2024年07月15日

北村豊「見解の相違を解消するヒント」(中央経済社2022)

 あくまでも「非専門家」向けの裁決ご紹介もの、というコンセプトなのでしょうか。

北村豊「見解の相違を解消するヒント」(中央経済社2022) Amazon

 はしがきに「税務調査における見解の相違のほとんどは、事実認定の問題です。」とあって。
 私には乏しい経験しかないので、定量的な定見は全くもっていないのですが。本書でご紹介されている裁決についていえば、それらを全て「事実認定が問題となった事例」と括るには、いまいちしっくりこないものが混ざっている、というのが私の所感。


 一例だけあげてみます。中身の解説は省略しますので、各自原文をご確認ください。

令和2年7月7日裁決 裁決事例集NO.120
 
 本裁決につき、本書では、請求人の、その給与等に充てるためという「主観的な目的」を、「客観的なカネの流れ」を使って事実認定した事例、として紹介されています。主観そのものをダイレクトに立証するのは難しいので、客観的な事実をしっかり整えておこうね、と。

 が、私が邪推するかぎりでは、この事例は、措置法にいう「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」(以下「充て金」(あてきん)と略します)の意味そのものについて、納税者と課税庁とで見解がズレていたため、争いになった事例なのではないかと思いました。


 ここで、「法の解釈・適用」が問題となる場面の見取り図を整理しておきます。

 1 問題となる条文をもってくる
 2 条文から法律要件を仕立て上げる 《法解釈論》
  2.5 法律要件を裁判で使えるように要件事実化する 《要件事実論》
 3 法律要件に該当する事実があるかどうかを判定する 《事実認定論》
 4 認定事実を法律要件にあてはめる  (規範的要件)
 5 結論

 以下、補足です。

2 法解釈論
 「文言解釈」だけで足りるのであれば1=2となります。が、法的紛争が生じる場面というのは、往々にして、条文を文字通りに解釈しても結論が出せないがゆえ、のものです。
 そこで、当該事案において使えるよう、条文を「法律要件」として仕立て上げる必要があります。

フローチャートを作ろう(その2) 〜定義付け解釈

2.5 要件事実論
 2法解釈論と2.5要件事実論を分けているのは、法的問題が生じるのが、裁判の場面だけではないからです。裁判以外の場面においては、わざわざ要件事実化する必要はありません(将来裁判になったら、を考える際は必要ですが)。
 ので、要件事実論は「x.5」扱いとなります。

 というか、要件事実論を展開するには、その前提として、実体法レベルでの法解釈を施しておく必要があるのであって。実体法レベルの法解釈をすっ飛ばして、いきなり要件事実論を展開しようとするのは、ただの砂上の楼閣です。

 伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)


 なお、《立証責任の分配》というものを意識するならば、「充て金」該当性を、課税庁/納税者のいずれが立証するのかが問題となるはずです。が、「充て金」であることは、場面(前期/当期)によって納税者に有利となったり不利となったりする厄介な要件です(本件では「あたる」と納税者有利)。

 もし、課税要件事実の分配につき、「課税処分を根拠付ける事実は課税庁が立証責任を負担する」という見解を取った場合、「充て金」充当性については、事案によって、課税庁が「あたること」を立証すべきとされたり、「あたらないこと」を立証すべきとされたりと、変わってしまうことになります。

 そのため、本記事では立証責任の分配については触れないこととします。

4 あてはめ
 あてはめのところに(規範的要件)を記載した理由。

 たとえば、問題となっている要件が「成年」の場合には、3で「生まれた日」が認定できれば、そのまま結論を導き出すことができます。

 これに対し、「公序良俗」の場合、2.5で評価根拠事実と評価障害事実に分解し、3でそれぞれの事実が認定できたとしても。それら事実から、いきなり結論を導くことはできません。これら事実を「総合考慮」して結論を導き出す、というプロセスが必要となります。
 そこで、これを「あてはめ」の問題として位置づけておきました。


 このような見取り図を踏まえて。

 そもそも「充て金」といえるためにはどのような事実があればよいのでしょうか(2法解釈論)。

 たとえばですが。
 当事務所の顧問先で、経理の社員が1週間休むということで、当事務所の職員に経理代行しに行ってもらったとしましょう。顧客からは当事務所に委託料を支払ってもらい、職員には当事務所から特別手当を支払います。
 この場合、もらった委託料は、当事務所にとって「充て金」となるでしょうか。

 私の心の中に、「充てるつもり」という気持ちがありさえすればよいのか。
 本書の書きぶりからすると、法律要件レベルでは「主観的な目的」さえあればよく、「客観的なカネの流れ」はあくまでも間接事実として位置づけられているように読めます。そのような理解でよいのかどうか。

 また、もらった委託料と払った特別手当は「同額」である必要があるのでしょうか。仮に「同額」でなければならないとして、社保(本人負担・会社負担)や所得税・住民税はどのように考慮すればよいのでしょうか。額面が同額ならいいのかどうか。

 これら問題を解決するには、「その給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」を文言解釈するだけでは足りず。「法律要件」として仕立て上げる必要があります。
 そして、主観的事実なり客観的事実なりが、法律要件そのものなのか、それとも法律要件を立証するための間接事実に位置づけられるものなのかどうか、事実・証拠の構造を明らかにする必要があります。

 さらに、もしこの法律要件が《規範的要件》型の要件であるならば、どのように「あてはめ」を行うかも問題となってきます。

 と、このように、「充て金」にあたるかを判定するためには、いきなり事実認定に突撃することはできず。その前提として、解釈による解きほぐしが必要になるはずです。


 では、裁決自身がどういっているかというと。

 私が理解する限りですが。裁決も本書と同様、法解釈には触れずにいきなり事実認定⇒結論と展開しているように読めます。規範らしきものがどこにも書かれていない。

 これは、本件限りでは条文の「文言解釈」だけから結論が導けるので、わざわざ法律要件化するまでもない、と捉えればよいでしょうか。あるいは、裁判例もない状況で、審判所のほうで先走って規範化したくない、ということなのかどうか。

 「裁決自身も法解釈論展開してないんだから、素直に受け取ればいいじゃん。」と思われるかもしれません。
 が、我々実務家が、他人様の事案の裁決・判決をわざわざ読むのは、下世話な野次馬根性からなどでは決してなく。自分が関わる事案にどのような影響があるかを見極めるためです。

 本件についても、単に事実認定レベルの問題として捉えるのではなく。
 裁決が明示していないとはいえ、背後には、何かしらの規範を想定して結論を出しているはずで。本件で認定された事実から逆算してその規範を抽出し、自分がかかわる事案でも使えるようにしておく、というのが、実務家に必要な作業なのだと思います。

 本件における納税者も、やみくもに事実をあげたわけではなく。審判所が想定しているであろう規範を推測し、それに沿った事実を主張・立証していったものと思われます。
 仮に、審判所が「充て金かどうかはH会がどういうつもりで協力金を支払っていたかで判断する」という見解をとっていたとしたら。納税者があれこれあげている事実は、全く意味のないものだということになってしまうわけで。

 本裁決から何某かの学びを得るのだとしたら、「規範にそった事実を集めよう」ということになるでしょうか。


 なお、裁決から何某かを読み取るにあたっては、裁決に「書かれている」ことからだけでは足りず。何が「書かれていない」か、からも意味を取る(裏読み)必要があったりします。
 本裁決でいえば、規範についてはダンマリ、というところです。あるいは、当事者の主張として書かれている事実のうち、審判所の判断では認定されていないものとか。

 それゆえ、専門誌などで一部だけが引用されているものを読んでも、部分的な理解しかできず。正確に理解するためには、はやり原文(全文)を読む必要があるわけです。



 まあ、最初に書いた通り、本書の主目的が、非専門家向けに「とにかく事実が大事だよ」と啓蒙するものなのであれば。対象読者でもない外野が勝手なことを言っているだけ、の言いがかり系の記事と成り果てます。

 専門家があえて読むならば、「本当に事実だけの問題か?」という問題意識をもって読めば、アクティブ・ラーニングとして活用できるのではないでしょうか。

アクティブ・ラーニング(カテゴリ)

北村豊「争えば税務はもっとフェアになる」(中央経済社2020)
posted by ウロ at 10:08| Comment(0) | 租税法の教科書

2024年07月08日

最高裁令和6年7月4日第一小法廷判決(労災・メリット制)における「行政/司法」と「実体法/手続法」の交錯

 結論だけみると、労働者に寄り添った感が出ていますが。どうにもそれだけではない感じがするんですよね。

最高裁令和6年7月4日・第一小法廷判決 雑感(労災・メリット制)

 ということで、違和感の出どころを探ってみます。


 私の理解するかぎりでの、保険給付/不支給処分と保険料認定処分の法的構造は次の通り。

メリット制.png

・矢印は、影響を及ぼすことを表しています。
・事業主/労働者は、判決については「原告」、行政処分については「名宛人」を表しています。
・あり/なしは、支給要件のあり/なしを表しています。
・厳密には、審査請求、再審査請求も考慮しないといけないのですが、「行政」レベルにまとめて含まれているとして扱います。

@A
 ここは、取消判決の拘束力により、当然の帰結です。

B
 本判決にて、影響がないと判断されました。その結果、事業主は保険給付処分に対する取消訴訟を提起することはできません(原告適格なし)。

C
 平成13年決定によると、ここは影響があると判断されています。具体的にどこまでの効力かは明記されていませんが、「法律上」の利害関係があるとされている以上、なにかしら法的な効力があるのでしょう。

D
 問題はここです。
 本判決は「事業主は保険料認定処分を争えや」といったわけですが、では、事業主が保険料認定処分の取消判決を得た場合に、保険料認定処分の効力が(増額分だけ)失われるのは当然として(@)。保険給付処分にも影響があるのでしょうか。


 本判決が言っているのは、メリット制の判定対象となる「保険給付の額」は、客観的に支給要件を満たすものだけだ、というものです(B)。

 徴収法の条文には「保険給付の額」とあるにもかかわらず。現実に支給された金額全てではなく、客観的な支給要件を満たしたものだけがメリット制の判定対象なのだという限定解釈をかましています。
 文言解釈からはかなり無理のある、このような大胆な限定解釈。さすがに下級審でとばすのは難しいでしょうよ。

 本判決のこの解釈、
ア 保険給付処分は保険料認定処分に影響を及ぼさない、という行政処分間の効力を問題としているのか
それとも、
イ 保険給付処分における「支給要件あり」という実体判断は、保険料認定処分における実体判断に影響を及ぼさない、という実体判断レベルの問題を論じているのか
はっきりわかりませんが。

 いずれにしても、従前の《違法性の承継》という枠組みだと、射程が狭すぎてうまくハマらないでしょう。
 というのも、影響を及ぼすのは「違法」な場合だけとはかぎらず、また、処分間だけでなく、処分の前提となった「実体判断」レベルでも、承継が問題となりうるからです。

 本判決のロジックによれば、保険給付処分の効力はそのままで、保険料認定処分で支給要件なしと判断することができます。
 このロジックならば、保険給付処分の《公定力》《排他的管轄》に抵触しないですみます。これは《公定力》の例外を認めるものではなく、そもそも実体法レベルの解釈によって、《公定力》の対象外とするものといえます。


 本判決のような解釈からすると、保険給付処分では「支給要件あり」とされていたものが、保険料認定処分の段階では「支給要件なし」と判断される可能性がありうることになります。

 仮に、両処分の名宛人が同一人物であれば、《禁反言》などを理由に、「あり→なし」に変更するのを制御できるのかもしれません。が、両処分の名宛人は別人であり、そのような制約をかけることは難しいでしょう。

 では、この《不整合》を解消する権限/義務が行政にあるのかどうか、保険給付処分を事後的に「職権取消し」できる/すべきかどうか。
 上記図でいうと、Bの矢印の逆向きがどうなるのか、ということです。

 労働者救済を強調するならば、「影響なし」とすべきなのでしょうが。保険給付処分における実体判断が、あくまでも早期救済のかぎりで、というならば、保険料認定処分の段階での判断を優先する、という解釈もありうるわけで。
 あるいは、間をとって、遡及はしないが将来の支給は認めないとか。

 最高裁の、近時の《理論的整合性》を軽く見るノリからすると、労働者救済推しで行っちゃいそうな気もしますが、どうなるでしょうか。


 では、Dの影響があるかどうかについては、どのように考えればよいのでしょうか。

 上述のとおり、本判決が扱っているのは、《実体法》レベルにおいて、保険給付処分での判断は保険料認定処分には影響がないというにとどまり(B)。保険料認定処分の取消判決が保険給付処分に対する拘束力を有するか、という《訴訟法》レベルの問題は触れていません。
 行政処分の相互関係という徴収法内部の問題と、司法が行政に口出しをする場面における問題とは、同列には扱えません。

 この点については、やはり平成13年決定の存在を無視できません。
 平成13年決定ではCの影響を認めているため、保険給付/不支給と保険料認定とが、どのレベルにおいても全く無関係、と解釈することはできません。

 保険不支給処分の取消判決で「支給要件あり」と判断されてしまうと、保険料認定処分でも「支給要件あり」と判断しなければならなくなる(C)、というならば、保険料認定処分の取消判決で「支給要件なし」と判断されてしまうと、保険給付処分も「支給要件なし」として、取消なり撤回をしなければならなくなる(D)、という帰結になるはずです。

 もし「Cは認めるがDは認めない」という結論を導きたいのであれば、《訴訟法》レベルでそれ専用の道具立てを用意しなければならないでしょう。
 たとえば、平成13年決定は、「補助参加の利益」レベルでの影響を認めたにすぎず、取消判決の拘束力が及ぶとまではいっていないとか何とか。

 この先に、保険料認定処分の取消訴訟に「労働者」が補助参加(あるいは訴訟参加)できるか、という論点があります。
 もし「保険料認定→保険給付」の方向には、およそいかなる意味でも何の影響もない、ということであれば、補助参加する必要もなく、労働者はご安心して給付受け続けてください、ということになります。

 そもそも「補助参加の利益」という概念自体、未だによく分からないもので。なぜ平成13年決定の事案では認められたのかも、しっくりきていない。
 とはいえ、決定としてまだ残っている以上、ガン無視するわけにはいかず、整合性をもった解釈を施す必要はあるでしょう。


 で、最初に書いた違和感の正体。

 おそらくですが、本判決が「事業主は保険料認定処分を争えや」とだけしか言わず。もし事業主が保険料認定処分の取消判決を得てしまった場合、保険給付処分がどうなるのか、について何も触れていないからだと思います。
 平成13年決定とあわせてみるかぎり、司法と行政の《上下関係》を、改めて確認しただけのようにも読めますし。

 もちろん、「当該事案の解決に必要なかぎりで判断を示す」というのは建前としてあるわけですが。そんなもの、傍論なり個別意見(補足意見・意見)なりで、ご指導いただければいいことでしょう。

 「傍論・個別意見は判例ではない」とか言ったって、どうせ我々実務家は、おもいっきりそれらに従って行動せざるをえないのであって。

 ということで、労働者・事業主どちらの立場に立ったとしても、さしあたり第1ラウンドが終わっただけの話で。
 保険料認定処分をめぐる第2ラウンド、及び保険料認定処分の取消判決が出た場合の第3ラウンドが控えており。「労働者勝ったね、よかったね。」とか言っている場合ではない。


 おもいっきり専門外がゆえ。私個人が何かしらの定見をもっているわけではないのですが。

 どのような見解をとるにしても、実体法レベルの解釈と訴訟法レベルの解釈とは、混同しないように論じてもらえればと。
 ちなみに、これらを区別しないまま、正義っ子気取りで判決しているのが「武富士事件」に関する最高裁判決(のうち特に須藤補足意見)、というのが私の見立て(とばっちり)。

非居住者に支払う著作権の使用料と源泉徴収の要否について(その12)
posted by ウロ at 09:17| Comment(0) | 判例イジり

2024年07月05日

最高裁令和6年7月4日・第一小法廷判決 雑感(労災・メリット制)

 こういう理屈のたて方をみると、いい意味でも悪い意味でも、最高裁判事(and最高裁調査官)ってものすごい頭いいんだなあ、と思わされます(偉そう)。

療養補償給付支給処分(不支給決定の変更決定)の取消、休業補償給付支給処分の取消請求事件
令和6年7月4日最高裁判所第一小法廷判決 

 中身については思いっきり専門外なので、深堀りはせずざっくり感想だけ。
 あくまでも、「租税訴訟」にも参考になるかな、という興味本位のみで触れています。

【判断の内容(意訳)】
 事業主が、労働者に対する保険支給処分を争うことはできない。
 保険支給処分は、労働者に対する早期救済のためのものであって、その効力は、事業主に対する保険料決定に関する法律関係にまでは及ばない。

 保険料に不服があるなら、ダイレクトに事業主に対する保険料認定処分を争えばよい。
 ここで、保険給付が支給要件を満たしていなかったことを争うことができる。


 私のような単純脳では、「保険給付処分があるままでは保険料認定処分争えないんじゃない?」とか短絡視してしまうところ。
 そうではなく、早期救済用に設計された行政処分があるだけだったら、別の行政処分には影響しないぞと。

 それはそれでいいとして。以下のような疑問があります。

【疑問】
1 保険料認定処分を争う中で保険給付が支給要件を満たさないことが明らかになった場合、遡って保険給付処分は違法だったことになるのか?


 判決は、「保険給付処分→保険料認定処分」のことしか判断しておらず、「保険料認定処分(の取消訴訟の認容判決)→保険給付処分」にまでは触れていないわけです。

2 保険不支給処分に対して労働者が取消訴訟を提起した場合、事業主は国側に補助参加できるか?


 これはできるとされています。
 保険不支給処分の取消訴訟が認容されて支給処分がされたら、保険料決定処分に影響してしまうからだと。

平成12(行フ)3  補助参加申出の却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件
平成13年2月22日最高裁判所第一小法廷決定

 ・保険支給処分に対する取消訴訟   ←事業主は提起できない
 ・保険不支給処分に対する取消訴訟  ←事業主は国側に補助参加できる

 これを整合的に説明するならば、単なる行政処分レベルで「給付する」と判断されても保険料認定処分には及ばないが、不支給処分の取消訴訟が認容された場合には及んでしまう、ということになるでしょうか。

 このことからすると、保険料認定処分の取消訴訟で「支給要件なし」として認容された場合には、保険給付処分にも影響が及ぶことにならないでしょうか。
 保険給付処分と保険料認定処分とが、行政処分レベルで併存しているかぎりでは、どちらにも影響がないものの。どちらかの処分に裁判所の判断が出てしまうと、他方の処分にも取消訴訟の判決の効力が及ぶことになるからです。

 もしそうだとすると、保険給付処分を受けた労働者は、事業主が提起した保険料認定処分の取消訴訟に、国側で補助参加する利益があることになりそうです。

 ・保険料認定処分に対する取消訴訟  ←労働者は国側に補助参加できる(?)


 本判決をもって、「保険給付/不支給決定と保険料認定とは相互に無関係」との判断を示したものと理解する人がいるかもしれません。
 が、平成13年決定を変更すると明示していない以上、同決定との整合性を保たなければなりません。

 そうすると、
 ・行政処分レベルでは、相互に影響しない。
   ア 保険給付処分→保険料認定処分 ⇒及ばない(本判決)
   イ 保険料認定処分→保険給付処分 ⇒及ばない(?)
 ・取消判決が出たら、認定事実を共通とする他の行政処分・取消訴訟には影響を及ぼす。
   ウ 保険不支給処分に対する取消判決→保険料認定処分 ⇒及ぶ(平成13年決定) 
   エ 保険料認定処分に対する取消判決→保険給付処分  ⇒及ぶ(?) 
と理解すべきではないでしょうか。


 以上、単なる素人の浅読みにすぎません。

 あらためて、「取消訴訟の判決の効力」というものをよくよく勉強しておかなければ、と思いました。

最高裁令和6年7月4日第一小法廷判決(労災・メリット制)における「行政/司法」と「実体法/手続法」の交錯
posted by ウロ at 14:05| Comment(0) | 判例イジり

2024年07月01日

少額特例と電気通信利用役務の提供 〜消費税法の理論構造(種蒔き編49)

 「8割控除・5割控除」と電気通信利用役務の提供との関係については、すでに取り上げました。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版補遺

 今回は、「少額特例」と電気通信利用役務の提供との関係につき、条文整理をしておきます。


 もちろん、運営がすでに「Q&A」を出しているところであり。Q&Aワナビーの方々からしたら、「何をいまさら」って感じかもしれません。

インボイス制度に関するQ&A目次一覧
問103−3(電気通信利用役務の提供と適格請求書の保存)

 が、「8割控除」のときもそうですが。運営のQ&Aでは、平気で条文と異なることを書いていることがあり。Q&Aを鵜呑みにすることはできず、条文と照らし合わせながら読む必要があります。
 しかもこの設問【令和6年4月追加】となっていて。それまでの間、Q&Aワナビーの人たちはどうやって意味をとっていたのでしょうか。


 結論として、上記Q&Aの記述は間違っていませんでした。
 以下、条文を引用していきますが、その前提として用語の確認。これがわかっていないと正確に理解できないはずです。

【課税仕入れの類型】
 ア 課税仕入れ(イウ以外のもの)
 イ 消費者向け電気通信利用役務の提供 を受けること
 ウ 事業者向け電気通信利用役務の提供 を受けること(特定課税仕入れ)

 例のリーフレットしか見ていないとピンとこないかもしれません。が、用語上、電気通信利用役務の提供(を受けること)は、あくまでも「課税仕入れ」の中に含まれているものです。

国境を越えた役務の提供に係る消費税の課税関係について

 「特定課税仕入れ」についても、課税仕入れの一類型であって。仕入税額控除の場面に限って、30条1項で分岐させてから同条2項で「課税仕入れ等の税額」としてまとめる、ということをやっています。

【お約束ごと】
・以下では「事業者向け」「消費者向け」と略して記述します。
・記述を簡略化するため、「特定役務の提供」は省略します。
・あくまでも類型としての括りだしなので、「事業者が」「事業として」などの要件は当然満たすものとします。

消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編46)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編47)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編48)


 で、「少額特例」の条文。

法 附則(平成二八年三月三一日法律第一五号)
第五十三条の二(請求書等の保存を要しない課税仕入れに関する経過措置)
 事業者(新消費税法第九条第一項本文の規定により消費税を納める義務が免除される事業者を除く。)が五年施行日から五年施行日以後六年を経過する日までの間に国内において行う課税仕入れ(その基準期間における課税売上高が一億円以下である課税期間又はその特定期間における課税売上高(消費税法第九条の二第一項に規定する特定期間における課税売上高をいう。)が五千万円以下である課税期間に行うものに限る。)について、当該課税仕入れに係る支払対価の額が少額である場合として政令で定める場合における新消費税法第三十条第七項の規定の適用については、同項中「帳簿及び請求書等(請求書等の交付を受けることが困難である場合、特定課税仕入れに係るものである場合その他の政令で定める場合における当該課税仕入れ等の税額については、帳簿)」とあるのは、「帳簿」とする。この場合において、当該課税仕入れについては、前二条の規定は、適用しない。

令 附則(平成三〇年三月三一日政令第一三五号)
第二十四条の二(請求書等の保存を要しない課税仕入れの範囲等)
1 二十八年改正法附則第五十三条の二に規定する政令で定める場合は、五年消費税法第三十条第八項第一号ニに規定する課税仕入れに係る支払対価の額が一万円未満である場合とする。


 法30条7項を読み替えることになっています。

法 第三十条(仕入れに係る消費税額の控除)
7 第一項の規定は、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿及び請求書等(請求書等の交付を受けることが困難である場合、特定課税仕入れに係るものである場合その他の政令で定める場合における当該課税仕入れ等の税額については、帳簿)を保存しない場合には、当該保存がない課税仕入れ、特定課税仕入れ又は課税貨物に係る課税仕入れ等の税額については、適用しない。


 H28法附則53条の2にいう「課税仕入れ」、法30条7項にいう「課税仕入れ等の税額」の中に、「消費者向け」も「事業者向け」も含まれていますので、これらにも「少額特例」が適用できることになります。

 ただし、「事業者向け」については、もともと「帳簿」だけでよかったのであり。わざわざ少額特例を適用するまでもないです。
 なので、特定課税仕入れを除外して記述してもよかったはずです。が、書き分けをせずに少額特例の対象に含めたままとしています(ここで要件事実論における「a+b」を思い出す)。

  ・事業者向け      ⇒帳簿のみでOK
  ・事業者向け+少額特例 ⇒帳簿のみでOK

電気通信利用役務の提供の構造1 〜消費税法の理論構造(種蒔き編13)
電気通信利用役務の提供の構造2 〜消費税法の理論構造(種蒔き編14)


 ちなみに、「請求書等の交付を受けることが困難である場合」と、少額特例との関係について。

 「困難である場合」ルートでいく場合には、令49条で要求されている追加の記載事項を帳簿に記載しなければなりません。

令 第四十九条(課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿等の記載事項等)
1 法第三十条第七項に規定する政令で定める場合は、次に掲げる場合とする。
一 課税仕入れが次に掲げる課税仕入れに該当する場合(法第三十条第七項に規定する帳簿に次に掲げる課税仕入れのいずれかに該当する旨及び当該課税仕入れの相手方の住所又は所在地(国税庁長官が指定する者に係るものを除く。)を記載している場合に限る。)


条文解析《インボイスいらない特例》の法的構造について(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編36)

 他方で、H28法附則53条の2では、追加の記載事項が要求されていません。それゆえ、「困難である場合」に該当する場合であっても、この特例は使わずに「少額特例」を使えば、余計な記載をしないですみます。

  ・課税仕入れ+交付困難 ⇒帳簿+追加事項必要
  ・課税仕入れ+少額特例 ⇒帳簿のみでOK

 少額特例を使う場合には、読み替えが起こって「困難な場合」が条文から消え去ります。なので、困難特例を使いつつ少額特例も同時に使う、ということは概念上ありえないことになります。


 ちなみに、Q&Aには、帳簿の記載事項について、しれっと結論だけが書いてあります。

問111 (一定規模以下の事業者に対する事務負担の軽減措置)
4 当該経過措置の適用に当たっては、帳簿に「経過措置(少額特例)の適用がある旨」を記載する必要はありません。

 なぜこうなるかは、令49条とH28法附則53条の2の書きぶりを対比して、はじめて理解できることです。
 まあ、正面から条文に明記されていないことを書いてくれているだけでも、親切だと評価すべきでしょうか。


 以上、「消費者向け」「事業者向け」とも「少額特例」が適用できます、めでたしめでたし。で検討を終えてはいけないのが、税法の怖いところ。

 というのも、「8割控除・5割控除」については、穴塞ぎ系の条文がありました。これが「少額特例」にも及ばないのかどうか、を検討しなければなりません。

令 附則(平成三〇年三月三一日政令第一三五号)
第二十四条(国外事業者から受ける電気通信利用役務の提供に係る税額控除に関する経過措置)
 事業者が、五年施行日から令和十一年九月三十日までの間に国内において行った課税仕入れのうち、二十八年改正法第十八条の規定による改正前の二十七年改正法附則第三十八条第一項本文の規定がなお効力を有するものとしたならば同項本文の規定の適用を受けるものについては、二十八年改正法附則第五十二条及び第五十三条の規定は、適用しない。


 ここで適用が排除されているのは、H28法附則52条(8割控除)と53条(5割控除)だけです。他方で、少額特例については、H28法附則53条の2後段において、8割控除・5割控除とは排他関係にあるとされています。

 そうすると、「消費者向け」で排除されるのは8割控除・5割控除だけで。少額特例は適用できる、ということになります。


 以上をまとめると、次のとおり。

      原則     8割控除・5割控除 少額特例
事業者向け 帳簿のみ   ‐(H28法附則52)  ◯(無意味)
消費者向け 請求書+帳簿 ×(H30令附則24)  ◯

 Q&A問103-3では、「消費者向け」なら少額特例が適用できるとだけ書いてあって。事業者向けについては何にも書かれていません。これは、事業者向けに少額特例を適用しても無意味だからあえて書かない、ということなのでしょうか。

 が、「条文を正確に読み下す」という趣旨からは、事業者向けも少額特例の適用範囲に含まれている、ということを確認しておくことに意味があります。
posted by ウロ at 09:26| Comment(0) | 消費税法

2024年06月27日

「反制定法的解釈について」 〜問d(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)

 タイトルはもちろん、広中俊雄先生にあやかって、です。

広中俊雄「民法解釈方法に関する十二講」(有斐閣1997) Amazon

 本ブログは、あくまでも「法令の」条文イジりを旨としております。ので、通達やらQ&Aがどう変わろうが、基本的には無関係です。
 が、ド派手な条文ガン無視「反制定法解釈」をカマされると、とてもそのままの内容では維持しがたい、ということが生じます。

 それが、今回のQ&Aの「古物商等特例」に対する「差し支えありません」ラッシュ。条文ガン無視の運用が乱舞しています。

令和6年4月以降版 お問合せの多いご質問(令和6年6月26日)
P.6(フリマアプリ等により商品を仕入れた場合の仕入税額控除)問d

 下記記事における「古物商等特例」の姿と比べて、本当に同じ制度の説明だろうかと、書いた自分でも疑念を抱いてしまうほど。

《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編33)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編34)
《特定業種優遇税制》としてのインボイス特例(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編35)

 あまりにもあまりにも、なので、Q&Aの中身について説明する気もありません。し、Q&Aに合わせて、当ブログの記事を個別に修正するつもりはありません。法令上、間違ったことを書いているわけではないですし。

 が、さすがに運用と差が出すぎ、なので、法令と違って「運用ゆるいよ!」という《注意書き》のかぎりで、本記事を作成しておきました。


 しかしまあ、「8割控除」のときもそうでしたが、Q&Aが、条文とは別世界に行ってしまっている。

【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版補遺
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 暫定版余滴
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 確定版
【事例検討】インボイス経過措置(8割特例・5割特例) 決定版

 「適格請求書発行事業者を除く」とある以上、適格請求書発行事業者である限り、消費者としての取引であっても除外しなければならないのが、文言解釈からの帰結であり。また、そのことは「事業として」と「事業者」を用語として区分している、消費税法の基本構造にも関わるものでもあるはずです。

消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その1) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編46)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その2) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編47)
消費税法における「事業/事業者」概念の機能(その3) 〜消費税法の理論構造(種蒔き編48)

 だというのに、そんなことお構いなし。いくら納税者有利だからといって、条文ガン無視な運用を、安易に認めてしまってよいものかどうか。

 ここまでド派手な「反制定法的解釈」、さすがに公式で謳うことはできない、ので、(民間の)業界誌経由でリークする、という遣り口で公表していくものだと思っていました。表向きとはいえ、最低限の遵法意識はあるぞ、という姿勢を崩すことはないだろうと。

 が、そんなものは単なる買いかぶり、にすぎませんでした。


 なお、Q&Aの「差し支えありません」が、「フリマアプリ等」の行きずり感のある取引の場でのみ通用するものなのか、それともがっつり店舗を構えているような大手買取業者も含めた全ての古物商等に通用するものなのか。

 大手なんて、すでに法令通りにシステム構築していたはずで。今さら緩められても遅せーよ、という感じかもしれませんが。
 私はもう知らんので、ご不安な方は各自、管轄税務署までお問い合わせされたらよろしい。
posted by ウロ at 16:50| Comment(0) | 消費税法