2024年06月10日

定期同額給与(手取り同額型)と定額減税(その1)

 定額減税の対象となるような役員に対して、「手取り同額型」を採用しているところが実在しているのか、私は寡聞にして存じ上げませんが。

 以下では、「定額減税」との関係にかぎらず、「手取り同額型」の条文の中身を整理しておきます。以前整理した「3ヶ月以内改定」よりはシンプルなはずです。

「定期同額給与」のパンドラ(やめときゃよかった)


 まずは大元の法人税法から。例によって大胆に省略入れていきます(以下同様)。

法法 第三十四条(役員給与の損金不算入)
1 内国法人がその役員に対して支給する給与()のうち次に掲げる給与のいずれにも該当しないものの額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。
一 その支給時期が一月以下の一定の期間ごとである給与(次号イにおいて「定期給与」という。)で当該事業年度の各支給時期における支給額が同額であるものその他これに準ずるものとして政令で定める給与(同号において「定期同額給与」という。)


 法律レベルでは「額面同額型」のみが規定されていて。「その他これに準ずるものとして政令で定める給与」として、政令に委任されています。

 で、法人税施行令。

法令 第六十九条(定期同額給与の範囲等)
1 法第三十四条第一項第一号(役員給与の損金不算入)に規定する政令で定める給与は、次に掲げる給与とする。
一 法第三十四条第一項第一号に規定する定期給与(以下第六項までにおいて「定期給与」という。)で、次に掲げる改定(以下この号において「給与改定」という。)がされた場合における当該事業年度開始の日又は給与改定前の最後の支給時期の翌日から給与改定後の最初の支給時期の前日又は当該事業年度終了の日までの間の各支給時期における支給額が同額であるもの
 イ (通常改定) ロ (臨時改定) ハ (業績悪化改定)


 「改定前後のそれぞれで同額であるもの」が「当該事業年度の各支給時期における支給額が同額であるもの」に「準ずる」といえるのか。文言上の違和感はありますが、これらも損金算入できるんだと。

 では、「手取り同額」はどこに書いてあるかというと。同条第2項に規定されています。 

法令 第六十九条(定期同額給与の範囲等)
2 法第三十四条第一項第一号及び前項第一号の規定の適用については、定期給与の各支給時期における支給額から源泉税等の額(当該定期給与について所得税法第二条第一項第四十五号(定義)に規定する源泉徴収をされる所得税の額、当該定期給与について地方税法第一条第一項第九号(用語)に規定する特別徴収をされる同項第四号に規定する地方税の額、健康保険法第百六十七条第一項(保険料の源泉控除)その他の法令の規定により当該定期給与の額から控除される社会保険料(所得税法第七十四条第二項(社会保険料控除)に規定する社会保険料をいう。)の額その他これらに類するものの額の合計額をいう。)を控除した金額が同額である場合には、当該定期給与の当該各支給時期における支給額は、同額であるものとみなす。


 1項の書き出しは「法第三十四条第一項第一号(役員給与の損金不算入)に規定する政令で定める給与は」となっているので、法律の委任によるものであることは明らかです。
 他方で、2項の書き出しは「法第三十四条第一項第一号及び前項第一号の規定の適用については」などとなっていて。委任されてもいないのに、勝手に「同額」の意味を拡張しているように読めるのですが、どうなんでしょう。

 と疑問はありますが、これも委任の範囲内だと理解しておきます。


 では、何が「手取り」保証の対象になっているかというと。

【源泉税等の額】
 ア 当該定期給与について所得税法第二条第一項第四十五号(定義)に規定する源泉徴収をされる所得税の額
 イ 当該定期給与について地方税法第一条第一項第九号(用語)に規定する特別徴収をされる同項第四号に規定する地方税の額
 ウ 健康保険法第百六十七条第一項(保険料の源泉控除)その他の法令の規定により当該定期給与の額から控除される社会保険料(所得税法第七十四条第二項(社会保険料控除)に規定する社会保険料をいう。)の額
 エ その他これらに類するものの額
の合計額


と規定されています。
 なんでもかんでも対象になるのではなく、限定列挙されています。

 以下、それぞれ個別に検討します。

ア 当該定期給与について所得税法第二条第一項第四十五号(定義)に規定する源泉徴収をされる所得税の額

 通常月は問題ありません。条文は以下のとおり。

所法 第二条(定義)
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
四十五 源泉徴収 第四編第一章から第六章まで(源泉徴収)の規定により所得税を徴収し及び納付することをいう。


所法 第百八十三条(源泉徴収義務)
1 居住者に対し国内において第二十八条第一項(給与所得)に規定する給与等(以下この章において「給与等」という。)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。



 では、「年末調整」による徴収・還付があった場合は反映されるでしょうか。

所法 第百九十条(年末調整)
1 給与所得者の扶養控除等申告書を提出した居住者で、第一号に規定するその年中に支払うべきことが確定した給与等の金額が二千万円以下であるものに対し、その提出の際に経由した給与等の支払者がその年最後に給与等の支払をする場合(その居住者がその後その年十二月三十一日までの間に当該支払者以外の者に当該申告書を提出すると見込まれる場合を除く。)において、同号に掲げる所得税の額の合計額がその年最後に給与等の支払をする時の現況により計算した第二号に掲げる税額に比し過不足があるときは、その超過額は、その年最後に給与等の支払をする際徴収すべき所得税に充当し、その不足額は、その年最後に給与等の支払をする際徴収してその徴収の日の属する月の翌月十日までに国に納付しなければならない。


 ここからすると、「徴収」の場合は、年末調整の結果、実際に徴収することとなった額を反映することになるのでしょう。

 「還付」の場合はどうかというと。
 アでは「源泉徴収をされる所得税の額」とあることから、徴収しない以上、徴収額0円と扱うことになるのでしょう。還付額がいくらであっても、その額は反映されないと。


 では、タイトルにあげた「定額減税」についてはどうかというと。

 条文の検討は、すでに下記記事で終えています。

『定額減税、年末調整でやるから月次でやらなくていいしょや?』(税務編)

措法 第四十一条の三の七(令和六年六月以後に支払われる給与等に係る特別控除の額の控除等)
4 第一項又は第二項の規定の適用がある場合における所得税法その他の所得税に関する法令の規定の適用については、第一項又は第二項の規定による控除をした後の金額に相当する金額は、それぞれ所得税法第四編第二章第一節の規定により徴収すべき所得税の額とみなす。


 これによれば、「定額減税後の金額」を所得税法における徴収税額とみなすこととしています。それゆえ、「手取り同額」においても「定額減税を反映した所得税」をもとに計算することになるのでしょう。
 給与明細書上は、所得税と定額減税は別々の欄に記載することになっています(所規100)。が、両方とも含めて計算をする必要があると。

イ 当該定期給与について地方税法第一条第一項第九号(用語)に規定する特別徴収をされる同項第四号に規定する地方税の額

 特に面白みもありませんが、一応条文をあげておきます。

地法 第一条(用語)
1 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
四 地方税 道府県税又は市町村税をいう。
九 特別徴収 地方税の徴収について便宜を有する者にこれを徴収させ、且つ、その徴収すべき税金を納入させることをいう。


 定額減税については「附則」の中に入り込んでいるし、さらに面白くもないので、「所得割から定額減税する⇒減税後の税額を特別徴収する」という構造になっているということだけ記述しておきます。

 ということで、6月分の住民税が0円なら、0円を前提に計算することになります。

ウ 健康保険法第百六十七条第一項(保険料の源泉控除)その他の法令の規定により当該定期給与の額から控除される社会保険料(所得税法第七十四条第二項(社会保険料控除)に規定する社会保険料をいう。)の額

 所得税法74条のほうから引用すると。

所法 第七十四条(社会保険料控除)
2 前項に規定する社会保険料とは、次に掲げるものその他これらに準ずるもので政令で定めるもの(第九条第一項第七号(在勤手当の非課税)に掲げる給与に係るものを除く。)をいう。
一 健康保険法(大正十一年法律第七十号)の規定により被保険者として負担する健康保険の保険料
二 国民健康保険法(昭和三十三年法律第百九十二号)の規定による国民健康保険の保険料又は地方税法の規定による国民健康保険税
二の二 高齢者の医療の確保に関する法律(昭和五十七年法律第八十号)の規定による保険料
三 介護保険法(平成九年法律第百二十三号)の規定による介護保険の保険料
四 労働保険の保険料の徴収等に関する法律(昭和四十四年法律第八十四号)の規定により雇用保険の被保険者として負担する労働保険料
五 国民年金法の規定により被保険者として負担する国民年金の保険料及び国民年金基金の加入員として負担する掛金
六 独立行政法人農業者年金基金法の規定により被保険者として負担する農業者年金の保険料
七 厚生年金保険法の規定により被保険者として負担する厚生年金保険の保険料
八 船員保険法の規定により被保険者として負担する船員保険の保険料
九 国家公務員共済組合法の規定による掛金
十 地方公務員等共済組合法の規定による掛金(特別掛金を含む。)
十一 私立学校教職員共済法の規定により加入者として負担する掛金
十二 恩給法第五十九条(恩給納金)(他の法律において準用する場合を含む。)の規定による納金


 で、なんで一つだけ頭出ししたか分からない、健康保険法。どれか一つは頭出ししておく、という法制執務お作法でしょうか。

健保法 第百六十七条(保険料の源泉控除)
1 事業主は、被保険者に対して通貨をもって報酬を支払う場合においては、被保険者の負担すべき前月の標準報酬月額に係る保険料(被保険者がその事業所に使用されなくなった場合においては、前月及びその月の標準報酬月額に係る保険料)を報酬から控除することができる。
2 事業主は、被保険者に対して通貨をもって賞与を支払う場合においては、被保険者の負担すべき標準賞与額に係る保険料に相当する額を当該賞与から控除することができる。


 これをみると、当月の給与から控除できるのは、あくまでも「前月分」(当月納付)の保険料だけとなっています。それゆえ、手取り同額の対象となるのも、前月分の保険料だけです。
 それ以前に徴収漏れだったものを(本人同意のもと)控除した場合は、その分は手取り同額の対象とはならない、というのが《文言解釈》の帰結となります。

 ここで気味が悪いのが、エです。

エ その他これらに類するものの額

 一体何がエに該当するのか、未だに謎です。

 もしかしたら、上述した過去分の保険料がここに含まれるのかもしれません。
 が、含まれる前提で計算していたところ、含まれないと判断されて超過部分を否認されてしまっても困る。


 気になる論点がいくつかあるので、次回検討します。

定期同額給与(手取り同額型)と定額減税(その2)
posted by ウロ at 09:36| Comment(0) | 法人税法

2024年06月03日

法廷意見をHACKしよう!! 〜最高裁令和6年5月7日判決における多数意見vs補足意見

 過去3回の記事では、多数意見は、大法廷判決の《総合較量説》に依拠して結論を導いている、という前提でイジってきました。で、《総合較量》と言っておきながら、その較量の中身を開示していないことに対する批判をしました。

最高裁令和6年5月7日・第三小法廷判決 速感
《通達みてえな判決》 〜「判例」としての最高裁令和6年5月7日判決
規範がない。あんなの飾りです。 〜最高裁令和6年5月7日判決の法的構造

 が、よくよく読んでみると、多数意見自身は《総合較量説》を採用しているなどということは一言もいっていません。「その処分により制限を受ける権利利益の内容、性質等に照らし」て結論を導いているだけです(以下、これを半笑い気味に《照らす式》といいます)。
 大法廷判決の引用の仕方も、「の趣旨に徴して明らか」という(例の)書きぶりであって。ダイレクトな引用ではなく、「の趣旨」と一段階ぼやかした表現になっています。

最高裁令和6年5月7日第三小法廷判決
 法人税法127条1項の規定による青色申告の承認の取消処分については、その処分により制限を受ける権利利益の内容、性質等に照らし、その相手方に事前に防御の機会が与えられなかったからといって、憲法31条の法意に反するものとはいえない。このことは、最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁の趣旨に徴して明らかである。本件処分に所論の違憲はなく、論旨は、採用することができない。

最高裁平成4年7月1日大法廷判決(成田新法事件)
A 憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。

B しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。

C 本法三条一項に基づく工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、前記のとおり当該工作物の三態様における使用であり、右命令により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全という国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からその確保が極めて強く要請されているものであって、高度かつ緊急の必要性を有するものであることなどを総合較量すれば、右命令をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与える旨の規定がなくても、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものということはできない。また、本法三条一項一、二号の規定する要件が不明確なものであるといえないことは、前記のとおりである。



 一体いつから、(多数意見が総合較量説を採用していると)錯覚していた?
 それは、渡辺補足意見の下記記述を目にした瞬間からです。

渡辺補足意見
 多数意見が言及する平成4年大法廷判決は、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である旨判示している。多数意見は、このような枠組みの下での総合較量に基づいており、特定の考慮要素のみに基づくものではないが、私において特に明確にしておきたい2点を補足することとする。


 「補足意見」については、一般に、以下のように定義づけされています。

補足意見とは:
 裁判書に個別に表示される意見のうち、多数意見に加わった裁判官がそれに付加して自己の意見を述べるもの


中野次雄ほか「判例とその読み方」(有斐閣2009)

 で、上記補足意見中の「多数意見は、このような枠組みの下での総合較量に基づいており」という記述を鵜呑みにして、「多数意見は《総合較量説》を採用しているんだなあ」と思ってしまったわけです。
 が、多数意見の中には《総合較量》なんて文言は一切でてきません。ですし、大法廷判決のCにあたる部分がなく、表向き《総合較量》なんかやっていないわけです。

 「補足意見」を名乗っておきながら、多数意見にそのまま自分の意見を付け足したのではなく。多数意見で明示されていないことを奇貨として、自分の見解に引き寄せて読み替えた、というのが渡辺補足意見の遣り口なのではないでしょうか。

 過去3回の記事では、「《総合較量説》のくせになんで総合衡量のプロセスを開示しないんだ!」と批判めいたことを書いてしまいました。が、そもそも《総合較量説》を採用していないのであれば、とんだ言いがかりをつけてしまったことになります。
 ですが、悪いのは、多数意見を勝手に《総合較量説》呼ばわりした渡辺補足意見であって。文句があるならそちらへどうぞ。

 もしかしたら、実際の合議では《総合較量》ベースで検討していたのかもしれません。が、多数意見が《照らす式》でしか書かれていない以上、そんなことは外野からは分かり得ないわけです。
 「多数意見を勝手に《総合較量説》に読み替えるな!」という批判は甘んじて受け入れるべきでしょうよ。

 とはいえ、最高裁判事が「個別意見」で何を書くかについては、なんら制度上の規制はなく。あたかも自分が多数意見を代表しているかのような書きぶりをしようが、誰も制御することはできません(なお、政治的な圧力については、また別のお話し)。

 「補足意見/意見」の区別にしても、法律上の区分ではなく。「なんかそういうふうに言われている」レベルのものであって(最高裁内部での口伝があるのかもしれませんが、外野には伺いしれない)。
 「意見」で書くべきことを「補足意見」で書いたとしても、是正手段があるわけでもない。


 しかし、渡辺補足意見による鏡花水月から脱して。多数意見を、あるがままに読み取って《照らす式》だと捉えたとして。
 《総合較量》をしないで事前手続必要/不要を判断することは、大法廷判決に真っ向から違反することになってしまうのではないでしょうか。

 この点、考えられる一つの逃げ道(distinguish)として、次のようなものがありえます。

 すなわち、大法廷判決も、あらゆる行政処分すべての場合に《総合較量》を要求しているわけではない、「どう考えても事前手続いらんやろ」という場合には、《総合較量》をすっ飛ばしていきなり結論だしてもよいと考えていたんだと。
 《総合較量》する必要があるのは、グレーゾーンのときだけで。白黒はっきりしているときにまで、いちいち《総合較量》しなくたっていいんだと。

 大法廷判決「の趣旨に徴して明らか」という書きぶりからも、大法廷判決だって本音ではたいして事前手続に積極的ではなかったやろ、本判決ではその本音の汲んで判断したんだよ、という意味が含意されていると読むことができるでしょうか。

 この考えによれば「青色申告の承認の取消処分」については、「どう考えても事前手続いらんやろ」な場合として、《総合較量》抜きで事前手続不要という結論まで突っ走ってよいことになります。


 もちろん、このような、大法廷判決の核の部分をざっくり刈り取る限定解釈が適切なものかは疑問があるでしょう。
 が、《総合衡量》をすっ飛ばして結論を出している本判決を、それでも大法廷判決に違反していないというためには、このような理解をせざるをえないのではないでしょうか。

 少なくとも、渡辺補足意見のごとく、書かれてもいない《総合較量》をやっているんだと、『見えないものを見ようとする』強弁をするよりは、マシだと思います。


 渡辺判事自身は合議に参加しているのだから、多数意見の中身を誤解している、なんてことはなく。あえてでやっているはずです。

 補足意見なるものを、無理やり両極端に分けると、
  1 多数意見には書けないが、今後はこれでいくぞと意思表明をするために出すもの
  2 最高裁判事個人の、文字通りのご意見・ご感想にすぎないもの
のふたつの方向があるように思います。

 似たようなものでいうと、国税庁が公式でいえないから業界誌にイタコ的に語らせるのが1、業界誌独自の記事が2、にそれぞれ対応するでしょうか。

 渡辺補足意見については、書いてあることからすると2っぽくみえるものの、今後、ちゃんと《総合較量》してから事前手続不要という結論を出したい行政処分があがってきたときには、多数意見に取り込んで使いまわししそうな気もするんですよね。


 言渡をした最高裁が、自分の判決の、判例としての射程をどのように自己規程するか、それは自由です。が、それと同時に、後続の最高裁が、当該判決の射程をどのように理解するか、これもまた後続の最高裁の自由です。

 大法廷判決が《総合較量》しろといっているのに、勝手に「趣旨」レベルにまで薄めて《照らす式》で結論だそうが、本判決の自由だということになります。
 そしてまた、後続の最高裁が、本判決の補足意見につき、あれは単なる補足意見だから判例には含まれないとするか、多数意見と一体として判例だと読み取るか、こちらも自由です。

 さすがに射程を広げたり・狭めたりの限界を超えたならば、「判例変更」を検討することなるのでしょう。だとしても「判例変更」をするかどうか、それ自体もそのときの最高裁の自由です。


 今回は、「補足意見が多数意見をHACKしているのでは」という見立てからスタートしました。が、補足意見を名乗っている以上、多数意見とうまく噛み合わせることができる、別の筋道がありそうな気がしてきました。
 鏡花水月から脱した気になっているけども、もう一段先があるのでないかと。

 ということで、次回はそちらの線を記事にしてみます。いい加減、締めることができるでしょうか。

大法廷判決をHACKしよう!! 〜最高裁令和6年5月7日判決における《面従腹背》システム
posted by ウロ at 09:03| Comment(0) | 判例イジり

2024年05月27日

規範がない。あんなの飾りです。 〜最高裁令和6年5月7日判決の法的構造

 当初は、タイトルを「規範がない。ただのしかばねのようだ」にしようと思ったのですが。「しかばね」どころか、頭がもげても暴れまわる化け物に近いので、変更することとしました。

最高裁令和6年5月7日・第三小法廷判決 速感
《通達みてえな判決》 〜「判例」としての最高裁令和6年5月7日判決

 さっそくですが、問題です。

【問題】
 本判決の判旨を「法的三段論法」として構成してください。

最高裁令和6年5月7日第三小法廷判決
 法人税法127条1項の規定による青色申告の承認の取消処分については、その処分により制限を受ける権利利益の内容、性質等に照らし、その相手方に事前に防御の機会が与えられなかったからといって、憲法31条の法意に反するものとはいえない。このことは、最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁の趣旨に徴して明らかである。本件処分に所論の違憲はなく、論旨は、採用することができない。


【答え】
 できません。

 というのも、本判決には「結論」が書かれているだけで。規範・事実・あてはめが存在しないからです。

 もちろん、《総合較量型》の判断枠組みにおいては、「◯◯ならば事前手続必要」のような、単純な「要件⇒効果」で規範を記述することはできません。が、《総合較量型》であっても、考慮すべき要素を列挙したうえで、それらを拾い上げて当該処分にあてはめる、ということをやっているはずです。
 その思考プロセスが、本判決ではまるっと省かれてしまっています。


 ところで、本判決で引用されている大法廷判決(の法廷意見)は、次のとおりとなっています(ABCは私が挿入)。

最高裁平成4年7月1日大法廷判決(成田新法事件)
A 憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。

B しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。

C 本法三条一項に基づく工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、前記のとおり当該工作物の三態様における使用であり、右命令により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全という国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からその確保が極めて強く要請されているものであって、高度かつ緊急の必要性を有するものであることなどを総合較量すれば、右命令をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与える旨の規定がなくても、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものということはできない。また、本法三条一項一、二号の規定する要件が不明確なものであるといえないことは、前記のとおりである。


 本判決で、大法廷判決のBが短縮されてしまっているのは、「その処分により制限を受ける権利利益の内容、性質等に照らし」の『等』の部分に、省略したものを全部詰め込んでいるということでよろしいでしょうか。
 もしそうだとすると、本判決でも一応「規範」は示していると評価することができるでしょうか。

 ただ、本来「規範」というのは、条文のままでは事実をあてはめて結論を導くのが難しい場合に、解釈によって「解きほぐし」をしたものです。このことは《要件効果》型の規範であれば明確です。
 が、《総合較量》型では、「規範」ぽく形を整えたところで、事実のあてはめは難しいままです。ゆえに、規範とはいっても《要件効果》型と同じ意味での規範とはなりえないです。


 そのことより問題は、Cにあたる部分(事実とあてはめ)が本判決には一切出てこないということです。

 結論の当否はさておき、大法廷判決では、「工作物使用禁止命令」につき、処分の内容等とそれにより制限される権利利益の内容等を拾い上げて、総合較量をしています。ところが、本判決では、「青色申告の承認の取消処分」の内容等や制限される権利利益の内容等につき、何らの記述もありません。
 もちろん、(宇賀先生をハブった)判事全員で、何かしら検討はしたのでしょう。が、それが一切判決文に現れていないということです。

 何だよ「照らし」って。

 一応「規範」らしきものを示しているのだとしても、そこに事実をあてはめていない以上、「規範」として使っていないということになります。


 また、本判決は、大法廷判決の「趣旨に徴して明らか」なんて宣っていますが。
 大法廷判決が言っていることは、行政処分ごとに総合較量せよ(B)ってことと、「工作物使用禁止命令」はその総合較量の結果、事前手続いらないよ(C)ってことであって。
 「その処分により制限を受ける権利利益の内容、性質等に照らし」などと書くだけで、何らの理由付け無しに、他の行政処分についても事前手続不要という結論が導ける、なんてことまでは言っていません。

 仮に学生さんが「青色申告の承認の取消処分には事前手続不要(成田新法事件判決同旨)。」なんて答案を書こうものなら、『判例を一般化しすぎ!』『判例の射程を勉強し直せ!』『それぞれの事件で問題となった処分の違いを無視すんな!』と怒られるやつですよね。
 そんな落第答案でも、最高裁なら許されてしまう、権威のカタマリがゆえ。『法学では理由づけ(リーズニング)が重要』なんてのは、われわれがなんら権威のない一般人だからですよ。


 もしかしたら、大法廷判決(の法廷意見を構成する判事)も、主観的には「こんなもん、事前手続いらないに決まってんじゃん」と思っていたのかもしれません。が、判決文ではきっちりCであてはめをやっているわけです。
 そこに、権威に依存するだけではない、法律家としての《矜持》があるものと感じられます。

 翻って、本判決。
 『最終審として結論さえ示せばよいのであり、必ずしも説得力のある理由付けをする必要はない。』という、最高裁の俗悪なところを煮しめたような判決文。
 先日書いたとおり、「4人全員が一致したかぎりでしか書けなかった」ということなのかもしれません。

 「その処分により制限を受ける権利利益の内容、性質等に照らし、
   林判事  a,b,cだから
   長嶺判事 b,c,dだから
   今崎判事 c,d,eだから
   渡辺判事 d,e,事後手続充実,事情変化なしだから
 その相手方に事前に防御の機会が与えられなかったからといって、憲法31条の法意に反するものとはいえない。」

 が、外野の人間からすれば、書かれていることだけからしか判断できないのだから、『権威剥き出しの判決』だという批判も、甘んじて受け入れるべきではないでしょうか。

 しかしまあ、上記の通り総合較量の中身が一致してしないのだとしたら、渡辺判事が1人だけ自分の考慮要素(の一部)を開陳したことの意味がよく分かりません。


 ちなみに、渡辺補足意見で引用されているほうの判決。

最高裁平成4年9月10日第一法廷判決
 法人税法127条2項の規定による青色申告の承認の取消処分については、その処分の内容、性質等に照らし、その相手方に事前に告知、弁解、防御の機会が与えられなかつたからといつて、憲法13条あるいは31条の法意に反するものとはいえない。このことは、最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。


 本判決とそっくり。文字通りの「同旨」。
 ですが、多数意見ではこちらを引用せずに、大元の大法廷判決を引用しています。なんでだかよく分かりませんが、大法廷判決の権威性に頼った、ということなんでしょうか。


 その渡辺補足意見についてですが。

 2点補足と言っているものの。
 大法廷判決のCにあたるものが秘されたままで、畢竟独自の追加要素だけチラ見してくれたところでねえ、って感じですよね。DLC(ダウンロードコンテンツ)だけじゃ、本編遊べないんですよ。
 補足意見でしか書かれていないということは、全員(4人)一致の意見ではないということですし。

 その2点も、いかなる事実に基づくか不明の、ただのご意見・ご感想。

「専門性を有する第三者的機関ともいい得る国税不服審判所」

 専門性、第三者的機関あたりは、「一般的にそう言われている」としてよいと思います。が、「ともいい得る」と一段階ぼやかしたのは、どういう根拠からなのか。

「充実した審査請求手続」

 いったい、どのような制度があることをもって「充実した」と評価したのか。

「多数意見は、関係規定の制定経緯等に鑑み、こうした事情の変化も念頭に置いた上で、憲法判断の変更は要しないと判断した」

 どこまでの「事情の変化」があれば憲法判断の変更を要することになるのかという「規範」も、どのような「事実」をもってどの程度の変化しかないと評価したのかも、いずれも不明です。

 規範も事実も摘示せずに、「私はこう思う」だけで判事1人の意見としてカウントされてしまうのが、最高裁判事の特権的地位。


 では、宇賀反対意見がどうかというと。こちらも「原則必要」という結論が書かれているだけです。

 処分庁が不利益処分を行う場合には、誤った不利益処分による権利侵害が行われないように事前にその根拠法条とそれに該当する事実を通知し、相手方に事前に意見陳述の機会を保障することが、憲法上の適正手続として要請されるのが原則であり、法人税法127条1項の規定による青色申告の承認の取消処分(以下、本反対意見においては「青色申告承認取消処分」という。)について、その例外を認めるべき合理的理由は見いだし難い。

 「原則であり」と結論だけがあって、理由づけはすっぽ抜けています。

 この後ろにあれこれ書かれていることは、高裁を仮想敵に仕立て上げた上で、「例外を認めるべき合理的理由」は存在しない、ということだけです。では、どのような事由なら「例外を認めるべき合理的理由」になりうるか、という「規範」が示されていません。

 「原則必要」からスタートという点で、多数意見とは真っ向対立しているのですが。「必要と不要の境界がぼんやりしている」という点では、多数意見も宇賀反対意見も一致しているということです。

 もちろん、最高裁は「事案の解決に必要なかぎりで判断を示す」のが通常であって。逐一限界ラインを示す必要はないです。
 ただ、本判決の書きぶりは、本件事案をガン無視した上で、すべての「青色申告の承認の取消処分」に及ぶように表現されています。最高裁自身がわざと射程を広げてきていることには留意すべきでしょう。


 多数意見は、大法廷判決にあやかっているだけだし。渡辺補足意見は、根拠を示さずご意見ご感想を述べているだけだし。宇賀反対意見は、高裁を仮想敵に仕立て上げて勝手に戦っているだけだし。

 笑っちゃうくらい、誰一人、上告人のことを見ていない。
 いつもなら、「一般法理」は二の次で、「当該事案の解決」を第一に考えているはずの最高裁ですが。本判決では、個別の事案はまるで眼中になく。あとは判例としてどこまでのことをいうか、に全員集中している。

 最高裁で稀に現れる、《純粋法律審》って感じの判決だというのが、私の本判決に抱いた印象。

 以上、「令和も事前手続軽視でいくぜ!!」という最高裁の意気込みが表明されただけの、悲しい判例でした、というお話しです。

法廷意見をHACKしよう!! 〜最高裁令和6年5月7日判決の多数意見vs補足意見
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2024年05月20日

《通達みてえな判決》 〜「判例」としての最高裁令和6年5月7日判決

 本判決を「判例」という観点から、軽く眺めておきます。

最高裁令和6年5月7日・第三小法廷判決 速感
判例の機能的考察(タイトル倒れ)


 本判決の判例としての「射程」について。

 本判決が、本件で問題となった処分に限った判断なのであれば、本判決の射程は極めて狭いものであったはずです。が、本判決の多数意見、渡辺補足意見(漢字は失礼します)、そして驚いたことに宇賀反対意見でさえも、本件処分の個別事情に一切触れていません。

 個別事情を考慮に入れて判決する際にでてくる『原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。』がありません。同一タイミングで同小法廷に係属していた、全く別の「青色申告の承認の取消処分」についての判決だよ、と言われても、おそらく誰も気が付かないくらい。
(余談ですが、ムゲンエステート・ADW事件判決は、「正当の理由」についての判断があるかどうかで見分ける。)

テンプレ判決 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 ゆえに、本判決は、法令レベルにおいて《青色申告の承認の取消処分をするのに事前手続は不要》という判断をした判例だと読むことになるでしょう。当該事案のかぎりで事前手続不要としたのではなく。

 もちろん、今後「とてもかわいそう」な事案が出てきたときに、個別事案ごとの適用レベルで、事前手続必要だと判断することまで制約されるわけではないはずです。


 違憲の反対意見を出した宇賀判事ですら、個別事情をガン無視しているというのがなかなかの驚きで。あれこれ書いてあるものの、本件処分に関する個別事情は、見事なまでに一切でてきません。うっかり書いてしまいそうなものですが、徹底して個別事情に対する言及が排除されている。

 「学理」的な理由から違憲と判断したまでで。個別事案における救済の必要性はおよそ検討するまでもない、という見解なのでしょうか。

 本ブログでは、「何とも触れづらい...。」という最高裁とは全く別の思惑から、本件事案の中身については、あえて一切触れないこととしているのですが。
 本論ではゴリゴリに対立している、多数意見+渡辺補足意見vs宇賀反対意見だというのに。「個別事情は無視無視!」という点だけは、綺麗に統制がとれていて(文字通りの『裁判官全員一致の意見』)。

 我々外野の人間は、「最高裁判事からみるとそういう評価がされる事案なんだなー。」という限度で理解しておけばよいでしょうか。


 本論点に関する先行判例としては、30年ほど前の平成初期の判例が出たきりの状況でした。ので、「確かに事前手続いらないというのが先行判例だけども、30年前の古い判決だから今はどうなるか分からんよ。」などと言えていたところでした。
 ところが、本判決の登場により、令和の最新判例として「事前手続重視しない系の判例」が更新されてしまいました。

 本件上告人としてはやむにやまれぬ事情にて、最高裁に至るまで真面目に争ったのでしょう。が、結果としては、最高裁による判例更新にまんまと利用されただけで終わってしまったと。
 ならば、「判例更新にご協力どうもね〜」ということで、多少なりとも個別事情に触れてあげるとかしてあげてもいいのに。利用するだけ利用しておきながら、個別事情ガン無視という、冷酷無比な仕打ち。


 平成初期の判例がそのまま更新されてしまったので、さらにあと何年かは、このままのスタンスでいくことになるのでしょう。

 今後、「青色申告の承認の取消処分」に限らず、本判決を笠に着た不意打ち気味な運用が強化されていくとしたら、嫌な感じ。あまりに酷ければ、裁判所が、本判決の射程は及ばないと「事例判断」してくれるでしょうか。

 が、下級審レベルだと、本判決の射程を過大に読み取って、
・「青色申告の承認の取消処分」以外の処分についても事前手続不要。
・「とてもかわいそう」な事案でも、個別救済は一切しない。
などという判断になりそうで怖い。

 もちろん、(優秀な)裁判官が最高裁判例の「射程」というものを理解できていない、などというのではなく。本判決が事前手続を不要とした根拠を書いてくれていないせいで、ある種の「萎縮効果」が生じてしまうのでは、という読みです。
 最高裁様が「その処分により制限を受ける権利利益の内容、性質等」の中身をきちんと書いてくれていれば、その中身と異なるタイプの処分には射程が及ばない、と解することもできたはずです。が、中身が不明である以上、保守的(判例を限定しない方向)に判断せざるをえないでしょう。

 また、個別事情の考慮を徹底して排除している、という本判決の姿勢からは、個別事案ごとの例外を一切認めない立場だと読んでしまうのも、無理もないところです。
 『事案によっては必要かもしれないが、本件では不要。』などと留保をつけていてくれれば、そこを広げることができたはずです。が、本判決には個別事情が入り込む一分の隙もない完全防御形態のため、事前手続必要という結論にもっていくためには、本判決に正面から逆らっていかなければならないことになります(判例違反)。

 そこまでの重荷を下級審の裁判官に負わせるのは現実的でなく。救済してもらうには、最高裁までいって「事例判決」を出してもらうしかないでしょうか。


 『判例』などというと、いかにも高尚なもののように思われるかもしれません。が、本判決がやっていることは、国税庁が「通達」として下位機関宛に出しているものと、機能的には変わりません。

 もちろん、最高裁自身が、自己の保有している法令審査権を「付随的審査権」と自己規定しているので、個別事件と全く無関係な判断をすることはできません。し、憲法上の制約から、別事件の下級審の裁判官に対して、ダイレクトに自己の見解を押し付けることもできません(裁判官の独立)。

 そこで、命令を出したい論点を含む上告がまんまとやってきたら、ここぞとばかりに「一般法理」を振りかざした判決を出すことで、『通達みてえな判決』を発出することが可能になります。
 そして、上記のとおり、下級審の裁判官は、最高裁判決に過度に広汎に従わざるをえないと。《司法裁判権の皮を被った司法行政権》とでもいえばよいでしょうか。

 ところで、税理士にとって判決文というと、「読むのしんどそう」と拒絶感が出てしまうものかもしれません。が、本判決のような判例にかぎっては、「通達みてえなやつ」だと思えば、「お馴染みのあれ」って感じで自然に読みこなせるようになるのではないでしょうか。


 ちなみに、判決と通達の対応関係はこんな感じになるでしょうか。
  法理判決 ⇒ 法令解釈通達
  事例判決 ⇒ 文書回答事例

 権力分立を《完全分離型》でしか理解していないと、司法権と行政権とが全く別の役割を果たすべきもののように思ってしまいがち。ですが、ルールの設計(立法)と運用(行政・司法)という観点からすれば、行政・司法は同じ役割を担っているのであり。遣り口が違うだけで「法の適正な実現を目指す」という建前は同じはずです。

 税法上の処分に対する不服申立手続についても、ことさらに行政/司法とで分断して理解するのではなく。「国税庁(国税局・税務署)⇒審判所⇒下級審⇒最高裁」と直列で捉えておいたほうが、実態に即するものと思います。
 行政のやらかしを、行政がチェックするか司法がチェックするかの違いに過ぎず。「行政救済法」という学問領域が成り立っているのも、一つの救済体系として捉えられるからですよね(なので、それぞれの根拠法単位で縦割りで記述してあるだけの教科書を読むのはつまらない)。

 なお、渡辺補足意見が『専門性を有する第三者的機関ともいい得る国税不服審判所』なんて、画素の粗い表現をしているの。《完全分離型》が念頭に置かれているせいで、審判所がうまく位置づけられていないからでは、と邪推しています。


 まあ、行政・司法でグダグダしている間に、宇賀先生が退官して、立法作業に加わることで逆襲してくれることをほんのり期待しておきます。

 とはいえ、在任中に出された反対意見を順番に実現していくだけでも、相当な作業になりそうですが。

規範がない。あんなの飾りです。 〜最高裁令和6年5月7日判決の法的構造
posted by ウロ at 09:57| Comment(0) | 判例イジり

2024年05月13日

法における「要件/定義」と「効果/機能」

 先日の一連の記事。
 白石忠志先生の『法律文章読本』の、とある記述に触発されて、「事業/事業者」の機能について、整理をしてみたものです。

白石忠志「法律文章読本」(弘文堂2024)

消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編46)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編47)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編48)

 同書の記述、基本的に納得できるところばかりなのですが。1点だけ気になったところが。


 P135の「定義と機能は異なる」という項目のところ。

 「定義を書け」と言われているのに「機能」を書くのは間違い、というのはそのとおりなのですが。

   定義は「要件」であり、機能は「効果」である、とも言える。

 と書いてあって。
 
 「とも言える。」という語尾にどのような含みがあるのか、正確には分かりませんが。
  定義=要件
  機能=効果
という意味あいだとしたら、これには私は反対で。それぞれ区別して使いわけをしたほうが《便利》というのが私見。

 例によって、僕らの「消費税法」を題材にして敷衍します。


 まず、「要件/定義」の使い分けについて。

 法律上の要件には、そのままあてはめに使えるものと、解釈による《解きほぐし》が必要なものとがあります。

 たとえば「事業として」のままでは、どのような事実があればそれに該当するかが不明です。なので、これに解釈を入れることで「反復、継続、独立して」と解きほぐしをします。

※ちなみに、このような、「単に文言だけから導いたわけではないが、かといって拡大・縮小しているわけでもない」という解釈手法を、私は勝手に《定義付け解釈》とよんでいます。
フローチャートを作ろう(その2) 〜定義付け解釈


 このように、条文に書かれていることそのものと、そこから論者の解釈が混入することにより導かれたものとは、区別しておいたほうがよいと、私は考えています。区別できればいいので用語は何でもいいのですが、それぞれ要件/定義と名付けておくのが無難かなあと。

 要件 事業として
  ↓ 解釈
 定義 反復、継続、独立して

 まあ基本的には、《区別したほうが便利》レベルの話にとどまると思います。が、武富士事件の最高裁判決(の特に須藤補足意見)では、要件と定義を混同したかのような物言いがされているところであり。

 要件 住所=生活の本拠
 定義 客観で判断。主観は考慮しない。

 法律上の要件は「住所=生活の本拠」までであって。「主観を入れてはダメ」というのは自分のところの解釈(判例)から導いたものにすぎません。
 仮に「主観」を入れて解釈したとしても、ありうる解釈の一つにとどまるのであって。法解釈の限界を超えるなんてことにはならない。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その12)

 ということで、「要件(立法権)/定義(司法権)」という国家作用の役割分担という視角からも、それぞれを区別しておくべきだと考えます。
 ただ、この役割分担に従うと、「定義規定」に書かれていることも「定義でなく要件」ということになるため、もう少し相応しい用語づけをしたいところではあります。


 「効果/機能」については、「要件/定義」以上に明確に区別すべきだと思っていて。

 消費税法のメインシステムにおいては、「譲渡に課税」と「仕入で控除」しか書かれていません。

  要件:譲渡したら ⇒ 効果:課税する
  要件:仕入したら ⇒ 効果:控除する

 消費税法のどこにも「消費者の消費に課税し、消費者に税負担させる」などということは書き込まれていません。
 では、「消費課税」とか「消費者課税」とかいっているのはデマカセなのかというと。そのように即断することはできません。

 というのも、法令に書き込まれているのは、要件に該当した場合に発生する直接的な効果だけであって(要件効果モデル)。その効果によって、最終的にどのような帰結がもたらされるかまでは書かれていません。
 そこで、最終的な帰結を表す用語として「機能」を割り当てることで、法がどのように機能しているかを分析する、という視角を導入することができます。

 要件: 譲渡したら 仕入したら
 効果: 課税する  控除する
 機能: 消費者に税負担が発生???


 では、最終的な帰結として「消費者の消費に課税し、消費者に税負担させる」という機能がもたらされているかというと。

 もはや本記事では詳述しませんが。
 『消費税法の理論構造』と題する一連の記事における私の見立てでは、「売上課税ルールと仕入控除ルールの組み合わせにより、「消費支出」に相当する額に課税することまでは実現できている。が、それを「消費者」がすべて負担するような仕組みは内蔵されていない」というものとなります。

 要件: 譲渡したら 仕入したら
 効果: 課税する  控除する
 機能:◯消費支出分の税負担が発生する
    ×消費者だけが税負担する

 何に課税するかと誰が納税するかまでは法によりコントロールできるとして。最終的に誰が税負担するかまではコントロールできないでしょう。

予定は予定 〜消費税法の理論構造(種蒔き編20)


 参考まで。受贈者が税負担するのが当たり前と思うような「贈与税」であっても、必ずしも受贈者が税負担するとは限りません。

 たとえばですけど。
 納税意識高めなパパ活女子が、『私、手取りで1億円欲しいから、パパたちで相談して税引後で1億円になるような金額ちょうだい。』とパパたち(一般税率)にお願いしたとして、それでも贈与税はあくまでも受贈者負担だといえるのでしょうか。

 要件: もらったら
 効果: 課税する
 機能: 受贈者に税負担が発生??

 一次的な納税義務者が受贈者だというに留まり。プラス1億いくらだかの出費については、パパたちが負担しているということにならないでしょうか。


 今後は、『消費者に消費税を負担してほしい!』という運営側の単なる期待・願望とか、『消費税は税額転嫁と仕入税額控除の両輪により駆動する仕組みの税』というような、現実に存在する法令上の制度を前提としない空想に基づく立論などは、やめてもらって。
 法令上の「効果」によってどのような「機能」が発揮されているかについて、議論をしていただければと思います。

 こういう空論に基づいて議論を進めてしまうの。法学において「要件効果モデル」が強烈に幅を利かせているから、というのが私の邪推するところ(要件事実論などが特にそうでしょうか)。
 「要件」と「効果」を検討するところまでで法に基づく議論が終わってしまい。あとは融通無碍に何でも語っていい、みたいな。

 要件⇒効果・・・・・・⇒空論

 ここに、「機能」という概念を挟むことによって、現実の法令に基づいた議論ができるはず、と私は期待しています。

 要件⇒効果⇒機能


 以上、たったの一文だけから、あらぬ方向に話を広げるのはマナー違反な感じもしますが。思ってしまったので書かざるをえない。
posted by ウロ at 09:33| Comment(0) | 基礎法学