公売特例と8割控除 〜消費税法の理論構造(種蒔き編52)
私が言いたいことの主論は、インボイス推進派の人が「売上消費税と仕入消費税を一致させるべき!」と声高に言っておきながら、実際には益税方向の不一致を(一部)潰しただけで、損税方向の不一致はむしろ拡大してるじゃねえか、という点にあります。
このような課税拡大志向、近時の最高裁判決にみられる「過少課税になるくらいなら過剰課税を許容する」という方向性と、軌を一にしているわけです。
みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)
最高裁令和6年7月18日・第一小法廷判決(外国子会社合算税制) 雑感
《税負担の累積防止》なる税務ミームについて 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)
国家ぐるみでスクラム組まれてしまったら、《疑わしきは納税者の利益に》なんて、か細いスローガンを掲げたところで、どうにも太刀打ちできないでしょう。憲法論も、あまりあてにできるものでもないですし。
平等権と、課税公平主義のあいだ 〜最高裁令和4年4月19日判決における「平等原則」とは?
《通達みてえな判決》 〜「判例」としての最高裁令和6年5月7日判決
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さて、今回の記事は、これまでの記事が「機能面」から過剰課税(損税)を眺めてきたのに対し、この機能を条文がどのように表現しているかを見るものとなります。
あるいは、条文から読み取れる立案担当者の《客観的》意思をプロファイルする、ということができるでしょうか。
先に予告しておくと、『相当する額』というのがパンチラインとなっております。
以下、条文は適宜省略を入れておりますので、各自原文をご確認ください。また、本来であれば消費税と地方消費税を区別しなければならないのですが、文脈上必要な場面でのみ区別することとします。
事例としては、以下のものを想定しながら説明していきます(リバースチャージと輸入取引は考慮外)。
A(売手)
↓ 110 物の売買(国内・課税資産)
B(買手)
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まず、「売上課税ルール」について。
法第二十八条(課税標準)
1 課税資産の譲渡等に係る消費税の課税標準は、課税資産の譲渡等の対価の額(課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税額及び当該消費税額を課税標準として課されるべき地方消費税額に相当する額を含まないものとする。)とする。
ここででてくる「課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税額及び当該消費税額を課税標準として課されるべき地方消費税額に相当する額」というのが、以下でこすり倒す最重要用語であり。以下では『相当する額』と省略することとします。
消費税の課税標準は、対価の額から『相当する額』を除いた額だと言っています。
なぜ『相当する額』という言い方をしているかといえば、Bからもらうのはあくまでも売買代金(=対価の額)だけであって、消費税そのものを別途お預かりするわけではないからでしょう。
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ちなみに、免税事業者の基準期間における課税売上高から消費税(に相当する額)を除かないのは、免税事業者にとっては『相当する額』すら存在しないから、ということになります。
法第九条(小規模事業者に係る納税義務の免除)
2 前項に規定する基準期間における課税売上高とは、次の各号に掲げる事業者の区分に応じ当該各号に定める金額をいう。
一 個人事業者及び基準期間が一年である法人基準期間中に国内において行つた課税資産の譲渡等の対価の額(第二十八条第一項に規定する対価の額をいう。)の合計額から、イに掲げる金額からロに掲げる金額を控除した金額の合計額を控除した残額
法28条1項から定義をお借りしているにもかかわらず。こちらでは税込価額で判定するの、単にそう解釈しないと不都合だから、というのではなく。免税事業者にとっては、課されるべき消費税に『相当する額』がないから、と説明するのが筋が通っているでしょう。
免税事業者Requiem(第1曲) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編27)
免税事業者Requiem(第2曲) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編28)
免税事業者Requiem(第3曲) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編29)
このあたりの解釈に絡み、免税事業者擁護の方々が「免税事業者は対価をもらっているだけで消費税をもらっていないんだから、消費税をネコババしているわけではない!」と主張されているのを見かけたことがあります。
確かに、「免税事業者が消費税をネコババしている」というインボイス推進派の方々のいうレトリックが、実際の消費税法の建付けから導かれない空論であることは事実ではあります。が、本来、課税取引をした以上は問答無用で譲渡課税されるはずのところを免除していただいている、という意味では恩恵を受けていることも事実です。
あとはそれが妥当か不当かという立法政策上の価値判断レベルの問題であって。「ネコババ」というレトリックを巡って議論をすることに、全く意味はないでしょう。
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余談ついでに。
輸出免税につき「免税事業者制度と違って、国内で消費されないから免除されるのは当然」というような物言いをされる方がいます。
法第七条(輸出免税等)
1 事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が国内において行う課税資産の譲渡等のうち、次に掲げるものに該当するものについては、消費税を免除する。
一本邦からの輸出として行われる資産の譲渡又は貸付け
が、「用途区分」制度を見れば分かるように、現行消費税法は、消費者の消費以外の場面で税負担が生じることを容認してしまっているところです。
なので、単に「消費がない」というだけでは免除制度を正当化することはできないのであり。「国際競争上どうしても免除制度が必要」という競争政策レベルで議論すべきものだと思います。
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話を戻して。
売上課税ルールにおいては、課税標準算出にあたって対価の額から『相当する額』を除いているにすぎず、消費税そのものを控除しているわけではない、ということです。
未登録である課税事業者が納税義務を負担しなければならないのも、課税取引をした以上は問答無用で譲渡課税されるからであって。買手が消費税をお預けしてない(ので税額控除できない)のに、売手が消費税の納税義務を負担させられるのも、そもそも消費税を「お預けした/お預かりした」という建付けを、消費税法が採用していないことによるものです。
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ちなみに、価格の表示ルールに関しても、『相当する額』を含めた金額を価格として表示せよとあり。消費税額そのものを取り分けて表示せよとはなっていません。
法第六十三条(価格の表示)
事業者(第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)は、不特定かつ多数の者に課税資産の譲渡等を行う場合において、あらかじめ課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の価格を表示するときは、当該資産又は役務に係る消費税額及び地方消費税額の合計額に相当する額を含めた価格を表示しなければならない。
なお、括弧書きで「免税事業者」が除かれているのは。上述のとおり、免税事業者には『相当する額』すらないからでしょう。
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では、どの段階で消費税そのものが発生することになるのでしょうか。
それは、「確定申告」をしたときです。
法第四十五条(課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れについての確定申告)
1 事業者は、課税期間ごとに、当該課税期間の末日の翌日から二月以内に、次に掲げる事項を記載した申告書を税務署長に提出しなければならない。
一 その課税期間中に国内において行つた課税資産の譲渡等に係る税率の異なるごとに区分した課税標準である金額の合計額及びその課税期間中に国内において行つた特定課税仕入れに係る課税標準である金額の合計額並びにそれらの合計額(次号において「課税標準額」という。)
二 税率の異なるごとに区分した課税標準額に対する消費税額
確定申告するまでは『相当する額』という仮想消費税(なんちゃって消費税)にすぎず。確定申告をしてはじめて消費税が顕現することになります(なお、租税債務の「成立/確定」という概念がありますが、あまり有意性のある区別とは思えないので、本記事では「確定」のみを念頭において記述しています)。
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ここまでの検討で、消費税法上、個々の売上代金には消費税そのものは含まれておらず、確定申告によって消費税額が顕現する、という建付けになっていることが分かりました。
この建付けは、個々の売上代金には法人税は含まれておらず、確定申告をしてはじめて法人税が登場する、というのに近いと言えるでしょうか。
「全く違う!」と思うのだとしたら、それは「お預かりする/お預けする」というお国の作り出した消費税のイメージに引っ張られているだけのように思えます。
消費税を、条文構造を無視して「お預かりする/お預けする」で説明できるというならば、法人税を、「益金法人税−損金法人税=法人税額」で説明することもできるはずです。ここに違和感をもってしまうのは、単に我々の心の中にある法人税の「イメージ」とズレているだけ、だからではないでしょうか(もちろん、私自身は条文構造を崩して誤導することには反対です)。
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ここで、売上課税ルールの原則である「割戻し計算」だからそうなのであって。「積上げ計算」なら消費税そのものを集計するのではないか、という疑問を持たれる方がいるかもしれません。
そこで、「積上げ方式」の条文を見てみましょう。
法第四十五条(課税資産の譲渡等及び特定課税仕入れについての確定申告)
5 第一項の規定による申告書を提出する事業者が、当該申告書に係る課税期間中に国内において行つた課税資産の譲渡等につき交付した適格請求書又は適格簡易請求書の写しを第五十七条の四第六項の規定により保存している場合には、当該課税資産の譲渡等に係る第一項第二号に掲げる税率の異なるごとに区分した課税標準額に対する消費税額については、同号の規定にかかわらず、当該適格請求書に記載した同条第一項第五号に掲げる消費税額等その他の政令で定める金額を基礎として政令で定めるところにより計算した金額とすることができる。
法第五十七条の四(適格請求書発行事業者の義務)
1
五 消費税額等(課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税額及び当該消費税額を課税標準として課されるべき地方消費税額に相当する額の合計額として前号に掲げる税率の異なるごとに区分して合計した金額ごとに政令で定める方法により計算した金額をいう。)
令第六十二条(課税標準額に対する消費税額の算出方法の特例)
1 法第四十五条第五項に規定する政令で定める金額は、次の各号に掲げる課税資産の譲渡等の区分に応じ当該各号に定める金額とし、法第四十五条第五項に規定する政令で定めるところにより計算した金額は、当該各号に定める金額の合計額に百分の七十八を乗じて算出した金額とする。
一 適格請求書を交付した課税資産の譲渡等 当該適格請求書に記載した法第五十七条の四第一項第五号に掲げる消費税額等
ここにもでてくる『相当する額』。
そのへんの《税務お役立ち記事》だと、インボイスの記載事項として「消費税額」が要求されているとだけ書かれていることがほとんどです。そのせいで、積上げ計算では消費税そのものを集計するのだと勘違いしてしまうのかもしれません。
が、条文では「消費税額等」とあり。そしてこれは『相当する額』だとされています。
そうすると、インボイスに記載するのはあくまでも『相当する額』であって、消費税そのものではないことになります。なので、インボイス記載の『相当する額』を積上げていって確定申告してはじめて、消費税そのものが登場する、というのが「積上げ計算」の正確な表現となります。
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最初に書いたとおり、本記事では、消費税と地方消費税の違いを意識せずに書いているところです。
が、税額計算では消費税(7.8%)を算出してからそれを課税標準として地方消費税(2.2%)を算出する、というプロセスになっているのであり。
どうあっても、税抜価格に10%をかけたものは消費税(+地方消費税)そのものにはなりえないわけです。
上記の「積上げ計算」の表現についても、より正確には地方消費税の扱いをきちんと記述しなければならないところです(が面倒なので省略)。
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長くなったので、一旦区切って、次回は「仕入控除ルール」について整理します。
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