2022年09月19日

デビッド・ガーバー「競争法ガイド」(東京大学出版会2021)

 複数の法地域の競争法を比較することで、競争法の「肝」の部分が分かるようになる本。



 デビッド・ガーバー「競争法ガイド」(東京大学出版会2021)

 売らんがな精神かどうか、宣伝目的中で「入門書」と謳っているのですが、それはさすがに無理がある。競争法について何の知識もない人がいきなり本書を読んで、何事かを理解できるかといえば、まあ厳しい。

 正しい位置づけは、日本の競争法制について一通り勉強したことのある人が、他国の競争法制に手を出す前のインターフェイスとして使う、というものだと思います。
 そういう意味での「ガイド」であって、これを「入門書」というには敷居が高い(擬態入門書警察)。

 最低でも、翻訳者である白石忠志先生の薄い本くらいは読んでおく必要があると思います。
 


 白石忠志「独禁法講義 第10版」(有斐閣2023)

 ちなみに、下記の薄い本も面白いのですが、こちらはより高度な学術書。



白石忠志「技術と競争の法的構造」(有斐閣1994)

白石忠志「技術と競争の法的構造」(有斐閣1994)


 で、(他国の)競争法に縁のない私がなぜ本書を読んだのかというと。

 本書は、単一の法分野につき、複数の法地域(法域)ごとの共通点・相違点を総覧するものになっています。競争法限定の「比較法」の本、といった趣です。

 通常の比較法の本だと、必ずしも著者の得意ではない分野まで含まれることがあります。そうすると、単なる制度陳列系の記述となってしまい、「比較」の視点がぼやけてしまうことになりがち。
 対して本書では、法分野が一つに限定されているので、共通点・相違点の抽出の仕方が非常にクリアになっています。しかも、単なる制度の表面をなぞるだけでなく、運用面も視野に入れた内容となっています。


 そして、この単一/複数を入れ替えると、〈単一の法地域につき複数の法分野ごとの共通点・相違点を総覧する〉となります。

  本書: 単一の法分野×複数の法地域
  応用: 単一の法地域×複数の法分野

 本ブログでは、複数の法分野の間に落っこちている問題につき、イジりの対象とすることがありますが、本書のアプローチ・分析方法が、こういうイジりに「応用」できるのでは、と思いました。

【税法×知的財産法×法適用通則法】
非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(まとめ)

 もちろん、〈単一の法地域につき、複数の法分野ごとの共通点・相違点を総覧する〉本そのものがあればそれを読めばいいわけです。が、そういう本、残念ながらあまり見かけません。
 せいぜい「2法間」までです(対談はあっても鼎談がない)。

【2法間の最高峰(と私が思うもの)】


 佐伯仁志,道垣内弘人「刑法と民法の対話」(有斐閣2001)

【なお1法間?】


 安藤馨,大屋雄裕「法哲学と法哲学の対話」(有斐閣2017)


 本書で読んだことが本ブログに還元されるかどうか、今のところ、3つ以上の「法間インターフェイス」を素材とするネタが手元にないので、本領が発揮されるのはしばらく先になりそうです。
posted by ウロ at 09:49| Comment(0) | 競争法

2022年09月12日

適用除外☆Gradation 〜育児介護休業法編

 結果、適用が受けられない場合であっても、法律上は書きぶりが違うものがあるよ、というお話し。タイトルからは何のことやら分からないと思いますが。

 この手の話、条文の読み方的な本にも、個別の法律の解説書にも書かれていないことが多く、隙間に落ち込むタイプのもの。なので、例によって本ブログの格好のネタとなります。

 今回は「育児介護休業法」を素材とします。


 たとえば「短時間勤務制度」の対象者について、お役所作成の手引には次のように記述されています。

育児・介護休業法のあらまし(令和4年3月作成) 

107頁
15 事業主が講ずべき措置(所定労働時間の短縮等)
 \−5 所定労働時間の短縮措置(短時間勤務制度)
○ 短時間勤務制度の対象となる労働者は、次のすべてに該当する労働者です。
 @ 1日の所定労働時間が6時間以下でないこと
 A 日々雇用される者でないこと
 B 短時間勤務制度が適用される期間に現に育児休業(産後パパ育休含む)をしていないこと
  ※産後パパ育休に関しては、令和4年10月1日適用。
 C 労使協定により適用除外とされた以下の労働者でないこと
  ア その事業主に継続して雇用された期間が1年に満たない労働者
  イ 1週間の所定労働日数が2日以下の労働者
  ウ 業務の性質又は業務の実施体制に照らして、短時間勤務制度を講ずることが困難と認められる業務に従事する労働者(指針第2の9の(3))


 「条文裏返し」っぷりが気になるものの、今回は触れません。

【条文裏返し問題】
社会保険適用拡大について(2022年10月〜) 〜規範論的アプローチと類型論的アプローチの相克

 ここで触れたい問題は、@からCまでが並列に記述されてしまっていることについてです。

 条文上は、次のような構造になっています。

・日々雇用される者(A)
 育介法上の「労働者」から除かれている(法2条1号)。
・短時間勤務制度が適用される期間に現に育児休業をしていない者(B)
 「育児休業をしていないもの」に該当しない(法23条1項本文)。
・1日の所定労働時間が6時間以下の者(@)
 短時間勤務制度の「労働者」から除かれている(法23条1項本文)。
・労使協定により適用除外とされた労働者(C)
 労使協定により措置を講じないものとして定めることができる(法23条1項但書)。

 また、本体である「育児休業」の対象者についての、お役所の手引の記述は次のとおりです。

15頁
U−1 育児休業制度
 U−1−1 育児休業の対象となる労働者
○ この法律の「育児休業」をすることができるのは、原則として1歳に満たない子を養育する男女労働者です。
○ 日々雇い入れられる者は除かれます。
○ 期間を定めて雇用される者は、申出時点において、次のいずれにも該当すれば育児休業をすることができます。
 @ 同一の事業主に引き続き1年以上雇用されていること
 A 子が1歳6か月に達する日までに、労働契約(更新される場合には、更新後の契約)の期間が満了することが明らかでないこと
○ 労使協定で定められた一定の労働者も育児休業をすることはできません。
<令和4年4月1日変更点>
 期間を定めて雇用される者の@の要件が撤廃されます。
○ 期間を定めて雇用される者は、申出時点において、子が1歳6か月に達する日までに、労働契約(更新される場合には、更新後の契約)の期間が満了することが明らかでない場合は、育児休業をすることができます。


 こちらも条文構造を整理すると次のとおり(2022年4月改正施行後を前提とします)。

・日々雇用される者
 そもそも育介法上の「労働者」から除かれている(法2条1号)。
・子が1歳6か月に達する日までに労働契約の期間が満了することが明らかな者(A)
 申出をすることができる者から除かれている(法5条1項)。
・労使協定で定められた一定の労働者
 労使協定に定めることで申出を拒むことができる(法6条1項、2項)。

 このように、どうやって適用から外れるのかについて、条文上はそれぞれ書き分けがされています。
 特に、労使協定による定めについて、育児休業では「拒むことができる」、短時間勤務制度では「措置を講じない」という違いがあります。
 法6条2項には、会社が拒否したら育児休業できないなんてことがわざわざ明記されています。その前の同条1項但書だけでも足りると思うんですけども。短時間勤務制度のほうには、当然のことながらそんな規定はありません。


 結果、適用されないならいちいち区別する必要ないじゃん、と思うかもしれません。
 が、私の意識にあるのは下記記事に関することです。

いろんな産休と育休 〜法間インターフェイス論

 この記事では、健康保険法上の育児休業の定義が育介法からの借りものだ、ということを述べました。
 そうすると、社保免除などの適用が受けられるかどうかは、育介法上の「育児休業」に該当するかどうかに従うことになります。
 会社が育介法をはみ出して独自の育休制度を設けたとしても、当該休業は社保免除等の適用対象とはなりません。

 たとえば、「子が1歳6か月に達する日までに労働契約の期間が満了することが明らかな者」を休業させた場合、育介法上の育児休業には該当しないので、社保免除など健保法上の優遇を受けることはできない、ということになります。

 では、労使協定で入社1年未満の者の申出を拒むことができると定めていながら、その者からの申出を拒まずに休業を与えた場合はどうなるでしょうか。
 法6条2項に「拒否したら休業できない」と書いてあることからすると、「拒否しなければ休業できる」と反対解釈することができるはずです。もしかするとこの規定、この反対解釈を導けるようにするために設けたものなのでしょうか。
 このように解釈できるのならば、拒まずに休業させた場合も育介法上の育児休業に該当することになるので、健保法上の優遇を受けられることになります。

 なお、人によって拒んだり拒まなかったり、といった運用をするならば、それはそれで別の問題になるとは思いますが。


 というように、どうやって除外されるかによって効果に違いが生じるのならば、社内の規程・労使協定についても、これら条文構造を正確に再現しておくのが望ましいと思います。
 ところが、お役所のものを始めとした一般的な規程例・労使協定例では、きちんと意識されていないものが多い印象。たとえば、短時間勤務制度に関して、条文とは異なり「申出を拒むことができる」という書き方になっているなど。

 もちろん、企業が独自の規定を設けることそれ自体は構わないことです。が、それが意識的にそうしているのではなく、単にお役所の標準書式をコピペしているだけだということであれば問題だと思います。
 というか、なぜお役所の標準書式の段階で、わざわざ条文構造と異なる文言に改変することにしたのか、謎ではあります。

○育児介護休業法

第二条(定義)
 この法律(第一号に掲げる用語にあっては、第九条の三並びに第六十一条第三十三項及び第三十六項を除く。)において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 育児休業 労働者(日々雇用される者を除く。以下この条、次章から第八章まで、第二十一条から第二十四条まで、第二十五条第一項、第二十五条の二第一項及び第三項、第二十六条、第二十八条、第二十九条並びに第十一章において同じ。)が、次章に定めるところにより、その子(民法(明治二十九年法律第八十九号)第八百十七条の二第一項の規定により労働者が当該労働者との間における同項に規定する特別養子縁組の成立について家庭裁判所に請求した者(当該請求に係る家事審判事件が裁判所に係属している場合に限る。)であって、当該労働者が現に監護するもの、児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第二十七条第一項第三号の規定により同法第六条の四第二号に規定する養子縁組里親である労働者に委託されている児童及びその他これらに準ずる者として厚生労働省令で定める者に、厚生労働省令で定めるところにより委託されている者を含む。第四号及び第六十一条第三項(同条第六項において準用する場合を含む。)を除き、以下同じ。)を養育するためにする休業をいう。

第五条(育児休業の申出)
1 労働者は、その養育する一歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、その養育する子が一歳六か月に達する日までに、その労働契約(労働契約が更新される場合にあっては、更新後のもの。第三項及び第十一条第一項において同じ。)が満了することが明らかでない者に限り、当該申出をすることができる。

第六条(育児休業申出があった場合における事業主の義務等)
1 事業主は、労働者からの育児休業申出があったときは、当該育児休業申出を拒むことができない。ただし、当該事業主と当該労働者が雇用される事業所の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、その事業所の労働者の過半数で組織する労働組合がないときはその労働者の過半数を代表する者との書面による協定で、次に掲げる労働者のうち育児休業をすることができないものとして定められた労働者に該当する労働者からの育児休業申出があった場合は、この限りでない。
一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者
二 前号に掲げるもののほか、育児休業をすることができないこととすることについて合理的な理由があると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの
2 前項ただし書の場合において、事業主にその育児休業申出を拒まれた労働者は、前条第一項、第三項及び第四項の規定にかかわらず、育児休業をすることができない。

第二十三条(所定労働時間の短縮措置等)
1 事業主は、その雇用する労働者のうち、その三歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないもの(一日の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるものを除く。)に関して、厚生労働省令で定めるところにより、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮することにより当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置(以下この条及び第二十四条第一項第三号において「育児のための所定労働時間の短縮措置」という。)を講じなければならない。ただし、当該事業主と当該労働者が雇用される事業所の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、その事業所の労働者の過半数で組織する労働組合がないときはその労働者の過半数を代表する者との書面による協定で、次に掲げる労働者のうち育児のための所定労働時間の短縮措置を講じないものとして定められた労働者に該当する労働者については、この限りでない。
一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者
二 前号に掲げるもののほか、育児のための所定労働時間の短縮措置を講じないこととすることについて合理的な理由があると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの
三 前二号に掲げるもののほか、業務の性質又は業務の実施体制に照らして、育児のための所定労働時間の短縮措置を講ずることが困難と認められる業務に従事する労働者

○育児介護休業法施行規則

第七十二条(法第二十三条第一項本文の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるもの)
 法第二十三条第一項本文の所定労働時間が短い労働者として厚生労働省令で定めるものは、一日の所定労働時間が六時間以下の労働者とする。
第七十三条(法第二十三条第一項第二号の厚生労働省令で定めるもの)
 法第二十三条第一項第二号の厚生労働省令で定めるものは、一週間の所定労働日数が二日以下の労働者とする。
posted by ウロ at 11:08| Comment(0) | 労働法

2022年09月05日

年休権は《更新》されない?(その2)

 前回、「年休権は更新されない」という定説に対する疑問を呈しました。

年休権は《更新》されない?(その1)

 が、巷の解説モノでは、未だに昭和24年の通達の引き写しレベルの説明しかされていないのがほとんど。
 そのうち裁判所に持ち込まれて、よくあるテンプレを漫然と流用していた会社にとってあまりよろしくない結論が出ることになったらどうするのか。


 現行の規定を一旦脇において《制度論》として考えた場合、年休権は賃金請求権などとは違った特殊な権利だということで、「更新なしで期間経過により当然消滅」という設計とすることもありうるでしょう(除斥期間構成)。
 というか、これまで援用すら要せずに当然消滅扱いでもつつがなくやり過ごせてきたのは、除斥期間的な理解のほうが時効構成よりも年休権の性質にマッチするものだったからではないでしょうか。

 が、出発点として、労働基準法115条の「その他の請求権」に該当すると解釈してしまった以上、時効構成とセットになっている民法上のルールも、当然排除とするわけにはいかないはずです。

 もしかすると、昭和24年通達は、解釈レベルで民法の更新(中断)ルールの適用を排除するための、実務における知恵だったと評価できるかもしれません(労働者側からみれば悪知恵)。
 そして、新設された「年次有給休暇管理簿」についても、その記載事項が「(取得)日数」どまりになっているのは、使用者側が「承認」回避をするための逃げ道を作ってくれていたのかもしれない。

 だというのに、漫然と「残日数」や「繰越日数」が記載されたテンプレを利用するのは、いかがなものか(もちろん労働者にとっては攻めどころ)。

 ということを踏まえて、「承認避け」目的で「管理簿」にそれら項目を記載しなかったとして、労働者側から残日数の確認申請があった場合はどう対応すべきか。
 素直に回答すれば、そのまま「承認」になりそうです。じゃあってことで回答拒否したとしたら、権利行使を妨害したとして時効援用権の「濫用」と評価されるかもしれません。

 どっちにしろ、確認されたら詰みそう。


 このように、現状の実務運用がいつひっくり返されてもおかしくない不安定な状態にあるというならば、《立法論》として除斥期間化することも検討すべきでしょう。

 が、労働者不利益が可視化・固定化されるだけの改正、実現の望みは薄そうです。結論自体は、現状の実務運用と変わるわけではないのですが。


 ただ《解釈論》レベルでも、抜け道がないわけではありません。

 というのも、更新規定は労基法に直接書き込まれているのではなく、労基法115条をハブとして民法から流れ込む形になっています。
 そこで、民法の更新規定を「任意規定」と解釈し、就業規則などで更新を排除する旨明記すれば、更新されない年休権の出来上がり、ということになります。

 が、民法だからといってすべて任意規定というわけでもなく、また、労基法に取り込まれることで強行規定化するという解釈も成り立ちうるので、すんなり排除できるとは限りません。

 とはいえ、今の運用を解釈論の範囲内で正当化しようとするならば、このルートに乗っかるしかないんじゃないですかね。
 ではあるのですが、残日数が明確に分かっているにもかかわらず、それでも「時効」で消滅するというの、やはり違和感が残ります。やはり、当然消滅の特殊な権利として正面から法改正してもらうのが望ましい。


 余談ですが、「不利益」繋がりでいうと、年休の「一斉付与」ということで、基準日を設けて本来の付与日から前倒しで付与することが行われています。

 前倒しであるかぎり労働者に不利益にならない、ということで許容されているところです。が、今回問題にした時効消滅という観点からすると、早く付与してもらえればいいというものでもない。
 付与期間が前倒しされれば、その分時効の起算日も前倒しとなります。時効という側面からみれば労働者にとって不利益になっているということです。

 個々の労働者にとって、早く付与してもらえるのがいいのか、遅くまで使えるのがいいのか、人それぞれであって一律に有利不利と割り切れるものではない。ので、早く付与してあげたんだから早く消滅しても問題ない、と評価できるとはかぎらない。
 法律の規定より労働者を不利益に扱ってはいけない、というのであれば、たとえば付与日を前倒ししたとしても、消滅時効の起算日は法定の付与日から2年とするのが筋でしょう。

 せっかく一斉付与を採用したというのに、個別評価なんてしていられない、というのであれば、繰越期間を一律後倒しにすることになるでしょうか。
 そこまでしないとしても、使用者には法定の付与義務以上に、労働者の権利行使を促進する施策を実施することが要求されることになるはずです。
posted by ウロ at 11:47| Comment(0) | 労働法

2022年08月29日

年休権は《更新》されない?(その1)

 年休権は、労働基準法115条の「その他の請求権」に該当し付与日から「2年」で時効消滅する、というのが定説となっています。

労働基準法 第百十五条(時効)
 この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。


 他方、民法152条では、債務者(使用者)の「承認」があった場合には、時効期間がリスタートすることになっています。

民法 第百五十二条(承認による時効の更新)
1 時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。


【時効の更新について】
時効の中断・停止から時効の完成猶予・更新へ

 実務上は、当たり前のように2年で当然消滅と扱っているわけですが、「承認」が生ずる余地がないのかどうか。

※なお、そもそも労働者に対して時効の「援用」の意思表示なんてしてないじゃん、という問題もありますが、援用の法的性質なども絡むので、さしあたり考慮外としておきます。

民法 第百四十五条(時効の援用)
 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。



 この点につき、通達(S24.9.21基収第3000号)では、勤怠簿・年次有給休暇取得簿に「取得日数」が書かれているだけでは、「残日数」に対する「承認」に該当しないとされています。

 が、これは昭和24年(!)の通達です。

 時代を超えて、平成30年の施行規則改正により「年次有給休暇管理簿」の作成・保存が義務付けられました。
 このことが結論に影響するかどうか。

労働基準法施行規則 第二十四条の七
 使用者は、法第三十九条第五項から第七項までの規定により有給休暇を与えたときは、時季、日数及び基準日(第一基準日及び第二基準日を含む。)を労働者ごとに明らかにした書類(第五十五条の二及び第五十六条第三項において「年次有給休暇管理簿」という。)を作成し、当該有給休暇を与えた期間中及び当該期間の満了後五年間保存しなければならない。

※ただし、当分の間「5年間」→「3年間」とされている(施行規則72条)。


 ここでいう「日数」は、「法第三十九条第五項から第七項までの規定により」与えたときとあることからすると「取得日数」のことを指しているのでしょう。
 そうすると、未だ上記通達の射程内にあるようにも思えます。

 が、年休権の「権利性」というのものが、当時とは比べ物にはならないほど強化されています。労働者としての権利としても当然ですが、計画年休や、使用者側の付与義務としても規定されることになりました。
 のに、昭和24年とおなじノリで年休権をカジュアルに扱ってもよいのかどうか。


 確かに、施行規則どおり「取得日数」だけしか書かなければ、「残日数」まで承認したとは評価しがたいのかもしれない。ですが、少なくとも「法定日数−取得日数」は残っていることは明らかなわけで、残日数が明記されていないからといって、日数が特定できないということでもないです。
 通常の金銭債権のように、『本日1万円返済しました』という書面だけでは残債務があといくらあるのか分からない、というのとは事情が異なります。

 また仮に、施行規則の要求を超えて「残日数」までしっかり記載していた場合には、通達の射程は直接及ばないわけで、この場合は「承認」と評価されてもおかしくはないです。


 また、よくあるテンプレだと「前年度繰越日数」を記載する欄があります。
 「前年度以前」となっていないことからすると、2年で当然消滅することを前提としているのでしょう。が、この欄に日数を記入してしまうと、前年度分も「承認」していることになってしまうのではないでしょうか(残日数に合算していれば同じでしょうが)。

 もしこれが「承認」にあたるとすると、無限ループに陥っていつまでも年休権が消滅しない事態になるような気がします。
 ちょっと考えてみましょう。

 以下、丸数字は年度、数字は日数で、一切取得しなかったとします(あくまで仮想例)。

  ア @管理簿:付与10 残10
  イ A管理簿:繰越10(@) 付与10 残20

 そして、第3年度に繰り越す際に10(@)は消滅する、というのが一般的な扱いです。

  ウ B管理簿:繰越10(A) 付与10 残20

(※ちなみに、繰越欄に記載しないことをもって時効の「援用」だというのであれば(別途何かしらの通知は必要?)、その裏返しで繰越欄に記載することは「承認」ということになるのではないでしょうか。)

 が、もしA管理簿に@の繰越分も記載していることが「承認」にあたるとすると、10(@)はまだ消滅していないことになります。
 そうすると、第3年度の管理簿は次のように記載しなければなりません。

 エ B管理簿:繰越20(@+A) 付与10 残30

 これが第4年度以降も続くので、リセットボタンを連打されていることになり、いつまでも時効が進行しないことになります。

 では、承認により消滅していないにもかかわらず、従前の理解に従って@の繰越分を記載しなかった場合はどうか。

 ウ B管理簿:繰越10(A) 付与10 残20

 この場合、イをもって10(@)の承認は終わっているので、時効期間の進行が再スタートすることになります。
 この承認が終わるのがいつの時点かですが、
 ・イの当初作成時(10(A)の付与時) +1年
 ・イの期間満了時 +2年
 ・イの期間満了後3年の保存期間経過時 +5年
のいずれかとなるでしょうか。

 いずれだとしても、従前の理解による
 ・アの当初作成時(10(@)の付与時)
よりは後にずれることになります。


 一旦ここで区切って、次週に続けます。

年休権は《更新》されない?(その2)
posted by ウロ at 09:57| Comment(0) | 労働法

2022年08月22日

自分のドグマは自分で見えない。 〜「原始的不能のドグマ」再訪

 『他人の見解をドグマ呼ばわりする人、自分もドグマを抱えていることを見落としがち。』

小林秀之「破産から新民法がみえる」(日本評論社 2018)


 潮見佳男先生の「契約各論」の体系書が出ましたので、気になるところをふんわり眺めていたんです。



潮見佳男「新契約各論I」「新契約各論II」(信山社2021)

 そうしたところ、例によってひっかかる記述が(I巻199頁)。

(引用ここから)
 マンションの販売業者であるAが,「マンションの北側ベランダから富士山を眺望でき,当社の調査によれば,マンションの敷地の北にある空き地には視界を遮るような建物は建たない」との触れ込みで,分譲マンションの一室(甲)をBに売ったところ,3年後に隣地に高層マンションが建設されたため,Bの居室から富士山を眺めることができなくなったとする。
 このような場合には,@一方で,くA・B間の売買契約において,『マンションの北側ベランダから富士山を眺望することができるマンションを引き渡すこと』が売主Aの債務の内容を成している〉という点に着目したならば,売買目的物(マンション)の品質面での契約不適合を理由とする売主Aの債務不履行責任(民法562条以下)が問題となりうる(もちろん,売主Aの負担した債務の内容が何であったのかをA・B間の売買契約に即して確定する必要がある)。
 他方で,AAとBは,くマンションの北側ベランダから富士山を眺望でき,マンションの敷地の北にある空き地には視界を遮るような建物は建たない〉との事実認識を基礎とし,この認識を合意の内容に取り込んだ(=法律行為の内容とした)という点に着目したならば,法律行為の内容とされた事実認識に誤りがあった(「法律行為の基礎とした事情」についての認識が真実に反していた)ところ(民法95条1項2号にいう行為基礎事情の錯誤),その認識が「表示」されていたとの観点から,Bは,この行為基礎事情の錯誤が民法95条1項柱書の定める重要性要件を充たしたならば,表意者の意思表示は取消しの対象となるその意思表示に錯誤があったことを理由に,意思表示を取り消すことができるのではないかということが問題となりうる。
 この例のように,売買目的物の「品質面での契約不適合」を理由とする債務不履行責任による処理(@)が問題となる局面では,「法律行為(売買契約)の基礎とした事情」についての認識の誤り(行為基礎事情の錯誤)を理由とする取消しによる処理(A)もまた,問題となりうる。そこで両者の適用関係が問題となる。
 債権法改正前の民法のもとでは,この問題をめぐって,錯誤優先説,瑕疵担保責任優先説,選択可能性説が主張されていた。

(引用ここまで)

 錯誤主張、できるってよ。

 この記述自体が、何かおかしいわけではありません。
 が、これと、以前に引用した《不能じゃないと思った⇒錯誤不可》テーゼとは整合するのでしょうか(新債権総論T巻84頁)。

(引用ここから)
 契約に基づく債務の履行が原始的に不能であるものの、当該契約が有効とされる場合には、給付が契約締結時に可能であることに関する錯誤が「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである」(民法95条1項柱書)ことを理由に、意思表示を取り消すこともできない。「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」とは、旧法95条が「法律行為の要素」と述べていたものに対応する表現であって、その意味としては、表意者がその真意と異なることを知っていたとすれば表意者はその意思表示をせず、かつ、通常人であってもその意思表示をしなかったであろうことを指すものであるところ、原始的不能であるものの当該契約が有効とされる場合は、給付が契約締結時点で可能か不能かは「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要」とみることはできないからである。
 もとより、契約に基づく債務の履行が不能であったことが無効事由・取消事由に該当するときは、このことを理由として契約が無効となったり、取り消されたりすることが妨げられるものではない。

(引用ここまで)

ドキッ!?ドグマだらけの民法改正
潮見佳男「新債権総論1(法律学の森)」「新債権総論2(法律学の森)」(信山社 2017)


 マンション事例については、隣地マンションの建設時点でのバリエーションがありえます。

  1 契約締結前に建設済み
  2 契約締結後、引渡前に建設完了
  3 引渡後に建設完了

 もちろん、マンション建設自体、予定から建設完了まで幅のあるものです。が、改正後は、いつ時点云々は契約解釈のための一要素にすぎず、原始的/後発的かどうかでガラッと結論がかわるものではありません。
 ので、記述としては建設完了時と一時点に単純化して表現しておきます。

 同じように、かつての原始的不能の事例であげられていた「契約締結時には別荘が全焼していた」という別荘事例も、全焼時点でのバリエーションがありえます。

  1 契約締結前に全焼
  2 契約締結後、引渡前に全焼
  3 引渡後に全焼

 こう並べると、別荘事例1が原始的不能だというならば、マンション事例1も原始的不能なんじゃないのかと。
 マンション事例1が原始的不能でないというのだとしたら、まさしく《特定物のドグマ》そのものよ。マンションそのものを引き渡しているから不能じゃない、などといった理由付けをせざるをえないわけで。

 そして、両事例の1〜3は時点が違うだけの「不能」グループとしてひとつに括れるのではないかと。「不能」というと紛らわしいなら「契約不実現」でもいいです。
 要するに、マンション事例における「隣地マンション建設」と別荘事例における「全焼」とは、契約の効力にとって同じ事由なんじゃないかということです。


 上記2つの引用の直接的な記述は、マンション事例3⇒錯誤、別荘事例1⇒錯誤不可、と契約不実現の時点が違うものを想定しています。
 が、もし両事例とも同じ「不能」といえるのならば、何の違いによって、3が錯誤で1が錯誤でないといえるのでしょうか。改正法は、原始的/後発的の違いによるカテゴリカルな区別は廃棄したはずです。そして、そのことをもって「旧ドグマ潰してやったぜ」とイキリちらしていたはずです。

 もし、契約締結時に「建設/全焼」であることが当事者にとって「重要」でないといえるのだとしたら、それが契約締結以降に生じた場合であっても、同じく「重要」でないことになるのではないでしょうか。

 ・契約締結時に建設されていないこと/全焼していないこと
 ・契約締結後に建設されないこと/全焼しないこと

 むしろ、契約締結から時間が経過するに従い、リスクは売主から買主に移っていくものではないのかと。
 契約締結時点で別荘が現存していることが重要だとした場合でも、引渡後に出火しないことまではカバーしないのが通常でしょう。隣地マンションの建設についても、不建設が契約の前提となっていたとしても、一定の年限があるはずで「エターナル眺望保証」はありえない。

 ので、かつての《原始的不能のドグマ》が契約無効とまで主張していたのは言い過ぎだとしても、後発的不能と比べて売主側にリスクを寄せていたのは、方向性としては間違っていなかったといえます。
 他方で、3が錯誤で1が錯誤でないというのは、リスクの分担が逆転しているわけで、どういう理由がつけられるのでしょうか。

 旧ドグマ 原始的不能: ⇒契約無効
      後発的不能: ⇒債務不履行・危険負担

 新ドグマ 原始的不能: ⇒錯誤不可
      後発的不能: ⇒錯誤可


 412条の2第2項の解釈として、《ここに直接書いてあることは「原始的不能でも損害賠償できる」ということだけだが、実は、原始的不能の場合のみ意思表示ルールを排除するという内容が隠れている》とでも読み込めばよいのか。
 なかなかのアクロバティック解釈。ですし、2つ目の引用の記述では、錯誤以外の無効事由・取消事由がありうることは排除されていません。同条の解釈で錯誤の場合だけを排除するのは無理がある。
 なぜ原始的不能だけ除け者にされるのかの実質的な根拠も示されていませんし。

 そうすると、95条の「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」の解釈として読み込むしかないのでしょう。が、以前述べたとおり「契約締結時に履行が可能か不能かなんて契約当事者にとって重要でない」などという、いかにも非常識な理由付けをしなければならなくなります。と同時に、「契約締結後の不能は重要である」ともいわなければなりません。

 なかなかの狭き門。

 同条の「表意者が法律行為の基礎とした事情」の解釈でコントロールするにしても同じことです。
 別荘が契約締結時に現存しているかどうかは法律行為の基礎とならないが、引渡後に隣地にマンションが建たないことは法律行為の基礎となる、などというだけでは《僕がそうするべきだと思った》以上の理由になっていない。単なるご都合解釈。
 その物を引き渡せば履行になる、という《特定物のドグマ》のある意味逆バージョン。その物を引き渡せるかどうかはおよそ法律行為の基礎にならないのに、それ以外の事情は法律行為の基礎になるといっているわけで。


 この原始的不能を錯誤から排除しようとする所作、不能の問題を債務不履行に一本化したいのでは、と以前邪推しました。
 が、請求権競合問題について、潮見先生は「選択可能性説」を採用しています(規範調整とかおよそありえないわー、ぐらいのノリで書いている気がする)。
 そうすると、マンション事例のような場合においては一本化を志向していないということになります。

 ますます別荘事例でのみ錯誤を排除することとの違いが分からない。

 《原始的不能のドグマ》を徹底的に毛嫌いしていることと、原始的不能「だけ」を錯誤「だけ」から追い出そうとしている、というところまではわかりました。
 一体ここまでの見解を主張させようとする因子は何であるのか。なにがしかの《ドグマ》(新・原始的不能のドグマ)が背後に存在しているのでは、と思わずにはいられない。

 旧・原始的不能のドグマ:原始的不能なら契約無効 
 新・原始的不能のドグマ:原始的不能の思い違いは錯誤にならない

 旧・特定物のドグマ:その物を引き渡せば債務不履行にならない
 新・特定物のドグマ:その物を引き渡せば原始的不能にならない


 以上、散々なことを書いたものの、自分自身が何らかのドグマに囚われていないとは言い切れない。

○民法

第九十五条(錯誤)
1 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

第四百十二条の二(履行不能)
1 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。
2 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第四百十五条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。
posted by ウロ at 16:51| Comment(0) | 民法