関係、有期雇用と比べると比較的シンプルではないかと思います。

・労働者の辞職は、民法の規定がストレートに適用される。ただし改正法の経過措置に注意。
 実務的には、一律2週間として会社で呑んでしまうことにするか。
・使用者の解雇は、解雇権発生の根拠のみ民法で、それ以外の規律は労働基準法・労働契約法で派手に制約されている。

 問題なのは、法間インターフェイスのところではなく、民法それ自体の意味内容に不明瞭な箇所が残されているところです。しかも、改正で手を入れたくせに、それが原因で、とばっちりで旧法適用下の労働者が見捨てられることになっていることです。
 
 今後、最高裁様が、立案者意思を鵜呑みにするのか、それとも自分のところの税法上の「期間」理解を労働法分野にも及ぼすのか、見ものではあります。


 いずれにしても、民法によって解約権が発生し、そのうち使用者の解雇権は労働基準法・労働契約法によって制約される、という判断構造は理解しておくべきでしょう。

 なお、前回・今回は法律レベルの交通整理でしたが、この先に、労働契約・就業規則などでどこまでこの規律を崩せるか、という問題があります(強行規定/任意規定の区別)。
 が、ここから先は個別事案抜きで判断できるものではなさそうなので、そこまで踏み込むのはいたしません。

零れ落ちるもの(その5) 〜内定解約ルール

○労働基準法

(労働条件の明示)
第十五条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
A 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
B 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
(解雇制限)
第十九条 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。
A 前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。
(解雇の予告)
第二十条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
A 前項の予告の日数は、一日について平均賃金を支払つた場合においては、その日数を短縮することができる。
B 前条第二項の規定は、第一項但書の場合にこれを準用する。
第二十一条 前条の規定は、左の各号の一に該当する労働者については適用しない。但し、第一号に該当する者が一箇月を超えて引き続き使用されるに至つた場合、第二号若しくは第三号に該当する者が所定の期間を超えて引き続き使用されるに至つた場合又は第四号に該当する者が十四日を超えて引き続き使用されるに至つた場合においては、この限りでない。
一 日日雇い入れられる者
二 二箇月以内の期間を定めて使用される者
三 季節的業務に四箇月以内の期間を定めて使用される者
四 試の使用期間中の者
(賃金の支払)
第二十四条
A 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
(出来高払制の保障給)
第二十七条 出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない。
(適用除外)
第百十六条 第一条から第十一条まで、次項、第百十七条から第百十九条まで及び第百二十一条の規定を除き、この法律は、船員法(昭和二十二年法律第百号)第一条第一項に規定する船員については、適用しない。
A この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない。

○労働契約法

(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
(適用除外)
第二十一条 この法律は、国家公務員及び地方公務員については、適用しない。
2 この法律は、使用者が同居の親族のみを使用する場合の労働契約については、適用しない。

○民法

(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)
第六百二十七条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
2 期間によって報酬を定めた場合には、使用者からの解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
3 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければならない。
(やむを得ない事由による雇用の解除)
第六百二十八条 当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。
posted by ウロ at 09:55| Comment(0) | 労働法