また、租税法学者による判例批評ですと、浅妻章如先生が、本判決の理論構造を剥き出しにする骨太な議論を展開されていて、読み応え十分でした。
民商法雑誌159巻2号(有斐閣ONLINE)
にもかかわらず、わざわざ記事化する理由。他の記事で、本判決に触れたいときの《被引用記事》として置いておきたいからです。
その程度の理由のため、いつものようなイジる気満々で記述している、他の《判例イジり》モノと比べて、気持ちのノリ方が圧倒的に劣ります。
・
なお、上記で、調査官解説に「判決内容を正確にトレースした」と前置した理由。調査官解説が必ずしも「判決内容を正確にトレースした」ものであるとは限らないからです。
それは決して、調査官が法廷意見に反旗を翻している、ということではなく。調査官解説が出来上がる時系列と、調査官も最高裁判事に負けず劣らずクソ忙しいことに原因があると、勝手に邪推しています。
時系列: 調査官報告書 →合議 →法廷意見起案 →調査官解説
すなわち、クソ忙しい調査官が、法廷意見が出されてから徐ろに調査官解説を書き始めるはずがなく。すでに作成済みの調査官報告書を手直しすることで、仕上げていくはずです。
ここで法廷意見が、調査官報告書の枠組みに沿って結論を出してくれれば、多少の手直しで済むところ。が、その議論枠組みから外れたところで最高裁判事の意見が一致してしまうと、大幅に書き直さなければならなくなります。
調査官にも良心はあるでしょうから、どうにか法廷意見に沿った内容に修正しようとするはず。ですが、結論だけは一致しているものの、各判事の考えが微妙にズレていてうまく整理しきれないとか(判決では最大公約数的な表現でお茶を濁すところ)、あるいは、時間切れで修正しきれないところが残ってしまうこともあるでしょう。
そういった部分が、「判決内容を正確にトレースしていない」箇所として現れるのではないかと(あくまでも、外野の人間の邪推です)。
◯
「事案の概要」とかはすっ飛ばして、いきなり最高裁の判断内容です。
最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(相続税更正処分等取消請求事件)
1 本件不動産の評価額について 4(1)
【規範A】
・大前提(条文)
相続税法22条:相続等により取得した財産の価額=当該財産の取得の時における時価
・大前提(解釈)
時価=当該財産の客観的な交換価値
・小前提(事実)
本件各鑑定評価額=当該財産の客観的な交換価値
・結論
よって、本件各鑑定評価額は相続税法22条に違反しない
教科書どおりの綺麗な法的三段論法が、鮮やかに決まってフィニッシュ!
とはならず。
2 税法上の平等原則について 4(2)
・租税法上の一般原則としての平等原則=同様の状況にあるものは同様に取り扱われること
・課税庁が評価通達に従って画一的に評価を行っていることは公知の事実
・特定の者の価額についてのみ、通達を上回る価額によることは、平等原則違反
・課税庁の評価額が、客観的な交換価値を上回らないとしても、平等原則違反
・通達を上回る価額によることに「合理的な理由」があれば、平等原則に違反しない
・「合理的な理由」=通達による画一的な評価を行うことが、実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合
・通達評価額と鑑定評価額とのかい離をもっては、上記事情があるということはできない
・本件購入・借入れにより、相続税の負担が著しく軽減される
・相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったといえる
・本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせている
・よって、評価通達による画一的な評価を行うことは、実質的な租税負担の公平に反する
・したがって、本件各不動産の評価額を評価通達額を上回る価額によることは、平等原則に違反するということはできない
平等原則違反かどうかを論じているため、「法的三段論法」のかたちにしにくいのですが、無理やり形を整えると次のようになります。
形式的平等としてのTと、実質的平等としてのUを分けてみました。
ア 平等原則T(形式的平等論)
【規範B】
・大前提(解釈)
特定の者の価額についてのみ、通達を上回る価額によることは、平等原則違反
・小前提(事実)
本件鑑定価額は、通達評価額を上回っている
・結論
よって、平等原則違反
イ 平等原則U(実質的平等論)
【規範C】
・大前提(解釈)
通達を上回る価額によることに「合理的な理由」があれば、平等原則に違反しない
(通達による画一的な評価を行うことが、実質的な租税負担の公平に反する事情がある)
・小前提(事実)
本件購入・借入れにより、相続税の負担が著しく軽減されている
租税負担の軽減をも意図して行っている
同様な状況にある他の納税者との間に看過し難い不均衡を生じさせている
これら事情は、評価通達による画一的な評価を行うことが、実質的な租税負担の公平に反する事情と評価できる
・結論
よって、平等原則に違反しない
◯
私が、何よりもまず指摘したいのは、大原則としての相続税法22条の解釈適用(上記1)が、「判示事項」や「裁判要旨」からまるっとハブられてしまっていることです。
確かに、最高裁からすれば、普通に同条の解釈をして、高裁までで認定された事実をそのままあてはめただけであって。何一つ目新しい判断はしていませんけども、ということなのでしょう。
が、法の解釈適用によりストレートに「時価=鑑定評価額」が導ける以上「総則6項」の出番なんかあるわけねえだろ、という判断、未だに課税実務には浸透していないのではないでしょうか。
ので、これも独立の判示事項として正面から取り上げてくれればよかったのに、と思いました。
・
本記事のタイトルを「だから巡ってないってば!」としたの。
よくある判決ご紹介記事だと、『相続税評価に係る総則6項の適用を巡る事件』みたいなタイトルが付けられがち。なんですが、本判決の判断枠組みによるならば、裁判所においては、総則6項を巡って争われることはない、ということを含意してのことです。
【本判決の判断枠組み】
・原則:相続税法22条によって評価
・例外:通達各則によって評価 (平等原則T)
・例外の例外:相続税法22条によって評価 (平等原則U)
もちろん、下級審レベルでは、当事者の争い方に引っ張られて最高裁の判断枠組みどおりに判断しない、ということはありうるわけですが(ていうか、租税事件てそんなのが結構ありませんか(超偏見))。
なお、用語についての注意。
総則6項による評価も「通達評価額」と表現してよいはずですが。どうも各則による評価だけを「通達評価額」というのが慣例のようなので、本記事でもそれに従います。
◯
そうすると、総則6項は「いらない子」扱いで削除しちゃっていいのかといえば、そういうことではなく。
最高裁判決が出たとて。課税の現場レベルで、最高裁判決の提示した規範を適切に運用できるかといえば、おそらく無理があって(下級審ですら微妙なわけで)。現場で、各則評価によらずに時価チャレンジをするためには、やはり総則6項を経由することになるはずです。
もちろん、やることは同じですが。通達各則を無視してダイレクトに判例をあてはめるのか、それとも、あくまでも通達を使って評価するのか、現場の人間にとって、やりやすさが全く違うはずです。
いける: 判例→総則6項→課税処分
いけない: 判例→課税処分
ので、行政内部における各則評価によらないための根拠規範として、総則6項は残しておく必要があるでしょう(行政組織法上のアポリア(上級機関と司法のどちらに従うか問題)は、さしあたり無視します)。
藤田宙靖「行政組織法 第2版」(有斐閣2022) Amazon
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問題なのは、「行政領域」で通用する規範と、「司法領域」で通用する規範を同一視してしまうところにあります。
総則6項は、行政領域にかぎって各則評価に従わない評価をしたい場合に利用されるものであり。司法領域においては、本判決が実践したとおり、「租税法律主義」に従って財産評価をするならば、およそ出番がないものになります。
通達各則だけが、「形式的平等」の中でかろうじて生かされている状態。
行政領域で存在していたものが司法領域では消失する、俗に言う「税務シュレディンガーの◯◯」状態といえるでしょうか。
【税務シュレディンガーの◯◯】
パラドキシカル同居 〜或いは税務シュレディンガーの○○
◯
《平等原則T(形式的平等論)》については、下記判決で敗れ去った宇賀反対意見の「原則必要説」と同じ雰囲気を感じます。
総合較量なんかするまでもなく、通達によらないというだけで当然に(形式的)平等原則違反なんだと。
最高裁令和6年5月7日・第三小法廷判決 速感
《通達みてえな判決》 〜「判例」としての最高裁令和6年5月7日判決
規範がない。あんなの飾りです。 〜最高裁令和6年5月7日判決の法的構造
法廷意見をHACKしよう!! 〜最高裁令和6年5月7日判決の多数意見vs補足意見
「財産評価」では通用した《原理論》が、「事前手続」では通用しなかった(というかガン無視された)という様が見て取れるかと思います。
同じ小法廷で2年程度の間隔であっても、これほどノリの違う判断が出されるのであって。『近時の最高裁における租税判例の傾向は云々』みたいな一般論、お気軽に展開できるものではない。
宇賀判事だけが、いい意味で予測可能性の高いクリアな立場を保持されておられて。他の判事の傾向はさっぱり予測できない。
なお、最高裁が、通達評価額も相続税法22条の時価の枠内に収まっていると捉えているのかがはっきりしません。
「合法性の原則」からすれば収まっていなければならないはずですが、平等原則Tによって「合法性の原則」を破ってもよいと考えている、と理解することもできます。
本記事では、論述の都合から、さしあたり「通達評価額≠相続税法22条の時価」という前提で話をすすめることにしています。
◯
《平等原則U(実質的平等論)》については、実際に争われているとおり、「合理的な理由」の有無をどうやって判断していくかが問題となっていきます。
最高裁自身が示したのは、
・鑑定評価額⇔通達評価額のかい離そのものは問題としない
・納税者と、それと似たような状況にある人の納税額を比較する
・税額の乖離が、被相続人らの行為・意図によって生じているかどうか
という程度。
「何と何を比べるか」については明らかとなりましたが。どの程度の差異が生じれば、実質的な租税負担の公平に反することになるかは、はっきりしません。
・財産甲の、鑑定評価額⇔通達評価額 ←比べない
・納税者Aの税額⇔納税者A'の税額 ←比べる
ちなみに、「あえて」実行したというレトリックのせいで、「悪しき意図」があることが納税者不利に作用した、みたいな読み方をする人もいそうですが。
これは、税額減少とは別の意図で実行した(のに結果的に税額減少した)場合を除外するためにこういう表現をしただけ、と読めばよいのでしょう(『故意は構成要件を拡張しない』)。
・
「税額」の減少に着目するという点は、「行為計算否認規定」(法人税法132条〜132条の3)にノリが似ているといえるでしょうか。
そうすると、個別規定もなしに納税者による評価を否認するのはおかしい、と思う人がでてくるかもしれません。
が、上述したとおり、相続税法22条に基づく評価が「大原則」なのであり。通達評価額はその「例外」、そして税額乖離が実質的公平に反する場合に「例外の例外」として原則に戻ってくる、というだけの話です。
財産評価の場面において、通達評価額は「租税法律主義」からすると異物としての位置づけになります。
規範A:相続税法22条 →租税法律主義
規範B:通達各則 →平等原則T(形式的平等)
規範C:相続税法22条 →平等原則U(実質的平等)
最高裁が、イキリちらして、『租税法上の一般原則としての平等原則』などと大口叩いているせいで勘違いしてしまいがちですが。少なくともこの場面では、平等原則はあくまでも租税法律主義に対するサブルールにすぎません(他の場面でどうかは保留)。
◯
今後、他の記事において本記事を引用する場面としては、(総則6項の位置づけとして書いたとおり)「行政向けの規範と司法向けの規範は異なる」ということを主張したいときに利用することになると思います。
通達に「外部拘束力」はないとはいえ。お役所が通達に従って行動せざるをえない以上、納税者も現場レベルではそこに合わせて上手にお付き合いしていく所作(現場でのマナー)が必要となります(あくまでマナーなので、やるときはやる)。
他方で、裁判レベルでは、形式的平等のかぎりで通達の存在を主張し、あとは法律論で勝負すると。
という感じで、場面ごとに規範の切り替えをしていくことを意識する必要があるのでしょう。
【労務における行政と司法】
最高裁令和6年7月4日第一小法廷判決(労災・メリット制)における「行政/司法」と「実体法/手続法」の交錯
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