《孤高の体系書》フェチにとって、至高の一冊。
堀勝洋「年金保険法 第5版」(法律文化社2022) Amazon
お隣の「労働法」は、分厚ちい体系書がやたらと出版されているというのに。
本書のような、法学者による・単著の・「年金保険法」(厚生年金保険法、国民年金保険法)だけの体系書、さっぱり見かけない。
菊池馨実先生の体系書は全部入りですし。
菊池馨実「社会保障法 第3版」(有斐閣2022)Amazon
私が、本書を《孤高の》と形容する所以です。
なお、私の中での「憲法」における孤高の体系書。
【孤高の憲法体系書】
戸松秀典「憲法」(弘文堂2015)
憲法の体系書は、相当数でていますが。
著者独自の特定の「思想」を混ぜ込まずに、日本の裁判所で形成されている憲法秩序をあるがままに記述するもの、という意味で、随一の体系書となっております。
◯
話は戻って。
おそらく「労務」の世界においても、「税務」の世界と同様、
・Q&A、リーフレット、お役所電凸などを鮮やかに活用する「効率勢」
と
・条文を捏ねくりまわして、むやみに悩み散らかしている「非効率勢」
とがいると思われ(旧司法試験における予備校勢と基本書ヴェテの対立構造と相似か?)。
効率勢からすれば、こんなもの読んでなんの意味があるのか、という至極ごもっともな疑問があるでしょう。
かつ、「税理士」である私が買う意味も、まあよく分からないはず。
私個人についていえば、ロースクール発足以降、停滞気味の《体系書文化》(という法律文化)がどうにか活発化しないものかと、常々思っているわけです。
もちろん、私が一冊購入したところで、どうにかなるものではありません。が、だからといって買わないという選択肢はない。ゆえに買う。
皆さんも、みんな大好き水町勇一郎先生の体系書と同じノリで、購入されたらよろしいじゃないですか。
水町勇一郎「詳解 労働法 第3版」(東京大学出版会2023) Amazon
水町勇一郎「水町詳解労働法 第3版 公式読本」(日本法令2024)
◯
本書は、第4版が2017年にでてから2022年に第5版が出版されるまで、しばらく品切れ状態となっていました。
第4版やその前の第3版の「Amazonマーケットプレイス」を下の方までみていただくと、《マケプレのクレプラ》(Amazonマーケットプレイスのクレイジープライス)の残骸が観測されます。
第5版についても、遅かれ早かれ、品切れ状態になると思われ。ご購入されるならお早めにどうぞ(買い煽り)。
水町詳解と比べてページ単価がお高いように思われるかもしれませんが。これは水町詳解が異常にお安いだけです。
年金保険法 第5版 8,140円 694頁
詳解労働法 第3版 8,580円 1568頁
需要がニッチなことから考えれば、相当頑張った価格だろうと、思います。
◯
残念ながら、私みたいなものが本書の中身について語れるわけがなく。
ただ、一点だけ。
「被保険者」の範囲について。
下記記事では、「法学」を標榜しておきながら、運営のリーフレット引き写しな記述の教科書を、激しく批判しました。
黒田有志弥ほか「社会保障法(有斐閣ストゥディア)」(有斐閣2019)
では、本書はどうかというと。
きちんと条文どおりの記述となっていました。「学生でない」なら加入ではなく、「学生である」なら適用除外、という書き方。
なぜ、条文構成どおりで記述する必要があるかといえば。
別に「要件事実論」を意識しているわけではなく。厚生年金保険法の基本コンセプトを正確に理解するために必要だからです。
すなわち、「使用される者」は全員加入しなければならないのが大原則であり。一部「適用除外」に該当する者だけが加入しなくてよい、というのが同法の基本コンセプトなんだと。
このことは、「原則/適用除外」という条文構成から読み取るしかありません。《リーフレット引き写し本》のごとく、勝手にひっくり返してしまうと、法のコンセプトをあるがままに理解することができないわけです。
ここの記述だけみても、本書が信頼に値する書籍だということが、よく分かります。
【条文ひっくり返し系】
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その2) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その3) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド年末調整(その4) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド法定調書合計表 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
◯
ということで、「法学」としての年金保険法を学ぶには、本書は必読モノなのではないでしょうか。
※以上は、門外漢ゆえ、「どうせほとんどの人が本書を買っていないんだろ」という決めつけ・先入観で記述しております。
現実には、水町詳解レベルでガンガン売れている、というのであれば、お詫びいたします。
2024年09月05日
堀勝洋「年金保険法 第5版」(法律文化社2022)
posted by ウロ at 13:21| Comment(0)
| 社会保障法
2023年07月24日
小西國友「社会保障法」(有斐閣2001)
重厚な体系書ですらソフトカバー(かつ紙質が貧弱)で出版される近時の風潮とは異なり、かつてはガワとしてのハードカバー/ソフトカバーと中身のハード/ソフトはおおむね対応関係にありました。
なお、ハードカバーの上位機種が(今となっては絶滅危惧種の)函入。
本書も、「有斐閣ブックス」とかいう、ソフトカバーのシリーズ物の中の一冊だったため、単なる制度陳列系(以下「セドチン」という。)の概説書なのかと思って読まずにいたところでした。
小西國友「社会保障法」(有斐閣2001)
本書の裏表紙にはこんなことが書いてあります。
社会保障法は,社会の構成員が社会的事故に遭遇することに関連して各種の保障を行う法である。実体面に重点を置き制度解説を中心にした従来型のテキストではなく,法的側面から構造を解き明かすテキストは本書がはじめてである。真に社会保障法の名に値する画期的なテキストが登場した。
これまで法学専門書出版社による宣伝文句には、さんざん煮え湯を飲まされてきたわけで。今さらこんな、大言壮語な美辞麗句を額面通りに受け取ることなんかできません。
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
特に「社会保障法」なんて、セドチン系の薄味本を読まされたばかりですし。
黒田有志弥ほか「社会保障法(有斐閣ストゥディア)」(有斐閣2019)
ところが、実際読んでみたら、この宣伝文句どおりの内容となっていました。がっつりめの理論書。完全に、オオカミ少年の寓話どおり。
本書の出版以降どこかの時点で、出版社内の宣伝文句担当の倫理感がどうにかなってしまうような、転換点というものがあったのでしょうか。あるいは、宣伝文句担当は時代を経ても何も変わらず、中身のほうがそれに伴わなくなっていっただけなのか。
◯
総論の目次を眺めるだけでも、良い雰囲気でてますよね。
第1編 総論
第1章 序説
第2章 社会保障基本権
第3章 保障主体
第4章 保障規範
第5章 保障行為
第6章 保障関係
第7章 給付制限
第8章 紛争解決手続
もちろん、個別制度を知らずにいきなり総論を読んでも、なんのことやら理解できないと思います。が、ひととおり制度理解をしてから総論を読むと、自分の頭の中でバラバラだった知識がよく整理できるようになると思います。
◯
本書のよさをご理解いただくために、どこの記述を切り出してもいいのですが、たとえば次のような記述はどうでしょうか(P.46)。
市町村と特別区(市町村。市区町村とも市町村等とも総称されることがある)は、一定の目的(立法・行政)のために国の一定の地域において住民により構成される組織的統一体である地方公共団体の一種であって、前者の市町村は普通地方公共団体であり後者の特別区は特別地方公共団体(財産区も同様)である。市町村は地方公共団体の組織体自体を意味することが多いが(たとえば、「市町村又は特別区は、この法律の定めるところにより、国民健康保険を行う」という場合。国民健康保険法三条)、社会保障法の領域においては、市町村の行政府を意味することもある。たとえば、国民健康保険法九条が「世帯主は……被保険者の資格の取得及び喪失に関する事項その他必要な事項を市町村に届け出なければならない」と規定する場合の「市町村」は市町村の行政府のことである。
市町村という概念が地方公共団体(地方団体とも呼ばれる)の組織体自体とその機関である行政府の双方を意味するのは、地方公共団体に関しては国のレベルにおける「国」とその行政府である「政府」についてと異なり、地方公共団体の行政機関の全部または一部としての行政府の存在が明瞭に意識されないことによるものである。その存在が明瞭に意識されるのは地方公共団体における行政機関としての都道府県知事や市町村長であるが、内閣の所轄下に行政機関があるように都道府県知事や市町村長の所轄下にも行政機関が存在し、これらが一体となって地方公共団体の行政府を構成していると考えられる。
この「行政組織法」味あふれる記述、グッときますよね。
藤田宙靖「行政組織法 第2版」(有斐閣2022)
「市町村」なんて用語、当然にその意味はわかっているとばかり、薄ぼんやりとしか読めていなかったわけですが。使われる局面によって意味が異なるんだと。
言葉の意味を正確に記述しようとしている様をみると、書籍への信頼感がとても上がります。
◯
あるいは次のような記述はどうでしょうか(P.138)。国民健康保険法36条1項1号の「診察」について。
「診察」とは、医師や歯科医師が傷病の状態を判断するために、質問を発しまたは発することなく、心身を調査することである。したがって、近視やその他の目の傷病の状態を判断するために行う検眼は、それが医師による場合(診察は医師・歯科医師によらなければならない)には「診察」である。しかし、近視の有無の判断のためではなく単に眼鏡の装用のための検眼は、眼鏡店におけるものでなく医師によるものであっても「診察」ということができない。また、このような目的から行われる検眼は所得税法七三条の規定する医療費控除の認められる「医療又はこれに関連する人的役務の提供」ということもできない(藤沢税務署長事件・横浜地判平成一・六・二八行裁例集四〇巻七号八一四頁参照)。
「診察」なんて言葉、日常用語でもあるので定義なんか気にせずわかった気になってしまうところです。この点も、きちんと定義づけがされた上で外延を示し、さらに税の扱いにまで触れるという周到ぶり。事項索引にまで「診察」が入っていますし。
◯
各論の中でも、各章において「個別的な法律問題」という項目を設けて、法的論点についてしっかりとした議論が展開されています。田中二郎先生の『租税法』が、総論がっつり・各論セドチンなのとは違って。
きっちり尻尾まであんこがつまった、たい焼きの如く。
田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990)
社会保障「法」の教科書なんだから、法的論点を検討するのは当たり前、と思うのですが。残念ながらセドチン本がのさばってしまっている。
・
たとえば、受給権の「消滅時効」について。セドチン本では単に2年とか5年とかいう数字だけが並んでいるだけのところですが。
本書では、年金受給の支分権はともかく、基本権まで5年で消えるのは、長年保険料を納付してきたことと対比して酷くないか、という問題意識から基本権には消滅時効の規定は適用されない、という解釈論を展開しています。しかも、単純に基本権はすべて消滅時効排除というのではなく、受給権の性質ごとに(療養、年金、扶助など)検討をされています。
裁判所がこのような解釈をそのまま採用することは考えにくいです。ですが、個別事案ごとの事情に応じて例外的に消滅時効の適用しない、という結論を出すことは十分ありえます。裁判所がおよそ採用しえない見解など主張する意味がない、ということにはならないはずです。
セドチン本では、こういったことを考える素材すら提供してくれない。
◯
しかしまあ、学問というのは先人の業績を踏まえて少しづつでも漸進していくものだと思うのですが。なぜセドチン本に退化・回帰してしまうのか。
裏表紙の宣伝文句で「従来型のテキスト」呼ばわりされていたものなんですが。
昨今の厳しい出版事情の元では、法学専門書なんて、共著の・セドチンの・薄い本を大学の指定教科書にしてもらうことでしか生き残れないのでしょうか。
売れ筋の小型六法と指定教科書をTOY'S FACTORYにおけるMr.Childrenと位置づけ、そのおこぼれで他のアーティストを細々と育てていく的な(もちろんBUMPとかも所属しているわけですが、さすがに別格でしょう)。
残念ながら、本書は2001年に出版されたきり後続がないままです。
が、「法学」としての社会保障法を学びたいというならば、『最新の法改正に対応!』だけが売りのセドチン本よりも、たとえ古くても本書のような理論書を読んだほうが、勉強になるはずです。
なお、ハードカバーの上位機種が(今となっては絶滅危惧種の)函入。
本書も、「有斐閣ブックス」とかいう、ソフトカバーのシリーズ物の中の一冊だったため、単なる制度陳列系(以下「セドチン」という。)の概説書なのかと思って読まずにいたところでした。
小西國友「社会保障法」(有斐閣2001)
本書の裏表紙にはこんなことが書いてあります。
社会保障法は,社会の構成員が社会的事故に遭遇することに関連して各種の保障を行う法である。実体面に重点を置き制度解説を中心にした従来型のテキストではなく,法的側面から構造を解き明かすテキストは本書がはじめてである。真に社会保障法の名に値する画期的なテキストが登場した。
これまで法学専門書出版社による宣伝文句には、さんざん煮え湯を飲まされてきたわけで。今さらこんな、大言壮語な美辞麗句を額面通りに受け取ることなんかできません。
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
特に「社会保障法」なんて、セドチン系の薄味本を読まされたばかりですし。
黒田有志弥ほか「社会保障法(有斐閣ストゥディア)」(有斐閣2019)
ところが、実際読んでみたら、この宣伝文句どおりの内容となっていました。がっつりめの理論書。完全に、オオカミ少年の寓話どおり。
本書の出版以降どこかの時点で、出版社内の宣伝文句担当の倫理感がどうにかなってしまうような、転換点というものがあったのでしょうか。あるいは、宣伝文句担当は時代を経ても何も変わらず、中身のほうがそれに伴わなくなっていっただけなのか。
◯
総論の目次を眺めるだけでも、良い雰囲気でてますよね。
第1編 総論
第1章 序説
第2章 社会保障基本権
第3章 保障主体
第4章 保障規範
第5章 保障行為
第6章 保障関係
第7章 給付制限
第8章 紛争解決手続
もちろん、個別制度を知らずにいきなり総論を読んでも、なんのことやら理解できないと思います。が、ひととおり制度理解をしてから総論を読むと、自分の頭の中でバラバラだった知識がよく整理できるようになると思います。
◯
本書のよさをご理解いただくために、どこの記述を切り出してもいいのですが、たとえば次のような記述はどうでしょうか(P.46)。
市町村と特別区(市町村。市区町村とも市町村等とも総称されることがある)は、一定の目的(立法・行政)のために国の一定の地域において住民により構成される組織的統一体である地方公共団体の一種であって、前者の市町村は普通地方公共団体であり後者の特別区は特別地方公共団体(財産区も同様)である。市町村は地方公共団体の組織体自体を意味することが多いが(たとえば、「市町村又は特別区は、この法律の定めるところにより、国民健康保険を行う」という場合。国民健康保険法三条)、社会保障法の領域においては、市町村の行政府を意味することもある。たとえば、国民健康保険法九条が「世帯主は……被保険者の資格の取得及び喪失に関する事項その他必要な事項を市町村に届け出なければならない」と規定する場合の「市町村」は市町村の行政府のことである。
市町村という概念が地方公共団体(地方団体とも呼ばれる)の組織体自体とその機関である行政府の双方を意味するのは、地方公共団体に関しては国のレベルにおける「国」とその行政府である「政府」についてと異なり、地方公共団体の行政機関の全部または一部としての行政府の存在が明瞭に意識されないことによるものである。その存在が明瞭に意識されるのは地方公共団体における行政機関としての都道府県知事や市町村長であるが、内閣の所轄下に行政機関があるように都道府県知事や市町村長の所轄下にも行政機関が存在し、これらが一体となって地方公共団体の行政府を構成していると考えられる。
この「行政組織法」味あふれる記述、グッときますよね。
藤田宙靖「行政組織法 第2版」(有斐閣2022)
「市町村」なんて用語、当然にその意味はわかっているとばかり、薄ぼんやりとしか読めていなかったわけですが。使われる局面によって意味が異なるんだと。
言葉の意味を正確に記述しようとしている様をみると、書籍への信頼感がとても上がります。
◯
あるいは次のような記述はどうでしょうか(P.138)。国民健康保険法36条1項1号の「診察」について。
「診察」とは、医師や歯科医師が傷病の状態を判断するために、質問を発しまたは発することなく、心身を調査することである。したがって、近視やその他の目の傷病の状態を判断するために行う検眼は、それが医師による場合(診察は医師・歯科医師によらなければならない)には「診察」である。しかし、近視の有無の判断のためではなく単に眼鏡の装用のための検眼は、眼鏡店におけるものでなく医師によるものであっても「診察」ということができない。また、このような目的から行われる検眼は所得税法七三条の規定する医療費控除の認められる「医療又はこれに関連する人的役務の提供」ということもできない(藤沢税務署長事件・横浜地判平成一・六・二八行裁例集四〇巻七号八一四頁参照)。
「診察」なんて言葉、日常用語でもあるので定義なんか気にせずわかった気になってしまうところです。この点も、きちんと定義づけがされた上で外延を示し、さらに税の扱いにまで触れるという周到ぶり。事項索引にまで「診察」が入っていますし。
◯
各論の中でも、各章において「個別的な法律問題」という項目を設けて、法的論点についてしっかりとした議論が展開されています。田中二郎先生の『租税法』が、総論がっつり・各論セドチンなのとは違って。
きっちり尻尾まであんこがつまった、たい焼きの如く。
田中二郎「租税法(第3版)」(有斐閣1990)
社会保障「法」の教科書なんだから、法的論点を検討するのは当たり前、と思うのですが。残念ながらセドチン本がのさばってしまっている。
・
たとえば、受給権の「消滅時効」について。セドチン本では単に2年とか5年とかいう数字だけが並んでいるだけのところですが。
本書では、年金受給の支分権はともかく、基本権まで5年で消えるのは、長年保険料を納付してきたことと対比して酷くないか、という問題意識から基本権には消滅時効の規定は適用されない、という解釈論を展開しています。しかも、単純に基本権はすべて消滅時効排除というのではなく、受給権の性質ごとに(療養、年金、扶助など)検討をされています。
裁判所がこのような解釈をそのまま採用することは考えにくいです。ですが、個別事案ごとの事情に応じて例外的に消滅時効の適用しない、という結論を出すことは十分ありえます。裁判所がおよそ採用しえない見解など主張する意味がない、ということにはならないはずです。
セドチン本では、こういったことを考える素材すら提供してくれない。
◯
しかしまあ、学問というのは先人の業績を踏まえて少しづつでも漸進していくものだと思うのですが。なぜセドチン本に退化・回帰してしまうのか。
裏表紙の宣伝文句で「従来型のテキスト」呼ばわりされていたものなんですが。
昨今の厳しい出版事情の元では、法学専門書なんて、共著の・セドチンの・薄い本を大学の指定教科書にしてもらうことでしか生き残れないのでしょうか。
売れ筋の小型六法と指定教科書をTOY'S FACTORYにおけるMr.Childrenと位置づけ、そのおこぼれで他のアーティストを細々と育てていく的な(もちろんBUMPとかも所属しているわけですが、さすがに別格でしょう)。
残念ながら、本書は2001年に出版されたきり後続がないままです。
が、「法学」としての社会保障法を学びたいというならば、『最新の法改正に対応!』だけが売りのセドチン本よりも、たとえ古くても本書のような理論書を読んだほうが、勉強になるはずです。
posted by ウロ at 10:49| Comment(0)
| 社会保障法
2023年04月24日
黒田有志弥ほか「社会保障法(有斐閣ストゥディア)」(有斐閣2019)
インボイス記事を書きつつ、本書初版(2019)の書評も書いていたのですが、インボイスネタが終わらないうちに第2版(2023)が出てしまいました。インボイス記事、あと数回は続く感じです。
下記からも察していただけるかと思いますが、第2版(2023)を買うつもりはないので、初版(2019)の書評のまま供養させていただきます。
○
「有斐閣ストゥディア」というシリーズ、私にとっては2冊目もハズレとなりました。
多田望ほか「国際私法 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2021)
黒田有志弥ほか「社会保障法 (有斐閣ストゥディア)第2版」 (有斐閣2023)
念のため、シリーズものでも基本的には著者次第で内容は変わりますので、同じシリーズだからといってレベルが一律ということにはならないです。
○
「社会保障に関する一連の制度を概観する」というかぎりでは、文章は柔らかめで、図表やイラストも随所に挿入されているので理解しやすいですし、薄い本ながら求職者支援制度や生活困窮者自立支援制度といったものまで広くカバーしているので、よい概説書だとは思います。
何がハズレかというと。
「はじめに」のところで、社会保障制度を「法学的に考える」「法学的アプローチを用いて勉強します」などと書かれているのに、実際の記述は「法学的」云々といったものはほんのりで、ほとんどの記述は単なる制度概観で終わってしまっているところです(私はこのようなタイプの書籍を《制度陳列系》、略して《セドチン》と分類しています)。
別枠で「考えてみよう」みたいな投げかけはあるものの、考えるためのヒントなりが本文中にはないので、独学者にはおよそ考えようがない。他分野のように学習教材が充実しているわけでもないくせに。
本書は大学の授業のお供として使うものであって、「社会保障法の独学者」なんて珍奇な存在、想定利用者に含まれていない、ということでしょうか。
が、セドチン止まりであれば、運営発行の手引・リーフレットを始めとして、わかりやすい競合がいくらでもあります。
わざわざこのような教科書を読もうとするのは、「社会保障法」とタイトルに「法」が入っていることから、社会保障制度につき法学的な分析が展開されていることを期待しているからです。
上述のような「はじめに」の記述から期待を膨らませて読んだものの、残念ながらセドチン止まりだった、ということです。
以下、読みながら残念感を受けた箇所のうち、代表的なものをいくつか。
○14頁,46頁
社会保障「法」の教科書になっているか、私が真っ先に確認するのが健康保険・厚生年金の被保険者の範囲に関する記述です。
以前記事にもしましたが、短時間労働者につき、条文の書きぶりと運営を始めとする一般的な説明の仕方とで、表現が裏表になってしまっているのが現状です。
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
もちろん、一般向けの解説ということならば、わかりやすさえすれば、どっちから説明しようが構わないわけです。
が、「法学的」云々を標榜するならば、ちゃんと条文どおりの正確な記述をすべきだと思います。条文における表裏は、原則/例外を表していたり、あるいは主張立証責任の指標となったり、などなど大変重要なものであって。お気軽にひっくり返していいものではないはずです。
本書は、残念ながら運営作成リーフレット引き写し感満載。条文をひっくり返した側から記述してしまっています。
特に、「日雇い」や「2ヶ月以内有期」についてはちゃんと適用除外の側から書かれているにも関わらず、短時間労働者についてはわざわざ条文をひっくり返すところなんて、運営そのまま。
そこには何のポリシーも感じられません。
なお、健康保険と厚生年金とで、被保険者の範囲がズレているところがあるわけですが、そういう違いの説明も特にありません。
○ 14頁
会社役員が健康保険の被保険者となることにつき、お馴染みの通達と高裁判決をコピペしているだけです。
「使用される者」という文言と明らかに矛盾していることや労働保険との整合性などいったことについての検討がなされていません。
なお、ここでは「健康保険」の被保険者となることだけが記述されているのですが、「厚生年金」の被保険者となることについては本書には書かれていません。結論は「含まれる」で同じだとしても、それぞれ制度目的が違う以上、その理由付けも違っていてしかるべきでしょう。
○
たとえば、役員が「妊娠・出産・育児」をした場合に、どのような制度の適用を受けられるか、ということを調べようと思っても、本書からは何もわかりません。
上述のとおり、本書では健康保険の被保険者となることは書かれているので、健康保険料の免除は受けられると思うかもしれません。が、正解は、「産前産後期間」は免除されるが「育休期間」は免除されない、となります。
これは、産前産後の社保免除は労基法上の産前産後休業に限られないのに対し、育休の社保免除は育介法上の育児休業に限られるからです。
セドチン系の本では、こういった視点がどうしても出てこない。
○ 194頁
保険料の期間制限につき、本書では「おわりに」のところで、条数引用もなく2年とか5年とか書かれているだけです。
が、保険料についていえば、
・賦課権か徴収権かで違うものがある
・そもそも賦課権が観念されないものがある
・保険料と保険税で違う
と、各法ごとに違いがあります。
こういった制度間比較というものも、セドチン系では出てきません。
また、保険金の期間制限については、
「年金の支分権については時効の規定がありませんが、国が保険者なので、会計法30条によって5年で消滅すると考えられています。」
といった記述がなされています。
ここも、「法学的」云々ということであれば、厚生年金保険法・国民年金法といった個別法(特別法)に規定がないから「一般法」である会計法が適用される、と表現すべきですよね。なぜにいきなり会計法が出てくるのか、初学者には分かりにくい。いかにも説明不足。
○
以上、「多数執筆者による薄い教科書に、平面的な知識を得る以上の役割を求めるのは無理がある」という経験則が積み重なる結果となりました。
上記の各言いがかりにしても、「だって文字数制限されているんだからしょうがないじゃないか」ということなんでしょう。大学で講義を受けながらのガイドして使う分には充分な内容だとは思いますし。
が、だとしたら「法学的」云々などと標榜しないでほしい。
「本書は講義での補足を前提とするテキストなので、お前みたいな独学者には本書の価値は分からんよ」とでもちゃんと言っておいてくれれば、私としても、ここまでイジりの対象とすることはなかったと思います。
租税法の教科書について、理想の教科書探しが終わっていないというのに、社会保障法についても旅に出ないとならないようです。
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
ちなみに、私の中での「法学としての社会保障法」の最高峰が岩村先生の下記書籍。
岩村正彦「社会保障法T」(弘文堂2001)
総論しかないし古いし、ということではあるのですが、逆に総論しかないことで古さが気にならない、ということでもあります。
下記からも察していただけるかと思いますが、第2版(2023)を買うつもりはないので、初版(2019)の書評のまま供養させていただきます。
○
「有斐閣ストゥディア」というシリーズ、私にとっては2冊目もハズレとなりました。
多田望ほか「国際私法 (有斐閣ストゥディア)」 (有斐閣2021)
黒田有志弥ほか「社会保障法 (有斐閣ストゥディア)第2版」 (有斐閣2023)
念のため、シリーズものでも基本的には著者次第で内容は変わりますので、同じシリーズだからといってレベルが一律ということにはならないです。
○
「社会保障に関する一連の制度を概観する」というかぎりでは、文章は柔らかめで、図表やイラストも随所に挿入されているので理解しやすいですし、薄い本ながら求職者支援制度や生活困窮者自立支援制度といったものまで広くカバーしているので、よい概説書だとは思います。
何がハズレかというと。
「はじめに」のところで、社会保障制度を「法学的に考える」「法学的アプローチを用いて勉強します」などと書かれているのに、実際の記述は「法学的」云々といったものはほんのりで、ほとんどの記述は単なる制度概観で終わってしまっているところです(私はこのようなタイプの書籍を《制度陳列系》、略して《セドチン》と分類しています)。
別枠で「考えてみよう」みたいな投げかけはあるものの、考えるためのヒントなりが本文中にはないので、独学者にはおよそ考えようがない。他分野のように学習教材が充実しているわけでもないくせに。
本書は大学の授業のお供として使うものであって、「社会保障法の独学者」なんて珍奇な存在、想定利用者に含まれていない、ということでしょうか。
が、セドチン止まりであれば、運営発行の手引・リーフレットを始めとして、わかりやすい競合がいくらでもあります。
わざわざこのような教科書を読もうとするのは、「社会保障法」とタイトルに「法」が入っていることから、社会保障制度につき法学的な分析が展開されていることを期待しているからです。
上述のような「はじめに」の記述から期待を膨らませて読んだものの、残念ながらセドチン止まりだった、ということです。
以下、読みながら残念感を受けた箇所のうち、代表的なものをいくつか。
○14頁,46頁
社会保障「法」の教科書になっているか、私が真っ先に確認するのが健康保険・厚生年金の被保険者の範囲に関する記述です。
以前記事にもしましたが、短時間労働者につき、条文の書きぶりと運営を始めとする一般的な説明の仕方とで、表現が裏表になってしまっているのが現状です。
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
もちろん、一般向けの解説ということならば、わかりやすさえすれば、どっちから説明しようが構わないわけです。
が、「法学的」云々を標榜するならば、ちゃんと条文どおりの正確な記述をすべきだと思います。条文における表裏は、原則/例外を表していたり、あるいは主張立証責任の指標となったり、などなど大変重要なものであって。お気軽にひっくり返していいものではないはずです。
本書は、残念ながら運営作成リーフレット引き写し感満載。条文をひっくり返した側から記述してしまっています。
特に、「日雇い」や「2ヶ月以内有期」についてはちゃんと適用除外の側から書かれているにも関わらず、短時間労働者についてはわざわざ条文をひっくり返すところなんて、運営そのまま。
そこには何のポリシーも感じられません。
なお、健康保険と厚生年金とで、被保険者の範囲がズレているところがあるわけですが、そういう違いの説明も特にありません。
○ 14頁
会社役員が健康保険の被保険者となることにつき、お馴染みの通達と高裁判決をコピペしているだけです。
「使用される者」という文言と明らかに矛盾していることや労働保険との整合性などいったことについての検討がなされていません。
なお、ここでは「健康保険」の被保険者となることだけが記述されているのですが、「厚生年金」の被保険者となることについては本書には書かれていません。結論は「含まれる」で同じだとしても、それぞれ制度目的が違う以上、その理由付けも違っていてしかるべきでしょう。
○
たとえば、役員が「妊娠・出産・育児」をした場合に、どのような制度の適用を受けられるか、ということを調べようと思っても、本書からは何もわかりません。
上述のとおり、本書では健康保険の被保険者となることは書かれているので、健康保険料の免除は受けられると思うかもしれません。が、正解は、「産前産後期間」は免除されるが「育休期間」は免除されない、となります。
これは、産前産後の社保免除は労基法上の産前産後休業に限られないのに対し、育休の社保免除は育介法上の育児休業に限られるからです。
セドチン系の本では、こういった視点がどうしても出てこない。
○ 194頁
保険料の期間制限につき、本書では「おわりに」のところで、条数引用もなく2年とか5年とか書かれているだけです。
が、保険料についていえば、
・賦課権か徴収権かで違うものがある
・そもそも賦課権が観念されないものがある
・保険料と保険税で違う
と、各法ごとに違いがあります。
こういった制度間比較というものも、セドチン系では出てきません。
また、保険金の期間制限については、
「年金の支分権については時効の規定がありませんが、国が保険者なので、会計法30条によって5年で消滅すると考えられています。」
といった記述がなされています。
ここも、「法学的」云々ということであれば、厚生年金保険法・国民年金法といった個別法(特別法)に規定がないから「一般法」である会計法が適用される、と表現すべきですよね。なぜにいきなり会計法が出てくるのか、初学者には分かりにくい。いかにも説明不足。
○
以上、「多数執筆者による薄い教科書に、平面的な知識を得る以上の役割を求めるのは無理がある」という経験則が積み重なる結果となりました。
上記の各言いがかりにしても、「だって文字数制限されているんだからしょうがないじゃないか」ということなんでしょう。大学で講義を受けながらのガイドして使う分には充分な内容だとは思いますし。
が、だとしたら「法学的」云々などと標榜しないでほしい。
「本書は講義での補足を前提とするテキストなので、お前みたいな独学者には本書の価値は分からんよ」とでもちゃんと言っておいてくれれば、私としても、ここまでイジりの対象とすることはなかったと思います。
租税法の教科書について、理想の教科書探しが終わっていないというのに、社会保障法についても旅に出ないとならないようです。
税法思考が身につく、理想の教科書を求めて 〜終わりなき旅
ちなみに、私の中での「法学としての社会保障法」の最高峰が岩村先生の下記書籍。
岩村正彦「社会保障法T」(弘文堂2001)
総論しかないし古いし、ということではあるのですが、逆に総論しかないことで古さが気にならない、ということでもあります。
posted by ウロ at 10:00| Comment(0)
| 社会保障法
2022年05月23日
【事例演習】育休期間中の社保免除
育休期間中の社保免除については、育介法上の育児休業等であることが求められていました。
いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論
2022年10月からは、育介法も健保法・厚年法も改正法が施行されるわけですが、次のような事例では社保免除が受けられるでしょうか?
【お約束事項】
・法・規の条数は健康保険法のもの。厚年法は省略。
・明示のないかぎり健保法、育介法とも10月改正後を前提とする。
・明示のないかぎり休日は考慮しない。
・通常の育児休業(1歳まで)のみとして、パパ休暇(改正前)や出生時育児休業(改正後)は考慮しない。
【事例1】
育休期間5/1〜6/15とした場合、5月分は免除になるとして6月分は免除対象となるか?
→
6月も休業期間14日以上ある。しかし、14日ルールは開始日と終了日翌日が同一月の場合にかぎり適用されるもの(法159条1項2号)。
本事例では開始日と終了日翌日は別の月なので14日ルールは適用されず、6月分は免除対象とならない。
【事例2】
育休期間を5/1〜5/31と6/1〜6/15の2回に分けて取得した場合、6月分給与は免除対象となるか?
→
連続している場合は「一の」育児休業等とみなされるため(法159条2項)、事例1同様、6月分は免除対象とはならない。
【事例3】
育休期間5/1〜5/31の後、6/1だけ「出勤」し、6/2〜6/15育休期間とした場合、6月分給与は免除対象となるか?
→
前の終了日と後の開始日の間に「就業」した日がある場合は連続していないことになるので(規135条5項)、6月分は14日ルールが適用されて免除対象となる。
【事例4】
育休期間5/1〜5/31の後、6/1を「有給休暇」とし、6/2〜15育休期間とした場合、6月分給与は免除対象となるか?
→
有給休暇の場合は「就業」とならないため、「一の」育児休業等となり、6月分は免除対象とならない。
【事例5】
もし6/1が「公休日」で、育休期間5/1〜5/31の後、6/2〜15育休期間とした場合、6月分給与は免除対象となるか?
→
公休日の場合は「就業」とならないため、「一の」育児休業等となり、6月分は免除対象とならない。
【事例6】
事例1〜5で5月に「賞与」を支給した場合、免除対象となるか?
・事例1 育休期間5/1〜6/15と1月超あるため、免除対象となる。
・事例2 育休期間5/1〜6/15と1月超あるため、免除対象となる。
・事例3 育休期間5/1〜5/31と1月以下のため、免除対象とならない。
・事例4 育休期間5/1〜31+6/2〜6/15と1月超あるため、免除対象となる。
・事例5 育休期間5/1〜31+6/2〜6/15と1月超あるため、免除対象となる。
【事例7】
事例1〜5で6月に「賞与」を支給した場合、賞与は免除対象となるか?
・事例1 育休期間5/1〜6/15と1月超あるが、6月は免除月でないため免除対象とならない。
・事例2 育休期間5/1〜6/15と1月超あるが、6月は免除月でないため免除対象とならない。
・事例3 育休期間6/2〜6/15と1月以下のため、免除対象とならない。
・事例4 育休期間5/1〜6/15と1月超あるが、6月は免除月でないため免除対象とならない。
・事例5 育休期間5/1〜6/15と1月超あるが、6月は免除月でないため免除対象とならない。
【事例8】
育休期間6/1〜6/7の後、6/8に「出勤」し、6/9〜6/15育休期間とした場合、6月分給与は免除対象となるか?
規135条4項但書により合算できる(7日+7日)ので、6月分給与は免除対象となる。
以下は施行日(2022.10.1)をまたがった場合の問題。
【事例9】
〜2022/9/30までに育児休業@(改正前1回のみ)を取得していたとして、2022/10/1〜10/15に育児休業A(改正後2回目OK)を取得した場合、10月分給与は免除対象となるか?
→改正前に1回目を取得していた場合に、改正後に2回目を取得することは可能。
育児休業@には改正後159条2項が適用されないため、育児休業@と育児休業Aは連続したものとみなされない。
それゆえ、10月分給与は同一月内14日以上として免除対象となる。
【事例10】
事例9で、10月支給の「賞与」は免除対象となるか?
→育児休業@と育児休業Aは連続したものとみなされないため、10月の育休日数は10/1〜10/15の15日となる。
それゆえ、10月支給の賞与は免除対象とならない。
以上、法律をそのままあてはめたらこうなるのでは、というところを書いています。実際の運用レベルで調整が入ることは十分ありうることなので、その点は要注意。
○健康保険法
第159条(改正前)
育児休業等をしている被保険者(略)が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、その育児休業等を開始した日の属する月からその育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間、当該被保険者に関する保険料を徴収しない。
第159条 (2022.10.1施行)
育児休業等をしている被保険者(略)が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該各号に定める月の当該被保険者に関する保険料(その育児休業等の期間が一月以下である者については、標準報酬月額に係る保険料に限る。)は、徴収しない。
一 その育児休業等を開始した日の属する月とその育児休業等が終了する日の翌日が属する月とが異なる場合 その育児休業等を開始した日の属する月からその育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの月
二 その育児休業等を開始した日の属する月とその育児休業等が終了する日の翌日が属する月とが同一であり、かつ、当該月における育児休業等の日数として厚生労働省令で定めるところにより計算した日数が十四日以上である場合 当該月
2 被保険者が連続する二以上の育児休業等をしている場合(これに準ずる場合として厚生労働省令で定める場合を含む。)における前項の規定の適用については、その全部を一の育児休業等とみなす。
附則(令和三年六月一一日法律第六六号)
(施行期日)
第一条 この法律は、令和四年一月一日から施行する。ただし、次の各号に掲げる規定は、当該各号に定める日から施行する。
三 第一条中健康保険法第百五十九条の改正規定(略) 令和四年十月一日
(健康保険法の一部改正に伴う経過措置)
第三条
3 第一条の規定による改正後の健康保険法第百五十九条の規定は、附則第一条第三号に掲げる規定の施行の日(以下「第三号施行日」という。)以後に開始する健康保険法第四十三条の二第一項に規定する育児休業等について適用し、第三号施行日前に開始した同項に規定する育児休業等については、なお従前の例による。
○健康保険法施行規則
第135条(2022.10.1施行)
(育児休業等期間中の被保険者に係る保険料の徴収の特例の申出等)
4 法159条第1項第2号に規定する育児休業等の日数として厚生労働省令で定めるところにより計算した日数は、その育児休業等を開始した日の属する月における当該育児休業等を開始した日から当該育児休業等を終了する日までの期間の日数(被保険者が育介法第9条の2第1項に規定する出生時育児休業をする場合には、同法第9条の5第4項の規定にもとづき当該被保険者を使用する事業主が当該被保険者を就業させる日数(当該事業主が当該被保険者を就業させる時間数を当該被保険者に係る1日の所定動労時間数で除して得た数(その数に1未満の端数があるときは、これを切り捨てた数)をいう。)を除いた日数)とする。
ただし、当該被保険者が当該月において2以上の育児休業等をする場合(法159条2項の規定によりその全部が一の育児休業等とみなされる場合を除く。)には、これらの育児休業等につきそれぞれこの項の規定により計算した日数を合算して得た日数とする。
5 法159条第2項に規定する厚生労働省令で定める場合は、被保険者が2以上の育児休業等をしている場合であって、一の育児休業等を終了した日とその次の育児休業等を開始した日との間に当該被保険者が就業した日がないときとする。
いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論
2022年10月からは、育介法も健保法・厚年法も改正法が施行されるわけですが、次のような事例では社保免除が受けられるでしょうか?
【お約束事項】
・法・規の条数は健康保険法のもの。厚年法は省略。
・明示のないかぎり健保法、育介法とも10月改正後を前提とする。
・明示のないかぎり休日は考慮しない。
・通常の育児休業(1歳まで)のみとして、パパ休暇(改正前)や出生時育児休業(改正後)は考慮しない。
【事例1】
育休期間5/1〜6/15とした場合、5月分は免除になるとして6月分は免除対象となるか?
→
6月も休業期間14日以上ある。しかし、14日ルールは開始日と終了日翌日が同一月の場合にかぎり適用されるもの(法159条1項2号)。
本事例では開始日と終了日翌日は別の月なので14日ルールは適用されず、6月分は免除対象とならない。
【事例2】
育休期間を5/1〜5/31と6/1〜6/15の2回に分けて取得した場合、6月分給与は免除対象となるか?
→
連続している場合は「一の」育児休業等とみなされるため(法159条2項)、事例1同様、6月分は免除対象とはならない。
【事例3】
育休期間5/1〜5/31の後、6/1だけ「出勤」し、6/2〜6/15育休期間とした場合、6月分給与は免除対象となるか?
→
前の終了日と後の開始日の間に「就業」した日がある場合は連続していないことになるので(規135条5項)、6月分は14日ルールが適用されて免除対象となる。
【事例4】
育休期間5/1〜5/31の後、6/1を「有給休暇」とし、6/2〜15育休期間とした場合、6月分給与は免除対象となるか?
→
有給休暇の場合は「就業」とならないため、「一の」育児休業等となり、6月分は免除対象とならない。
【事例5】
もし6/1が「公休日」で、育休期間5/1〜5/31の後、6/2〜15育休期間とした場合、6月分給与は免除対象となるか?
→
公休日の場合は「就業」とならないため、「一の」育児休業等となり、6月分は免除対象とならない。
【事例6】
事例1〜5で5月に「賞与」を支給した場合、免除対象となるか?
・事例1 育休期間5/1〜6/15と1月超あるため、免除対象となる。
・事例2 育休期間5/1〜6/15と1月超あるため、免除対象となる。
・事例3 育休期間5/1〜5/31と1月以下のため、免除対象とならない。
・事例4 育休期間5/1〜31+6/2〜6/15と1月超あるため、免除対象となる。
・事例5 育休期間5/1〜31+6/2〜6/15と1月超あるため、免除対象となる。
【事例7】
事例1〜5で6月に「賞与」を支給した場合、賞与は免除対象となるか?
・事例1 育休期間5/1〜6/15と1月超あるが、6月は免除月でないため免除対象とならない。
・事例2 育休期間5/1〜6/15と1月超あるが、6月は免除月でないため免除対象とならない。
・事例3 育休期間6/2〜6/15と1月以下のため、免除対象とならない。
・事例4 育休期間5/1〜6/15と1月超あるが、6月は免除月でないため免除対象とならない。
・事例5 育休期間5/1〜6/15と1月超あるが、6月は免除月でないため免除対象とならない。
【事例8】
育休期間6/1〜6/7の後、6/8に「出勤」し、6/9〜6/15育休期間とした場合、6月分給与は免除対象となるか?
規135条4項但書により合算できる(7日+7日)ので、6月分給与は免除対象となる。
以下は施行日(2022.10.1)をまたがった場合の問題。
【事例9】
〜2022/9/30までに育児休業@(改正前1回のみ)を取得していたとして、2022/10/1〜10/15に育児休業A(改正後2回目OK)を取得した場合、10月分給与は免除対象となるか?
→改正前に1回目を取得していた場合に、改正後に2回目を取得することは可能。
育児休業@には改正後159条2項が適用されないため、育児休業@と育児休業Aは連続したものとみなされない。
それゆえ、10月分給与は同一月内14日以上として免除対象となる。
【事例10】
事例9で、10月支給の「賞与」は免除対象となるか?
→育児休業@と育児休業Aは連続したものとみなされないため、10月の育休日数は10/1〜10/15の15日となる。
それゆえ、10月支給の賞与は免除対象とならない。
以上、法律をそのままあてはめたらこうなるのでは、というところを書いています。実際の運用レベルで調整が入ることは十分ありうることなので、その点は要注意。
○健康保険法
第159条(改正前)
育児休業等をしている被保険者(略)が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、その育児休業等を開始した日の属する月からその育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間、当該被保険者に関する保険料を徴収しない。
第159条 (2022.10.1施行)
育児休業等をしている被保険者(略)が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該各号に定める月の当該被保険者に関する保険料(その育児休業等の期間が一月以下である者については、標準報酬月額に係る保険料に限る。)は、徴収しない。
一 その育児休業等を開始した日の属する月とその育児休業等が終了する日の翌日が属する月とが異なる場合 その育児休業等を開始した日の属する月からその育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの月
二 その育児休業等を開始した日の属する月とその育児休業等が終了する日の翌日が属する月とが同一であり、かつ、当該月における育児休業等の日数として厚生労働省令で定めるところにより計算した日数が十四日以上である場合 当該月
2 被保険者が連続する二以上の育児休業等をしている場合(これに準ずる場合として厚生労働省令で定める場合を含む。)における前項の規定の適用については、その全部を一の育児休業等とみなす。
附則(令和三年六月一一日法律第六六号)
(施行期日)
第一条 この法律は、令和四年一月一日から施行する。ただし、次の各号に掲げる規定は、当該各号に定める日から施行する。
三 第一条中健康保険法第百五十九条の改正規定(略) 令和四年十月一日
(健康保険法の一部改正に伴う経過措置)
第三条
3 第一条の規定による改正後の健康保険法第百五十九条の規定は、附則第一条第三号に掲げる規定の施行の日(以下「第三号施行日」という。)以後に開始する健康保険法第四十三条の二第一項に規定する育児休業等について適用し、第三号施行日前に開始した同項に規定する育児休業等については、なお従前の例による。
○健康保険法施行規則
第135条(2022.10.1施行)
(育児休業等期間中の被保険者に係る保険料の徴収の特例の申出等)
4 法159条第1項第2号に規定する育児休業等の日数として厚生労働省令で定めるところにより計算した日数は、その育児休業等を開始した日の属する月における当該育児休業等を開始した日から当該育児休業等を終了する日までの期間の日数(被保険者が育介法第9条の2第1項に規定する出生時育児休業をする場合には、同法第9条の5第4項の規定にもとづき当該被保険者を使用する事業主が当該被保険者を就業させる日数(当該事業主が当該被保険者を就業させる時間数を当該被保険者に係る1日の所定動労時間数で除して得た数(その数に1未満の端数があるときは、これを切り捨てた数)をいう。)を除いた日数)とする。
ただし、当該被保険者が当該月において2以上の育児休業等をする場合(法159条2項の規定によりその全部が一の育児休業等とみなされる場合を除く。)には、これらの育児休業等につきそれぞれこの項の規定により計算した日数を合算して得た日数とする。
5 法159条第2項に規定する厚生労働省令で定める場合は、被保険者が2以上の育児休業等をしている場合であって、一の育児休業等を終了した日とその次の育児休業等を開始した日との間に当該被保険者が就業した日がないときとする。
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| 社会保障法
2022年04月25日
養育期間標準報酬月額の特例はどっち?
取りこぼしていた、厚生年金保険法の「養育期間標準報酬月額の特例」について拾っておきます。
いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論
「出産手当金支給申請書」違法論
厚生年金法 第二十六条(三歳に満たない子を養育する被保険者等の標準報酬月額の特例)
1 三歳に満たない子を養育し、又は養育していた被保険者又は被保険者であつた者が、主務省令で定めるところにより実施機関に申出(被保険者にあつては、その使用される事業所の事業主を経由して行うものとする。)をしたときは、当該子を養育することとなつた日(厚生労働省令で定める事実が生じた日にあつては、その日)の属する月から次の各号のいずれかに該当するに至つた日の翌日の属する月の前月までの各月のうち、その標準報酬月額が当該子を養育することとなつた日の属する月の前月(当該月において被保険者でない場合にあつては、当該月前一年以内における被保険者であつた月のうち直近の月。以下この条において「基準月」という。)の標準報酬月額(この項の規定により当該子以外の子に係る基準月の標準報酬月額が標準報酬月額とみなされている場合にあつては、当該みなされた基準月の標準報酬月額。以下この項において「従前標準報酬月額」という。)を下回る月(当該申出が行われた日の属する月前の月にあつては、当該申出が行われた日の属する月の前月までの二年間のうちにあるものに限る。)については、従前標準報酬月額を当該下回る月の第四十三条第一項に規定する平均標準報酬額の計算の基礎となる標準報酬月額とみなす。
一 当該子が三歳に達したとき。
二 第十四条各号のいずれかに該当するに至つたとき。
三 当該子以外の子についてこの条の規定の適用を受ける場合における当該子以外の子を養育することとなつたときその他これに準ずる事実として厚生労働省令で定めるものが生じたとき。
四 当該子が死亡したときその他当該被保険者が当該子を養育しないこととなつたとき。
五 当該被保険者に係る第八十一条の二第一項の規定の適用を受ける育児休業等を開始したとき。
六 当該被保険者に係る第八十一条の二の二第一項の規定の適用を受ける産前産後休業を開始したとき。
(略)
ここで求められていることは、3歳未満の子を養育している・していたことと標準報酬月額が基準月を下回っている月があることで、その下回った原因が養育にあることは求められていません。
申出書には「勤務時間短縮等の措置を受けて働き、それに伴って標準報酬月額が低下した場合」などと書かれていますが、そのような因果関係は条文上は要求されていませんし、何がしかの特別な措置をとることすら要求されていません。
養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置
随分緩すぎる気もしますが、条文を読む限りはそういうことのようです。
前回までで検討したもののなかでいうと、出産手当金の系列に属します。
出産手当金:対象期間中に休業していれば休業原因を問わず受けられる。
標準報酬月額特例:対象期間中に下回っていれば下回った原因を問わず受けられる。
社保免除、終了時改定:理由が限定されている
出産手当金、標準報酬月額特例:理由が限定されていない
○
ただし、標準報酬月額特例の対象期間の終了事由の中に「産前産後休業」が出てきます。
こちらは、終了時改定・社保免除の「産前産後休業」と同じ意味です。ので、産前産後期間の休業であっても「妊娠・出産」を理由とするものでなければ終了事由には該当しないということです。
というか、「第八十一条の二の二第一項の規定の適用を受ける」とあるので、社保免除を受けたら終了ということですね(2人目に移る)。
○
以上、今回検討した各制度を、なんとなく「産前産後休業」に関する制度と一括りで理解していると、思わぬ間違いを起こす可能性があるということがわかりました。
お役所のリーフレットの類が、分かりやすさ優先で正確性を犠牲にしがちなのはしばしば観測されますが、書式すら不正確というのはなかなかにしんどい。
面倒ではありますが、やはり一度は条文を見ておかないといけないということでしょう。
厚生年金法 第二十三条の三(産前産後休業を終了した際の改定)
1 実施機関は、産前産後休業(出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に従事しないこと(妊娠又は出産に関する事由を理由として労務に従事しない場合に限る。)をいい、船員(国家公務員共済組合の組合員たる船員及び地方公務員共済組合の組合員たる船員を除く。以下同じ。)たる被保険者にあつては、船員法第八十七条第一項又は第二項の規定により職務に服さないことをいう。以下同じ。)を終了した被保険者が、当該産前産後休業を終了した日(以下この条において「産前産後休業終了日」という。)において当該産前産後休業に係る子を養育する場合において、その使用される事業所の事業主を経由して主務省令で定めるところにより実施機関に申出をしたときは、第二十一条の規定にかかわらず、産前産後休業終了日の翌日が属する月以後三月間(産前産後休業終了日の翌日において使用される事業所で継続して使用された期間に限るものとし、かつ、報酬支払の基礎となつた日数が十七日未満である月があるときは、その月を除く。)に受けた報酬の総額をその期間の月数で除して得た額を報酬月額として、標準報酬月額を改定する。ただし、産前産後休業終了日の翌日に育児休業等を開始している被保険者は、この限りでない。
(略)
厚生年金法 第八十一条の二の二(産前産後休業期間中の保険料の徴収の特例)
1 産前産後休業をしている被保険者が使用される事業所の事業主が、主務省令で定めるところにより実施機関に申出をしたときは、第八十一条第二項の規定にかかわらず、当該被保険者に係る保険料であつてその産前産後休業を開始した日の属する月からその産前産後休業が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間に係るものの徴収は行わない。
(略)
健康保険法 第四十三条の三(産前産後休業を終了した際の改定)
1 保険者等は、産前産後休業(出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さないこと(妊娠又は出産に関する事由を理由として労務に服さない場合に限る。)をいう。以下同じ。)を終了した被保険者が、当該産前産後休業を終了した日(以下この条において「産前産後休業終了日」という。)において当該産前産後休業に係る子を養育する場合において、その使用される事業所の事業主を経由して厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、第四十一条の規定にかかわらず、産前産後休業終了日の翌日が属する月以後三月間(産前産後休業終了日の翌日において使用される事業所で継続して使用された期間に限るものとし、かつ、報酬支払の基礎となった日数が十七日未満である月があるときは、その月を除く。)に受けた報酬の総額をその期間の月数で除して得た額を報酬月額として、標準報酬月額を改定する。ただし、産前産後休業終了日の翌日に育児休業等を開始している被保険者は、この限りでない。
(略)
健康保険法 第百五十九条の三
産前産後休業をしている被保険者が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、その産前産後休業を開始した日の属する月からその産前産後休業が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間、当該被保険者に関する保険料を徴収しない。
健康保険法 第百二条(出産手当金)
1 被保険者が出産したときは、出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金を支給する。
2 第九十九条第二項及び第三項の規定は、出産手当金の支給について準用する。
【事例演習】育休期間中の社保免除
いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論
「出産手当金支給申請書」違法論
厚生年金法 第二十六条(三歳に満たない子を養育する被保険者等の標準報酬月額の特例)
1 三歳に満たない子を養育し、又は養育していた被保険者又は被保険者であつた者が、主務省令で定めるところにより実施機関に申出(被保険者にあつては、その使用される事業所の事業主を経由して行うものとする。)をしたときは、当該子を養育することとなつた日(厚生労働省令で定める事実が生じた日にあつては、その日)の属する月から次の各号のいずれかに該当するに至つた日の翌日の属する月の前月までの各月のうち、その標準報酬月額が当該子を養育することとなつた日の属する月の前月(当該月において被保険者でない場合にあつては、当該月前一年以内における被保険者であつた月のうち直近の月。以下この条において「基準月」という。)の標準報酬月額(この項の規定により当該子以外の子に係る基準月の標準報酬月額が標準報酬月額とみなされている場合にあつては、当該みなされた基準月の標準報酬月額。以下この項において「従前標準報酬月額」という。)を下回る月(当該申出が行われた日の属する月前の月にあつては、当該申出が行われた日の属する月の前月までの二年間のうちにあるものに限る。)については、従前標準報酬月額を当該下回る月の第四十三条第一項に規定する平均標準報酬額の計算の基礎となる標準報酬月額とみなす。
一 当該子が三歳に達したとき。
二 第十四条各号のいずれかに該当するに至つたとき。
三 当該子以外の子についてこの条の規定の適用を受ける場合における当該子以外の子を養育することとなつたときその他これに準ずる事実として厚生労働省令で定めるものが生じたとき。
四 当該子が死亡したときその他当該被保険者が当該子を養育しないこととなつたとき。
五 当該被保険者に係る第八十一条の二第一項の規定の適用を受ける育児休業等を開始したとき。
六 当該被保険者に係る第八十一条の二の二第一項の規定の適用を受ける産前産後休業を開始したとき。
(略)
ここで求められていることは、3歳未満の子を養育している・していたことと標準報酬月額が基準月を下回っている月があることで、その下回った原因が養育にあることは求められていません。
申出書には「勤務時間短縮等の措置を受けて働き、それに伴って標準報酬月額が低下した場合」などと書かれていますが、そのような因果関係は条文上は要求されていませんし、何がしかの特別な措置をとることすら要求されていません。
養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置
随分緩すぎる気もしますが、条文を読む限りはそういうことのようです。
前回までで検討したもののなかでいうと、出産手当金の系列に属します。
出産手当金:対象期間中に休業していれば休業原因を問わず受けられる。
標準報酬月額特例:対象期間中に下回っていれば下回った原因を問わず受けられる。
社保免除、終了時改定:理由が限定されている
出産手当金、標準報酬月額特例:理由が限定されていない
○
ただし、標準報酬月額特例の対象期間の終了事由の中に「産前産後休業」が出てきます。
こちらは、終了時改定・社保免除の「産前産後休業」と同じ意味です。ので、産前産後期間の休業であっても「妊娠・出産」を理由とするものでなければ終了事由には該当しないということです。
というか、「第八十一条の二の二第一項の規定の適用を受ける」とあるので、社保免除を受けたら終了ということですね(2人目に移る)。
○
以上、今回検討した各制度を、なんとなく「産前産後休業」に関する制度と一括りで理解していると、思わぬ間違いを起こす可能性があるということがわかりました。
お役所のリーフレットの類が、分かりやすさ優先で正確性を犠牲にしがちなのはしばしば観測されますが、書式すら不正確というのはなかなかにしんどい。
面倒ではありますが、やはり一度は条文を見ておかないといけないということでしょう。
厚生年金法 第二十三条の三(産前産後休業を終了した際の改定)
1 実施機関は、産前産後休業(出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に従事しないこと(妊娠又は出産に関する事由を理由として労務に従事しない場合に限る。)をいい、船員(国家公務員共済組合の組合員たる船員及び地方公務員共済組合の組合員たる船員を除く。以下同じ。)たる被保険者にあつては、船員法第八十七条第一項又は第二項の規定により職務に服さないことをいう。以下同じ。)を終了した被保険者が、当該産前産後休業を終了した日(以下この条において「産前産後休業終了日」という。)において当該産前産後休業に係る子を養育する場合において、その使用される事業所の事業主を経由して主務省令で定めるところにより実施機関に申出をしたときは、第二十一条の規定にかかわらず、産前産後休業終了日の翌日が属する月以後三月間(産前産後休業終了日の翌日において使用される事業所で継続して使用された期間に限るものとし、かつ、報酬支払の基礎となつた日数が十七日未満である月があるときは、その月を除く。)に受けた報酬の総額をその期間の月数で除して得た額を報酬月額として、標準報酬月額を改定する。ただし、産前産後休業終了日の翌日に育児休業等を開始している被保険者は、この限りでない。
(略)
厚生年金法 第八十一条の二の二(産前産後休業期間中の保険料の徴収の特例)
1 産前産後休業をしている被保険者が使用される事業所の事業主が、主務省令で定めるところにより実施機関に申出をしたときは、第八十一条第二項の規定にかかわらず、当該被保険者に係る保険料であつてその産前産後休業を開始した日の属する月からその産前産後休業が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間に係るものの徴収は行わない。
(略)
健康保険法 第四十三条の三(産前産後休業を終了した際の改定)
1 保険者等は、産前産後休業(出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さないこと(妊娠又は出産に関する事由を理由として労務に服さない場合に限る。)をいう。以下同じ。)を終了した被保険者が、当該産前産後休業を終了した日(以下この条において「産前産後休業終了日」という。)において当該産前産後休業に係る子を養育する場合において、その使用される事業所の事業主を経由して厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、第四十一条の規定にかかわらず、産前産後休業終了日の翌日が属する月以後三月間(産前産後休業終了日の翌日において使用される事業所で継続して使用された期間に限るものとし、かつ、報酬支払の基礎となった日数が十七日未満である月があるときは、その月を除く。)に受けた報酬の総額をその期間の月数で除して得た額を報酬月額として、標準報酬月額を改定する。ただし、産前産後休業終了日の翌日に育児休業等を開始している被保険者は、この限りでない。
(略)
健康保険法 第百五十九条の三
産前産後休業をしている被保険者が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、その産前産後休業を開始した日の属する月からその産前産後休業が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間、当該被保険者に関する保険料を徴収しない。
健康保険法 第百二条(出産手当金)
1 被保険者が出産したときは、出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金を支給する。
2 第九十九条第二項及び第三項の規定は、出産手当金の支給について準用する。
【事例演習】育休期間中の社保免除
posted by ウロ at 09:43| Comment(0)
| 社会保障法
2022年04月18日
「出産手当金支給申請書」違法論
前回の記事の中で、産休の社保免除・終了時改定では休業理由が「出産・妊娠」に限定されているのに対し、出産手当金ではそのような限定がされていない、ということを書きました。
いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論
ところが、運営の「健康保険出産手当金支給申請書」の書式には、「3 出産のため休んだ期間(申請期間)」という欄があります。
健康保険出産手当金支給申請書
出産手当金を申請できるのは「出産のため」に休んだ場合に限られるというのが、運営の立場のようです。
が、法律が認めているものを、運営レベルで勝手に制限してしまってよいものなのでしょうか。
○
この点、「傷病手当金」の規律をみてみると、
健康保険法 第九十九条(傷病手当金)
1 被保険者が療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して三日を経過した日から労務に服することができない期間、傷病手当金を支給する。
と、「療養のため労務に服することができないとき」と休業理由が限定されています。怪我の療養とは別の理由で休んだら対象外になるんだと。
ので、傷病手当金支給申請書が「4 療養のため休んだ期間(申請期間)」となっているのは、法律の定めどおりで正しいわけです。
健康保険傷病手当金支給申請書
これに対し、「出産手当金」では、
健康保険法 第百二条(出産手当金)
1 被保険者が出産したときは、出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金を支給する。
と、期間の限定はあるものの、休業理由には限定がないことが分かります。
もしかして省令レベルで限定が付されているのかと思いきや、単に「労務に服さなかった期間」としか書かれていません。
健康保険法施行規則 第八十七条(出産手当金の支給の申請)
1 法第百二条第一項の規定により出産手当金の支給を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した申請書を保険者に提出しなければならない。
一 被保険者等記号・番号又は個人番号
二 出産前の場合においては出産の予定年月日、出産後の場合においては出産の年月日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定年月日及び出産の年月日)
三 多胎妊娠の場合にあっては、その旨
四 労務に服さなかった期間
五 出産手当金が法第百八条第二項ただし書の規定によるものであるときは、その報酬の額及び期間
六 出産手当金が法第百九条の規定によるものであるときは、受けることができるはずであった報酬の額及び期間、受けることができなかった報酬の額及び期間、法第百八条第二項ただし書の規定により受けた出産手当金の額並びに報酬を受けることができなかった理由
ちなみに、社保免除の申出書には、「産前産後休業期間とは、出産日以前42日(多胎妊娠の場合は98日)〜出産日後56日の間に、妊娠または出産を理由として労務に従事しない期間のことです。」との注意書きがあって、こちらはこれで正しいわけです。
産前産後休業を取得し、保険料の免除を受けようとするとき
○
ということで、「健康保険出産手当金支給申請書」は、法律上申請できるはずの休業まで勝手に制限してしまっている点で違法だと、私は思うのですが、誰も騒ぎ立てていないことからすると、私の条文の読み方がおかしいだけなのでしょうか。
もしくは、分かっている人は分かっている、ということで、しれっと別理由の休業期間も申請期間に含めて申請しているのでしょうか。
養育期間標準報酬月額の特例はどっち?
いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論
ところが、運営の「健康保険出産手当金支給申請書」の書式には、「3 出産のため休んだ期間(申請期間)」という欄があります。
健康保険出産手当金支給申請書
出産手当金を申請できるのは「出産のため」に休んだ場合に限られるというのが、運営の立場のようです。
が、法律が認めているものを、運営レベルで勝手に制限してしまってよいものなのでしょうか。
○
この点、「傷病手当金」の規律をみてみると、
健康保険法 第九十九条(傷病手当金)
1 被保険者が療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して三日を経過した日から労務に服することができない期間、傷病手当金を支給する。
と、「療養のため労務に服することができないとき」と休業理由が限定されています。怪我の療養とは別の理由で休んだら対象外になるんだと。
ので、傷病手当金支給申請書が「4 療養のため休んだ期間(申請期間)」となっているのは、法律の定めどおりで正しいわけです。
健康保険傷病手当金支給申請書
これに対し、「出産手当金」では、
健康保険法 第百二条(出産手当金)
1 被保険者が出産したときは、出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金を支給する。
と、期間の限定はあるものの、休業理由には限定がないことが分かります。
もしかして省令レベルで限定が付されているのかと思いきや、単に「労務に服さなかった期間」としか書かれていません。
健康保険法施行規則 第八十七条(出産手当金の支給の申請)
1 法第百二条第一項の規定により出産手当金の支給を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した申請書を保険者に提出しなければならない。
一 被保険者等記号・番号又は個人番号
二 出産前の場合においては出産の予定年月日、出産後の場合においては出産の年月日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定年月日及び出産の年月日)
三 多胎妊娠の場合にあっては、その旨
四 労務に服さなかった期間
五 出産手当金が法第百八条第二項ただし書の規定によるものであるときは、その報酬の額及び期間
六 出産手当金が法第百九条の規定によるものであるときは、受けることができるはずであった報酬の額及び期間、受けることができなかった報酬の額及び期間、法第百八条第二項ただし書の規定により受けた出産手当金の額並びに報酬を受けることができなかった理由
ちなみに、社保免除の申出書には、「産前産後休業期間とは、出産日以前42日(多胎妊娠の場合は98日)〜出産日後56日の間に、妊娠または出産を理由として労務に従事しない期間のことです。」との注意書きがあって、こちらはこれで正しいわけです。
産前産後休業を取得し、保険料の免除を受けようとするとき
○
ということで、「健康保険出産手当金支給申請書」は、法律上申請できるはずの休業まで勝手に制限してしまっている点で違法だと、私は思うのですが、誰も騒ぎ立てていないことからすると、私の条文の読み方がおかしいだけなのでしょうか。
もしくは、分かっている人は分かっている、ということで、しれっと別理由の休業期間も申請期間に含めて申請しているのでしょうか。
養育期間標準報酬月額の特例はどっち?
posted by ウロ at 11:43| Comment(0)
| 社会保障法
2022年04月11日
いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論
産休・育休まわりの制度ですが、主なものだけでも、
・労働基準法
・育児介護休業法
・厚生年金保険法、健康保険法
・雇用保険法
に散らばって存在しています。
代表的な制度を整理すると次のとおり(あと入れるとしたら厚年法26条の「標準報酬月額の特例」でしょうか)。雇用保険料については支給のあるなしで決まるので、特に制度としては設けられていません。
本ブログでよくテーマとなる《法間インターフェイス》という観点からネタになりそうなので、検討してみます。
なお、2022/10/1から改正法が施行されますが、本テーマには直接影響しないので、本記事では改正前の条文を引用します。また、厚生年金保険法と健康保険法は規律内容が同じなので健康保険法の条文で代表させます。
○
まず「産休」から。
労働基準法の規定は次のとおり。
労働基準法 第六十五条(産前産後)
1 使用者は、六週間(多胎妊娠の場合にあつては、十四週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。
2 使用者は、産後八週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後六週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。
他方で健康保険法。
健康保険法 第四十三条の三(産前産後休業を終了した際の改定)
1 保険者等は、産前産後休業(出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さないこと(妊娠又は出産に関する事由を理由として労務に服さない場合に限る。)をいう。以下同じ。)を終了した被保険者が、当該産前産後休業を終了した日(以下この条において「産前産後休業終了日」という。)において当該産前産後休業に係る子を養育する場合において、その使用される事業所の事業主を経由して厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、第四十一条の規定にかかわらず、産前産後休業終了日の翌日が属する月以後三月間(産前産後休業終了日の翌日において使用される事業所で継続して使用された期間に限るものとし、かつ、報酬支払の基礎となった日数が十七日未満である月があるときは、その月を除く。)に受けた報酬の総額をその期間の月数で除して得た額を報酬月額として、標準報酬月額を改定する。ただし、産前産後休業終了日の翌日に育児休業等を開始している被保険者は、この限りでない。
2 前項の規定によって改定された標準報酬月額は、産前産後休業終了日の翌日から起算して二月を経過した日の属する月の翌月からその年の八月(当該翌月が七月から十二月までのいずれかの月である場合は、翌年の八月)までの各月の標準報酬月額とする。
終了時改定のところに「産前産後休業」の定義が書かれていて、それを社保免除(159条の3)に流用しています。
健康保険法 第百五十九条の三
産前産後休業をしている被保険者が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、その産前産後休業を開始した日の属する月からその産前産後休業が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間、当該被保険者に関する保険料を徴収しない。
出産手当金については、流用しないで直接書き込んでいます。
健康保険法 第百二条(出産手当金)
1 被保険者が出産したときは、出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金を支給する。
2 第九十九条第二項及び第三項の規定は、出産手当金の支給について準用する。
なぜ流用していないのかといえば、おそらく出産手当金の場合は(妊娠又は出産に関する事由を理由として労務に服さない場合に限る。)という限定をつけないということかと思われます。
いずれにしても独自の定義によっており、労基法からお借りしているわけではありません。
で、労基法と健保法の違いですが、産後は実際の出産日から起算で一致しています。
他方、産前は、
労基法 出産予定日から起算で固定
健保法 出産日が、予定日どおりor予定日より後 →労基法と同じ
出産日が、予定日より前 →出産日から起算
とズレる場合があります。
労基法ではいつから休む権利があるかが事前に決まっている必要があるので産前休業が固定なのに対し、健保法では出産日が早まると産後休業が前倒しになってしまうので、その分優遇を受けられる産前の期間も前倒しにしてあげよう、ということなのでしょう。
また、終了時改定・社保免除は「妊娠・出産」を理由とする休業であることが要求されているので、
労基法 産前産後休業 休業理由限定なし
健保法 出産手当金 休業理由限定なし
健保法 改定・社保免除 休業理由限定あり
と、健保法の中でもズレがあることになります。
このようなズレがあることにより、
・労働者でない役員であっても、健保法の優遇を受けることができる。
・労基法の産前休業より前の期間でも、健保法の優遇を受けることができる。
・社保免除は受けられないが出産手当金は受けることができる期間がある。
といった事態が生じてきます。
なんとなく「産休で一緒だろ」と思っていると、取りこぼしをしている可能性があるということです。健保法内でもズレがあるというのは、なかなかの落とし穴。
厚年法の標準報酬月額特例も含めて整理しておきます。
○
次に「育休」について。
健保法と雇保法が育介法からお借りしているかどうか。
健康保険法 第四十三条の二(育児休業等を終了した際の改定)
1 保険者等は、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成三年法律第七十六号)第二条第一号に規定する育児休業、同法第二十三条第二項の育児休業に関する制度に準ずる措置若しくは同法第二十四条第一項(第二号に係る部分に限る。)の規定により同項第二号に規定する育児休業に関する制度に準じて講ずる措置による休業又は政令で定める法令に基づく育児休業(以下「育児休業等」という。)を終了した被保険者が、当該育児休業等を終了した日(以下この条において「育児休業等終了日」という。)において当該育児休業等に係る三歳に満たない子を養育する場合において、その使用される事業所の事業主を経由して厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、第四十一条の規定にかかわらず、育児休業等終了日の翌日が属する月以後三月間(育児休業等終了日の翌日において使用される事業所で継続して使用された期間に限るものとし、かつ、報酬支払の基礎となった日数が十七日未満である月があるときは、その月を除く。)に受けた報酬の総額をその期間の月数で除して得た額を報酬月額として、標準報酬月額を改定する。ただし、育児休業等終了日の翌日に次条第一項に規定する産前産後休業を開始している被保険者は、この限りでない。
2 前項の規定によって改定された標準報酬月額は、育児休業等終了日の翌日から起算して二月を経過した日の属する月の翌月からその年の八月(当該翌月が七月から十二月までのいずれかの月である場合は、翌年の八月)までの各月の標準報酬月額とする。
終了時改定のところに「育児休業等」の定義を育介法からお借りすることが書かれていて、その定義を社保免除(159条)に流用しています。
健康保険法 第百五十九条
育児休業等をしている被保険者(第百五十九条の三の規定の適用を受けている被保険者を除く。)が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、その育児休業等を開始した日の属する月からその育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間、当該被保険者に関する保険料を徴収しない。
他方、「給付」については健保法ではなく雇保法にいきます。
雇用保険法 第六十一条の七(育児休業給付金)
育児休業給付金は、被保険者(短期雇用特例被保険者及び日雇労働被保険者を除く。以下この条において同じ。)が、厚生労働省令(101の22)で定めるところにより、その一歳に満たない子(民法(明治二十九年法律第八十九号)第八百十七条の二第一項の規定により被保険者が当該被保険者との間における同項に規定する特別養子縁組の成立について家庭裁判所に請求した者(当該請求に係る家事審判事件が裁判所に係属している場合に限る。)であつて、当該被保険者が現に監護するもの、児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第二十七条第一項第三号の規定により同法第六条の四第二号に規定する養子縁組里親である被保険者に委託されている児童及びその他これらに準ずる者として厚生労働省令(101の23)で定める者に、厚生労働省令(101の24)で定めるところにより委託されている者を含む。以下この章において同じ。)(その子が一歳に達した日後の期間について休業することが雇用の継続のために特に必要と認められる場合として厚生労働省令(101の25)で定める場合に該当する場合にあつては、一歳六か月に満たない子(その子が一歳六か月に達した日後の期間について休業することが雇用の継続のために特に必要と認められる場合として厚生労働省令(101の26)で定める場合に該当する場合にあつては、二歳に満たない子))を養育するための休業をした場合において、当該休業を開始した日前二年間(当該休業を開始した日前二年間に疾病、負傷その他厚生労働省令(101の29)で定める理由により引き続き三十日以上賃金の支払を受けることができなかつた被保険者については、当該理由により賃金の支払を受けることができなかつた日数を二年に加算した期間(その期間が四年を超えるときは、四年間))に、みなし被保険者期間が通算して十二箇月以上であつたときに、支給単位期間について支給する。
省令を貼り付けると長くなりすぎるので省略しました。条数を挿入しておきましたので各自ご確認ください。
雇用保険法施行規則 | e-Gov法令検索
要するに、雇保法+省令では、育介法からお借りせずに独自に定義を書き込んでいるということです。
が、内容見る限り、どうやら育介法とそっくりなことが書いてあります。
わざわざそっくりなことを書き込むくらいなら、健保法のように素直に育介法から借りてくればいいのでは、と思うのですが、何かそうすべき理由があるのでしょう。
もし、育介法と雇保法とでズレがある(育介法の育児休業にあたらないのに雇保法の育児休業にあたる)ところを見つけた方はお知らせいただけると幸いです。
○
以上をまとめると次の通りとなります。
どうにも統一感が見いだせないのですが、それぞれの立案担当者による深遠な配慮があっての結果なのでしょう。
いずれにしても、お借りするのかしないのか、しっかり法律に書き込まれているわけです。複雑ながらも、条文読めばちゃんと書いてある。
「租税法律主義」とかを偉そうに掲げているくせに、《借用概念論》なる解釈論を無邪気に展開している税法(学)とは大違い。
「出産手当金支給申請書」違法論
・労働基準法
・育児介護休業法
・厚生年金保険法、健康保険法
・雇用保険法
に散らばって存在しています。
代表的な制度を整理すると次のとおり(あと入れるとしたら厚年法26条の「標準報酬月額の特例」でしょうか)。雇用保険料については支給のあるなしで決まるので、特に制度としては設けられていません。
本ブログでよくテーマとなる《法間インターフェイス》という観点からネタになりそうなので、検討してみます。
なお、2022/10/1から改正法が施行されますが、本テーマには直接影響しないので、本記事では改正前の条文を引用します。また、厚生年金保険法と健康保険法は規律内容が同じなので健康保険法の条文で代表させます。
○
まず「産休」から。
労働基準法の規定は次のとおり。
労働基準法 第六十五条(産前産後)
1 使用者は、六週間(多胎妊娠の場合にあつては、十四週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。
2 使用者は、産後八週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後六週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。
他方で健康保険法。
健康保険法 第四十三条の三(産前産後休業を終了した際の改定)
1 保険者等は、産前産後休業(出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さないこと(妊娠又は出産に関する事由を理由として労務に服さない場合に限る。)をいう。以下同じ。)を終了した被保険者が、当該産前産後休業を終了した日(以下この条において「産前産後休業終了日」という。)において当該産前産後休業に係る子を養育する場合において、その使用される事業所の事業主を経由して厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、第四十一条の規定にかかわらず、産前産後休業終了日の翌日が属する月以後三月間(産前産後休業終了日の翌日において使用される事業所で継続して使用された期間に限るものとし、かつ、報酬支払の基礎となった日数が十七日未満である月があるときは、その月を除く。)に受けた報酬の総額をその期間の月数で除して得た額を報酬月額として、標準報酬月額を改定する。ただし、産前産後休業終了日の翌日に育児休業等を開始している被保険者は、この限りでない。
2 前項の規定によって改定された標準報酬月額は、産前産後休業終了日の翌日から起算して二月を経過した日の属する月の翌月からその年の八月(当該翌月が七月から十二月までのいずれかの月である場合は、翌年の八月)までの各月の標準報酬月額とする。
終了時改定のところに「産前産後休業」の定義が書かれていて、それを社保免除(159条の3)に流用しています。
健康保険法 第百五十九条の三
産前産後休業をしている被保険者が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、その産前産後休業を開始した日の属する月からその産前産後休業が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間、当該被保険者に関する保険料を徴収しない。
出産手当金については、流用しないで直接書き込んでいます。
健康保険法 第百二条(出産手当金)
1 被保険者が出産したときは、出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金を支給する。
2 第九十九条第二項及び第三項の規定は、出産手当金の支給について準用する。
なぜ流用していないのかといえば、おそらく出産手当金の場合は(妊娠又は出産に関する事由を理由として労務に服さない場合に限る。)という限定をつけないということかと思われます。
いずれにしても独自の定義によっており、労基法からお借りしているわけではありません。
で、労基法と健保法の違いですが、産後は実際の出産日から起算で一致しています。
他方、産前は、
労基法 出産予定日から起算で固定
健保法 出産日が、予定日どおりor予定日より後 →労基法と同じ
出産日が、予定日より前 →出産日から起算
とズレる場合があります。
労基法ではいつから休む権利があるかが事前に決まっている必要があるので産前休業が固定なのに対し、健保法では出産日が早まると産後休業が前倒しになってしまうので、その分優遇を受けられる産前の期間も前倒しにしてあげよう、ということなのでしょう。
また、終了時改定・社保免除は「妊娠・出産」を理由とする休業であることが要求されているので、
労基法 産前産後休業 休業理由限定なし
健保法 出産手当金 休業理由限定なし
健保法 改定・社保免除 休業理由限定あり
と、健保法の中でもズレがあることになります。
このようなズレがあることにより、
・労働者でない役員であっても、健保法の優遇を受けることができる。
・労基法の産前休業より前の期間でも、健保法の優遇を受けることができる。
・社保免除は受けられないが出産手当金は受けることができる期間がある。
といった事態が生じてきます。
なんとなく「産休で一緒だろ」と思っていると、取りこぼしをしている可能性があるということです。健保法内でもズレがあるというのは、なかなかの落とし穴。
厚年法の標準報酬月額特例も含めて整理しておきます。
○
次に「育休」について。
健保法と雇保法が育介法からお借りしているかどうか。
健康保険法 第四十三条の二(育児休業等を終了した際の改定)
1 保険者等は、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成三年法律第七十六号)第二条第一号に規定する育児休業、同法第二十三条第二項の育児休業に関する制度に準ずる措置若しくは同法第二十四条第一項(第二号に係る部分に限る。)の規定により同項第二号に規定する育児休業に関する制度に準じて講ずる措置による休業又は政令で定める法令に基づく育児休業(以下「育児休業等」という。)を終了した被保険者が、当該育児休業等を終了した日(以下この条において「育児休業等終了日」という。)において当該育児休業等に係る三歳に満たない子を養育する場合において、その使用される事業所の事業主を経由して厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、第四十一条の規定にかかわらず、育児休業等終了日の翌日が属する月以後三月間(育児休業等終了日の翌日において使用される事業所で継続して使用された期間に限るものとし、かつ、報酬支払の基礎となった日数が十七日未満である月があるときは、その月を除く。)に受けた報酬の総額をその期間の月数で除して得た額を報酬月額として、標準報酬月額を改定する。ただし、育児休業等終了日の翌日に次条第一項に規定する産前産後休業を開始している被保険者は、この限りでない。
2 前項の規定によって改定された標準報酬月額は、育児休業等終了日の翌日から起算して二月を経過した日の属する月の翌月からその年の八月(当該翌月が七月から十二月までのいずれかの月である場合は、翌年の八月)までの各月の標準報酬月額とする。
終了時改定のところに「育児休業等」の定義を育介法からお借りすることが書かれていて、その定義を社保免除(159条)に流用しています。
健康保険法 第百五十九条
育児休業等をしている被保険者(第百五十九条の三の規定の適用を受けている被保険者を除く。)が使用される事業所の事業主が、厚生労働省令で定めるところにより保険者等に申出をしたときは、その育児休業等を開始した日の属する月からその育児休業等が終了する日の翌日が属する月の前月までの期間、当該被保険者に関する保険料を徴収しない。
他方、「給付」については健保法ではなく雇保法にいきます。
雇用保険法 第六十一条の七(育児休業給付金)
育児休業給付金は、被保険者(短期雇用特例被保険者及び日雇労働被保険者を除く。以下この条において同じ。)が、厚生労働省令(101の22)で定めるところにより、その一歳に満たない子(民法(明治二十九年法律第八十九号)第八百十七条の二第一項の規定により被保険者が当該被保険者との間における同項に規定する特別養子縁組の成立について家庭裁判所に請求した者(当該請求に係る家事審判事件が裁判所に係属している場合に限る。)であつて、当該被保険者が現に監護するもの、児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第二十七条第一項第三号の規定により同法第六条の四第二号に規定する養子縁組里親である被保険者に委託されている児童及びその他これらに準ずる者として厚生労働省令(101の23)で定める者に、厚生労働省令(101の24)で定めるところにより委託されている者を含む。以下この章において同じ。)(その子が一歳に達した日後の期間について休業することが雇用の継続のために特に必要と認められる場合として厚生労働省令(101の25)で定める場合に該当する場合にあつては、一歳六か月に満たない子(その子が一歳六か月に達した日後の期間について休業することが雇用の継続のために特に必要と認められる場合として厚生労働省令(101の26)で定める場合に該当する場合にあつては、二歳に満たない子))を養育するための休業をした場合において、当該休業を開始した日前二年間(当該休業を開始した日前二年間に疾病、負傷その他厚生労働省令(101の29)で定める理由により引き続き三十日以上賃金の支払を受けることができなかつた被保険者については、当該理由により賃金の支払を受けることができなかつた日数を二年に加算した期間(その期間が四年を超えるときは、四年間))に、みなし被保険者期間が通算して十二箇月以上であつたときに、支給単位期間について支給する。
省令を貼り付けると長くなりすぎるので省略しました。条数を挿入しておきましたので各自ご確認ください。
雇用保険法施行規則 | e-Gov法令検索
要するに、雇保法+省令では、育介法からお借りせずに独自に定義を書き込んでいるということです。
が、内容見る限り、どうやら育介法とそっくりなことが書いてあります。
わざわざそっくりなことを書き込むくらいなら、健保法のように素直に育介法から借りてくればいいのでは、と思うのですが、何かそうすべき理由があるのでしょう。
もし、育介法と雇保法とでズレがある(育介法の育児休業にあたらないのに雇保法の育児休業にあたる)ところを見つけた方はお知らせいただけると幸いです。
○
以上をまとめると次の通りとなります。
どうにも統一感が見いだせないのですが、それぞれの立案担当者による深遠な配慮があっての結果なのでしょう。
いずれにしても、お借りするのかしないのか、しっかり法律に書き込まれているわけです。複雑ながらも、条文読めばちゃんと書いてある。
「租税法律主義」とかを偉そうに掲げているくせに、《借用概念論》なる解釈論を無邪気に展開している税法(学)とは大違い。
「出産手当金支給申請書」違法論
posted by ウロ at 00:00| Comment(0)
| 社会保障法
2022年04月04日
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
2022年10月から厚生年金・健康保険の適用対象者が拡大されるわけですが。
社会保険適用拡大特設サイト(厚生労働省)
《日常系労務》としては、さしあたり上記サイトにあるような、運営作成の「公式ガイドブック」を見て内容を理解しておけばいいのでしょう。
社会保険適用拡大ガイドブック
当ブログにおいては、例によって「条文イジリ」という観点から検討の対象となります。
【お約束事項】
・「週所定労働時間」を「時/週」、月所定労働日数を「日/月」と省略します。
・健康保険法は省略して厚生年金保険法だけを検討対象とします。適用除外者が若干増えているだけで枠組みは同じです。
○
公式ガイドブックはじめ、一般的な解説だと次のような説明がされがち。
適用対象者
1 フルタイム従業員
2 パート・アルバイト(時/週4分の3以上かつ日/月4分の3以上)
3 パート・アルバイト(ア〜オをすべてみたす者)
ア 時/週20時間以上
イ 月額賃金8.8万円以上
ウ 継続勤務1年以上
エ 学生でない
オ 従業員数501人以上
(以下、ア〜オを「5要件」といいます)
他方で、被保険者にならない者として次の場合があると。
4 日々雇い入れられる者
ただし、1か月を超え引き続き雇用されるに至った場合は除く
5 2か月以内の期間を定めて使用される者
ただし、その期間を超え引き続き雇用されるに至った場合は除く
6 所在地が一定しない事業所に使用される者
7 季節的業務に使用される者
ただし、継続して4か月を超えて雇用されるべき場合は除く
8 臨時的事業の事業所に使用される者
ただし、継続して6か月を超えて雇用されるべき場合は除く
そして改正により、
・「501人」が「101人」になる
・3ウの「1年」が「2か月」になる
といった感じで説明されます。
このような書きぶりだと、1〜3と4〜8の関係性がよく分かりません。
4〜8に該当しない場合に、当然に被保険者になるのか、それとも1〜3の判定が別途必要なのか。
また、従業員501人というのは、1だけで判定するのか、それとも2や3も含むのかどうか。
○
では、条文ではどのように書かれているかみてみましょう(現行法から)。
・厚生年金保険法
(被保険者)
第九条 適用事業所に使用される七十歳未満の者は、厚生年金保険の被保険者とする。
(適用除外)
第十二条 次の各号のいずれかに該当する者は、第九条及び第十条第一項の規定にかかわらず、厚生年金保険の被保険者としない。
一 臨時に使用される者(船舶所有者に使用される船員を除く。)であつて、次に掲げるもの。ただし、イに掲げる者にあつては一月を超え、ロに掲げる者にあつては所定の期間を超え、引き続き使用されるに至つた場合を除く。
イ 日々雇い入れられる者
ロ 二月以内の期間を定めて使用される者
二 所在地が一定しない事業所に使用される者
三 季節的業務に使用される者(船舶所有者に使用される船員を除く。)。ただし、継続して四月を超えて使用されるべき場合は、この限りでない。
四 臨時的事業の事業所に使用される者。ただし、継続して六月を超えて使用されるべき場合は、この限りでない。
五 事業所に使用される者であつて、その一週間の所定労働時間が同一の事業所に使用される通常の労働者(当該事業所に使用される通常の労働者と同種の業務に従事する当該事業所に使用される者にあつては、厚生労働省令で定める場合を除き、当該者と同種の業務に従事する当該通常の労働者。以下この号において単に「通常の労働者」という。)の一週間の所定労働時間の四分の三未満である短時間労働者(一週間の所定労働時間が同一の事業所に使用される通常の労働者の一週間の所定労働時間に比し短い者をいう。以下この号において同じ。)又はその一月間の所定労働日数が同一の事業所に使用される通常の労働者の一月間の所定労働日数の四分の三未満である短時間労働者に該当し、かつ、イからニまでのいずれかの要件に該当するもの
イ 一週間の所定労働時間が二十時間未満であること。
ロ 当該事業所に継続して一年以上使用されることが見込まれないこと。
ハ 報酬(最低賃金法(昭和三十四年法律第百三十七号)第四条第三項各号に掲げる賃金に相当するものとして厚生労働省令で定めるものを除く。)について、厚生労働省令で定めるところにより、第二十二条第一項の規定の例により算定した額が、八万八千円未満であること。
ニ 学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第五十条に規定する高等学校の生徒、同法第八十三条に規定する大学の学生その他の厚生労働省令で定める者であること。
本則は大したことはないのですが、「附則」の経過措置がしんどい。
今回の検討対象に絞って引用すると、次の通り。
附則(平成二四年八月二二日法律第六二号)
(厚生年金保険の短時間労働者への適用に関する経過措置)
第十七条 当分の間、特定適用事業所以外の適用事業所(厚生年金保険法第六条の適用事業所をいう。以下この条及び附則第十七条の三において同じ。)(国又は地方公共団体の適用事業所を除く。以下この条において同じ。)に使用される第一号又は第二号に掲げる者であって同法第十二条各号のいずれにも該当しないもの(前条の規定により同法第十二条(第五号に係る部分に限る。)の規定が適用されない者を除く。以下この条及び附則第十七条の三において「特定四分の三未満短時間労働者」という。)については、同法第九条及び附則第四条の三第一項の規定にかかわらず、厚生年金保険の被保険者としない。
一 その一週間の所定労働時間が同一の事業所又は事務所(以下単に「事業所」という。)に使用される通常の労働者(厚生年金保険法第十二条第五号に規定する通常の労働者をいう。次号において同じ。)の一週間の所定労働時間の四分の三未満である短時間労働者(同条第五号に規定する短時間労働者をいう。次号において同じ。)
二 その一月間の所定労働日数が同一の事業所に使用される通常の労働者の一月間の所定労働日数の四分の三未満である短時間労働者
(略)
12 この条において特定適用事業所とは、事業主が同一である一又は二以上の適用事業所であって、当該一又は二以上の適用事業所に使用される特定労働者(七十歳未満の者のうち、厚生年金保険法第十二条各号のいずれにも該当しないものであって、特定四分の三未満短時間労働者以外のものをいう。附則第四十六条第十二項において同じ。)の総数が常時五百人を超えるものの各適用事業所をいう。
これが2022年10月から次の通り改正されます。
変更箇所だけ抽出すると、
・12条5号ロの「当該事業所に継続して一年以上使用されることが見込まれないこと。」が削除されて、ハニがロハに繰り上がる。
・12条1号ロの「二月以内の期間を定めて使用される者」のうしろに「であって当該定めた期間を超えて使用されることが見込まれないもの」が追加される。
・附則17条12項の「五百人」が「百人」になる。
という改正となっております。
○
よくある説明を頭に入れてから条文を読むと、まったく違った構造になっていることが分かります。
・9条で70歳未満のすべての「使用される者」が被保険者になるとされ、12条で被保険者としない人が限定列挙されている。
・短時間労働者(2、3)と4〜8は別物ではなく、同じ除外者として並んでいる。
・2と3は同じ5号の中で規定されている。
よくある説明は、4〜8は条文通り「ならない」側から記載しているのに対し、2・3はわざわざ条文をひっくり返して「なる」側から記載しているわけです。なので、条文の「学生である」を「学生でない」と書き換えたり、5要件の「いずれかに」該当すれば「ならない」というのを「いずれにも」該当すれば「なる」と書き換える必要があります。
このような条文を組み替える所作、年末調整や法定調書合計表の手引を素材に検討したことがあります。
リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド法定調書合計表 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
漏れなく正確に組み替えてくれればよいのですが、残念ながらそうなっていないというのがそこでの検討結果でした。
そこで、こちらでも漏れなく正確にひっくり返せているかを検討する必要があります。特に、2、3はひっくり返しておきながら4〜8はそのまま、という中途半端なひっくり返しにより、間違った説明になっていないかが気がかりなところです。
○
条文構造からすると、12条各号のいずれかに該当すれば被保険者にならないことになります。
たとえば1号イの「日々雇い入れられる者」が1か月を超え引き続き雇用されるに至った場合でも、当然に被保険者となるわけではなく、他の号に該当しないかも検討する必要があります。
現実的に1号〜4号が重複することはなさそうですが、5号はそれらと重ねて検討が必要になるかと思います。
○
改正では、5号ロの「1年」を「2か月」に変更したわけではなく、5号ロを削除した上で、もともとあった1号ロに「見込み」を追加するという使い回しをしています。
改正後の1号ロ
ア 臨時に使用される者で
イ 二月以内の期間を定めて使用される者で
ウ 当該定めた期間を超えて使用されることが見込まれないもの ←New!
エ 所定の期間を超え、引き続き使用されるに至つた場合を除く
なので、単に2か月以内であればさしあたり最初の2か月は被保険者にならない、というのではなく、「臨時」でないことと超える「見込み」がないことが要求されることになります。
「見込み」のほうは公式ガイドブックに書いてありますが、「臨時」については要件として明示されていません。確かに、「臨時なら見込みなし」と意味合いとしては連動するのかもしれませんが、条文上は別の要件として要求している以上、明記しておくべきことでしょう。
また、実際に超えたら除く(エ)とありますが、このルールについても公式ガイドブックには盛り込まれていません。
ちなみに、「二月以内の期間」「当該定めた期間」とあることからすれば、たとえば1.5か月で契約した場合、1.5か月を超える見込みがあれば(2か月を超えるかは不明でも)適用除外とならないということでしょうか。
法文上は「なる」という結論になってしまいそうですが、おそらく実務運用でいい具合に調整がされるのでしょう。
このように、よくある説明が法律上の要件を忠実に再現できていないの、2、3と4〜8を分断して説明していることによるものでしょう。
もともとは5号単体の説明で支障はなかったのでしょうが、1号ロ+5号の合わせ技で判定する必要がでてきてしまった以上、従前の説明では無理が生じてきます。
○
100人(改正前500人)判定の従業員については、附則(H24.8.22)17条に規定されています。
規律をざっくりまとめると次の通り。
特定適用事業所以外の適用事業所の「特定四分の三未満短時間労働者」は被保険者としない。
・特定適用事業所
特定労働者が常時100人超の事業所
・特定労働者
12条各号に非該当で特定四分の三未満短時間労働者以外のもの
・特定四分の三未満短時間労働者
12条各号に非該当で所定労働時間3/4未満の者
12条各号に非該当で所定労働日数3/4未満の者
条文の書きぶりはなかなか難解ですが、図式的にいうと、
使用される者(70歳未満)
−12条各号に該当する者(被保険者でない者)
−12号各号に該当しない週時間3/4未満の者(被保険者である者)
−12号各号に該当しない月日数3/4未満の者(被保険者である者)
と引き算で判定対象となる「特定労働者」を抽出しています。
結論としては、よくある説明1、2の者で100人超を判定するということになります。
そして、1、2が100人を超える場合に限り、3も被保険者になると。
条文上は、3の5要件も含めて「使用される者」全員が12条で被保険者になる/ならないを判定してから、3を除いた1、2が100人超になるかを判定する、という手順になっています。
が、ここは先に1、2で100人超かどうかを判定することでも支障はないでしょう。
ので、公式ガイドブックのように入口で企業規模を判定するやり方でも間違いではないです。
○
【お約束事項】に書いたとおり、本記事では「健康保険法」は考慮外としました。
が、100人判定にあたって、「厚生年金」の被保険者であるが「健康保険」の被保険者でない者は判定対象に含まれるか、ということが問題となります。健康保険は、厚生年金よりも適用除外が多いので(船員保険とか)、こういうズレが生じることになります。
この点、附則では「特定労働者」の定義を健康保険のほうにもそのまま使いまわしています。附則17条12項の「附則第四十六条第十二項において同じ。」というのが、その趣旨です。
それゆえ、船員保険の被保険者など健康保険の被保険者とならない者でも、厚年法側で特定労働者に該当するならば、100人判定に含めるということになります。
逆に、70歳以上(〜75歳)で健康保険の被保険者であったとしても、厚生年金の被保険者ではないことから、特定労働者には含めないことになります。
なお、特定労働者100人超となって短時間労働者が被保険者になることになったとしても、健保法3条1項各号に該当する者が健康保険の被保険者になることにはなりません。あくまでも100人判定をするのに厚年法を横流しするにとどまります。
e-Govなどで厚生年金保険法と健康保険法の条文をみると、それぞれに関する附則が分断されてしまっています。が、もともとは一本の改正法なので、こういう地続きな規律の仕方になっています。
附則 (平成二四年八月二二日法律第六二号)
(健康保険の短時間労働者への適用に関する経過措置)
第四十六条 当分の間、特定適用事業所以外の適用事業所(健康保険法第三条第三項に規定する適用事業所をいい、国又は地方公共団体の当該適用事業所を除く。以下この条において同じ。)に使用される第一号又は第二号に掲げる者であって同法第三条第一項各号のいずれにも該当しないもの(前条の規定により同項(第九号に係る部分に限る。)の規定が適用されない者を除く。以下この条において「特定四分の三未満短時間労働者」という。)については、同項の規定にかかわらず、健康保険の被保険者としない。
一 その一週間の所定労働時間が同一の事業所に使用される通常の労働者(健康保険法第三条第一項第九号に規定する通常の労働者をいう。次号において同じ。)の一週間の所定労働時間の四分の三未満である短時間労働者(同項第九号に規定する短時間労働者をいう。次号において同じ。)
二 その一月間の所定労働日数が同一の事業所に使用される通常の労働者の一月間の所定労働日数の四分の三未満である短時間労働者
12 この条において特定適用事業所とは、事業主が同一である一又は二以上の適用事業所であって、当該一又は二以上の適用事業所に使用される特定労働者の総数が常時五百人を超えるものの各適用事業所をいう。
○
以上、年末調整や法定調書合計表のときのような不整合はないものの、やはり条文をひっくり返しているところ(2、3)としていないところ(4〜8)の間に、不穏な雰囲気が見受けられます。
ではありますが、条文通りに説明を直す、というのはもはや難しいのでしょうね。
というか、年金法絡みの「附則(経過措置)」の禍々しさを、あらためて思い知らされる結果となりました(まだまだ序の口でしょうが)。
社会保険適用拡大特設サイト(厚生労働省)
《日常系労務》としては、さしあたり上記サイトにあるような、運営作成の「公式ガイドブック」を見て内容を理解しておけばいいのでしょう。
社会保険適用拡大ガイドブック
当ブログにおいては、例によって「条文イジリ」という観点から検討の対象となります。
【お約束事項】
・「週所定労働時間」を「時/週」、月所定労働日数を「日/月」と省略します。
・健康保険法は省略して厚生年金保険法だけを検討対象とします。適用除外者が若干増えているだけで枠組みは同じです。
○
公式ガイドブックはじめ、一般的な解説だと次のような説明がされがち。
適用対象者
1 フルタイム従業員
2 パート・アルバイト(時/週4分の3以上かつ日/月4分の3以上)
3 パート・アルバイト(ア〜オをすべてみたす者)
ア 時/週20時間以上
イ 月額賃金8.8万円以上
ウ 継続勤務1年以上
エ 学生でない
オ 従業員数501人以上
(以下、ア〜オを「5要件」といいます)
他方で、被保険者にならない者として次の場合があると。
4 日々雇い入れられる者
ただし、1か月を超え引き続き雇用されるに至った場合は除く
5 2か月以内の期間を定めて使用される者
ただし、その期間を超え引き続き雇用されるに至った場合は除く
6 所在地が一定しない事業所に使用される者
7 季節的業務に使用される者
ただし、継続して4か月を超えて雇用されるべき場合は除く
8 臨時的事業の事業所に使用される者
ただし、継続して6か月を超えて雇用されるべき場合は除く
そして改正により、
・「501人」が「101人」になる
・3ウの「1年」が「2か月」になる
といった感じで説明されます。
このような書きぶりだと、1〜3と4〜8の関係性がよく分かりません。
4〜8に該当しない場合に、当然に被保険者になるのか、それとも1〜3の判定が別途必要なのか。
また、従業員501人というのは、1だけで判定するのか、それとも2や3も含むのかどうか。
○
では、条文ではどのように書かれているかみてみましょう(現行法から)。
・厚生年金保険法
(被保険者)
第九条 適用事業所に使用される七十歳未満の者は、厚生年金保険の被保険者とする。
(適用除外)
第十二条 次の各号のいずれかに該当する者は、第九条及び第十条第一項の規定にかかわらず、厚生年金保険の被保険者としない。
一 臨時に使用される者(船舶所有者に使用される船員を除く。)であつて、次に掲げるもの。ただし、イに掲げる者にあつては一月を超え、ロに掲げる者にあつては所定の期間を超え、引き続き使用されるに至つた場合を除く。
イ 日々雇い入れられる者
ロ 二月以内の期間を定めて使用される者
二 所在地が一定しない事業所に使用される者
三 季節的業務に使用される者(船舶所有者に使用される船員を除く。)。ただし、継続して四月を超えて使用されるべき場合は、この限りでない。
四 臨時的事業の事業所に使用される者。ただし、継続して六月を超えて使用されるべき場合は、この限りでない。
五 事業所に使用される者であつて、その一週間の所定労働時間が同一の事業所に使用される通常の労働者(当該事業所に使用される通常の労働者と同種の業務に従事する当該事業所に使用される者にあつては、厚生労働省令で定める場合を除き、当該者と同種の業務に従事する当該通常の労働者。以下この号において単に「通常の労働者」という。)の一週間の所定労働時間の四分の三未満である短時間労働者(一週間の所定労働時間が同一の事業所に使用される通常の労働者の一週間の所定労働時間に比し短い者をいう。以下この号において同じ。)又はその一月間の所定労働日数が同一の事業所に使用される通常の労働者の一月間の所定労働日数の四分の三未満である短時間労働者に該当し、かつ、イからニまでのいずれかの要件に該当するもの
イ 一週間の所定労働時間が二十時間未満であること。
ロ 当該事業所に継続して一年以上使用されることが見込まれないこと。
ハ 報酬(最低賃金法(昭和三十四年法律第百三十七号)第四条第三項各号に掲げる賃金に相当するものとして厚生労働省令で定めるものを除く。)について、厚生労働省令で定めるところにより、第二十二条第一項の規定の例により算定した額が、八万八千円未満であること。
ニ 学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第五十条に規定する高等学校の生徒、同法第八十三条に規定する大学の学生その他の厚生労働省令で定める者であること。
本則は大したことはないのですが、「附則」の経過措置がしんどい。
今回の検討対象に絞って引用すると、次の通り。
附則(平成二四年八月二二日法律第六二号)
(厚生年金保険の短時間労働者への適用に関する経過措置)
第十七条 当分の間、特定適用事業所以外の適用事業所(厚生年金保険法第六条の適用事業所をいう。以下この条及び附則第十七条の三において同じ。)(国又は地方公共団体の適用事業所を除く。以下この条において同じ。)に使用される第一号又は第二号に掲げる者であって同法第十二条各号のいずれにも該当しないもの(前条の規定により同法第十二条(第五号に係る部分に限る。)の規定が適用されない者を除く。以下この条及び附則第十七条の三において「特定四分の三未満短時間労働者」という。)については、同法第九条及び附則第四条の三第一項の規定にかかわらず、厚生年金保険の被保険者としない。
一 その一週間の所定労働時間が同一の事業所又は事務所(以下単に「事業所」という。)に使用される通常の労働者(厚生年金保険法第十二条第五号に規定する通常の労働者をいう。次号において同じ。)の一週間の所定労働時間の四分の三未満である短時間労働者(同条第五号に規定する短時間労働者をいう。次号において同じ。)
二 その一月間の所定労働日数が同一の事業所に使用される通常の労働者の一月間の所定労働日数の四分の三未満である短時間労働者
(略)
12 この条において特定適用事業所とは、事業主が同一である一又は二以上の適用事業所であって、当該一又は二以上の適用事業所に使用される特定労働者(七十歳未満の者のうち、厚生年金保険法第十二条各号のいずれにも該当しないものであって、特定四分の三未満短時間労働者以外のものをいう。附則第四十六条第十二項において同じ。)の総数が常時五百人を超えるものの各適用事業所をいう。
これが2022年10月から次の通り改正されます。
変更箇所だけ抽出すると、
・12条5号ロの「当該事業所に継続して一年以上使用されることが見込まれないこと。」が削除されて、ハニがロハに繰り上がる。
・12条1号ロの「二月以内の期間を定めて使用される者」のうしろに「であって当該定めた期間を超えて使用されることが見込まれないもの」が追加される。
・附則17条12項の「五百人」が「百人」になる。
という改正となっております。
○
よくある説明を頭に入れてから条文を読むと、まったく違った構造になっていることが分かります。
・9条で70歳未満のすべての「使用される者」が被保険者になるとされ、12条で被保険者としない人が限定列挙されている。
・短時間労働者(2、3)と4〜8は別物ではなく、同じ除外者として並んでいる。
・2と3は同じ5号の中で規定されている。
よくある説明は、4〜8は条文通り「ならない」側から記載しているのに対し、2・3はわざわざ条文をひっくり返して「なる」側から記載しているわけです。なので、条文の「学生である」を「学生でない」と書き換えたり、5要件の「いずれかに」該当すれば「ならない」というのを「いずれにも」該当すれば「なる」と書き換える必要があります。
このような条文を組み替える所作、年末調整や法定調書合計表の手引を素材に検討したことがあります。
リーガルマインド年末調整(その1) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
リーガルマインド法定調書合計表 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克
漏れなく正確に組み替えてくれればよいのですが、残念ながらそうなっていないというのがそこでの検討結果でした。
そこで、こちらでも漏れなく正確にひっくり返せているかを検討する必要があります。特に、2、3はひっくり返しておきながら4〜8はそのまま、という中途半端なひっくり返しにより、間違った説明になっていないかが気がかりなところです。
○
条文構造からすると、12条各号のいずれかに該当すれば被保険者にならないことになります。
たとえば1号イの「日々雇い入れられる者」が1か月を超え引き続き雇用されるに至った場合でも、当然に被保険者となるわけではなく、他の号に該当しないかも検討する必要があります。
現実的に1号〜4号が重複することはなさそうですが、5号はそれらと重ねて検討が必要になるかと思います。
○
改正では、5号ロの「1年」を「2か月」に変更したわけではなく、5号ロを削除した上で、もともとあった1号ロに「見込み」を追加するという使い回しをしています。
改正後の1号ロ
ア 臨時に使用される者で
イ 二月以内の期間を定めて使用される者で
ウ 当該定めた期間を超えて使用されることが見込まれないもの ←New!
エ 所定の期間を超え、引き続き使用されるに至つた場合を除く
なので、単に2か月以内であればさしあたり最初の2か月は被保険者にならない、というのではなく、「臨時」でないことと超える「見込み」がないことが要求されることになります。
「見込み」のほうは公式ガイドブックに書いてありますが、「臨時」については要件として明示されていません。確かに、「臨時なら見込みなし」と意味合いとしては連動するのかもしれませんが、条文上は別の要件として要求している以上、明記しておくべきことでしょう。
また、実際に超えたら除く(エ)とありますが、このルールについても公式ガイドブックには盛り込まれていません。
ちなみに、「二月以内の期間」「当該定めた期間」とあることからすれば、たとえば1.5か月で契約した場合、1.5か月を超える見込みがあれば(2か月を超えるかは不明でも)適用除外とならないということでしょうか。
法文上は「なる」という結論になってしまいそうですが、おそらく実務運用でいい具合に調整がされるのでしょう。
このように、よくある説明が法律上の要件を忠実に再現できていないの、2、3と4〜8を分断して説明していることによるものでしょう。
もともとは5号単体の説明で支障はなかったのでしょうが、1号ロ+5号の合わせ技で判定する必要がでてきてしまった以上、従前の説明では無理が生じてきます。
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100人(改正前500人)判定の従業員については、附則(H24.8.22)17条に規定されています。
規律をざっくりまとめると次の通り。
特定適用事業所以外の適用事業所の「特定四分の三未満短時間労働者」は被保険者としない。
・特定適用事業所
特定労働者が常時100人超の事業所
・特定労働者
12条各号に非該当で特定四分の三未満短時間労働者以外のもの
・特定四分の三未満短時間労働者
12条各号に非該当で所定労働時間3/4未満の者
12条各号に非該当で所定労働日数3/4未満の者
条文の書きぶりはなかなか難解ですが、図式的にいうと、
使用される者(70歳未満)
−12条各号に該当する者(被保険者でない者)
−12号各号に該当しない週時間3/4未満の者(被保険者である者)
−12号各号に該当しない月日数3/4未満の者(被保険者である者)
と引き算で判定対象となる「特定労働者」を抽出しています。
結論としては、よくある説明1、2の者で100人超を判定するということになります。
そして、1、2が100人を超える場合に限り、3も被保険者になると。
条文上は、3の5要件も含めて「使用される者」全員が12条で被保険者になる/ならないを判定してから、3を除いた1、2が100人超になるかを判定する、という手順になっています。
が、ここは先に1、2で100人超かどうかを判定することでも支障はないでしょう。
ので、公式ガイドブックのように入口で企業規模を判定するやり方でも間違いではないです。
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【お約束事項】に書いたとおり、本記事では「健康保険法」は考慮外としました。
が、100人判定にあたって、「厚生年金」の被保険者であるが「健康保険」の被保険者でない者は判定対象に含まれるか、ということが問題となります。健康保険は、厚生年金よりも適用除外が多いので(船員保険とか)、こういうズレが生じることになります。
この点、附則では「特定労働者」の定義を健康保険のほうにもそのまま使いまわしています。附則17条12項の「附則第四十六条第十二項において同じ。」というのが、その趣旨です。
それゆえ、船員保険の被保険者など健康保険の被保険者とならない者でも、厚年法側で特定労働者に該当するならば、100人判定に含めるということになります。
逆に、70歳以上(〜75歳)で健康保険の被保険者であったとしても、厚生年金の被保険者ではないことから、特定労働者には含めないことになります。
なお、特定労働者100人超となって短時間労働者が被保険者になることになったとしても、健保法3条1項各号に該当する者が健康保険の被保険者になることにはなりません。あくまでも100人判定をするのに厚年法を横流しするにとどまります。
e-Govなどで厚生年金保険法と健康保険法の条文をみると、それぞれに関する附則が分断されてしまっています。が、もともとは一本の改正法なので、こういう地続きな規律の仕方になっています。
附則 (平成二四年八月二二日法律第六二号)
(健康保険の短時間労働者への適用に関する経過措置)
第四十六条 当分の間、特定適用事業所以外の適用事業所(健康保険法第三条第三項に規定する適用事業所をいい、国又は地方公共団体の当該適用事業所を除く。以下この条において同じ。)に使用される第一号又は第二号に掲げる者であって同法第三条第一項各号のいずれにも該当しないもの(前条の規定により同項(第九号に係る部分に限る。)の規定が適用されない者を除く。以下この条において「特定四分の三未満短時間労働者」という。)については、同項の規定にかかわらず、健康保険の被保険者としない。
一 その一週間の所定労働時間が同一の事業所に使用される通常の労働者(健康保険法第三条第一項第九号に規定する通常の労働者をいう。次号において同じ。)の一週間の所定労働時間の四分の三未満である短時間労働者(同項第九号に規定する短時間労働者をいう。次号において同じ。)
二 その一月間の所定労働日数が同一の事業所に使用される通常の労働者の一月間の所定労働日数の四分の三未満である短時間労働者
12 この条において特定適用事業所とは、事業主が同一である一又は二以上の適用事業所であって、当該一又は二以上の適用事業所に使用される特定労働者の総数が常時五百人を超えるものの各適用事業所をいう。
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以上、年末調整や法定調書合計表のときのような不整合はないものの、やはり条文をひっくり返しているところ(2、3)としていないところ(4〜8)の間に、不穏な雰囲気が見受けられます。
ではありますが、条文通りに説明を直す、というのはもはや難しいのでしょうね。
というか、年金法絡みの「附則(経過措置)」の禍々しさを、あらためて思い知らされる結果となりました(まだまだ序の口でしょうが)。
posted by ウロ at 10:56| Comment(0)
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