2024年11月11日

判例が、言っていることいないこと。 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)

 判例の射程について、「主論/傍論」とか「結論命題/理由付け命題」のような枠組みで既定しようとする見解があるものの。

判例の機能的考察(タイトル倒れ)

 現実に最高裁がいうところの「当裁判所の判例とするところである/でない」と自称するものは、そのような硬直的な枠組みとは違って。かなり融通無碍なところがあるように思われます。

 そうはいっても、私のような人間が、現実に最高裁が思い描いているであろう《判例理論》を理路整然と説明できるはずもなく(最高裁を、単数形で書くこと自体が不適切ですが)。
 そういったことは、どなたか、天才学者が優れた理論を開発してくれることをお待ちしているところであり。我々にできることは、次々と現れる個別の判決が、何を判断し、かつ、何を判断しなかったか、を愚直に分析していくことなのでしょう。

 ということで、本判決が分析の素材としてちょうどよいと思ったので。以下、上記のような観点から整理をしていきます。

 最高裁令和5年3月6日判決


 判決引用と意訳については、前回の記事をそのまま流用します。

《税負担の累積防止》なる税務ミームについて 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)

 消費税法は、生産、流通等の各段階で二重、三重に税が課されて税負担が累積することを防止し、経済に対する中立性を確保するため(税制改革法10条2項)、課税期間中に行った課税仕入れに係る消費税額を当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から控除するものとしている(消費税法30条1項1号)。


・仕入税額控除制度の趣旨は「税負担の累積防止」にある(制度趣旨)。

もっとも、同法は、所定の場合において当該課税期間中に行った課税仕入れにつき用途区分が明らかにされていないときは、課税仕入れに係る消費税額に、課税売上割合、すなわち、課税期間中の所定の売上げの総額に占める課税資産の譲渡等に係る売上げの割合を乗じて計算する方法により控除対象仕入税額を計算するものとし(同条2項2号)、また、帳簿及び請求書等の保存がない場合には原則として当該課税仕入れに係る消費税額の控除を認めないものとする(同条7項)など、課税の明確性の確保や適正な徴税の実現といった他の目的との調和を図るため、税負担の累積が生じても課税仕入れに係る消費税額の全部又は一部が控除されない場合があることを予定しているものということができる。


・用途区分が明らかでない場合は「課税売上割合」で控除額を計算する(割り切り)。
・帳簿・請求書等の保存がない場合は控除できない(唐突!!)。
・法律上、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」のために、累積防止が犠牲になることも予定されている(過剰課税の容認)。

【過剰課税容認系判決】
みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)
最高裁令和6年7月18日・第一小法廷判決(外国子会社合算税制) 雑感

 そして、個別対応方式により控除対象仕入税額を計算する場合において、税負担の累積が生ずる課税資産の譲渡等と累積が生じないその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れにつき一律に課税売上割合を用いることは、課税の明確性の確保の観点から一般に合理的といえるのであり、課税売上割合を用いることが当該事業者の事業の状況に照らして合理的といえない場合には、課税売上割合に準ずる割合を適切に用いることにより個別に是正を図ることが予定されていると解されることにも鑑みれば、課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れは、当該事業に関する事情等を問うことなく、共通対応課税仕入れに該当すると解するのが消費税法の趣旨に沿うものというべきである。


・課税売上割合による割り切りは、「課税の明確性の確保」の観点から一般に合理的(必要性)。
・合理的といえない場合は「準ずる割合」を適切に用いればよい(許容性)。
・法が「課税売上割合/準ずる割合」という座組みを採用しているのは、双方に対応する場合は個別事情を考慮しないですべて共通対応に入れ込むという趣旨(趣旨解釈)。

このように解することは、課税仕入れを課税資産の譲渡等「にのみ」要するもの(課税対応課税仕入れ)、その他の資産の譲渡等「にのみ」要するもの(非課税対応課税仕入れ)及び両者「に共通して」要するもの(共通対応課税仕入れ)に区分する同条2項1号の文理に照らしても自然であるということができる。


・条文の書きぶりからも、「課100%/非100%」以外は個別事情を考慮しないですべて「共通」に入れ込む、と読むのが自然(文理解釈自然派)。

 そうすると、課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。


 よって、ちょっとでも「その他」要素が混ざり込んだら共通仕入と扱う。


 「主論/傍論」「結論命題/理由付け命題」といった枠組みで判例かどうかを区別する見解からすると、上記引用部分は「判例」には該当しない、となるのでしょうか(正直、私にはこれら区分がよくわかっていない)。

 が、判決文のうちどの部分が判例か、という問題については、本記事では触れません。あくまでも、本判決が判断したこととしなかったことをあるがままに理解することが、本記事のテーマとなります。


 では、本判決が何を言っているかというと。

 下記イメージ図を御覧ください(あくまでもイメージとして)。

用途区分1.png


 本判決が判断したことは「オレンジの矢印ルートはないよ」ということに尽きます。
 課税要素100%だけが「課税対応」、非課税要素100%だけが「非課税対応」、それ以外の、たとえば課税要素99%/非課税要素1%というような場合であっても、すべて「共通対応」に入れ込むと。
 肝心の、対応関係をどうやって判定するかについては、何も判断を示していません。


 私のような普通の人からすると、本件のような問題が生じた場合、「用途区分における対応関係はどのように判定すべきか?」という1つの論点しかないと思ってしまいます。

 が、本判決は、当該論点につき、
  ア 対応関係は、どのような事実を拾い上げて、どのように判定すべきか。
という本体部分から、
  イ アの結果、双方に対応すると判定された場合、課税/非課税の比重を考慮するか。
というサブ論点を括りだし、イだけについて命題を導出しております(比重は考慮しない)。

 とてつもなく小賢しい遣り口だなあと、思うのですが(褒め言葉)。アについては、命題をかかげることを回避しているいうことです。

 上記引用部分の後ろにでてくる「2」の箇所で、あてはめを展開しているものの。
 そこでは、いかなる命題に基づいているかも不明なまま、ただただ事実を陳列して「双方に対応する」と認定されて、そこからイの命題を使って「ゆえに共通対応」と判断されています。

 おそらくですが「対応関係」については、「対応」の国語辞書的な意味合いだけから判定しているのではないでしょうか。

2 前記事実関係等によれば、本件各課税仕入れは上告人が転売目的で本件各建物を購入したものであるが、本件各建物はその購入時から全部又は一部が住宅として賃貸されており、上告人は、転売までの間、その賃料を収受したというのである。そうすると、上告人の事業において、本件各課税仕入れは、課税資産の譲渡等である本件各建物の転売のみならず、その他の資産の譲渡等である本件各建物の住宅としての賃貸にも対応するものであるということができる。
 よって、本件各課税仕入れは、その上告人の事業における位置付けや上告人の意図等にかかわらず、共通対応課税仕入れに該当するというべきである。


 アが「事例判決」どまりで、イだけが「法理判決」にまで及んでいるいう、歪な構造になっています。


 藤谷論文(ジュリスト2024年10月号)のタイトルなどもそうなのですが。本判決が「用途区分の判定方法」につき判断を示したものであるかのように、喧伝されることがあります。

 が、本判決は、用途区分の判定方法のうち、肝心要のアについては規範命題を示すことを回避し、イの部分だけを切り出して判示したにすぎません。イメージ図でいうと、上段の矢印については、ただ当該事案における結論を示しただけということです。

 「用途区分の判定方法につき判断を示した」というには、過大評価に過ぎます。

【判決ご紹介タイトルは、正確に】
だから巡ってないってば! 〜最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(財産評価)


 この点に関して、調査官解説(法曹時報76巻5号)では、本判決は、用途区分の判断基準につき(主観説、限定客観説ではなく)「客観説」を採用した、と評価しているのですが。

 が、本判決があてはめのところで展開しているのは、現実に居住用賃貸がされている以上、それ以外の事情によって非課税対応が否定されることはない、ということであって。判断要素としておよそ主観は排除するという見解を採用している、とまではいえないのではないでしょうか。

 本件ではともかく。あらゆる場面で、主観を完全に排除して用途区分を判定することは、現実的ではないわけで。

虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 まあ、判決文のベースはご自身で起案されているはずなので、私の読み方がなんか間違っているだけでしょうかね。


 本判決が、重要なアにつき何らの規範命題も示さないまま、イだけを判断したことに対し、批判的な方もおられるかもしれません。
 が、最高裁が規範を示さないことの一番の原因は、学説側が十分な議論を尽くしていないからだと、私は邪推しています。

 これとの対比でいうと、「仕入税額控除の趣旨は《税負担の累積防止》にある」ということは、何のためらいもなく記述されており。
 「にのみ」という文言解釈にプラスして、「課税売上割合/準ずる割合」という座組みを持ち出しさえすれば、「課100%or非100%以外はすべて共通」という帰結を導くことは可能なのにもかかわらず。わざわざ、制度趣旨を持ち出してきているわけです。

 これは、《税負担の累積防止》のほうは、誰もが疑いもなく受け入れているおかげで、安心して判決文に盛り込めた、ということなのでしょう。

 他方で、用途区分についてどのような事情を考慮してどのように判定するかについては、地に足のついた議論が展開されているようには思えません。
 それゆえ、イの部分だけを括りだして判断を示しつつ、アの判定方法本体については規範命題化するのを先送りして、あくまでもひとつの「事例判決」として結論を出したのではないでしょうか。

 なお、この手の「地に足のついた議論が展開されていない」場面、税法上の論点においてはあちこちに点在しています。

【生活に通常必要な/必要でない】
「生活に通常必要な動産」で「生活に通常必要でない動産」
サラリーマンマイカー訴訟 〜生活に通常必要でも必要でなくもない資産
伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)


 以上、本判決が判断したことは、「対応関係の判断にあたって重みを考慮しない」ということまでであって。「対応関係をどのような事情からどのように判断するか」という肝心の部分については、「事例判決」どまりで規範命題を示していない、ということになります。

 そういう観点から、運営作成の「判示事項・裁判要旨」を読んでみると、かなりポイントをおさえた記述になっているなあと、あらためて感心します(余計なことが書いていない)。

判示事項
消費税法(平成27年法律第9号による改正前のもの及び同改正後のもの)30条2項1号にいう「課税資産の譲渡等にのみ要する」課税仕入れと「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する」課税仕入れとの区別

裁判要旨
消費税法(平成27年法律第9号による改正前のもの及び同改正後のもの)30条2項1号にいう「課税資産の譲渡等にのみ要する」課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て同号にいう「課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等に共通して要する」課税仕入れに該当する


 にもかかわらず、調査官解説が、(課税庁に対する民間の業界誌のごとく)別働隊として「客観説」を拡散しようとしているのだとしたら、あまり感心しない。

【通達行政どころか業界誌行政】
法廷意見をHACKしよう!! 〜最高裁令和6年5月7日判決における多数意見vs補足意見
「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)

 そうはいっても、課税庁・審判所・地裁・高裁レベルでは、調査官解説を素直に《文言解釈》して、無理やりにでも客観のみで結論を導いたことにするのでしょう。
posted by ウロ at 09:01| Comment(0) | 判例イジり

2024年11月04日

《税負担の累積防止》なる税務ミームについて 〜最高裁令和5年3月6日判決(ADW事件)

 ジュリスト掲載の藤谷論文を読んでみて。
 私自身が、本判決のどこに引っかかっているのか分かった気がしたので、以下整理してみます。

藤谷武史「課税仕入れの用途区分の判定方法 エー・ディー・ワークス事件 最一小判令和5・3・6」ジュリスト2024年10月号(1602号)

 なお、あくまでも「藤谷論文の鋭い分析眼にアテられて」というだけであって。藤谷論文に直接書かれていることからは、だいぶ離れたものとなります(私の問題関心が盛大にズレている)。


 以下、「税区分」については、文脈にあわせて以下の略語を用います。

【課税仕入れ】
 ・課税売上対応  ⇒課のみ仕入、課のみ、課対
 ・非課税売上対応 ⇒非のみ仕入、非のみ、非対
 ・共通して対応  ⇒共通仕入、共通、共通対応

 また、数値例として、以下の事例におけるBの課税負担を念頭において検討します(AB取引、BC取引は「対応関係あり」とします)。

 A 課税事業者
 ↓ 88(課税)
 B 課税事業者
 ↓ 110(課税) or100(非課税)
 C 消費者

 非課税売上は「居住用賃貸」を想定します(Bは家主)。
 そして、不正確ながら、取引が課税となる場合は「BはCから消費税をお預かりした/BはAに消費税をお預けした。」と表現することにします。

【課のみ事例】の帰結
 売上課税 10 お預かりしたので課税される
 仕入控除 8 お預けしたので控除する
 税抜損益 20(=100-80)

【非のみ事例】の帰結
 売上課税 0 お預かりしていないので課税されない
 仕入控除 0 お預けしたのに控除できない
 税抜損益 12(=100-88)


 まずは、本判決を引用しながら、私なりの意訳を足していきます(理由第2 1)。

最高裁令和5年3月6日判決

 消費税法は、生産、流通等の各段階で二重、三重に税が課されて税負担が累積することを防止し、経済に対する中立性を確保するため(税制改革法10条2項)、課税期間中に行った課税仕入れに係る消費税額を当該課税期間の課税標準額に対する消費税額から控除するものとしている(消費税法30条1項1号)。


・仕入税額控除制度の趣旨は「税負担の累積防止」にある(制度趣旨)。

もっとも、同法は、所定の場合において当該課税期間中に行った課税仕入れにつき用途区分が明らかにされていないときは、課税仕入れに係る消費税額に、課税売上割合、すなわち、課税期間中の所定の売上げの総額に占める課税資産の譲渡等に係る売上げの割合を乗じて計算する方法により控除対象仕入税額を計算するものとし(同条2項2号)、また、帳簿及び請求書等の保存がない場合には原則として当該課税仕入れに係る消費税額の控除を認めないものとする(同条7項)など、課税の明確性の確保や適正な徴税の実現といった他の目的との調和を図るため、税負担の累積が生じても課税仕入れに係る消費税額の全部又は一部が控除されない場合があることを予定しているものということができる。


・用途区分が明らかでない場合は「課税売上割合」で控除額を計算する(割り切り)。
・帳簿・請求書等の保存がない場合は控除できない(唐突!!)。
・法律上、「課税の明確性の確保」「適正な徴税の実現」のために、累積防止が犠牲になることも予定されている(過剰課税の容認)。

【過剰課税容認系判決】
みずほCFC事件判決 〜最高裁令和5年11月6日判決 (雑感)
最高裁令和6年7月18日・第一小法廷判決(外国子会社合算税制) 雑感

 そして、個別対応方式により控除対象仕入税額を計算する場合において、税負担の累積が生ずる課税資産の譲渡等と累積が生じないその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れにつき一律に課税売上割合を用いることは、課税の明確性の確保の観点から一般に合理的といえるのであり、課税売上割合を用いることが当該事業者の事業の状況に照らして合理的といえない場合には、課税売上割合に準ずる割合を適切に用いることにより個別に是正を図ることが予定されていると解されることにも鑑みれば、課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双方に対応する課税仕入れは、当該事業に関する事情等を問うことなく、共通対応課税仕入れに該当すると解するのが消費税法の趣旨に沿うものというべきである。


・課税売上割合による割り切りは、「課税の明確性の確保」の観点から一般に合理的(必要性)。
・合理的といえない場合は「準ずる割合」を適切に用いればよい(許容性)。
・法が「課税売上割合/準ずる割合」という座組みを採用しているのは、双方に対応する場合は個別事情を考慮しないですべて共通対応に入れ込むという趣旨(趣旨解釈)。

このように解することは、課税仕入れを課税資産の譲渡等「にのみ」要するもの(課税対応課税仕入れ)、その他の資産の譲渡等「にのみ」要するもの(非課税対応課税仕入れ)及び両者「に共通して」要するもの(共通対応課税仕入れ)に区分する同条2項1号の文理に照らしても自然であるということができる。


・条文の書きぶりからも、「課100%/非100%」以外は個別事情を考慮しないですべて「共通」に入れ込む、と読むのが自然(文理解釈自然派)。

 そうすると、課税対応課税仕入れとは、当該事業者の事業において課税資産の譲渡等にのみ対応する課税仕入れをいい、課税資産の譲渡等のみならずその他の資産の譲渡等にも対応する課税仕入れは、全て共通対応課税仕入れに該当すると解するのが相当である。


 よって、ちょっとでも「その他」要素が混ざり込んだら共通仕入と扱う。


 これだけの道具立てで「対応関係」のあてはめをしていることの無茶っぷりについては、以前の記事で、少し検討したところをご参照いただくとして。

虚弱判決(その2) 〜ムゲン・ADW事件判決(最判令和5年3月6日)

 今回イジりたいのはそこではありません。
 問題としたいのは、「非対は控除不可」となることについての根拠が、何も示されていないという点です(上記記事でも触れていますが、少し角度を変えます)。


 判決理由では、仕入税額控除の制度趣旨から論述をスタートさせています。
 が、消費税が『税額転嫁と仕入税額控除の両輪により駆動する仕組みの税』だというならば、売上課税の規律と切り離して、仕入税額控除単体の制度趣旨を論ずるのはおかしいのではないでしょうか。

【両輪駆動テーゼ】
免税事業者Requiem(第3曲) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編29)

 そこで、まずは【課のみ事例】を想定しながら、順序立てて仕入税額控除の制度趣旨を説明してみます。

【課のみ事例】
1 消費税法の目的
  消費者の消費に課税したい。
2 課税売上
  Cの消費に直接課税できないから、Bの譲渡に課税する(10)。
3 仕入税額控除
  Bが10を納税するのに加えて、8も払いっぱなしとなるのは過剰課税となってしまう。
  そこで、納税額から8を控除する。

 この場合、10と8という自然数が2つ出てくることから、仕入税額控除の趣旨として《税負担の累積防止》というレトリックがすんなり当てはまるように感じられます。

 では、これが【非のみ事例】だとどうなるでしょうか。

【非のみ事例】
1 消費税法の目的
  消費者の消費に課税したい。
2 非課税売上
  居住用の家賃に消費税を課税するのはCが可哀想。そこで、非課税とする。
3 仕入税額控除
  Bは消費者ではないのに、8が払いっぱなしとなるのは過剰課税となる。
  そこで、納税額から8を控除する(!?)。

 インボイス導入の錦の御旗として、「消費税は、消費者に税転嫁が予定されている間接税である。ゆえに、益税ネコババ野郎は撲滅すべき!」(ネコババテーゼ)ということが盛んに掲げられていました。この御旗を前提とするならば、(逆に)消費者の消費以外のところで税負担が生ずるのはおかしいことになります。

【ネコババテーゼ】
 表面 事業者が、消費者からお預かりした消費税を納付しないのはネコババ
 裏面 お国が、事業者がお預けした消費税を還付しないのはネコババ

 よって、消費税法の目的をストレートに実現しようとするかぎり、【非のみ事例】でも、Bは8を控除できるとすべきことになるはずです。

 ところが、現行法は「非対は控除不可」とされています。「消費者の消費に課税する」(消費課税テーゼ)という消費税法の本来の目的からは、およそ導出できない制度となっているわけです。
 にもかかわらず、仕入税額控除の制度趣旨を《税負担の累積防止》と説明することで、本来の目的にそぐわないという点をスルーして、「非対は控除不可」が当然であるかのように勘違いさせることに成功しています。

【税負担の累積テーゼ】
 課対 累積しているから控除する
 非対 累積していないから控除しない

(※もし、脳内で「残酷な天使のテーゼ」のリズムでリフレインしてしまったら、申し訳ありません。)


 もちろん、現行法が「用途区分」制度を採用している以上、現行法における仕入税額控除の説明として《税負担の累積防止》と表現することが、間違いということではありません。

 が、それは結果としてそうなっているというだけで。
 消費税法の目的が「消費者の消費に課税する」だというならば、「なぜ消費者ではないBに税負担を生じさせるのか」について、その実質的な理由付けが必要ではないでしょうか。
 《消費課税テーゼ》からすれば、【課のみ事例】で、Bが18(10+8)支払うことが過剰課税なのは当然として。【非のみ事例】で8支払うことだって、Bが消費者ではない以上、過剰課税にかわりはありません。


 Bの損益に着目するならば、【課のみ事例】でも【非のみ事例】でも全く同じ状況にあることが分かります。

【課のみ事例】
 控除可  20(100-80)
 控除不可 12(100-88)

【非のみ事例】
 控除可  20(100-80)
 控除不可 12(100-88)

 だというのに、【課のみ事例】では、10と8という自然数が2つ出てくるおかげで「累積している」といえるのに対し。【非のみ事例】では0と8というように、自然数が1つしか出てこないせいで「累積していない」ことになってしまいます。

 これら事例を分かつ理由は、ただ単に「累積」というレトリックが当てはまるかどうかだけであって。Bの損益状況を無視したもので、なんら実質的な根拠に基づくものではありません。

 【課のみ事例】 累積していて過剰課税   ⇒ゆえに控除する
 【非のみ事例】 累積していないが過剰課税 ⇒なのに控除しない

 いずれも「消費者の消費」以外に課税が生じているというのに、【税負担の累積テーゼ】を間にかますだけで、結論を真逆に持っていくことができてしまっている。


 だというのに、以下の記述もそうですが、【税負担の累積テーゼ】は正しいという前提で、議論が進められてしまっています。

調査官解説(法曹時報76巻5号)P.1444
(注12) 課税仕入れが課税資産の譲渡等とその他の資産の譲渡等の双力に対応する場合、課税資産の譲渡等については税負担の累積が生ずる一方、その他の資産の譲渡等については税負担の累積が生じないから、当該課税仕入れが課税対応課税仕入れに区分されて仕入税額全額が控除されるとすれば累積は完全に排除される(税負担の累積が生じていない部分も控除されるので、排除としてはむしろ過剰となる。) のに対し、共通対応課税仕人れに区分されると、仕入税額に課税売上割合を乗じた額のみが控除されるため、税負担の累積が完全には排除されない場合があり得ることになる。

藤谷論文 P.152
 法は、事業として行われる財や役務の譲渡(課税資産の譲渡等)に課税する一方で、仕入れに含まれる消費税額を、事業者が負担する消費税額から控除することにより多段階課税に伴う税負担の累積を排除する、付加価値税の仕組みを採用する。しかし、事業者が仕入れた財や役務の全てを課税資産の譲渡等に用いるとは限らない。事業者が国外または事業外で譲渡等を行う場合は「不課税取引」(法4条1項参照)となるし、「非課税取引」(法6条1項・別表第二)に該当する場合にも消費税は課されない。本件で言えば、マンション底地の譲渡や住宅の貸付けは非課税取引である。となると、前段階で消費税が課された仕入れであっても、「課税資産の譲渡等」以外の取引に用いられた部分については、税負担の累積が生じないので仕入税額控除の対象とすべきではない、というのが現行法の考え方である。


 しかしながら、消費者でないBに税負担が生じることの根拠が不明なままでは、その先、用途区分をどのように判定するのかの方法も、明確にできないのではないでしょうか。
 実際のところ、本判決が「対応関係」について述べているのは、「双方対応している場合は、それ以上個別事情を考慮しない」というだけで。肝心の「対応」をどうやって判定するのかが明示されていません。


 本判決が「趣旨解釈」を採用していると評価されることがありますが。

 それはあくまでも、消費税法の本来の目的を無視して、仕入税額控除を《税負担の累積防止》と決め打ちしたところからスタートしているのであり。ではなぜ、「累積している場合にしか控除しないのか」については触れるところではありません。

 それゆえ、「対応関係」をどのように判定するかについても、消費税法の本来の目的に即した、踏み込んだ判断ができないままでいるのではないでしょうか。


 では、本判決がかかげている「課税の明確性の確保」は理由付けとして使えるかというと。

 これは「非対は控除不可」という結論が決まったあとに、どうやって「課対/非対/共通」を区分するか、という段階で出てくるものです。【税負担の累積テーゼ】が正しいことを前提に、「課のみ/非のみ」と言い切れないものはすべて「共通」に割り振る、という割り切りを正当化するため、「課税の明確性の確保」を持ち出しているにすぎません。

 もし「非対は控除すべき」ということであれば、そもそも用途区分という制度が設けられていること自体がおかしいということになります。


 また、「適正な徴税の実現」のほうは、何ら脈絡なくでてきた「帳簿及び請求書等」保存要件を正当化するための理由付けにすぎません。

 累積防止が犠牲になる一例としてねじ込まれたものであって。「非対は控除不可」とするのが適正かを論じている場面で、控除不可が適正であることを前提とした理由付けを用いることはできません。

 ゆえに、これらマジックワードは、【税負担の累積テーゼ】を根拠付ける理由としては使えません。


 なお、本判決が、累積の《排除》とはいわずに、累積の《防止》という表現に留めている理由。

 「非対は控除不可」が根拠薄弱ゆえ、用途区分の判定段階において「課税の明確性の確保」をなんとしても優先させたくて、排除⇒防止と表現を弱めたのではないか、という邪推が働きます(レトリック流判例批評)。それでも不安なのか、「帳簿及び請求書等」保存要件なんていう、無関係の制度まで持ち出したりしていますし。

 累積の排除(強め) > 明確性
 累積の防止(弱め) < 明確性+帳簿・請求書等保存要件

フリチョフ・ハフト「レトリック流法律学習法」(木鐸社1993) Amazon
フリチョフ・ハフト「法律家のレトリック」(木鐸社1992) Amazon
フリチョフ・ハフト「レトリック流交渉術」(木鐸社1993) Amazon

 例によって、『仕入税額控除は権利だ!』とかいう件の教科書の主張(権利テーゼ)は、ここでも何の役にも立っていない。

 【権利テーゼの正規ルート】
   累積の排除+控除は権利 > 明確性+帳簿・請求書等保存要件

佐藤英明,西山由美「スタンダード消費税法」(弘文堂2022)

 ただ単に、用途区分は取得時に固定される、という「時点」の話に使われているだけ。しかも、納税者不利な帰結にもっていっている。

〈還付をみたら泥棒と思え〉思想 〜消費税法の理論構造(種蒔き編2)


 以上述べたことは、インボイス推進派の方々が強調されていた《ネコババテーゼ》が正しいとして制度全体を理解するならばこうなるはず、ということにすぎません。

  消費税は消費者の消費に課税する ⇒ならば、非対も控除すべきはず

 《ネコババテーゼ》からすれば、仕入税額控除の趣旨は「消費者の消費以外の税負担を排除する」となるはずで。なぜ、仕入税額控除の趣旨を説明する段階になると、消費税法の目的をすっかり忘れてしまって、「累積している場合だけ控除する」と思考が歪んでしまうのか。

【ネコババテーゼの正規ルート】(課のみ事例、非のみ事例とも共通)
1 消費税法の目的
  消費者の消費に課税する。
3 仕入税額控除
  Bが消費者ではないのに、8を払いっぱなしになるのは過剰課税になってしまう。
  そこで、納税額から8を控除する。

 《ネコババテーゼ》の正規ルートは、売上が課税か非課税かどうかにかかわらず、Bが事業者であるかぎり、払った消費税は控除できることになるはずです。


 他方で、消費税法が採用している各制度をあるがままに理解し、現実にどのように機能しているかを分析するならば、「用途区分」制度も矛盾なく説明することができます。現行制度をみないまま、《ネコババテーゼ》のような空論を先にぶち上げてしまうから、場当たり的な説明をせざるを得ないはめに陥るだけの話です。

 この点については、一連の連載記事のあちこちで触れていますが、本記事を踏まえて、いつか整理するかもしれません(モチベ低め)。


 なお、タイトルにある「税務ミーム」というの。

 《税負担の累積防止》と唱えるだけで、本来論ずるべき「なぜ消費者でないBに税負担を発生させるのか」を、どういうわけか、本論点を議論しようとする全ての人がスキップして先に進んでしまう様子を指して、そのように表現したものです(誤用という批判は甘んじて受け入れます。「ぜーむみーむ」といいたかっただけなので)。


 やたらと「テーゼ」を乱発しているのは、もちろんおちょくり目的です。適宜これを「ドグマ」に言い換えてもらっても、大丈夫です。

ドキッ!?ドグマだらけの民法改正
自分のドグマは自分で見えない。 〜「原始的不能のドグマ」再訪
posted by ウロ at 10:22| Comment(0) | 判例イジり

2024年10月28日

公売特例と8割控除 〜消費税法の理論構造(種蒔き編52)

 今回は、目地埋め系の小ネタ記事です。

 「公売特例」については、下記記事で、《媒介者交付特例》のキモさの引き立て役として取り上げました。

《媒介者交付特例》がキモいのだが(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編31)

 インボイス絡みの特例の中では、損税も益税も生じない、ずいぶんとまともな制度だなあと。

 ではこの公売特例と、「8割控除」(という条文設計に失敗した特例)との関係はどうなっているでしょうか。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版

 公売特例は「公売」のみに適用されるものではありませんが、以下では「公売」を念頭において記述します。

 【登場人物】
  A 滞納者
  B 執行機関(媒介者)
  C 買受人


 まず、公売特例は「売手側」の交付特例、8割控除は「買手側」の保存特例という位置づけであることを理解する必要があります。

交付特例と保存特例の一体的理解(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編50)
交付特例と保存特例の一体的理解(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編51)

 ので、適用範囲がバッティングしてどちらかが優先適用される、という関係にはありません。

【少額特例と8割控除】
少額特例と電気通信利用役務の提供 〜消費税法の理論構造(種蒔き編49)


 で、公売特例の要件についてですが。

 公売特例は、媒介者交付特例と異なり、滞納者が執行機関に適格者であることを「通知」する必要はありません。が、実体要件としてAが「適格者」であることは要求されています。

消費税法施行令 第七十条の十二(媒介者等による適格請求書等の交付の特例)
5 事業者(適格請求書発行事業者に限る。)が、国税徴収法(昭和三十四年法律第百四十七号)第二条第十二号(定義)に規定する強制換価手続により執行機関(同条第十三号に規定する執行機関をいう。以下この条において同じ。)を介して国内において課税資産の譲渡等を行う場合には、当該執行機関は、当該課税資産の譲渡等を受ける他の者に対し法第五十七条の四第一項(第一号に係る部分に限る。)の規定により記載すべき事項に代えて当該執行機関の名称及びこの項の規定の適用を受ける旨を記載した当該課税資産の譲渡等に係る適格請求書又は適格請求書に記載すべき事項に係る電磁的記録を当該事業者に代わつて交付し、又は提供することができる。この場合において、当該執行機関は、財務省令で定めるところにより、当該適格請求書の写し又は当該電磁的記録を保存しなければならない。


 そのため、執行機関は、買受人にインボイスを交付するにあたり、滞納者が「適格者」かどうかを調査しなければなりません。

 で、滞納者が適格者であることが確認できたら、執行機関は買受人にインボイスを交付します。このインボイスには「執行機関の名称+公売特例を適用する旨」を記載するだけでよく、「滞納者の氏名・住所、インボイス番号」を記載する必要はありません。

 この「公売インボイス」は、正規のインボイスとして扱われるため、滞納者が適格者の場合には、「8割控除」の出番はないということになります。


 では、滞納者が「非適格者」の場合はどうかというと。執行機関はインボイスを交付しないこととなります。

 この場面において、買受人が「8割控除」の適用を受けられるか、というかたちで「8割控除」の適否を検討する必要が出てくるわけです。

 8割控除の条文については、下記記事を参照いただくとして。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版

 8割控除の要件のうち、公売の場面で問題となるのが、滞納者に「区分記載請求書」を発行してもらえるかどうか、です。

 公売特例の条文の書きぶりからすると、滞納者は「執行機関を介して」課税資産の譲渡を行っているという建付けとなっているため、滞納者が区分記載請求書を発行してもよいことになりそうです。
 が、「できる」のはいいとして、その先、滞納者には「区分記載請求書」を発行する義務があるのでしょうか。

 適格者にはインボイスを交付する義務が課せられているのに対し(法57条の4)。非適格者には「区分記載請求書」を発行する義務は課せられていません。
 したがって、買受人が運良く滞納者から「区分記載請求書」を発行してもらえた場合には「8割控除」が適用できるのに対し。発行してもらえない場合には、買受人はそれ以上どうすることもできないため、適用を受けられない、という帰結になります。


 金額的にも相当でかくなると思うのですが。「売手側」の公売特例はあるのに、「買手側」の公売特例はないわけです。

 このあたりは、通常の取引と異なり。滞納者が「非適格者」だというならば、そのことを織り込んで「入札価格」を調整すればいいだけだろ、ということで正当化できるでしょうか。
 そうだとして、運良く区分記載請求書をもらえたら「8割控除」を受けられる、というのも不公平な気もしますが。

 また、これまでの記事でさんざん述べてきたところですが。
 「課税事業者である非適格者」というカテゴリが存在することによる「損税」につき、公売の場面でも何らの手当もされていません。特に、公売においては対象物件にかかる消費税が優先で掻っ攫われてしまうのであって。お国の側では取りっぱぐれが生じない。

 インボイス施行後の消費税法が、
  ・課税側は、課税事業者/免税事業者・消費者
で区分しているにもかかわらず、
  ・控除側は、適格者(課税事業者)/非適格者(課税事業者・免税事業者・消費者)
で区分していることのミスマッチによる損税が、ここでも生じてしまっているわけです。


 ちなみに、「通常の取引」の場面でも、売手は「区分記載請求書」を発行する義務があるか、という点は問題となりえます。

 もちろん、普通は任意に発行してくれるものでしょうし、また、契約上の義務として明記しておけば請求可能でしょう。そうじゃない場合にどうなるか、というお話しです。

 たとえば、民法486条に「契約当事者は相手方の損害軽減に協力しなければならない」という契約規範をプラスすることで、「区分記載請求書交付義務」を導出することができるでしょうか。
 まあ、税率が複数にならないかぎり、普通に領収書を書いてくれれば、区分記載請求書の記載事項を満たせるはずですけども。

民法 第四百八十六条(受取証書の交付請求等)
1 弁済をする者は、弁済と引換えに、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができる。
2 弁済をする者は、前項の受取証書の交付に代えて、その内容を記録した電磁的記録の提供を請求することができる。ただし、弁済を受領する者に不相当な負担を課するものであるときは、この限りでない。


キャッシュレス決済と印紙税法 〜第17号文書(領収書)該当性について


 以上、消費税法から直接導くことができる結論を記載しただけで。運用レベルでどのように扱われるかは考慮外です。
posted by ウロ at 09:26| 消費税法

2024年10月24日

中川一郎「税法学巻頭言集」(清文社2013)

 中川一郎先生執筆にかかる、『税法学』1〜200号までの巻頭言を一冊にまとめたもの。

中川一郎「税法学巻頭言集」(清文社2013) Amazon

機関誌「税法学」

 当時は毎月刊行されていたため、要するに、創刊号の昭和26年1月から昭和42年8月までの200ヶ月分が収録されているということです。

 昭和42年に出版されたものを、清文社様が復刊されたとのことで。大変よいお仕事をされておられますね(偉そうに)。

 私自身、あまり「史」に関する記述は好みではなく。教科書に書かれている「租税法の歴史」「租税法の展開」みたいな箇所は読み飛ばしがち。
 なのに対し、本書は大変興味深く読み進められました。

 おそらくですが、教科書に書かれているような、要領よく後知恵的にまとめられた記述とは異なり。その時々ごとの出来事を、臨場感をもって読めるから、ではないかと思います。

 シャウプ勧告からはや3年とか、これから国際連合に加盟するとか、さらっと書いてあって。まさにそのとき起こっていることが書かれていて、その時代を追体験できているように感じました。


 「巻頭言」ゆえ、論点の深堀りは本論文に譲られているわけですが。その時々の税法上の重要問題に触れられていて。

 大きめのイベントに絞っても、

・国税通則法の制定
・所得税法、法人税法の全文改正
・相続税財産評価基本通達の制定

などがこの期間に行われています。


 で、中川先生ご自身が、本書の中で繰り返し主張されている主なものとして、

・税法が複雑になりすぎ。シンプルにすべき。
・税法で経済政策を実現しようとするのやめろ。
・措置法を縮小、整理しろ。
・通達行政やめろ。

といったものがあります。
 これを見ていただいて分かると思うのですが。現代においてもほとんど解消されていない、どころか、むしろ悪化していますよね。

 「組織再編税制」絡みの条文なんてお見せしたら、どういう反応をされたでしょうか。
 本書には、現代だったら《検閲》に引っかかって掲載されないであろう、不穏当な表現もそのまま残されているのですが、相当キツめの表現で批判されていたのではないでしょうか。
 措置法ならまだしも、法人税法本法に突っ込まれているわけで。

 また、「通達行政」に対する批判があるのは、現代も同じはありますが。
 本書の中に、かつて通達は『国税速報』(大蔵財務協会)でしか公表されていなかったのが、官報に掲載されるようになってちょっと早く入手できるようになった、みたいなエピソードがでてきて。
 同じく「通達行政」とはいっても、紛いなりにも公式サイトに一通り掲載されている現代とは、酷さの度合いが違っていたのではないでしょうか。

法令解釈通達(国税庁)

 とはいえ現代では、通達ですらない「Q&A」や、公式ですらない「民間の業界誌」を経由して運営の見解が公表されるという、新たなステージに突入しているところであり。

「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)

 「税務DX」がどうこうとか、そういうハイカラな問題に飛びつくよりも前に、もっと根本的な部分の見直しが必要ではないのか、と思っております。


 200号どまりで、続刊が出ていないのは残念。

 まとめて一気読みできることに意味があるのであって。ひたすら丹念に「税法学」を1号ずつ追っていくのとは、GROOVE感が全く異なる。
posted by ウロ at 16:43| Comment(0) | 租税法の教科書

2024年10月21日

印紙税法における手続論的展開 〜印紙税法レクイエム

 もちろん、いまさら印紙税法の記事を書くなんて、ただの事前追悼記事にすぎません(本ブログにおける《手形法レクイエム》と同じポジションです)。

前田庸「手形法・小切手法入門」(有斐閣1983)


 印紙税法の解説書、最近どの程度出版されているのか寡聞にして存じ上げませんが。

 たとえば、下記のような弁護士が書かれた書籍においてすら、印紙税法の《手続的側面》はほとんど省略されてしまっています。

鳥飼重和「実務に役立つ印紙税の考え方と実践」(新日本法規2017) Amazon
鳥飼重和「実務に活かす印紙税の実践と応用」(新日本法規2018) Amazon

 もっぱら、「課税文書に該当するか」という《実体的側面》ばかりに議論が集中していて。
 税務調査のところまでは触れられているのですが。その先、納税者と課税庁とで意見が物別れに終わったあと、どのように手続きが進んでいって最終的に訴訟にまで至るのか、そのことが書かれていません。


 では、「国税通則法」の解説書のほうで扱われているかというと。

 印紙税法が正面から扱われることは、まあない。個別税目でいうと、「源泉所得税」がやたと幅を効かせているものばかり。

木山泰嗣「国税通則法の読み方」(弘文堂2022) Amazon

 ということで、仕方がないので、以下、軽く整理をしておきます。
 なおこれは、印紙税法そのものについてどうこう、ということではなく。将来的に、同じような建付けの税目が新設されたとき用の備えとしてです。


 まず、印紙税を納付する義務は、課税文書作成の時に「成立」し、それと同時に「確定」します(なお、「納税義務の成立」という概念には胡散臭さを感じていますが、それはまた別の機会に)。

 つまり、印紙税の納税義務は、いわゆる「自動確定方式」によるということです(以下では「特例」の扱いは省略します)。

国税通則法 第十五条(納税義務の成立及びその納付すべき税額の確定)
1 国税を納付する義務(源泉徴収等による国税については、これを徴収して国に納付する義務。以下「納税義務」という。)が成立する場合には、その成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税を除き、国税に関する法律の定める手続により、その国税についての納付すべき税額が確定されるものとする。
2 納税義務は、次の各号に掲げる国税(第一号から第十三号までにおいて、附帯税を除く。)については、当該各号に定める時(当該国税のうち政令で定めるものについては、政令で定める時)に成立する。
 十二 印紙税 課税文書の作成の時
3 納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する国税は、次に掲げる国税とする。
 五 印紙税(印紙税法(昭和四十二年法律第二十三号)第十一条(書式表示による申告及び納付の特例)及び第十二条(預貯金通帳等に係る申告及び納付等の特例)の規定の適用を受ける印紙税及び過怠税を除く。)


 そうすると、国税通則法の解説書でド派手に展開されている「源泉所得税」(自動確定方式)の議論を横流しできるのかといえば、全くそうではなく。

印紙税法 第二十条(印紙納付に係る不納税額があつた場合の過怠税の徴収)
1 第八条第一項の規定により印紙税を納付すべき課税文書の作成者が同項の規定により納付すべき印紙税を当該課税文書の作成の時までに納付しなかつた場合には、当該印紙税の納税地の所轄税務署長は、当該課税文書の作成者から、当該納付しなかつた印紙税の額とその二倍に相当する金額との合計額に相当する過怠税を徴収する。
7 第一項又は第三項の過怠税の税目は、印紙税とする。


 納税者が印紙税を納付しなかった場合、課税庁は「過怠税」(=印紙税+印紙税×2)を徴収することとしています。そして過怠税は「賦課課税方式」に従うことになっています。

国税通則法 第十六条(国税についての納付すべき税額の確定の方式)
1 国税についての納付すべき税額の確定の手続については、次の各号に掲げるいずれかの方式によるものとし、これらの方式の内容は、当該各号に掲げるところによる。
 二 賦課課税方式 納付すべき税額がもつぱら税務署長又は税関長の処分により確定する方式をいう。
2 国税(前条第三項各号に掲げるものを除く。)についての納付すべき税額の確定が前項各号に掲げる方式のうちいずれの方式によりされるかは、次に定めるところによる。
 一 納税義務が成立する場合において、納税者が、国税に関する法律の規定により、納付すべき税額を申告すべきものとされている国税申告納税方式
 二 前号に掲げる国税以外の国税賦課課税方式

国税通則法 三十二条(賦課決定)
1 税務署長は、賦課課税方式による国税については、その調査により、課税標準申告書を提出すべき期限(課税標準申告書の提出を要しない国税については、その納税義務の成立の時)後に、次の各号の区分に応じ、当該各号に掲げる事項を決定する。
 三 課税標準申告書の提出を要しないとき。 課税標準(第六十九条(加算税の税目)に規定する加算税及び過怠税については、その計算の基礎となる税額。以下この条において同じ。)及び納付すべき税額
3 第一項の規定による決定は、税務署長がその決定に係る課税標準及び納付すべき税額を記載した賦課決定通知書(第一項第一号に掲げる場合にあつては、納税告知書)を送達して行なう。

印紙税法 第二十条(印紙納付に係る不納税額があつた場合の過怠税の徴収)
6 税務署長は、国税通則法第三十二条第三項(賦課決定通知)の規定により第一項又は第三項の過怠税に係る賦課決定通知書を送達する場合には、当該賦課決定通知書に課税文書の種類その他の政令で定める事項を附記しなければならない。


 では、自動確定方式で発生・確定したはずの「印紙税」の納税義務はどこに行ってしまうのか。
 印紙税法20条1項に基づいて、「印紙税」の納税義務(自動確定方式)が消滅して、「過怠税」の納税義務(賦課課税方式)に置き換わる、と理解すればよいのでしょうか。

 ・印紙税(自動確定) ←過怠税に吸収される?
 ・過怠税(賦課課税)

 もちろん、結論は誰もが分かっているわけですが。それを条文からどのように導くか、ということです。
 はっきりしませんが、さしあたり上記のとおり理解しておきます。


 ここまでくれば、あとは国税通則法の解説書に書かれている「賦課課税方式」についての記述に従って、不服申立てをするなり、訴訟を提起するなりすることになります。

 裁決や判決をみていて、なぜ印紙税法上の争いは、「過怠税」の賦課決定処分を争うものばかりで「印紙税」本体を争うものがないのか、という疑問をもたれた方がいるかもしれません。
 その理由は、「印紙税」本体の納税義務はいつの間にかどこかへ消えてしまうから、です。法人税・所得税などのように、本税が本体であるのとは、建付けが全く異なるわけです。

 では、なぜこういう建付けにしたのでしょうか。

 「自動確定の印紙税のままだと争いにくかろう」という親切心、なわけはないですよね。
 それこそ「源泉所得税」も、不納付加算税と合算して賦課課税するという建付けでもよいと思うのですが。
posted by ウロ at 09:01| Comment(0) | 印紙税法