2022年01月17日

リーガルマインド法定調書合計表 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 年末調整が終わると、その流れで法定調書合計表へとステージが移ります。

リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その2) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その3) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その4) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 当ブログは、巷のお役立ち記事とは違い、斜め上(下?)のお役立たない記事を掲載しているわけですが、法定調書合計表についてもご多分に漏れず。


 「給与所得の源泉徴収票」を税務署に提出する範囲について。
 運営の手引によると下記の通り。

給与所得の源泉徴収票.png


令和3年分 給与所得の源泉徴収票等の法定調書の作成と提出の手引 P.9
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/hotei/tebiki2021/index.htm

 疑問に思ったのが、「年調無・甲欄・給与2000万円以下」の人がどこにも当てはまらないということです(以下、扶養控除申告書を提出した場合を甲欄と表現します)。
 もちろん、本来は2000万円以下であれば年調義務があるわけですが、ルールに従わず年末調整をしなかった場合はどうするか、という話です。

 「提出する必要がある方」のどこにも該当しないのだから、提出不要でいいんじゃん、と結論づけるのは早計。
 すでに、『年末調整のしかた』につき《規範論的アプローチ》と《類型論的アプローチ》による分析を行った我々には、運営列挙の類型漏れがち、という事実が分かっているわけです。

 ので、面倒ながら自力で条文を読み込まざるをえない。

 なお、ブログタイトルに『日常系税務』を冠しているとおり、なんでもかんでも条文にさかのぼって、などという《条文原理主義者》のつもりは全くありません。特に、年末調整や合計表などの作業系の業務なんて、運営作成の手引でつつがなく処理できるならば、それに越したことはない。
 法定調書合計表にリーガルマインドを発揮するとか、ヤベえ奴よ。《羹に懲りて膾を吹く》感が強い。

 が、『年末調整のしかた』でみたとおり、残念ながら鵜呑みにできない。
 ので、仕方なく条文を検討します(法は所得税法、規は同法施行規則)。


法 第二百二十六条(源泉徴収票)
1 居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(第百八十四条(源泉徴収を要しない給与等の支払者)の規定によりその所得税を徴収して納付することを要しないものとされる給与等を除く。以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、財務省令で定めるところにより、その年において支払の確定した給与等について、その給与等の支払を受ける者の各人別に源泉徴収票二通を作成し、その年の翌年一月三十一日まで(年の中途において退職した居住者については、その退職の日以後一月以内)に、一通を税務署長に提出し、他の一通を給与等の支払を受ける者に交付しなければならない。ただし、財務省令で定めるところにより当該税務署長の承認を受けた場合は、この限りでない。

規 第九十三条(給与等の源泉徴収票)
1 居住者に対し国内において法第二百二十六条第一項(給与等の源泉徴収票)に規定する給与等(以下この条において「給与等」という。)の支払をする者は、同項の規定により、その給与等の支払を受ける者の各人別に、次に掲げる事項を記載した源泉徴収票二通を作成し、一通をその給与等に係る所得税の法第十七条(源泉徴収に係る所得税の納税地)の規定による納税地の所轄税務署長(第一号イ及び第六号イ(1)において「所轄税務署長」という。)に提出し、他の一通をその給与等の支払を受ける者に交付しなければならない。(略)

2 前項の場合において、次の各号に掲げる場合に該当するときは、当該各号の規定に該当する給与等に係る同項の源泉徴収票は、税務署長に提出することを要しない。
一 同一人に対するその年中の法第百九十条の規定の適用を受けた給与等(法第二百四条第一項第二号(報酬、料金等に係る源泉徴収義務)に規定する者に支払う給与等及び次号に規定する給与等を除く。)の支払金額が五百万円以下である場合
二 同一人に対するその年中の法第百九十条の規定の適用を受けた給与等で法人がその役員(相談役、顧問その他これらに類する者を含む。)に対して支払うものの支払金額が百五十万円以下である場合
三 同一人に対するその年中の前二号に規定する給与等以外の給与等で給与所得者の扶養控除等申告書を提出した者(前号の役員を除く。)に対してその提出の際に経由した給与等の支払者が支払うものの支払金額が二百五十万円以下である場合
四 同一人に対するその年中の前三号に規定する給与等以外の給与等の支払金額が五十万円以下である場合


 手引では、提出が必要な人の類型が限定列挙されています。
 が、条文構造はそれとは逆に、原則は全員提出必要で(法184条は無視します)、規則2項各号の限定列挙された事由に該当すれば提出不要、という建て付けになっています。このような規律の仕方ならば、必ずいずれかに含まれることになり、原理上漏れが生じません。

 ところが、この枠組みを、手引のように必要な人を限定列挙する書き方に改変してしまうと、高確率で遺漏が生じます(実際そうなっている)。

 各号の不要な人を列挙すると次の通り。
  1号 500万円以下 年調あり、役員・士業以外
  2号 150万円以下 年調あり、役員
  3号 250万円以下 甲欄、1,2号,役員以外
  4号  50万円以下 1,2,3号以外

 ここで「士業」とあるのは、あくまでも「給与」としてもらう場合です。「報酬・料金」の規定から概念お借りしちゃってますが、『者』の部分をお借りしているだけ。
 ちなみに、今どきのソフトは提出範囲を自動判定してくれたりしますが、士業給与まで対応しているものってありますかね?社員情報に「士業」であることを入力する項目、無いですよね。

法 第二百四条(源泉徴収義務)
1 居住者に対し国内において次に掲げる報酬若しくは料金、契約金又は賞金の支払をする者は、その支払の際、その報酬若しくは料金、契約金又は賞金について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。
二 弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、司法書士、土地家屋調査士、公認会計士、税理士、社会保険労務士、弁理士、海事代理士、測量士、建築士、不動産鑑定士、技術士その他これらに類する者で政令で定めるものの業務に関する報酬又は料金


 このように、条文では手引にあるような「退職」云々や「2000万円」云々といった切り分け方はされていません。また、手引の「提出範囲」によると、150,250,500,250,50,全部,50、と合計7類型あることになっていますが、条文では4つの除外事由しかありません。

 通常、退職者は年調無となるわけですが、甲欄であれば3号により、乙欄・丙欄であれば4号により判定されるということです。退職者という類型が列挙されているわけではありません。

 要するに、おせっかいで、条文の規律をばらけさせているということです。
 たとえば、(2)年調有・士業給与と(4)イ甲欄・退職者(社員)の250万円は、別々のルールではなく同じ「3号」に対応します。

 また、(4)ロの2000万円というのは本来、手引で赤字になっている判定金額で使うもののはずです。のに「受給者の区分」のほうに組み込んでしまったせいで、提出範囲には「全部」などと書くしかなくなっています(ぶざま)。
 結果として全部提出することにはなるのですが、条文上どうやって導くかといえば、役員以外は3号で250万円超だから、役員は4号で50万円超だから、提出するということです。適用号数の異なるものが、2000万円超という圧倒的額面によってサイレント呉越同舟させられてしまっている。


 以上の《規範論的アプローチ》によれば、手引ではどこにも該当しない「年調無・甲欄・給与2000万円以下」の場合も、自ずと結論を導くことができます。

 この場合は、役員以外は3号で250万円超ならば、役員は4号で50万円超ならば、提出が必要になるということです。

 除外ルールを、条文構造にしたがって整理すると次の通り。

給与所得の源泉徴収票 提出範囲.png


 社員と士業で違いがあるのは、年調有の場合だけです。年調無で甲欄250、乙欄丙欄50というのは同じです。
 役員は年調の有無でのみ結論がかわります。年調無ならすべて50となります。

 退職とか2000万円といった事由はここにはでてきません。
 通常、退職の場合は年調無となるので、あとは甲欄/乙欄・丙欄、社員・士業/役員かで判定すると。
 また、2000万円超云々は、区分としてでてくるのではなく、金額のあてはめの段階ででてくるものです。どこに該当しようが上限500までしかないので、結果として全部提出することになる、ということです。

 せっかくなので、手引の出来損ない類型をどうにかむりやり条文構造に近づけようとしてみると、次のようになります。

提出範囲 手引.png

 2000万円超の「全部」が不自然なのと、「?」のところに隙間が空いてしまっていることが分かります。

 また、「退職者かつ年2000万円超」の人は、「退職者」「2000万円超」どちらに当てはめればよいでしょうか。
 どこに該当しようがどうせ提出、ということではありますが、当てはめに迷いがでるのは、類型の出来の悪さの一端かとは思います。


 ちなみに、「退職所得の源泉徴収票」については、

  役員:   全部提出
  それ以外: 提出不要

と単純なルールなので、「役員だけ提出」と書けば漏れなくカバーできます。

法 第二百二十六条(源泉徴収票)
2 居住者に対し国内において第三十条第一項(退職所得)に規定する退職手当等(第二百条(源泉徴収を要しない退職手当等の支払者)の規定によりその所得税を徴収して納付することを要しないものとされる退職手当等を除く。以下この章において「退職手当等」という。)の支払をする者は、財務省令で定めるところにより、その年において支払の確定した退職手当等について、その退職手当等の支払を受ける者の各人別に源泉徴収票二通を作成し、その退職の日以後一月以内に、一通を税務署長に提出し、他の一通を退職手当等の支払を受ける者に交付しなければならない。この場合においては、前項ただし書の規定を準用する。

規 第九十四条(退職手当等の源泉徴収票)
1 居住者に対し国内において法第二百二十六条第二項(退職手当等の源泉徴収票)に規定する退職手当等(以下この条において「退職手当等」という。)の支払をする者は、同項の規定により、その退職手当等の支払を受ける者の各人別に、その者に係る次に掲げる事項を記載した源泉徴収票二通を作成し、一通をその退職手当等に係る所得税の法第十七条(源泉徴収に係る所得税の納税地)の規定による納税地の所轄税務署長(第一号イにおいて「所轄税務署長」という。)に提出し、他の一通をその退職手当等の支払を受ける者に交付しなければならない。(略)

2 前項の場合において、法人がその前条第二項第二号に規定する役員に対して支払う退職手当等以外の退職手当等については、前項の源泉徴収票は、税務署長に提出することを要しない。


 ということで、手引P.19のような記述で特に問題ありません。

退職所得の源泉徴収票.png
posted by ウロ at 11:04| Comment(0) | 年末調整

2022年01月10日

機能的年末調整論(その4) 〜年末調整と死別(子)

 ちょっとアレなので、機械的に検討していきましょう。


 基本的には、法85条により「死亡日の現況」で判断となるため、年の中途で死別したら当年は「扶養親族(子)あり」扱いとなります。が、控除の性質に応じて若干の違いがでてきます。

1 給与所得控除

 前年 適用あり
 当年 本人の給与収入のみで判定なので影響なし

2 所得金額調整控除

 前年 23歳未満の扶養親族有りとして適用していた
 当年 当年は適用できる

 死亡日の現況で判断となるため、当年までは適用できます。

3 基礎控除

 前年 適用していた
 当年 本人の所得のみで判定なので影響なし

4 社会保険料控除

 前年 子負担分につき適用を受けていた
 当年 死別まで支払分は適用あり(?)

 「?」とあるのは通達がないからです。

5 小規模企業共済等掛金控除

 前年 適用を受けていた
 当年 本人負担分のみなので影響なし

6 生命保険料控除

 前年 受取人子で適用を受けていた(一般・介護)
 当年 死別まで支払分は適用あり(通76-1)

 急いで受取人変更する必要があるかどうかは、死別(配偶者)のところで述べたところです。
 なお、「個人年金」については、受取人:扶養親族(子含む)は控除対象外です。

7 地震保険料控除

 前年 子所有住居につき適用を受けていた
 当年 死別まで支払分は適用あり(?)

 「?」とあるのは、上記同様。
 もし、住宅を相続すれば、引き続き適用を受けられることになります。

8 配偶者控除・配偶者特別控除

 前年 適用を受けていた
 当年 影響なし

9 扶養控除

 前年 子を控除対象として適用していた
 当年 当年は適用できる

 死亡日の現況で判断となるため、当年までは適用できます。
 なお、年齢要件も死亡日の現況で判断します。ので、「12/31の現況」で23歳になるはずだった場合でも、当年は特定扶養親族でいける可能性があるということです。

10 障害者控除

 前年 配偶者を障害者として適用を受けていた
 当年 当年は適用できる

 死亡日の現況で判断となるため、当年までは適用できます。

11 寡婦控除(女性・合計所得金額500万円以下)

 前年 適用なし
 当年 影響なし

12 ひとり親控除(合計所得金額500万円以下)

 前年 適用を受けていた
 当年 当年は適用受けられる

 死亡日の現況で判断となるため、当年までは適用できます。

13 勤労学生控除

 前年 適用を受けていた
 当年 本人が勤労学生の場合だけなので影響なし

14 住宅ローン控除

 前年 適用を受けていた
 当年 影響なし

 なお、「単身赴任」の場合の問題は前々回・前回と同様です。


 以上、《印紙税法学》樹立の夢が絶たれた今、《年末調整法学》樹立に夢を託すしかない。
 ということで、年末調整に対する「機能的考察」を試みてみました。

さよなら契約の成立と印紙税法 (結局いつもひとり)

 年末調整についても「電子化」の波に呑まれつつあるわけですが、これが年末調整「存続」の方向に働くのか、それとも個々人が電子で申告すべきだとして「解体」の方向にいくのか、今のところはまだ分かりません。
posted by ウロ at 10:30| Comment(0) | 年末調整

2022年01月03日

機能的年末調整論(その3) 〜年末調整と結婚(子)

 今回は、親としては悲喜交々な出来事。
 今まで扶養していた子供が結婚して、生計が別になった場合の、年末調整に及ぼす影響についてです。

機能的年末調整論(その1) 〜年末調整と離婚(配偶者)
機能的年末調整論(その2) 〜年末調整と死別(配偶者)


 基本的には、法85条により「12/31の現況」で判断となるため、「扶養親族(子)なし」扱いとなります。が、控除の性質に応じて若干の違いがでてきます。

1 給与所得控除

 前年 適用あり
 当年 本人の給与収入のみで判定なので影響なし

 離婚・死別(配偶者)の場合と同じです。

2 所得金額調整控除

 前年 23歳未満の扶養親族有りとして適用していた
 当年 生計別になったら適用不可

3 基礎控除

 前年 適用していた
 当年 本人の所得のみで判定なので影響なし

4 社会保険料控除

 前年 子負担分につき適用を受けていた
 当年 生計別になるまで支払分は適用あり(?)

 「?」とあるのは、前回・前々回同様、通達が抜けているからです。

5 小規模企業共済等掛金控除

 前年 適用を受けていた
 当年 本人負担分のみなので影響なし

6 生命保険料控除

 前年 受取人子で適用を受けていた
 当年 生計別になっても適用あり

 生命保険料控除については、生計要件が課せられていないので、生計別になっても適用継続となります。
 ここが他の控除と違いが出るところです。

7 地震保険料控除

 前年 子所有住居につき適用を受けていた
 当年 生計別になるまで支払分は適用あり(?)

 「?」とあるのは、社会保険料控除と同じく規定がないからです。

8 配偶者控除・配偶者特別控除

 前年 適用を受けていた
 当年 影響なし

9 扶養控除

 前年 子を控除対象として適用していた
 当年 生計別になったら適用なし

10 障害者控除

 前年 子を障害者として適用を受けていた
 当年 生計別になったら適用なし

11 寡婦控除(女性・合計所得金額500万円以下)

 前年 適用なし
 当年 影響なし

 寡婦控除のほうは、子は関係なしです。

12 ひとり親控除(合計所得金額500万円以下)

 前年 適用を受けていた
 当年 生計別になったら適用なし

13 勤労学生控除

 前年 適用を受けていた
 当年 本人が勤労学生の場合だけなので影響なし

14 住宅ローン控除

 前年 適用を受けていた
 当年 影響なし

 ただし、もし「単身赴任」で子のみ居住で適用を受けていた場合、この状態で子が居住しなくなると当年から適用できなくなると思われます。


 以上、特徴的なのは、生命保険料控除の受取人要件につき、生計一要件がないというところくらいでしょうか。
posted by ウロ at 11:15| Comment(0) | 年末調整

2021年12月20日

機能的年末調整論(その2) 〜年末調整と死別(配偶者)

 年末調整、人様のプライベートずかずか覗き込み業務なわけで、悲喜こもごも様々な出来事に出くわすことがあります。
 ではありますが、仕事は仕事でしっかり仕上げなければなりません。

 今回のようなことを検討しておくのは、そういった場合でも冷静に対応するための「備えもん」という位置づけです。

 では、配偶者と「死別」した場合、前年と当年の処理がどのように変わってくるか。前回同様、各控除はそれぞれ独立したものとし、年末調整でやるもののみを検討対象とします。


 基本的には、法85条により「死亡日の現況」で判断となるため、年の中途で死別したら当年は「配偶者あり」扱いとなります。が、控除の性質に応じて若干の違いがでてきます。

1 給与所得控除

 前年 適用あり
 当年 本人の給与収入のみで判定なので影響なし

 離婚の場合と同じです。

2 所得金額調整控除

 前年 配偶者(特別障害者)として適用していた
 当年 当年は適用できる

 死亡日の現況で判断となるため、当年までは適用できます。

3 基礎控除

 前年 適用していた
 当年 本人の所得のみで判定なので影響なし

 離婚の場合と同じです。

4 社会保険料控除

 前年 配偶者負担分につき適用を受けていた
 当年 死別まで支払分は適用あり(?)

 「?」とあるのは、前回述べたとおり通達がないからです。
 もし「支払時の現況」で判断してよいのであれば、離婚と同様、死別まで支払分は適用を受けられることになるはずです。

 なお、通達124・125−4によれば、本人死亡の「準確定申告」の場面では、本人死亡日まで支払分を含めることになっています。

5 小規模企業共済等掛金控除

 前年 適用を受けていた
 当年 本人負担分のみなので影響なし

 離婚の場合と同じです。

6 生命保険料控除

 前年 受取人配偶者で適用を受けていた
 当年 死別まで支払分は適用あり(通76-1)

 「支払時の現況」で判断となるため、死別まで支払分は適用を受けることができます。

 離婚と異なるのは、死別によって直ちに受取人が他人扱いになるわけではないという点です。
 保険契約にもよるでしょうが、通例、受取人が死亡した場合はその「法定相続人」が受取人となる扱いかと思います。
 一般・介護については子やその他親族が受取人でも適用を受けられるわけで、もし受取人変更しないまま保険料の支払を継続していた場合に、引き続き適用を受けられるのかどうか。
 配偶者の法定相続人に相当する人が本人の親族の範囲内に納まっていれば、適用ありでもよいように思えます。が、このような疑義があるわけで、速やかに受取人変更をしておくのが無難でしょう。

7 地震保険料控除

 前年 配偶者所有住居につき適用を受けていた
 当年 死別まで支払分は適用あり(?)

 「?」とあるのは、上記同様。
 もし、住宅を「相続」すれば、引き続き適用を受けられることになります。

8 配偶者控除・配偶者特別控除

 前年 適用を受けていた
 当年 当年は適用できる

 死亡日の現況で判断となるため、当年までは適用できます。
 
9 扶養控除

 前年 子を控除対象として適用していた
 当年 影響なし

 死別の場合、扶養関係が変わることは通常ないでしょう。
 離婚のような、扶養親族の奪い合いは生じないということです。

10 障害者控除

 前年 配偶者を障害者として適用を受けていた
 当年 当年は適用できる

 死亡日の現況で判断となるため、当年までは適用できます。
 

11 寡婦控除(女性・合計所得金額500万円以下)

 前年 適用なし
 当年 扶養親族がいなくても適用できる

 死別すれば「寡婦」となります。
 離婚と違って、扶養親族がいなくても適用を受けられます。
 ひとり親控除が受けられる場合はそちらが優先です。

12 ひとり親控除(合計所得金額500万円以下)

 前年 適用なし
 当年 扶養親族(子)がいれば適用できる

 離婚すれば「ひとり親」になります。

13 勤労学生控除

 前年 適用を受けていた
 当年 本人が勤労学生の場合だけなので影響なし

14 住宅ローン控除

 前年 適用を受けていた
 当年 影響なし

 ただし、「単身赴任」で配偶者のみ居住で適用を受けていた場合、この状態で配偶者と死別をすると当年から適用できなくなりそうです。
 この「単身赴任」の例外は通達レベルでの緩和ですが、同通達では、配偶者死亡の場合については何も触れられていません。死を予知したら速攻、戻ってこなければならないでしょうか。


 以上、各控除間には、法的な連動だけではなく、事実上の連動というものもありました。こういった記述、世の「税務本」ではほぼほぼ望み得ない。

 もちろん、実務家として大量処理をするなかで、そんなところまで気を遣ってられるか、ということもあるかとは思います。
 が、『当事務所はそこらの敷居の高い士業事務所などとは異なり、顧客に《寄り添った》サービスを提供します』とか謳いたいのならば、そういったきめ細やかな気遣いもしてあげたらいいんじゃないですかね。

○所得税法

(扶養親族等の判定の時期等)
第八十五条 第七十九条第一項(障害者控除)又は第八十条から第八十二条まで(寡婦控除等)の場合において、居住者が特別障害者若しくはその他の障害者、寡婦、ひとり親又は勤労学生に該当するかどうかの判定は、その年十二月三十一日(その者がその年の中途において死亡し、又は出国をする場合には、その死亡又は出国の時。以下この条において同じ。)の現況による。ただし、その居住者の子がその当時既に死亡している場合におけるその子がその居住者の第二条第一項第三十一号イ(定義)に規定する政令で定める子に該当するかどうかの判定は、当該死亡の時の現況による。
2 第七十九条第二項又は第三項の場合において、居住者の同一生計配偶者又は扶養親族が同項の規定に該当する特別障害者(第百八十七条(障害者控除等の適用を受ける者に係る徴収税額)、第百九十条第二号ハ(年末調整)、第百九十四条第一項第三号(給与所得者の扶養控除等申告書)、第二百三条の三第一号ト(徴収税額)及び第二百三条の六第一項第五号(公的年金等の受給者の扶養親族等申告書)において「同居特別障害者」という。)若しくはその他の特別障害者又は特別障害者以外の障害者に該当するかどうかの判定は、その年十二月三十一日の現況による。
ただし、その同一生計配偶者又は扶養親族がその当時既に死亡している場合は、当該死亡の時の現況による。
3 第七十九条から前条までの場合において、その者が居住者の老人控除対象配偶者若しくはその他の控除対象配偶者若しくはその他の同一生計配偶者若しくは第八十三条の二第一項(配偶者特別控除)に規定する生計を一にする配偶者又は特定扶養親族、老人扶養親族若しくはその他の控除対象扶養親族若しくはその他の扶養親族に該当するかどうかの判定は、その年十二月三十一日の現況による。ただし、その判定に係る者がその当時既に死亡している場合は、当該死亡の時の現況による。
4 一の居住者の配偶者がその居住者の同一生計配偶者に該当し、かつ、他の居住者の扶養親族にも該当する場合には、その配偶者は、政令で定めるところにより、これらのうちいずれか一にのみ該当するものとみなす。
5 二以上の居住者の扶養親族に該当する者がある場合には、その者は、政令で定めるところにより、これらの居住者のうちいずれか一の居住者の扶養親族にのみ該当するものとみなす。
6 年の中途において居住者の配偶者が死亡し、その年中にその居住者が再婚した場合におけるその死亡し、又は再婚した配偶者に係る同一生計配偶者及び第八十三条の二第一項に規定する生計を一にする配偶者並びに扶養親族の範囲の特例については、政令で定める。

○所得税基本通達

(控除の対象となる生命保険料等)
76−1 法第76条第1項に規定する「新生命保険料」(76−6において「新生命保険料」という。)、同項に規定する「旧生命保険料」(76−2において「旧生命保険料」という。)、同条第2項に規定する「介護医療保険料」、同条第3項に規定する「新個人年金保険料」(76−8において「新個人年金保険料」という。)又は同項に規定する「旧個人年金保険料」(76−8において「旧個人年金保険料」という。)に該当するかどうかは、保険料又は掛金を支払った時の現況により判定する。
posted by ウロ at 09:38| Comment(0) | 年末調整

2021年12月13日

機能的年末調整論(その1) 〜年末調整と離婚(配偶者)

 年末調整に関しては、「理論書」なり「体系書」というものが皆無です。
 あるのは、1年サイクルの使い捨て感満載の「実務書」だけ。1年サイクルとはいっても、実際に使われるのは出版から数ヶ月だけでしょうし。

 また、たとえば、年の中途で配偶者と離婚したとか死別したとかいった異動が生じた場合に、全体にどういった影響があるのか、といった「機能的」な観点からの書籍も皆無。
 個々の所得控除ごとに書いてあったりなかったりで、まとまった記述をしてくれているものがない。

 ということで、整理をしてみることにしました。
 今回は配偶者と「離婚」した場合です。以下、各控除はそれぞれ独立したものとし、年末調整でやるもののみを検討対象とします。
 そして、離婚したことで前年と当年の処理がどのように変わってくるか、という観点から記述します。

 余談ですが、「一度正面からひととおり勉強した後に、基本的な事例につきパラメータを少しずついじることで、要件のあてはめがどのように変化するか」という観点から勉強をするの、かなり有益だと個人的には思っています。
 少なくとも、長文の判決文を闇雲に読ませるようなやり方よりは。


 基本的なスタンスは、法85条により「12/31の現況」で判断となるため、年の中途で離婚をしたら当年は「配偶者なし」扱いとなります。
 が、控除の性質に応じて若干の違いがでてきます。以下、控除ごとに個別にみてみます。

1 給与所得控除

 前年 適用あり
 当年 本人の給与収入のみで判定なので影響なし

2 所得金額調整控除

 前年 配偶者(特別障害者)として適用していた
 当年 離婚したら適用できない

3 基礎控除

 前年 適用していた
 当年 本人の所得のみで判定なので影響なし

4 社会保険料控除

 前年 配偶者負担分につき適用を受けていた
 当年 離婚まで支払分は適用あり(?)

 「?」とあるのは、生命保険料控除については通達76-1に「支払時の現況」で判断とあるのに、社会保険料控除についてはそのような規定がないからです。いわゆる保険料グループとしておそらく同じであろう、という私見による解釈にとどまります。

 こういう通達にないもの、そこらの「実務書」の類には絶対に(絶対に)記載されることがない。

【税務本の表と裏】
西村美智子 中島礼子「組織再編税制で誤りやすいケース35」(中央経済社2020)

5 小規模企業共済等掛金控除

 前年 適用を受けていた
 当年 本人負担分のみなので影響なし

 他の保険料グループと違って、これは本人負担分しか認められていません。
 「離婚」という横串を通すことで、縦割りの「実務書」では見えてこなかった控除ごとの違いがよく見えてきます。

6 生命保険料控除

 前年 受取人配偶者で適用を受けていた
 当年 離婚まで支払分は適用あり(通76-1)

 上記の通り、生命保険料控除については「支払時の現況」だとする通達があります。
 離婚したばかりでお忙しいでしょうがすみやかに受取人変更しましょう、ということになります。

7 地震保険料控除

 前年 配偶者所有住居につき適用を受けていた
 当年 離婚まで支払分は適用あり(?)

 「?」とあるのは、社会保険料控除と同じく規定がないからです。
 なお、財産分与なりで所有権の移転を受けたら、引き続き適用を受けられることになります。

8 配偶者控除・配偶者特別控除

 前年 適用を受けていた
 当年 離婚したら適用できない

 まあ、当然だと。日割りとかはないわけです。
 
9 扶養控除

 前年 子を控除対象として適用していた
 当年 離婚により子が扶養親族でなくなったら適用できなくなる

 AB離婚後、Aは同居して育てている/Bは養育費を支払っている、という場合にどちらの扶養親族となるか。
 帰属ルールは法85条5項・令219条に定められていますが、いずれにしても重複適用はできません。

 いわゆる「親権」をとるとらない、という民法上のド派手な権利レベルの紛争だけでなく、どちらの扶養親族とするか、という税法上の争いもあるということです。

10 障害者控除

 前年 配偶者を障害者として適用を受けていた
 当年 離婚したら適用を受けられなくなる

11 寡婦控除(女性・合計所得金額500万円以下)

 前年 適用なし
 当年 扶養親族(子以外)がいれば適用できる

 離婚すれば「寡婦」になるわけです。
 子以外とあるのは、子の場合は次の「ひとり親控除」になるからです。
 子以外の場合は血族/姻族で分断されるわけだから、子のような奪い合いは生じないでしょうか(ただし、孫以下は子と同じか?)。

12 ひとり親控除(合計所得金額500万円以下)

 前年 適用なし
 当年 扶養親族(子)がいれば適用できる

 離婚すれば「ひとり親」になります。税法上の扶養親族(子)の奪い合いになるのは上記のとおり。

13 勤労学生控除

 前年 適用を受けていた
 当年 本人が勤労学生の場合だけなので影響なし

 これは、あくまで本人だけなんですよね。

 もしかしたら、離婚して一人で子供を育てることになったので学校に通う時間がなくなった、ので退学した、ということがありうるかもしれません。この場合は「12/31の現況」で判断となるので適用受けられなくなります。

14 住宅ローン控除

 前年 適用を受けていた
 当年 離婚後も引き続き居住していれば影響なし

 なお、配偶者に「財産分与」してしまうと、本人は適用を受けられなくなります。
 この場合、配偶者の側で適用を受けられる可能性があります。

財産分与により住宅を取得した場合(質疑応答事例)

 また、「単身赴任」で配偶者のみ居住でも適用を受けられることになっていますが、この状態で離婚をすると適用できなくなります。仮に、離婚後も元配偶者に引き続き居住してもらったとしても、もはや「他人」なので適用不可です。

No.1234 転勤と住宅借入金等特別控除等

 次回は「死別」の場合を検討します。

○所得税法

(扶養親族等の判定の時期等)
第八十五条 第七十九条第一項(障害者控除)又は第八十条から第八十二条まで(寡婦控除等)の場合において、居住者が特別障害者若しくはその他の障害者、寡婦、ひとり親又は勤労学生に該当するかどうかの判定は、その年十二月三十一日(その者がその年の中途において死亡し、又は出国をする場合には、その死亡又は出国の時。以下この条において同じ。)の現況による。ただし、その居住者の子がその当時既に死亡している場合におけるその子がその居住者の第二条第一項第三十一号イ(定義)に規定する政令で定める子に該当するかどうかの判定は、当該死亡の時の現況による。
2 第七十九条第二項又は第三項の場合において、居住者の同一生計配偶者又は扶養親族が同項の規定に該当する特別障害者(第百八十七条(障害者控除等の適用を受ける者に係る徴収税額)、第百九十条第二号ハ(年末調整)、第百九十四条第一項第三号(給与所得者の扶養控除等申告書)、第二百三条の三第一号ト(徴収税額)及び第二百三条の六第一項第五号(公的年金等の受給者の扶養親族等申告書)において「同居特別障害者」という。)若しくはその他の特別障害者又は特別障害者以外の障害者に該当するかどうかの判定は、その年十二月三十一日の現況による。
ただし、その同一生計配偶者又は扶養親族がその当時既に死亡している場合は、当該死亡の時の現況による。
3 第七十九条から前条までの場合において、その者が居住者の老人控除対象配偶者若しくはその他の控除対象配偶者若しくはその他の同一生計配偶者若しくは第八十三条の二第一項(配偶者特別控除)に規定する生計を一にする配偶者又は特定扶養親族、老人扶養親族若しくはその他の控除対象扶養親族若しくはその他の扶養親族に該当するかどうかの判定は、その年十二月三十一日の現況による。ただし、その判定に係る者がその当時既に死亡している場合は、当該死亡の時の現況による。
4 一の居住者の配偶者がその居住者の同一生計配偶者に該当し、かつ、他の居住者の扶養親族にも該当する場合には、その配偶者は、政令で定めるところにより、これらのうちいずれか一にのみ該当するものとみなす。
5 二以上の居住者の扶養親族に該当する者がある場合には、その者は、政令で定めるところにより、これらの居住者のうちいずれか一の居住者の扶養親族にのみ該当するものとみなす。
6 年の中途において居住者の配偶者が死亡し、その年中にその居住者が再婚した場合におけるその死亡し、又は再婚した配偶者に係る同一生計配偶者及び第八十三条の二第一項に規定する生計を一にする配偶者並びに扶養親族の範囲の特例については、政令で定める。

○所得税法施行令

(二以上の居住者がある場合の扶養親族の所属)
第二百十九条 法第八十五条第五項(扶養親族等の判定の時期等)の場合において、同項に規定する二以上の居住者の扶養親族に該当する者をいずれの居住者の扶養親族とするかは、これらの居住者の提出するその年分の前条第一項に規定する申告書等(法第百九十五条の二第一項(給与所得者の配偶者控除等申告書)の規定による申告書を除く。以下この条において「申告書等」という。)に記載されたところによる。ただし、本文又は次項の規定により、その扶養親族がいずれか一の居住者の扶養親族に該当するものとされた後において、これらの居住者が提出する申告書等にこれと異なる記載をすることにより、他のいずれか一の居住者の扶養親族とすることを妨げない。
2 前項の場合において、二以上の居住者が同一人をそれぞれ自己の扶養親族として申告書等に記載したとき、その他同項の規定によりいずれの居住者の扶養親族とするかを定められないときは、次に定めるところによる。
一 その年において既に一の居住者が申告書等の記載によりその扶養親族としている場合には、当該親族は、当該居住者の扶養親族とする。
二 前号の規定によつてもいずれの居住者の扶養親族とするかが定められない扶養親族は、居住者のうち総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額又は当該親族がいずれの居住者の扶養親族とするかを判定すべき時における当該合計額の見積額が最も大きい居住者の扶養親族とする。

○所得税基本通達

(控除の対象となる生命保険料等)
76−1 法第76条第1項に規定する「新生命保険料」(76−6において「新生命保険料」という。)、同項に規定する「旧生命保険料」(76−2において「旧生命保険料」という。)、同条第2項に規定する「介護医療保険料」、同条第3項に規定する「新個人年金保険料」(76−8において「新個人年金保険料」という。)又は同項に規定する「旧個人年金保険料」(76−8において「旧個人年金保険料」という。)に該当するかどうかは、保険料又は掛金を支払った時の現況により判定する。
posted by ウロ at 10:27| Comment(0) | 年末調整

2021年11月29日

リーガルマインド年末調整(その4) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 今回は、「しかた」のへなちょこ類型から離れて、12月中転職の場合に、転職元/転職先においてどのような対応が必要となるのかを、《規範論的アプローチ》の観点から検討してみます。

リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その2) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その3) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

【運営公式ガイド(しかた)】(類型)
令和3年分 年末調整のしかた 

【条文】
所得税法190条
1 給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者で、第一号に規定するその年中に支払うべきことが確定した給与等の金額が二千万円以下であるものに対し、その提出の際に経由した給与等の支払者がその年最後に給与等の支払をする場合(その居住者がその後その年十二月三十一日までの間に当該支払者以外の者に当該申告書を提出すると見込まれる場合を除く。)

【要件】(規範)
@ 居住者
A 扶養控除等申告書提出
B 年の確定給与2000万円以下
C Aの提出を受けた支払者が年最後の給与を支払
D 12/31までにCの支払者以外に扶養控除等申告書を提出する見込みがある場合を除く


 舞台設定は次のとおり(@居住者、B2000万円以下は満たすものとします)。

1/1  A社 扶養控除申告書提出
12/10 A社 退職
12/15 A社 給与支給
12/16 B社 入社。扶養控除申告書提出

パターン1 12月中にB社給与支給あり
パターン2 12月中にB社給与支給なし

○パターン1

ア A社の処理
 まず、A社において対象者となるか。
 C最後の支払いでない、DB社で扶養控除申告書提出見込みあり、であるため対象者とはなりません。

 もし、B社の状況を確認しないまま年末調整をしてしまった場合はどうすべきか。
 年末調整しなかった状態に巻き戻す、というのが正しい処理になるのでしょう。

 なお、年末調整はできないとして、退職後支給の源泉徴収を「甲欄」でやってもよいのか、という問題があります。
 この点は、通達194・195-6が、B社提出まではA社の扶養控除等申告書が及ぶとしているので、「甲欄」でやってもよいことになります。その結果、B社の年末調整にA社の給与をすべて取り込むことができます。

イ B社の処理
 いずれの要件も満たすことから、対象者となります。

 もし、A社で「年調済み」の源泉徴収票を持ってきたらどうすべきか。
 「年調未済」で出し直してもらうのが正しい対応なのでしょうが、時間的にはかなり厳しい。
 A社「年調済み」のまま取り込むか、取り込まずに自社分のみで年末調整を行って、あとは本人に確定申告してもらうか、悩ましい判断を迫られます。

○パターン2

ア A社の処理
 C最後の支払いではあるのですが、ADが問題となります。
 というのも、B社で年内に扶養控除申告書を提出してしまっているため、ADの要件を満たさないように思えるからです。

 この点、通達194・195-6に依拠するならば、12/15の支給時に年末調整してもよいことになりそうです。
 しかしながら、同通達は、直接的には支給時の源泉徴収を念頭においた緩和ルールであって、年末調整までは想定していないように思えます。
 また、法律レベルでは、D「12/31までの」提出見込み無しを要求しています。そのため、たとえA社支給後であっても年内にB社に提出する予定ならば、Aは満たしてもDを満たなさいことになるのでしょう。
 とすると、同通達が及ぶのは「12/15支給時の源泉徴収は甲欄でやってもいいよ」というところまでで、「年末調整やってもいいよ」までは及ばないと理解すべきように思えます。

 解釈論としては、B社へ提出したのが「令和4年分」ならばA社の「令和3年分」の効力は妨げられない、と解する余地もあります。が所得税法190条ではそのような書き分けがされているわけではないので、少なくとも「文理解釈」からは出てこない。
 実務的には、B社への提出を来年まで待ってもらって、A社で年末調整をするというのが無難でしょうか。

イ B社の処理
 B社側では、ADは満たすもののCを満たしません。
 それゆえ、年末調整をしないのが正しい処理ということになります。

 もし、A社の「年調未済」の源泉徴収票をもってきたらどうすればよいか。
 法的には対象とすべきではありません。が、正しくないのは承知で親切心で年末調整してあげるか、建前どおり確定申告でやってもらうかの判断が必要となります。


 上記舞台設定の時系列を少し入れ替えます。

1/1  A社 扶養控除申告書提出
12/10 A社 退職
12/11 B社 入社。扶養控除申告書提出
12/15 A社 給与支給

パターン3 12月中にB社給与支給あり
パターン4 12月中にB社給与支給なし

 A社最終支給「前」にB社に扶養控除申告書を提出した場合はどうなるか。

○パターン3

ア A社の処理
 C最後の支払いではないため、年末調整の対象者とならないのはパターン1と同じです。

 問題は、12/15支給前にB社に扶養控除申告書を提出済みであることから、12/15支給には通達194・195-6が及ばずに「乙欄」で源泉徴収しなければならないのでは、ということです。
 もしそうだとすると、A社の乙欄給与はB社の年末調整に取り込むことはできません(通達190-2)。この部分だけのために確定申告をしなければならないということです。

 これを避けるためには、B社への提出をA社最後の支給まで待ってもらうべきなのでしょう。
 まあ、扶養控除申告書を紙で作成していれば、いつ提出したかなんて分かりようがないかもしれません。が、電子でやっている場合には、ばっちり提出日が残ってしまうはずです。
 なお、B社に提出するのは「令和3年分」となるので、上記の「年分」で効力を分けるという解釈論はここでは使えません。

 法の規律が「提出」「支払」と違うものを要求しているせいで、厄介な問題が生じているということです(「しかた」の類型はこの違いに無頓着)。

イ B社の処理
 対象者となるのはパターン1と同じです。

 気をつけなければならないのは、A社の給与をどの範囲まで取り込むかです。
 ではあるのですが、A社が「乙欄」で徴収すべき給与まで「甲欄」の源泉徴収票に合算していた場合、そこに気付けというのは無理があると思いますが。
 かといって、よくわからないからA社の給与は一切取り込まない、ということも、それはそれでアウトです。

○パターン4

ア A社の処理
 C最後の支払いではあるのですが、ここでもADが問題となります。

 パターン4は、パターン3と同様、通達194・195-6が及ばないため年末調整することはできず、12/15支給を「乙欄」で源泉徴収しなければなりません。あるいは、「年分」で分ける解釈論を採用して、「甲欄」で源泉徴収してしまうかどうか。

 A社で年末調整をするには、年明けまでB社への扶養控除申告書の提出を待ってもらうのが無難でしょうか。もちろん、「年分」で分ける解釈論を採用して勝負することも考えられますが。

イ B社の処理
 パターン2と同様、C最後の支払いがないことから対象外となります。

 もし、A社の「年調未済」の源泉徴収票をもってきたらどうすればよいか。
 この点もパターン2と同様、正しくないのは承知で親切心でやってあげるか、建前どおり確定申告でやってもらうかの判断が必要となります。


 以上、大量処理をする中でこんなこと逐一検討してられるか、というところであって、およそ実務的ではない、という評価がされる問題だとは思います。
 が、あえて間違えるにしても、本来のあるべき処理というものはひととおり理解しておくべきでしょう。

 全体を通して、そこはかとなく感じる違和感、所得税法の給与理解が、どうやら今どきの給与の支給サイクルとズレているのでは、ということです。この点は、収入計上時期を検討したときにも感じたことです。

さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得

 今どきは、一定期日で締めてから後日支給、というのが一般的です。
 なのに、「支給→退職」類型は掲げながら「退職→支給」類型をあげない、退職後の支給を「追加払」よばわりする、「支払」「提出」と違うものを要求しているせいでタイミングによっては乙欄給与が出てきてしまう、などといった一連の規律をみると、現実とうまく噛み合っていない印象を受けます。

 それでも実務はまわっているわけで、ツッコむだけ野暮、ということでしょうか。

○所得税基本通達

(その年中に支払うべきことが確定した給与等の計算)
190-2法第190条第1号及び第2号に規定する「その年中に……支払うべきことが確定した給与等」の金額は、次に掲げる場合には、それぞれ次により計算することに留意する。
(1)その年の中途までその支払者から法別表第2若しくは第3の乙欄又は別表第4の乙欄を適用する給与等(以下この項において「乙欄給与等」という。)の支払を受けていた場合 その者に対しその年中に支払う乙欄給与等と法別表第2若しくは第3の甲欄又は法別表第4の甲欄を適用する給与等(以下この項において「甲欄給与等」という。)とを通算する。
(2)その年の中途までその支払者から法別表第3の丙欄を適用する給与等(以下この項において「丙欄給与等」という。)の支払を受けていた場合 その者に対しその年中に支払う丙欄給与等と甲欄給与等とを通算する。
(3)法第190条第1号かっこ内の規定により他の給与等の支払者が支払う給与等を通算する場合  当該他の給与等の支払者が支払う甲欄給与等(当該他の給与等の支払者がその年1月1日以後給与所得者の扶養控除等申告書の提出を受けるまでの間にその者に対し支払う乙欄給与等又は丙欄給与等があるときは、これらの給与等を含む。)と自己がその者に対しその年中に支払う甲欄給与等(他にその年中にその者に対し支払う乙欄給与等又は丙欄給与等があるときは、これらの給与等を含む。)とを通算する。

(年の中途で退職した者に係る給与所得者の扶養控除等申告書等の効力)
194・195-6 給与所得者の扶養控除等申告書又は従たる給与についての扶養控除等申告書を提出した者が年の中途においてその提出を経由した給与等の支払者のもとを退職した場合には、これらの申告書はその退職により効力を失うものとする。ただし、その退職後その年中に当該支払者がその退職した者に給与等の追加払等をする場合において、次に掲げる区分に応じ、それぞれ次に掲げることが明らかなときは、当該追加払等をする給与等に係る源泉徴収税額は、これらの申告書が退職後も引き続き効力を有するものとして計算して差し支えない。
(1) その退職した者が給与所得者の扶養控除等申告書を提出した者である場合 その追加払等をする時において、その退職した者が他の給与等の支払者を経由して給与所得者の扶養控除等申告書を提出していないこと。
(2) その退職した者が従たる給与についての扶養控除等申告書を提出した者である場合 その追加払等をする時において、その退職した者が他の給与等の支払者を経由して当該申告書に記載されている源泉控除対象配偶者及び控除対象扶養親族を記載した給与所得者の扶養控除等申告書又は従たる給与についての扶養控除等申告書を提出していないこと。
posted by ウロ at 10:54| Comment(0) | 年末調整

2021年11月22日

リーガルマインド年末調整(その3) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 今回は、残りの類型について検討します。

リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その2) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 《規範論的アプローチ》: 要件の解釈及びあてはめが必要
 《類型論的アプローチ》: 類型にあたるかだけを判断

【運営公式ガイド(しかた)】(類型)
令和3年分 年末調整のしかた 

【条文】
所得税法190条
1 給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者で、第一号に規定するその年中に支払うべきことが確定した給与等の金額が二千万円以下であるものに対し、その提出の際に経由した給与等の支払者がその年最後に給与等の支払をする場合(その居住者がその後その年十二月三十一日までの間に当該支払者以外の者に当該申告書を提出すると見込まれる場合を除く。)

【要件】(規範)
@ 居住者
A 扶養控除等申告書提出
B 年の確定給与2000万円以下
C Aの提出を受けた支払者が年最後の給与を支払
D 12/31までにCの支払者以外に扶養控除等申告書を提出する見込みがある場合を除く

【年末調整の対象となる人】
(1) 1年を通じて勤務している人
(2) 年の中途で就職し、年末まで勤務している人
・年の中途で退職した人のうち、次の人
(3) 死亡により退職した人
(4) 著しい心身の障害のため退職した人で、その退職の時期からみて、本年中に再就職ができないと見込まれる人
(5) 12月中に支給期の到来する給与の支払を受けた後に退職した人
(6) いわゆるパートタイマーとして働いている人などが退職した場合で、本年中に支払を受ける給与の総額が103万円以下である人(退職後本年中に他の勤務先等から給与の支払受けると見込まれる場合を除きます。)
(7) 年の中途で、海外の支店へ転勤したことなどの理由により、非居住者となった人(非居住者とは、国内に住所も1年以上の居所も有しない人をいいます。)

【年末調整の対象とならない人】
(8) 本年中の主たる給与の収入金額が2000万円を超える人
(9) 2か所以上から給与の支払を受けている人で、他の給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している人や、年末調整を行うときまでに扶養控除等申告書を提出していない人(月額表又は日額表の乙欄適用者)
(10) 年の中途で退職した人で、(3)〜(6)に該当しない人
(11) 非居住者
(12) 継続して同一の雇用主に雇用されないいわゆる日雇労働者など(日額表の丙欄適用者)



○ (2) 年の中途で就職し、年末まで勤務している人

 要件Cで、最後の給与を支払った者が年末調整することになっているので、これが対象になることに何の問題もありません。
 「しかた」では(1)を最初に掲げてしまったせいで、(2)を別の類型として掲げざるを得なくなった、ということです。

 ただし、この書きぶりは不正確。
 というのも、要件Cは年最後の「支払」を要求しているのであって、「勤務」を要求しているのではないからです。仮に12月に転職したとして、転職先の支給が12月中に無かった場合は、要件Cを満たさないことになります。
 《規範論的アプローチ》からは、年末まで「勤務」していても自社での「支給」がなければ対象外、というのが正しい。

 次の(5)とあわせて、12月転職絡みは次回整理したいと思います。

○ (5) 12月中に支給期の到来する給与の支払を受けた後に退職した人

 通達190-1(4)に掲げられているものです。
 普通に要件を満たすものなので、《規範論的アプローチ》からすればあえて取り上げる必要のないものです。
 他方で《類型論的アプローチ》では、(1)で「年を通じて」としてしまったせいで、わざわざ別に掲げなければならなくなったものです。

 (6)と違って「見込みあり」の場合の除外が書かれていないのは謎です。
 12月中退職であってもその後12月中に別会社から給与の支払いを受けることもあるのであって、この場合を除外しなくてもよいのか。

 当然《規範論的アプローチ》からは要件Dとして必ず要求されるものです。が、「しかた」では、(6)にはあるが(5)にはないという「反対解釈()」を施すことによって、(5)では「見込みあり」でも対象者となるように読むことができてしまいます。

 また、この類型をみて即座に思い浮かぶ疑問は、12月中に「退職⇒支給」の順番の場合はどうなのか、ということです。
 支給時期が一部前払いの会社でもないかぎり、退職後に支給となるのが通常でしょう。のに、このような典型例を掲げずに、「支給⇒退職」という今どき珍しいパターンだけ掲げているのは不親切極まりない。

 では、実際どうなのか、というと、退職によって扶養控除等申告書の効力が無くなるので、Aの要件を満たさず「対象者とならない」というのが、《規範論的アプローチ》からの帰結です。
 通達194・195-6というのもありますが、これによって要件Aが緩和されるとしても、要件Dまで緩和されるとは理解しがたいです。

 この点は、次回検討します。

○ (6) いわゆるパートタイマーとして働いている人などが退職した場合で、本年中に支払を受ける給与の総額が103万円以下である人(退職後本年中に他の勤務先等から給与の支払受けると見込まれる場合を除きます。)

 各類型に縷々イチャモンをつけてきましたが、これが一番の謎類型。通達190-1にも列挙されていないのに、しれっと中途退職者グループの並びに掲げられています。

 《規範論的アプローチ》からすれば、パートタイマーかどうか、103万円以下かどうか、などで対象に「なる/ならない」の違いは生じません。どこの要件にも該当するものがない。
 また、カッコ書きの「見込み」はDに対応している風ですが、Dは扶養控除等申告書を「提出」する見込みかあるかどうかであって「支払い」の見込みなどではありません。

 もしかしてですが、『パートタイマー・103万円以下の中途退職者は、「103万円の壁」に阻まれて退職したに決まっている。だとしたら、年内に再就職することなんてありえないから、どんなに手前で退職した場合でも年末調整しちゃって問題ない』とでもいう、角度キツめの決めつけによるものでしょうか。
 つまり、Dの見込み無し要件を類型的に充足するパターンなんだと。
 
 パートタイマー・103万円以下に何某かの意味合いを持たせようと思ったら、それくらいしか思いつきません。


× (10) 年の中途で退職した人で、(3)〜(6)に該当しない人

 この書き方ができるのは、(3)〜(6)で中途退職者で対象者となる人が完全にカバーできている場合に限られます。
 が、ここまで述べた通り、(3)〜(6)は決して出来のよい類型とはいえず、このような「バスケット類型」をもって残りものをすべて対象外の側に流し込むのが適切とは思えません。

 傲慢にも程がある。


 このように、《類型論的アプローチ》は、出来の悪い類型が列挙されている場合には、《規範論的アプローチ》による検証におよそ耐えられるものではないことが分かります。

 法律の要件から離れて独り歩きした上で、ありうる場合をまともにカバーできていないのだとしたら、とても使える類型に仕上がっていない、未完成のものだということです。

 また、類型論を展開するのであれば、年末調整の対象者、対象となる給与の範囲、判定の時期などを、類型ごとに一気通貫で揃えて記述するべきです。そうしないと、要件の正確な再現を犠牲にしてまで類型化した意味が無くなります。


 まあ、この時期に、各サイトの『年調お役立ち記事』に紛れて、こんな記事を混入させるのは迷惑極まりない話でしょう。《日常系税務》にとっては余計な知識です。

 が、類型にあてはまらない事案に出くわした場合に備えて、「法律レベル」で年末調整の対象となる/ならないを理解しておくことが、大事なことだと、私は思います。

リーガルマインド年末調整(その4) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
posted by ウロ at 11:23| Comment(0) | 年末調整

2021年11月15日

リーガルマインド年末調整(その2) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 今回は、「しかた」6頁の《類型論的アプローチ》に対し、《規範論的アプローチ》から批判的検討を加えてみます。

リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 《規範論的アプローチ》: 要件の解釈及びあてはめが必要
 《類型論的アプローチ》: 類型にあたるかだけを判断

【運営公式ガイド(しかた)】(類型)
令和3年分 年末調整のしかた 

【条文】
所得税法190条
1 給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者で、第一号に規定するその年中に支払うべきことが確定した給与等の金額が二千万円以下であるものに対し、その提出の際に経由した給与等の支払者がその年最後に給与等の支払をする場合(その居住者がその後その年十二月三十一日までの間に当該支払者以外の者に当該申告書を提出すると見込まれる場合を除く。)

【要件】(規範)
@ 居住者
A 扶養控除等申告書提出
B 年の確定給与2000万円以下
C Aの提出を受けた支払者が年最後の給与を支払
D 12/31までにCの支払者以外に扶養控除等申告書を提出する見込みがある場合を除く


 以下、「しかた」の類型につき、順不同で検討していきます("○"は対象になるとされている、"×"は対象にならないとされている、という意味です)。


× (8) 本年中の主たる給与の収入金額が2000万円を超える人

 要件Bに対応します。
 《要件事実論的思考()》からすれば、勝手に裏返すのは正しい表現ではない、ということは前回述べたとおりです。もちろん、分かりやすさからすればこの書き方でいいと思います。

 「しかた」には「左欄に掲げる人のうち」という限定詞が付加されています。
 これは、この限定詞をつけておかないと「なる人」類型と重複してしまうからです。たとえば、「1年を通じて勤務している2000万円超の人」だと(1)と(8)の両方に該当してしまいそうですが、この限定詞があることにより(8)だけに流し込めることになります。

 これは、類型論で「なる人」「ならない人」の両面を列挙しようとすると、生じる問題です。
 「なる人」類型同士での重複であればいいのですが、「なる人」類型と「ならない人」類型に跨って重複が生じるとあてはめ不能になってしまう、という類型論のイタイところ。闇雲に類型を掲げればいいのではなく、違うカテゴリー間での重複がないようにしなければなりません。

【もれとかぶり】
金井高志「民法でみる法律学習法 第2版」(日本評論社2021)

 なお、この2000万円判定、転職したとか甲乙が混じっているとかの場合にどうやって算定するのか、という問題があります。が、対象者になる/ならないだけを切り離して類型化しているせいで、ここにはその判定方法が書かれていません。

 親切心からの類型化なのであれば、対象者の問題だけでなく、こういった関連問題についてもまとめて書いておくべきだと思うのですが。


× (9) 2か所以上から給与の支払を受けている人で、他の給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している人や、年末調整を行うときまでに扶養控除等申告書を提出していない人(月額表又は日額表の乙欄適用者)
× (12) 継続して同一の雇用主に雇用されないいわゆる日雇労働者など(日額表の丙欄適用者)


 いずれも要件Aからは当然の類型です。(9)と(12)で類型が分断されているのは、乙か丙かの違いでしょうか。

 (9)の書き方は紛らわしい。下記読み方2が正しいのでしょうが、それは予め答えが分かっているからそう読めるというだけです。
 親切心で類型化しているのであれば、アイは別類型にしてあげればいいと思うのですが。

・読み方1
 2か所以上から給与の支払を受けている人で
  ア 他の給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している人
  イ 年末調整を行うときまでに扶養控除等申告書を提出していない人

・読み方2
 ア 2か所以上から給与の支払を受けている人で他の給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している人
 イ 年末調整を行うときまでに扶養控除等申告書を提出していない人

 そもそも、乙丙ひっくるめて「年末調整までに自社に扶養控除等申告書を提出していない人」でまとめられるものではありますが。


○ (3) 死亡により退職した人
○ (4) 著しい心身の障害のため退職した人で、その退職の時期からみて、本年中に再就職ができないと見込まれる人


 通達190-1(1)(3)に掲げられているものです。
 C最後の給与で、D見込みなしなので、当然に対象者となります。



○ (7) 年の中途で、海外の支店へ転勤したことなどの理由により、非居住者となった人(非居住者とは、国内に住所も1年以上の居所も有しない人をいいます。)
× (11) 非居住者


 要件@に対応します。(7)は通達190-1(2)に掲げられているものです。

 (11)が対象外になるのはいいとして、(7)はなぜ対象になるのか。これは居住者としての最後の給与を受けていた時点で要件を満たしているから対象になる、ということになります。
 要件だけをみてこのような解釈・あてはめをするのは難しいでしょうから、(7)のような類型を掲げることには、一定の意義があるわけです。

 上述のとおり、類型論において「なる人」「ならない人」で重複するのはマズいと書いたばかりですが、(7)と(11)は文言上重複しちゃっています。(11)には、「(7)以外の」という限定詞を付加する必要があるでしょう。

 (7)のカッコ書きに(非居住者とは、国内に住所も1年以上の居所も有しない人をいいます。)という定義が書かれています。
 これ自体は条文をベースにした表現なので間違いということではないのですが、この定義のままでは(7)本文の類型はありえないことになります。

 というのも、非居住者となるのに「1年以上の海外居住」を要求されるのだとしたら、年の中途で出国したとしても、出国から1年経過しなければ非居住者になれないことになります。そうすると、年末調整をする時点ではまだ居住者のままであって、年内に非居住者になることはありえません。

 もちろん専門家であれば、これは「過去1年の実績」ではなく、出国時に「1年以上勤務予定」かで判定されることは知っているわけです。が、この書きぶりでは非専門家には分かりようがない。

 (7)の逆パターンである「年の中途で非居住者から居住者になった人」がどこにも書かれていません。結論的には「対象者になる」のですが、(1)〜(12)のいずれの類型にも当てはまるものがありません。
 また、(1)では「1年を通じて」と期間が明示されているのに、(11)ではどの時点で非居住者だと対象者にならないのかが分かりません。

 最終的な結論としては、
   居住者期間の給与⇒対象
  非居住者期間の給与⇒対象外
と、年内に居住者期間があればその期間が年末調整の対象となるわけです。が、「しかた」の書きぶりではこの結論がでてこない。

 (1)を、(7)(11)と対比して分かることは、(1)は「居住者」の場合だということです。
 「1年を通じて(海外で)勤務している人」は対象外となるわけですが、(1)の書きぶりだとこれが排除されていない。(1)は「1年を通じて(国内で)勤務した人」と書かなければならないはずです。
 他方で、(11)は「1年を通じて(海外で)勤務している人」と書かなければなりません。

 ということで、以上をもれなく・かぶりなく類型化するならば、
  ○ 1年を通じて国内勤務している人
  ○ 居住者→非居住者 (居住者期間が対象)
  ○ 非居住者→居住者 (居住者期間が対象)
  × 1年を通じて海外勤務している人
とする必要があります。
 そして、居住者/非居住者の判定については、出入国時の予定(予定変更があった場合はその時点の予定)で判定することも明記してあげるべきでしょう。


 (2)(5)(6)(10)が残っていますが、思いがけず長くなったので次回にまわします。

リーガルマインド年末調整(その3) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その4) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
posted by ウロ at 10:10| Comment(0) | 年末調整

2021年11月08日

リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 何やら大仰なタイトルですが。
 単純に、年末調整が条文でどのように表現されているかを確認してみる、というだけの話です。
 とりあえず、「年末調整の対象となる人/ならない人」のところだけさらっとみるだけのつもりで手をつけてみました。

○ 
 《日常系税務》としては、いちいち条文など確認することもなく、運営(国税庁)が出している公式ガイドブックに全乗っかりで処理して済むなら、それに越したことはない。何でもかんでも条文に立ち返る必要なんて、ない(時間が)。

【運営公式ガイド】
令和3年分 年末調整のしかた (以下「しかた」といいます)

 が、たとえば、(元)従業員から「会社が年末調整してくれなかったせいで自分で確定申告せざるをえなかった!」などと言われた場合を想定するならば、「法律レベル」で対象者がどのように規律されているかを見ておく必要があるはずです。

 ということで、条文と「しかた」を対比しながら、年末調整の対象者となる/ならないについての整理をしてみたいと思います。


 まずは条文から(必要箇所のみ抜粋)。

所得税法190条
1 給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者で、第一号に規定するその年中に支払うべきことが確定した給与等の金額が二千万円以下であるものに対し、その提出の際に経由した給与等の支払者がその年最後に給与等の支払をする場合(その居住者がその後その年十二月三十一日までの間に当該支払者以外の者に当該申告書を提出すると見込まれる場合を除く。)


 ここから要件らしきものを抽出すると、

@ 居住者
A 扶養控除等申告書提出
B 年の確定給与2000万円以下
C Aの提出を受けた支払者が年最後の給与を支払
D 12/31までにCの支払者以外に扶養控除等申告書を提出する見込みがある場合を除く

となります(以下これらを「要件」といいます)。

 よくある解説モノでは、「2000万円超は対象外」と表現されがちですが、条文上は「2000万円以下なら対象」という書き方になっています。
 もちろん実体法的には同じことの表裏にすぎません。が、租税法を《要件事実論的思考()》によって構成しようとするならば、表から書くか裏から書くかは重要な違いです。条文の書きぶりを、整理の都合だけでお気軽に裏っ返してよいものではない。

【租税法と要件事実論()】
伊藤滋夫編「租税訴訟における要件事実論の展開」(青林書院2016)
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)

 さらに「要件事実論的思考()」を展開するならば、Dの「見込み」は、年末調整の対象にならないと主張する側が「あること」につき立証責任がある事実だということになります。

 しかしまあ、税法で「見込み」ときくと非常に憂鬱な気分になります。合併のような一大イベントならともかく、年末調整のような大量処理が必要な局面において、逐一「見込み」で切り分けをしなければならないとか、どこまで真面目にやってられるのでしょうか。

【税法における見込みと予測可能性】
中里実ほか「租税法概説 第4版」(有斐閣2021)

 要件事実論()イジりはこの程度にして。


 他方で、「しかた」(6頁)によれば、対象者になる/ならないは次のように整理されています(一部省略と連番振り直しをしています)。

【年末調整の対象となる人】
(1) 1年を通じて勤務している人
(2) 年の中途で就職し、年末まで勤務している人
・年の中途で退職した人のうち、次の人
(3) 死亡により退職した人
(4) 著しい心身の障害のため退職した人で、その退職の時期からみて、本年中に再就職ができないと見込まれる人
(5) 12月中に支給期の到来する給与の支払を受けた後に退職した人
(6) いわゆるパートタイマーとして働いている人などが退職した場合で、本年中に支払を受ける給与の総額が103万円以下である人(退職後本年中に他の勤務先等から給与の支払受けると見込まれる場合を除きます。)
(7) 年の中途で、海外の支店へ転勤したことなどの理由により、非居住者となった人(非居住者とは、国内に住所も1年以上の居所も有しない人をいいます。)

【年末調整の対象とならない人】
(8) 本年中の主たる給与の収入金額が2000万円を超える人
(9) 2か所以上から給与の支払を受けている人で、他の給与の支払者に扶養控除等申告書を提出している人や、年末調整を行うときまでに扶養控除等申告書を提出していない人(月額表又は日額表の乙欄適用者)
(10) 年の中途で退職した人で、(3)〜(6)に該当しない人
(11) 非居住者
(12) 継続して同一の雇用主に雇用されないいわゆる日雇労働者など(日額表の丙欄適用者)


 一見して、条文上の要件とうまく噛み合っていない印象を受けます。以下、個別にみていきます(順不同)。

○ (1) 1年を通じて勤務している人

 要件では「1年間勤務」など要求されていません。これは、親切心で典型的な類型を最初に括りだしてあげた、ということなのでしょう。
 このようなアプローチ、いわゆる《類型論的アプローチ》ということができます。

 本来であれば、条文上の個別の要件ごとに解釈・あてはめをしなければなりません。このようなアプローチを《規範論的アプローチ》ということができるでしょう。

 が、非専門家にとって法解釈・あてはめをするのはしばしば難解です。そこでいくつかの類型を掲げておくことで、その類型にあたりさえすれば、個別の解釈・あてはめをしないでも法適用ができるようにする、これが《類型論的アプローチ》です。

 《規範論的アプローチ》: 要件の解釈及びあてはめが必要
 《類型論的アプローチ》: 類型にあたるかだけを判断

 このように、《類型論的アプローチ》は、類型の設定がうまくできているかぎり、非常に分かりやすいものになります。
 「しかた」は、決してプロ向けではなく、非専門家がスムースに年末調整業務ができるように、という趣旨でいくつかの類型を掲げてくださっているのでしょう。

 にもかかわらず、《規範論的アプローチ》の観点から難癖をつけようとしている本ブログ、どうかしていますよね。全然納税者に《寄り添って》いねえじゃねえかと。

 しかしながら《類型論的アプローチ》、決して良いことばかりではなく。
 掲げられた類型に抜けがある場合には一気に弱点が露呈します。そして、私には「しかた」の掲げる類型には強い「ヌケ感」があるように感じられます。


 当初のつもりでは、単に「しかた」記載のなる人/ならない人を条文に当てはめて終わらす予定でした。
 が、《規範論的アプローチ》と《類型論的アプローチ》という視点が出てきてしまったので、やや込み入った話をする必要がありそうです。

 ということで、ここで一旦区切って、次回、「しかた」の《類型論的アプローチ》を《規範論的アプローチ》から批判的に検討する、ということをしてみたいと思います。

リーガルマインド年末調整(その2) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その3) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その4) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
posted by ウロ at 09:22| Comment(0) | 年末調整

2017年10月13日

年末調整H29

税理士事務所っぽい普通のお知らせをします。

[手続名]給与所得者の扶養控除等の(異動)申告
[手続名]給与所得者の保険料控除及び配偶者特別控除の申告

年末調整の季節がやってきましたね。

おなじみ扶養控除申告書と保険料控除申告書です。扶養控除申告書は平成30年分、保険料控除申告書は平成29年分を記載してください。

なんで扶養控除申告書のほうは平成30年分かというと、たまたまH29年末調整の時期にあわせてもらってるんですけど、実は、来年の毎月の源泉徴収額を決めるためと来年の年末調整の計算をするために使うからです。

扶養控除申告書  H30の毎月の源泉徴収額と年末調整の計算をするため。
保険料控除申告書 H29の年末調整の計算をするため。

ので、H29年末調整で使うのは、去年もらったH29扶養控除申告書なわけです。もしH29中に異動が生じてたら、厳密には平成29年分扶養控除申告書を出し直してもらう必要があったりします(だから書類にも(異動)て書いてるわけです)。

今回の記載にあたっての注意点は、H30から配偶者控除の改正があったせいで、毎月の源泉徴収で配偶者を扶養1人と数える場合の判定が変わっています。改正内容だけ説明するんであとはそちらで判定してね、で済ませるには若干ややこしい内容なので、該当しそうな方には個別にご説明することにします。
posted by ウロ at 11:26| Comment(0) | 年末調整