2023年10月16日

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編38)

 前2回で検討したインボイス前後の《請求書いらない特例》の条文構造について、比較をしてみます。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編36)
条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編37)

 あくまでも構造分析で、中身には深く立ち入りません。

【請求書いらない特例(インボイス前)】
 ア 請求書不要+住所必要 令49条1項
 イ やむを得ない理由   通11-6-3(委任なし)
 ウ 住所省略できる    令49条1項→通11-6-4(委任あり)
 エ 氏名省略できる    令49条2項

【請求書いらない特例(インボイス後)】
 ア 請求書不要+住所必要 令49条1項
 イ 困難である場合    令49条1項+規15の4
 ウ 住所省略できる    令49条1項→告示26(委任あり)
 エ 氏名省略できる    令49条2項→告示26(委任あり)
 ※通11-6-3は廃止、通11-6-4は告示26へ移行。


 一見して違いが分かるのがイです。
 請求書を不要にできる場合について、従前は通達だけに規定されっぱなしだったものを、政令・省令に取り込んだことになります。ただ、政令に列挙されている「場合」と省令に列挙されている「場合」とで、何か質的な違いがあるのかどうかは、よく分からないところですが。

 結果、インボイス後は政令及び明示の委任の範囲内で一連のルールがカバーされたことになります。
 もちろん、細かい解釈通達は残っています。が、インボイス前のように、政令の委任も無しに「やむを得ない理由」の中身を通達が勝手に定めるなどという、ド派手なものはなくなりました。


 次に帰結の違いです(記載必要◯、記載不要×)。

【請求書いらない特例(インボイス前)】
  帳簿のみ  理由 住所 氏名
  自販機   ◯  ◯  ◯  通11-6-3
  入場券   ◯  ◯  ◯  通11-6-3
  不交付   ◯  ◯  ◯  通11-6-3
  未確定   ◯  ◯  ◯  通11-6-3
  準ずる理由 ◯  ◯  ◯  通11-6-3
  電車等   ◯  ×  ◯       令49条1項→通11-6-4
  郵便役務  ◯  ×  ◯       令49条1項→通11-6-4
  出張等   ◯  ×  ◯       令49条1項→通11-6-4
  再生資源等 ◯  ×  ×       令49条1項→通11-6-4、令49条2項


 電車等以下については、「やむを得ない理由」として個別に列挙されていません。記載事項省略ルールの中だけに出てきます。これについては「準ずる理由」に含まれるという理解を示しておきました。
 「準ずる理由」というオープンな規定があるおかげで、請求書不要となる理由を広範に取り込むことが可能になっていたわけです。

 また、住所省略ルールと氏名省略ルールとは、別々の規律として規定されていました。

【請求書いらない特例(インボイス後)】
  帳簿のみ  理由 住所 氏名
  交通機関  ◯  ×  ◯  令49条1項、令49条1項→告示26
  入場券   ◯  ◯  ◯  令49条1項
  古物商等  ◯  △  △  令49条1項、令49条1項・2項→告示26
  再生資源  ◯  △  △  令49条1項、令49条1項・2項→告示26
  自販機   ◯  ◯  ◯  規15の4
  郵便ポスト ◯  ×  ◯  規15の4、 令49条1項→告示26
  出張等   ◯  ×  ◯  規15の4、 令49条1項→告示26


 「準ずる理由」のようなオープンな事由がなくなり、「不交付」や「未確定」についても規定が無くなりました。「困難な場合」が政令・省令で完結することになってしまったため、ここに規定されていないものを「困難な場合」だと主張することは(少なくとも文言上は)不可能となっています。

 住所・氏名省略ルールについては、いずれも告示26号に委ねることになっています。
 ただ、氏名を省略できるのが不特定かつ多数から「買う」場合に限られているので、古物商等と再生資源(のうち業務台帳に記載しない場合)だけが、住所・氏名とも省略できることになっています。

 インボイス前後で比較すると、「古物商等」「再生資源」は、インボイス前後いずれでも最優遇されていることが分かります。「古物商等」なんて、インボイス前は再生資源に「準ずる事業」扱いだったものが、わざわざ独立のカテゴリとして新設されています。

 また、「自販機」は、インボイス前後いずれでも住所を省略できないことになっています。通11-6-4を告示26に移行するタイミングで「自販機」を加えてあげればよかったのに、と思うのですが。
 なぜか自販機に厳しい(いやまあ、コインパーキングなどにはもっと厳しいわけですが)。


 インボイス後は、「困難」なら何でもかんでもインボイス不要とはなっておらず。政令・省令に限定列挙されている事情に該当しなければなりません。
 そうすると、困難な中でなぜそれら事情だけがインボイス不要とされているのか、その正当化根拠が求められることになるはずです。

  そのような観点から整理すると、次のようになるでしょうか。

 1 交通機関(免除)、郵便ポスト(免除) →どうせ適格者だから
 2 入場券 →一度発行はされているから
 3 自販機(免除) →適格者かどうか区別してられないから?
 4 出張等(不可) →利用先はほとんど適格者だから?
 5 古物商等・再生資源(不可) →????

 「免除」とあるのは売手側が発行免除されているもの、「不可」とあるのは発行が不可能なものです。
 1、2が正当なのはよいとして。3あたりから微妙になってきます。

1 交通機関(免除)、郵便ポスト(免除)
 発行免除されているのだから、当然保存しなくてもよいはず、という形式論はさておき。実質的な根拠としては、どうせ適格者なんだから「課税なき控除」は生じないから、ということでよいのでしょう。

2 入場券
 こちらは簡易インボイスが発行されていることが前提となっているので、手元になくても問題ないでしょう。

3 自販機
 自販機がインボイス不要とされること自体はよいのでしょうが。
 この特例の問題は、コインパーキングなどはインボイスを発行するためのコストを掛けなければならないのに自販機はそれが不要となる、という違いを正当化できるのか、という点にあります。
 買手側からしても、面倒くさいことに変わりはないですし。

4 出張等
 これが発行不可なのは、あくまでも支払先は「使用人等」とされているからです。
 出張日当ならまだしも、実費精算する場合でもインボイス不要となるわけで、このことに正当性があるのかがよく分かりません。

5 古物商等・再生資源
 これについては全く根拠が思いつきません。
 要件としても、積極的に「非適格者」からの買取であることを確認した上で控除できるとしているわけで。やはり特定業種だけに与えられた《特権》だと捉えるしかないのではないでしょうか。


 ということで、次回は「委任立法」という観点から、法30条7項と令49条1項との関係について、検討をしてみます。これについては、前回も引用した下記書籍を読んだ影響によるものです(すぐ影響される)。



 興津征雄「行政法I 行政法総論」(新世社2023)
posted by ウロ at 10:06| Comment(0) | 消費税法

2023年10月09日

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編37)

 では、インボイス施行後の《請求書いらない特例》は、どのように変容しているでしょうか(通達については、基本通達へ組込み後の状態を前提とします)。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編36)


 帳簿及び請求書等が必要だという法30条7項の原則自体は同じです。ただ、請求書等の中身が1項に従い「インボイス」になりました。

 法30条7項
  原則:帳簿及び請求書等
  例外:帳簿のみ。困難、特定課税仕入、その他の政令で定める場合 →令49条1項


 大幅に変わったのが「帳簿のみでOK」の例外規定のほうです。
 従前の「少額・特定課税仕入・その他の政令で定める場合」が「困難・特定課税仕入・その他の政令で定める場合」となりました。

 これだけだとそこまで大きな変化ではないと思うかもしれません。が、委任を受けた令49条1項もあわせてみていただくと、お分かりいただけるかと。

 令49条1項 帳簿のみの保存でよい場合
  一 次の課税仕入
   イ 船舶、バス、電車・軌道(3万円未満)
   ロ 入場券(簡易インボイス回収される)
   ハ 下記の者が適格者以外から棚卸資産として買い取った場合
     1 古物商 古物
     2 質屋営業 質物
     3 宅建業 建物
     4 再生資源業 再生資源
   ニ 請求書を受けることが困難として財務省令で定める場合 →規15の4
   原則:帳簿に困難な事情+「住所」を記載する
   例外:帳簿に困難な事情のみ記載。「住所」を省略できる 国税庁指定 →告示26
  ニ 特定課税仕入

 規15条の4 請求書を受けることが困難な場合
  一 自販機(3万円未満)、郵便ポスト
  ニ 出張・転居 通常必要(非課税部分に限る) 使用人等
  三 通勤手当 通常必要(非課税部分に限られない) 通勤者


 旧政令では、「やむを得ない理由」の中身を何も規定せず、旧通達11-6-3が勝手に充填していました。
 これが新政令では、政令自身で規定+省令(規15条の4)に委任という体制になりました。いずれも限定列挙として記述されているので、「困難である場合」を勝手に広げることはもはやできません。
 たとえば、「適格者なのにインボイスを交付してくれない」という場合、旧通達なら「やむを得ない理由」ありとなったところですが、インボイス制度のもとでは「困難である場合」には当たらないということになってしまいます。

 なお、1号のイロハが「困難である場合」を列挙しているのか、それとも困難である場合とは別の「その他の」ものとして列挙しているのか、はっきりしません。が、同号ニが「イからハまでに掲げるもののほか」と書かれていることから、イロハも「困難である場合」を列挙していると理解しておきます。


 他方、「住所」省略規定については、引き続き国税庁長官の指定に委ねることになっています。
 なんでかはよく分かりませんが、基本通達へは編成せず、単独の告示(国税庁告示R5第26号)として出されています。

 告示26号 困難である場合で帳簿の「住所」の記載を省略できる場合
  一 船舶、バス、電車・軌道(3万円未満)
  二 郵便ポスト
  三 出張・転居、通勤手当
  四 古物商、質屋、宅建(業務帳簿に氏名・住所を記載しなくてよい場合に限る)
  四 再生資源(事業者以外からの買取に限る)


 なお、「告示」の法源性については、興津征雄先生の丁寧な解説をご参照ください。



 興津征雄「行政法I 行政法総論」(新世社2023)

 告示26号については、通達に組み込まれていた旧法時代からすでに法源性を有していたのか、それとも新法で告示として独り立ちした時点から法源性を備えたのか。どちらなのかよく分かりませんが、わざわざ告示として独立させたというのは、法源性を明確にするためなんでしょうかね。

 旧:政令⇒旧通達11-6-4
 新:政令⇒告示


 帳簿の記載事項についての例外規定が別ラインなのは従前どおりです。もちろん、中身は変容しています。

 まず、原則部分については法30条8項が定めています。

 法30条8項 帳簿の記載事項
  原則:仕入先の「氏名」を記載する


 この「氏名」についての例外が令49条2項と3項に規定されています。

 令49条2項
  例外:告示26号のうち不特定かつ多数 帳簿の「氏名」を省略できる
 令49条3項
  例外:卸売市場、媒介者、執行機関の「氏名」とすることができる


 2項は省略できる規定、3項は置換できる規定となっています。
 3項について、以前検討したとおり、《媒介者交付特例》は専ら売手側の特例であって。買手にとってはただ置き換わるだけのもの止まりです。

《媒介者交付特例》がキモいのだが(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編30)
《媒介者交付特例》がキモいのだが(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編31)
《媒介者交付特例》がキモいのだが(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編32)

 2項では、「住所」省略規定である告示26号をお借りしているのですが、「不特定かつ多数」という絞りがかかっているので、古物商等や再生資源が該当することになります。


 ということで、以上の規律をそのまままとめると次の通り。
 ◯は記載必要、×は記載不要です。

 帳簿のみ  理由 住所 氏名
 交通機関  ◯  ×  ◯
 入場券   ◯  ◯  ◯
 古物商等  ◯  △  △
 再生資源  ◯  △  △
 自販機   ◯  ◯  ◯
 郵便ポスト ◯  ×  ◯
 出張等   ◯  ×  ◯

 △とあるのは、省略できる場合とできない場合があるということです。
 氏名省略までできるのは、古物商等と再生資源(の一部)だけとなります。

 なお、Q&Aをみるとあたかも、入場券は「入場券等」とだけ追加すればよい、自販機の場合は「◯◯市 自販機」と住所まで追加する必要がある、と書いてあるように読めてしまいます。
 が、これはそれぞれ、「理由」の記載例と「住所」の記載例を別々にあげてあるだけです。入場券の場合も住所を追加する必要があるわけですが、ここの記述だけでは読み取りづらい。

 言わずもがな、自販機の場合も、原則どおり仕入先の「氏名」を記載する必要があるわけですが、立案者的には、これをどうやって遵守してもらうつもりなのでしょうか。


 ということで、次回、インボイス前後の構造の変化についてみていきます。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編38)
posted by ウロ at 11:27| Comment(0) | 消費税法

2023年10月02日

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編36)

 タイトルほどには大層なものではなく。
 Q&Aなどでは横並びで記述されがちな《インボイスいらない特例》について、条文の書きぶりを確認しようというものです。

 まずは、インボイス施行前がどうだったかを分析し、次回でインボイス施行後の姿を分析します(個々の条文引用はしませんので、各自でご確認ください)。


 まず、(旧)法30条7項で、仕入税額控除にあたっては、帳簿及び請求書等(以下、等は略します)の保存が必要であることが規定されています(以下、「旧」は省略)。ただ、同項の括弧書きのなかで、
 ・少額
 ・特定課税仕入れ
 ・その他の政令で定める場合
は、帳簿のみ保存でよいとされています。

 法30条7項
  原則:帳簿及び請求書 保存必要
  例外:帳簿のみ保存必要。
     少額、特定課税仕入、その他の政令で定める場合 →令49条1項


 委任を受けた令49条1項では、次のものを帳簿のみ保存でOKとしています。

 令49条1項
 一 3万円未満
 二 3万円以上 交付を受けなかったことにつきやむを得ない理由があるとき →通11-6-3
         原則:帳簿にやむを得ない理由+「住所」を記載
         例外:帳簿にやむを得ない理由のみ記載。「住所」を省略できる
            国税庁指定 →通11-6-4
 三 特定課税仕入


 3万円未満は無条件でOK、3万円以上は帳簿に「やむを得ない理由」と仕入先の「住所」を追記する必要があると(特定課税仕入は以下省略)。
 また、国税庁長官の指定がある者からの仕入の場合は、「住所」の追記は不要とされています。


 なお、法の「その他の」の使い方に若干の違和感があります。
 というのも、通常「その他の」を使う場合は、『警察、消防その他の公的機関』のように、何かしら共通の性質をもつものを包含する関係になっていることが多いからです。が、令の1号〜3号を見れば分かるように、ここでは単に請求書不要の場合が寄せ集められているだけで、『公的機関』のような共通項が見いだせません。
 強いて言えば、「その他の政令で定める場合」の『場合』が共通項だということになります。

 もちろん、単に違和感があるというだけで、間違っているわけではありませんが。


 「やむを得ない理由」の中身について、政令には記載がなく、通達11-6-3が勝手に中身を敷衍しています。
 「勝手に」というのは、住所省略できる場合の通達11-6-4とは異なり、政令が正面から委任していないからです。

 で、「やむを得ない理由」の中身についての通達から先に触れると、次の通りとなっています。

 通11-6-3 交付を受けなかったことにつきやむを得ない理由があるとき
  1 自販機
  2 入場券(回収される)
  3 交付請求したが、受けられなかった
  4 確定していない
  5 その他これらに準ずる理由


 政令なり省令に編成されていてもおかしくない中身ですが、通達のままで役割を終えました。

 次に、帳簿の「住所」を省略できるのは、次の場合となります。

 通11-6-4 帳簿の「住所」を省略できる場合(国税庁指定)
  1 汽車、電車、乗合自動車、船舶又は航空機
    一般乗合旅客自動車運送事業者・航空運送事業者
  2 郵便役務
    郵便役務提供者
  3 出張旅費、宿泊費、日当及び通勤手当
    使用人等
  4 再生資源卸売業+準ずるもの(不特定かつ多数)
    買取の相手方


 この通達で、いまいちしっくりこない点がふたつ。

 ひとつは、通達11-6-4に列挙されているのは、「やむを得ない理由」がある場合であることが前提になっているはずです。が、これらは11-6-3の「やむを得ない理由」には列挙されていません。
 これらは、5の「準ずる理由」に含まれていると読めばよいのでしょうか。

 もうひとつは、1であがっている「者」が乗合自動車と航空だけで、汽車・電車と船舶に対応する「者」が抜けている点です。なんか私が見落としているだけでしょうか。


 これらとは別ラインで、帳簿の記載事項についての例外規定があります。

 まず、原則が30条8項です。

  法30条 8項
  帳簿の記載事項 原則:仕入先の「氏名」を記載する


 この「氏名」についての例外が令49条2項と3項に規定されています。

  令49条2項
   例外:再生資源卸売業+準ずるもの(不特定かつ多数) 帳簿の「氏名」を省略できる
  令49条3項
   例外:帳簿の「氏名」を媒介者等とすることができる


 2項は省略できる規定、3項は置換できる規定となっています(置換は以下略)。

 通達11-6-4の4と令49条2項のどちらが先なのかまでは調べていませんが(同時?)、再生資源卸売業等だけが、氏名省略と住所省略の両方に含まれていることになっています。


 さて、これら規律を単純にまとめると次のようになります。
 ◯は記載必要、×は記載不要です。

  帳簿のみ  理由 住所 氏名
  自販機   ◯  ◯  ◯
  入場券   ◯  ◯  ◯
  不交付   ◯  ◯  ◯
  未確定   ◯  ◯  ◯
  準ずる   ◯  ◯  ◯
  電車等   ◯  ×  ◯
  郵便役務  ◯  ×  ◯
  出張等   ◯  ×  ◯
  再生資源等 ◯  ×  ×

 再生資源等だけが住所・氏名とも省略可能ということになっています。
 が、実務的な感覚からすれば、その他に関してももっと緩めだったのでは、という感じがするのではないでしょうか。

 「やむを得ない理由」そのものについては通達11-6-3がオープンな書きぶりになっているので、広げて読むことも可能です。他方で、(政令委任ありの)「住所」省略規定(通達11-6-4)と、「氏名」省略規定(令49条2項)については限定列挙になっているため、こちらは融通無碍に拡張することは困難です。

 にしても、《請求書いらない特例》の要件の根幹たる「やむを得ない理由」の中身について、法令が何らの定めもしておらず、通達に勝手に規定されるがままだったということであり。インボイス前の仕入税額控除制度、ずいぶん緩やかな体制だったということが分かるのではないでしょうか。


 というように、《請求書いらない特例》は法律、政令、通達が渾然一体となって一連のルールを形成しているのであって。正確な理解をするには、ひとつひとつ紐解く必要があります。

 次回、これと同じノリでインボイス施行後の《インボイスいらない特例》を検討します。

条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編37)
posted by ウロ at 09:33| Comment(0) | 消費税法

2023年09月25日

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)

 そもそもの話として、インボイス制度施行前における古物商等の取引がどのように扱われているのか、調べようと思ったのですが。

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)

 運営謹製「Q&A」服従型のインボイス解説本はもちろんのこと、消費税全体を論じた下記のような本ですら、インボイス制度施行前における古物商等の取引の取り扱いについて、何の記述もされていませんでした。

熊王征秀「消費税法講義録 第4版」(中央経済社2023)

 ただ単に、Q&Aの該当箇所をトレースしているだけで。改正前と比べてどこがどう変わったのかなんてことは、解説してくれません。


 では、過去に出版された本の中で、取り扱いが記述されているものがあるかというと。

 私の手元にあるものだと、いにしえの消費税解説本の中で、平成9年に日税連が(国税庁お墨付きで)示した『見解』の中に出てきているものを引用したのが見つかりました。

 この『見解』が現在に至るまで生きていたと仮定して、私なりに敷衍してみると次のように整理できそうです。

【消費者から買い取った場合の仕入税額控除の扱いについて】

1 インボイス前

《通常の取引》
 ア 課税仕入:消費者からの買取も該当(法2条1項12号)
 イ 税額控除:請求書がなくても控除可
 ウ 請求書: 3万円未満→少額だから不要(法30条7項、令49条1項1号)
        3万円以上→やむを得ない理由があるから不要(法30条7項、令49条1項2号)
 エ 帳簿:  氏名・住所を省略できる(令49条2項)

《古物商取引》
 ア 課税仕入:消費者からの買取も該当(法2条1項12号)
 イ 税額控除:請求書がなくても控除可
 ウ 請求書: 3万円未満→少額だから不要(法30条7項、令49条1項1号)
        3万円以上→やむを得ない理由があるから不要(法30条7項、令49条1項2号)
 エ 帳簿:  氏名・住所を省略できる(令49条2項)
        「買取台帳」を帳簿とすることができる(『見解』)

 アイウまではどちらも同じで、帳簿のところだけ、ほんのり便宜をはかってもらっているくらいの違いしかありません。
 これがインボイス後には、次のように変容します。

2 インボイス後

《通常の取引》
 ア 課税仕入:消費者からの買取も該当(法2条1項12号)
 イ 税額控除:インボイスがないので控除不可(法30条1項)
 ウ 請求書: 困難ではない(法30条7項)
 エ 帳簿:  ×××

《古物商取引》
 ア 課税仕入:消費者からの買取も該当(法2条1項12号)
 イ 税額控除:インボイスがなくても控除可
 ウ 請求書: 困難だから保存不要(法30条7項、令49条1項1号ハ)
 エ 帳簿:  1万円未満→氏名・住所を省略できる(令49条2項、告示)
        1万円以上→省略不可(告示)
        「古物台帳」を帳簿とすることができる(Q&A)

 通常の取引のウ 請求書に「困難ではない」とあるの、何となく違和感があるかもしれません。消費者からインボイスをもらうの、いかなる場合でも「困難である」(というか不可能)といえるのではないのかと。

 が、法30条7項+令49条1項の書きぶりからすると、
  古物商取引はインボイスをもらうのが「困難である場合」だから、控除可とする
  通常の取引はインボイスをもらうのが「困難である場合」でないから、控除不可とする
という建付けになっていると理解せざるをえないと思われます。

 また、エ 帳簿の「1万円以上未満/以上」という区分、消費税法本体に記述されているものではなく。
 国税庁告示が古物営業法の規律を引っ張ってきているせいで、こういう区分になっています。インボイス前の「3万円未満/以上」とは全く出自が異なるものです。

 「古物台帳」を消費税法上の「帳簿」とすることができるという点については、法令には定めはなく。おそらくですが、告示がいう「業務帳簿に記載しなくてよいなら氏名省略できる」というのを裏読みして導いたものだと思われます。
 例によって、Q&Aには結論しか書いておらず。そのような解釈プロセスが明示されることはありません。


 というように、インボイス前は、通常の取引も古物商取引も、ほとんど同じルールのもとで仕入税額控除ができていました。

 が、インボイス後になり、通常の取引の場合は全面的に控除不可となったにもかかわらず、古物商取引については、なぜかほとんど無傷で控除可のままとなっております。

 同じ「益税」を享受する者であるにもかかわらず、古物商等の特定業種だけが、なぜ益税を享受できるままとなったのでしょうか。
 何度も繰り返し述べているとおり、免税事業者排斥運動を繰り広げてきた人々の関心が、なぜこれら特定業種のほうへは向かわなかったのかも謎です。

 やはり、運営側のプロパガンダがお上手すぎた、ということなのかどうか。
posted by ウロ at 09:11| Comment(0) | 消費税法

2023年09月20日

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版余滴

 8割特例を検討していて思ったことですが。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版補遺

 下記8の者から仕入れた場合に8割特例を受けられるかについての話。

 8 課税事業者(適格者) インボイスなし

 「Q&A」及びそれを母体とする巷の解説の類では、8割特例の要件として「適格請求書発行事業者以外の者」から仕入れた場合に適用を受けられると、「ヒト」の観点から記述がされていました。
 これに対して、実際の条文では「モノ」の観点から規定されているということを指摘しました。


 この点についてもう少し深掘りすると。

 30条1項(以下、1項は省略します)は、新旧とも、「誰から仕入れたか」については何ら触れられていません。
 もちろん、新30条の場合はインボイスが必要となるため、結果として「適格者」から仕入れた場合に限られることになります。が、条文上は「インボイス」というモノの側からしか記述されていません。

 で、通常の場面であれば、「適格者から仕入れたら」と書こうが「インボイスがあれば」と書こうが控除不可という結論は同じになるので、問題はありません。「控除できません残念でした。」で終わる話です。
 が、8割特例の場面に限っては、新30条の適用を受けるが控除額は0円になるのか、そもそも新30条の適用を受けないのかによって、結論が変わってきてしまいます。

 たとえば、新30条の書きぶりが、
  ・適格者からの仕入なら適用あり(ヒト)
  ・その控除額はインボイス記載の金額に従う(モノ)
と、ヒトとモノの両面から規律していたならば、8の場合は、新30条の適用はあるが控除額は0円、となるので、8割特例の対象とはなりません。

 ところが、実際の新30条は、ストレートに「インボイス記載の消費税額を控除できる」と、モノの側からしか記述していないため、8の場合は、インボイスがないから新30条適用なし⇒旧30条なら適用できた⇒ゆえに8割特例の対象となる、という結論になってしまうように思えます。
 つまり、旧30条、新30条、H28法附則52条のすべてが「モノ」の観点からしか対象範囲を限定していないせいで、8がすり抜けてきてしまったということかと。

 さすがに運営側が、条文も読まずに条文見出しだけみて「Q&A」を作成するはずはないでしょう。なので、気づいちゃった上で、あえて触れていないように思えます。
 触れていないだけで「控除できない」とまでは明記していないので、決して嘘を書いているわけではありません(巧妙)。運営の公表する情報が「裏表両面を書かない」なんてことはいつもの手口であって。この場面かぎりの特殊なやり口ということでもないので、紛れてしまいますし。


 さて、ここまで書いてきて、ふと「仕入税額控除は単なる『計算要素』ではなく『請求権』だ!」みたいな議論を展開されている件の教科書の存在を思い出しました。

佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)

 こういった問題に対して何かしらヒントにでもなるかと一応少し考えてみたものの、何の役にもたたなそうです。具体的な規定に基づかない空中戦を繰り広げてみたところで、どうにもならない。

 いやほんと、虚無が過ぎる。
posted by ウロ at 14:03| Comment(0) | 消費税法