2025年12月01日

「通勤手当の非課税限度額の引上げ」と社会保険&労務

 前回の記事では、「通勤手当の非課税限度額の引上げ」が就業規則の書きぶりによって影響を受けるのではないか、ということに触れました。

「通勤手当の非課税限度額の引上げ」と就業規則 〜国税庁『Q&A』解釈方法論の展開

 同記事でも書いたとおり、税務と労務と社保は絡み合っているところであり。のに、税務と労務との絡みには触れて、社保との絡みについては触れていませんでした。

 ということで、今回の記事では、税の改正が、労務・社保それぞれにどのような影響があるかを整理しておきます。税務・労務・社保が足並みを揃えて《Q&A》を出すならこういう感じでやるんですよ、という一つのお手本となれば幸いです(偉そうに)。


 以下では、就業規則の書きぶりによってパターン分けをして、税務・労務・社保それぞれがどのような影響を受けるかを検討します。距離については「55km以上」の場合のみ抽出し、それ以外の距離は省略します。

事例1 『55km以上の場合は40,000円支給する』

 これが今回の改正により直接影響を受けるパターンです。

税務:
 改正による差額7,100円を課税から非課税に修正します。年末調整で反映することになります。

労務:
 税の扱いが変わるだけで、労務には影響しません。

社保:
 通勤手当は、課税/非課税いずれも社保報酬なので、内訳が変わっても影響しません。

事例2 『所得税の非課税限度額を支給する』

 このような書きぶりの場合、税の遡及に従って、4月支給分から遡って追加支給が必要になるのかどうか。前回の記事で述べたとおり、遡及説/非遡及説いずれもありえます。

 ・遡及説 :税に従うと書いている以上、追加支給が必要
 ・非遡及説:労働条件は支給時に確定しているので、追加支給は不要

 労働法学においても、ハイカラな論点にばかり議論が集中してしまっており。こんな領域に《通説》なるものが形成されることは、およそないのですが。
 もしも、労働法学者の皆さんが議論に参加してくれたら、ということを妄想するならば、おそらく「遡及説」が通説になるものと思われます。

 ということで、「遡及説」を前提にすると次のとおりとなります。

税務:
 非課税分を追加支給するだけなので、税の修正は入らない。

労務:
 4月分から遡って追加支給が必要。

社保:
 「支給時は正しかったが遡って追加支給した」という事例だと捉えると、たとえば12月にまとめて追加支給したら、12月から月変判定がスタートすることになります。

 判定につかう金額は、追加支給分全額ではなく、あくまでも12月分からの1ヶ月分ずつです。ので、これだけで2等級アップは考えにくいです。が、月変判定がスタートしちゃった以上、その他の報酬も含めなければなりません。
 もし、年末年始でガッツリ残業代出ちゃった場合には、2等級上昇することがありうるのではないでしょうか。

3 『55km以上は31,600円支給する』

 これについても見解が分かれる可能性があります。

 遡及説 :所得税と同じ金額としているということは、所得税に従うという趣旨。
 非遡及説:金額で特定している以上、所得税には影響されない。

 こちらの場合の《通説》は、「非遡及説」になるでしょうか。そこで、「非遡及説」を前提にすると、次のとおりとなります。

税務:
 なにもしない。

労務:
 追加支給は不要。

社保:
 なにもしない。

 追加支給しないで済むなら、極めてシンプルになります。前回述べたとおり、「遡及しない」と明記するなどの対応が、会社にとっては望ましいことになるわけです。


 なお、論点の指摘のみにとどめますが、「退職者・死亡者」の労務上の扱いについては、不明なところがあります。

 事例1では、税務上「源泉徴収票を再発行する」というだけの話で終わります。

 問題は事例2で、在職者に追加支給する場合に、退職者・死亡者(の相続人)にも追加支給する必要があるのかどうか、という点です。
 「追加支給は在籍者のみ」と限定するのは、上記で遡及説を採用してしまうと難しいように思いますが、どうでしょうか。
(なお、死亡者の場合には、追加支給されたものが相続財産に含まれるのか、それとも相続人の固有財産となるのか、といった点も問題となりえます。)


 以上、「税務」については取扱いは明確なので、どんなに面倒だろうと、国税庁《Q&A》に従って粛々と処理をするだけです。

 問題は事例2と3における「労務」で、《通説》に従うのかどうか、ここは会社の判断が必要なところであり。そして、税理士からはおよそ口出しができない領域となります。
 もしも、社労士先生に相談したのに「今回の改正は税のお話しだから、税理士さんに聞いてください。」なんて言われたとしたら、おやまあって感じかと。
posted by ウロ at 00:00| Comment(0) | 労働法

2025年11月24日

「通勤手当の非課税限度額の引上げ」と就業規則 〜国税庁『Q&A』解釈方法論の展開

 平成26年当時も税理士をやっていたであろう人までもが、あたかも初見であるかのように驚き散らしているの、「若手ぶってんのか(さもなくばエアプ)?」などと、思うとか思わないとかはさておき。

通勤手当の非課税限度額の改正について(令和7年11月)国税庁
通勤手当の非課税限度額の引上げについて(平成26年10月)国税庁

 「急に改正がきたので」にしては、やたらと充実した『Q&A』が出来上がっていて。
 インボイス・定額減税・103万円の壁など、納税者からのお問い合わせに散々リソースを消耗させられてきた運営が、先回りしてきた感があります。

 最初に「このQ&Aは、令和7年11月に行われた、通勤手当の非課税限度額の引上げに関する一般的な質問を取りまとめたものです。」とか書いてありますけど。平成26年当時のいにしえの問い合わせを引っ張りだしてきたというよりは、(いい意味で)ヤラセ・捏造の類ではないかと邪推。

 《通達行政》どころか《Q&A行政》が、今後も広がっていくのでしょう。

国税庁『Q&A』解釈方法論 序説

 さらなる未来予想としては、YouTube動画がアップされていることからも分かるとおり、これまでの《テキスト行政》から《動画行政》に変わっていくことになるでしょうか。

【税務行政の歴史】
 通達行政→Q&A行政→動画行政→?

 で、『Q&A』の中身を見てみて。これまでの『Q&A』とは異なる新傾向の萌芽を感じられたので、言語化しておきます(なお、《税務お役立ち記事》のような『Q&A』をなぞる系の記事ではないです)。


 まず前提として。

 同じ『Q&A』であっても、納税者vs課税庁の「二者関係」であれば、「差し支えありません」系の回答が多くなりがち。のに対し、今回のように、納税者vs会社vs課税庁の「三者関係」となる場合には、納税者の利益を法令より後退させるわけにはいかない、ということで、必然的に「きちんとやってね」系の回答が多くなります。どんなに「非現実的」と罵られようが、退職者・死亡者に対する処理も「きちんとやってね」と言うしかない(以下、納税者=従業員として記述します)。

 一般に「納税者有利なら遡っても構わんよ」などと言われるところですが。この手のことを言う人の中では、「源泉徴収義務者たる会社の事務負担が爆上がりする」といった不利益は眼中にないわけです。
 「差し支えありません」が出てくるのは、せいぜい源泉徴収簿の記載方法など、納税者の利益/不利益に一切関わらない箇所ぐらいとなります(Q11)。

 《Q&A行政》などと揶揄していますが。本Q&Aに関しては全体として、扱っている内容のおかげで法令に従った慎ましやかな回答におさまっています(インボイスQ&Aの暴れっぷりと対比せよ)。


 ここまでは、従来の傾向を、そのまま本『Q&A』にあてはめただけです。
 で、新傾向の萌芽を感じたのが「Q12」。

Q12
 改正前の非課税限度額の範囲内で通勤手当を支給していましたが、今回の改正を踏まえ、令和7年4月1日に遡って改正後の非課税限度額との差額を通勤手当の追加支給として支払った場合、年末調整の際の精算は必要ですか。
A12
 既に支払われた通勤手当と追加支給される通勤手当との合計額が改正後の非課税限度額内であれば、その全額が非課税となりますので、年末調整の際の精算など特段の手続は不要です。


 これ、(おそらくわざと)ぼやかした書き方になっていますが、就業規則の通勤手当の規定が次のようになっているものを想定しているはずです(以下、就業規則がある会社を前提とします)。

 『所得税の非課税限度額まで支給する』

 で、このような書き方をしているのであれば、所得税が遡及して改正されたら通勤手当も遡及して追加支給する必要があるだろうと。

 が、このような読み方が正しいのかどうか、労働法側で確定した見解があるわけではないと思われます。「労働条件は支給時ごとに確定し、法令の遡りの影響を受けない」という読み方もありえるわけで。

 一応、表向きの書き方は、特定の見解を前提としているわけではなく、会社の判断で遡った場合であるかのように読めます。が、実際に追加支給すると判断する会社があるのだとしたら、「遡り説」に基づき追加支給せざるをえないと考えた場合が大半ではないでしょうか(Q6で明示的に改訂していることとの対比でも、そう邪推できる)。

 いずれにしても、(税務側では非課税の範囲内ゆえ特段問題とならないが)労務側ではとても微妙なパターンにつき、あえて踏み込んで『Q&A』に掲載してきているわけです。


 従前であれば、いくら饒舌な『Q&A』であっても、「税務」以外の領域に踏み込まないよう、かなり慎重な記述をしていたはずです(検証する気もありませんが、インボイスQ&Aは、あれだけ大量にあっても税以外の世界に飛び出していないはず)。
 ところがこの問12は、「労務」側の領域に踏み込んでいるのではないかと思われます。

 「壁」の問題もそうですが、社保・労務と税務とは、あらゆる場面で絡み合っているのが現実なのであって。行政組織の所轄の都合で別々に説明されることによって生じる《運営上の隙間》みたいなものが、あちこちに生じているところ。
 こういった隙間を埋めてもらうためにも、各組織間で協力をして足並みを揃えておいてください。

【雁首揃えているが?】
消費税は〈偽装〉法人税? 〜消費税法の理論構造(種蒔き編3)


 なお、就業規則の規定の仕方として現実に多いのは、上述の
 『所得税の非課税限度額まで支給する』
よりは、たとえば、
 『55km以上は31,600円支給する』
などと、直接、距離・金額を書き込んでいるもののほうになるでしょうか。

 この書き方なら「遡らないので追加支給しない」という結論でよさそうに思えます。が、労働者寄りの読みとして「距離・金額が所得税どおりの数値としているということは、所得税にあわせるという趣旨だ。ゆえに追加支給せよ」などという解釈が出てきてもおかしくないです。

 そうすると追加支給を避けたいのであれば、『改正入っても遡って追加支給しないよ』ときちんと明記しておくべきではないでしょうか。
 平成26年をくぐり抜けてきた猛者ならば、すでにそのような規定を追記しているのではないかと思いますが、今回の(会社側の)悲劇を繰り返さないためには、就業規則の改訂を検討されたほうがよろしいかと。もちろん、「労働条件の不利益変更」ゆえ合理性審査が入ってきますが。

 また、もともと非課税限度額を超えて支給している(ご親切な)会社は、今回の改正の影響をダイレクトに受けるわけですが。
 じゃあってことで、「課税→非課税」の遡り修正を回避するために『今後は非課税限度額までしか支給しません』などと変更するのは、もっと合理性審査が厳しくなりそうなので、慎重に検討されたほうがよいかと。

「通勤手当の非課税限度額の引上げ」と社会保険&労務
posted by ウロ at 10:57| Comment(0) | 労働法

2025年10月20日

家族手当、1年分返せって正気ですか!?

 前回の記事にて、おイジりさせていただいた入門書。

三木義一「よくわかる税法入門 第19版」(有斐閣2025)

 家族手当の支給条件を「税法準拠」としている場合、年末時点で要件満たさなくなったら1年分返す、ということが何の問題意識もなくさらっと記述されていて。

 労働法上何かしら問題が生じないだろうか、という予感がするのですが、よく分かっていないので、そのあたりの交通整理をしておきます。


 本論の前に、前提として。議論の土台を限定しておきます。

・「家族手当」と呼びますが、記述が散らかるので「配偶者」のみを念頭におきます。
・虚偽申請による「不正受給」の事案は除外します。あくまでも、受給時点では条件を満たしていた場合を想定します。
・配偶者の収入は「給与」のみとします。また、通勤手当のような「非課税だが社保報酬」はないものとします。
・本人所得は1000万円以下であることを前提に、配偶者の収入・所得のみを動かします。
・令和7年改正が反映された後の状態で考えます(合計所得金額58万円=給与収入123万円)。

 なお、労働契約においては、「就業規則に書きさえすればよい」「労働者の同意をもらいさえすればよい」というような《契約の自由》に対しては、大幅な制約がかかっているところです。
 そこで、バックグラウンドではこのことを念頭におきつつ、記述をしていきます。

【まずは一周だけしました(当然一周だけでは終われない)】
 森田修「「民法と労働法」講義」(有斐閣2025) Amazon


 ということで、本論。

 就業規則への記載の仕方として、次の2パターンを想定します。

1 「健康保険法上の被扶養者」
2 「所得税法上の控除対象配偶者」

 まず1「健康保険法上の被扶養者」と記載している場合から(ノーマルの130万円前提で)。

【事例1ア】
 1月時点で、基本給11万円・期間2年の雇用契約あり。

 健保の場合、過去の収入を参考としつつ、先1年の収入の見込みで判定することとされています(ただし、法令ではなく通達による。2026年4月1日より運用変更予定)。
 現実に、協会けんぽ・健保組合がどのように判断するかは別として、このルールどおりにあてはめをするならば、将来1年で130万円を超える見込みであることから、1月時点で被扶養者ではないことになります。

 よって、1月から家族手当の支給を受けることはできません。

【事例1イ】
 アにおいて、12月に労働条件の変更がされ、基本給10万円となった。

 この場合は、将来見込みが120万円となり、12月から被扶養者になれるため(アと同様、ルールどおりにあてはめをした場合)、家族手当も12月から支給されることになります。

 このように、健保の場合は《先1年要件》となっているため、特に問題は生じなさそうです。


 問題となるのが、2「所得税法上の控除対象配偶者」と記載している場合です。

【事例2ア】
 1月時点で、基本給11万円・期間2年の雇用契約あり。

 所得税法では、将来1年ではなく、あくまでも年間の実績により判定します。
 そうすると1月時点ではまだ123万円を超えていないので、控除対象配偶者であるといってよさそうです。

 それゆえ、1月から家族手当の受給を受けることができると。

 なお、「よさそう」などとふんわりした言い回しをしているのは。
 所得税法上は、「12/31の現況」によるとされていて。とすると、厳密にいえば、1月時点では控除対象配偶者であるともないとも判断できない、ということになってしまいます。

所得税法 第八十五条(扶養親族等の判定の時期等)
3 第七十九条から前条までの場合において、その者が居住者の老人控除対象配偶者若しくはその他の控除対象配偶者若しくはその他の同一生計配偶者若しくは第八十三条の二第一項(配偶者特別控除)に規定する生計を一にする配偶者又は特定扶養親族、老人扶養親族若しくはその他の控除対象扶養親族若しくはその他の扶養親族に該当するかどうかの判定は、その年十二月三十一日の現況による。ただし、その判定に係る者がその当時既に死亡している場合は、当該死亡の時の現況による。


 が、それでは年末になるまで家族手当を支給できないこととなって実態とそぐわない、ので、支給月時点の所得で判定する、とさしあたり理解しておきます。

【事例2イ】
 アにおいて、12月まで勤務したので年収132万円となった。

 さてこの場合に、遡って1年分返還しなければならないのかと。
 就業規則に「所得税法上の控除対象配偶者」とだけ記載されている場合に、『超えたら遡って返還する』という意味が読み取れるのか。

 年末の賞与として支給するならともかく。毎月の給与として支給する以上、その月ごとに判定するのではないか。

【事例3ウ】
 イで、就業規則に「年の途中で該当しなくなったら当該年分の家族手当を返還せよ」と明記されていた場合はどうか。

 書きさえすればよいのか、という話しです。
 事後的な事情によって「賃金」を返還しなければならないような規定が、労基法・労契法上有効と扱われるのかどうか。

 では、次の事例はどうでしょうか。

【事例2エ】
 アにおいて、年末時点で123万円超える見込みだったので申請していなかったが、12月時点で123万円超えなかったため、申請をした。

 この場合、支給されるのは12月だけか、遡って1年分支給されるのか。

【事例2オ】
 エにおいて、就業規則に「申請月から支給開始する。」と明記していた場合はどうか。

 この場合に、遡らないこと自体はよいとして。同時に、ウのように「超えたら返還する」と明記されていた場合、労働者にとって一方的に不利益な内容となっていて、問題はないのか。

 ・超えたら   ⇒遡って当年分返還する。
 ・超えなかった ⇒遡らず申請時から支給する。


 さらなる問題が、令和7年のごとく年中に改正が入った場合です。

【事例2カ】
 2025年1月時点で、基本給10万円・期間2年の雇用契約あり。この時点では年収見込み120万円となるため申請しなかった。

 改正法が施行された12月時点ではじめて、控除対象配偶者に該当することになります。
 この場合でも、あくまで「12/31の現況」で判定するとして、1月に遡って支給する必要があるのかどうか。

 また、次のパターンも問題になりえます。

【事例2キ】
 アで家族手当の支給を受けていたが、6月で本人が退職した。風の噂で、7月以降に配偶者が稼ぎまくっていると聞いた。

 この場合、年末時点では控除対象配偶者に該当しなくなっているわけですが、本人退職後でも返還を求めることになるのか。

【事例2ク】
 キで、退職時の「誓約書」に、『年末までに超過したら返還する』と明記した場合はどうか。

 退職後に(在籍時の)就業規則ルールが及ぶか確実でない、ということで、「誓約書」に明記したパターンです。
 これも、書きさえすればいいのか、という問題となります。


 これらの事例群からすると、どうも「遡らない」ほうがよさそう、と思われるかもしれません。
 が、次の事例はどうか。

【事例2ケ】
 1月時点で、基本給123万円・期間2年の雇用契約あり。

 いきなり極端ですが。
 この場合も、1月だけの実際の収入は123万円に収まっています。

 だからといって、1月の収入で判定して1月だけ家族手当を支給する、というのもおかしな話しです。とすると、「源泉控除対象配偶者」のごとく、扶養控除等申告書提出時の年間見込みで判断する、とすればよいでしょうか(所基通194・195-3)。

 ただし、「源泉控除対象配偶者」をそのまま使ってしまうと160万円までいけてしまうので、書き方に工夫が必要となります。


 ここまでは「収入(所得)要件」を問題としてきましたが、では次の場合はどうでしょうか。

【事例2コ】
 11月まで家族手当の支給を受けていたが、12月に離婚した。
【事例2サ】
 11月まで家族手当の支給を受けていなかったが、12月に結婚した。

 この場合も「12/31の現況」で判定して、遡り処理する必要があるのでしょうか。

 こちらも、ケに書いたとおり「扶養控除等申告書提出時の現況」で判定すれば運用が安定するはずですが、果たして。


 なお、上記の事例群で、遡り処理をした場合の後始末として。

 所得税は「年末調整」で調整してしまうのかもしれませんが、「社保報酬」は遡って修正する必要があるのかどうか。
 実際どうするのでしょうか。


 以上、【事例2】をみるかぎり、「所得税法上の控除対象配偶者」をそのまま採用するのは、かなり無理があるように思えます。
 だというのに、「所得税法上の控除対象配偶者」を採用している会社が現実にあるとしたら、実際にどうやって運用しているのか、謎。

 「健康保険法上の被扶養者」を採用すれば、該当性判断を(事実上)他の機関に丸投げ出来てしまうわけで。圧倒的に楽だと思うのですが。

 ・被扶養者: 協会けんぽ、健保組合が事前に判断してくれる。
 ・控除対象配偶者: 税務署が後からイチャモンつけてくる(扶養是正)。

 収入要件の差額も、123万円/130万円まで縮まったことですし。あえて、税法準拠とする理由はない気がします(ただし、通勤手当等の扱いに注意)。

 もちろん、お国は家族手当を廃止させたがっているところであり(余計なお世話)。制度を維持するか自体、検討すべきことなのでしょう。
posted by ウロ at 09:17| Comment(0) | 労働法

2025年06月23日

「本採用」とは何か。

 《一般用語を法令用語っぽく使うのは止めろ》シリーズ。

 試用期間満了時に社員として不適格だと判断して雇用契約を終了させることを、「本採用しない」「正式採用しない」などと表現することがあります。

 これ、どういう意味なんでしょうか。


 というのも、雇用契約自体は「内定」時点で成立、というのが定説になっています(始期付・解約権留保付)。なので、内定取消しも「解雇」の枠組みで有効性が判断されることになります。

 そして当然のことながら、就労開始後試用期間満了までの期間も雇用契約は存在しているわけです。試用期間中・試用期間満了時いずれであっても、会社が雇用関係を終了させるのは「解雇」であることに変わりはありません。

 だというのに、試用期間が満了するまでは「本」「正式」ではない採用状態だというのは、どういうことを意味しているのでしょうか。


 試用期間満了まで留保された解約権の行使による解雇を、解雇とは呼ばずに「本採用しない」と言い換えているだけなのでしょうか。通常の解雇と比較して実質要件が緩和されていることから、解雇とは違う表現をしているのだと。

 もちろん、ちゃんと解雇ルートにのせて処理しているかぎりは、単なる言葉の言い換えにすぎないといえるでしょう。解雇ルートにのせる場合には、30日前に解雇予告をしておかなければなりませんが(もしくは解雇予告手当の支払)。

 に対して、満了時に単に「本採用しない」という通知をするだけで何ら解雇としての処理を行っていないのだとしたら、雇用ルールの潜脱をしていることになり、極めて悪質でしょう。
 

 そうではなく、「本採用しない」というのを「退職勧奨」として位置づけることはできるでしょうか。
 「本採用しない」という通知をもって当然に雇用契約が終了するのではなく。それに対して本人が同意したら合意退職として扱う、本人が拒絶した場合はあらためて解雇ルートにのせるということです。

 正式な解雇ルートにのせる場合は、解雇が有効かどうかはともかく手続としては明確です(ただし、事前に解雇予告しておく必要があるのは前述の通り)。
 他方で、会社の「本採用しない」に対して労働者が従った場合はどういう扱いになるのでしょうか。

 上記では「合意退職」と書きましたが、労働者側からすれば、「本採用しない」と言われてしまったから従わざるをえなかっただけで、退職に同意したという認識はないかもしれません。むしろ解雇されたと認識している可能性もあります。


 雇用契約の終了自体は受け入れていたとして、後始末の問題として「離職票」の離職区分(離職理由)をどうするか、という問題があります。
 会社側としては、本人が納得の上で辞めてもらったから「自己都合退職」のつもり、労働者側としては、仕方なく辞めざるをえなかったので「解雇」のつもり、と認識がずれる可能性があります。
 もちろん退職勧奨の場合も「特定受給資格者」に該当するわけですが、揉める場合は揉めますよね。

 ということで、「本採用しない」などという曖昧な用語を使ってなんとなく雇用契約を終了させるのではなく、「(退職勧奨による)合意退職」なのか「解雇」なのか、正面からきちんと明記しておくべきだと思います。
posted by ウロ at 11:36| Comment(0) | 労働法

2025年06月16日

何が違うの?休日と休暇。

 休日と休暇、お休みの日がどちらに該当するかによって、割増賃金や最低賃金の計算に影響してきます。

 それゆえ、会社の立場からすると「これは休日としたい」「これは休暇としたい」という誘因が働くことになります(最低賃金を下回らないようにしつつ、割増単価をあげないようにしたい)。

 休日と休暇、会社都合で自由に設定できるものなのでしょうか。


 休日/休暇の違いにつき、一般的には次のような定式で説明されています。

  休日:そもそも労働義務が課されていない日
  休暇:本来は労働義務が課されている日であるが、労働義務が免除される日

 が、具体的に考えると、どちらに該当するのかよくわからないところがあります。


 たとえば、「誕生日」をお休みとする制度を設けたとします。

  ア 誕生日は必ず休み
  イ 労働者の申請により誕生日を休みとできる

 この場合、アは休日、イは休暇となりそうです。

 では、次の場合はどうでしょうか。

  ア 誕生日前後1週間のうちいずれか1日を指定して休まなければならない
  イ 誕生日前後1週間のうちいずれか1日を指定して休むことができる

 休む日にバッファーを設けた場合です。この場合でも、アは休日でよいのかどうか。

 会社が一方的に指定する場合は休日でいけそうですが、労働者の希望に基づいて決定した場合は休暇っぽい感じになってきますよね。


 また、「リフレッシュ休暇」と呼ばれる制度がありますが、これを「休日」として運用することはできるでしょうか。

  ア 年間7日間を会社指定により休まなければならない。
  イ 年間7日間まで申請により休むことができる。

 アのように運用した場合、「休日」扱いとなるのか、ということです。指定の時期も、年度はじめに一括指定する場合や月ごとに指定する場合などがあると思いますが、どのタイミングで指定しても「休日」でいけるのかどうか。


 結局休みの日、という結論が変わらないのに「そもそもない」とか「あるけど免除される」とか言われても、どこにその違いを見出すのかがはっきりしないわけです。
 「そもそもない」というのが、どの時点でどの程度まで決まっていなければならないというのか。

 これが、
  休日:会社が指定する休みの日(実際に休む日数が事前に決まっている)
  休暇:労働者が指定する休みの日(実際に休む日数が事前に決まってない)
という区別であれば、明確に判断できます。
 のに、なぜか《労務お役立ち記事》の類では、どれもこれも上述したような「そもそも/免除」定式で説明されています。

 手元の、「休日・休暇」がタイトルに入った書籍も見てみましたが、休暇については「年次有給休暇」について触れているだけで、「休日/休暇」の区別に触れているものが見当たりませんでした。

 労務についても税務と同様、お馴染みの論点にばかり議論が集中しがちで。こういった地に足のついた議論が展開されることが少ないのが現状。


 なお、会社が「休日」扱いにしたいからといって。

 実際は労働者の申請によることになっているのに、雇用契約書・就業規則で「リフレッシュ休日」などとネーミングしさえすれば「休日」扱いとできる、ということにはならないのだと思います。あくまでも実態で判断、となるはずです。
posted by ウロ at 09:47| Comment(0) | 労働法

2024年09月02日

キャッシュレス決済と労働基準法 〜労働法における法令と通達の相克

 先日は、印紙税法が、新しい支払手段にどこまで対応できているかを記事にしました。

キャッシュレス決済と印紙税法 〜第17号文書(領収書)該当性について

 法令ではなんの対応もせず。通達で「預金振込」に拡大運用したっきり。
 それ以外の支払手段に対しては、「質疑応答事例」で、従前の枠組みの限度で、苦し紛れに応答しているだけ。

 しばしば他の税法領域で展開されがちな、どうにかして課税ベースを拡大しようと勤しむ必死な姿が、印紙税法では全く見られない。
 このやる気のなさはなんですか。「電子帳簿」や「インボイス」にまともな人材をとられちゃって、もうどうにもならない、みたいなことですか。

 まあ、お国がDX推進に舵をきったことをきっかけに《安楽死》を選択されたのならば、我々も尊重せざるをえない。


 さて、今回の本題。
 お賃金を「デジタル払い」できるようになるよ、というお話し。

 法制度自体はとっくにできていましたが。やっと「資金移動業者」の第1号が指定されたということで。
 運営の公式情報がアップされています。

資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について(厚生労働省)

 例によって。
 当ブログが、この制度の中身についてご説明することはなく。そういうものは、上記公式情報及び、それをトレースした《労務お役立ち記事》をご参照ください。

 当ブログでイジっておく必要があると思ったのが、「通貨払いの原則」に関する法令と通達の関係についてです。

労働基準法 第二十四条(賃金の支払)
1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

労働基準法施行規則 第七条の二
1 使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法によることができる。ただし、第三号に掲げる方法による場合には、当該労働者が第一号又は第二号に掲げる方法による賃金の支払を選択することができるようにするとともに、当該労働者に対し、第三号イからヘまでに掲げる要件に関する事項について説明した上で、当該労働者の同意を得なければならない。
 一 (預金振込)
 二 (証券口座)
 三 (デジタル払い)



 何を言いたいのかというと。以下の表を御覧ください。

通貨払いの原則.png

 「通貨払いの原則」に関するルールの改正経緯です。

【説明】
1 「現金払い」以外は違法だった。
2 通達によって、「銀行振込」も同意書+協定書があれば有効扱いとした。
3 省令によって、同意があれば「銀行振込」も有効とした。
4 省令、通達で「証券口座」を追加した。要件は3までのものをそれぞれ引き継いだ。
5 省令、通達で「デジタル払い」を追加した。要件は4までのものをそれぞれ引き継いだ。

 なんとなく眺めていると、「ふ〜ん、そうなんだ」くらいの感想かもしれません。
 が、私の《イジりセンサー》が働くもののひとつ、「法令と通達の関係」という観点からは、とても看過できない箇所があります。


 2の時代は、まだ省令がなく、通達のみで「銀行振込」が許容されていました。これ自体はいわゆる《緩和通達》ということで、まあよかろうと。

 問題は、3の時代以降で。
 省令では「同意」のみによって銀行振込が許容されることになりました。ところが、通達は2の時代から改正されることなく、同意書と協定書が要求されたままとなっています。
 「同意」⇒「同意書」については、「同意を書面化してきちんと残しておきましょうね」という限度で、まだ許容できるかもしれません。
 が、省令で要求されていない「協定書」を要求しっぱなしになっている点は、どのように正当化できるのでしょうか。《緩和通達》が反転して《限定通達》になってしまったわけで。

 省令に書かれていることの意味を限定するというなら、まだぎりぎり通達の規律範囲に収まっているかもしれません。が、まったく書かれてもいないことを付け足してしまうのは、さすがに許容されないのではないか。

 4の時代になっても、省令・通達にそれぞれ「証券口座」を追加しただけで。通達が、法的根拠のない「協定書」を要求したままとなっています。

 そして、5の時代の「デジタル払い」の追加。
 通達で同意書を「電子でもOK」としていますが。省令ではそもそも同意の書面化を要求してないので、《緩和通達》ではなく。《限定通達》が少し緩んだだけです。

 なお、よくある勘違いとして。
 「デジタル払い」の場合だけに追加で要求されているルールは、「説明」だけです。同意、同意書、協定書が要求されることについては、「銀行振込」「証券口座」「デジタル払い」全てに共通のルールとなっています。
 

 このように、3の時代以降、通達が「労使協定」を勝手に付け加えている状態に反転し、それが現在に至るまで放置されたままになっています。

 だというのに、運営のサイトでは「省令にない」なんてことはお構いなしに。当然に労使協定が必要というノリで記述されています。
 お役所は、まあ、お立場上そうやって振る舞うのが必然かもしれません。が、問題は、雨後の筍系《労務お役立ち記事》の類。

 非専門家である《労務ライター》の方々なら、まあしょうがないとして。専門家までもが同じノリで記述しているのを読むと、なんだか切ない気持ちになる。

【Q&Aワナビー】
国税庁『Q&A』解釈方法論 序説

 ちなみに、『菅野労働法』では、協定とか要求してるの、行政解釈に基づく行政指導だよ、ときちんと書き分けられていて(P.373)。そこいらの実務書からは得られない栄養分が、ここにはある。

菅野和夫,山川 隆一「労働法 第13版」(弘文堂2024)


 労使協定を締結せずに、同意のみで「銀行振込」を実施しても、法令上は「有効」ってことでいいんですよね。
 どなたかが、『当社は徹底した《法令遵守》を旨としております。』ということで、あえて労使協定を締結しないチャレンジをかましてみたら、監督署の対応はどうなるのでしょうか。
 法令どおりだから「ぐぬぬ」となるだけか、法令を差し置いて通達一本で勝負を挑んでくるのか。私は、当然のことながら門外漢なので、そのあたりの実務の肌感はございません。

【税務通達だけの1冊モノ】
酒井克彦 「アクセス税務通達の読み方」(第一法規2016)
posted by ウロ at 08:53| Comment(0) | 労働法

2024年07月22日

水町勇一郎「水町詳解労働法 第3版 公式読本」(日本法令2024)

※詳解のほうが「第4版(2025)」になりました。そのうち「読本」も《リニューアル!》されるでしょうか。

水町勇一郎「詳解 労働法 第4版」(東京大学出版会2025) Amazon


 本書は「詳解第3版」の読本であって、「詳解の読本」第3版ではない。
 といえば伝わるでしょうか。

水町勇一郎「水町詳解労働法 第3版 公式読本」(日本法令2024) Amazon

 要するに、詳解第2版の読本を買った人が本書を買う必要があるか、に対する答えが、「ある」だということです。

水町勇一郎「水町詳解労働法 第2版 公式読本」(日本法令2022) Amazon

 「続編」と謳ってくれれば分かりやすいのですが。なぜか「完全リニューアル版!」という、微妙な言い回し。
 「リニューアル」って、下記の第9版→第10版のようなときに使うものだと思うのですが。

水町勇一郎「労働法 第10版」(有斐閣2024) Amazon
 帯に「全面リニューアル!」と書いてある。中身にかかわらず、煽り文句は収斂していくものなのか。

【宣伝文句論】
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
高木光「行政法」(有斐閣2015)
小西國友「社会保障法」(有斐閣2001)

 一部前著の再掲もあるから完全新作とは言いにくい、ということなのでしょうか。

 それならそうで、出版社が対比表でも作ってくれればいいのに。
 設問が300→191と大幅減となっていて。前著からの選ばれし精鋭として何が残ったのか、気になりますし。

 「本書に興味があるような人は、どうせ水町先生大好きだから、細かい説明なんてしなくても買うだろ」ということなら、まあそうでしょうが。
 実際、普通の人は『詳解』を読むのに手一杯であって。『読本』にまで手をだそうとするのは、よっぽどのフリークスでしょう。


 ということで、前著を持っている方は、本書と入れ替えでうっかり前著を売っぱらったりしないように。

 そして、我々普通の人は『詳解』の分厚さ(1568頁)から逃げることなく。まずは『詳解』と向き合いましょう。
 本書は「詳解の読本」とはいうものの。『詳解』が理解しやすくなるというよりは、プラスαの要素が強めですし。

水町勇一郎「詳解 労働法 第3版」(東京大学出版会2023) Amazon

 しかし改めて。
 『詳解』の、1頁あたりのお値段の激安さ。『読本』のおよそ半額よ。

  詳解 8,580円 1568頁
  読本 2,640円 248頁 

 これは『読本』のほうが標準であって。東京大学出版会の「特定の」教科書に対する値段設定が変なんですよね(ありがとうございます)。

田中亘「会社法 第5版」(東京大学出版会2025) Amazon
posted by ウロ at 09:08| Comment(0) | 労働法

2023年12月18日

吉田利宏「実務家のための労働法令読みこなし術」(労務行政2013)

※以下は初版(2013)の書評です。

 コンセプトはとてもよい、コンセプトは。

 吉田利宏「実務家のための労働法令読みこなし術 第2版」(労務行政2025)


 「条文の読み方」的な本は、今どきはあれこれあるのですが。

 法制執務・法令用語研究会「条文の読み方 第2版」(有斐閣2021)

 そこで題材となる条文は、自分の全く関心のないあちこちの分野から引っ張ってこられていたりして。自分の関心のない法分野の条文について、ひたすら法律の「文法」を学習するなんて、「クソつまらん」という感想をもってしまうのは必至です。
 そこで、題材を「特定の」法分野に限定した条文の読み方本であれば、当該分野に関わったことのある人にとっては、中身についてある程度知識があるので、理解しやすくなるんじゃないかと思うわけです。

 というわけで、本書が「労働法令」を題材に「条文の読み方」をやってくれているのは、とてもよいコンセプトだと思いました。


 ではなぜ、「コンセプトは」という含みのある言い方をしたのかというと。

 労務分野では、法令のみならず、通達をはじめとするお役所発の情報が大きな顔を利かせています。法令だけ読みこなしていれば労務分野でイキリ散らせるかというと、まったくそんなことはなく。
 法の建前とは異なり、実務的にはお役所情報の取扱い方が相当重要な位置づけを占めています。法の規律が抜けている箇所については、通達等に頼らざるをえませんし。

 という観点から、本書の記述をみてみると。
 法令以外の情報について、第1章の「基礎知識」では通達等の説明があるものの、第2章の「読みこなし術」では、残念ながら法令だけが題材となっています。まあ、それが普通といえば普通なのでしょうが。労務に特化しているというコンセプトからすれば、通達等の読み方についても深掘りしてほしいところでした。

 お役所の情報が条文とイマイチ噛み合っていない、ということはしばしば見られる現象であり。

リーガルマインド年次有給休暇 〜原則付与と比例付与
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
「出産手当金支給申請書」違法論

 こういう場合に、「条文はこうだから(キリッ)」だけでは済まされない悩みが、実務家にはあるわけです。ので、条文を読み、通達等を読み、さてどうするか、についてのアプローチの仕方が求められている。
 のに、本書では、他著と同様、そこまでの踏み込みはされていません。

 や、私が本書に過度の期待をしてしまっただけなのでしょう。著者は「条文の読み方」の専門家であって、労務の専門家ではないですし。タイトルにも『労働法令』とだけしか書かれていませんし。

【ガチの専門家による通達の読み方】
 酒井克彦「アクセス 税務通達の読み方」(第一法規2016)


 本書には、随所に卑近な例を使って説明をしてくれている箇所があるのですが。
 著者御本人としては、非専門家向けに分かりやすく説明してあげている、というつもりかもしれませんが。喩えがド下手なんですよね。

 たとえば、「章名・節名をもって見出しに代えさせていただきます」系の、見出しがない条文についての喩え(本書では、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律の第5条が題材にあげられています)。

「中華料理店で、ラーメンとチャーハンを同時に注文するとチャーハンのスープが出てこないことがありますが、考え方はそれと同じです。「大は小を兼ねる」というわけです。」

 これで理解しやすくなっていますか。
 ラーメンのスープが大で、チャーハンについてくるスープが小ということでしょうか。つまり、中華料理店は、普段はチャーハンのスープとして提供しているものを、ラーメンが注文されるとそれを大きい器に入れて提供しているんだと。
 あるいはその逆に、ラーメンのスープを小さい器に入れて、チャーハンのスープとして流用しているということでしょうか。
 そういうことなんですか?

 章タイトル: ラーメンのスープ(大)
 条文見出し: チャーハンについてくるスープ(小)

 「喩え」というのは、誰もが分かっているものを使って、わかりにくいものを理解しやすくするために用いるもののはずです。ので、こういう疑問が浮かんでしまう時点で失敗なのは明らかです。
 そもそも、「章名・節名をもって見出しに代える」程度のこと、わざわざ喩えを使ってまで説明しなければならないほど、理解が難しいものでしょうか。

 おそらく、本書の著者のような超頭の良い方が、我々のような庶民向けに分かりやすく書こうとすると、こういう感じになってしまうのでしょう。あるいは、「面白い喩えが思いついた!」ということで、どうしてもねじ込みたかったのか。

【頭の良い人の考えるユーモア】
大島 眞一「完全講義 民事裁判実務の基礎 上巻(第3版) 」(民事法研究会2019)

 喩えなんて所詮喩えであって。雰囲気は掴めても正確な理解からは遠ざかる。のに、本書ではやたらと喩えがでてきて。
 その都度、喩え側でイメージづくりをしなければならず。端的にいってノイズでしかない。


 なお、本の薄さからすると定価がお高め(223頁で税抜3,524円)。しかも、最後の「付録」と題する箇所、『労働法ナビ』とかいう、かつて存在したサービスの広告になっていますし。
 特定のサービスの販促本という位置づけなら、もう少しお安めに頒布したらよかったんじゃないですかね(今更言っても詮無い話)。

【マネーフォワード販促本?】
小島孝子「電帳法とインボイス制度のきほん(令和5年度税制改正大綱対応版)」(税務研究会出版局2023)

 上述した「過度の期待」も、このようなお高めのお値段から勝手に私が抱いてしまったものなのかもしれません。
posted by ウロ at 07:58| Comment(0) | 労働法

2023年12月11日

安枝英、,西村健一郎「労働法 第13版」(有斐閣2021)

 役割を果たし終えた、と捉えればよいのかどうか・・・。

安枝英、,西村健一郎「労働法 第13版」(有斐閣2021)

 1986年に初版が出版されてから、継続して改訂を重ねられていて。「信頼と実績の」という感じかと思いきや。

 私自身は今回初めて読んだので、当初がどんな感じだったのか分からないのですが。
 一読した感じ、法改正や裁判例が出るたびに、継ぎ足し継ぎ足しで追加していったような記述になっているように読めます。それが追加直後ならともかく、かなり前の法改正でも、未だに「なお、◯◯年の法改正により〜」といった具合に、元の文章に溶け込ませることを怠っている。あるいは、既存の文章に溶け込ませ済みにも関わらず、「なお書き」も残されたままだったり。

 また、「短時間労働者」に関する記述ではパート有期労働法8条・9条の規律が反映されているのに、「有期労働契約」に関する記述では労働契約法20条のままになっていたり。最新情報を継ぎ足すまではしても、既存の文章の見直しにまで気が回っていないのか。

 また、「1年の期限付きの労働契約が4回更新されて5年を超えた場合」に無期転換権が発生するとか書いてあるのですが、これだと5年ぴったりなので足りてません。
 無期転換権ルールが追加されたの、改訂のタイミングでいうと「第12版」のはずです。にも関わらず、誰も指摘してあげず「第13版」でもそのまま放置されていると。
 間違いがあっても誰も指摘してあげない、そういう文化があるのでしょうか。

熊王征秀「消費税法講義録 第4版」(中央経済社2023)

 とにかく、出版社のやる気のなさがキツすぎる。高校生バイトにでも、最低限の「てにをはチェック」だけをやらせてる感じですか。
 えも知れぬ悲しみが込み上げてくるので、これ以上野暮なツッコミはいたしません。各自「アクティブ・ラーニング」としてご活用されてみてはいかがでしょうか。

【アクティブ・ラーニング実践編】
後藤巻則「契約法講義 第4版」(弘文堂2017)
三木義一「よくわかる税法入門 第17版」(有斐閣2023)
「新 実務家のための税務相談(民法編) 第2版」(有斐閣2020)


 本書の「継ぎ足し」感を強く感じる原因、本書の「第4編 団体的労働関係法」もその一つだったりします(逆説)。

 というのも、この分野、個別法と比べて法改正も裁判例も大人しめ。というか、直近ではほとんど動きがない。
 そのおかげで、第4編の記述は、非常に引き締まった、かつ丁寧な文章が維持されたままとなっています。

 また、法改正、裁判例が少なめなのにも関わらず、結構多めの頁が確保されています。初版当時はまだ、個別法より団体法が重視されていて、その比率がそのまま維持されているということでしょうか。
 個別法の記述が、条文引き写しと裁判例ご紹介でぎちぎちに詰まっているのに対し。団体法の記述は、著者ご自身の地の文がメインとなっている余裕のある記述で、読みやすく感じます。


 著者の西村健一郎先生ですが、「社会保障法」の入門書と体系書も出版されていて(安枝先生はご逝去)。

西村健一郎「社会保障法」(有斐閣2003)
西村健一郎「社会保障法入門 第3版」」(有斐閣2017)

 こちらは、非常に優れた本だと、私は感じました。ゆえに、本書とのコントラストが余計に際立つ。


 なお、本書は「有斐閣双書プリマ・シリーズ」というシリーズもののうちの一冊です。

 石黒一憲先生の下記書籍が同シリーズから出版されていて。この本が、知的好奇心をくすぐられる優れたものであったことから、本書にも過分な期待をしてしまっただけなのかもしれません。

石黒一憲「国際私法 新版」(有斐閣1990)

 同じシリーズでも、中身のレベルは混合玉石、というのは、分かっているはずのことではあるのですが。毎度騙される、学習能力のない私が悪いだけの話。

【プレップシリーズ】
米倉明「プレップ民法(第5版)」(弘文堂2018)
森戸英幸「プレップ労働法 第7版」(弘文堂2023)
徳田 和幸「プレップ破産法 第7版」(弘文堂2019)

【ストゥディアシリーズ】
多田望ほか「国際私法 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2021)
黒田有志弥ほか「社会保障法(有斐閣ストゥディア)」(有斐閣2019)

 にしても、この出版社。いい本を出してくることがあるのは間違いないのですが、過去のシリーズ物をあまり大事にしない印象。いつの間にか自然消滅していることが多い。

「法律学大系」(有斐閣) 〜或るstalk。

 本シリーズにしても、直近の出版は今回やり玉にあげたこの本だけです。
 あたかも、シャッター通り商店街で、一店舗だけ営業しているみたいな状態。発展しきる前に早々に切り上げて、別の似たような商店街の開発を次々と始めてしまう感じがしています。

 下記書籍も、それぞれシリーズの中で一冊だけ改訂され続けているもの。狙ったつもりはないのですが、しっかり記事化されている。

下井隆史「労働基準法 第5版」(有斐閣2019)
近藤光男「商法総則・商行為法 第8版」(有斐閣2019)
posted by ウロ at 10:29| Comment(0) | 労働法

2023年07月17日

倉重公太朗,白石紘一「実務詳解 職業安定法」(弘文堂2023)

※以下は「実務書を《読みもの》として読む」という、イカれた趣味の持ち主によるヤジ・ガヤの類となりますので、ノーマルの実務家の方は気にせず本書をご購入いただいて大丈夫です。


 はしがきにいきなり「職安法で実務に使える良い本がない」と書かれているのですが。

 倉重公太朗,白石紘一「実務詳解 職業安定法」(弘文堂2023)

 現行で出ている職安法の本って、下記書籍くらいしかないのであって。

 労働新聞社「職業安定法の実務解説 改訂第7版」(労働新聞社2023)

 要するに、同書を実質名指しで「実務で使えない」とディスっているという理解でよいでしょうか。本書の中の【文献】にも出てきませんし。


 下記の◯×は、本書に対する私の評価一覧。
 共著ゆえ、章(節)ごとに大きく評価が分かれる結果となりました。

 もちろん、こんなものは私が勝手に本書に期待したこととのギャップを表したものにすぎず。一般的な評価とは異なります。

  序 章 職安法の過去・現在・未来
   第1節 職安法規制はなぜ始まり、何を防ぎたかったのか ◯
   第2節 職業キャリア形成の現状とこれから ―
  第1章 令和4年改正職安法の全体像 ×
  第2章 雇用仲介サービスの全体像 ―
  第3章 職業紹介 ×
  第4章 募集情報等提供 ×
  第5章 労働者供給 ×
  第6章 労働者の募集 ◎
  第6章補論 企業グループの募集採用をめぐる問題 ◎
  第7章 個人情報の取扱い ×
  第8章 職安法違反における行政の対応 ×
  終 章 雇用仲介規制とこれからの職安法 ◎


 ということで、以下個別に記述します。


 序 章 職安法の過去・現在・未来
  第1節 職安法規制はなぜ始まり、何を防ぎたかったのか ◯


 いわゆる「史」の部分。流れるような記述でとてもわかりやすかったです。


 序 章 職安法の過去・現在・未来
  第2節 職業キャリア形成の現状とこれから ―
 第2章 雇用仲介サービスの全体像 ―

 「―」というのは、無評価という意味です。

 確かに、キャリア形成・人材サービスに関する現状を知るという意味では非常に有益な記述でした。
 なのに、なぜ無評価なのかというと。

 他章において、これら現状認識を前提とした解釈論が展開されるということもなく。なのに、あえて法律実務書たる本書にねじ込む必要があったのか疑問に思った、という意味合いからです。


 第1章 令和4年改正職安法の全体像 ×
 
 コピペなはずなのに、P52の3号の図が間違っているのはなぜなのか、というのはさておき。
 取り急ぎ単年度の改正法だけ知りたい人にとっては、よくまとまっているなあ、というところだと思います。

 が、「使える実務書」を志向するのであれば、この箇所に配置すべきなのは、単なる単年度の改正内容のご紹介ではなく。
 職業安定法の法的性質や規律の仕方の特徴、指針・要領を含めた全体の構成、あるいは人材サービスに関する規制全体の中における職業安定法の位置づけなどを論ずるべきではないでしょうか(職業安定法総論または労働市場法総論)。

 私の勝手なイメージだと、第1章がそのままだとして、序章第2節や第2章あたりがそっくりそのまま《総論》に置き換わってくれると、「法律書」としてしっくりきます。

 という意味合いで×としました。
 内容自体がいいとか悪いではなく。そもそも、単年度の改正内容のご紹介にいいも悪いもありません。

 また、まとめて最後に述べますが、本章にも「シン・職安法」というフレーズが出てきます。が、このことについての何かしらの理論的考察が展開されるということもなく。淡々と、令和4年改正の内容が説明されています。


 第3章 職業紹介 ×
 第4章 募集情報等提供 ×
 第5章 労働者供給 ×
 第6章 労働者の募集 ◎
 第6章補論 企業グループの募集採用をめぐる問題 ◎


 各行為類型の規律内容を解説する箇所です。総論をすっ飛ばしていきなり行為類型の解説に入るのは、やはり法律書として落ち着かない(個人の感想です)。

 「3・4・5」と「6・6補論」とでぱっくり評価が分かれる結果となりました(以下、それぞれを前者/後者といいます)。


 前者は、もっぱら運営(厚生労働省)の情報をベースとして記述が構成されています。に対して、後者では運営の情報を前提としつつも、疑問点がある場合はきちんと指摘がされています。

 デフォルメして表すと、

前者が、
 ◯◯は△△しなければならない(法◯条)。
 また、◯◯は□□しなければならない(要領◯)。
と法の規律と単なる要項の記述を並列的に扱っているのに対し、

後者では、
 ◯◯は△△しなければならない(法◯条)。
 また、厚生労働省は、◯◯は□□しなければならないとの見解を示しているが(要領◯)、××の点で疑問がある。
と、要項はあくまでも運営の解釈にすぎないことを明記しつつ、疑問点をしっかり指摘しています。

 勝手な推測ですが、前者から条文・指針・要領などの記述を排除していったら、地の文がほとんど残らないんじゃないですかね。


 条文をそのまま引用しているのではなく、その内容を解説をしているはずの箇所で、次のような記述をみると、ものすごい損した気持ちになります。

P.143 (第3章)
 職業紹介事業者は、職安法32条の16第3項(法33条4項、38条の2第7項および33条の3第2項において準用する場合を含む。本章第16節2参照)の規定による情報の提供を行うにあたり、その紹介により就職した者のうち期間の定めのない労働契約を締結した者(以下、本項において「無期雇用就職者」という)が職安則24条の8第3項2号(令25条1項、25条の2第6項および25条の3第2項において準用する場合を除く)に規定する者に該当するかどうかを確認するため、当該無期雇用就職者に係る雇用主に対し、必要な調査を行わなければならない(職交指針第6-11(1))。


 「職安則24条の8第3項2号(令25条1項、25条の2第6項および25条の3第2項において準用する場合を除く)に規定する」などという記述を地の文にそのまま貼り付けるなんて、正気とは思えません。

 これに対して第6章。
 法42条の2では法20条を準用するとしているのですが、準用して読み替えた後の記述に置き換えてくれています(P.318)。同じ書籍の中でこんなに親切具合が違うとか、高低差ありすぎでしょう。

 なお、本書がサイレント「使えない」呼ばわりしている『実務解説』の記述。

 職業紹介事業者は、(1)の情報の提供を行うに当たり、無期雇用就職者が(1)のロに掲げる者に該当するかどうかを確認するため、当該無期雇用就職者に係る雇用主に対し、必要な調査を行わなければなりません(様式例第6号参照)。

 法条の部分を(1)、(1)ロとして括りだすことで、だいぶすっきりした記述になっています。


 職業紹介/募集情報等提供の区分(第3章)、労働者供給/労働者派遣/請負/出向などの区分(第5章)なんて、花形の論点だと思うのですが。
 残念ながら、要領中心の記述にとどまってしまっています。要領記載の労働者供給の2類型とか、未だにしっくりこない。

 これに対して第6章だと。
 「固定残業代」につき、要領だと金額・時間・超過精算すべて明記しなさいとあるが、固定残業代の有効要件以上のものを要求している、といった指摘がされています。
 あるいは、要領だと「愛読書」を聞くのは職業差別につながるから避けろと書いてあるが、必ずしもそうではない、といった指摘もされています。

 運営の情報をそのまま並べている記述と、きちんと疑問点を指摘している記述とで、どちらが「使える実務書」といえるでしょうか。
 その認識は個々の執筆者ごとにお任せしたので、前者と後者とで執筆内容が大きく異なってしまったということでしょうか。


 さて。第6章補論。

 なぜか2段組の細かい文字に圧縮されてしまっていて、一見コラム的な軽いものかと思いきや。
 その内容は、企業グループで採用活動する場合にどうすれば「委託募集」にあたらないようにできるか、といった非常に実践的なものとなっています。職安法違反の場合の民事的効力にまで触れているなど、非常に周到な内容になっています。

 にも関わらず、これを「補論」扱いにして、しかも文字を圧縮しているというあたりから、本書の方向性を推して知るべきだったのでしょうか。


 第7章 個人情報の取扱い ×

 個人情報保護法の規律と、職業安定法(というか指針とQA)の規律が平行的に記述されていて、それぞれの内容はよくわかるのですが。

 「実務で使える」ようにするためには、2つの規律を別々に走らせておくのではなく、統合したかたちで運用できるのが望ましいわけです。
 企業会計/会社法会計/税法会計と3つの会計があるからといって、3つの会計を別々に処理なんかしていられない、というのと同じことです。大きな会社なら企業会計ベースで処理して申告時のみ申告調整、小さな会社ならはじめから税法会計ベースで処理して申告調整を(ほとんど)しない、とか。

 「足して1」にはできないとしても、2倍までの労力をかけずに、両法の規律を同時に満たせるような運用方法を提示してほしいところ。
 個人情報保護法:一般法/職業安定法:特別法という関係にあると思うのですが、せめて、一般法と特別法の規律を溶け込ませてひとつの規律として記述ができないものかどうか。


 また、法律上は同じ規律であっても、それぞれの立場によって実際に要求される内容は異なってくるはずです。単純な話、自社募集の場合と委託募集の場合でも、個人情報の取扱い方に微妙な違いが出てくると思います。
 このあたりの具体的な書き分けをしておいて欲しいところです。

 本来なら、第7章で情報保護・総論を展開してから第3〜6章で各論を展開すべきものなんでしょうけども。実際には、第3〜6章では「詳しくは第7章で」とあり、他方で第7章ではどの類型にでも当てはまるような形で記述されています。


 「リクナビ事件」については、同章でご紹介がされています。
 個人的に、本件は結局のところ職業安定法何条に違反していたのか疑問があったのですが、同章では「(法51条の2への違反と思われる)」という当て推量しか書かれていませんでした。
 これが51条の間違いなのかどうか知りませんが、具体的なあてはめもなく単なる法条摘示がされているだけなので、何がどう違反していたのかがはっきりしません。

 第3章〜第5章からも感じたことですが。
 法に違反して違法なのか、単に要領に違反しているだけで望ましくないレベルどまりなのか。これが大きく違うということに、あまり意識が向いていないように感じてしまいました。
 これがお役所内部の資料であれば、法令も通達等の内部文書も同格扱いされるのは分かるのですが。


 第8章 職安法違反における行政の対応 ×

 職業安定法の、行政法としての基本的な性質とか、本書で盛んに引用されている指針・要領の位置づけなど、基礎理論にあたる部分をすっ飛ばして、運営側の対応手法の解説だけされてもなあ、という印象。
 どこまでいっても、総論不在が響いてくる。

 指導・助言に従わなかったら罰則の適用対象にもなる、みたいなことが書かれているのですが(P405)、指導・助言に従わなかっただけでは罰則の対象にはならないはずです。
 指導・助言の対象が法違反行為であってはじめて改善命令→罰則に流れていくのであって(法違反行為がダイレクトに罰則につながるものもあり)。「望ましくない」レベルで実施した指導・助言に従わなかったからといって、罰則が適用されることにはなりません。

 このあたりも、法違反/要領違反の違いがあまり意識されていないことから、単なる指導・助言違反も罰すべき、みたいな考えが出てきてしまうのでは、と感じてしまいます。


 終 章 雇用仲介規制とこれからの職安法 ◎

 「終章」などと位置づけられているので、あまり期待せずに読んだのですが。
 とても鋭い分析が展開されており、むしろここから本書を組み立てるべきだったのでは、と思わされました。

 たとえば、募集情報等提供事業につき、6つの要素を抽出して類型ごとの理論的分析をしたり。あるいは、「介在度」という概念を使って、職業紹介/募集情報等提供の区分をしたり。
 本来であれば、こういった理論的分析を、本書の全面にわたって展開すべきものでしょう。というか、終章とかいって端っこに押し込められているの、非常にもったいない。

 本書における終章や第6章補論の窓際的な扱い、私にはよく理解できません。

 ちなみに、本章執筆の今野浩一郎先生といえば、下記書籍もとてもよいものでした。

 今野浩一郎「同一労働同一賃金を活かす人事管理」(日本経済新聞出版2021)


 特に、同じく行為類型を記述している第3章〜第6章補論のクオリティの違いをみて、ふと思ったことですが。

 職業安定法について、どのような立場の人間が読むかを捨象して記述するのは、もはや無理があるのではないでしょうか。
 自社募集する企業にとって、職業紹介事業の許可申請の手数料がいくらかなんて、どうでもいいことですし。他方で、これから許可申請する企業が本書だけで許可申請できるようにはならないでしょうし。
 『逐条解説』モノの場合は別として、特定の立場に特化した形で構成しないと、誰にとっても中途半端ということになりかねない。


 とはいえ、こんなニッチな分野の実務書、対象読者を絞ってしまったら部数がでなくなってしまうのでしょう。それゆえ、どうしても「職業安定法に関わるすべての人に」みたいな感じで、幅広に設定せざるをえないのかもしれません。

 『内定辞退率を勝手に予測されて企業に提供された求職者のための・職業安定法』なんて本、まあ売れませんよね。

 本書は、第6章・第6章補論が実践的な、充実した記述であることからすると、自社(グループ含む)で募集をする企業にとっては非常に有益と思われます。


 ところで、本書にそこかしこにでてくるフレーズ。

 市場における情報流通をめぐる諸問題の解決を目指す法システム―情報法とでもいうべきもの―の一環たる、「シン・職安法」

 このような認識が、本書の個別具体的な解釈論に活かされているとか、情報法学の知見を活かした記述になっているとか、そういうことは特になく。

【それぞれ、法学プロパーからすると独特な立ち位置ですが】
 林紘一郎「情報法のリーガル・マインド」(勁草書房2017)
 小向太郎「情報法入門 第6版」(NTT出版2022)

 私も、本書がこんなフレーズを謳っていなければ、なにか特別な期待を持つことはなく。そして勝手に裏切られた気持ちになることもなく。普通の職安法解説書として流していたはずですし、こんなブログ記事を書く羽目にもならなかったはずです。

 ここでもやはり、総論不在ゆえ、「総論で議論を敷衍してから各論で具体的に展開する」ということが出来ていないのではないか、というのが私の邪推。
 中小企業の社長がいきなり、『うちのCredoは今日から「顧客に寄り添う」になったから!』とだけいって、具体的にどうするかはお前たちで考えろ、とぶん投げる的な。

 フレーズが一人歩きしている(や、歩いてすらいない?)のが現状なので、第2版では正面から議論を展開してくれることを期待しています。

 が、カタカナで「シン・」とかいうの、いつまで通用するんですかね。
 とある古い民法入門書で、わかりやすく記述するためにでしょうが「オープンリール」という単語が出てきたのですが、私にはなんのことやら分かりませんでした。

 ので、第2版が出版されるころには、もはや「シン・」なんて通用しなくなっているかもしれません。


 一応、擁護的なことを書いておくと。

 いわゆる「労働法コンメンタール」シリーズの主要領域うち、雇用保険法と職業安定法は古いまま放置されています(どうせ品切れで買えないかクレイジープライスでしょうから、貼りません)。

六訂新版 労働組合法 労働関係調整法 (労務行政2015)
令和3年版 労働基準法 上巻 (労務行政2022)
令和3年版 労働基準法 下巻 (労務行政2022)
八訂新版 労働者災害補償保険法 (労務行政2022)
改訂2版 労働者派遣法 (労務行政2021)
改訂2版 労働安全衛生法(労務行政2021)
改訂15版 労働保険徴収法(労務行政2024)

 それゆえ、同シリーズの役割である「ひたすらお役所の見解を網羅する」ポジションの本が存在しない状態になっています。ので、本書がその役割も兼ねざるをえず、運営の情報をペースとした記述が中心となってしまった、という擁護はできるかもしれません。

 ということで、いつかコンメンタールが出版されましたら、本書はその役割から開放されて、より突っ込んだ内容に生まれ変わることを期待しております。

 なお、さすがの私でも、同シリーズに対して「運営の情報しか載ってねえじゃんか!」などとクレームをつけることはおよそありません。むしろ、「シン・職安法」などの余事記載を含まずに、純然たる運営の情報を得られる、というのが同シリーズの最大のメリットなわけです。

 そして、同書で運営側の手の内を理解した上で、ではどう対応するかを記述するのが、在野の法律実務書の役割となります。


 次のような書籍が今度でるらしく。

山本龍彦,大島義則「人事データ保護法入門」(勁草書房2023)

 本書が謳っておきながらも不足している、《情報法》としての側面を補うような内容になっていると期待してもよろしいでしょうか。ただ、法学書でタイトルに『入門』て入っている書籍には警戒的にならざるを得ません。

 というのも、法学書で『入門』とタイトルが入っている書籍、
  1 正しい意味での初学者向けの入門書
  2 単なるセドチン(制度陳列)系の言い訳として
  3 ガチ勢が読むほどのレベルじゃありませんよ、という後ろ向きの趣旨
などなど(あくまで一例)、実際に読んで見るまでどういう意味合いで使っているかが分からないからです。出版社の宣伝文句は当然として、「まえがき」に書いてある自己規定も当てにならず、中身を読むまでは判断ができないものです。

 ということで、同書も中身がわかるまでは様子見です。

 というか、本記事は「シン・職安法」などというフレーズに飛びついて予約購入してしまった自分への戒め文でもあります。宣伝文句に警戒的だったはずなのに、今度こそはと飛びついてしまったわけです。

 もちろん、上記評価一覧のとおり、とても良かった箇所もあったわけで。本書からの学びの一つは、「共著は一部執筆者だけで判断してはいけない。」ということです。
 ネット上でも「試し読み」が提供されていることがありますが、本当に一部分だけ。なので、共著の場合には正当な購入可否の判断ができません。

 なかには、共著にもかかわらず悪い方向で記述レベルが統一されている、という書籍もあったりますが。

「新 実務家のための税務相談(民法編) 第2版」(有斐閣2020)

 極めてレアケースでしょうよ。
posted by ウロ at 10:07| Comment(0) | 労働法