2023年03月07日

テンプレ判決 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 2023年3月6日に出た最高裁判決、備忘のためアップしておきます。

091826_hanrei ムゲンエステート事件.pdf
091825_hanrei ADW事件判決.pdf

 第一小法廷み溢れる何のサプライズもない、どノーマル判決文です。
 ので、私自身が中身についてどうこういうつもりはありません。

 ただ、共通扱いされるの「認識してしかるべき」とかいうところ。
 第一小法廷の判事の皆さんだって、用途区分なんて初めて知ったという人がいるだろうに。「俺なら認識できてたね」とか後知恵でいうの、ズルいよなあとは感じます。

 また、共通扱いされることが不合理でない理由として「準ずる割合」の存在をあげていますが。
 現行法では、購入時における居住用賃貸建物の仕入税額控除が丸ごと否定され、調整期間内に転売できなければその後に控除される機会は一切無くなることになりました。この場合、当然「準ずる割合」が機能する場面は出てきません。

 居住用賃貸建物に対する現行法の規律のやり過ぎ感、今後問題になるのではないでしょうか(ただし、仕入税額控除は「請求権」だとする例の空論は、残念ながら役に立たないと思われます)。

虚弱判決(その1) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)
posted by ウロ at 12:27| Comment(0) | 消費税法

2023年03月06日

無限課税変 〜消費税法の理論構造(種蒔き編21)

 前回、以下の3つを区別する視点を提示しました。

予定は予定 〜消費税法の理論構造(種蒔き編20)

《消費税法に書かれていること》
1 どのような場合に税が発生するか →事業で資産を譲渡したら
2 誰が納税する義務があるか →譲渡した事業者
3 誰が税負担をするか →???

 この視点を意識しながらインボイス制度を記述してみると、かなり異常な制度ではないかと思わされます。
 Dの上流にEを配置した事例で検討してみます。

【事例16】(インボイス後)
 E(非適格・課税事業者):
  Dに44000で売った。
 D(非適格・課税事業者):
  Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
 A(非適格・免税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(適格・課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Eは課税事業者なので4000を消費税として納税します。
 Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。Eが非適格なので仕入税額控除はできません。
 Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
 Bは課税事業者なので10000(10000-0)を消費税として納税します。Bが非適格なので仕入税額控除はできません。

 結果、消費者の負担した消費税10000に加えて4000+6000が国に流れてくることとなります。
 非適格である課税事業者や免税事業者が流通過程に闖入することで、なぜか消費者の負担した消費税以上の金額が発生することになります。


 では、この事例でどのような場合に税が発生しているといえるでしょうか(1)。
 誰が納税するか(2)、誰が税負担するか(3)といった視点を除外して、どのような場合に税が発生するかだけを見てみると、つぎのように整理することができます。

 課税事業者が
  ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
  イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
  ウ 非適格である課税事業者に売ったら(E→D) 4000
消費税が発生する。

 言うまでもないことですが、アが本来消費税法が課税しようとした(とお国の側が自称している)税です。問題はイウといった税までもが発生してしまっていることです。
 アについては消費者に転嫁することが「予定されている」と言えたとして、残りのイウは誰がどのように負担することが「予定されている」ものなのでしょうか。いわゆる《転嫁対策》にしても、アが事業者間で綺麗に流れるようにするところまでは正当なものだとして、イウについてまで適切な税転嫁というものが想定できるのでしょうか。


 念のため、同様の事例でインボイス「前」だとどうなるか、検討しておきましょう。

【事例17】(インボイス前)
 E(課税事業者):
  Dに44000で売った。
 D(課税事業者):
  Eから44000で仕入れてAに66000で売った。
 A(免税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Eは課税事業者なので4000を消費税として納税します。
 Dは課税事業者なので2000(6000-4000)を消費税として納税します。
 Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
 Bは課税事業者なので2000(10000-8000)を消費税として納税します。Bが非適格なので仕入税額控除はできません。

 結果、8000(2000+2000+4000)が国に流れてくることとなります。

 どのような場合に税が発生しているか(1)を整理すると、次の通りとなります。

 課税事業者が
  ア 消費者に売ったら(B→C) 10000
  イ 免税事業者に売ったら(D→A) 6000
  エ 免税事業者から買ったら(A→B) △8000
消費税が発生する。

 インボイス後のウに対応するものがなく、エのマイナスが登場します。

 インボイス推進派の皆さんは、エだけに着目して「益税絶許!」と叫んでいたわけです。が、インボイス前でもイがあることにより、国の「税収ロス」は△8000ではなく△2000で済んでいたことになります。


 「消費税回収率」というのをどうやって測定するのかよく分かりませんが、【事例16】のような結果が積み重なれば、下手すると100%を超えることになるのではないでしょうか。単純にいえば、【事例16】で全額回収できた場合の回収率は200%ですよ。

 そんな心配するまでもなく、非適格の(課税・免税)事業者なんてもの、速やかに殲滅されるということですか。

オフィシャル村八分 〜消費税法の理論構造(種蒔き編22)
posted by ウロ at 09:33| Comment(0) | 消費税法

2023年02月27日

予定は予定 〜消費税法の理論構造(種蒔き編20)

 そもそもですが、消費者だけが消費税を負担している、などというのは極めて非現実的な想定です。

錬金術型消費課税 〜消費税法の理論構造(種蒔き編19)

 前回までの事例では単純化のために、たとえばBであれば、本体100000に消費税10000をそっと乗っけて消費者に販売していることとしました。
 が、もしかしたらBは本当は税抜110000(税込121000)で売りたかったが、消費者に値下げを要請されて税込110000で売らざるをえなかったのかもしれません。そして、これによって生じた損失を最終的に誰が負担させられるかはABDの力関係によって決まってきます。

 【事例13】は、さらなる追い打ちとして、免税事業者の購入活動に対する税負担(6000)を誰が負担するかが問題となっていたわけです。


 消費税における税転嫁についての標準的な説明として、たとえば以下のようなものがあります。

消費税の転嫁対策について(財務省)
『消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することが予定されている税です。』

 どういうわけか分からないのですが、ここで「予定されている」という表現がでてきます。

 消費税法上、消費者が税負担をすることが書かれているならば「規定されている」と表現するところです。が、実際にはどこにもそのような規定はないので、そのように記述することができません。

 では、「予定されている」とは、法的にどういう意味なのでしょうか。
 ごくごく単純な事例で検討してみます。

【事例14】(インボイス前)
 B(課税事業者):
  消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 消費税法が規定しているのは、「Bが事業で資産を譲渡したら対価の×10/110をBが納付する義務がある」というだけです(以下、税率10%の地方税込みで表現します)。

《消費税法に書かれていること》
・どのような場合に税が発生するか →事業で資産を譲渡したら
・誰が納税する義務があるか →譲渡した事業者が
・誰が税負担をするか →???

 誰が税負担をするかについて、消費税法は沈黙しています。
 素直に理解すれば、納付義務者である譲渡者が負担するもののように思えます。が、「間接税だから」という何ら法的根拠のない理屈を持ち出して、どうしても消費者が負担していると言いたいみたい。

 では、他の税目だとどうかといえば、分かりやすそうな「贈与事例」で検討してみましょう。

【事例15】
 B(贈与者):
  Cに11000贈与した。 
 C(受贈者):
  Bから11000受贈した。


 この場合、もらった側のCが贈与税を納税するわけですが、では当然にCが税負担しているかといえば、必ずしもそうとはかぎりません。
 贈与税納税後の手取額から逆算して、いくらかを乗っけて贈与額を決めているかもしれません。この場合は、経済的には贈与者たるBが贈与税を負担しているといえるはずです。

《相続税法に書かれていること》
・どのような場合に税が発生するか →贈与で財産を取得したら
・誰が納税する義務があるか →財産を取得した個人
・誰が税負担をするか →???

 このように、少なくとも当事者の意思に基づく行為において、誰が最終的な税負担をするかについて、税法の側で決定することは不可能ではないかと思います。
 税法が決められることは、誰が納税するかまでであって、その先誰が税負担をするかは当事者の力関係次第となるのでしょう。


 ちなみに、《税目タイトル》だけでいうと、
 ・贈与税 贈与に課税する
 ・消費税 消費に課税する
もののように思えます。が、納税義務者は
 ・贈与税 受贈者が納税(贈与者でなく)
 ・消費税 販売者が納税(消費者でなく)
と、税目タイトルとは違う人が納税することになっています。
 そして、誰が税負担するかは当事者の力関係次第で決まります。

 このことがおかしい、ということを言いたいわけでなく。税目タイトルだけからは、何事か意味のあることを導くことはできない、ということです。消費税と名乗っているんだから、当然に消費者が負担することになっているんだろう、などと思うのは、ただの気のせいです。
 そして上述のとおり、何に課税されているか、誰が納税するか、誰が税負担するか、はそれぞれ別問題として区別する必要があるということです。


 以上、「予定されている」などとお澄まし顔でのたまわっているものの、せいぜいが「消費者に転嫁してほしいな」という願望の表明にすぎないのでしょう。しかもその願望は、何ら法の裏付けもない、誰かが勝手に抱いているものにすぎません。

 お国の政策として「転嫁対策」が実施されたものの、あくまでも事業者間取引どまりです。最後、小売業者から消費者への転嫁についてはどんな対策が取られたというのでしょうか。
 もしかしてですが、ひたすら「予定されている」と唱え続けることで、消費者も自分たちが負担しなければならないと信じ込んでくれるはず、という作戦でしょうか。
 
 しかしまあ、法律に規定されてもいない、誰かの勝手な願望に基づいて法制度を運用しようとする所作、私にはホラーだと感じるのですが。

無限課税変 〜消費税法の理論構造(種蒔き編21)
posted by ウロ at 10:45| Comment(0) | 消費税法

2023年02月20日

錬金術型消費課税 〜消費税法の理論構造(種蒔き編19)

 前回、損税・二重課税については、「非適格である課税事業者」を題材とする事例(【事例7】【事例8】)で検討をしました。

益税・損税・二重課税1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編17)
益税・損税・二重課税2 〜消費税法の理論構造(種蒔き編18)

 が、「免税事業者」のパターンでも、損税・二重課税が生じることになります。


 前回からの続きということで、【事例9】からスタートさせます。
 前回は単純化のため省略した、Aの上流に位置するDを登場させます。
 以下、価格は税込で表示します。

【事例9】(インボイス前)
 D(課税事業者):
  Aに66000で売った。
 A(課税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。
 Aは課税事業者なので2000(8000-6000)を消費税として納税します。
 Bは課税事業者なので2000(10000-8000)を消費税として納税します。

 結果、消費者の負担した消費税10000(6000+2000+2000)が国に流れてくることとなります。

 では、免税事業者が間に挟まるとどうなるか。

【事例10】(インボイス前)
 D(課税事業者):
  Aに66000で売った。
 A(免税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。
 Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
 Bは課税事業者なので2000(10000-8000)を消費税として納税します。

 結果、消費者の負担した消費税10000のうち、8000(6000+2000)しか国に流れてこないこととなります。
 この現象が不当だとして、インボイス制度が導入されることとなったわけです。


 では、インボイス後はどうなるか。

【事例11】(インボイス後)
 D(適格・課税事業者):
  Aに66000で売った。
 A(適格・課税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(適格・課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。
 Aは課税事業者なので2000(8000-6000)を消費税として納税します。
 Bは課税事業者なので2000(10000-8000)を消費税として納税します。

 結果、消費者の負担した消費税10000(6000+2000+2000)が国に流れてくることとなります。
 全員が適格・課税事業者であるかぎりは、【事例9】と結論は変わりません。

 では、免税事業者が間に挟まるとどうなるか。

【事例12】(インボイス後)
 D(適格・課税事業者):
  Aに66000で売った。
 A(非適格・免税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに88000で売った。
 B(適格・課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。
 Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
 Bは課税事業者なので10000(10000-0)を消費税として納税します。Bが非適格なので仕入税額控除はできません。

 結果、消費者の負担した消費税10000に加えて6000が国に流れてくることとなります。
 免税事業者が間に挟まることで、なぜか消費者の負担した消費税以上の金額が課税されることになります。


 では、Bが自社の利益を確保するためにAに値下げを要請してきた場合はどうなるでしょうか。

【事例13】(インボイス後)
 D(適格・課税事業者):
  Aに66000で売った。
 A(非適格・免税事業者):
  Dから66000で仕入れてBに80000で売った。
 B(適格・課税事業者):
  Aから80000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Dは課税事業者なので6000を消費税として納税します。仮にAが値下げを要請してきたとしても、自社の利益を確保する必要があるため、応じるわけにはいきません。
 Aは免税事業者なので消費税を納税しません。
 Bは課税事業者なので10000(10000-0)を消費税として納税します。Bが非適格なので仕入税額控除はできません。

 結果、消費者の負担した消費税10000に加えて6000が国に流れてくることとなります。
 国の利益は【事例12】と同じですが、大きく異なるのがABDの利益状況です。

【事例10】
 D 60000(66000-6000)
 A 22000(88000-66000)
 B 20000(110000-88000-2000)
 消費税 8000(6000+2000)

 Aの2000が不当な「益税」だとして、インボイスを導入することで国に流れてくるようにしたわけです。

【事例12】
 D 60000(66000-6000)
 A 22000(88000-66000)
 B 12000(110000-88000-10000)
 消費税 16000(6000+10000)

 ところが、【事例12】にそのままインボイスを導入すると、Aの利益はそのままでBが大損し、なぜか国が不当な利益を得る結果となりました。

【事例13】
 D 60000(66000-6000)
 A 14000(80000-66000)
 B 20000(110000-80000-10000)
 消費税 16000(6000+10000)

 そこでBが値下げを要請すると、Bは【事例10】と同じ利益状況まで回復することができました。が、今度はAが壊滅的なダメージを受けることに。


 一体これらの事例で何が起こっているのかというと。
 国が不当に利得している6000につき、ABDのうちの誰がババを引くか押し付けあっている、ということです。益税とされた2000まではいいとして、さらに6000を誰かが負担しなければならなくなっています。

 事業者である以上、自社の利益の最大化を図るのは当然のことであって。BなりDの行動は、そう批判できるものでもない。
 消費者の負担した消費税以上の金額を徴収しておきながら、よくもまあ「あとは当事者間でよく話し合ってね。」なんて言えたものですよね。まずはその不当に利得した6000を民間に返しなさいよ、と思います。

 インボイス前の免税事業者の益税をあれだけ悪し様に罵っておきながら、インボイス後は自分がのうのうと益税(=納税者側からみた損税)を貪るという、悪魔の所業。


 このように、消費者の負担した消費税以上の金額が課税されることについて、インボイス推進派の方々はどのように説明していただけるのでしょうか。

 消費者が負担した消費税がきちんと国に流れていくように、という趣旨でインボイスを導入しておきながら。実際には、消費者の購入活動のみならず、免税事業者や非適格である課税事業者の購入活動にまで税負担が発生する結果となっています。

 免税事業者を事業取引から徹底的に排除し尽くすまでの過渡期なんだから、まあどんまい、とでもいうつもりでしょうか。


 私には、「憲法論」のレベルで問題視すべきもののように思うのですが。
 残念ながら、この手のお国の政策の根幹にかかわる事項に関して、裁判所が国民に対するウケ狙いで積極的な判断をすることは望めない、というのが現状かと思います。

 組織再編税制における適格要件については「趣旨解釈」とやらで限定解釈をかましたわけですが。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

 だとしたら、ここでも消費者の負担以上の税負担が生じていることに対して「消費税法の趣旨に反する」とかいって限定解釈できるはずでしょう。が、お国が不当にネコババしているのは間違いないものの、ABDのうち一体誰の財産権がどれだけ侵害されているのか、特定できなかったりします。この、誰も訴えようがない、という状態を逆手にとってあえてこのような座組みを仕組んでいたのだとしたら、とても恐ろしい。

予定は予定 〜消費税法の理論構造(種蒔き編20)
posted by ウロ at 08:25| Comment(0) | 消費税法

2023年02月13日

益税・損税・二重課税2 〜消費税法の理論構造(種蒔き編18)

 前回はインボイス前後の「益税」の中身について検討しました。

益税・損税・二重課税1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編17)

 今回は「損税」の話。インボイス制度最大の問題点です。

 ゼロサムゲームまでなら受け入れざるをえないとして。それ以上の侵食がなされているのではないかということです。

【事例7】(インボイス後)
 A(非適格・課税事業者):
  Bに88000で売った。
 B(適格・課税事業者):
  Aから88000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Aは、課税事業者のため8000を消費税として納税します。非適格であっても、課税事業者であるかぎりは問答無用で課税されます。
 Bは、消費者からもらった10000を消費税として納税します。Aが非適格なので控除はできません。
 結果、消費者の負担した消費税10000に加えて、なぜか8000も国に流れてくることとなります。

 現代の《錬金術型税制》ですね。

 Bの利益状況は【事例5】同様です。そのため、次の通り【事例6】と同様の値下げ要求をすることになるのが現実的でしょう。

【事例8】(インボイス後)
 A(非適格・課税事業者):
  本来は88000で売りたかったが、Bから値引きを要請されて80000で売ることになった。
 B(適格・課税事業者):
  Aから80000で仕入れて消費者に110000で売った。
 C(消費者):
  Bから110000で買った。


 Aは、課税事業者のため7272(80000×10/110)を消費税として納付します。消費税はもらっていない、という言い訳は通用しません。
 Bは、消費者からもらった10000を消費税として納税します。Aが非適格なので控除はできません。
 結果、消費者の負担した消費税10000に加えて、なぜか7272も国に流れてくることとなります。

 【事例7】と【事例8】との大きな違いは、AB間の利益状況です。

【事例7】
 A 80000(88000-8000)
 B 12000(110000-10000-88000)
 消費税 18000(10000+8000)

【事例8】
 A 72728(80000-7272)
 B 20000(110000-10000-80000)
 消費税 17272(10000+7272)

 トータル110000は同じですが、【事例8】ではAへの分配がごっそり減っています。
 数値例の都合上、Aのほうが数字が大きくなっていますが、比率で考えてみてください。

 益税と同様、損税も誰が損をするかはABCの力関係次第で決まるということです。それにしても、【事例8】のAはかなり利益を削られることになっています。

 このような帰結となるAがかわいそう、というのは当然あります。
 が、問題はやはり、消費者の負担した消費税以上の金額を消費税として課税できることに対して、これを正当化できる根拠が何もない点にあると思います。
 どうにか説明ができるのか検討はしてみたものの、どうにも思いつきません。

 「益税を滅ぼすにあたっての副作用にすぎないのであって、巻き込まれたくなければ素直に登録しろ」とでもいうことでしょうか。が、【事例7】ではインボイス登録をしないBではなく、Aが損失を被ることになってしまっています。このような《他罰的》な制度に正当性があるのかどうか。

 「だったら非適格者と取引しなければいい」ということかもしれません。が、その点についても完全自由ではなく、独禁法・下請法などによる規制がかけられています。


 さて、消費者の負担した消費税が増幅される現象、「二重課税」ではないのかと思うわけです。
 一方では課税しておきながら、他方では控除させないなんて、二重課税以外の何ものでもないはずです。

 二重課税というと、
 ・同一主体、同一物に対して複数税目が課税される(年金に関する所得税と相続税など)
 ・同一主体、同一物に対して複数国家が課税する(国際的二重課税)
といった場面が、主として問題とされています。

 が、インボイスが生み出した「損税」についても、消費者の負担した消費税以上のものに課税しているわけで、「二重課税」のカテゴリーに含めてもいいはずです。
 のはずなんですが、別主体に同一税目が課税されるパターンだからなのか、二重課税として騒がれることはありません。もっぱら、事務負担しんどいとか小規模事業者かわいそう、といった方面からの批判ばかりが目立ちます。
 上述した「年金に関する所得税と相続税」のような極めてテクニカルな論点と比べても、ド正面からの二重課税だと私には感じるのですが、どうにも温度差がありすぎるのは不思議。
 「贈与したら贈与者と受贈者、ともに贈与税が課税される」なんてことになったら、大騒ぎになるはずなんですけども。


 「インボイス制度が消費税の本来の姿」みたいな物言いをする人が税理士の中にもいるのですが、なぜ益税だけをみて損税をみないでいられるのか。

 消費者の負担した消費税が免税事業者のもとで消失することが許せないのならば、同様に、消費税の負担した消費税以上の税額に増幅されることも許さないでほしい。
 しかも、益税の場面でABCいずれが着服しているかは力関係によって変わりうるのに対し、損税の場面で国が不必要に税収を得ていることは、動きようのない事実です。

 私の見立てでは、現実のインボイス制度は
 ・売上側:課税売上を上げれば問答無用で課税される(売上税)
 ・仕入側:課税仕入をしてもインボイスがなければ控除しない
と、課税ベース拡大に都合のよいように制度を接ぎ木しただけの、原理も何もない制度、と評価しています。

 法人税法のように、あれやこれやの例外規定がありつつも《益金−損金=課税所得》という定式に揺るぎがないのとは、比べようもない節操の無さ。
 もし真面目に、消費に課税するつもりがあるのであれば、消費者の負担した消費税以上の課税負担が生じることなど、認めるはずないわけで。
 一体何に担税力を見出して課税していると説明するつもりなのか。

 《偽装売上税》あるいは《なんちゃって付加価値税》というのが、実際のインボイス制度に対する正しい評価なのではないでしょうか。
posted by ウロ at 09:26| Comment(0) | 消費税法