2021年09月20日

どこまでも追いかけてくる、夜の月のように 〜租税回避チャレンジ

 スピンオフ第4弾、今回は「租税回避」について。

浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)
留保金課税における資本金基準と株主構成基準の交錯
非適格は「非適格である」であって「適格でない」ではない 〜組織再編税制
引けない消費税 〜リバースチャージと控除対象外消費税

 本書で「例2」として挙げられているものを要約します。

 ・甲土地 A所有 取得費3億円 時価9億円
 ・A⇒B 甲土地 賃貸(無期限) 地代年1億円
 ・B⇒A 金銭9億円 貸付(無期限) 利息年1億円
 ・AB 毎年1億円の支払債務は相殺。

 これは、所得税法33条1項のカッコ書きがなければ譲渡所得を回避できたはずの例として挙げられています。で、譲渡所得を回避しながら譲渡したのと同じ状態を実現できているだろうと。

 その限りではまあそうなんですけども、ちゃんと回避しきれているのか疑問があります。当たり前のことですが、所得税は「譲渡所得」だけで構成されているわけではないからです。

 以下、順番に考えてみます(課税庁による法律構成の引き直しはされない前提で)。


 まずAは、地代収入を「不動産所得」としなければなりません。支払利息とぶつけられるんじゃないの、と思うかもしれませんが、この例では「たまたま」金銭を借りているだけなので、不動産所得の必要経費にはなりません。
 事業所得あたりの必要経費にでもして損益通算を狙っているのでしょうか。が、当該事業で借りる必要性がなければ家事費扱いになってしまうでしょう。

 また、Bも受取利息を「雑所得」としなければなりません。支払地代を金銭貸付の必要経費とするのは、さすがに難しい。
 そうすると、その土地を活用した事業でも創設して、事業所得か不動産所得の必要経費として損益通算することになるのでしょうか。

 このように、目先の譲渡所得6億円を回避しようとすると、「無限に」年1億円の不動産所得+年1億円の雑所得が発生してしまうということです。これを消すためには、他の所得を発生させた上で支払利息・支払地代を当該所得の必要経費にして損益通算ルートでぶつける必要がでてきます。

 目先の所得を消しても他の所得がでてきてと、イタチごっこ的に次々と別の所得が出てきてしまうような気がします。


 ここがまさに、所得税法が所得を類型ごとに区分していることの妙味です。そして「包括的所得概念」的な発想では、いかに現行所得税法をあるがままに記述できないかの証左でもあります。
 学理的にはともかく、現行所得税法を色眼鏡なしに理解するためには、《包括的所得脳》は一旦脇に置いておくべきだと思います。

 よくよく考えると、「包括的」といえるのは「収入」面だけはないかと。

  ア あらゆるプラスが収入になる 《包括的収入概念》
  イ あらゆるマイナスが経費になる 《包括的経費概念》
  ウ あらゆるプラス・マイナスが通算できる 《包括的通算概念》

 雑所得のようなバスケットカテゴリーがあることによって、プラスはほとんど所得税に取り込まれることになっています。他方で、マイナスは、控除できるものが所得類型ごとにバラバラです。
 さらに通算ルールとなると、肝心の雑所得のマイナスが通算の対象にならないなど、包括的所得概念にとっては、かなり致命的なルール設定となっています。

 と、包括的といえるのはせいぜい収入までであって、それ以外の箇所を包括的だというのは、現行所得税法とは違う何かについて語っているにすぎません。
 それが標準的な説明の仕方だとしても、租税法の学習者にむけて包括的所得概念をもって現行所得税法の説明をしようとするの、良心が傷まないのだろうかと。

 この点、藤田宙靖先生の行政法の教科書のように、「法律による行政の原理」を偏差をはかるための『ものさし』とする、という使い方なら理解できます。



藤田宙靖 新版 行政法総論 上巻 青林書院2020
藤田宙靖 新版 行政法総論 下巻 青林書院2020 

 モデルとしての包括的所得概念を「ものさし」としながら、現行所得税法がこれとどのくらいの偏差があるかを見ていくと。

 逆説的ですが、所得は単なる《差額概念》にすぎないと位置づけた上で、なるべく所得という言葉を使わずに現行所得税法を勉強したほうが、正確な理解ができるかもしれない(所得における差額説)。


 この事例、単に譲渡所得回避の試み事例としてだけで使うのはもったいない。

 ではなくて、所得税法が複数の所得類型によって課税範囲をカバーしていてそう簡単には抜け出せないことや、他方で各所得類型ごとに課税のされ方がバラついていることといった、「所得税法の課税構造」を具体的に学ぶための事例として活かしたほうがよさそうです。


 現行法ではカッコ書き(以下「譲渡()」といいます)があるから、本事例の借地権の設定も当然に「譲渡」となるかと思いきや、そう単純な話ではありません。

 ここででてくるのが、いわゆる『借地権課税』。

 本事例においても、権利金の支払いがないから譲渡にならないのか、あるいは借入金9億円が権利金と評価されることにならないか、借入が「特別の経済的利益」とならないかなどなど、検討すべき事項が複数あります。ただ単に借地契約をしただけで、当然に「譲渡()」に該当するわけではありません。譲渡としての実態を備えた借地権の設定である必要があります。

 譲渡のつもりで借地権を設定したのに、余計な取引を追加したせいで譲渡に該当しないこととなって余計な所得税が発生してしまう、という事態も考えられます。譲渡所得が常に忌むべき・回避すべき対象とは限りません。
 他の所得で課税されるくらいならば譲渡所得のほうがまし、という場面は少なからずあるでしょう。


 所得税法だとややこしいことになるなら、当事者が「法人」にしたらどうか、ということを考えるかもしれません。

 確かに法人なら、上記のような所得類型ごとにどうたら、みたいな話はありません(包括的所得思考の復権)。が、法人の場合は、借地権の認定課税をはじめ『借地権課税』の問題が個人以上にシビアになってきます。下手をすると、Aが寄付金課税、Bが権利金課税をされることもありえます。
 ので、こちらもそうすんなり回避できるようなものではありません。


 以上のことから、『租税回避』というのは、単に目先の課税を逃れて終わるものではなく、どの所得類型・税目にも当てはまらないように立ち回れた先にあるもの、ということがわかります。
 そこまで到達してはじめて、課税庁に租税回避チャレンジをかますことができるんだと。

 我々は、租税回避チャレンジ事案(の判決)をみて、後知恵的にあれこれ文句をつけがちです。が、やはりファーストペンギンに対する敬意というのは、忘れてはいけないのでしょう。

 ちなみに、この『借地権課税』の問題、租税法学習の素材として最適ではないかと思います。
 というのも、次のような特徴があるからです。

 ・租税法を勉強しようとする段階の人であれば「借地借家法」の知識はあるはず。会社法の教科書レベルの知識で「組織再編税制」に挑むよりは、ハードルは低めです。
 ・比較的単純な取引で社会人経験のない学生さんでも想像しやすい(組織再編以下略)。
 ・所得税法・法人税法・相続税法が絡んできて、それぞれの課税スタンスが理解しやすい。

 本書が「年金二重課税問題」(所得税法×相続税法)をやたら詳しく論じているのと同じノリで、借地権課税も詳しく論じたらいいんじゃないですかね。


 以上でスピンオフ記事、終了となります。

 が、より勉強が進めば他にも指摘すべき事項があるかもしれません。ある程度勉強が進んでからまた戻ってきたいと思います。
 
posted by ウロ at 09:49| Comment(0) | 所得税法

2021年09月13日

引けない消費税 〜リバースチャージと控除対象外消費税

 スピンオフ第3弾。

浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)
留保金課税における資本金基準と株主構成基準の交錯
非適格は「非適格である」であって「適格でない」ではない 〜組織再編税制

 今回は「リバースチャージ」について(156頁〜)。

国境を越えた役務の提供に係る消費税の課税関係について(国税庁)


 越境役務提供につき、本書では消費者向けと事業者向けとで扱いが異なる理由がわかりやすく説明されています。

 なんですが、リバースチャージをとるべき例として挙げられているもの、初学者には一読して理解しにくいかもしれません。これも制度説明とあてはめが一対一対応していない(あてはめ側が多い)、という問題です。

 補足をしてみます(数字の前が本体、後が消費税です)。

1 国外仕入(リバースチャージ無し)
  900  0 非課税売上
  600  0 国外仕入

2 国内仕入
  900  0 非課税売上
  600 60 国内仕入

 1と比べて2が消費税分不利になっていると。
 そこで、輸入者に消費税を負担させることで、1と同じ状態に引きずり下ろすと。

3 国外仕入(リバースチャージ有り)
  900  0 非課税売上
  600 60 国外仕入(リバースチャージ)

 ガチの初学者であれば、さしあたりこれだけで納得できそうです。単純に足し算引き算すれば同じ数字になるので。
 が、複式簿記の知識がある人だと、リバースチャージ60をどうやって仕訳するのか悩むかもしれません。

【中級者の罠】
未払決算賞与の損金算入時期と、なんちゃって私法準拠の弊害

 ?/未払消費税 60 

 左側(借方)は何なんだと。
 もしこれが「仮払消費税」だとすると、申告時に精算されてしまってリバースチャージを負担させた意味がないように思ってしまいます。

 仮払消費税/未払消費税 60

4 国外仕入(リバースチャージ有り)
  900  0 非課税売上
  600 60 国外仕入(リバースチャージ)
    △60 精算?

 ではなく、2の60も3の60も、いずれも「控除対象外消費税」として費用(損金)扱いとなるので(非課税売上対応仕入)、足並みが揃うということでしょう(科目名は便宜的に)。

 控除対象外消費税(費用)/未払消費税 60

 ここで、本書には出てこない「控除対象外消費税」「非課税売上対応仕入」という用語がでてきたとおり、これら概念を知らなければ、この事例のあてはめをちゃんと理解することができません。

 当該書籍に記載されていることが、当該書籍に記載されていることでは理解できないというのは、初学者にとってはかなりのストレス。自分の理解不足のせいなのか、それとも当該書籍が記述不足なだけなのか判断がつかないわけで。
 真面目な人なら、自分の理解不足だと思って当該(記述不足な)箇所を何度も何度も読んでしまうことになるでしょう。


 なお、現行法でリバースチャージしないといけないのは、「課税売上割合95%未満」の「課税事業者」に限られています。
 ので、取引先がほとんど教育機関であるような「免税事業者」であれば、リバースチャージ無しの国外仕入への誘引があることになります。

 また、「課税売上割合95%以上」の課税事業者で「個別対応方式」を採用している場合も、非課税売上対応仕入に関してはリバースチャージ無しの国外仕入が望ましいということになります。


 ただし、これらはあくまでも現行の日本法を前提とした話です。
 本書のつもりとしては、《理念》としてのリバースチャージを記述しているのであって、そんな細かい話をするつもりはない、ということかもしれません。

 が、消費税のことを「もらった消費税と払った消費税の差額を納付する」という限度で理解している人にとっては、ここの記述は意味不明なはずです。何でもかんでも盛り込むのは無理だとしても、少なくとも本書の記述を理解するのに必要な項目は記述しておいてほしい。

 勉強が進んでくると、記述不足な本であっても、オートモードが勝手に起動して記述を補って読んでしまいがちです。そうすると、論述が飛んでて初学者には理解できない、といった箇所に気づかなかったりします。
 私自身も、入門書評をするにあたってはそれなりに気をつけているものの、ガチの初学者と同じ目線で、というのはさすがに無理かもしれません。

 さて、次回は「租税回避」についての予定です。

どこまでも追いかけてくる、夜の月のように 〜租税回避チャレンジ
posted by ウロ at 10:29| Comment(0) | 消費税法

2021年09月06日

非適格は「非適格である」であって「適格でない」ではない 〜組織再編税制

 スピンオフ第2弾、今回は「組織再編税制」について(138頁〜)。

浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)
留保金課税における資本金基準と株主構成基準の交錯


 「組織再編税制の立法趣旨」という項目で政府税調の『基本的考え方』の記述が引用されています。
 類書も大体そうなんですが、なぜかこの項目のときだけ税調のご意見を引用するのがお決まりのパターンになっているようです。

 が、立法趣旨と立案者意思とを安易に同一視すべきでない、ということは以前も論じたとおりです。

アレオレ租税法 〜立案者意思は立法者意思か?

 とはいえ、同一視する高裁判決が実在しているわけで、もはや同一視しないほうが異端なんですかね。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

 まだ最高裁が残されているものの、この手の趣旨解釈は残念ながら最高裁でも安易に受け入れられがち、というのが私の見立て。
 どの教科書・解説書も横並びで税調のご意見=立法趣旨と見做してしまっている状況において、「ここがヘンだよ私以外!」と叫んだところで、徒労なのかもしれない。


 「次に示す適格要件等を満たせばある組織再編成が適格と判断され、課税繰延が認められる。」(138頁)

 本書でも「適格外し」のことが書かれているとおり、適格組織再編成は「課税繰延」(利益先送り)となるだけでなく「損失先送り」としても機能します。
 そして、適格要件に該当する以上は問答無用で簿価移転としなければならないので、「認められる」というのは表現として不正確。

 ・適格 :簿価強制
 ・非適格:時価強制

 どちらかが原則でどちらかが例外、ということでもありません。
 もちろん実態としては、「利益先送り」狙いで使われることが多いのかもしれません。が、まずは色眼鏡を外した状態からスタートすべきでしょう。

 前回記事のように結論反転させないかぎり、原則/例外で説明したって別にいいんじゃね、と思うかもしれません。ですが、原則/例外と表現することに私が危惧しているのは、次のような『要件事実論』を展開する輩が現れかねないからです。
 すなわち、

【適格/非適格要件の立証責任の分配(民事横流し系)】
 ・時価移転(非適格)が原則で簿価移転(適格)は例外。
 ・ゆえに、時価移転を主張する側は合併の事実を立証するのみで足りる。
 ・例外である簿価移転を主張する側が「適格要件を満たすこと」を立証しなければならない。
 ・適格要件が真偽不明となった場合は非適格と認定される。
 ・このように分配することは、消極的事実(適格でない)ではなく積極的事実(適格である)を負担させるべきという要件事実論の基本コンセプトにもかなう。

 いかにも要件事実論のお作法に従った綺麗な分配のように見えます。
 が、民事要件事実論の発想をそのまま税法へ横流してもよいのかは極めて疑問です。

 上記分配で「課税庁」「納税者」の特定をしていないことからも分かるとおり、適格/非適格のどちらが納税者有利/不利になるかは、局面によって入れ替わります。
 仮に、納税者が簿価移転を望む場合、上記分配によれば納税者が適格要件を立証しなければならず、立証に失敗した場合には時価移転の不利益を受けなければならないことになります。

 このような負担を納税者に負わせてもよいものなのかどうか、特に「真偽不明」でも非適格扱いとされるのがよいのか。原則非適格とする考えからすれば何の問題もない、となりそうですが、私には疑問です。
 「非適格=法人税法、適格=措置法」とでもなっていれば、まだありえたかもしれませんが、どちらも法人税法本法に収まっていますし。

 租税法の大原則からすれば、課税処分の適法性は課税庁が主張立証しなければならないはずです。この大原則からするならば、適格が適法性を基礎付けるならば適格を、非適格が適法性を基礎付けるならば非適格を、それぞれ課税庁が主張立証する、とすべきでしょう。
 が、「課税要件事実論に詳しい」みたいな人たちは、いかにも上記の民事横流し系の分配論を展開しそうです。これは穿った見方でしょうか。

 例の奇妙な課税要件事実論が、誰からも批判されることなく放置されている現状からして、租税法学における要件事実論の受容というのが、未だ満足に行われていないのではないか、というのが、極めて個人的な私の見立てです。

伊藤滋夫ほか「要件事実で構成する所得税法」(中央経済社2019)


 「完全支配関係とは、一の者の法人の発行済株式等の全てを直接または間接に保有する関係をいう」(139頁)

 条文上の定義を、親切心でわかりやすく簡略にしただけ、のつもりかもしれません。
 が、完全支配関係には、親子孫関係(縦)だけでなく兄弟姉妹(横)の関係もあることが、記述から抜け落ちてしまっています。

法人税法2条
 十二の七の六 完全支配関係 一の者が法人の発行済株式等の全部を直接若しくは間接に保有する関係として政令で定める関係(以下この号において「当事者間の完全支配の関係」という。)又は一の者との間に当事者間の完全支配の関係がある法人相互の関係をいう。


 条文でいうところの後段が削られてしまっているということです。
 そして、横の関係の場合には適格要件として「株式継続保有要件」が要求されるわけですが、このことが抜け落ちてしまっています。

 例の「見込み」(⇒法的安定性?)のやつです。

中里実ほか「租税法概説 第4版」(有斐閣2021)

 なんの考えもなしに条文引き写ししておけば間違えずに済んだのに、という前回と同じ類の間違い。


「ここで注意深い読者なら、株式継続保有要件を満たす必要のない場合、投資の継続と支配の継続の両方がなく、課税繰延を認める理由がないのではと冴るかもしれない。共同事業要件の存在は、合併前後における事業の継続性や関連性の存在から経済実体の不変更とみるか、または、「選択と集中」を支持する産業政策の要請によるとみるしかないであろう。」(140頁・共同事業要件)

 なぜ、「みるしかないであろう」などという、仕方ない感溢れる物言いをしているのでしょうか。これは、政府税調の『基本的考え方』を立法趣旨と同一視することからくるものでしょう。
 しかし、実際にできあがった制度の個別要件からスタートして解釈するのであれば、こういう評価にはならないはずです。現行法が実際に要求している要件が『基本的考え方』にそぐわないのであれば、それは『基本的考え方』のほうが現行法にそった内容になっていないと評価すべきでしょうよ。

  × 基本的考え方 → 現行法 (基本的考え方のとおり条文化されていないのは不当)

  ○ 基本的考え方 ← 現行法 (現行法で実現していない基本的考え方は通用しない)


 引用は省略しますが、欠損金引継ぎの具体例として、被合併法人T・合併法人Aとも支配関係成立前の欠損金は引き継げないが、成立後の欠損金は引き継げるという例があげられています(141頁)。

 が、支配関係成立前後で取り扱いが変わることが、その前の段落の制度説明の箇所に記述されていません。ので、なぜ支配関係成立前後で帰結が変わるのか、さっぱり理解できないでしょう。

 本書は、数値を含んだ事例での解説が豊富なので、理解しやすいところは非常に理解しやすいです。が、このように制度説明とあてはめの対応関係が欠落しているところがあったりします。

      類書  本書
 制度説明 多い  少ない
 具体例  少ない 多い

 なんですか、コモンロー的に事例(だけ)で理解しようぜ、ってことですか、租税法なのに。

 また、合併法人Aの欠損金も「引き継げる」と表現されていますが、AはAの欠損金を制限なしにそのまま使えるということであって、他社から引き継ぐものではありません。ここも、正確に言葉を使いわけましょう、という問題です。

 次回はスピンオフ第3弾、「リバースチャージ」についてです。

引けない消費税 〜リバースチャージと控除対象外消費税
どこまでも追いかけてくる、夜の月のように 〜租税回避チャレンジ
posted by ウロ at 09:42| Comment(0) | 法人税法

2021年08月30日

留保金課税における資本金基準と株主構成基準の交錯

 今回から数回ほど、前回記事のスピンオフ記事を掲載する予定です。
 


浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)
 (以下「本書」といいます)

 今回は「留保金課税」について(126頁)。


 第1刷では、盛大な間違いをおかしています。
 最初、知らない間にこんな大改正が入ったのかと思って一瞬焦ったのですが、単なる本書の間違いでした。
 出版社のサイトに正誤表が載っていますので、そちらをご確認ください。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8378.html

 訂正前の記述では、留保金課税が適用されるかどうかにつき、
  ・資本金1億円以下の会社に適用される
  ・資本金5億円以上の大法人の100%子会社は除かれる

などと、まったく正反対のことが書かれていました(※念のため、上記間違いですよ)。
 
 ただ単にひっくり返しちゃっただけじゃん、と思うかもしれません。が、たとえば『課税売上高1000万円の場合には消費税免税事業者となる』などといったとしたら、その感覚を疑われますよね。

 参考まで、このひっくり返しによる違いがどれくらいの「ボリューム感」となって現れるかを、以下の統計資料で見てみましょう。

令和元年度分 会社標本調査結果

 統計表⇒第11表法人数の内訳によると、資本金1億円以下/超で区切った同族会社数とその割合は次の通りとなっています(ついでに特定同族会社も)。

 資本金1億円以下/超
    同族会社 2,632,648/10,012 99.62%/0.38%
  特定同族会社     23/3,829   0.6%/99.4%

 これを反転させるって、なかなかの致命傷。

 普通の教科書だと、このあたりの定義は条文引き写しで済まそうとするので、むしろこの手の間違いは生じにくいところです。本書では親切にも噛み砕いて説明しようとしたことが、逆に仇になったといえなくもない(擁護)。


 邪推するに、次のような先入観があったのではないでしょうか。すなわち、

 ・留保金課税は利益を溜め込みがちな会社向けの制度。
 ・規模が小さく、大企業に支配されていないような会社のほうがより溜め込みやすいはず。
 ・そういう企業を狙い撃ちするため、より規模の小さい会社に絞って適用するはずだ。

 あくまでも邪推ですが、そうとでも勘違いしなければこんな反転やらかしませんよね。

 実際にご本人の意図がどうだったかは別として、このような勘違いが生じうる要因というのを以下検討してみます。
 なお、間違えをあげつらう趣旨ではなく。超頭のいいはずの先生でさえ勘違いした要因を辿ることで、我々常人はどのようなことに気をつけておく必要があるかを理解する、という趣旨です。


 留保金課税制度では、
  ア 株主構成基準 (支配が強ければ適用)
  イ 資本金基準 (規模が小さければ除外)
のふたつの基準で適用範囲をコントロールしています。

 このうち、アが「溜め込みやすさ」の指標であり、留保金課税制度の内在的な要件ということができます。他方で、イは「溜め込みやすさ」とは直接関係がなく、規模が小さいのに税負担重くするの可哀想、という趣旨でしょう。ので、こちらは外在的な制約要素ということができます。

留保金課税.png


 本書(訂正前)は上図の×を適用あり、○を適用なしと間違えたということです。

 上図ではアイはそれぞれ別々の観点からの基準だということで、それぞれを縦軸(株主構成基準)・横軸(資本金基準)に配置しています。他方で、法の規律を気にしないで「大小」という観点から横並びにすると次のようになります(上下に並べてますが慣用句としての「横並び」)。

溜め込みやすさ.png

大小.png


 もちろん、特定同族会社だからといって規模が小さいとは限らないわけですが、なんとなくのイメージだけを先行させるとこういう配置になります。そして、上段で左にいけば留保金課税の適用を受けるということは、下段も左にいけば留保金課税の適用を受けるはずだ、と勘違いをすると上記の間違いを導くことができます。

 実際にどういうつもりだったかはご本人のみぞ知るところです。ですのでこれは、間違いの要因を推測することで自らの勘違い防止に役立てる、という限りでの検討ということです。


 「趣旨解釈」というのは、いかにも法解釈のお作法に則った正統な解釈手法であるかのように思われがち。ですが、いうところの「趣旨」が、実定法以外のどこかから持ってきたものによるならば、砂上の楼閣にすぎない、ということが分かります。

 このことは、TPR事件の高裁判決に対しても指摘をしたところです。

横流しする趣旨解釈(TPR事件・東京高裁令和元年12月11日判決)

 また、小規模宅地等の特例の家なき子特例の趣旨を「出戻り保護」だと決め打ちしていることに対しても、個別の要件にそぐわないことを指摘しました。

白井一馬「小規模宅地等の特例」(中央経済社2020)
僕たちは!出戻り保護要件です!! 〜家なき子特例の趣旨探訪1
ぼくたちは出戻り保護ができない。 〜家なき子特例の趣旨探訪2
あの日見た特例の趣旨を僕達はまだ知らない。 〜家なき子特例の趣旨探訪3(完)

 解釈に用いる「趣旨」は、あくまで現行法から取り出すべきものでしょう。
 近時、税理士向けの研修・セミナーの類で、弁護士先生が税理士にリーガルマインドを教える、ということで「趣旨から解釈すべし」というようなことを強調しているのを見聞きします。それ自体はそのとおりなのでしょうが、その趣旨なるものをどうやって見出すかが問題です。
 立案担当者の解説など、条文の外側にあるものを鵜呑みにするのではなく、個々の条文上の要件から抽出すべきものだと、私は思います。


 また、大法人の100%子会社については、「除かれる」から「含まれる」に訂正されたわけですが、その「理由づけ」はそのままになっています。
 いわく、中小法人向けの軽課措置を受けることが問題だからだと。

 が、留保金課税は同族会社向けの「重課措置」であって、そのままの記述では文意がとりにくいです。
 確かに算術的には、

  プラス(軽課)を受けるのが問題 = マイナス(重課)を受けないのが問題

と同じ意味にはなります。ですが、日本語の表現としてはすんなり理解し難いですよね。
 なので、ここの記述を無理やり活かすならば「中小法人として重課措置を受けないことが問題」とでも修正すべきでしょう。

・留保金課税(特定同族会社)
 資本金1億円超  重課措置
 資本金1億円以下 除外
 大法人の子会社  除外の除外


 また、中小法人扱いが問題であることの理由として、「親会社の信用力を背景に資金調達等が可能」ということが書かれています。

 が、資金調達しやすいことと税負担を重くすることとは、どう連関するのでしょうか。資金調達しやすいことそれ自体は担税力を高めることにはなりません。借入金も所得だとする立場を採用しないかぎり。
 資金を集めやすければ稼ぎやすいはずだ(現金⇒利益)、ということでしょうか。

 ただ留保金課税の場面でいうと、「資金調達しやすいんだから利益溜め込むんじゃねえ」ということができるかもしれません。外部調達できるなら内部留保しておく必要ねえだろ、と。
 ではあるのですが、その資金調達を新株発行で行うと100%子会社でなくなって留保金課税から一度外れる、資本金が1億円超になったら再び留保金課税の適用を受ける、ただしそのときの資本構成如何では同族会社ですらなくなっている、という変遷を辿ることになるかもしれません。ややこしい。

1 A法人5000万円(B大法人100%) (Bは被支配会社)
 ↓   ⇒適用あり
2 A法人1億円(B大法人50%、C50%)(BCは資本関係なし)
 ↓   ⇒適用なし(大法人100%支配が外れるので)
3 A法人1億5000万円(B大法人1/3、C1/3、D1/3) (BCDは資本関係なし)
     ⇒適用なし(資本金1億円超だが同族会社でなくなるので)

 資本金基準と株主構成基準は、それぞれ額面と割合という違う物差しを基準としているものの、上記例のように連動して動くことがあるわけです。

 なお、ここでいう「親会社」が「被支配会社でない法人」であるならば、その子会社は特定同族会社から外れます。ので、信用力云々といっているときに「上場企業」を想定しているのだとしたら、それは不正確ということになります。

 いずれにしても、立案担当者の解説などを鵜呑みにするのではなく(下記239頁あたりの解説)、制度ごとにその趣旨を探求すべきものでしょう。

平成22年度 税制改正の解説
 

 ちなみに、上記統計表によれば、資本金1億円未満の特定同族会社は23社しかいないわけで、この選ばれし精鋭のためだけに「除外の除外」規定を設けたということなんですよね。

 普通に教科書に並んで書かれていると、一般的な制度との捕捉領域の広狭が意識されにくいところです。が、どれくらいのボリューム感のある制度なのかも記述しておいてくれると、イメージがしやすくなるかもしれません。


 さて、次回は「組織再編税制」についてです。

非適格は「非適格である」であって「適格でない」ではない 〜組織再編税制
引けない消費税 〜リバースチャージと控除対象外消費税
どこまでも追いかけてくる、夜の月のように 〜租税回避チャレンジ
posted by ウロ at 11:06| Comment(0) | 法人税法

2021年08月23日

浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)

 シリーズ名と頁数からして、「浅く広く」系の概説書かと思って敬遠していました。
 が、そうではないようでしたので、読んでみることにしました。



 浅妻章如,酒井貴子「租税法」(日本評論社2020)

 記述すべき事項をかなり絞り込んだ上で、数値例を使って丁寧な説明がされています。ので、なんとなくで理解していた箇所も、よく理解できるようになるはずです。
 が、初学者がいきなり本書を読んで理解できるようになっているかといえば、全体的に難しい箇所のほうが多いのではないかという印象。

 本書の宣伝目的は次の通り。

 「大学生に租税法を理解させるためには、を考え抜いた入門的な教科書。読みやすく、わかりやすく、興味を持って読める工夫が満載。」

 この『入門的な教科書』という表現に、引っ掛かりを覚えます。
 入門書かつ教科書では決してなく、あくまでも「入門的」な教科書なんだと自己規定しているわけです。

 教科書として一定程度の記述範囲を確保するためでしょうか、初学者に対する配慮が不足している箇所がちらほら、というのが下記でも指摘するところです。
 ベースは(講義での補足を前提とした)教科書であって、行きがかり上入門的な記述もしているところもある、というのが「入門的な教科書」の含意でしょうか。

 私個人は、表面的な理解しかなかった箇所を深く理解できるようになったりとか、とても勉強になりました。
 が、それは事前に一定程度の知識があったからであって、ガチの初学者が同じように理解できるか、というと厳しいものがあるように思います。

 以下、あるべき租税法の入門書はどういうものになるか、といった観点からのツッコミをしてみます。
 私自身もそれなりに勉強はしているわけで、今やガチの初学者と同じ視点で読むのは難しくなっています。
 が、税理士業務においても、税の専門家でない相談者に税制を説明するにあたっては、ガチの初学者としての視点が重要になってきます。
 そのような視点を獲得するための訓練、という趣旨で本書を利用させてもらうことにします。

 なお、下記ツッコミに対して容易に予想できる反論は「紙幅が限られていたから」というものでしょう。が、私が論じたいことはあくまでも「初学者が理解できるような配慮がなされているか」という点です。
 これに対して反論として成立するとしたら「初学者向けに書いていない」というものであって、紙幅は初学者への配慮を犠牲する理由にはならないはずです。


 全体的に用語の説明が省略されがち。

 たとえば「裁決」という言葉が出てきますが、これが何なのかが説明されていません。

 用語の説明不足とも相まって「事項索引」が貧弱。
 もしかして「裁決」の定義がどこか他の箇所にあるのかもしれない、と思って事項索引を確認してみたのですが、事項索引に載っていないわけです。

 「辞書を引け!」ということかもしれませんが、「本書を通読すれば少なくとも本書に書かれていることは理解できる」状態に仕上がっていないことになります。



「法律学小辞典 第5版」(有斐閣2016)


 「通達」が各所で引用されています。が、税務における通達の位置づけについての総論的な説明がありません。
 「行政法は学習済み」という前提なのでしょうか。だとしても、行政法総論における通達理解をそのまま租税法に横流しするのではなく、ある程度の変容が必要だと思います。
 
 他方で、通達を引用する際の「租税実務では、〜とされている(○○通達)」といった表現には、強い違和感を覚えます。「通達=租税実務」と評価しているように読めてしまうので。

 「租税実務」における主な登場人物は次の通りです。
  1 納税者・税理士
  2 課税庁
  3 国税不服審判所
  4 裁判所

 もし上記表現が「通達=租税実務」を意味しているのだとすると、2だけが租税実務を構成していると表現していることになります。
 裁判所(4)は法令が支配する世界だということで除外するとして、1、3を租税実務から除外するのはなぜなのか。

 確かに審判所(3)は、建前上は第三者的立場の体裁をとっているものの、ときおり課税庁寄りに判断することがあるので、2に吸収される側面がなくはない。

【課税の都合優先裁決】
加算税をめぐる国送法と国税通則法の交錯(平成29年9月1日裁決)

 また裁判所(4)ですら、通達を文理解釈するとかいう例の高裁判決もあったとおり、2に引っ張られることがあります。

【通達の文理解釈(笑)】
解釈の解釈を解釈する(free rider) 〜東京高裁平成30年7月19日判決

 このノリで、どうせ税理士(1)も通達通りに行動するんだろ、と見られているのだとしたら悲しい。
 確かに、実態としては通達の影響力は強いものがあります。が、あくまでも通達は租税実務の中の一部にすぎない、という原理原則を踏まえた表現をすべきではないでしょうか。

 ちなみに別ジャンルですが、荒木尚志先生の『労働法』では、通達のことを「行政解釈では」と表現されています。
 あちらの世界でも通達が一大領域となっているわけですが、この表現なら非常にしっくりきます。



 荒木尚志「労働法 第4版」(有斐閣2020)


 本書では、いくつかの重要判決を引用する際に、単に最高裁の規範部分を抜き出すだけでなく、当該事案と下級審の判断もしっかり書かれています。
 厚めの教科書の類でも、規範部分(の上澄み)だけしか引用されていないものもあるので、この点は本書の優れた点のひとつだと思います。

 もちろん、次の学習段階では、本書に掲載されていないものも含めて、判例集を読むべきでしょう。



 中里実ほか編「租税判例百選 第7版」(有斐閣2021)

 ただ気になるのが、いくつかの判決を「事件判決」だと表現している部分があることです。
 なのに、この用語が何を意味しているのかの説明がありません。

 この点、田中豊先生の民事訴訟判例の解説書には「法理判例/場合判例/事例判例」という用語がでてきます。これでいう「事例判例」に対応するものなのかどうか。



 田中豊「民事訴訟判例 読み方の基本」(日本評論社2017)

 まあ、本書が安易に「判例」という用語を使っていないのは、好感がもてるところではあります。

【判決と判例】
フローチャートを作ろう(その6) 〜判例法
 

 「図表」のたぐいがほとんどでてきません。
 所得税の基本構造(23頁)なんてどう考えても図で説明したほうがいいと思うのですが、ひたすら平文によって説明しています。

 配偶者控除・配偶者特別控除(32頁)もひたすら平文での説明。ですが、下記のような表に、補足説明をプラスする形のほうが理解しやすいはずです。

No.1191 配偶者控除
No.1195 配偶者特別控除

 他方で、数少ない厳選された図表の中に、よりによって「株主相互金融の仕組み」がねじ込まれているのが謎(130頁)。
 「もはや歴史的存在といえ、読者にとって深入りは無用かもしれない」と評価しているにもかかわらず、です。他の重要事項を差し置いて、わざわざ図まで使って株主相互金融の仕組みを理解させようとするの、脳のリソースへのテロ行為(脳テロ)ですか。

 確かに、法学においてやたらと図表に頼ることは、場合によっては正確な条文理解を妨げることになります。
 下記記事では、タックスアンサーが図表+補足説明を使って、条文にない要件を勝手に付け加え、特例の範囲を制限しようとする所作を論じました。

タックスアンサーの中の譲歩と抵抗 〜小規模宅地等の特例を素材に
タックスアンサー学習帳 〜やっててよかったTA式

 また、税法ではありませんが、下記記事では、フローチャート化が条文の規律を正確に反映していないことを論じました。

法適用通則法5条と35条における連動と非連動 〜法律学習フローチャート各論

 と、法学における図表の使用には、警戒しなければならないところがあります。
 が、少なくとも「配偶者控除・配偶者特別控除」の消失・逓減を説明するにあたって、このような欺瞞が混入するおそれは極めて少ない。
 率直にいって、条文そのものも別表形式で記述すれば足りるようなものです。

○ 17頁〜 第2章 所得税

 他の教科書類と同様、所得概念、課税単位、収入金額・必要経費、年度帰属、人的帰属といった総論的な記述が先にきています。

 が、初学者にとっては、個別の所得類型より前にこれら論点を説明されても、理解しにくいと思う。というか、実際そこで記述されていることは、総論風の記述でありながら、実のところ特定の所得類型が念頭に置かれていることが多いです。

 いわゆる「総論各論問題」。刑法総論でも、あらゆる犯罪類型を視野にいれて論じているふうで、実際は特定の犯罪類型を念頭においた議論しかしていない、というのと同じ構造。

井田良「講義刑法学・総論 第2版」(有斐閣2018)
井田良「講義刑法学・各論 第2版」(有斐閣2020)

 少なくとも入門段階では、これら総論的な記述は個別の所得類型に溶け込ませて論じるのが望ましい、というのが私の持論。

【年度帰属は所得類型ごとに検討すべき、という問題意識からの記事】
さよなら「権利確定主義」(その1) 〜事業所得と給与所得
さよなら「権利確定主義」(その2) 〜不動産所得
さよなら「権利確定主義」(その3) 〜譲渡所得
さよなら「権利確定主義」(その4) 〜違法所得

○ 18頁 所得概念

 他の教科書類と同様、例によって「包括的所得概念」の説明からスタートしています。

佐藤英明「スタンダード所得税法 第2版補正2版」(弘文堂2020)

 そして、その後のいくつかの論点では、同概念からの帰結を記述したりしています。が、同概念どおりのストレートな結論が採用されることはなく、それぞれの場面ごとになにかしらの修正が加えられています。
 なのだとしたら、同概念では現行所得税法をあるがままに記述することができない、ということではないのでしょうか。
 あくまでも同概念は原則であり、場面ごとの例外があるにすぎない、ということかもしれません。が、ことごとく例外があるのだとしたら、もはやそれは原則として機能していないということです。

 また、もしも同概念からスタートすることで余計なバイアスがかかるのだとしたら、素直な条文理解の妨げともなりかねません。
 現行所得税法は、各所得類型ごとに異なった扱いをしているわけで、年度帰属や人的帰属についても、各所得類型ごとに異なる解釈を採用する余地があります。にもかかわらず、「所得概念は統一的に理解すべき」というバイアスが先行してしまうことで、特段の理由もなしに、そのような解釈にマイナスの評価をしてしまうことになりかねません。

○ 33頁 収入金額

 「圧縮記帳」

 法人税法とは違って、所得税法では圧縮記帳とは表現しません。この点も、所得税は所得類型ごとの違いがあるということを念頭においておけば、なぜ圧縮記帳といわないのかが理解できるところだと思います。

 もちろん、知っている人にとっては「法人税法でいうところの圧縮記帳と同様の処理という趣旨ね」ということは理解できます。が、初学者はまずは正確な理解をすべきであって、言葉遣いも正確を期するべきです。

○ 48頁 減価償却

 「租税特別措置法において、初年度全額償却や加速償却が認められることがある。」

 現行法で、加速償却はありますかね?

○ 48頁 繰延資産

 「支出の効果がその支出日以降1年以上に及ぶものは繰延資産と呼ばれ、資産計上し、数年にわたり償却費として費用化することが認められている。」

 語尾が「認められる」となっていますが、強制と任意の違いは意識的に区別すべきでしょう。

 ・繰延資産に該当 ⇒資産計上しなければならない(強制)
 ・任意償却できる ⇒いつでも償却してよい(任意)
 ・任意償却できない ⇒償却期間で償却しなければならない(強制)

 この点も、初学者への配慮の問題です。

○ 48頁 課税繰延

 「納税者は、来年以降に課税を延期させること、すなわち課税繰延ができ有利となるからだ。」

 個人の場合は「累進課税」や「損益通算」のこともあるので、ただ単に遅らせればいいというものではないです。
 特に累進課税は時間的価値を上書きするほどの猛威となりうる、ということも理解しておくべきことでしょう。

○ 88頁 所得控除

 (配偶者控除・配偶者特別控除は)「2017年改正で拡充された」

 納税者本人の所得額による消失・逓減も入ったので、拡充だけではない。

○ 103頁 益金

 (親会社から無利息融資を受けた完全子会社Sの処理について)「利息相当額は、Sの益金には加算されることはない。その理由は、仮に益金に加算したとしても、支出すべき費用分が損金として生じ、互いに相殺するからである。」

 初学者からすれば、無利息融資なのになんで「支出すべき費用分」があるんだよ、と疑問に思いますよね。この点、仕訳から入った人のほうがすんなり理解できるかもしれません。

 ここでいう「支出すべき」というのは、法的に利息支払債務があるという意味ではありません。
 「経済合理性を追求するはずの法人が無利息で金銭の貸し借りをするわけがない」という決めつけが先行してあって、

  支払利息/?

それを払わなくてよくなったんだから免除益が発生する、という建付けになります。

  支払利息/免除益

 つまり「支出すべき」というのは、法人なら当然利息を支払うべき、という税の世界の決めつけを表しているわけですが、初学者にそこまでの含意は読み取れませんよね。

 また、法律書なのだから「相殺」という用語の不正確な利用は避けるべき。しかも「互いに相殺」って《馬から落馬》みを感じる。あるいは、たとえば甲乙間に債権債務が4本あって、甲が債権Aと債務B、乙が債権Cと債務Dを互いに相殺し合う、ということでしょうか。
 

○ 117頁 損失

 「金銭債権が全額回収不能かの判断について、法人税法に定めはないが、租税実務は、次の3つの場合を挙げている。」「法律上の貸倒れとして、更生認可決定などの法的手段による債権の全部または一部の放棄があった場合(法人税法基本通達9-6-1)」

 「全額」といっておきながら「一部」でも認められるんですか、という疑問が当然生じますよね。
 ここは、法的な切り捨てなら一部でもいいことになっている、という補足が必要です。

○ 120頁 税率

 「法人税の通常の税率は」「23.2%へと段階的に引き下げられた」

 結構低いんですね、と思うかもしれませんが、これはあくまでも法人税の税率のみ。
 本書は「地方税」の記述がごっそり省略されてしまっているので、こういう記述にならざるをえません。

○ 123頁 配当

 「配当が40の場合、残り40には法人税を課され」

 所得100の例のままだとしたら残りは60。

○ 126頁 留保金課税

 第1刷では、盛大な間違いをおかしています。
 最初、知らない間にこんな大改正が入ったのかと思って一瞬焦ったのですが、単なる本書の間違いでした。

 間違いの内容は、出版社のサイトに正誤表が載っているので、そちらをご覧いただくとよいかと。

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8378.html

 以下長くなりそうなので、本記事とは切り離して次回以降論ずることにします。

留保金課税における資本金基準と株主構成基準の交錯

○ 136頁 グループ法人税制

 「大法人と一体とみられる中小法人への課税強化に「軽減税率」や「特定同族会社」に係る制限があることは、既に触れた。」

 上記のとおり126頁は修正が入ったものの、こちらの記述はそのまま。
 どうしても「制限」で言葉を揃えたいなら、特定同族会社のほうは「不適用の制限」でしょう。

○ 137頁〜 組織再編税制

 組織再編税制について、複数指摘すべき事項があるため、こちらも次回以降にまわします。

非適格は「非適格である」であって「適格でない」ではない 〜組織再編税制

○ 156頁 リバースチャージ等

 リバースチャージをとるべき理由としてあげられている事例、初学者には理解しにくいように思われます。この点も次回以降で論じてみます。

引けない消費税 〜リバースチャージと控除対象外消費税

○ 164頁 債務控除

 「従業員が将来退職する時に退職金3000万円を支払わなければならないことが予測できる場合」に、この会社の株式の評価額から見込み退職金を控除してよい、ということが書かれています。

 これは本当ですか?
 それとも、旧「退職給与引当金」の話ですか?

○ 164頁 基礎控除

 「15条にいう養子の数は原則として2人までとなっている。」

 『原則』とは?
 被相続人に実子がいない状態がデフォルトで、実子ができると例外的に養子1人までとなるということですか。

相続税法 第十五条(遺産に係る基礎控除)
2 前項の相続人の数は、同項に規定する被相続人の民法第五編第二章(相続人)の規定による相続人の数(当該被相続人に養子がある場合の当該相続人の数に算入する当該被相続人の養子の数は、次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める養子の数に限るものとし、相続の放棄があつた場合には、その放棄がなかつたものとした場合における相続人の数とする。)とする。
一 当該被相続人に実子がある場合又は当該被相続人に実子がなく、養子の数が一人である場合 一人
二 当該被相続人に実子がなく、養子の数が二人以上である場合 二人


 法律書において、原則/例外や任意/強制などは厳密に使うべき用語だと、私は思います。

○ 166頁 法定相続分課税方式

 法定相続分課税方式につき、偏った配分/均等配分いずれにも中立的だと評価されています。
 これ自体はそのとおりですが、平等な配分をデフォルトだと考える立場の人からすれば、不当な制度だと言われるでしょう。

 「中立的」という用語は何と何を比較するかによって評価がかわるもので、その言葉自体は決して中立的でない、ということに注意すべき。ですし、中立的であることが望ましいかはまた別問題です。

○ 167頁 延納

 「10ヶ月以内に遺産分割協議を終え申告し納付まで済ませるのは難しいことも多く、相続税法38条は一定の要件の下で延納を認めている。」

 延納はあくまでも納税の延長であって申告期限の延長ではありません。

 ・期限まで申告が難しい ⇒申告期限の延長
 ・期限まで納付が難しい ⇒延納
 ・金銭での納付が難しい ⇒物納

○ 168頁 相続財産の種類

 「被相続人が農地を買う契約の途中で死亡し」

 「契約の途中」とは?契約締結後引渡前ということでしょうか。
 法律書で法律関係を叙述する場合、正確に表現すべきでしょう。

○ 168頁 相続財産の種類

 「農地所有権移転請求権が財産評価基本通達による場合と同様に299万円と評価されるのかが争点である」

 正確には「財産評価基本通達による農地の評価と同様に」とするか、文字数減らしたいならば「農地の評価と同様に」でしょう。

○ 171頁 贈与税 期間

 「相続税法21条の2は原則として年度毎としており」

 年度毎が『原則』ということは年度毎とならない例外があるはずですが、明記されていません。
 「相続時精算課税制度」を想定しているのでしょうか。こちらも贈与税としては年度毎ですが。

○ 174頁 税額の計算

 「毎年少額ずつ受贈することで贈与税負担を軽くしようと考える場合、贈与契約を締結しないように気をつけねばならない。」

 巷の「毎年しっかり贈与契約書を作成しましょう」という提案と真っ向からぶつかる記述。

 これは、初年度にまとめて将来分を契約しないようにしましょう、ということですかね。

○ 176頁 事業承継税制

 「相続・贈与の後5年間は後継者が株式を保有し続け、さらに雇用の80%以上を維持すること等を条件として、相続税・贈与税の納税猶予及び免除を定めるものである。」

 「猶予」まではそうなんですが、「免除」までいくにはもう一声必要です。

○ 176頁 事業承継税制

 「事業承継より身内の事業承継を優遇する点で非中立的であるという問題もある。」

 親族外承継も認められているわけですが、遺贈ルートであるかぎりどうせ身内みたいなもんだろ、という評価なんですかね。
 そして、上述したとおり、非中立的それ自体が直ちに問題となるわけではありません。

○ 176頁 公正証書贈与事件

「〜という狭義の事実の認定の積み重ねがあって」「〜との広義の事実認定が導かれている。」

 ここでいう狭義/広義とは何か?
 「裁決」のような実定法上の決まった用語ですらないので、説明がないのは不親切の極み。

○ 182頁 資本所得に対する源泉徴収税

「国内法で源泉徴収税率は原則30%であるところ、」

30%はないよなあ。

○ 217頁 文理解釈

「争点は、「日数」が、計算期間(通常は15日)を意味するか出勤日数を意味するかである。」

 「通常は15日」って。
 それは当該事案のパブクラブが設定した計算日数であって、通常の計算期間ということではなかろうよ。

○ 220頁 租税回避の例

 譲渡所得を回避するということで挙げられている事例、いまいちしっくりこないので、次回以降で論じてみます。

どこまでも追いかけてくる、夜の月のように 〜租税回避チャレンジ

○ 224頁 相互売買事件

 交換の場合の収入金額は「取得した資産の時価」だということは33頁に書いてあります。
 てっきり書いてないと思って一応探してみたら、ちゃんと書いてありました。が、ちゃんと参照ページを示したほうがよいのでは。



 以上、先に書いたように、これら指摘のほとんどは、あくまでもガチの初学者にとっての「あるべき入門書」であるためには、という観点からのものです。

 私自身は本書から恩恵を受けられたように、一通り勉強が進んだ人とっての「中二階」的な位置づけであれば、優れた書籍であることは間違いありません。
 上記指摘のいくつかが本ブログの過去記事の踏まえたものになっているというのは、それなりに勉強した箇所だから気づくことができた、ということのように思えます。今回触れていない他の箇所も、私が勉強不足なだけでまだまだ指摘すべき事項があるのかもしれません。

 入門書・教科書の中には、一定程度勉強が進んだ人が読んでも資するものがあるものと、まったく無益なものとがあります。後者は主として、いわゆる《情報陳列系》《条文引き写し系》のものが該当します。
 他方で、本書は前者に属するものだということができますし、むしろそういう使い方のほうがよさそうです。もう少し勉強が進んでから、また戻ってこようと思います。

 売らんがな精神かどうか分かりませんが、宣伝目的に「入門的」という一言を挿入してしまったせいで、私の入門書ソムリエとしての嗅覚が稼働してしまい、ここまでの記事ができあがってしまいました。

 やはり、入門書と教科書とは明確に役割を区分すべき、という確信がより強まりました。
posted by ウロ at 15:42| Comment(0) | 租税法の教科書