2024年10月24日

中川一郎「税法学巻頭言集」(清文社2013)

 中川一郎先生執筆にかかる、『税法学』1〜200号までの巻頭言を一冊にまとめたもの。

中川一郎「税法学巻頭言集」(清文社2013) Amazon

機関誌「税法学」

 当時は毎月刊行されていたため、要するに、創刊号の昭和26年1月から昭和42年8月までの200ヶ月分が収録されているということです。

 昭和42年に出版されたものを、清文社様が復刊されたとのことで。大変よいお仕事をされておられますね(偉そうに)。

 私自身、あまり「史」に関する記述は好みではなく。教科書に書かれている「租税法の歴史」「租税法の展開」みたいな箇所は読み飛ばしがち。
 なのに対し、本書は大変興味深く読み進められました。

 おそらくですが、教科書に書かれているような、要領よく後知恵的にまとめられた記述とは異なり。その時々ごとの出来事を、臨場感をもって読めるから、ではないかと思います。

 シャウプ勧告からはや3年とか、これから国際連合に加盟するとか、さらっと書いてあって。まさにそのとき起こっていることが書かれていて、その時代を追体験できているように感じました。


 「巻頭言」ゆえ、論点の深堀りは本論文に譲られているわけですが。その時々の税法上の重要問題に触れられていて。

 大きめのイベントに絞っても、

・国税通則法の制定
・所得税法、法人税法の全文改正
・相続税財産評価基本通達の制定

などがこの期間に行われています。


 で、中川先生ご自身が、本書の中で繰り返し主張されている主なものとして、

・税法が複雑になりすぎ。シンプルにすべき。
・税法で経済政策を実現しようとするのやめろ。
・措置法を縮小、整理しろ。
・通達行政やめろ。

といったものがあります。
 これを見ていただいて分かると思うのですが。現代においてもほとんど解消されていない、どころか、むしろ悪化していますよね。

 「組織再編税制」絡みの条文なんてお見せしたら、どういう反応をされたでしょうか。
 本書には、現代だったら《検閲》に引っかかって掲載されないであろう、不穏当な表現もそのまま残されているのですが、相当キツめの表現で批判されていたのではないでしょうか。
 措置法ならまだしも、法人税法本法に突っ込まれているわけで。

 また、「通達行政」に対する批判があるのは、現代も同じはありますが。
 本書の中に、かつて通達は『国税速報』(大蔵財務協会)でしか公表されていなかったのが、官報に掲載されるようになってちょっと早く入手できるようになった、みたいなエピソードがでてきて。
 同じく「通達行政」とはいっても、紛いなりにも公式サイトに一通り掲載されている現代とは、酷さの度合いが違っていたのではないでしょうか。

法令解釈通達(国税庁)

 とはいえ現代では、通達ですらない「Q&A」や、公式ですらない「民間の業界誌」を経由して運営の見解が公表されるという、新たなステージに突入しているところであり。

「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)

 「税務DX」がどうこうとか、そういうハイカラな問題に飛びつくよりも前に、もっと根本的な部分の見直しが必要ではないのか、と思っております。


 200号どまりで、続刊が出ていないのは残念。

 まとめて一気読みできることに意味があるのであって。ひたすら丹念に「税法学」を1号ずつ追っていくのとは、GROOVE感が全く異なる。
posted by ウロ at 16:43| Comment(0) | 租税法の教科書

2024年10月21日

印紙税法における手続論的展開 〜印紙税法レクイエム

 もちろん、いまさら印紙税法の記事を書くなんて、ただの事前追悼記事にすぎません(本ブログにおける《手形法レクイエム》と同じポジションです)。

前田庸「手形法・小切手法入門」(有斐閣1983)


 印紙税法の解説書、最近どの程度出版されているのか寡聞にして存じ上げませんが。

 たとえば、下記のような弁護士が書かれた書籍においてすら、印紙税法の《手続的側面》はほとんど省略されてしまっています。

鳥飼重和「実務に役立つ印紙税の考え方と実践」(新日本法規2017) Amazon
鳥飼重和「実務に活かす印紙税の実践と応用」(新日本法規2018) Amazon

 もっぱら、「課税文書に該当するか」という《実体的側面》ばかりに議論が集中していて。
 税務調査のところまでは触れられているのですが。その先、納税者と課税庁とで意見が物別れに終わったあと、どのように手続きが進んでいって最終的に訴訟にまで至るのか、そのことが書かれていません。


 では、「国税通則法」の解説書のほうで扱われているかというと。

 印紙税法が正面から扱われることは、まあない。個別税目でいうと、「源泉所得税」がやたと幅を効かせているものばかり。

木山泰嗣「国税通則法の読み方」(弘文堂2022) Amazon

 ということで、仕方がないので、以下、軽く整理をしておきます。
 なおこれは、印紙税法そのものについてどうこう、ということではなく。将来的に、同じような建付けの税目が新設されたとき用の備えとしてです。


 まず、印紙税を納付する義務は、課税文書作成の時に「成立」し、それと同時に「確定」します(なお、「納税義務の成立」という概念には胡散臭さを感じていますが、それはまた別の機会に)。

 つまり、印紙税の納税義務は、いわゆる「自動確定方式」によるということです(以下では「特例」の扱いは省略します)。

国税通則法 第十五条(納税義務の成立及びその納付すべき税額の確定)
1 国税を納付する義務(源泉徴収等による国税については、これを徴収して国に納付する義務。以下「納税義務」という。)が成立する場合には、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税を除き、国税に関する法律の定める手続により、その国税についての納付すべき税額が確定されるものとする。
2 納税義務は、次の各号に掲げる国税(第一号から第十三号までにおいて、附帯税を除く。)については、当該各号に定める時(当該国税のうち政令で定めるものについては、政令で定める時)に成立する。
 十二 印紙税 課税文書の作成の時
3 納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税は、次に掲げる国税とする。
 五 印紙税(印紙税法(昭和四十二年法律第二十三号)第十一条(書式表示による申告及び納付の特例)及び第十二条(預貯金通帳等に係る申告及び納付等の特例)の規定の適用を受ける印紙税及び過怠税を除く。)


 そうすると、国税通則法の解説書でド派手に展開されている「源泉所得税」(自動確定方式)の議論を横流しできるのかといえば、全くそうではなく。

印紙税法 第二十条(印紙納付に係る不納税額があつた場合の過怠税の徴収)
1 第八条第一項の規定により印紙税を納付すべき課税文書の作成者が同項の規定により納付すべき印紙税を当該課税文書の作成の時までに納付しなかつた場合には、当該印紙税の納税地の所轄税務署長は、当該課税文書の作成者から、当該納付しなかつた印紙税の額とその二倍に相当する金額との合計額に相当する過怠税を徴収する。
7 第一項又は第三項の過怠税の税目は、印紙税とする。


 納税者が印紙税を納付しなかった場合、課税庁は「過怠税」(=印紙税+印紙税×2)を徴収することとしています。そして過怠税は「賦課課税方式」に従うことになっています。

国税通則法 第十六条(国税についての納付すべき税額の確定の方式)
1 国税についての納付すべき税額の確定の手続については、次の各号に掲げるいずれかの方式によるものとし、これらの方式の内容は、当該各号に掲げるところによる。
 二 賦課課税方式 納付すべき税額がもつぱら税務署長又は税関長の処分により確定する方式をいう。
2 国税(前条第三項各号に掲げるものを除く。)についての納付すべき税額の確定が前項各号に掲げる方式のうちいずれの方式によりされるかは、次に定めるところによる。
 一 納税義務が成立する場合において、納税者が、国税に関する法律の規定により、納付すべき税額を申告すべきものとされている国税申告納税方式
 二 前号に掲げる国税以外の国税賦課課税方式

国税通則法 三十二条(賦課決定)
1 税務署長は、賦課課税方式による国税については、その調査により、課税標準申告書を提出すべき期限(課税標準申告書の提出を要しない国税については、その納税義務の成立の時)後に、次の各号の区分に応じ、当該各号に掲げる事項を決定する。
 三 課税標準申告書の提出を要しないとき。 課税標準(第六十九条(加算税の税目)に規定する加算税及び過怠税については、その計算の基礎となる税額。以下この条において同じ。)及び納付すべき税額
3 第一項の規定による決定は、税務署長がその決定に係る課税標準及び納付すべき税額を記載した賦課決定通知書(第一項第一号に掲げる場合にあつては、納税告知書)を送達して行なう。

印紙税法 第二十条(印紙納付に係る不納税額があつた場合の過怠税の徴収)
6 税務署長は、国税通則法第三十二条第三項(賦課決定通知)の規定により第一項又は第三項の過怠税に係る賦課決定通知書を送達する場合には、当該賦課決定通知書に課税文書の種類その他の政令で定める事項を附記しなければならない。


 では、自動確定方式で発生・確定したはずの「印紙税」の納税義務はどこに行ってしまうのか。
 印紙税法20条1項に基づいて、「印紙税」の納税義務(自動確定方式)が消滅して、「過怠税」の納税義務(賦課課税方式)に置き換わる、と理解すればよいのでしょうか。

 ・印紙税(自動確定) ←過怠税に吸収される?
 ・過怠税(賦課課税)

 もちろん、結論は誰もが分かっているわけですが。それを条文からどのように導くか、ということです。
 はっきりしませんが、さしあたり上記のとおり理解しておきます。


 ここまでくれば、あとは国税通則法の解説書に書かれている「賦課課税方式」についての記述に従って、不服申立てをするなり、訴訟を提起するなりすることになります。

 裁決や判決をみていて、なぜ印紙税法上の争いは、「過怠税」の賦課決定処分を争うものばかりで「印紙税」本体を争うものがないのか、という疑問をもたれた方がいるかもしれません。
 その理由は、「印紙税」本体の納税義務はいつの間にかどこかへ消えてしまうから、です。法人税・所得税などのように、本税が本体であるのとは、建付けが全く異なるわけです。

 では、なぜこういう建付けにしたのでしょうか。

 「自動確定の印紙税のままだと争いにくかろう」という親切心、なわけはないですよね。
 それこそ「源泉所得税」も、不納付加算税と合算して賦課課税するという建付けでもよいと思うのですが。
posted by ウロ at 09:01| Comment(0) | 印紙税法

2024年10月14日

平等権と、課税公平主義のあいだ 〜最高裁令和4年4月19日判決における「平等原則」とは?

 最高裁令和4年4月19日判決のいうところの『租税法上の一般原則としての平等原則』を深堀りできないかと思いまして。

だから巡ってないってば! 〜最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(財産評価)

 『租税法上の一般原則としての平等原則は、租税法の適用に関し、同様の状況にあるものは同様に取り扱われることを要求するものと解される。』

 以下は、憲法教科書の「法の下の平等」の箇所を斜め読みしてみたものの、結果としてあまり参考にならなかった、という失敗談です。


 その要因を端的にいえば、憲法教科書が「平等」に関して論じていることの大部分が、私人の『主観的権利としての平等』(平等権)に集中してしまっていることにあります。

 以下、用語を次のように使い分けます。
  ・平等権  主観的権利としての平等
  ・平等原則 客観的法原則としての平等

 なぜ「平等権」に議論が集中してしまうかというと。
 毎度のことながら、学説の議論が集中するのは「裁判例」周りばかりであり。そしてその裁判例は、訴訟法の都合上、基本的に「主観訴訟」です。
 そうすると、裁判で平等というものが現れるのは、「平等権」としての側面ばかりになってしまいます。結果、学者の議論も「平等権」中心になってしまうと(「統治機構」の領域が周回遅れみたいになるのも、同様の事情でしょうか)。

【主観訴訟における平等の現れ】
 ・原告は、国家に不平等に扱われることで不利益を受けている。
 ・そこで、平等に扱われる権利があると主張して、不利益の回復を訴える。
 ⇒不平等:原告に不利益
  平等:原告に利益


 ところが、本判決で問題となったように、国家から平等扱いされることが、必ずしも私人にとって「利益」になるとは限りません。

 すなわち、
 「鑑定評価額>通達評価額」という事案においては、
  ・平等原則T(通達評価額) 納税者に有利 ア
  ・平等原則U(鑑定評価額) 納税者に不利 イ
となるのであり、逆に、
 「通達評価額>鑑定評価額」という事案においては
  ・平等原則T(通達評価額) 納税者に不利 ウ
  ・平等原則U(鑑定評価額) 納税者に有利 エ
となります。

 事案により、そしてどちらの平等原則が適用されるかにより、有利/不利が入れ替わってしまいます(以下、「有利/不利」を「不課税/課税」と表現することがあります)。

 憲法学説における平等権まわりの議論を租税訴訟に持ち込もうとしても、直接役に立つのは「不平等:課税/平等:不課税」(ア、エ)の事案に限られることになります。他方で、「不平等:不課税/平等:課税」(イ、ウ)の事案で、課税庁側が平等扱いを志向する局面については、この局面を表す言葉すら存在しないのではないでしょうか。

 後者を無理やり《権利構成》するならば、「国家の課税権侵害を回復するために平等権違反を主張する」とでも表現し、平等権まわりの議論を応用していく(裏表ひっくり返す?)ことになるでしょうか(もちろん、現行憲法の座組みからは出てこない、無理やりな表現です)。


 憲法学説がこのような状態だというのに。

 租税法の教科書が、どれもこれも「課税公平主義は憲法14条に由来する」などと呑気に記述しているのは、違和感しかないです。憲法学説が展開している「平等権」中心の憲法14条解釈では、「課税公平主義」で論ずるべき領域の「半分」しかカバーできていないはずです。

 ・A1が課税されないなら、A2も課税すべきでない(平等に不課税) 《平等権》
 ・A1が課税されるなら、A2も課税すべき(平等に課税)      《???》


 私個人としては、憲法14条は、もっぱら客観的法原則としての「平等原則」として理解すればよく。わざわざ「平等権」などと権利構成する必要はないと考えています。

 そもそも、憲法の条文では、他の自由権条項とは異なり「権利」とも「自由」とも記述されていないのであって。

日本国憲法 第十四条
1 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。


 国家に向けられた義務として「私人にとって有利/不利いずれであるかにかかわらず等しく扱え」と言っているだけだと理解すれば十分なのではないでしょうか。

 で、国の平等原則違反により、私人が何某かの不利益を被ったというならば、それを根拠に主観訴訟を提起すればよいだけです。
 × 平等権侵害
 ◯ 平等原則違反+利益侵害

 民事訴訟法上の「上告理由」にしても、憲法違反とあるだけで。憲法上の権利侵害であることまで求められていませんし。

民事訴訟法 第三百十二条(上告の理由)
1 上告は、判決に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに、することができる。


 憲法14条はもっぱら客観的法原則としての「平等原則」を採用している、と理解してはじめて、「課税公平主義は憲法14条に由来している」といえるはずです。

  △平等権  ⇒課税公平主義
  ◯平等原則 ⇒課税公平主義

 「平等」とか「公平」というワードが出てきたからといって、なんでもかんでも憲法を持ち出せばよいというものではない、というのが現実。


 以上、本判決のいう「平等原則」は、
  ・平等に課税とする
  ・平等に不課税とする
の両方向に機能するものであって。
 憲法学説が夢中になっている「平等に不課税とする」側の議論だけでは、その中身を詰めきれない。あるいは、憲法学説側から攻めていくのは遠回りっぽい、と感じました。

 ので、また別の方向から攻めていって、少なくとも補助線でも引けないか、検討を進めてみます。
posted by ウロ at 09:32| Comment(0) | 判例イジり

2024年10月07日

交付特例と保存特例の一体的理解(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編51)

 前回は、交付特例と保存特例を一気通貫で整理しました。

交付特例と保存特例の一体的理解(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編50)

 今回は、全体の概観をします。
 前回述べたとおり、「Q&A」「お問合せの多いご質問」「週刊税務通信」などで公表されている《ズルズル・ゆるゆる運用》については正面から扱いません。また、古物商等特例は古物商を念頭におき「再生資源」に関する記述は省略します。

交付特例・保存特例.png



 先に指摘しておきたいのが、例外ルールのない取引についてです。

 ・ATM手数料
 ・ETC
などのように、「少額・大量・どう考えても売手適格者に決まってんだろ」な取引が、なぜここに入ってこなかったのか。
 公共交通機関、郵便ポストあたりと近いはずですが、「アレがよくてコレがだめ」の理由が謎です(そのせいで、Q&Aがみっともない緩和運用を示さざるをえなくなっている)。

 同様に、「自動販売機はよくてコインパーキングはだめ」というのもよくわかりません。機械で完結するかどうかというのが、インボイスの要否にどう影響してくるのでしょうか。
 「自販機や郵便ポストにはインボイス発行機能を仕込まなくてよいが、コインパーキングには仕込まなければならない」なんて、どういう根拠による職業差別なんでしょうか。

 いっそのこと、駐車料ではなく「ゲート上げ下げ料」として徴収すればいいんですか(当然ふざけて言っていますが、お役所の有料駐車場問題も、この手の屁理屈じゃないかと私は思うのですが)。

 さて、では中身に触れていきます。


 まず「売手の属性」について。

 公共交通機関と郵便ポストに〈適格者〉とあるのは、法令上は要件とされていないものの、これらのサービス提供者はどう考えても適格者に決まってんだろ、という意味合いです。

 他方で、入場券等は、一旦は簡易インボイス(の記載事項のうち取引年月日以外が書かれたもの)を発行することが要件となっているため、売手は「適格者」である必要があります。

 自販機には売手の属性要件はないため、「適格者/非適格者」いずれの場合もあります。が、この特例のおかげで、買手は売手の属性を気にせずに取引ができることになります。

 出張旅費等は、直接の売手は「従業員」ですが、実際の支払先には「適格者/非適格者」が混ざってくることになるでしょう(自販機と同様「不特定」にあたる)。
 実費精算の場合でもこれを使えるのは、もっぱら事業主の便宜に阿った結果だとは思いますが。「出張旅費等」かどうかで扱いを区別する、という手間は増えることになります。

 卸売市場・農協等は、元の売手の属性要件はありません。が、「媒介者」が適格者である必要があります。
 なお、媒介者が適格者であることが益税撲滅に何の意味もないことについては、《媒介者交付特例》で論じたものをご参照ください。

《媒介者交付特例》がキモいのだが(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編30)
《媒介者交付特例》がキモいのだが(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編31)
《媒介者交付特例》がキモいのだが(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編32)

 突出してイカれてるのが古物商等です。売手が「非適格者」である場合だけに限定されています。

 なぜこれをイカれてると評価するのかといえば、

 【売手の属性】
 ・適格者 →益税なし 《課税=控除》
 ・不特定 →益税かもしれないし、ないかもしれない 《課税=控除》or《課税<控除》
 ・非適格者 →絶対に益税が発生する! 《課税<控除》

ということであり、どう考えても益税が発生するからです。

 自販機などが売手の属性を「不特定」とするのは、『適格チェックする事務負担を軽減してあげる』という大義名分があるわけです。ところが、古物商等の場合は『適格チェックした上で「非適格者」であることが確認できたら税額控除してよい』という、よりによって倒錯した控除要件になっています。

 自販機などが「適格者か非適格者かなんて、面倒くさくて区別してらんないよ〜」なんて軟弱な理由なのに対し。「非適格者からの仕入であることが明らかなら税額控除させろ!!」という、ド正面からの、理不尽な益税要求(それぞれ、発言をのび太とジャイアンで脳内再生すると、イメージしやすいでしょうか)。

 あれだけ益税を蛇蝎のごとく憎んでいたはずのインボイス推進派の方々が、なぜ古物商等特例についてはダンマリを決め込んでいるのか、謎すぎる。

「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)


 「氏名」については、古物商等で業務帳簿が不要な場合だけ、会計帳簿も記載不要とされています。バーターとして何かが要求されている、ですらなく。この場合、代わりの何も要求されてない。
 古物商等だけがやたら優遇されていると。

 自販機については、Q&Aによって記載しないでも「差し支えない」とされています。それ以外のものも、このノリでずるずると「差し支えない」扱いが増えていくのでしょうか。


 「住所」についてですが、必要とされているのが古物商等で業務帳簿が必要な場合だけです。
 とはいえ、この場合も、業務帳簿に書いておけば会計帳簿には記載不要という古(いにしえ)からの取り扱いがあります。

 R6の告示改正で自販機と入場券等が追加された結果、令49条1項1号柱書の括弧内の「インボイス保存しないかわりに帳簿に住所書けや」要件は、実質死文化したといってよいのでは。

 そして、全滅させるというならば、「省令:必要→告示:不要」なんて回りくどいことをせず。省令内できっちり介錯してあげるべきではないでしょうか(解釈の誤字ではない)。

【現行法】
 法律:住所いらない。
  政令:保存いらない。代わりに住所書け。(+規則:保存いらない場合追加) 
   告示:住所いらない(いるのは古物商等で業務帳簿に書くときだけ)

【再構成案】
 法律:住所いらない。
  政令:保存いらない。ただし古物商等で業務帳簿に書く場合だけ住所書いておいて。


 以上、交付特例と保存特例を整理してみたのですが。
 結局のところ、古物商等特例の異常さを再認識させられただけな気がします。
posted by ウロ at 09:02| Comment(0) | 消費税法

2024年09月30日

交付特例と保存特例の一体的理解(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編50)

 自販機特例まわりの条文を整理していて思ったこと。

自販機特例の改正(笑)改 〜令和6年度税制改正

 巷のインボイス解説本、交付免除は売手の特例、保存免除は買手の特例ということで、分断して記述されているものばかり(というか、私が目を通したものは全てそうなっていました)。

 今こそ「丸善リサーチ」様で横断検索すべき場面なのでしょうが。無料期間終了にともなって解約したまま。

「丸善リサーチ」と私。

 まあ、こういった観点から期待できるタイプの書籍が、収録されているとは思えない。
 良くも悪くも、実務家向けかつ一回り古いものが中心で、私のような趣味に走りがちな人間は、想定利用者から盛大にずれているのでしょうし。


 それはさておき。

 消費税法における売上課税ルールと仕入控除ルール、逆向きの理屈で作動しているということを示すことが、『消費税法の理論構造』という連載での主たるテーマです(勝手にそうなっていった)。

  売上課税: 問答無用の譲渡課税 (超絶広い)
  仕入控除: 課税仕入+登録+インボイス+帳簿なければ控除不可 (超絶狭い)

 課税側は、課税資産の譲渡をすれば当然課税されるのに対して。控除側は課税仕入をしただけでは控除できず。登録+インボイス+帳簿という形式も必要とされています。
 結果、「益税」を滅するところまではよいとして。「損税」が拡大することになっています。

 件の教科書が宣うような『消費税は税額転嫁と仕入税額控除の両輪により駆動する仕組みの税』などというテーゼ、「だったらいいな」レベルの妄言にすぎず。日本に現実に存在する現行の消費税法を、あるがままに表すものとは程遠い、ただのポエム。

免税事業者Requiem(第3曲) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編29)

 『両輪駆動』云々いうならば、売手側のルールと買手側のルールとが、手に手を取り合って消費者のところだけで税負担が発生するように、同じ方向を向いて機能していなければならないはずです。が、現実にはそうなっていない。

 そして、件の教科書はじめ『両輪駆動』的な表現を謳うあまたの書籍の記述、個々の制度をバラバラに説明するだけで終わっている(終わっている)。

佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)


 といった現状であるため、仕方なく自力で、交付特例と保存特例の関係を整理してみます。
 以下、帳簿に「当該特例にかかる取引である」旨を記載する点については、記述を省略します。また、あくまでも法令の整理を目的とするため、「Q&A」「お問合せの多いご質問」「週刊税務通信」などで公表されている《ズルズル・ゆるゆる運用》については、正面から扱いません。

 まずは原則ルールから。

1 原則

  交付:必要 法57条の4 1項
  保存:必要 法30条7項
  氏名:必要 法30条8項
  住所: 

 売手がインボイスを「交付」し、買手がそれを「保存」する、これによって課税と控除が一致する、不一致(課税>控除)は消費者のところだけで生じる、というのが消費税法が描く理想の世界です。
 が、現実には、あの手この手で、事業者間取引においても「課税>控除」(損税)の状態が生じることとなっています。

 この点については、今回の記事ではこれ以上触れないので、他の記事をお読みいただければ。


 帳簿には氏名を記載します。住所は要求されていません。
 氏名はインボイスの記載事項となっているんだから、帳簿にはせいぜい「インボイス番号」さえ書いておけばいいと思うのですが(法人税法、所得税法も消費税法にあわせる)。で、住所と同様、保存がいらない場合にだけ帳簿記載を要求すると。

 「適格請求書保存方式」に変わったといいながら、従前どおりの「帳簿方式」も存置されたまま。これまで「帳簿方式」が残されていたの、請求書が「なんちゃってインボイス」どまりだったことの穴埋めとして、ではなかったんでしょうか。


 ここから「例外ルール」を記述します。その中でも理解しやすいところから整理していきます。
 例外ルールでは、インボイスの保存がいらないこととのバーターで住所記載を要求していますので、原則ルールとは違い「保存→住所→氏名」の順に並べます。

2 公共交通機関(3万円未満)

  交付:不要 令70条の9 2項1号
  保存:不要 令49条1項1号イ
  住所:不要 R5告示1→R6告示3
  氏名:必要 原則どおり

 交付・保存とも不要です。交付されない以上、保存する義務もないということです。

 住所は告示により不要となっています。
 帳簿には、原則どおり氏名を記載します。まあ、公共交通機関でどこの誰だかわからん、ということはないから大した負担ではないでしょ、ということでしょうか。

3 郵便ポスト

  交付:不要 令70条の9 2項3号→規26の6 2号
  保存:不要 令49条1項1号ニ→規15条の4 1号
  住所:不要 R5告示2→R6告示6
  氏名:必要 原則どおり

 交付・保存とも不要です。ポストに投函されたときにインボイスを発行できるようにしなくてもよいと。
 政令ではなく省令に出されている理由は全くわかりません。

 住所は告示により不要となっています。
 氏名は一択なので、まあ書けよと。逆に一択なんだから書かなくてもいいじゃねえか、とも言えますが。

4 自販機(3万円未満)

  交付:不要 令70条の9 2項3号→規26の6 1号
  保存:不要 令49条1項1号ニ→規15条の4 1号
  住所:不要 R6告示5(新設)
  氏名:必要 原則どおり

 交付・保存とも不要です。自販機にインボイス発行機能を仕込まなくてもよいと。
 こちらも省令に出されている理由は不明です。

 住所はR6告示によって不要とされました。
 こうやって公共交通機関、郵便ポストと並べてみると、なんで自販機は住所記載が必要とされていたのか、意味不明です。どこの誰だか分からんから、でしょうか。
 氏名は法令上は必要なはずですが、Q&Aで勝手に「差し支えない」とされています。


 以下から、すんなり理解がしにくくなっていきます。

5 出張旅費・通勤手当

  交付:(従業員)
  保存:不要 令49条1項1号ニ→規15条の4ニ・三
  住所:不要 R5告示3→R6告示4号
  氏名:必要 原則どおり

 出張旅費・通勤手当は「買手側」のみのルールとなっています。これも省令に出されています。
 政令の書きぶりでは「従業員」が売手という位置づけになっています。なので、そもそもインボイス交付不可だと。

 確かに、手当方式で定額で払う場合であれば、保存がいらないことは理解できます。従業員が直接の売手だとはいえ、実際には旅費等を支払っている先があるわけで。その先には適格者も含まれているはずです。

 が、実費精算の場合でもこの特例使えることになっています。
 実費精算の場合、電車・バスあたりならともかく、ホテル代などは領収書を提出させているはずです。その領収書がインボイスでなくても税額控除していいんだと。
 なので、従業員経由で支払っているかと、「旅行にあてるために必要な支出」であるかどうかが、クリティカルな問題となります。

 住所は告示により不要で、氏名は原則どおり必要です。

6 入場券等

  交付:必要 (適格者・簡易記載・年月日不要)
  保存:不要 令49条1項1号ロ
  住所:不要 R6告示1(新設)
  氏名:必要 原則どおり

 入場券等も、あくまでも「買手側」のルールです。
 が、保存いらない要件の中に、回収された入場券等に簡易インボイスの記載事項(取引年月日除く)が記載されていることが求められています。「インボイス番号」も要記載となるため、結果として、売手は「適格者」であることが必要ということになります。

 紛いなりにも、一旦は適格者が簡易インボイス(年月日除く)を発行していることから、保存いらないことが正当化できるでしょうか。
 ただ気になるのが、回収の際に「年月日」を記載しなければ、交付義務違反になってしまうのではないでしょうか。入場券等には交付特例はありませんので。

 住所は今回の告示改正で不要とされました。氏名は必要です。

 なお、条文の書きぶりは以下のとおりとなっています。ので、最低限、取引年月日以外の簡易インボイスの記載事項が書かれていればよいと読むことができます。
 「記名式」だと簡易インボイスじゃないから適用できない、ということではないと思います。

令49条1項1号ロ
「法第五十七条の四第二項各号(第二号を除く。)に掲げる事項が記載されているもの」


 この逆の問題で。現実にありうるか分かりませんが。
 売手が正規インボイスを交付する義務があるのに簡易インボイスしか交付しなかった場合でも、買手は入場券等特例を使えば税額控除できることになりそうです。売手が交付義務違反を問われるかどうかは別問題として。
 ただし、これはあくまでも文言解釈によるもの。趣旨解釈で限定されることはありうるでしょう(実務的には、こんな重隅、問題にする人は誰もいないはず)。

7 古物商等

  交付:なし (非適格者に限る)
  保存:不要 令49条1項1号ハ
  氏名:不要 令49条2項、R6告示2 (限定あり)
  住所:不要 R5告示4→R6告示2 (限定あり)

 (以下、「再生資源」だけ、住所・氏名省略要件が微妙に違いますが記述を省略します)

 古物商等特例が適用されるのは「非適格者」からの仕入に限られています。ので、インボイスが交付されることはありえません。だというのに、税額控除が取れるということの特異性については、さんざん論じてきました。

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)
「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)

 また、古物商等だけが、住所だけでなく「氏名」も省略できることになっていることも検討ずみです。
 「業務帳簿」に記載しないでいい場合だけという限定がついているものの、「非適格者」からの仕入であることを確認した上で税額控除できる、というイカれた特例の時点で十分な恩恵を受けているのであって。
 住所・氏名省略に限定がついているとて。他業種に比べて大幅に優遇されていることに変わりはないです。


 最後、「交付特例」の並びにあるので含めましたが、かなり異質な制度です。

8 卸売市場・農協等

  交付:不要 令70条の9 2項2号
  保存:必要 法30条9項4号 (媒介者)
  氏名:必要 令49条3項 (媒介者)
  住所:

 委託者(生産者等)はインボイスを交付しなくてもよいことになっています。
 他方で、買手側は、媒介者(卸売市場等)が発行するインボイスを保存する必要があります。また、媒介者が適格者であればよく、委託者が適格者である必要はないことになっています(媒介者特例・公売特例(令70条の12)との違い)。

《媒介者交付特例》がキモいのだが(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編30)
《媒介者交付特例》がキモいのだが(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編31)
《媒介者交付特例》がキモいのだが(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編32)

 氏名は媒介者のものを記載します。
 住所については、他の「保存特例」と異なり令49条1項1号ルートを経由しないので、最初から要求されていません。


 以上、ひととおり規律の列挙ができたので、次回、全体の概観をします。

交付特例と保存特例の一体的理解(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編51)
posted by ウロ at 14:38| Comment(0) | 消費税法